魔縁との対峙-6-

アンタンジル城は心地が良い。特に、今は。
ガルフは城の奥に身を潜め、自分の味方である魔の者達が次々と葬られていく様子を全身で感じ取っていた。
魔界の将軍である彼は、同胞であろうが何だろうが、生きる物が生を失っていく様子に心がたぎる。死の瞬間に未練が残っていれば残っているほど良いとすら思う。魔界の者が皆そのような感覚でいるのかといえばそうではなく、魔の者は魔の者同士の情やらなにやらも多少なりとあるのだが、こと、そういった感情について、ガルフは非常に「魔界的」であったと言える。
しかも、彼の嫌な−この「嫌」は人間側からの意識であるが−ところはそれに留まらず、人間達の道理や感覚をよく知っていることだった。
生き物同士の理解というものは、共感される部分が一定以上あってこそ初めて成立すると言えるだろう。まったく共感のないものに対して「あの生き物はこういう考え方をする」「ああいう時はこうするものだ」という頭で考えるだけの推測では、なかなかに難しい部分も多い。
ガルフは「共感することもない愚かな人間や天界の阿呆共」達のことを良く知っていた。だからこそ、あの大戦で彼はなんとか生き長らえることが出来たし、命を奪われるほどに衰弱せずにすんで、封印という形で生かされた。将たるものが背中を見せれば、余程の間抜けな生き物以外は戦意を失うに違いないし、敵も自らの勝利を確信するだろう。
それを逆手にとって、失速する己の力を少しでも強めようとこの土地に逃げおおせることが出来たのは、あざとい自身の手管のおかげだ。
こうやって同胞達が倒れていく様子を感じ取っても動揺するはずもなく、むしろ時折凄惨な笑みを−多分人間が見れば、それが笑みとは思えないだろうが−浮かべながら静かに状況を把握しようとしている。
もちろん戦である以上、同胞達が倒れれば倒れた分自分に危険が降りかかるということだ。
わかっている。
わかっていても、彼の口元は綻び、「人間くさく」笑いが漏れるのだ。
そうだ。
これが、自分が求めている狂気だ。
人間達は自らを正義と言いながらも生命を奪っていく。
魔の者達はそのまがまがしいなりを人間達にみせつけながら、消滅していく。
奪うものも奪われるものも、消すものも消えるものも、ガルフを喜ばせるものを持っている。
そこに絡んでくるラシュディの企て。
なかなか下界も捨てたもんじゃない。
ガルフはそう思うと、椅子に深く腰掛けて、自分の力を静かに蓄えはじめた。
今まで彼が持っていた力を使って、このアンタンジル城を魔界に近い場所へと変えた。
封印を打ち破るほどの力は未だに持ち合わせてはいないけれど、アンタンジルは魔界に「近い」場所だ。
彼がこの世界から逃げおおせるほど、魔界との扉−便宜上そう呼ぶだけだが−をこじ開けることも、この場に引き止める足枷を引きちぎることは出来ない。
それでも、わずかに開いた魔界との扉から、彼の力となるものがじわじわとこの城を浸食してゆく。
魔界との交信を続けて扉を開けることは、彼自身の力をも使うことになる。
そのおかげで彼は少しばかり弱っていたし、そうなることはわかっていた。それをするのに十分な価値があった。
いや、むしろ。
そうお膳立てしなければ、今の彼には聖剣ブリュンヒルドに打ち勝つ力はない。
ガルフは、ぴくり、と顔の筋肉を動かした。
「来たか」
走ってくる音はしなかった。
何者かがゆっくりと近付いて来る音はガルフには聞こえる。
怯えた足音ではない。
けれど、決して急いている音でもない。
その落ち着きはガルフを軽く苛立たせた。

お前なのか。

膨れ上がるその思い。
かの大戦で、彼の魔力を奪って封印をした天空の騎士。
最後の一撃をガルフに食らわせたのは、竜頭の騎士だったことを覚えている。
しかし、何よりも彼に手痛い一撃を食らわせてこの場に足止めするほどの重傷を最初に負わせたのは、ブリュンヒルドを手にした女だった。
その一撃のするどさと深い傷への恐怖は、ガルフがそれまで体験をしたことがないものだった。

お前か、天空の三騎士の一人、フェンリル。

閉めきった扉の外で、人間達が群れている様子がわかる。
この室内にどれだけの人数がいるのだろうかと伺っているに違いない。
鍵穴がない部屋だから、扉に身をつけて息を潜めているのだろう。
(来い、この部屋には俺と、ファントム数体しかいない。それを確認して、来い)
部屋の奥の奥でガルフは椅子から立ち上がった。
城の奥にありつつもがらんと広いその部屋は薄暗い。
硬質の壁、床に囲まれて、位が高い人間が座るためだけにこしらえられた高座があるだけだ。
攻めるも守るも関係がない、ただ何一つ家具という家具も装飾品もない部屋。
お互いに退路の確保をすることが難しいその場は、ガルフにとっては恰好の戦いの場だ。
正攻法で闘うような、人間の騎士のような考え方を彼はもってはいない。

不敵にもたった一人の剣士が、ガルフが待つその部屋に現れた。
扉を開け放して一瞬の躊躇の後、中に入る。その躊躇は「入ること」に対する戸惑いではなく、開け放して退路を確保するべきなのか、それとも扉の外に待たせているほかの兵士達の安全のために閉めてガルフと自分を隔離するべきなのかを考えたものだ。
ガルフは扉に施錠はしていなかった。閂で防ぐ扉のはずだが、まったく無防備だった。それがまた、剣士を疑心暗鬼にさせる。
そういった人間の心の動きをよく知り翻弄することが、ガルフにはたまらずおもしろいゲームだと思える。
「ガルフ、よくもまあここまで復活したものだ」
兜の下からくぐもった声が聞こえた。
ガルフは、声で判断なぞはしない。
顔を見ることも必要ない。
ただ、彼は「やはりな」と心の底から思い、そしてこの再会に感謝をした。
「やはり、お前か、フェンリル」
「おや、わたしを待っていたのか」
「待っていたわけではない。ここに来るならば、お前だと思っただけだ」
「同じことだ・・・しかし」
フェンリルは剣を構えた。
その剣が、見覚えの無い剣だということにガルフは気づいた。
違う。
ブリュンヒルドではない。
彼に痛手を負わせた、あの、腹立たしく苛立ちむかむかとさせる、あの聖剣ではない。
「お前を屠るのは、わたしの役目ではない」
フェンリルは言葉を続けた。
「それほど、お前を侮っているわけではない。お前は、魔の者だ。いくら封印をされているとはいえ、このアンタンジル城を魔界に近い状態にするほどの力は復活しているのだし」
「ほお、買いかぶられるのも悪くないものだ」
「笑わせるな。お前こそ、我々を侮ってもらっては困る」
聖剣をもたずして、ガルフを倒せるとフェンリルは思ってはいない。あの大戦でガルフから魔力を奪うまでの激しい戦いは忘れていない。いくら自分が天空の三騎士の一人であろうと、今はあの大戦のように、天界の大儀で動いているわけではなく、フェンリルやスルストの力も制限されているのだし。
しかし、ガルフはアンデッドではない。聖なる力の加護をもった武器で切ったとしても、スケルトンやゴーストのように消滅をするわけではなく、生身の体を持っている。
であれば、むしろやりやすい相手だ。
「お前の目論みはなんだ?こんな城の奥に誘い込み、何の罠もなしのはずがない」
それゆえ、フェンリルは単身でこの部屋の扉を開けた。
「お前がアンデッド達を率いている割に、手ごたえが無い。こちらの油断を誘おうという魂胆なのか」
このアンタンジル城自体、既にガルフの居心地が良いような魔界に近い空気が広がっているのを、フェンリルはいやと言うほど気づいていた。人間はそこまで敏感ではないけれど「なんだか嫌な感じ」を受けるだろう、その異様な空間。
何もおかしくはない。何もおかしくはないけれど、感じる違和感。
そこまで自分にとって楽な環境を整えたのだから、まだガルフは他にも仕組んでいるに違いない。それがフェンリルの見解だった。
ここまでの戦は、彼女からすれば「どうということがない」ものだった。
それだけに、胸騒ぎがする。
「ブリュンヒルドはどうした」
「あれはもはやわたしの剣ではない」
「では、誰の剣だ」
「反乱軍リーダー、ソニアの剣だ」
「ふむ。では、そのリーダーとやらを呼んで来てもらおう」
「笑止な」
「俺は本気だ」
「どこまでの力が復活しているのか、見せてもらおう」
フェンリルは床を蹴った。
と、フェンリル目掛けてゴースト達が次々と襲いかかる。
(くそ、ガルフの懐に入るまでが面倒だ)
扉の外には、オハラ隊と、自分が引き連れてきた、オーロラを含んだ部隊が待機している。
治癒魔法でありアンデッドと葬る魔法である神聖魔法の使い手(オーロラ)が一人。そして、神聖魔法を行使出来るプリンセスが一人。残りは打たれ弱いその二名を守るための護衛とも言える。
第二陣が、ソニア達が来る頃合だか、他の部隊は撤退を始めるように指示をして来た。
これは、フェンリルの身勝手だ。
ソニアの言葉に揺れたわけではないけれど、フェンリル自身がやらねばならないことがある、と思えた。それは、既にブリュンヒルドが自分の主と認めたソニアを出来る限り守ることだ。当然、「戦に出るな」ということが、ソニアを守るという意味ではない。
深入りするのは自分だけでいい。
それがフェンリルの判断だった。
フェンリルはソニアのため、反乱軍のため、ガルフの罠を見極めるためにここまで来てしまった。それゆえ、全員でこの部屋に入り込むことは危険すぎた。そもそもフェンリルは単身でここまでこようと思っていたわけだし、それをついてきたのは「行動が分断されるときでも最低は二部隊以上で、とソニア様はおっしゃっていました」と主張をして、フェンリルがすでに「反乱軍の一員」であることを主張したオーロラと、オハラ隊の古株テリーの気遣いだ。そうであれば尚更、彼らを巻き込むわけにはいかない。
ソニアとスルストがもうすぐこの場に到達するだろう。
それまでにガルフの謀を明確にしなければ、下手を打てばまとめてやられてしまう可能性もある。それは、ソニアが「シャングリラを落とされたら」と考えたことに少し似ている。それゆえ、フェンリルは自分の身を危険にさらしてこの場に飛び込んだのだ。
ソニアは「危なくなったらすぐ撤退」という意思を伝えていたが、ガルフ相手にそれが可能かどうかは定かではない。その定かではない状態にソニアが陥ることは、非常に困る。
(フォーゲルがいれば、愚かな選択だと怒るに違いない)
未だ自分達のようにラシュディの手から逃れていないのだろう、もう一人の天空の騎士を不意に思い出して、フェンリルは自嘲気味に冑の下で口を歪めた。
「邪魔だ、どけ!」
ファントム達に向かって叫び、一太刀を浴びせた。
相手が人間であれば、首が綺麗な切断面を見せて飛んでいくのではないかという力強さと迷いの無い一撃をフェンリルは繰り出す。
しかし、アンデッド達はその打撃にふっとばされてから、ほんの一瞬怯んで後退してはまたフェンリルに向かってくる。
じわりじわりとガルフとの距離は詰められていくが、それでも消滅しないアンデッド達は鬱陶しくフェンリルに襲い掛かろうとする。
「今の俺には強い力はないが、いくらでも雑魚程度のアンデッド達ならば呼び寄せることが出来る」
「!?」
「何度プリースト達が呪文を唱えようと、それが追いつかないほどのアンデッド達をな」
ガルフは静かにそう言うと、仁王立ちになった。無防備な、とフェンリルは思ったが、その体勢は隙を見せるためのものではなかった。
「なっ・・・」
ずず・・・と室内に振動を感じてフェンリルは天井を、床を見た。そうしている間にもファントム達は再度襲い掛かってくる。
宙を浮いているファントムは足元の振動などで動揺するはずもない。
フェンリルは舌打ちした。
「魔界との扉を開こうというのか!」
「俺は魔界に戻る力が今は無い。アンデッド達を呼び寄せることが出来ても、アンデッド達の帰り道を作ることも出来ない。そして、その方が俺には都合が良い」
「そんなことをしたら・・・!!」
ガルフの背後の壁がかすんだ。
黒いもやのようなものがガルフの背後に見え、やがてそれが大きく広がっていく。
自分の目がおかしくなったのかとフェンリルは眉を潜めて何度かまばたきをする。
(違う。霞んでいるのではない。空間を開いたのだ)
これは、見たことがある。
記憶の彼方にある、あの大戦での出来事。
魔の者−オウガ達−が下界を侵食するために、どんどん現れるその場所。
いわば、下界と魔界とを結ぶカオスゲートと呼ばれるに相応しい、空間の穴。
規模はとても小さいけれど、ガルフの背後に見える、黒くもやもやとしたものが「それ」だということがフェンリルにはわかった。
その時、その黒いもやから、アンデッド達が何体も何体も、まるでこちら側に吸い込まれるように姿を現した!
(アンデッドが、どんどん湧き出てくる!)
アンデッドはそもそも「人間=敵」なんていう図式を持っているわけではない。
生きている者を妬みはするが、誰かれ構わず襲い掛かる凶暴性を必ず持つわけではない。
しかし、こうやって下界と魔界を繋いだ時にその扉を「匂い」でかぎ付けてこちら側にやってくるもの達は、間違いなく人間に悪意や害意を持っている者たちだとフェンリルは知っている。
ガルフが統率をとるまでもなく、現れたアンデッド達はフェンリルに襲い掛かり始めた。
なるほど、この広い広間で何の恩恵もない普通の武器をもってやってくれば、決して倒れることがないゴースト達を相手にし続けなければいけなくなる。厄介な話だ。。
(しかし、力が復活していないガルフがいつまでも魔界と繋がる道を開けておけるわけがない)
何の企みだ。
フェンリルは追究しようとしたけれど、室内にどんどん湧き出るアンデッド達−彼女の視界で確認出来るだけで既に10体以上だ−を相手にすることに必死で、それどころではない。
(オハラ達を呼ぶべきなのか・・・?)
ガルフの狙いがわからないうちにオハラ達を呼んで良いものか悩み、フェンリルは撤退を選んだ。
しかし、これだけの数のアンデッドを相手にしながらガルフに背を向けずに扉まで戻ることは難しい。
力が封じられているのはフェンリルもまた同じ。
そうでなければ、この程度のアンデッド達なぞ、彼女の剣一振りで吹き飛ばしてしまうことも出来るのに。
限られた数の相手ならばともかく、10体以上を相手にしている間に、更に次の10体が現れるほどの速さでアンデッド達が増殖していく。このままでは室内を埋め尽くし、そして、アンタンジル城からあふれるのも時間の問題に思えた。
(いや、そこまで長い時間は)
と思いつつ、心の中では焦りが広がるのも事実だ。
フェンリルは兜の中で軽く唇を噛み締めた。
「残念だな、フェンリル」
「何のことだ!」
「お前が、ブリュンヒルドを持っていれば、もっと話は早かったものを。外で待っている人間達にも、可哀想なことだ。お前は一人でここに来て、他の人間達を守ろうと思ったのだろうが、そんなことは無意味なことだ。ブリュンヒルドをもつリーダーとやらが、早く来てくれると良いな?」
ガルフは、凄惨な笑みを浮かべた。
嫌な予感を感じて、オハラがいれば安心だと思っていた自分の甘さを呪いつつ、フェンリルは叫んだ。
「オハラ!撤退だ!すぐにここから離れろ!!」
「フェンリルよ!お前は俺が喰らう!他の人間達は雑魚共に食らわせてやろうぞ!」
フェンリルの声を打ち消すように、ガルフの声が高らかに響いた。
扉の外で待機していたオハラ達にフェンリルの声は届いただろうか?

「・・・っ!!」
ユーシスは突然息を呑んだ。
「どうした」
その音に気づいて、アンタンジル城の通路を走りながらソニアは声をかけた。
「この先に」
「ああ」
「大量の、嫌な気を感じますっ・・・魔の者の動きが・・・それに・・・」
「なんだ」
「この城全体を覆っていた・・・アンデッド達が力を発揮出来るような空間の気が、消えました」
「どういうことだ」
「もう、この城の中全体は「夜」ではないということです」
意味がわからない、とくってかかりたい衝動を抑えてソニアは冷静に聞いた。
「それは、ガルフの力が弱まったということか」
「・・・いいえ、むしろ・・・この先の、ガルフがいる場所のみに、濃厚に感じられます。そのためだと思います」
「フェンリル様達が」
ソニアはカノープスとハイネ、そしてユーシスとスルストを連れて走って行く。
アンタンジル城内はまだまだアンデッド達がたくさんいて、フェンリルと共に出た第一陣であった二部隊が撤退しつつも戦っている。また、ソニア達と共に出陣したサラディン達もまた交戦中だ。彼らはいつでも撤退できるように、比較的退路をたやすく確保できる場所で戦っていた。
戦からはぐれたアンデッド達がイノンゴ方面に向かって人々に危害を加えないように、城外ではトリスタンとランスロットを主軸とした部隊が待ち受けていて、それらを撲滅しているはずだった。とはいえ、そもそも戦闘慣れをしているプリーストの数も少なく、しかも強い力を持つ者はノルン一人だ。神聖な力を持つ武器もランスロットが持つカラドボルグだけだし、ルーンアクスを持つノーマンはいざというときのために待機をしている。この戦力が本当に精一杯なのだ。この人数で城一つを落としつつ住民の安全を確保するのには、土台無理がありすぎる。
「・・・うわ!!」
最初に通路の角を曲がったカノープスは声をあげた。
出会い頭に突然ゴーストに出くわしたからだ。
それに気付いたユーシスは、反射的に神の加護をうけた神聖魔法、バニッシュを行使した。戦争に慣れているはずもないのに、なかなかの反応ぶりだ、とソニアは目を丸くした。
淡い白い光−それはオハラが行使するスターティアラと似ている−がゴーストを包んで浄化しようとする。
が、その隙に何体ものアンデッド達が彼らの視界を走って行く姿が見える。
彼らが曲がって出た通路の途中には、更にいくつかの分かれ道がある。あちらこちらにアンデッド達は思い思いに移動しているようだ。
「あっちから、アンデッド達がなんだか出てくるぞ!」
驚きながらカノープスは叫んだ。
「なんだ、一体どうなってるんだ」
「アンデッド製造機でもあるんでしょうかネ〜・・・」
そう言いつつもスルストの声音は笑っていない。
「あたし達と戦う意志があるわけじゃなさそうだ。あれは、部隊として編成されているような、ちゃんと統率がとれた動きじゃない」
ソニアは舌打ちをした。
帝国軍やガルフの指揮下におかれているわけではないアンデッド達は、他の人間に勝手に危害を加える。
ソニア達を見つけて襲うものもいれば、それとは関係なしでアンタンジルか出て、この地域にさらにアンデッド達がうようよ増えることになるのは、歓迎するべきことではない。
ランスロットやトリスタンに残兵整理は確かに頼んできたが、意志があって反乱軍を狙うのならまだしも、無差別に人を傷つけるようなアンデッド達がばらまかれては困る。
相手は人間ではないのだ。人間の道理は通らないだろう。
そのことを思い出してソニアは顔を歪める。
戦局を眺めても「どうともとれない」妙な動きだと思えた。
強くもなく弱くもないアンデッド達。
ガルフが自分の身を守ろうとしているとは思えなかった。
罠はあるだろうとソニアも踏んでいた。だからこそ、それに陥らないだろうフェンリルに依頼をして、様子見をさせたつもりだった。信頼をしていたけれど、それとは別に「何かおかしい」気持ちが彼女の胸の中にはあった。
(そうか、ちょっと、考え方が悪かった)
ガルフは自分の力を復活させたいのだ。
反乱軍に勝って、多分キャターズアイを手に入れたいのだ。
でも。
それはキャターズアイでなければいけないわけではなくて。
ソニアは、ブリュンヒルドの柄を握った。
ガルフの動きが「誘い」であることはわかっていたけれど、それが反乱軍をおびき寄せる誘いなのではなくて・・・。
(取引のためか、これは)
嫌なものだ、とソニアは思う。
よくわけがわからない「魔力」とか、曖昧な「力」といったものを、なんのへんてつもないものが持っていることをこの行軍でいやというほど思い知らされてきた。
たとえば、光のベル。
たとえば、ドリームクラウン。
勝手に勇者の「証」になってしまう、ティンクルスター。
それから。
カオスゲートを開くほどの力がある、この・・・。
「おい、あれ!」
カノープスは前方を指差した。
通路の一番奥の角をまがって、よろよろと動く人影が見えた。
ガルフがいる部屋−ソニア達は未だそれを確認はしていないが−方面から、フェンリルと動きを共にしていたはずのダイスンがゴースト数体にまじって走ってきた。走っているダイスンに対してもゴースト達は攻撃を止めない。
「ダイスン!」
ソニアはその様子を見て床を蹴って、力強くブリュンヒルドでゴーストをなぎ払った。ゴースト達からの攻撃をうけてぼろぼろになっているダイスンへ、ハイネがすかさず治癒魔法を唱える。
「そ、ソニア様・・・」
「どうした、何が起きている・・・なんでアンデッドがこんな、次から次へ・・・」
「ガルフが、アンデッド達を、呼び寄せています」
「何」
「オハラさんとオーロラさんがいくら魔法を唱えても、すぐさま次のアンデッド達が現れて・・・テリーさんやゾックさんとスタピュロスがなんとかオハラさん達を守っていますが・・・あまりの量に、魔法の行使が限界に・・・」
「何故撤退しなかった。深追いするなと」
言っていたはずだ。
そう言おうとしてソニアは顔を歪めた。
「出られないのか、部屋から。それぐらいひどい状況なのか」
「いいえ、我々は室内に入っておりません、通路での攻防を・・・」
ダイスンは荒い息で答えた。
「あまりに大量のアンデッド達のおかげで、身を守るだけで精一杯で・・・自分だけを逃すことが皆の精一杯で・・・でも、フェンリル様が、これは長く続かない、と叫んでいらっしゃる声がかすかに室内から・・・フェンリル様に、扉の外で待つようにと言われたのですが、あまりに大量のアンデッドが扉から出てきて・・・交戦している間に背後からも突然アンデッド達が現れて・・・通路に待機していた我々ですら、退路を確保できなくなり、自分が、命からがら」
ダイスンの話は要領を得ないが、それでもおおよそのことは把握できた。そして、話を全部聞き終わらないうちに、スルストはソニア達を置いて走り出していた。
「なんてことだ!」
ソニアもまた大声で叫んで、そしてスルストの後を追って走り出した。
背後から突然?
突然なんて、ありえないことだろう?どんな罠なんだ、それは。
そう思った時に、バルモア遺跡でアルビレオが「できそこない」の生き物を足元から現れさせようとしていたことを思い出す。
相手が人間で、人間が出来得る範囲でしか行動が出来ないならばいくらでもいい。
しかし、ラシュディにせよガルフにせよ、もはや彼女達の常識の範囲を越えることばかりを行う相手は厄介だ。
そんなやつらが相手では、戦術とか戦略とか、そういったものの意味を失ってしまう。
そりゃあ、そうだ、シャングリラが今の速度でしか動かないと信じられないわけだ!
ソニアは山ほどの悪態を心の中でつきながら、大柄な割りに足が速いスルストの背をおいかけた。
「フェンリルは」
カノープスがダイスンに詰め寄る。
「フェンリル様はお一人で奥の部屋に・・・ガルフがいるらしき部屋へ。中をうかがったところ、敵部隊の人数が少ないことを確認できたことと、城の間取りからいって隠し扉などがなさそうだったという判断で、単身・・・」
「ハイネ、そいつ、頼むな!」
「あっ、カノープスさん!」
「俺はアンデッドは嫌いだけど・・・」
カノープスもまた、ソニアとスルストの後を追う。彼はアンデッドに抗う術は持っていない。持っていないけれど、それを理由に今ソニアの側を離れることは許されなかった。
(あのド阿呆がいないときに、ソニアに傷でも負わせたらたまったもんじゃねぇ!)
当然、彼が言う「ド阿呆」とは、生真面目な聖騎士のことだ。

オーロラはよく耐えていた。
過度の魔法の行使で心身共にくたくたになった彼女は、自分の限界を感じていた。
何度治癒魔法でありアンデッド達にとっては最大の攻撃魔法であるヒーリングを唱えたことだろうか。
ふっと時折気が遠くなる。その間隔が狭まっていることにオーロラは気付いていた。
ダイスンを逃がしたのはオーロラだ。
もともと後衛からの魔法攻撃に長けている彼をこんな混戦状態の場所に残しておくことは無意味だったし、うたれ弱さでいえば彼はオーロラと大差がなく、しかも神聖魔法も使えないのだ。言葉は悪いが、足手まといにもなる。
開け放たれた部屋の扉からは次々とアンデッドが出てくる。
扉の前にはフェンリルのドラゴンであるベレクロスと、ストーンゴーレムのスタピュロスがテリーを背後にかばいながら立ちはだかって、アンデッド達を通さないようにしている。しかし、それは逆を言えば、フェンリルの退路もふさいでしまう行為だ。それでも、今の彼らにはそれしか方法がなかった。そして、そこから少しずつ退路を確保することすら、容易ではなく身動きできない状態にされている状態だ。
もう一方通路の反対側から押し寄せてくるアンデッド達を、ゾックに守られたオハラが迎え撃っているけれど、オハラの限界も近く思える。
プリンセスであるオハラがいれば、ゾック達の身体能力はあがる。
スターティアラを唱えて消耗するよりは、体力を温存した方が良い。
そう提案して、オーロラはオハラの代わりに、自らアンデッド消滅の呪文を繰り返し使った。
けれど、それも限界だ。
「オーロラ!」
ふら、と上半身が揺れたオーロラに気付いてテリーが叫んだ。スタピュロスの背から離れてテリーは走り寄り、オーロラの体を支える。
一瞬冷たい床に倒れるのではないかと思ったオーロラは、自分を掴んだテリーの手の力にはっと我に返った。
「だ、大丈夫です」
嘘だ。
そう自分でわかっていながらオーロラは気丈に答えた。彼女を支えるテリーは、通路に突然現れたファントムに痛烈な一撃を受け、左肩から背中にかけて衣類が破れてむき出しになり、皮膚がめくれている。それへ治癒魔法をかける暇がないほどに、アンデッド達の数は膨れ上がっていた。
仲間が傷つき倒れる姿を見ることは初めてではない。だからこそここまでオーロラも耐えられた。
けれども、こんなに過度の魔法の行使は、初めてのことだった。
「オーロラ、あと一度だけ、ヒーリングを・・・ゾックと、スタピュロスが限界に近いんだ」
それは、アンデッド消滅のための呪文ではなく治癒呪文を、の意味だ。
次の瞬間、彼らの視界を柔らかな白い光が満たした。
オハラが、スターティアラの魔法を使っている。
その威力は脅威ではあるが「アンデッドが消滅した、よし、今退却を」と思った瞬間には次のアンデッド達がまた現れる。その繰り返しだ。
でも、フェンリル様が。
そう長くは続かないとあの人が言う声が聞こえた。
オーロラ達はそれだけを頼りに、今ここでどうにか凌ごうとしているのだ。
ひどい外傷をうけているテリーは、オーロラ以上に体がつらいに決まっている。それでも、いつも穏やかな、オハラやオーロラにとって「兄」にも思える彼は、生死の境で声を荒げずにオーロラを励ますのだ。
「オーロラ、ビクターが、待ってる。もう少し頑張ろう」
「・・・はい」
こんな時なのにオーロラは、どうしてソニアがテリーを未だに反乱軍に踏みとどまらせて、そしてオハラの部隊に組み入れたのかを理解した気持ちになった。
テリーのエンチャンターとしての能力は、あくまでもわずかに優れている程度だ。
そして、その能力は反乱軍全体の戦局を変えるほどのものもないし、彼がいることによって大きくメリットを感じる場面が、これまでにもあったとは誰も思っていないだろう。
比較的古株−シャロームからソニアと共に歩んできたビクターやヘンドリクセンのその次ほどだが−のテリーは、そもそも参戦するような人間にも思えないし、進んで前線に出たがる姿も見たことが無い。
それでも。
生死を分かつこの状況で、そんな一言を穏やかに言葉に出来るなんて。
オーロラの視界が霞む。が、その霞んだ視界に、それまでになかった異変が映し出され、オーロラはうわずった声で叫んだ。
「・・・テリーさんっ!!」
「!」
その時、ストーンゴーレムのスタピュロスがついに、アンデッド達を防ぎきれずに、どう、と床に倒れた。テリーと共にいることでその力をいかんなく発揮出来るストーンゴーレムであったが、テリーがオーロラの元にいた、そのわずかな時間に突然加速したアンデッドの攻撃に耐えられなかったのだ。
スタピュロスが立っていたその隙間から飛び出てきたスケルトンナイトが、オハラを守っていたゾックの側面をとり、剣を振り下ろした。
「・・・!!」
テリーが言っていた通り既に限界に近いほど体力も消耗し傷を負っていたゾックは、それを避ける動きを見せた。しかし、それは通常の彼の動きにはほど遠いものだった。足がもつれないように力をいれることだけが、彼の精一杯だったに違いない。
普段剣を剣で受ける攻防をする必要があったとしても、ゾックはそれを苦手にはしていなかった。しかし、ふるう剣の威力すら落ちている彼に、目いっぱいの力を込めたスケルトンナイトの一撃は、あまりに重たかった。
オハラの目の前でゾックは剣を弾き飛ばされ、もう一体飛び出てきたファントムが繰り出した攻撃をうけて吹っ飛んだ。
通路の壁に打ち付けられて床に崩れ落ちるところに、更に他のスケルトンナイトが剣を構えて走り寄る。
「・・・いやぁぁ!!」
わたしの魔法では、間に合わない。オハラの叫び声が響いたその瞬間。

「!!」

それは声に出して表すならば、「じゅり」っという奇妙な音。
すさまじい勢いで、けれども、その通り道には味方がいないことを完全に見切った軌道で、閃光が地を走っていく。
その閃光が通った通路には亀裂が入り、オハラの真横を通ったその先、ゾックにとどめをさそうと走り寄ったスケルトン達に閃光がめり込むように貫通する。
その恐ろしい威力には、スターティアラやヒーリングで同胞が消滅してもひるむことがなかったアンデッド達の動きが一瞬止まった。
そこには
「フェンリルサンはどこデスカっ!!!」
褐色の大男が、冑すらつけないまま怒りに打ち震えて立っていた。
スルストだ。
一瞬怯んだアンデッド達は、ようやく先ほどまでの猛攻を再開し、オハラ達に襲い掛かろうとした。そこに、ようやく詠唱を完成させたオハラのスターティアラが再度アンデッド達を消滅させる。
その一瞬、通路の奥に黒いもやもやとしたものがあることをスルストは確認した。そして、すぐまたそこからアンデッド達が現れることも。
(ガルフが、魔界との道を開いたんデスネ。まったく、厄介なことを!)
そして、その道が一箇所ではないことは、部屋の中から溢れかえってくるアンデッドを見ればわかる。
「オーロラ!」
スルストに追いついたソニアが叫びながら走ってきた。
「この数では、いくら戦っても確かに埒があかないですネ〜。ソニア!!こいつらが出てくる場所を塞げるのは、ソニアだけデース!!こっちは食い止めていますから、早くガルフを!」
「わかりました!」
そう叫んでソニアは各人の様子を確認した。
(ユーシスは「サン」のカードを使えっていったけど)
そして、自分は「今がそのときか」と聞いたけれど。
躊躇することはない、とソニアには思える。
最初に目に入ったのは剥き出しになったテリーの、肉が少しそがれたように見える背中。
今にも倒れそうなオーロラ。
倒れたまま動かないスタピュロス、床に崩れたゾックの鎧の間から流れ出した血。
様子を変えてはいないけれど、間違いなく傷を負い、そして主人を信じてその場から動かないベレクロス。
戦う立場にありながら、この場を乗り切るために、最大限に守られたオハラだけが軽傷で済んでいるようだけれど。
ソニアは懐から一枚のカードを抜き出し、高くその場で掲げた。
彼女の後ろから現れたユーシスは、そのソニアの様子を見てはっと息を呑む。
「こんな力は、本当は、欲しくない。でも」
ソニアは指先に挟んだカードを見ることもなく、ただまばたきもせずに叫んだ。
「みんなを、助けてくれ。あたしはあたしが出来ることをする。あたしに出来ないことを、お前がやってくれ・・・!!」
彼女が持っているのは、「プリエステス」と呼ばれるカードだ。
そのカードは、ハイプリースト達が行使する治癒魔法と似た効果を発揮するものだ。
ソニアの手の先にあるそのカードは、ソニアの意志を感じ取ったように、まるでこれがその返事だ、と言わんばかりに突然発光した。
四方八方に広がるその光はやがて、ソニアが確認した反乱軍兵士達の体だけを強く照らし出す。
それはほんの一瞬の出来事で、誰が見ているわけでもないその短い時間に、ソニアの手にあったカードは発光を終えると共に指先から突如消滅した。
「カノープスはみんなを頼む!足りない分は後からくるハイネに頼んでくれ!」
ソニアは既に味方の状態を確認もせず、ベレクロスが持ちこたえようとしている開け放った扉に、無理矢理アンデッド達の中に切り込んでいこうとした。
「ブリュンヒルド、行くぞ!」
(信じている)
その様子を見てユーシスは目を見開いた。
ソニアはアンデッドを見る間に3体切り伏せ、その場から消し去った。そこで出来た隙間に新たなアンデッドが現れる前に走って更にもう1体。
ソニアに襲い掛かろうとしたゴーストには、ベレクロスが横からガードをする。
(天の父を忌み嫌っているようだけれど、それでも、カードの力やブリュンヒルドの力を、心から信じているんだわ)
無責任と思われるかもしれないが、ソニアは自分が使ったカードの威力がどれほどのものかはいちいち確認をしていない。
ゾックの傷は癒えたか、とか、テリーはどうか、とか。
完全な信頼を彼女は彼女がもつカードにおいているのだ。
そして、ブリュンヒルドにも。
それは、ユーシスにとってはいささか驚くべきことだった。


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