後悔


ああ、もう、まったく。
シエラは、苛立ちを抑えきれぬように、暗闇に包まれた野営の陣中をずかずかと歩いていた。
事の起こりはまったく大したことではなかった。なのに、それを大きくしてしまったのは自分だ。
「見張り、御疲れ様」
「あっ、シエラ殿!」
「特に問題はないようね」
「はっ。静かなものです」
何ヶ所かに分かれて立っている見張り兵の様子を見ながら、シエラは自分の腹立ちを必死になだめようとした。
野営地に選んだこの場所は川に近く、そのすぐそばには少しばかり高くなった岩場がいくつか並んでいた。
それらは丘や切り立った谷のように、敵が罠を張るほどの高さも広さもない。見張りにはうってつけの場所だ。
いくつかの岩場を軽快にシエラはあがっては兵士の様子をうかがい、また降りては他の岩場に登る。
あまり眠っていないわりに、足腰はまったく疲れもみせずに動く。それは彼女の若さを物語っていた。
もう少し朝に近づいたら、川で魚でも捕ろうかしら。そうそう。食糧はちゃんと手に入ったんだもん、魚ばっかりとって凌ぐ必要はなくなったんだわ。さすがにみんな魚や同じ木の実は飽きてきたみたいだし。
そんなことを考えながら、シエラはおちつけ、おちつけ、と自分をなだめることに必死だ。
あまり自分が怒りっぽい人間ではないということを彼女は重々承知していた。
だからこそ、心が乱れる自分を意外に思い、そして、未だになだめきれないその事実に愕然とする。
こういうときには関係がない人間と話して気を紛らわせることが、彼女にとってはもっとも簡単で、ありがたい方法だ。
「どうした、シエラ」
見張りに立っていた兵士の後ろから、ギルバルドが顔を見せた。
シエラはこのビーストマスターのことを好いていた。
あまり表立ってその好意を口に出すこともなかったけれど、彼にはウォーレンやランスロット、そしてアッシュのようなゼノビア人がもっている「それっぽさ」があまりなく、シエラの肩の荷を更に重くするような発言をしない。それにどれだけ救われているのか、ギルバルド本人はわかってくれているに違いない。
「ちょっと寝つかれなくて。ギルバルドは元気?眠ってる?」
「ああ、俺は昨日ゆっくり休んだからな。寝付かれないとは、めずらしいこともあったな」
「そうね。いつも、よーく眠るもの」
「寝る子は育つ」
「子供扱いして」
「いや、もう大人だ」
シエラはまじまじとギルバルドを見た。ギルバルドもその視線をそらさない。やがて、観念したようにシエラは話題をそらした。
「ヘルハウンド達の様子はどう?」
「ああ、大分回復した。話には聞いていたが、魔獣の病があんな風に伝染するのは始めてみた。実際俺がビーストマスターとしてゼノビアに仕えていた時は、そんな経験はなかったんだが・・・シエラにも、助けられたな。夜中何度も様子を見に来てくれて、ありがたかった」
「ううん、そんなこと、どうってことない。それにしたって命に支障が無い病でよかった。あの子達がいないと、ほんと、困るし・・・いい子達ばかりなんだもの」
「そうだな」
「相性が合わない人間より、人間に慣れた魔獣とお付き合いする方が、なんぼか楽だしね」
ギルバルドは目を丸くした。
本当は魔獣と人間が共存するには色々と問題があり、だからこそ彼のように魔獣を調教・管理する能力に優れた者がどこでも重宝されるのだ。それを知らずに安易にそんなことを言うシエラではない。
「どうしたんだ、一体」
「・・・ランスロットと喧嘩しちゃって」
「なんだ、そんなことか」
「なんだ、じゃないわ」
つまらなさそうにシエラは言って、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「・・・ランスロットも大人気ない」
「しかも完全にわたしが悪いの」
「それは喧嘩ではないんじゃないか」
「なのに、ランスロットが譲ろうとするから、それに腹を立ててしまったんだわ、わたし」
「ははあ」
「なんなの。なんであの人、あんなとこで、譲ろうとするのかしら。自分のことをわかってないんだもん、あの人」
一体ことの発端はなにやら、と思いつつギルバルドは自分からは聞かない。
彼は決して薄情な人間というわけではなかったけれど、あえて自分から人の口から愚痴を引き出そうとする人間ではなかった。これがギルバルドではなく、彼の親友の有翼人カノープスであれば逆に、愚痴を引き出して相手を楽に(しつつ自分も楽しむ)しようと試みるのであるが。
ギルバルドが黙っているとシエラはそれに気付いて、今度はわざと視線をそらしてとぼけたように言った。
「不器用な男って嫌いじゃないけど、気を回す感覚が合わない相手に気を回されるのは、逆に迷惑よ」
「ランスロットとは合わないか」
「残念なことにね。合わないなりに気を回してくれようとするのは、嫌いじゃないの。嫌いじゃないけど、今日は駄目だった。それだけ」
「そうか。俺も気をつけよう」
「ギルはいーの。ギルは、わたしと合ってる」
わたしと合う。なんて言葉だ、とギルバルドは苦笑をせざるを得ない。
その言葉には異性としての愛情が含まれている。そして、その愛情とは、恋愛ではない。
そのことはギルバルドだって重々わかっている。彼がわかっていることを知っていてシエラはそんな言葉を使うのだ。
そうでなければどれほど危険極まりない発言か。
彼とシエラの年齢差は20どころではない。
それほどの差があるというのに、ギルバルドは彼女が自分と肩を並べることを悪くは思えなかった。それは、物理的にも精神的にも。
「ランスロットとは合っていないということか」
「そうね。そうだと思う。でも、わかってるの。あの人だって、自分とわたしが合わないってこと知ってるみたいだし」
「シエラが言うほど合わないとは思えないが」
シエラはギルバルドに向かって小さく笑みを作った。
「やぁだ。節穴ね」
「そうか?」
「そうだよ」
特にギルバルドは気を悪くした風はない。シエラは「ありがと。戻るわね」と軽く手を振ってその場から離れた。残されたギルバルドは、ぴょこんぴょこんと岩場を軽い足取りで降りていく彼女の後姿を見て首を横に捻る。
そんなに俺の目は節穴かな。
まあ、あの子がそう言うならそうなんだろう・・・。

星が姿を見せ始める時間に、シエラとランスロットは部隊の再編成について話し合った。それは、ようやく彼らの息があってきたように思えるほどの順調さだった。天幕には2人だけ。まだ、反乱軍は「軍」と胸を張って言えない程度の人数ではあるが、そろそろ古株と呼べる兵士も話し合いの場に参加させても良いかもしれないな、とシエラは思いつつ、飲み物をわずかに口に含んで、喉を湿らせた。
斥候の報告をもとに進軍ルートも決定したし、食糧確保もスムーズに行く見通しがたった。誰にも内緒ではあったが、食糧確保が最も難儀で、ここ数日シエラとランスロットそしてウォーレンが頭を悩ませ続けていた問題だった。あと2,3日で目途がたたなければ進軍を一時止めなければいけないというところまで事態は悪化していた。
それらの理由は主に二つ。一つは、魔獣の数匹が魔獣特有の病にかかってしまったこと。これは、ビーストテイマー達の責任とはいえない不可抗力のものだという話で、誰を責めるわけにもいかない。
食糧調達に魔獣達は役立ってくれていた。それが軒並み調子を崩してしまったのだ。持ち直したここ数日、ようやくギルバルドは安心して眠ることが出来た。シエラはギルバルドが非常に優れた魔獣使いであることをこの事件で再認識する。
そして、もう一つは、単純に人員の増加だ。それは、シエラが入軍志願者のほとんどを突然受け入れてしまったせいだ。人員が増えているのに食糧調達に必要な魔獣が減り、そして、仕事に慣れない兵士達があふれる、という混乱を一時迎えてしまった。
その山場を越えて緊張感が緩んだせいか、ランスロットは彼らしくもなくあからさまに安堵の表情をシエラに見せた。
ランスロットはいつも、どの程度彼が物事に悩んでいるのかをシエラには気付かせまいとしている。
その彼が小さな安堵の息までもついたことをシエラは聞き逃さなかった。
が、彼女は何も言わずに、おんぼろのテントの中で荷物の上に座りながら、気を利かせた兵士が持ってきてくれた茶−それすらも今の彼らからすれば贅沢品ではあったのだが−をすすった。
「それにしても、本当に予想外に多かったことですね」
そのランスロットの言葉に、本当は答えたくない、と思いつつシエラは返事をした。
「あれだけの入軍志願者の中でも使える人間はほんの一握りだわ」
「そうでしょう」
「でも、ここはただの教育機関じゃあないんだもの。食いぶちを減らすだけの人間は切っていかないと」
シビアな話だが、それは確かに間違いではない。
入軍志願者の中には、反乱軍に身を投じた方が生活水準があがるほどの人間だっているのだ。
そういった人間が命をかけて本当に戦ってくれるかは怪しい物で、大抵の兵士は10日前後でその後の処遇が大きくわかれる。
軍隊の維持には金がかかる。まだ駆け出しでも。
少し前にシエラが一気に兵士を入軍させたために食糧問題が深刻になったことをランスロットは知っていた。
「そこまでわかっていながら、何故あんな人数に入軍許可を」
何度聞かれてもシエラが答えてくれなかったその問いをランスロットは再度投げかけた。
ランスロットもまた小荷物の上に腰掛け、貴重な茶にゆっくりと口をつける。
「またそのこと?」
「糾弾するつもりではありません」
「嫌ーね。ランスロットは、静かに聞くんだもの」
「え?」
「もっと、こう、詰め寄って怒ってくれればすぐ答えられるのに」
「どういう意味か、よくわからない」
ランスロットは眉間にしわを寄せてシエラを見た。
「なんで、そんなにいつも期待するの」
「期待?」
言っている意味がわからない、ともう一度ランスロットは言葉を繰り返したい気持ちにもなったが、かろうじてそれを飲み込んだ。怒ってくれれば。なんで期待するの。まったく話の流れが彼にはわからない。
「きっと、何かわたしには考えがあってあんなことをしたんだ、って顔で見られるのはうんざりするわ」
「・・・それは、わたしのことでしょうか」
「あなたのことだよ」
シエラはまっすぐランスロットを見た。夜だというのに鎧に身を固めて傍に冑を置いている。夜番でもないはずなのに、いつでも出陣出来る態勢でシエラのもとにやってきた彼を、生真面目だな、とシエラは心の中で苦笑していた。
そういうところは嫌いではない。嫌いではないが、それが息苦しく思えるときもある。
「わたしの独断で、今回は迷惑をかけた。ごめんなさい」
「謝るならば、その理由を聞かせて欲しいのだが」
「今更言ったってしょーがないでしょう。今後はこういうことは絶対しないから、安心して」
「しかし、食い扶持を減らすだけの人間は切る、とまで言うあなたが、何故あれだけ大量の入軍者に許可を」
「だから、それは、わたしが悪かったって言ってるでしょ」
「謝って欲しいわけではない」
ランスロットが欲しい答えをシエラは知っていた。
知っていたけれど、それを言うことで、ランスロットを失望させることも知っていた。
今回の件は、明らかにシエラのミスだった。いや、それはすべてではない。
ランスロットが思っているとおり、シエラはシエラの目論見があり、阿呆のように「たくさんの人間が反乱軍に入ってくれると嬉しい」なんて思っていたわけではない。
けれど、その目論見のために軍の食糧確保が困難になったことは事実だ。その見通しを誤っていたことをシエラは嫌というほど身にしみて反省していた。
だからこそ、今更そこまでのいきさつを口に出すことがつらくて、未だに理由を言えないのだ。

「言いたくないことがいくつかあるの」
シエラはぽろりと、親友であるアマゾネスのリリーに本音をもらしたことがあった。
「やったことがないから出来ない、とか、反乱軍リーダーなんてやりたくないんだ、とか、そういう心が弱い言葉」
「何言ってるのよ」」
リリーは心底シエラの言葉に呆れたように、大仰に顔を歪めて見せる。
「あたしから見れば、心が弱いことぜんっぜん言わないほうがおかしいわよ」
「でも、軍の上に立つ人間よ」
「だから、それは」
シエラの赤毛に手を伸ばしてリリーはシエラの頭をなでた。
「シエラの心が、そんな、鋼のよーに強いと思い込んでない、あたしとかに愚痴ってればいいじゃない。シエラのことわかってない奴等には言わせとけばいーのよ。我慢出来なかったらあたしがそいつらぶんなぐってやる」
「リリー」
乱れた髪に文句も言わずに直しつつシエラは彼女の名を二度呼んだ。それは、立場が逆転してリリーをなだめようとしている制止の声だ。
「リリー」
「なぁに」
「ありがとう」
「何言ってるの、今更。あのウォーレンのじーさんとか、ランスロットとか、シエラに変に期待してる奴等のこと、一人ずつぶっとばしてきてもいーんだから」
「それは、困るんだけど」
やる、と言ったらリリーは本当にやってしまいそうだ。シエラは苦笑を見せた。
「リリーが殴りにいったら、きっとランスロットはわけわかんないまま、それでも黙って殴られそうだし」
「いーじゃん」
けろりとリリーはそう答える。
そうか。
ウォーレンやランスロットが必要以上に期待をしているってこと、リリーの目から見てもわかるのか。
その時のシエラが抱えていた憂鬱をずばりと言い当てられた気がして、ほんの少しそれは照れくさいと思えた。

ランスロットはリリーにぶん殴られるようなことを思っているのだろうか。
「・・・ランスロットは、なんでわたしが反乱軍リーダーにふさわしいと思ったの」
「えっ」
突然の問いにランスロットは驚きの声をあげた。しかも、その彼女からの問いは初めてのものではない。
もっと以前に。
出会ってから間もない頃に交わされた質疑応答の一部だ。
「ウォーレンの占いのせい?ランスロットは、占いに何もかも左右されるよーな人なの?」
「・・・あなたを見て」
困ったようにランスロットは言いづらそうに答えた。
質問をしていた立場が逆になってしまったことはあまり気にしていないようだ。
「それまで、出会ったことのあるありとあらゆる人々との差異を感じました。それは、吸引力と言えば良いのか、なんと言えば良いのかはわからない。ただ、同時にとても素直に納得が出来ました。ああ、この女性が、ウォーレンが言っていた人なのか、なるほど、と。きっと他の誰があなたの替わりに現れたとしても、そんな風に思えないだろうと・・・」
彼の答えは、過去に交わされた答えとは幾分違っていたけれど、シエラはそれについてどうこう言おうとはしなかった。
ただ、彼女はその答えに不満げな顔を見せ、口を尖らせた。反面、不満げな顔を見せられる回答を彼が口にしたことを、多少はしてやったりと思っているのだが。
「要するに、勘でってことよね」
「そう言えばそうなるのですが、その言葉で片付けられないものだとは思っています」
呆れた。
そういう思いがシエラの心の中を掠めたけれど、それもまた彼女自身わかっていたことだ。
人に対する判断はとても難しい。その人間の性質から能力からありとあらゆることを知ることは不可能だ。
多くの場合は、自分のそれまでの経験の中から比較要因を引っ張り出して無理矢理作ったカテゴリのどれにその人間が当てはまるのか、とシミュレートして判断をする。
反乱軍リーダーとしてふさわしい人間を選ぶには、シエラはあまりにも彼らにとってデータ不足の人間だ。
生い立ちから何から何まで謎めいていたし、ゼノビア人ではない時点で、彼らの中の比較対象をもとに彼女を量って良いのかもわからなくなる。
そんな人物をリーダーとして抱えた理由の一部には、いつも、直感やら占いやらが含まれる。
そして、今またそんな人物に対して、この騎士は余計な期待をしているのだ。
「わたしが入軍志願者のほとんどに許可を出したことも、あなたの中では、何かのっぴきならない事情があると思ってるんでしょ、どーせ」
「・・・違うのですか」
話の展開についていけずにとまどいつつ、ランスロットは驚いたようにわずかに早口で言葉を返した。
「・・・」
シエラは黙る。
事情を言えば失望させるし、事情がないと言っても失望させる。結果がわかっていながら選択をしなければいけないなら、やはりだんまりを通すのが一番だ。けれど、そのだんまりに、またランスロットは悲しい顔をするに違いない。
彼自身が気付かないそのプレッシャーにシエラが頭を悩ませていることなんて、ランスロットには理解が出来ないのだ。
「ああ、もしかして」
ランスロットは突然申し訳なさそうな表情になり、溜息をひとつついた。
「あなたの思惑を感じ取ることができないわたしに、失望してしまったのですか」
「え?」
「あなたが言わずとも、わたしが気がつかなければいけないことを・・・わたしが、気付かなくて、あなたを失望させたのかと。もしも、そうであれば本当にそれは申し訳ない」
どこまでこの騎士は自分と「合わない」のだろう、とシエラは苛立ちを感じる。
誰もそんなことを言ってはいないではないか。
それに、第一今までのやりとりのどこをどう考えたらそんな言葉が出てくるというのか。
シエラは、自分より10歳以上も年上の騎士をじいっと見つめて、呆れた。
時々この不器用な騎士は、まるで腫れ物に触るように自分を扱う、とシエラは思っていた。
その理由はわかっている。突然、ふと彼は思い出すのだ。シエラがうら若き少女−と女性の中間ではあるが−であるということを。その時の彼といったら、何を気遣ってあげればいいのだろう、とまったく娘の気持ちを解さない父親のようにも見える。
自分がそんな風に彼を見ていると言えば、ランスロットはどういう反応をするだろうか?
きっと、自分の不器用さに呆れて、落胆するに違いない。
シエラには答えが見えていた。そして、その答えが見えていることまで伝えれば、ますますランスロットはがっかりするに違いない。
剣の腕は確かな男だ。
誠実で、生真面目で、けれども決して神経質ではなく、気持ちが穏やかな人だと思う。
だからこそ、失望させたくない、とシエラは思う。
(違うよね。そうじゃない)
心の中で自分に言い訳をしている自分に気付いて、シエラは内心舌打ちをした。
そうじゃない。
彼を失望させたくない、というのは、自分の勝手だ。エゴだ。
「シエラ殿?」
「わたしだって、たまには失敗をするわ」
「・・・」
「今まではよかったわ。そんな大人数の軍を率いるわけじゃあなかったから。もっともっと厳しく人間を選べたから、そっちの方が余程簡単だったんだもの」
「そういうものだろうか」
「そうよ。能力が一定以上じゃなきゃ、仲間になんかしやしなかった。だけど、この軍はこの先大きくなるから、戦闘以外のことが出来る人間がもっと必要だし、取り立てた能力が無くたって、大陸の地理にほんのちょっと詳しい商人ってだけで今は重宝するんだもの」
「ああ、それは確かに」
「わたしは、見る目があるつもりよ。この年にしては。だけど、あんまりにもこの軍には足りないものが多すぎて、どういう風にふるいにかければ正しく人選出来るのか、今までの経験からはわからないんだもの。そしたら、雇って、様子見て、軍の中でふるいにかけて、それを自分の経験として還元するしか手立てがない。あなた達みたいに、占いで星に導かれたから、とか、そう感じたから、とは、答えられないわよ。入軍志願者50人から10人、腕利きを選べって言われれば選べるわ。でも、50人から、「今後のこの軍に役に立ちそうな人間」なんていう曖昧な条件で選ぶには、まだこの軍もわたしも若すぎるんだもの」
「それは要するに」
ランスロットは冷静に言葉を選びながら問い掛けた。
ここまで言ってわからない男ではないだろう、と、彼の返答をシエラは静かに待っている。
「シエラ殿にとって、その・・・実験のようなものだったということでしょうか」
悩んだ挙句に「実験」とは、ランスロットもなかなか鋭い言葉を持ってきたものだ、とシエラはわずかに頬が緩んだ。
その言葉を自分が口にするのは少々はばかられたが、彼から言われれば反論はする気もない。
「そういうこと。それに思った以上に手間取って、そのうえ、魔獣が病気になったもんだから、あんなことになったってわけ。ランスロットが思っているような深い事情なんてないわ。たとえ、ランスロットの言う実験ってのが深い事情だとしても、それであなたの頭を悩ませて、ついでにわたしまで悩んで困っていた事実は消えないわけだし」
「なるほど」
ランスロットはそう答えただけで、それ以上何も言わずにもう一口茶を飲んだ。
他に何か言うべきことはないのかしら?シエラは不満そうな表情を隠すことなく、口を引き結んでランスロットを見つめた。
しかし、彼は本当にそれ以上シエラには何も言わない。
その無言というものは、どうとでも取れる。
ずるい、とシエラは思った。
あれだけシエラに問い掛けてきたにも関わらず、その答えを聞いて「なるほど」の一言で終わらせてしまうとは。
なるほど、自らの失敗であったから言いたくなかったのですね。
なるほど、あなたでも失敗をするのですね。
なるほど、そんなことでこんな目に我々はあっていたわけですか。
どんな言葉が続くのだろう。
悪いのは自分だ、とシエラはわかっていた。わかっていても、ランスロットの態度は彼女を更に苛立たせる。
「呆れた?」
「え?」
我慢が出来なくなったシエラの問いに、ランスロットは素っ頓狂な声をあげた。
「呆れた?わたしがやった無謀なこと」
「何故呆れなければ?」
「だって、実際みんなを困らせたのよ。反乱軍リーダーは人を入れるだけ入れといて、養うことも考えない大ばか者だって噂が流れるところだったわ」
「それは、まあ、そうならないで済んで、よかった」
「なんで、そんなときだけ情けかけるの?いつものランスロットだったら、そんな大雑把な考えであれだけの人を入れたのか、って渋い顔をするところじゃないの?」
皮肉をこめてシエラはそう言った。思いのほか反応が緩やかなランスロットに焦れて、意味もなく彼を煽る。
一方のランスロットは、これまた先ほどから変わりが無く、シエラからすればかなり緩慢な反応で言葉を返すだけだ。
「いや、確かにそうかもしれませんが・・・シエラ殿に過度の期待をしている、我らにも問題があるのだと、そんなことを考えてしまって・・・」
期待された以上のことはするつもりだ、とシエラは心の中で呟いた。
もっと早く人員をふるいにかけるつもりだった。
それが上手く出来なかったのは、魔獣達の病騒動に気をとられてしまって、新人達の相手をする時間を削減されてしまったからだ。
今思えば、魔獣騒動については何もシエラが気にせずにギルバルドやその他の人々に完全に任せてしまえばよかったのだ。それでも、初めての体験を彼女はみすみす見逃したくも無かったし、本当に心配で仕様がなかった。
それもまた、自分のエゴだと彼女はわかっている。
「わたしが黙っていたのは」
シエラはわずかに声を荒げた。
「最初からあなた達が、わたしがやることを」
「・・・?」
「・・・なんでもないっ。もういい。今更言ったって意味がないことだもの」
「シエラ殿」
「とにかく、もうあんな無茶は止めるわ。ほんと、信じられない失態だった。自分で自分を許す気すら起きないくらいのね」
「そんな風に思う必要はないのでは」
ランスロットのその言葉を社交辞令と受け止めるには、彼の声の響きはシエラにとって心地よすぎる。
ついつい、その誘惑に負けて、甘えてしまいそうになる。
そこまで自分に厳しくなくてもいいのではないか、と、彼の一言で気持ちが揺らぐ。
けれども、間違いなく彼女に過度の期待をしている人物は彼その人であるし、彼がそうであるからこそシエラは自分に対して厳しく、完全なリーダーであろうと心をせかしてしまうのだ。
それでも、悲しいことに。好きな異性の声に「大丈夫だよ」という優しいニュアンスが含まれていることを、自分は敏感に感じ取って、たったそれだけで喜んでしまうのだ。
「悪気がないのが、一番くせものね」
「シエラ殿?」
「なんでもない。ひととおりのことは片付いたでしょう、ちょっと、一人になりたい」
「これは失礼しました」
そんな時にも穏やかに返すランスロットがうらめしい。ふと見れば、彼のカップの中身はまだ大分残っていた。いつものシエラであれば、その残量を確認もせずに相手に退室を迫るようなことを言うわけが無い。
やってしまったな、と思うけれど、慌てて飲み干すランスロットに謝るつもりもない。
ランスロットはそのカップを持ったまま一礼をして、退出しようとした。が、最後に一言。
「本当は、我々がもっと速く気を回して、防がなければいけなかったことです。あなたが、過度に自分を責めることはない」
「・・・!」
「では、失礼いたします」
なんというずるい男だ。
天幕から出て行くランスロットの姿を見つめながら、シエラはめずらしく、唇を前に突き出して子供のような表情を見せた。
もちろん、彼は振り返るはずもない。それを彼女は知っている。
だからこそ、そんな無防備な表情を彼の背に向けることが出来るのだ。
彼の一言はいつも嬉しくて。
だから、ずるいと思う。
ぱさりと天幕の入り口を覆っていた布が元の位置に戻る。人が通った証のように、わずかにそれは揺れ、ちらりと外の光景を垣間見せる。
その布を見つめている間に、シエラはどんどん苛立ちを増し、勢いをつけて立ち上がった。
煽ったのは自分の方だ。けれど、彼は大人で、煽られなかった。
けれど、本当の大人であれば、煽っている子供に対して、こんな去り方をするだろうか?
苛立ちに任せて、彼女は天幕を出た。そして、ギルバルドの元に足を運んだのだった。


ギルバルドと別れてから、とん、とん、とん、と岩場を降りて、シエラは川辺へと足を運んだ。
眠る前に水辺に行くことは、あまりよろしくない。
体は水を感じるだけで冷えるものだし、独特の水の匂いは脳に染み渡り、妙に目が冷めてしまうからだ。
けれど、シエラは夜の川のせせらぎが好きだ。
月もない夜、水面を見られるほど目が慣れない状態で、暗闇の中に聞こえてくる川の音。
場所によっては穏やかで優しく、そして、狂おしいほどに荒々しく。そのどちらも好きだと思う。
吸い込まれそうで恐ろしいと思う反面、それらのものは何もかもを流してくれるように思え、耳を傾けていると時折無性に泣きたくなる。
今日は星空が広がっており、大きな灯りを与えてくれる月は姿を潜めている。
けれど、随分と暗い場所を歩いてきたため、目は慣れてしまっていた。
「!」
川辺に、誰かがいる。立っているシルエットを見つけ、シエラは眉根を潜めた。
と、シエラが踏みしめた小枝の音に気付いて、その人物はこちらに気付いたようだ。
「うっ・・・」
うわぁ、と声に出そうになったところを、なんとか押し留めた。
ランスロット。
嫌な偶然だ、とシエラは眉を寄せて立ち止まったままで、彼をじっと見ていた。
「シエラ殿。お一人でここに?」
シエラに気付いたランスロットは、川べりから歩いて近づいて来た。彼の足元の小石達が、がしゃがしゃとうるさい音を立てる。
彼は夜番ではないため、そろそろ就寝するつもりだったのだろう。
腰に剣をつけてはいるが、先ほどのように鎧を身には纏っていない。
「そうよ。奇遇ね。どうしたの?」
「夜の川辺は、心が穏やかになりますから。好きなのですよ」
そう言ってはにかむような笑顔をランスロットは見せた。
「それは、心が穏やかではなかったってこと?」
「・・・そうですね」
「ふうん」
もしかして、さっきのことだろうか。
そうシエラは思うけれど、わざと追求せずに、生返事のような相槌を返すだけだった。
しかし、それを気にもしないように、ランスロットはあまりにもまっすぐな言葉を続ける。
「わたしの何が至らなくて、あなたを苛立たせたのかと」
「!」
「わからない自分は、本当に情けないと思いながら、水面を見ていたのです」
シエラは、静かにランスロットを見た。
「そう」
とだけ声にして、それ以上は何も口を開かない。
シエラは、せっかく近付いて来てくれたランスロットの脇を通り抜け、川辺に近付いた。
その川はとても幅が狭く、緩やかに流れている小川だ。
敷き詰められている小石がシエラの足裏に刺激を与える。がしゃがしゃ、と不快な音―普段ならば不快ではないはずだが―に眉を潜め、シエラは足を止めた。
「わたしが1番苛立つのは、怒るべきところであなたが優しいことを言うからよ」
「え」
「そして、こんな子供じみた言葉を、口に出さなきゃ察してくれないところも、苛立つわ」
「それは・・・」
怒られたい、なんて、親の気を引きたい子供みたい。シエラはふとそう思った。しかし、彼女は決してそういう気持ちで言っているわけではない。
怒られると思っているのに、そう言うときに肩透かしを食らうのが、ランスロット相手には殊更に苛立つ。
それは、あまりに一方的な「そこで優しくするんだったら、違うところで」という気持ちだと、自分でよくわかっている。
わかっているから、更に、あまり彼女は言いたくない。なのに、こんな時に限って彼は言わないとわからない。それに、更に苛立つ。
繰り返されるどうしようもない気持ちを抑えるため、シエラは彼に背を向け、まばたきもせずに水辺を見た。
と、困惑の声音で、ランスロットは彼なりの返事をする。
「わたしには、少し難しすぎるかな・・・わたしは、今まで十分過ぎるほどにあなたに対して意見を言い、時には叱り付けたこともあったと思うのだが。それでも足りないとは、本当にあなたはご自分に厳しい方だ。わかっていたつもりで、まだまだわたしはあなたを見損なっていたようです」
「っ・・・」
馬鹿じゃないの!?
そう叫びだしたい気持ちをこらえて、シエラは唇を噛み締めた。
こんなに、こんなに恥ずかしいことを言わせておいて、また、そんなにもずるい言葉を。
シエラは溜息も飲み込み、振り返った。
闇に浮かんでいる聖騎士は、あまりにもまっすぐな瞳で彼女を見ている。その表情には笑みがなく、真剣そのものだ。
そのまなざしを見れば、馬鹿なことを言っているのは彼ではなく、自分なのだと思わざるを得ない。
シエラは、ぷいっと背を向け、下流に向かって歩き出した。それへ驚いてランスロットは声をかける。
「どちらへいかれるのですか」
「一人で川を見ようと思ってきたのよ。先客にご迷惑にならないように、離れるわ」
「それならば、わたしが、この場を離れましょう。あまり下流に行っては、陣地から離れてしまう。それに、一人は危険ですから、長居はなさらぬように」
その言葉に、ぴたりと足を止めるシエラ。
いつもならば、「いいわよ、悪いから」と言うのだろうが、もう今日は遠慮をしない、と彼女は自分に言い聞かせた。
「ありがとう。お言葉に甘えるわね」


ああ、本当にあの聖騎士と自分は合わない。
苛立つ。
なのに、彼は夜の川辺は好きだと言った。
合わない男なのに。
シエラにとっては、いつもいつもタイミングは最悪で、だけど、戦になれば驚くほどに察しが良く、言葉少なでも通じる数少ない優れた騎士だ。
2人でいると、いつも何かがおかしい。
伝わらない気持ちはもどかしく、伝えたくない気持ちは時に汲み取られてしまい、本当に苛立つ、とシエラは思う。
まったく。
歩いて行く後姿が視界から消えたことを確認して、シエラはその場にしゃがみこんだ。

馬鹿ね。
あんな風に拗ねて喧嘩をふっかけるように言わなければよかった。
本当に馬鹿だわ。
ギルバルドと話した後、すぐ天幕に戻ればよかった。
本当に、本当にわたしは馬鹿だ。
水面を見ながらわたしのことを考えていたなんて、そんな恥ずかしいことを言わないで。
それから、それをちょっとだけ嬉しいと思う恥ずかしい自分のことなんて、許したくない。

ランスロットが誠実で優しければ優しいほど、いつも彼女はいたたまれなくなり、優しくしないで、と言いたくなる。

「あーーーあ」

どうしようもない呟きと共に、シエラは頭をがっくりと下に落とした。
もし、次に川の近くで野営をするとしても、もう、夜の川辺に来るのは止めよう。
あの人に会えるのでは、と期待していると思われたら、それはあまりに恥ずかしいから。

「どうせなら、もう、何もかも投げ出して、ここで食べときゃよかった・・・」

と、出来もしないことを口に出してしまう自分にまた失望して、シエラは深い溜息をついた。
それから、何もかもまみえない愛しい男が踏んでいた小石達に視線を移す。
水の静かな歌を聞きながら、いつまでもいつまでも闇にうっすら浮かぶ石の表面を見つめていた。



Fin



モドル


めっずらしく、片思いのイライラ全開のシエラです。こういう風に悪気がない男は本当に困りますね。
シエラは「合わない」と信じているけれど、その彼の一言一言にこんなに揺さぶられるのは、ある意味「合っている」んだと思いますw