吐き気がする。
反乱軍でプリンセスの称号を得たリリーは笑顔を振り撒きながら心の中で毒づいた。
ゼノビア宮で行われた祝宴で彼女は男達の輪に囲まれ、踊りに誘う声を端から断わり続けていた。
その多くはそれまでリリーに声をかけることが出来なかった反乱軍の兵士達で、また、残りの半分はゼノビア宮で復興のため尽力していた生粋のゼノビア人達。そして最後が、突然どこから沸いたのかわからない旧ゼノビア貴族達だ。
とりわけ、最後の種類の男達はリリーにとっては許し難い存在で、顔すら見たくないと思える。
25年前に相応の位についていて、なんとか逃げ延びた貴族達。
そいつらは、今まで何をしていてどの面を下げてここにいるんだ。また、そいつらの子供が何故、さも当然のような顔でこの宴にいるのだろう?
わかっている。ウォーレンが許可したに決まっている。
悲しいけれどどういった形でも、この先の政にはそれ相応の人数が必要で。
すべての人員を新しく民衆から選択している暇はなかったし、生き残った貴族の中にも戦はともかく政に関しては信頼が置ける人材だって多少はいるはずだし。
そして、そいつらの地位を渡すことで、反乱軍が進軍をしている間にもゼノビア宮の復興作業は実際に進んで、こうやって人々が宴を開くことが出来るように整っていたし、周辺のハーレムだって相当に整備されていた。
久しぶりに戻ったゼノビアの短期間での変わりようにはリリーだってシエラだって驚いたものだ。
でも。
本当にあんた達は、あの子−シエラ−が取り戻したこの平和のために、力を尽くしてくれるんでしょうね?
唾を吐き捨てて問い詰めたいほどの気持ちを抑えて、極めてリリーは明るく振舞う。
心からこの祝宴を楽しんでいるように。
何もたくらみがないように。
あの子に人々の視線が行かないように。
ラウニィーほどではないけれど、リリーは自分が反乱軍ではかなりの美貌を誇る女だと自負していた。
そして、そうであることを彼女の友人であり主であり反乱軍のリーダーであるシエラは喜んでいてくれていた。
波打つプラチナブロンドを結い上げて、おしろいをふうわりと肌に乗せ、高価な紅を綺麗に塗って。
細かい化粧の方法は知らないし、ゼノビア風に仕立てるのもどうすれば良いか彼女はわからなかった。
ただ、何をどうしたら自分が美しく見えるか、だけをリリーは知っていた。
だって、自分が綺麗だと、シエラが喜ぶから。

「リリーに、よく似合うと思うわ」
ドリームクラウンという極めて貴重なマジックアイテムを手に入れたシエラは、それをリリーに手渡した。
多少は反対をする人間もいた。もっと、それを与える人間を熟考すべきだ、と主張する兵士がいたのも当然だろう。
しかし、ウォーレンはリリーの素質を見抜いていたのかまったく反対をしなかったし、それが当然だとシエラも思っていた様子だ。
シエラに見せられたきらきらと光り輝くその冠は、それだけでも価値があるものではないかとリリーには思えた。
「それは、通称プリンセスと呼ばれる高位の魔法行使者の力を得るアイテムデース」
スルストが説明をしてくれる。プリンセスというものをリリーは知らなかったけれど、シエラはどうやら知っていたようで、こくりと軽く頷く。
「だから、魔法の才覚がある人物が使ったほうが良いデショウネ」
「そればかりじゃあ、ありませんけどね」
シエラはふん、と笑った。
本来リリーの魔法力はアマゾネス達の中では高いと思われていた。けれど、シエラはそれだけが理由ではない、と答える。
「魔法を行使するものは基礎体力が足りない。打たれ弱い魔法使いは、もういらない。リリーは比較的体力がある方だし。それに」
ランスロットが眉間に皺を寄せた。
リリーは一体シエラが何を言い出すのか、自分のような何の能力もない人間に、一体何故これを手渡したのか、と彼女もまた不安げに言葉を待つばかりだ。
「リリーは決して裏切らないから。わたしの期待に」
「反乱軍の、ではないのですか」
厳しいランスロットの答え。
彼もまた本当はまったく反対する理由はなかったのだが、そのシエラの物言いにだけは敏感に反応してしまう。
「いーの」
シエラは涼しげな顔で微笑んだ。
「わたしが聞かれた問いに、わたしが答えて、わたしがこれをもらったんだもの。許しなさい、ランスロット」
女性に必要なのは気品と美しさだと思いますか?
その問いに「いいえ」と答えたシエラ。それでは、その二つを手に入れることが出来るアイテムを、と受け取ったのがこのドリームクラウンという冠だ。
何故あたしに、とリリーが聞けば、「リリーによく似合うと思ったから」とシエラは答えた。
本当はわかっていた。
シエラは、リリーに力を与えることで、自分の近くにリリーを置いておきたかったのだ。
どんどん大きくなっていく反乱軍というひとつの集合体の中でいつでも孤立していた彼女は、心を許した人間に、たったひとりでも傍にいて欲しかったのだ。それには、部隊長だとかなんだとかそれ相応の身分が必要だ。
いや、始めは必要ではなかった。徐々に必要になっていってしまったのだ。
トリスタンという人物が加わってからはそれが更に如実になってゆき。
プリンセスという特殊な力を手に入れたリリーは日々前線に立ち、人々から一目を置かれるようになっていた。
彼女が得た力は大きく、神聖魔法を自在に操り、人々の肉体の俊敏さにまで影響を与える恐ろしい能力を彼女は手に入れた。それが故に人々はリリーをもまた畏れ敬い、彼女がシエラの傍にいる不思議をまるで当たり前のように受け入れてきたものだ。
ああ、シエラはこの日のためにあたしを。
いつの間にか一般兵との間に一線がひかれるほど反乱軍は大きくなり、シャロームから共に戦い続けていた懐かしい顔ぶれとも会話をする余裕もなくなったシエラをみつめて、リリーは思った。
こんな先のことを見通せる女性なのに、どうして、あなたは。シエラ。

何故あんな聖騎士を、愛してしまったの?

あの聖騎士が属するこのゼノビアには。
もはや、あなたの居場所はないのよ。
一国に英雄は二人はいらない。それを知っていたのはあなただったし、それゆえに身を引いたのもあなた。
でも、あなたは。
あまりにもあまりにも人々にとって大きな存在で。
トリスタンやウォーレンやゼノビア貴族達に、その存在を脅かすものとして畏れられていて。
ああ、せめてあなたがあんな聖騎士を愛していなければ、強引に昨日でも一昨日にでもここから連れ去ったのに!

わああぁ、と人々から歓声が沸き起こった。
金刺繍がほどこされている豪奢な衣装に身を包んだトリスタンが、これまた上質な絹をふんだんに用いたドレスを身にまとうラウニィーの手をとって上座からゆっくりと歩いて来た。
トリスタン自身は本来このような場に出ることは今までの人生にはなかったけれど、教育係の努力の賜物か、まったくもって身についた仕草で彼は人々に挨拶を交わしながらゆったりと歩いている。
新生ゼノビアの王になるだろう人物と、その妃になるであろう人物の登場に、誰も彼もが視線を奪われる。
その光景すらリリーにとってははらわたが煮えくり返りそうなほど苛立ちの元になるというのに。
(わからないとでも思ってンの。皇子様)
彼が描いたはかりごとのシナリオに、気付かないシエラではない。
「ここに集まってくださった皆様のために、わが妻となるラウニィーが舞を披露したいとのこと!」
トリスタンの声があがった。
ひときわ高く人々が拍手と歓声を送る。惜しみない拍手というのはこういうもののことを言うのだろう、とリリーはあまり彼らのパフォーマンスに関心なさそうに思った。
と、人々がざわめきながら幸せそうな若いカップルに注目をしている中、リリーの視界の隅で、シエラが動いた。
リリーは息を吸って、吐く。
ランスロットの姿も見えない。
・・・きっと、ランスロットはシエラをどこかに連れていったのだろう。
シエラはその時が来ることを重々承知していたのだから、断わる理由はない。
その誘いは、愛の告白のため?
今までの感謝を述べるため?
これからのゼノビアのために力を貸してくれ、と頭でもさげようってのかしら?
それとも。
あたしの大事なあの子を、あの聖騎士は奪おうというのだろうか。この先のあたしの一生から。
考えたくない。出来れば起こって欲しくない嫌な歯車が回り始めた。これが終わりなのかそれとも新たな始まりなのかを選ぶのは多分シエラ、あるいはランスロットだ。
リリーは一度だけ目を閉じた。
シエラは今、人生最大の賭けに出かけていってしまった。
この新しい第一歩を踏み出す新生ゼノビア国の宴の最中に。
ゼノビアの騎士が、ゼノビアの新しい主のために、ゼノビアに害を成す可能性があるシエラを。
どうしようというのか、答えは一つだ。
共存の道としてトリスタンが提供した、ゼノビアでの将軍職をシエラは蹴った。
彼女は常に彼女にしか出来ないことをしようとしている。ゼノビアの将軍職は「それ」ではない。
もっと遠くへ、遠くへ、シエラの心は放たれている。
そして、その大儀を成す人間であればこそ、シエラはゼノビアに害を成すものと思われてしまうのだろう。
そんなことは、わかっていた。だから、あの聖騎士は、あの子を。
リリーは小さく、周囲に気付かれないように溜息をひとつだけついた。
あたしは、あの子を止められなかった。
だってそうでしょう。あの子はあれほどに、あの馬鹿でしょーがない奇麗事ばっかり並べ立てる騎士様にご執心なんだもの。
あたしが、どれほどシエラを愛していたって。
あたしは、あの子を、止められない。
「もしよろしければ、お飲み物を、持ってきましょう」
リリーの近くにいた見知らぬ若い兵士が彼女の声をかけた。それへ満面の笑みでそつなくリリーは返事をする。
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
「お好みは何かありますか」
「強い酒」
「え?」
「強くて、あたしを、一口で酔わせるようなお酒が欲しいわ。しかも、味はとびきりのやつをね」
そんなものがこの上品な宴に用意されているわけがない。
強くて、あたしが一口で酔える、そんでもってとびっきりの味のもの?
そんなの、決まってる。あの子しかいない。
人々の輪に囲まれてトリスタンとラウニィーが笑顔を見せている。
リリーはラウニィーのことは、嫌いではない。むしろ好ましい女性だと思っていた。
美しさを鼻にかけず、けれどもそれ相応の賛辞を正しく受け止めることが出来る、そのバランス感覚は評価すべきことだと思う。
何よりラウニィーはシエラのことを好きな様子だったし、シエラが一方的に旧ゼノビア派の人間からうとましがられていることを知ったときの態度は驚くほどの聡明さだった。ラウニィーがとった行動は、シエラから人々の視線をそらすために、自分が矢面に立つことだった。
もと帝国の人間として殊更に旧ゼノビア派の前に立ち、自分が身代わりになることすら厭わない姿はリリーですら感心した。
感心して、そして妬ましいと思った。
自分は、死体の山を築く以外に、何もシエラにしてあげられないのではないか。
いつだって彼女の替わりに傷をうけることも命を捨てることも出来るのに。
いっそのこと、自分がラウニィーのようにトリスタンからの寵愛を受ければ、シエラの荷は軽くなるのではないかとも思った。
けれど、それこそ有り得ない夢物語だ。
どこの馬の骨かもしれない、山ほど帝国兵の屍を築き上げた自分が選ばれるはずもない。好みだとか好みじゃないとかの問題以前の話だ。
音楽が流れる。
ゼノビア生まれでもなく王侯貴族でもないリリーには、その音楽がゼノビアの貴族達の間で昔から受け継がれていて、舞もあるものだとはまったくわかるはずもなかった。ラウニィーの細い美しい手を取って、トリスタンは一歩踏み出した。
一体あの皇子様も、いつあんなダンスの教育なんて受けたのかしら。
ああ、そうね。おじーちゃん。
ウォーレンのじーさんは、本当にやり手の、腹が立つほど狡猾なジジイだ。先ほどまでシエラがいた席のすぐ近くに座っているウォーレンへちらりと視線を送ったけれど、彼はまったくリリーの方を見やしない。
どいつもこいつもへどが出る。
「リリーさん、どうぞ」
「ありがと、気がきくわね」
明るい音楽と鮮やかなトリスタンとラウニィーの舞いに群集が注目をしている中、リリーは兵士から赤い酒が半分ほど入っているグラスを受け取った。
それをもったまま、料理が運ばれる口とは違う方角の扉を開けて広場を抜け出すと、そこにはカノープスが酔い覚ましをしていた。
「あら、カノープス」
シエラの髪に良く似た赤毛の、逞しい体つきの有翼人であるカノープスをリリーはなかなか好ましいと思っていた。
胸板の厚い、それでいて腰の細い男の体は好きだ。フリージアというプリーストに片恋をしていたとかしていないとかシエラがリリーに教えてくれたことがあった気もする。
きっとシエラに釘をさされていなければ、この男を誘って寝たかもしれない。
それも叶わないまま、この日が来てしまったけれど。
「よお?どうした、酔ったか」
カノープスはぐったりと通廊の窓を開けて出窓に腰をかけて今にも落ちそうな態勢でぼんやりしている。
頬が上気しているのは明らかにアルコールのせいだ。
彼は宴が始まって早々に、今まで彼が面倒を見ていたバルタンやホークマンといった有翼人達に囲まれて、酒を浴びせかけられていた。それを見て、一言いいたかったのにな、とシエラは呆れたようにそっとリリーに囁いたものだ。
「酔ってるのはあなたでしょ」
「そうかぁ?」
「ギルバルドとの別れが辛かったと見えるわ」
「・・・知ってたのか、お前はよ」
「あなたの親友は、ゼノビアではなくてシエラを選んだようね」
カノープスの親友であるギルバルドは宴が始まる少し前に、近くの村の宿屋付近までケルベロスを連れて出立している。それを知るものは少ないが、ウォーレンやトリスタンにはばれているのだろうとリリーは思う。
カノープスはゼノビアに残る。ギルバルドは旅立つ。
親友達が離れ離れになるにはそれ相応の事情が当然あるだろうが、リリーはそれをよくは知らない。
「ほんの一言告げただけで、出ていっちまった・・・やっぱり、シエラは、いっちまうんだろ?俺に一言も言わないつもりか、あの女・・・ゼノビアまでは、とかいっときながらよ、その後なんも音沙汰ねえんだもんよ。明日の朝あたりにでも出るんだろ?なんでギルバルドは先にでかけっちまったんだ」
「・・・トリスタン次第だわ」
そのリリーの言葉の意味をカノープスはよくわかってはいないようだった。
「皇子がなんだって?」
「トリスタンが、シエラをどうしたいか、次第ってことよ」
そろそろかもしれない。トリスタンとラウニィーの踊りが中盤に差し掛かったことは、素人のリリーでも聞いていて音楽の違いでなんとなくわかる。
シエラとランスロットが消えてからの時間を考えれば、もう彼らの間になんらかの決着がついていたっておかしくはない。
行かなきゃ。
行って、真実を見なくちゃ。
たとえ。
たとえ、行って、ドアを開けて、そこにシエラが倒れていても、あたしは見なきゃいけない。
リリーはカノープスに苦笑を見せた。
「どうして、今宴の席にシエラとランスロットがいないってこと、みんな気付かないのよ」
「・・・?」
その言葉にはっとなってカノープスは目を見開いた。
体に回った酒の成分が彼の思考を鈍らせていたけれど、リリーが何をいいたいのかおぼろげに理解した。
「デートでもしてる、ってこたぁねえのか?」
「本当にそう思うの?」
「・・・」
カノープスは慌てて出窓から腰をあげようとして、ぐらりと上体を傾げた。
しまった、やっぱり呑みすぎた。舌打ちをするけれど、もうそれは遅い後悔だ。
リリーはグラスを持たない左手でカノープスの体を支えようと、腕を伸ばした。
「・・・リリー」
「あたしが、行くから。あたしと、デボネアがいるから、安心して」
安心しろ?
何を安心しろというのだろう?
今だってシエラとランスロットがどういった結論を出したのか、誰一人として知る者はこの世界にいないのに。
その時
「キャアーー!!」
耳を劈く悲鳴が広場から聞こえた。
「皇子をお守りしろ!」
「誰だ!曲者め!」
カノープスとリリーは顔を見合わせた。一体何が、と広間に戻ろうとするカノープスに反して、驚くほどにリリーは冷静だった。彼女のあまりの冷静さが気になったのかカノープスは振り返る。
「・・・潮時だわ」
リリーはぐい、と赤い酒を飲み干した。口はしにほんの一筋流れるそれを力強く手の甲で拭った。
気品とか美しさとかは、わからない。そんなものはこんな宴でもてはやされるだけでリリーには意味がないものだ。シエラ以外の人間から褒められても、彼女には何の意味もない。
液体がなくなった空っぽのグラスを無造作に床に叩きつける。
カシャーン、という当たり前の音が通廊に響き渡った気がしたけれど、それは広間から聞こえる人々の叫び声にかき消された。
「あんたはゼノビアを。あたしはシエラを」
足元に散らばった破片をぎりぎりと靴底で踏みつけて、リリーは歪んだ笑いをカノープスに向けた。
あまりよい表情とは言えないその笑みでも、十分に彼女は美しいとカノープスは思う。
「もしも、シエラが死んでいたら、そのときはあんたはあたしの敵にもなり得るわね」
そのときから、ゼノビアが、あたしの敵になる。
音にならない通達。それがリリーの最後の言葉だった。
彼女はドレスの裾を翻して、走り出した。
宴は、終わりだ。
長かった旅の終焉がこんな形であることが許されるのだろうか。
誰にその恨み言を言えば、自分達は楽になるのだろう。
宴の本当の主賓たちがどんな答えを導き出したのかを思いながら、リリーはただただ泣きながら走った。


Fin


モドル

シエラバージョンの「饗宴」→「狂気」の間の我が家のプリンセスリリーのお話です。
読んでいない方にはわからないお話になっておりますが(汗)汎用兵でありオリジナルキャラである彼女ですが、応援していただけて本当に嬉しいです。ソニアバージョンとは違って、明らかにこのリリーは死神ユニット。実際のプレイ状態と近い設定です。殺しまくってます。当然アライメントとカリスマはゼロ。でも美貌でカバー(笑)
そういうプリンセスは全国で何千人もいると思うんですが。