運命の息吹-2-

ギルバルドたちはあまり多くの情報を得ることは出来なかった。
ただ、彼らも帝国軍と交戦してきたとのことで、詳しい話を聞くとどうやら少しづつだけれど派遣される部隊数が増えているような気がする、とのことだった。
「となれば、これ以上情報を得ようと時間をとるのは危険だ」
何故なら普段と違って、今は3部隊しかいないのだから。
「ギル、囮になってもらえるかな」
「・・・帝国兵をひきつければよいのだろう?」
「そんなに相手は強い編成じゃない。でも数が出てくればつらくなる。コカハーンには申し訳ないけど、ある程度おいつけそう、と思わせるくらいの速度で飛んでもらうことは出来るかな?」
「やってみよう」
「エンジェルとかレイブンとか、飛ぶ相手ならひっかかってくれると思うのだけれど」
エンジェルは、実際につい先ほどアイーシャ達が交戦した敵部隊にいたユニットのことだ。
「タロットももってきたから・・・いざというときの時間稼ぎに多少使えるだろう」
「退路の確保はどうする」
「まず、フェンリルに会うまでむやみな戦い方をしないことだ。ギル、もしもフェンリルの屋敷近辺で帝国軍の部隊に遭遇しても、リーダーは生かしておいてもらう方がいい。撤退するときに、リーダーを失った部隊が戻ってきて退路をふさがれると面倒だ」
「わかった」
「それからアイーシャ」
「はい」
ソニアはてきぱきと指示を出した。その言葉のどれも、実はとりたててランスロットと相談したわけでもなにでもない。
こういうときにいつもランスロットは思う。
確かにゼノビアの騎士として年齢は重ねてきたけれど、基本的には誰もがちりぢりになってしまうような逃亡生活をしていて、軍と軍がぶつかりあうような戦のリーダーとしての経験は年齢の割には少ないと自分で思っていた。彼はあくまでも騎士であって、名将と呼ばれるような人物ではない。
まあ、それでも年の功とはよくいうもので、自分とウォーレンがいることで反乱軍が機能していることぐらいは理解しているし、知識でカバーできる分野だって少なくなかったからソニアをフォローしながら部隊を率いてきた。
「アイーシャはあたしと同じタイミングでフェンリルの屋敷にいくぞ」
「わかりました」
けれど、このような。
いつもと部隊数も、場所も、目的も何もかも違うこんなときに、ソニアはどうしてこうも切替が早く、そして相談もしないで即断して指示を出せるのだろう?
自分がこの少女の年齢のときには、と思えば思うほどそれはわかっていたって驚いてしまう。
「あたしの目的はフェンリルを正気に戻すことだ。アイーシャの目的は、あたしがフェンリルを正気に戻すのを失敗したときの退路の確保だ」
「具体的には」
「フェンリルの前から逃げることは、タロットカードで時間稼ぎか何か出来ると思う。問題は他の帝国軍部隊とかちあうことがないとはいえないことだ。」
「駐屯している帝国兵を全部倒せばよろしいのですか?」
「そいつは無理だ」
ははは、とソニアは笑顔を見せた。
「一番恐いのは、外から閉じ込められることだ。カノープスとスチーブがいるから、そうすると退路は空になる。空を囲むような布陣をしかれて、外から閉じ込められたら泥沼だ。だから、飛ぶ相手は出来るだけギルバルドに誘導して欲しいんだ」
「わかっている」
とギルバルドはうなづいた。ソニアはそれを満足そうにうなづき返して続けた。
「気になっていたのは、さっきアイーシャと戦った敵部隊にアマゾネス3隊がいただろう」
「はい」
「あれが布陣を替えて弓を射掛けられたら、カノープス達が危ない」
ちらりとカノープスとスチーブを見やった。要するに翼を打ち抜かれては、ということだ。
「そういう部隊だけを気にして、見つけたら先に叩いてくれ。それ以外は別に。普通の地上部隊ならば構わない。弓は飛距離が長いからな」
「サンダーアローとかファイアーストームとかも結構遠くからうてるから、困るな。俺がつぶしてきた部隊はレイブンが二体いたぞ」
「うん。だから、それはギルに頑張ってもらうしかないかな。一番大変なのはコカハーンだけど」
とワイアームを見てソニアは苦笑した。空を飛ぶものは空を飛ぶペースがある。そのペースを変えてくれ、というのだから申し訳ないな、とソニアは思う。
「魔法浴びる方が、弓で直接翼狙われるよりまだマシだよな」
とカノープスが聞くとスチーブもそうだ、と答える。それはソニア達にはわからないけれどそういうものなのだろう。
翼を支える筋を射られることが彼らにはもっとも致命的なのだ。
それから彼らは不慮の事態になったときのことを打ち合わせ、情報の少ないこの地でのかなり危険な賭けに緊張を走らせた。
「・・・それじゃあ、いこうか。今から動けば夕方にはつくだろう」
ソニアは立ち上がった。まずは3部隊ばらばらで飛び出して、一箇所でもう一度集合する。そこからギルバルドが誘導を行うため、ソニアの部隊とアイーシャの部隊は二手にわかれて遠回りにフェンリルの屋敷をめざす。
カノープスは力強く羽ばたかせた。天界とはいっても別段飛ぶことに支障がないようで、いつもどおりの動きをしてくれているのでソニアは安心している。アイーシャの部隊、ギルバルドの部隊(ワイアームのスピード調節をさせるために、わざとアイーシャの部隊と速度を合わせて飛んでみようと試みているようだ)を見送って、さあ、俺たちも、とカノープスが4人を見渡したときだった。
「そうだ、一番大事なことを言い忘れていた」
あ、という表情をみせてソニアはカノープスに言う。
「どうにもならなくなったら、カノープス、ブリュンヒルドを持って逃げてくれ」
あまりにダイレクトなその言葉に一瞬ソニアの部隊は全員何を言っているのかわからなくて押し黙った。が、
「・・・お前ねー、こういうときに気持ちそがれること言うのやめろよな」
「だって」
ぴくり、とランスロットの眉が動く。
「わーってるって、お前が何いいたいのか」
本当ならばランスロットがソニアをしかりつける場面なのだろうが、名指しをうけたカノープスはここは譲れない、とばかりに言葉を切らない。
「それは、俺に、お前達4人全員見捨てろってことだろ」
「そうだな。・・・その覚悟がオリビアとテスになければ、あとで集合してから置いていってもいい」
「何をおっしゃるんですか!」
声を荒げたのはテスだった。
「見損なってもらっては困ります。例え何があろうと、わたしはソニア様を最後までお守りするつもりです」
「テス」
「そうですわ。だから、置いていく、なんて悲しいことを言うのはやめてください」
プリーストのオリビアもそう言ってソニアを見つめる。もう一度だけ、言っておかないといけない、とソニアは思って厳しい表情で答えた。
「命を捨てることになるかもしれないんだぞ。相手は天空の三騎士だ。これからあたし達がやることは、本当に馬鹿げた賭けだ」
それまで黙っていたランスロットがソニアに言う。
「けれど、成さねばいけないだろう。三騎士を一斉にラシュディが操るとなれば、我々の勝機はあり得なくなる」
「ああ、だから、その前に一人づつ正気に戻して・・・フェンリルにはこれを返さないと」
ソニアはそっとブリュンヒルドにまた触れた。それを見てテスは眉間に皺を寄せながら珍しく熱くソニアに叫んだ。このフレイアはとても寡黙で自分の感情をあまり激しく主張しない。そんな彼女がこんな激情を見せたのは初めてだった。
「なんのために私達がいると思っていらっしゃるのです。あなたと・・・あなたと共に帝国軍を倒すためです。もう、あなたがいなくてはこの軍は成立しない。そして、多くの兵が、あなたがいるから帝国軍に向かおうと勇気を出して志願をしているのです。例えここで命を失ったとしても、わたしは後悔したくない。わたしはわたしが信じるもののために戦いたいのです。・・・わたしが信じているのは、あなたです、ソニア様」
「テス」
「あなたと同じ部隊に抜擢されて、どれだけわたしが嬉しかったのかなんて、ご存知ないのでしょうね」
「テス」
「あなたを守ることが、わたしにとっては帝国軍との戦いなのです」
「テス!もういい、やめろ!そんな、バカげたことは・・・命を粗末にすることは言うな!」
ソニアは叫んだ。その悲痛な声にテスははっとなって口を引き結ぶ。
「も、申し訳ありません・・・」
「やめろ、それ以上そんなことを言ったらっ・・・」
「あ」
カノープスは小さく声をあげた。このソニアの表情は見たことがある。
「泣いちゃうだろ!」
「ソニア様」
オリビアもテスも、そしてランスロットも驚いてソニアを見つめた。泣いてはいない。泣いてはいないけれど。
その場は、とても静かになった。
ソニアは恥ずかしそうにそっぽを向いてちょっとだけうつむく。頬が赤く染まる。
やっぱりここだってランスロットに譲る気はない、とばかりにカノープスがいつもどおりの調子で声をかけた。
「大丈夫だって。みんな一緒に帰ろうぜ。ウォーレンのじいさんだって今ごろ困ってるに違いない。フェンリルを仲間にしちまってさあ、驚かせようぜ」
「カノープス」
「しけた面してんなよ。いや、それにしてもテスの告白はすごかったな。熱烈だ」
「わ、わたしは・・・」
「俺もそこまで女に熱い告白して欲しいってもんだ」
カノープスがそういって笑顔を見せると、ソニアも小さく笑うことが出来た。
ぽんぽん、とソニアの頭を叩いてカノープスはランスロットを見る。
「行くか。俺がブリュンヒルド持って逃げる逃げないはともかく、さ」
それへはソニアのかわりにランスロットが重々しく、それでも多少ためらいがちに答えた。そのためらいは、自分達を見捨てられるかもしれない、ということの恐怖でもないし、最悪の事態を考えて気分が重くなっているためらいではない。
きっと、この男はわかってくれているのだろうな、とカノープスは思う。
「・・・逃げてくれ、そのときは」
「お前はそーゆーこと言うけどな。わかんねえ。それは約束できないよ。・・・俺だって」
ちらり、とソニアとテスに目線をおくって、それからカノープスは肩をすくめた。口に出たのは続きの言葉ではない。
「辛気くさいのは苦手だ。ともかく、あいつらをまたせちゃ悪い、さっさといこうぜ」
俺だって、どうにもならなくなったら最後までこいつのことを守りたいんだし。
その言葉を口に出すのは、卑怯だと思った。そして、何も言われなくてもランスロットは黙ってしたがってくれる、とソニアが思っているのだということを痛いほどわかって、カノープスは嫉妬していた。
自分がソニアにもっている感情は愛とか恋とか、そんなもんじゃあ、ない。言葉にすると、同志、という言葉が一番しっくりくるのかもしれない。友人、知人、それとも何か違う気がする。
ただ。
ランスロットは、既にソニアと命を共に権利を得ているのだ。そんな約束は交わしたことなんてきっと一度もないだろうけれど。
(その覚悟がオリビアとテスになければ、かよ)
今だって、テスとオリビアのことは言ったけれど、ランスロットのことはソニアは触れていない。無条件でランスロットが自分に従うと、あるいは同じ気持ちでいるのだ、なんて思っているのだろうか?それはソニアにしては珍しい傲慢さだった。
ランスロットの表情でわかる。やつらはそんな話はしたことはないに決まってる。
なのに。
(きっと、最悪の状態になっても、俺は)
ブリュンヒルドだけではない。他の3人を見捨てても俺はソニアをきっと連れて逃げるだろう。そこまで自分を押し殺すことはムリだ。そんなことをしたら一生ソニアは自分を恨むだろうし、きっと泣き叫びながらおろせ、ともがき苦しむに決まっている。
ソニアの代わりは決していないのだ。
反乱軍にとっても、自分にとっても、そして、きっとランスロットにとっても。
(ソニアと心中させるような真似なんかしねえからな。けったくそ悪い)

ギルバルドの誘導は完璧だった。
彼の手腕は素晴らしく、しぶるワイバーンをなだめながらも本当にいい距離を保って敵部隊を誘導していてくれていた。
これは帰ったら何か褒美をとらせないとな、なんてことをソニアは思う。
かといってそういうことはソニアの範疇外だし、自分はなにひとつもってはいないから与えることだって出来やしない。
そういうことはウォーレンに任せればいいのだ。
アイーシャ、というよりもバルタンのスチーブがうまい動きをみせてフェンリルの屋敷に近づき、敵部隊に気づかれないように周囲の探索を始めていた。ソニアが言っていたとおり、完全にソニア達を叩くための部隊とは思えない編成で、いつ出撃の声がかかるかと待っている部隊がいくつも駐屯しているはずだ。
それへの対処はアイーシャにまかせて屋敷の扉を破ってソニア達が中にはいると・・・。
本当に目の前に、フェンリルその人が待ち構えていた。

美しい銀髪は、肩を僅かに越えるあたりで切りそろえられていてわずらわしくないようにか前髪もおろしていない。
鋭い瞳、鎧の上からだってわかるすらりとした体つき。
タロスを一体従えて剣を握り締めて立っていたのがフェンリルだと、すぐに誰もがわかる。
「お前がフェンリルか!」
天空の三騎士相手にお前、はないだろうとランスロットはやはり苦笑せざるを得ないけれどそんなことを言っている場合ではない。
「ラシュディ様に逆らう愚かなもの達よ・・・」
その眉間は険しく潜められ、不必要に表情をゆがめている。
どこから見たって、今目の前にいる人間が聖剣をふるう人間とは思えないオーラが漂う。それは、とりたててカンも鋭くなく、なんの力もないテスにもカノープスにも感じ取ることが出来るくらいだ。
「ラシュディ「様」、ときたもんだ」
嫌そうな表情でカノープスは言う。それを聞いて、軽口をこんなときに叩けるのもすごいものだな、とランスロットは冑の中で更に苦笑したけれど、もちろんそれを知るものは誰もいない。
「フェンリル、目を覚ませ。あたしはお前にブリュンヒルドを返しに来たのだ!」
ソニアが叫び、剣を抜く。そのブリュンヒルドを見ても、フェンリルの様子は一向に変わることはなかった。
「我が剣を・・・」
す、と持っていた剣をフェンリルは前に突き出し、それからがっしりと握りなおして見せた。
「!」
「受けるがいい!」
フェンリルが構えをとる。その瞬間彼らは背筋がぞっと寒くなるのがわかった。
今まで体感したことがない、相手の強さへの畏怖。それを感じ取って一瞬ひるむけれど、彼らにはもう覚悟があった。
「・・・やっべえ・・・」
桁違いだ、と言葉が続くはずだけれど、それが許される状況ではない。
「フェンリル!」
ソニアの叫びはまったくフェンリルには届かない。やはり、ここは一戦を交えるしかないのだろうか。
テスが先制をとってサンダーフレアをうちおとした。
全体魔法を使えるテスがいてよかった、と思うのは、前衛のタロスがあまりにも打撃に打たれ強いからだ。しまったな、自分は後衛にまわってソニックブームをうつべきだったか、とソニアは舌打ちをするけれどそれは今更何の意味もなさない。
あとはカノープスのサンダーアローに期待をちょっとだけ期待してみる。
タロスの無機質だけれど威力だけは強い攻撃がランスロットを狙ってぶちかまされた。
が、それはありがたいことにはずれ(というよりもランスロットがよけたのだが)お返しとばかりにランスロットの剣がタロスの強靭な体に振り下ろされる。
「効かぬな!」
フェンリルは声をあげ、自分を守るようにソニア達へ突撃していくタロスの後ろで特殊な構えを見せた。
「あ・・・れは・・」
似ている。
フェンリルへ近づくのに邪魔になっているタロスへ切りかかっていたソニアは、タロスからわずかに後方に離れているフェンリルの様子をタロスごしに見ることが出来た。そして、びくり、と体を振るわせて体を後ろにひく。
「ソニックブーム・・・!?」
多少構えが違うのは個人差だ。自分が放つソニックブームの威力や、性質が似ているな、と思ったデボネアのソニックブレイドの威力を思い出す。あれはもちろん行使する人間の強さに比例した技が発動するのだ。
自分がうったときの威力、デボネア将軍がうったときの威力・・・それらと、今のフェンリルの力を加味して推測すると・・・。
「うわ!」
「ランスロット!」
タロスの攻撃を一発まともにランスロットが食らってしまった。
切りかかりにいった瞬間に、タロスの重い拳を腹部にうけてしまったのだ。
タロスの打撃をうけたときは、その打撃自体の強さもさることながら、吹っ飛ばされて打ち付けられたときのダメージまでが加わるものだから厄介だ。案の定ランスロットはふっとばされて床にしたたか打ち付けられた。
それでも彼は強靭な肉体をもっているから、あまり痛みを感じないように(もちろんそんなわけではない)立ち上がろうとする。
傷自体はないだろうが、内臓への圧迫のせいで顔をゆがめる。冑をつけて、悟られないのがありがたいな、とくらくらしながらそんなことを思いながら剣を握りなおした。
「オリビア、ヒーリングっ」
ランスロットがふっとんだ瞬間にサンダーアローをタロスに叩き込んだカノープスが声をかけた。
けれど、そのタロスは思いのほかに速い動きでランスロットに追い討ちをかけようと詰め寄る。
「は、はい!」
慌ててオリビアはヒーリングプラスの詠唱に入る。その瞬間はオリビアは無防備になってしまう。ソニアは叫んだ。
「駄目だ、オリビア、唱えるな!」
「えっ?」
「遅い!」
フェンリルが次の瞬間、ソニックブームを発動する。
タロスの脇をぬけて地を這うように、フェンリルの剣から放たれたそれは明らかにオリビアを狙って走ってきた!
「きゃあああ!!」
それは狙った場所にたどり着くと同時に、そこにいたターゲットの体を下からかまいたちで切り裂くような攻撃へと変化する。
フェンリルほどの使い手がうちこんだものは、相当な威力に違いない。体力がないオリビアでは・・・。
「・・・テス!」
ソニックブームの直撃をうけたのはオリビアではなく、咄嗟に庇ってでたテスだった。
これは、前に見た光景だ。
ソニアはカノープスがヘンドリクセンを庇ったときのことを思い出した。
が、それは今は何の役にもたたないことだ、と頭を乱暴にふる。
目の前でテスが衝撃に耐え切れなくてきりきりと二度回転してそれから倒れこむのを、オリビアはがくがくと震えながらまばたきも出来ずに見ていた。手にいていたスピアは彼女が倒れる瞬間一緒にがらん、と音をたてて床に転がった。
「バカ、オリビア!固まるな!」
カノープスの叱咤が飛ぶ。テスは鎧に無数の傷がつき、覆われていない顔や手、足の一部などが無残にも切り刻まれて気絶をしていた。傷口のあちこちから血がほとばしり、既に床を赤く濡らそうとしている。
「・・・テス!テス!」
「いいから、ヒーリングかけろっつーの!今なら、大丈夫だから!」
それは確かだった。
一度ソニックブームを発動しては、フェンリルも息を整えて次の攻撃に移るまでの態勢を整えなければいけない。逆にいえば、行使したあとにそれだけの隙を見せたっていいほどの威力を、彼女のソニックブームはもっていたのだ。
「・・・ちい!」
カノープスはもう一発タロスにサンダーアローをぶちあてた。だが、まだタロスの体力は衰えず、彼らはフェンリルに近づくことが出来ない。そのとき
「すべての物事の始まりを司り、あらゆる可能性を示すものよ!焼き尽くせ!」
そういってソニアはタロットカードを一枚かかげた。
マジシャンのカードはソニアの手を離れて宙を舞い、突然炎に包まれて燃える。
「うわ!」
と、思った瞬間にフェンリルとタロスを巨大な赤い炎が襲った。それを確認してすばやく後方にランスロットはさがった。
通常前衛後衛と入れ替わったり一時的に代わることは、あまりに無駄な動きだからと行うことはない。が、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
半泣きでオリビアはヒーリングプラスを詠唱したけれど、テスの体の傷はふさがらない。
オリビアの魔力が弱いのではない。テスの体についた傷の数が物理的に多すぎるのだ。ヒーリングは治癒しようとする細胞の働きを一時的に高めることが主な魔法だ。今のテスの傷の量と深さでは、どんなに体の細胞がフル回転したって簡単に治りはしない。もともと、細胞の活性化は長い時間は続くことはない。だから間をおかずに唱えたいけれど、むやみに治癒魔法を行使してはオリビアの魔力にも限界がある。
「どけ、オリビア」
ランスロットはテスへの治癒魔法を詠唱する。彼がヒーリングを行使するのをはじめてみたオリビアは驚いた表情でみつめた。
それからはっとなってソニアの方に顔をむける。
「フェンリル、目を覚ませ!」
みながテスに気をとられているその間、マジシャンの炎でようやく前衛のタロスが倒れたのを見て、無謀にもランスロットやカノープスのサポートなしにソニアは突っ込んでいった。
「愚か者よ!」
ガキイイイン、と剣同士がぶつかり合う音がした。
ブリュンヒルドが、キイィィィンと不思議な音を立てる。
「聖剣を、お前にっ・・・返しに・・・来たのに!!」
ソニアは荒く息をつきながらフェンリルと剣を交えた。
フェンリルの剣は今まで彼女が剣を交えた誰よりもスピードが速く、誰よりも美しい軌跡を描いていた。
多分、自分がこうなりたい、こうでありたいと思った剣は、今のフェンリルがふるっているような動きなのだろう。
・・・どうしよう。テス、ごめん。
汗をほとばしらせながらソニアは感じた。
あたしは、こんなときでも、剣を合わせているのが楽しいと思っている。

突然脳裏によぎったイメージは。
「お前は剣をあわせるのが楽しいんだろうなあ。今俺たちがやってることは、お前のためにはならねえよ」
いつだって日に焼けてにやつきながらも、ソニアの剣を見ると嬉しそうだった父親の言葉。
「もっと、世の中のためになることに使えるといいのにな。でも、俺たちといりゃあ、これくらいが限界だ」
多分、今よぎったイメージは本当はそこまでだったに違いない。
だけど、ひとつ現れてはどんどんソニアの脳裏には嫌なイメージが浮かんでくる。
旧ゼノビア兵を25年たっても狩りだしている帝国兵をこっちが狩ってくる、とあの日父親は言っていた。
それは初めての仕事ではないから、ソニアは何も不信がらずに別れたのだ。
丁度数日前に妹から、母親が長い病気を患っているから帰ってきてくれ、と文が届いていた。
お前、先に村に帰っていろ。
そういって別れた後に、父の周りに裏切りはおこった。

「!!」
「死ね!」
ぶわ、とフェンリルの剣がソニアの左肩をかすめて首を叩っ切ろうとなぎ払われた。
「うわっ!!」
研ぎ澄まされた反射神経で紙一重によけたけれど、その剣圧におされてソニアはその場にもんどりうって転がった。
「畜生!」
カノープスが棍棒をフェンリルにむかってうちつける。が、それを彼女は軽くよけて
「くらうか、馬鹿者が!」
「がっ・・・」
すんでのところ、フェンリルが返した剣はカノープスのわき腹を軽くかすっただけで済んだ。けれど、浅い切り口からでも血飛沫が飛んで床に模様を作る。
「カノープス!」
「だいじょーぶだ!」
と口には出すけれど、彼の顔が歪むのは見てすぐわかった。痛くないわけはない。フェンリルは自分も態勢を立て直すために2,3歩さがって、ぎり、とソニアへと視線をむけた。それを真っ向からうけて睨み返すと、ソニアはカノープスを見ずに叫ぶ。
「あまり前に出るな、お前には役目がある!」
「バカ言うな!」
カノープスの怒声を聞きながらソニアは立ち上がった。フェンリルは息がまったくあがっていない。ソニアは顔をゆがめる。
「・・・あたしが」
あたしが、こんなところで、気をとられて、どうする!
ソニアは態勢を立て直した。ちらりと目だけ動かして後方の様子をみると、ランスロットがヒーリングをかけ終えてこちらへ向かってくる姿が見えた。
その姿が、今の自分にとってどれだけの勇気になっているのか、ランスロットは知らないのだろう!
・・・ああ、そうだな
ブリュンヒルドのことを考えるようになって、何かにつけ自分は過去のことを思い出している。
でも、あたしにとって今大事なことは、違うじゃないかっ・・・・
テスの言葉、オリビアの言葉、カノープスの言葉。そして、何もいわなかったけれど、今ここで後ろから走ってきてくれるとても自分が頼っているあの聖騎士の存在。
それらを裏切ってしまうことが、今の自分にとっては一番つらいことなのだ。
「力を、貸してくれっ・・・」
少なくとも、まだ退くには早い。退くにしてもテスが動けるぐらいになることが望ましいし、ソニアかランスロットでなければフェンリルほどの剣の使い手を止めておくことは出来ないだろう。
フェンリルは不敵な笑みを浮かべてソニアに向かってきた。
「ブリュンヒルド、頼む。もう、迷わない」
ソニアはざっ、と足に力をいれてフェンリルを迎えうった。
フェンリルのスピードと威力はどんなにソニアが本気を出しても今はおいつけない。それでも、勝たなければいけないのだ。
鎧にひびがはいり、体のあちこちが剣圧のために切れてきた。それほどの凄まじい切れをフェンリルの剣はもっている。
どんどんフェンリルの激しい剣に押されて壁際へとおいやられるソニア。
高まっている。
ソニアの気もフェンリルの気も。
こんな打ち合いはみたことがない。こんな・・・こんな形相で剣をふるうソニアは。
あまりの激しい動きに、下手に飛び込めずにカノープスは手を出しそびれている。それは後からおいついてきたランスロットもそうなのだろう。
張り詰めている二人の打ち合いに第三者が入って気をそぐことは、ソニアに対しても危険なことだ。それを彼らはよく知っていた。
ふと気づくと、外で物音が激しくなっている。アイーシャの部隊が交戦しているのだろう。
(あまり騒ぎが大きくならないうちに・・・)
まだ誰もここまでかけつけ帝国兵はいない。ランスロットが冑をつけたままカノープスを見た。それは、撤退の準備が必要だ、という意味なのだとカノープスはわかる。
オリビアはヒーリングプラスの詠唱を始めた。ソニアとフェンリルの打ち合いは更に激しくなり、二人の動きと共に、小さく血飛沫がぴっ、ぴっ、と床に飛び散っている。どれがどちらの血なのかはわからない。
「ソニックブームをうたせないために・・・無理矢理消耗させようとしているのか。無茶だ」
それは自分の役目だと思っていたのに。タロスに一発大きいものをくらってしまって出遅れた自分に腹を立ててももう遅い。ランスロットはカラドボルグをぎゅっと握り締め、更に二人に近づいた。そのとき、扉がバン、と開いて帝国兵の増援が現れた!
「!!アイーシャ達はっ・・・」
カノープスはちい、と舌打ちをする。ブラックナイトが一体だけ飛び込んできた。最も扉に近い位置にいたオリビアを狙って走ってくる。
ソニアのためにヒーリングプラスの詠唱をしていたオリビアはびくりと後方を向いた。もう、かばってくれるテスは、今オリビアの側で未だに意識を取り戻さないままぐったりとしている。
カノープスは彼にしては無謀にも、飛び上がりながらサンダーアローを打ち込んだ。距離が遠いか?と思ったけれど、足止めさせる程度の威力で構わない、と願う。
「素晴らしい判断ですわ!」
聞きなれた声。
カノープスのサンダーアローがブラックナイトにぶちあたった、と思った瞬間、更にその体の後ろから衝撃をうけたように、黒い甲冑を身に付けたブラックナイトは悲鳴をあげてのけぞって倒れた。
その後ろには、姿に似合わず仁王立ちになり、ロザリオを手にしてまっすぐ前に突き出しているアイーシャが立っていた。
彼女のその構えは、ヒーリングではない。
ブラックナイトの背には、ロザリオを媒体として放たれた、神の烙印がぶすぶすとくすぶるように形どられていた。
「アイーシャ!」
アイーシャはにっこりと微笑んで
「ご無事で何よりです。あまり駐屯兵はいないようですわ。帝国も甘くみてくれたようですわね」
そんな物言いをしたアイーシャなどはじめてみる。はっとテスの様子を見て彼女は駆け寄った。そのときオリビアはヒーリングプラスの詠唱を終えて魔力を放出した。
味方の体を包む神の祝福。それでも、打ち合いを続けているソニアとフェンリルの周りには、本当に小さい、小さいけれど耐えることがない血飛沫があがりつづけている。
「くっ・・・」
激しさを増すフェンリルの剣。
とても無機質な、ただ人を殺すためだけに今は振るわれている可哀相な剣だ、とソニアは思った。
「そんなお前にっ・・・ブリュンヒルドを返すわけにはいかないっ・・・」
ランスロットの言葉を思い出す。
どんなにいい剣でも、持ち主に愛されないのは、可哀相、か・・・。
今までで最も強くソニアはブリュンヒルドを握った。
「正気に戻れ、フェンリル!」
「黙れ!」
フェンリルは軽く跳躍して飛び込みざま、恐ろしい勢いの剣を小柄なソニアの頭上から振り下ろした。
もう後ろには壁しかないほどまで後退しながら、いつもなら決してそんなことをやらないけれどブリュンヒルドを頭上に横に持ち直し、ソニアはフェンリルの剣を無理矢理うけた。その刹那!
キィィィィィン、という音をたてて、ブリュンヒルドはフェンリルの剣をはじき返した。それは、ソニアが自分で力を加えたわけではない。
フェンリルは体を前にくの字に曲げた状態でふっとんで床にしりもちをつく。ただ受けただけなのに、とソニアはふっとぶフェンリルを見て驚いた。
「ちい、一体・・・今のはっ」
思いも寄らない力で転がったフェンリルは立ち上がろうとして、手元にあった剣までもがふっとばされて離れたことに気づいた。
「!」
そこへ。
ランスロットのカラドボルグが美しい軌跡を描きながらフェンリルに振り下ろされて・・・・


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モドル

はあーー。いやはや、放っておいたら2,3ページこんなシーン書いちゃいそうなので(汗)手短にね!(短くねえよ!)
どうしたってこういうページが一番楽しいあたしがなんでこんなラヴァーズ小説のサイトを運営しているのか自分でもちょっと不思議でたまりません。ああーもっとギラギラ戦闘シーン書きたいヨオーーー!!
ご都合主義で前ふりもなーんにもなくブリュンヒルドの力を借りてしまったのですが、アリですかねえ?(汗)だって絶対普通にやりあったら全員死んでるって!相手は天空の三騎士だもん・・・。まあ、仲間にするとそんなに劇的に強いって気はしないものなんですがね。雇用費だけやたらとかかって困った気がします。(どーしてもスルストとフェンリルを同じ部隊にしたくてさ・・・)
全然ラブラブがないページ・・・なのですが、なんか心の距離が近くなってる気がするのはアタシだけっ!?(ランスロットとソニア)