運命の息吹-3-

ランスロットの一太刀でフェンリルはラシュディから強くかけられていた魔法がとけた。
おとぎばなしを信じているわけではないが、オリビアが言っていた話がどこかにひっかかっていて、ソニアは、ランスロットの一撃がフェンリルに振り下ろされた瞬間「ギャーーーー!!!」なんて心の中で叫んでいたけれど、どうして自分がそんな風に思ったか、という気持ちはまた放置している。
「迷惑をかけたようね。ありがとう。それからごめんなさい」
「いい。誰も死者もでなかったし・・・ああ、タロスに悪いことをした」
「・・・仕方ない。それは私が償う罪だ」
フェンリルは正気に戻るとソニアの姿を確認し、彼女が手にしたブリュンヒルドを確認し、ソニア達の力になると約束してくれた。少なくともこの点に関してはオリビアが言っていたことと間違いはない。
「ずっと待っていたわ。聖剣を手にした人間が現れるのを」
「・・・そうか」
ソニアは神妙な表情でフェンリルを見上げた。フェンリルはすらりとした長身の女性だったから、これまたソニアとはかなりの差があるのだ。打ち合っているときにはとりたてて感じなかったけれど、こうやって面と向かって話をすると一層わかるというものだ。
二人は改めて自己紹介をして、握手を交わした。
「ラシュディのことを聞きたい」
とソニアが言うとフェンリルは苦笑して
「ええ。もちろんいくらでも。でも、その前にオルガナ騎士団がどうなったのかを知りたい。魔法をかけられていた間のことはあまり覚えていなくて・・・。一体彼らがどうなったのかすらわからないし・・・。それから、魔法がとけたせいだと思うのだけれど、かなり頭痛がひどい。弱音は吐きたくないけれど、抗えないほどの痛みだわ。少し休ませてもらってもいいかしら」
そういって小さくフェンリルは微笑んでみせたが、きっと彼女のいう「頭痛」とはかなりのものなのだろう。
額に脂汗がういているのがソニアにはわかった。
「・・・すぐにでも。あたし達はあたし達で残処理があるし、仲間を呼び戻さないといけない。あたし達と闘っていたのはオルガナ騎士団ではないのだな?」
「違うわ。ただの帝国兵よ」
「そうか。調べておこう、休むといい」
「ありがとう。・・・ふふ、わたしにそんな物言いをするなんて、大した度胸じゃない」
そういうと苦しそうだけれどフェンリルは笑ってみせた。
「あっ・・・その・・。んー、改めます。ごめんなさい」
やっと気付いたようで、真っ赤になってソニアは言った。
「あまり、敬語がうまくないから。変な言葉になっちゃうのです」
「もうなっているわ。いい、許してあげる。わたしをこのオルガナの地に縛り付けていた鎖を、あなたが解き放ってくれたのだから」
そういうとフェンリルはいたづらっぽく笑顔を見せる。
「今まで、目上の人間にもあまり敬語を使う環境じゃなかったから・・・いや、でもそれは人としてよくない・・・とオモイマスので・・・」
ますますもってソニアは真っ赤になってもごもごと口篭もった。それをフェンリルは上から見下ろして
「わたしを解き放つ勇者が、こんな小さな可愛い女の子だとはね。でもうっすらと覚えている、あなたの剣は。わたしの体についているこの無数の傷はあなたがつけたのでしょう。そしてわたしがあなたにこの傷をつけたのね」
「はい」
「ほとんど剣圧で出来た傷だ。優れた剣士だということがわかる。・・・ああ、ちょっと無理だな」
フェンリルは右手で頭を抑えた。激痛がはしるようだ。
がんがんと脳の奥で何かが音をたてている。その感触を振り払うように、自分の手で頭を強くおさえるが、それは何の効果もないようだ。
「すぐにでも、休んで、ください」
「ええ。そうさせてもらうわ」
たどたどしくソニアはいう。慣れない敬語のせいと、フェンリルを気遣う表情のせいで、誰にも見せたことがない心もとない表情になっていることを彼女は知らない。
それから、アイーシャがヒーリングを終えて立ち上がる姿をみてソニアはそちらに近づいていった。
「大丈夫か、テス」
「・・・はい」
なんとか意識を取り戻したテスは、それでも長時間にわたってのヒーリングのため体力を消耗してぐったりしていた。申し訳なさそうにフェンリルも近づいて来て
「ごめんなさい。生きていてよかったわ」
と一言。それを聞いてカノープスはまた「くわばらくわばら」と肩を竦める。
ランスロットがテスに肩を貸して立たせようとしたけれど、テスは足にもまだ力がはいらないらしい。
「いいって、どうせ俺が担いで飛ぶんだから」
とカノープスはランスロットに言うが、それへフェンリルは。
「少し休ませてあげた方が良いわ。この奥にいくらでも空いている部屋がある。全部いつでも使える状態になっているはずだから、どこでも使って頂戴。わたし一人には広すぎる屋敷だから」
と口を挟んだ。
「それでいいでしょう、ソニア」
「はい」
「わたしも少し休ませてもらうから・・・案内するわ」
「ありがとうございます」
ランスロットはそういうと、ぐったりしているテスを抱きかかえた。それを見てカノープスは頭も視線も出来るだけ動かさないようにソニアの様子を視野の中でうかがおうとする。
「すまないな、ランスロット」
「いや」
ソニアは冷静にそういっただけだった。

そうこうしているうちに誘導をしていたギルバルドが戻ってきた、とスチーブから報告があった。
驚くべきことにギルの部隊は、これから探そうとしていたオルガナ騎士団と合流してやってきてくれたのだ。
「一体これはどういうことだ」
「おう、ギルバルド、無事だったか」
カノープスが嬉しそうに笑顔を見せる。
ファンリルと戦っていた玄関ホールで待っていたソニア達はびっくりしてギルバルドに聞く。
オルガナ騎士団は、見ればすぐにわかる。フェンリルが身につけていた鎧と似た文様がはいっている甲冑を身につけているからだ。3隊ほど若い騎士達を中心として統率のとれた動きをみせていた。
「誘導をしていたのだが、さばききれなくなってな。そのときに彼らが現れて助けてくれたのだ」
「合流が遅くなり、大層申し訳ございません。我々の主と魔導師ラシュディの強い魔力によって、魔方陣が描かれた牢に幽閉されていたものですから・・・」
一人の騎士が冑を小脇に抱えてうやうやしくソニアの前にひざまづいた。
「我々オルガナ騎士団は、あの忌々しいラシュディを追い払おうと戦いを挑んだのですが・・・よもや、その間に主であるフェンリル様があのようなことになり、そして我々までもが幽閉されるほどの力をもっているとは思ってもみませんでした。我々の落ち度でございます」
ソニアはそれを聞いて、何を言うかと思ったら呑気に
「なんで、あたしがリーダーだってわかったんだ?」
「・・・え?・・・あ、ああ、これは失礼いたしました」
その騎士は笑顔をむけた。
「見れば、わかります。だって、あなた様がブリュンヒルドを持っていらっしゃるではないですか。我々には、わかります。我々だってフェンリル様と共に生きてきたのですから」
「そ、そうか。・・・それは、子供みたいなことを聞いてしまった。悪かった」
かあっとソニアは赤くなった。
バカ、とカノープスがその頭を後ろから叩く。その騎士はちょっとびっくりした顔をみせたけれど、小さく笑顔を見せて続けた。
「ラシュディがこの地を去ってから魔方陣の力が弱まったのを感じ、どうにかこうにか脱出することが出来ました。が・・・幽閉される前に逃げ延びた仲間が・・・消息が知れず・・・」
それを聞いてアイーシャがそっと口を挟んだ。
「・・・多分、シグルドに向かったのではないかと・・・」
「そういう情報がはいっていたな。わかった、フェンリル様が回復したら、あなたたちも交えて一体この地で何が起こったのか教えていただきたい」
「喜んで。救い主様」
その若者以外のオルガナ騎士団も、全員すばらしい規律で敬礼をみせた。そんなものを見たことがなかったソニアは目を丸くして、それから何を言われたんだ?と首をかしげてみせる。
「はあ?」
「フェンリル様を救ってくださったあなたは、我々にとっては救い主ですから」
「やめてくれっ、そんな、ヘンな名前」
びっくりしてソニアは更に赤くなって叫んだ。その様子がいつもどおりで、そしてあまりにいつもどおりだからおかしい、と思ってしまいくっくっく、と笑いながらギルバルドが答える。
「別に変ではないだろうが」
「変だよ、そんなの。ソニア、で、いい。それ以外の名前で呼ばれるのは嫌いだ」
「わかりました、ソニア様」
「ん〜っ・・・ま、いっか。なんでフェンリル様の騎士団に「様」って呼ばれるかわかんないけど」
カノープスはあんぐりと口をあけて
「俺は、それがわかんないお前のほうがわかんねーよ」

この平和なオルガナに戦などなかった。ないけれど、鍛錬はかかしたことはなかったし、何かがあればいつでも戦えると思っていた。勘も鈍っていなかったから、ラシュディが現れたときに嫌な気を感じてフェンリルは屋敷に使えていた女中達を逃がした。
オルガナ騎士団が彼女達を迎えにいき、ようやく今までと変わらない活気をフェンリルの屋敷は取り戻した様子だ。
ありがたいことにたくさんの部屋があり、ソニア達はフェンリルとテスが回復するまで一休みすることが出来たし、なんといっても嬉しいのは可愛らしい女中達がこぞって食事を作ってくれたり、汚れたマントを洗ってくれたり、と色々と世話をやいてくれることだった。
何か落ち着かずにソニアは屋敷の外に生えている大きな木の根元で横たわっていた。
女中がどんなに綺麗な部屋で綺麗なリネンを用意してくれても、ソニアはそれでは落ち着かないのだ。それを知っていてカノープスは何も言わないでついてきた。
どうしていつもカノープスが自分を気にかけてくれるのかソニアには実はよくわかっていない。でも、それは嬉しかった。
「すごい生活だったんだなあ、フェンリルは」
「様、じゃねえの?」
ソニアからわずかに離れたところに同じ方向を向いて座っていたカノープスがにやにや笑い顔を見せた。
「・・・むう、慣れないな・・」
「お前は失礼すぎるんだよ、目上の者に」
「知ってる。・・・カノープスもホントは嫌か?」
そっと不安そうにソニアはカノープスを見た。そんな表情はあまり見せない。あーあ、この顔を見せられたら誰だって文句なんていえなくなるぜ、とカノープスは心の中で思ったけれど、これっぽっちもそれを出すことはない。
「バーカ、今更。カノープスさん、なんて呼んだらぶっ飛ばす、気持ち悪い」
「そうか」
あはは、と小さく笑って、それからソニアは瞳を閉じた。
疲れているのはずなのに、いつになっても何故かベッドで眠ることが慣れないこの少女は、どうやら疲れていれば疲れているほどベッドが馴染まないようだとカノープスだけが知っていた。
熱を出したときくらいしか、大人しくベッドに入っていく姿を見たことなんてない。
やがて寝息が聞こえる。
細かい傷跡は決して消えてはいないけれど、アイーシャのヒーリングでかなりふさがっていた。
鬼気迫る打ち合いを思い出してカノープスは眉根をひそめる。
無防備に眠っているソニアの膝上には、わずかにガレス戦で負った傷跡が覗いていた。どうやらこの傷だけは跡が残りそうだ。
そんなことをカノープスが思っていたら、玄関からランスロットが現れる。
もちろんすぐさまランスロットは彼らをみつけて近寄ってきた。それへ「しーっ」と口もとに指をたててカノープスはソニアが完全に眠っていることを知らせた。
と、ちょっと遠くでランスロットはつけていた鎧をその場で脱ぎ捨てる。
(おいおい、大層な念のいれようじゃねえか。赤ん坊ほどの扱いだな)
ランスロットが着用していた鎧は、タロスの一撃で形を歪めてしまって歩くたびにガチガチといままではしなかった大きな音がたつようになってしまっていた。それを気にしてのことだろう。
「眠ってしまったのか」
「ああ。こんぐらい寝ちまえばベッドに放り込んでも大丈夫だ」
「深い方か」
「ああ、深い方だ」
ソニアの眠りの深い浅いは慣れたカノープスやランスロットしかわからない。
逆に、目の前で深い眠りにおちたということは、それだけカノープスを信頼しているということなのだが。
「連れて行こう」
「いい、俺が」
カノープスは手を伸ばしたランスロットに対してひらひらと手をふってストップをかけた。そしてソニアを抱きかかえる。
「お前だって、結構イタイやつをタロスから貰っただろ・・・休むといいぜ」
「・・・ああ」
「・・・それとも、連れていきたいか?」
「いや・・?別に・・・」
「あ、そ」
カノープスはにやにやしながらソニアを抱きかかえてランスロットの前を通り過ぎた。
ランスロットがソニアの目の前でテスを抱き上げたことがなんとなくカノープスのカンに触っていたのだが、一体どうしてそんな風に思ったのか、をランスロットに言う義理もない。
(・・・まあ、ユーリアはギルバルドが好きだから・・・俺の親友だからな、あいつは)
久しぶりに「妹をもった兄の気分」というものを思い出して自嘲気味な笑みに表情を変える。
(いーのかよ、ソニア、わかってんのか、お前。あんな女心もわからない男でよ・・・)
ランスロットは「せっかく鎧を脱いだのに」とちょっとだけ渋い顔をしたけれど、まあだからどうということもないか、と邪魔にならないように離れてカノープスについてきている。
それは痛いほどわかっていたけれど、ちょっとカノープスは意地悪をしてしまったようだ。

次にソニアが目を覚ましたとき、既に夜半過ぎだった。
見慣れない部屋で、びっくりして飛び起きた。窓から外をみると既に月が傾いている。
「わあ」
更に驚いたのが、服は着替えてはいなかったけれど髪がほどかれていたことだ。一体誰が運んでくれたんだろう・・・といっても心当たりはカノープスしかないけれど。
ベッドのわきに室内着がおいてあった。さすがにフェンリルと戦ったままの姿で一晩過ごすのもどうかと思われて(実際服にはあちこち血痕がつきまくっていたし)厚意に甘えて着替えることにした。
「なんだ、これ」
なんだ、といわれても。
女性の室内着として用意されていたそれは、上質な布で作られた淡いピンクのすそがふんわりと広がる服だった。
「いつもノルンが着てるようなものか」
それよりは布が薄くて軽いし、ふんわりと広がっても特に邪魔ではない。
もぞもぞと着替えてみたけれど、鏡がないので(ドレッサーがあったのだが、鏡面が収納される形のものだったからソニアにはわからなかった様子だ)よくわからない。
「えーと、ここは一体屋敷のどこいら辺なんだ?」
とりあえず、安全とはいえ何がおこるかわからない。たてかけてあったブリュンヒルドを手にとってソニアは室内用に出されているらしい、皮のサンダルを履いた。どうしてこういうまどろっこしいことをするのかはわからないが、少なくとも普段はいているブーツより着脱が簡単で楽だということはわかる。
きい、と扉をあけると驚いたことにそこにはオルガナ騎士団の兵士が二人立っていた。案外と若い。どうやら少し年齢が上の兵士達が、他の天空の三騎士のもとへと向かったらしく、ラシュディの魔力で幽閉されていた騎士団は比較的若者が多いようだ。
「わあ!」
「あ、お目覚めですか」
「よくお休みでしたね」
「な、な、なんだ、どうして、ここに」
「どうして・・・とは・・・?」
兵士達は不思議そうな顔でソニアを見る。それから、ああ、と片方の兵士が笑顔を見せた。
「ソニア様は大切なお客人ですから、何かありましたらいけませんので、護衛に」
「い、いらないよ。大丈夫」
「それでは我々が困りますよ」
「うーん、もう寝ないから、大丈夫」
「まだ夜中ですが・・・」
ソニアはめずらしい扱いをうけておどおどとしていた。自分が率いている仲間であれば、いくらでも命令が出来るけれど、彼らはあくまでもオルガナ騎士団であるから、ソニアが出来るのは「お願い」くらいだ。
「喉が渇いたんだけど・・・どこで水が飲めるのかな」
「この先を右に曲がったところに女中の詰め所があります。そこで誰かがおりますので、そちらへ。ご一緒いたしましょう」
「い、いいよ。それと、本当にもう寝ないから。ほら、ブリュンヒルドも持っているし」
「そうですか。ですが、ここにいることが仕事なので・・・気兼ねなく屋敷内で必要なものはなんでもお使いください。我々はここで控えておりますので、何かあったらお呼びください」
「うん、わかった・・・ありがとう」
ソニアはおどおどしながら礼をいって、いわれたとおりに通路を歩き出した。しん、とした通路はとても澄んだ空気が漂っていて心地よい。何の余計な装飾がないこの通路は好感がもてるな、なんてことをソニアは思っていた。
それを二人の兵士は見送って
「なんだか可愛らしい勇者殿だなあ」
なんてことを言っていたのをソニアは知る良しもない。

「あっ・・・」
驚いてソニアは声をあげた。
女中の部屋で水をもらって飲んだあと、月に誘われてそうっと屋敷から出たところに月を見上げてフェンリルが立っていたのだ。
月明かりを浴びて振り返ったフェンリルは美しくて、ソニアははっと息をのむ。
銀髪はさらさらとわずかな風になびき、身に付けている服はソニアのものよりは少し厚手で、だけれど丈が短いものだった。
すらりと伸びた足があまりに女性らしくて、これがあのフェンリルか、とソニアはびっくりした。
「あら、ソニア、起きてしまったのね」
「フェンリル、さま。え、と・・・調子は、どうですか」
「もう大丈夫よ。心配をかけたわね・・・ふふ、そんな格好をしていると、あなたがわたしを救ってくれた勇者だとは思えないわ」
「??な、何か変でしょうか」
「変じゃないから、よ」
くすりと笑ってから、ソニアが手にしているブリュンヒルドをフェンリルはみつけた。
「それ」
「・・・あ、そう。これを返そうと思っていたんです」
ソニアは躊躇なくフェンリルにブリュンヒルドを差し出した。けれどフェンリルはそれへ手は伸ばさずに歌うように月を見て、言った。
「あなたのことを思いながら月を見ていたら、あなたが来てくれた。ブリュンヒルドの導きのようね」
「・・・導き、ですか」
それはソニアにとってはちょっと嫌な言葉だった。
フェンリルと対峙するために頭のすみっこに無理矢理おいこんでいた、自分が選ばれてしまったのだ、という思いがふいにソニアにわいてくる。知らずに眉根がよせられた。
その表情を見てフェンリルは
「・・・ごめんなさいね。まさか、あなたのような女の子がこれを手にしてここまで来るとは思わなかった」
「どうして、謝るのですか」
「心正しき者がいつか天界にくると信じていた。信じていたけれど・・・聖剣を手にする、ということは、それなりの力があり、しかもこの聖剣をふるわなければいけない人物だわ。それは・・・どういう形にせよ、正しいことのために戦を行う運命を担った人間だということ
だから。そこいらの探検家みたいな人間でさえ酔狂でブリュンヒルドを手にいれることなんて出来やしないの。手にいれたって鞘から抜くことは出来ない。・・・そんな運命を担うことになったのが、あなたのような若い女の子だなんて。皮肉なものね」
フェンリルは悲しそうな表情でソニアをみつめた。
ソニアは何度か瞬きをして、それから
「でも、フェンリル様だって女性でしょう」
「そうね」
「じゃあ、同じだ」
「・・・そういうことにしましょうか」
そこで会話が途切れる。ソニアはもう一度ブリュンヒルドをフェンリルに差し出した。
「あなたの剣なのでしょう。これは。・・・お返しします。きっと、ブリュンヒルドも喜ぶ」
「・・・いいえ、ソニア、それはあなたがもっていて頂戴」
「どうしてですか」
「それは、下界の者のために授けた剣。いまやその剣は、下界の人間が下界のためにふるってあげることが一番いいことなのよ。ブリュンヒルドも、わかっているわ。だからこそ、あなたに力を貸して・・・私を目覚めさせてくれたのでしょう。あなたが、もっていることが・・・あなたが使ってあげることが一番いいことだと思う」
「・・でも、私は」
ソニアは力なく言葉にした。
「決して、この剣を嫌いではない、ですし、フェンリルさまに返すのも、ちょっと寂しいと思う・・・でも、どこかでこの剣を・・・憎んでしまいそうだから・・・」
「憎んで?」
ファンリルは驚いた表情でソニアを見た。ソニアは黙ってうつむいてしまう。そっとソニアの二の腕をフェンリルは掴んで
「・・・顔をあげなさい」
「・・・」
「ああ、そうね、いい瞳をしているわ。ソニア、違うでしょう。あなたが憎んでいるのはブリュンヒルドでないはずだ」
「フェンリル様」
「あなたの瞳は雄弁で、わたしに本当のことを伝えてくれる。きっとこの先あなたが、あなたの目標のために人を欺くことになってもわたしだけはすぐにわかると思うわ。だって、同じ剣を振るう人間なのですもの。・・・信じられる?」
ソニアはまたうつむきがちになって頭を軽くふった。
「あなたが言ってることはわからない。天空の三騎士だから、特別な力があるということですか?」
「それもあるけど・・・顔をあげて」
「はい」
「私が授けた剣をもつ人間が、その剣を憎むはずがない。もしもブリュンヒルドを憎みそうというなら・・・あなたが剣士であれば、剣を憎むということは・・」
一度フェンリルは言葉を切った。それは迷いの瞬間ではなく、ソニアに言い聞かせる為の間だったのだろう。
「簡単でしょう。自分を憎んでいる、ということだわ。それがわからないボンクラだとでも思っているの?」
ソニアは息を呑む。自分が、自分を、憎む。その言葉は衝撃的でもあり、どこかしら素直に受け止めることもでき、彼女の頭の中で反芻された。
「あたしが、自分を、憎んでいる・・・?」
「そう。思い当たる節があるようね」
「・・・・」
「多くは聞かない。そこまで私はあなたに介入する権利はないから。でも、ひとつだけ聞かせてもらいたいわ」
「何を、でしょうか」
「あなたは、何故反乱軍のリーダーになったの・・・?」
「・・・」
ソニアは瞳を閉じた。誰にもまだ言葉にしたことがない、その理由。
けれど、別に隠しておこうと思うこともない。ただ懸念しているのは。
その言葉を口にすることで、ブリュンヒルドを手にする資格が失われてしまいそうな、そんな嫌な予感。
あたしひとりならばどうでもいい。でも。
みんなはきっと、ブリュンヒルドに選ばれたあたしのことが好きで一緒にいてくれているのだろう。
そんなことを思うと、口にするのはためらわれた。けれど、もしかして、今しか口に出せないことなのかもしれない。
「帝国に私怨があるからです。フェンリル様、あたしは、私怨に、みなを巻き込んでいる愚かしい人間です」
ソニアもまた月明かりに照らされて、美しい、とフェンリルは思った。

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モドル

少しづつソニアの過去が・・・
しかし、何故に打ち明ける相手がフェンリルなのだ!?・・・それについては続きをvv