運命の息吹-4-

ソニアはフェンリルをまっすぐ見つめて静かに言った。
「父も母も、弟も、妹ふたりも失いました。帝国に逆らう仕事を父やあたしがしていたことは事実でした。だから、父は仲間に裏切られて、たれ込み屋に売られて、仕事にいつもどおりいって・・・情報が筒抜けになっていて・・・帝国兵に返り討ちにあったようです」
「それでお父上が亡くなったの・・・?」
「いえ。今となっては、父が売られたのが先か、あたしのことを・・・帝国の・・・預言者が預言をしたのが、先かは」
預言?フェンリルは大きく目を見開いた。
「あたしは、父と父の昔の盗賊仲間と・・・。ゼノビア残兵狩りを未だに続けている帝国兵を・・・逆に狩って、ゼノビア兵を逃がしてやる仕事をしていたんです。傭兵稼業みたいな、ものだ」
ソニアはふっと視線をそらして月を見上げた。フェンリルはその仕草に目を細め、共に月を仰ぎ見る。
そのままソニアは言葉を続けた。
「その末に、密告されて、帝国兵に待ち伏せをうけた。・・・それだけならば、父が死ぬだけだったですが」
「預言とは」
「帝国に歯向かうその一群に女がいれば、それが帝国に仇をなすものだと・・・・そういう預言があったのだと。一体誰がそんな預言をしたのかは、わからない。この話も断片的にしか聞いていないから。・・・父が率いていた傭兵達の中で女はあたし一人だったから・・・。そして、タレ込み屋はそれを知っていたから・・・あたしを、殺そうと」
「・・・どうしたの」
「あたしはその日は事情があって、その仕事には、いかなかったんです。一年に2,3回しか戻らない故郷に戻っていて・・・。夜中に、血だらけになった父さんが・・・」
そこで言葉を止めた。そこから先の言葉を言いたくない、という素振りとは違うようにフェンリルは思った。
ふ、と目をふせて、軽く頭をふる。ソニアは手を両耳にあてた。
「まただ・・・耳鳴りが、ひどい」
「ソニア」
「今となってはわからない。あたしがいなければ・・・あたしが、後々こうやってブリュンヒルドを手にするような人間にならなければ、あたしが死んだら、家族は救えたのか。たまにこうやって耳鳴りが押し寄せる」
「ソニア」
「フェンリルさま。あたしは、私怨で動いている!」
耳をおさえたままでソニアは言った。ソニアにむけて手をのばそうとしたフェンリルは手をびくり、とふるわせた。
それほどまでにソニアの声は荒く、悶えるようだった。
「あたしだけは、あたしだけは私怨を口に出しちゃいけない!だって、ランスロットはあたしにリーダーらしくって、いっつも言ってた。あたしは、もう、知っているんです。傭兵部隊じゃない。この反乱軍は歴史を動かそうとしている。意識してなくても、そうなってしまう。それなら・・・自分達が正しいと認めてもらうには大義名分がなきゃいけないんだ。そうである以上、あたしはみんなの前ではただ単に帝国の圧政から民衆を救いたい、なんてことを考えている綺麗なだけの人間でいた方がいいに決まっている!そうじゃなきゃ、みんな、あたしになんてついてきてくれやしない。集まっているみんなは、どこかに必ず帝国への私怨を抱えている。でも、民衆はそれだけでは味方にはならない。あたしたちがやりたいのは仇討ちじゃない。だったら上にたつあたしだけはっ・・・ランスロットが、言ってた。上にたつものは、いつでもみんなの手本になれって。でも、あたしは出来ない。出来ないなら、せめて・・・あたしだけは、みんなが集う目印になる人間だけは、綺麗な理想を掲げた人間でいることしか出来ないんだ・・・」
「それは・・・」
あながち嘘ではない。あながち嘘ではないけれど、それだけではないのだ、とこの少女に教えなければ、とフェンリルは眉根を寄せた。
「あたしは、ブリュンヒルドに選ばれた「正しき心の持ち主」なんていうお綺麗な言葉が現す人間じゃあ、ない」
「ソニア」
「そう思うと・・・この剣が・・・。自分が選ばれて、反乱軍にいるのだという、間違っていないのだ、という喜びの反面」
ソニアは更に強く耳を抑える。こんな長く耳鳴りがしているのだろうか?
「何故、あたしを選んだのだ、と憎んで、しまいそうで」
その言葉を聞いてフェンリルは唇を引き結んで言葉もなく天の父を仰ぐかのように空を見上げた。
そのとき。
月を背にして、何者かが飛んでくる姿が、見えた。

コカトリスに乗って飛んできたのは、ここオルガナと同じく空に浮かぶムスペルムからやってきた騎士だった。
彼もそうだけれど、コカトリス自体あちこち羽根を痛めていて、相当な追撃にあった様子だ。
フェンリルは騎士団でもっとも有能なプリーストを起こして、早急に手当てをさせた。
屋敷内が少しばたついていることに気づいてランスロットが起きてきた。別に、他のメンバーが鈍いわけではない。
ゼノビアの残兵として逃亡生活が長かったランスロットは、そういった周囲の変化に敏感で、眠っていても察知して起きてきてくれる。ありがたいけれど、今は会いたくない、とほんのちょっとだけソニアは思った。
コカトリスに比べて騎士の傷は深くはなく、一度のヒーリングでおおよその傷はふさがった。一室をあてがってフェンリルはオルガナ騎士団の若手を一人とプリースト一人、それからソニアと、駆けつけてきたランスロットに室内に入る許可をした。
何事か、とやってきたランスロットは実のところ、ムスペルムから騎士が逃げてきた、という話は未だにピンとくる話ではなかった。しかも、それ以前に見慣れないソニアの姿に心底びっくりして度肝を抜かれてしまった様子だ。
ソニアも本当はいつもと違う格好がなんだか恥ずかしくて、部屋の扉に近いところで椅子に座ってもぞもぞとしている。
出来るだけランスロットと目を合わせないように、なんて思いながら。
「フェンリル様が、ご無事で、何よりでした」
その騎士はベッドから身をおこそうとしたが、傷がふさがったとはいえ消耗しているのは目に見えていた。
顔から生気が失せて、体を起こしても力なく前かがみになってしまう。それへ自ら手をのばして枕もとに近い位置に座っていたフェンリルは横たえてやった。
「良い。横になって話して頂戴。大事なのでしょう。・・・そうね、大方、スルストがラシュディの魔法にかかって、ムスペルムも大変なことになっているっていうような」
「ご存知だったのですか」
「ここも、昨日まで・・・ほんの数時間前までは同じだったわ」
その騎士は体を横たえて、驚いたようにフェンリルを見た。
「先ほどからいらっしゃる・・・その方々は・・・。オルガナ騎士団ではないのですね」
「ええ。・・・聖剣ブリュンヒルドを持つ勇者が・・・ここに、現れたの」
フェンリルがそう言った瞬間、その騎士ははっとなり、無理矢理また体を起こそうとした。
「もしや、あなたが・・・これは、お見苦しい姿を・・・」
そういってその騎士が見たのは、こともあろうにランスロットだ。慌ててランスロットはソニアをちらりと見る。ソニアは困ったようなどうでもいいような顔でぼんやりとしていた。
「いや、私ではない。私ではなくて・・・」
「この子なのよ」
「な、なんと!?」
誰がどう見たって。
小柄で年若いこの少女が。騎士はびっくりして何をどうしていいか、という表情でまじまじとソニアを見る。
「こ、この方が・・・・?」
「そう見えなくて悪かった」
ソニアは気にもとめないように言って小さく笑った。普段ですらリーダーと思われないのに今日はまた一段とそれらしくない格好になっているから尚更だ。
椅子にすわると、ふんわりとしたすそからすらりとした足先が見える。しかも行儀悪くソニアはサンダルを床におとしたまま素足を見せていた。その素行の悪さに気づいてランスロットが苦笑する。
「ソニア殿。いくらなんでもそこまで行儀が悪いのは」
「だって・・あたしの足にはちょっと大きいんだ。椅子に座ると、すっぽぬける」
確かに見ると、足は床についていない。
「ああ、そうだわね。高めの椅子かもしれない」
気を悪くもしないでフェンリルは笑う。そう言われてはランスロットもそれ以上は怒る事は出来ないから黙りこんだ。騎士はまたあんぐりとその様子を見てから、どう、と体を横たえてフェンリルに言った。
「・・・わたくしの主が見たら・・・さぞかし」
「・・そーね。あの男は小柄な女の子が好きですものね」
「・・・?」
何の話をしているのか、ソニアとランスロットは不思議そうに顔を見合わせた。
「それはこっちの話だ・・・で。ラシュディが現れたのね?」
「はい」
どうやらムスペルムを治めていた三騎士の一人赤炎のスルストも、同じようにラシュディから強烈なチャームの魔法をもらってしまったらしい。オルガナと同じくスルストの傘下だった騎士団がみな幽閉されたりちりぢりになったりしているのだという。今のところそれ
以外にムスペルムに何か不具合が起きているか、というとそれはないようだが・・・。
自分はフェンリルに助けを求めるために限られた人間だけが許される(それは基本的には三騎士のことだが)天界を繋ぐゲートを無理矢理通ってきたのだという。非常事態だ。それは天の神に逆らうことではあったけれどいたしかたないことだ。
多分、ラシュディは三騎士全員を味方につけようとしているに違いない。シグルドにいるもう一人の、竜牙のフォーゲルのもとにもラシュディは現れているのだろう。
その騎士が話してくれたラシュディの風貌と、フェンリルが覚えている突然現れた魔導師の風貌は一致していたし、手口も同じだ。完全に同一人物と思ってよいだろう。
「ラシュディは、帝国に身を寄せる魔導師です。何が目的なのか実は我々も多くは把握してはいないのです」
ランスロットがフェンリルに言う。フェンリルは
「ラシュディについては話を聞こうと思ってたわ。まあ、わたしが調子が悪くて失礼してしまったのだけど」
確かに、まだソニア達とフェンリルは情報交換をあまりしていない。ただソニアがブリュンヒルドを持つ者だということ、反乱軍のリーダーであること。それからフェンリルを正気に戻してくれた、ということくらいだ。
「そもそもラシュディが何のために天界に訪れたのか、そこいらの事情はあなた達は知っている?」
そういってソニアを振り返るフェンリル。それへ首を横に振って
「実は多くは知らない、んです。あたし達反乱軍の力が大きくなっているから、というのも原因のひとつだと思う。けれど、それ以前に、何故カオスゲートの封印を解けるほどの魔力がある人間が、帝国に肩入れしているのかってことがもうわからない・・・。ランスロット、どう思う?」
「・・・帝国の手駒を使って、何か・・・単純に暴利をむさぼろうというものではない、何か他の目的があるように感じるのだが・・・。
ただ、天界を巻き込んでまで何かをしようというならば、その目的とはかなりのものではないかと思う。気になっているのは、天界にまで帝国軍を派遣しているとなれば、下界でのどこかが手薄になるはずなのに、それをいとわないというのも・・・帝国を守ろうという目的とは異なるのではないかな」
「そう、だと思う。・・・どうも、あたしが感じるのは・・・帝国を道具にしようとしているんじゃないかと思う。でなければおかしい。まあ、天空の三騎士が味方になればそれに越した事はないが・・・」
フェンリルは頭をふった。
「わかることは・・・カオスゲートを、ブリュンヒルドなしで越えて来るなんて芸当は相当のことだ。異常だわ。かといって、どんなに優れた術者でも誰も彼も無差別にチャームをかけ続けられるわけではない。そう思うと・・・少なくとも帝国の上にたつ人間はチャームの魔法にかかっているわけではないと思えるのだけど」
「・・・力、でしょう」
ソニアは重々しく言った。
「多分。ガレス王子の攻撃力は異常だった。ただのブラックナイトなんてもんじゃない。斧でついた傷だったのに・・・傷口よりも内側の細胞が破損していたとアイーシャが言っていた」
ちら、と裾をまくりあげたくなる衝動を抑えながら、そっとソニアは布の上から自分の太もも付近を触った。
「ウォーレンは、そんなことが出来るのは魔導の力だといっていた。けれど、ガレス王子にそんな力があるとは今まで聞いたことがないって。ラシュディが・・・関与しているのは間違いない。そしてラシュディは・・・何か・・・人ならぬ大きな力をもっているか、あるいは大きな力をもつ何かをバックにしている・・・もしそうなら」
ソニアは言葉を切って、目をふせた。
「反乱軍とか帝国軍とか、そういう戦では、もしかしてないのかもしれない」
フェンリルの視線が険しくなる。
「・・・嫌なことを言うけれど」
「はい」
「天界を巻き込んで為そうとすることが、小さなことのわけがない。あなた達の大陸なぞ、下界の広さから比べればほんの小さな一握りの面積にすぎず、そこに生きている人間達は全体の人数からいけばほんとうに数える程度といったっておかしくないほどだ」
「・・・そうでしょうね」
「あなた達反乱軍は・・・嫌な相手を敵に回したらしい。きっとあなた達の敵は帝国ではいつかなくなる気がする」
「ラシュディだと?」
「・・・断言は出来ない。でも・・・既にそうなりつつあると思う」
「実際、ラシュディが現れてから帝国はおかしくなった、という話は聞いています。けれど・・・それが本当なのかも立証できるものなんてないし、帝国の誰もがそれを止められないのであれば、あくまでもあたし達の戦いは、対帝国軍だと思っています」
「たとえあなたがブリュンヒルドを持つ者でも?」
「・・・ブリュンヒルドを手にしたから、こうでなければいけない、という制約がつくのであれば、あたしはこの剣は・・・いりません」
「いい答えだ。為そうとすべきことを為すために。あなた達のリーダーは、自分が自分であることを見失わない」
そういってフェンリルはランスロットを見て微笑んだ。
(・・・違う。本当は見失いっぱなしだったのに)
ソニアは鼓動が早くなるのを感じた。
自分はフェンリルに言ったとおり、帝国への私怨だけで動いている。
帝国を憎むのか、一個人であるラシュディを憎むのか、どちらが自分の私怨の正しい行き場なのかもわからなければ、反乱軍としては一体何を為すべきことがゼノビアを救うことになるのかも見失いそうだ。
それは間違ってはいけない。すぐにわからないけれど間違っては誰もが悲しい思いをするところだ。深呼吸してソニアは自分を落ち着かせようとした。
とはいえ。
何もかも推測の域を出ない。
疲れたように横たわって息をふう、と吐く騎士も、ラシュディについてはまったくわからない、といっている。
「スルストは、どんな様子だった?」
「わたしは残念ながらスルスト様のお側にはいなかったので・・・都市の巡回をして戻ろうとしたときに、仲間が傷を負って私の部隊に教えに来てくれたのです。・・・ほとんどの騎士団は不思議な魔力で・・・どこかに飛ばされてしまったといっていました」
「・・・多分、それはラシュディ一人の力ではないわね」
フェンリルは肩をすくめる。そんな人間がいたら、とっくに下界は統一されている。・・・たとえその力がどういうものであろうと。

早く朝が来ればいいのに。
ソニアは耳を塞いだ。キン、と響く音は普通の耳鳴りといつも違うような気がする。
また、襲ってくる感触。突然脳の記憶巣からわきあがってくる情景。
(・・・あれは、どうにも出来なかったことなんだろうか)
何度後悔したってどうにもなりやしない。そう思っているから尚更、記憶のどこかにいる自分のせいで死んでしまった家族が恨めしく思って、無理やり自分に思い出させようとしているのか?
初めに足手まといになったのは、10歳年が離れた妹だった。
「・・・ごめんなさい」
毛布に包まって部屋の隅でソニアは丸まって泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
もしかしたら、生きている可能性があるのはその妹だったけれど。
たった10歳になるかならないかの妹を見捨てて、置き去りにすることを選んだ父を自分は憎めない。
村を出たときからわかっていたのだ。
逃げ延びる体力と能力を兼ね備えているのは、父とソニア以外には誰もいないのだと。
それでも、村に家族を置いて逃げることは出来なかった。
逃げることが、一番生き延びる道に近いと父と自分の意見が一致したのだから、それはきっと間違いではなかったのだろう。
あのときは何なのかわからなかった自分の運命が。
シャロームにたどり着いたときに、やっと回りだしていたことに気づいた歯車が。
ブリュンヒルドに導かれここオルガナにたどり着いて、自分が感じていた歯車が一体どれほど大きい歯車なのかを思い知らされた今、あまりの心許なさにソニアは泣き続けるばかりだった。
誰かの手が欲しい。
ほんのちょっとだけ、そんなことを思いながら。

翌日反乱軍とオルガナ騎士団、それからフェンリルの間で情報交換が行われた。
反乱軍側はソニアとランスロット、ギルバルドにアイーシャが同席していた。カノープスは「面倒くせえ」とかいいながらどこかに飛んでいってしまった。
彼は、いつも飛んでいるよりも遥か上空なのに、何故だか特に酸素が薄くなっていない不思議なこの天界の空が気に入ったらしい。それはギルバルドと共に来たワイアームのコカハーンも同じらしく、空の者は空の者で感じることが同じなのだな、とギルバルドが感心していた。
それだけではなくてカノープスはテスのことも心配なのだとソニアは知っていた。
傷口は大体が塞がったものの、前日の長いヒーリング治療のせいでテスは体力が落ちている。オリビアに任せているだけには出来ずに、カノープスがちらちらと様子を伺っていたのも目撃した。そんな彼がなんだか可愛いとすら思ってしまう余裕が自分に戻ってきたことに気づき、少しソニアは安心した。
ここ数日自分とブリュンヒルドのことで頭がいっぱいで、憂鬱になりがちだったテンションが回復してきているのがわかった。それは、もしかして昨晩フェンリルに、今まで誰にもいったことがない話をしたからなのかもしれないな、と心の中で苦笑した。少なくとも反乱軍メンバーに話せる内容ではない。けれどソニアは今、知っている人間といえば反乱軍メンバーしかいない。放っておけばずっと心に悶々としていたことを言葉に出来たことは、人をこんなにも変えるのかと自分で驚いたくらいだ。
「あなた達はどうするつもり?」
ソニア達は一度下界に戻りたいと申し出、フェンリルはそれを勧めた。
ラシュディの目的がわからない今、確かに出来れば今すぐにでもムスペルムとシグルドに向かいたい気持ちはある。
けれど、ソニア達とて中途半端な形で置いてきてしまったウォーレン達のことが気になって仕方がない。
「帝国側からも何かの動きがあるかもしれないし・・・確認してこないと、あたしたちだけで突っ走るわけにはいかない」
「あなたの言うとおりに」
フェンリルは穏やかに言った。
「ヨハン、あなた達にここを任せるわ」
「はい、承知しております」
騎士団のうち、比較的年長者に見える若者にフェンリルは声をかけた。
「わたしはソニアに尽力しましょう。ブリュンヒルドを携えてここに来た者は、わたしをこの地の鎖から解き放つもの。決してこの地を疎かにはしないけれど、わたしは解き放った者の力となり、ブリュンヒルドがふるわれる大いなる目的のために彼女のもとで戦いたいと思う」
「フェンリル様」
「あなたが、本当にブリュンヒルドを持つに値する人間なのか・・・ブリュンヒルドは認めても、あなた自身は自分で納得がいっていない様子。ならばわたしが、その判断を下してあげましょう。そのために、一緒に行ってあげるわ」
「・・・ありがとうございます」
ソニアは彼女にしてはめずらしく深く頭を下げた。
そのフェンリルの物言いは傲慢ともとれたけれど、本当は違うことをソニアだけは知っている。
多分、昨晩のようにソニアが抱えている暗い部分を激白できるのは、反乱軍の兵士相手ではない。
フェンリルはソニアと同じく、女性でありながら数奇な運命を持つ者としてソニアの負担を軽減したいと申し出てくれている。
今までソニア一人の力で高めていた士気だって、天空の三騎士であるフェンリルが加わることで更に高まるに違いない。
そのうえ、多分フェンリルは誰よりも知っているのだ。ソニアほどの年齢の少女が反乱軍のリーダーとして生きていくことの過酷さを。どこかしら近いものを彼女達はもっていて、だからこそ手を貸したいと思ってくれるのだろう。
それは、とても嬉しくて、けれど、とても自分がふがいないとすら感じてソニアはまた自分を責めるのだが・・・。
「わたしが、何を担えるのかはわからないけれど、出来る限りの力を尽くことを誓いましょう」
ソニアは昨日初めて出会うことが出来たこの女騎士の心遣いに、更に頭を下げるばかりだ。そのとき
(担う・・・)
その言葉に心辺りがあって、はた、とソニアはランスロットとの会話を思い出した。

誰にも気づかれないところで、きっとそなたはたくさんのことを抱えているのだろうから。
それを共に担うことが出来る人間が現れるとよいのに

それはガルビア半島でランスロットが自分に言ってくれた言葉。
彼が言っていたその人物は、やはりランスロットではなくて、フェンリルなのだろうか?
それは、どこか違う気がした。
とはいえ、ソニアは過去のことや泣き言を出来るだけランスロットには言わない、と決めていた。それにいつか話せるようになるだろう
ら待っていてくれ、と告げていたものの、その「いつか」がいつ訪れることなのかはさっぱりわからない。
ソニアは軽く自分のこめかみのあたりを右手でコンコン、と小さく叩いた。
今はそんなことを思っている時ではない。
それを見てランスロットが声をかける。
「ソニア殿、何か思い煩うことがあるのか」
「・・えっ!?」
びっくりしてソニアは声が裏返ってしまった。
「何で?」
「いや・・・」
聖騎士はそこで黙ってしまった。ソニアは取り繕うように
「別に。・・・フェンリル様、ここから地上へ戻るにはどうすればいいのですか」
「あなたがブリュンヒルドを持っているのだから。カオスゲートを使えばまた戻れるわ。準備が出来たらすぐにでも出発しましょう」
「オルガナは、大丈夫なのですか」
「心配しないでいいわ。まさかラシュディほどの者が現れるとは思っていなかったからちょっと気が緩んでいた・・・。こちらだって何の力もない人間っていうわけではない。カオスゲートに、ラシュディの気が感じられたらすぐにわかるように魔導を施しておきましょう。ヨハン、頼んだわよ」
「はい」
フェンリルが言っていることはまったくよくわからない。が、ソニア達にとってはそれがわからなかくたって支障はないし、わかったところで何の役にはたちはしない。
天界は天界で起こることや出来ることがあるのだろうし、下界は下界のやり方がある。
ソニアはそれを感づいていたから多くは追求しないように勤めている。
ちょっと待っていてね、と断ってフェンリルがヨハンに何か指示を与えている間にランスロットがソニアにもう一度声をかけた。
「ソニア殿」
「ん?」
「ブリュンヒルドはどうするのだ。フェンリル殿にお返しするのか?もしそうであれば、私のカラドボルグをそなたに返すが」
見るとランスロットは気を利かせたのかカラドボルグの他にもう一本剣を持ってきていた。
どこから持ってきたんだ?とソニアは一瞬そっちに気をとられたけれど
「いや、いいんだ。断られた。下界に与えた剣なのだから、下界の人間が下界の人間のためにふるうことが正しいのだと
フェンリル様が言ってたぞ。・・・今のところはあたしがまだ持っているつもりだ」
「そうか」
「気を使ってくれてありがとう」
「いや」
それに。
ずっとランスロットが使っていた剣を自分が持つなんてこと、恥ずかしくて出来るわけがない。きっと、鞘から抜くたびにランスロットのことを思い出してしまう・・・なんてことが頭をよぎって、ソニアはなんとも神妙な顔をした。
(一体、何を考えているんだ。あたしは!)
またコンコン、と軽くこめかみを叩く。
「あ」
そのときソニアは気づいて、バツが悪そうに手を引っ込めたあとでそうっとランスロットをもう一度見た。アイーシャとギルバルドは「?」と不思議そうに二人の顔を見ている。ソニアが何を言いたいのかランスロットはわかったようで
「・・・最近ついた癖のようだな」
「そ、そうだったのか」
「何か気が散ったときにやっているように見えたのだが」
「気をつける。無意識だった」
「あまり兵士の前でやらない方がいい」
「うん・・・ありがとう、ランスロット」
素直にそう言ってソニアは恥じ入ったように小さくなる。一体何のことだろう?といぶかしむアイーシャにソニアは説明をした。
あっはっは、とギルバルドは豪快に笑ってランスロットに「だからさっき声をかけていたのか」と聞いた。ランスロットは別段表情を変えることもなくそれへうなづき返す。
「・・・ランスロットはあたしのことをよく知っている」
アイーシャにむかってソニアは肩をすくめてみせた。
「もしかしてあたしより長くあたしと付き合っているんじゃなかろうか」
「うふふ、おもしろいことをおっしゃいますのね」
くすくすとアイーシャは笑って
「いまどきそこまで躾なさってくれる保護者なんてそうそういませんわよ?」
丁度そのときいいタイミングでフェンリルが話を終えてソニア達に向き直った。
「待たせたわね。・・・こちらの準備は、いつでもいいわ。あなたたちの体勢が整い次第、下界へ行きましょう」
「はい」
そういって一同は立ち上がった。
「ランスロット、みなに準備をさせてくれ。それからアイーシャはすぐにテスの容態を確認して、報告。ギル、もしもテスの容態があまりよくないようだったらコカハンーンにのせてやって欲しい」
「ああ、わかった」
アイーシャは小柄な体を翻してすぐさま出て行き、それをギルバルドが追う形で歩いていった。
「ランスロット?」
「いや、なんでもない。・・・それではみなに声をかけてくる。そなたは?」
「ん?・・・その・・・」
ソニアはかあっと赤くなって
「あの、女中に謝ってこないといけないことがあるんだ・・・」
「どうした?」
「いつものつもりで・・・床に寝てたから・・・」
「・・・・バっ・・・」
ランスロットはなんとか懸命に騎士にあるまじきその言葉を抑えた。
「・・・ここの寝具一式は・・・多分高価なものだぞ・・・」
「うん。そう言ってた。女中がさっき驚いてあたしのところに来て・・・」
あとはもごもごと口の中で何か言い訳を言っているようだ。ランスロットは苦笑して
「本当にそなたは天界も下界も関係ないようだな」
「だって・・・」
仕方ないだろう、と噛み付くこともなくソニアは恥ずかしいのが我慢できなくなったらしくそのままぷい、とちょこちょこ出て行ってしまった。それを見てフェンリルはくすくす笑ってランスロットに声をかける。
「あなた達のリーダーは本当に可愛いわね。・・・昨日の姿といい、ああやっていると・・・」
こんな大きな運命を背負う少女には見えないのに。
「誰かが、助けてあげなければ、運命に翻弄されて走りつづけて体を痛めつけて、いつか倒れてしまう。・・・私が、力になれるといいのだけれど。けれど、私は既に天界の者。下界の理で生きている者は下界の者が手を差し伸べてやらなければいけない」
そういうとランスロットの言葉を待たずにフェンリルも出て行ってしまった。
ああ、早く行って、皆に指示を出さないと。そう思いながらも。
天と地を結ぶ聖剣をもつ者が、天の力ある者を携えて下界に降りる。
ランスロットは感慨深くそのことを考え、それから、ソニアのあまりの業の深さにため息をついて、歩き出した。


Fin

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モドル

んもー!全然オピランじゃなかったよ、今回!つまんなーいいい!!!(←おいおい)
ソニアにとってランスロットは反乱軍の一員なので、彼に対して自分の気持ちを激白することは今はまだムリなのでしょう。
次は閑話休題で下界に戻ってちょろっとしたラブラブものを書いて(ふーっ、やっと勝手な話かけるわ・・・と思ったのですが、今回のコレもかなり勝手な話だったので:汗)それからムスペルムかな。
一番難産でした。