加速度-1-

ソニア帰還の知らせをうけて、反乱軍の面々は慌てて砦の外にかけつけた。ギルバルドがコカハーンにのって先に戻ってきて、天界から帰ってきたことを皆に伝えたのだ。
戻ってきたソニアが元気そうなことを見て、誰もが嬉しそうに集まった。その中をかきわけてソニアはアッシュが剣を握っていることに気付いた。近づくと
「お帰りなさいませ。マイロード。・・・心配したぞ。よくぞ天界から戻ってきてくれた。こんな老いぼれた命でも、捧げる相手がいることを嬉しく思うぞ」
「ただいま。・・・ダメだって。アッシュ」
そういってソニアは笑う。
「あたしになんか、剣を捧げようと思うな。そういうことをあんまり言うと、怒るぞ」
アッシュは苦笑してみせた。
「怒られてみるのもおもしろいかもしらんな」
「やあだ。何いってるんだか」
あはは、と声をあげてソニアは笑う。めずらしいちょっとした少女めいたその言葉に、アッシュは目を細める。
その前を横切ってから続いてノルンとその回りの兵士に声をかけた。それから、ずっと初めから一緒に戦っていた兵士であるヘンドリクセンやビクターにも声をかけて。
最後に、一番奥に無理矢理難しい顔をしてソニアを待っていたウォーレンを見つけた。
ソニアはちょっとだけ肩をすくめて、それでも表情を変えないウォーレンに苦笑して走ってとびついていった。
「ウォーレン、ただいまっ!帰ったぞ!」
ランスロットは目を丸くしてソニアを見た。
この二人はこんなに仲がよかったのか!?それが正直な感想だ。が、どうやら他の面々も知らなかったようで仰天している。
「まったく、やっぱり目を離してはおられませんな」
思ったとおり、ソニアはウォーレンからお小言をもらう羽目になった。けれど、その物言いは嬉しそうだったし、誰もがウォーレンが安堵しているということはわかるほどだ。
ソニアは小柄だけれど、ウォーレンだって体は大きくない。まるで丁度いい年齢の友達のようにソニアは軽くウォーレンの体に手を回してちょっとだけくっついた。それから体を離してにやっと笑ってみせる。
「ウォーレンがいないとせいせいしたぞ」
「憎らしいことを」
「ははは、嘘だ。ごめん。意地悪いいたかっただけ」
「その様子だと、食べるものには困らなかったようですな」
「ひどいな。それ」
それでもソニアは嬉しそうに言う。
「しかし、これはいただけん」
ウォーレンはそういってソニアの顔についている小さな傷を触った。フェンリルとの戦いで腕にも足にも小さな、ヒーリングはしてもらってとりあえずはふさがった、という傷が無数についていた。ソニアはそれへは返事をしないで
「天空の三騎士のひとりを仲間にしてきたぞ。たまには誉めてくれるんだろう?」
「わたしに誉められて、いいことがあるんですかな」
「ん?単純に嬉しいじゃないか」
「はっはっは、下界でも天界でも、きっとあなたは変わらないのでしょうな」
そんな風にウォーレンが声をたてて笑うのはめずらしい。みんなの気持ちを代弁するかのようにカノープスがソニアに不思議そうに言った。
「お前、じーさんと仲良しだったんだな」
「うん?そうだぞ。村にいた仲良しだったじいちゃんと似てるんだ」
そういってソニアはくすくすと笑い出す。きっと彼女にとっては、偉大なる占星魔術師だろうが村のじいさんだろうが変わりはないのだろう。

早速ソニア達と下界に駐屯していたウォーレン達の間で情報交換が行われた。
ソニアがいなくなったその日に既にウォーレン達と帝国軍の間では小競り合いが何度かあり、それにはかなりアッシュが貢献してくれたことや帝国側の情勢をウォーレンが再確認よろしく説明をしてくれる。
どうやら下界にいなかったほんの1日2日は同じ時間が流れていた様子でソニア達は安堵した。
また、ソニア達は天界で起こっている事を各部隊長達に説明をして、これからムスペルムに向かいたいという話を伝えた。
ウォーレンがそれに賛同することでその場の者達も一応了解はする。
けれど、下界をまた放っておくわけにだっていかない。また駐屯部隊と天界部隊に分かれるようになるのだろう。それを思うと今回連れて行ってもらえなかった部隊は多少「今度こそは」という気持ちも強いのだろう。そのせいか部隊長の間でざわめきが起こった。
「それから」
天界のことをひととおり話し終えてソニアはぐるりと見回した。
「くれぐれもフェンリル様に粗相がないようにな。そんな無礼者はあたしだけで十分だ」
その言葉にどっと場が沸いた。
共に下界に下ったフェンリルは否が負うでも周囲から好奇の目で見られていたけれど、彼女はそれに対して何の不平不満文句等を口に出すことはなかった。それへのソニアの気遣いだと部隊長クラスの人間はみな理解している。
一度解散をして、ウォーレンとソニアを中心とした司令部で話し合いをする旨を伝えると、部隊長達はみな立ち上がって心得たもの、と静かに退出した。
まだフェンリルに声をかけてなかった部隊長達が丁寧にフェンリルに挨拶をする。
それへ静かに挨拶を交わしながらもフェンリルは困ったようにちらりとソニアに視線を送る。それに気付いたソニアは、みながひととおり挨拶をして退出したのを見ると、残ったフェンリルにソニアは駆け寄る。
「・・・人を覚えるのは苦手だわ」
と肩をすくめてフェンリルは言う。
「ふふ、フェンリル様はみなが戦う姿を見たほうが覚えるのではないですか」
「よくわかるわね」
「あたしもそうだから」
「・・・ふふ」
静かに笑うとフェンリルはソニアをみつめた。この剣士はなんだか妹のように思える。
その場に残っていたのはウォーレン・ランスロット・古くからの仲間で現在部隊長になっているビクター・帝国について詳しいノルン・アイーシャ、それから二人の女剣士だ。ソニアはそのメンバーを見渡してから
「ああ、ちょっと待っててくれ。忘れ物をとってくる」
そんなことを言って部屋から出て行った。

「オーロラ」
「ソニア様」
廊下に出るとそっとプリーストのオーロラが角から出てきてくれた。カノープスも一緒だ。きっと知らない人間がみたら恋人であるビクターを待っているオーロラにカノープスがモーションをかけているとでも思われるだろう。
「やっぱり来てくれたのか。よかった、抜け出してきて」
「申し訳ありません。お伝えした方が良いことがあって・・・」
「うん」
静かにソニアはオーロラに近づいていった。オーロラは声を潜めて、けれども誰が見ても世間話をしているように見えるように配慮をして笑顔を作ってあまりありがたくない情報を伝えた。
「・・・アイーダの部隊のマーシーと、ガストンの部隊のノーマンが・・・今回の件でかなり憤慨していたようですわ」
「誰からの情報だ」
「マーシーの件はアイーダ本人から、ノーマンの件は・・・オハラがノーマンと喧嘩騒動を起こしてしまって・・・一部の者しか知らないことですし、ウォーレン様はご存知ないと思います」
「詳しくはな。多分、不穏な動きがある、ということくらいはウォーレンもわかってるだろう・・・やっぱり、心配していたことが現実になったか」
ソニアはふう、と息をついた。演技かどうかはわからないが肩をすくめてちょっといたづらっぽい笑顔を見せる。
そうしたくてそうしたわけではないが、当初の目論見からまったく異なる部隊編成でソニアは天界に行ってしまった。そのことについてソニアに対する反感をもつ兵士が増えないか、それが気になっていた。万人に愛されるわけはない。それはソニアも知っていたし、自分が年が若い小娘であるからこそ尚更なのも知っている。いくら戦で自分もが危険な前線で戦っていようが、人間の感情というものは人それぞれだからソニアに対しての反感をもつ人間いてもおかしい話ではない。
ソニアは別段自分に対する反感だけなら構わなかったけれど、それが反乱軍、ひいてはゼノビアの将来を左右することになっては責任を取りきれないと常々思っていた。
が、まるで密告屋のような仕事をオーロラさせるのはソニアの気がひけたし、何より自分の父親や仲間を死においやったのが仲間からの帝国への密告だったという過去が彼女の気分を暗くしている。それでも軍としての保身をするためにはそういったことは必要だとソニアも知っていたし、それには女性が実はうってつけだということもわかっていた。
「わかった。アイーダとオハラに話を後で聞いておこう。・・・今回は、ランスロットにフォローをお願いしようかな」
「それがいーかもな」
とは元来面倒なことが苦手なカノープスの言葉だ。
「うん。・・・これからも、きっと勝手なことをしてしまうからな。・・・まだ、話がこうして出る分にはいい・・・。一刻も早くゼノビアの皇子を探して、バトンタッチしたいものだな」
そういって、ソニアは苦笑いを見せる。
それへぐしゃぐしゃと頭をなでてカノープスは「元気だせ」と笑いかける。
「二人ともありがとう。オーロラ、感謝しているぞ」
「いいえ。ソニアさまに神のご加護がありますように」
そういって印を切ってオーロラは頭をさげた。神とかそういうものについてソニアは何もかもを信じているわけでもないし、信仰についてはとても薄かったけれど、それを行ってくれるオーロラの気持ちだけは強く感じ取っていた。

オーロラから聞いたことをソニアはウォーレン達には言わない。
今までも何度かこういった報告はソニアにあがってきていたし、多分形は違えども他のメンバーも多かれ少なかれ知っていることだろう。兵士の年代によって情報の入り方が違うのは当たり前だ。年上の兵士のことはアッシュやギルバルドを中心としたメンバーにまかせているしからソニアは決して言及しない。
それと同じで若いメンバーに関してはソニア本人に情報が集まるようにしなければ何もはいってきやしないのだ。
剣士系の能力をもつ兵士についてはわかりやすい。
ソニアに反感を持っている人間は朝の鍛錬に来なくなる。それはバカバカしいほど簡単だけれど、だからこそ余計に注意が必要なのだ。ひいてはその兵士に対しての戦力外通知につながることにもなり兼ねない。そして、そういう形で解雇された者は後で遺恨を残すに決まっている。
ムスペルムへ向かう部隊編成には細心の注意が必要だとソニアはわかっていた。今度ばかりはウォーレンも行きたいと年寄りのくせに駄々をこねているし、誰もが天界に行ってみたいと好奇心をそそられているに違いない。
カオスゲートを開くことはソニアしか出来ないのだから、ひとまずソニアとフェンリルは確定している。残りのメンバー選出が非常に困難を極めていた。
「わたくし、ここに残らせていただきますわ」
と言葉にしたのはアイーシャだ。
「代わりにノルンさまを」
その言葉に驚いたのはノルン本人である。
「ええっ?わたくしが?」
「はい。大変申し上げにくいことですが・・・差し出がましい意見かと思いますが、よろしいでしょうか」
と前置きをしたアイーシャにソニアはうなづく。
「ノルン様は帝国からの亡命者でいらっしゃいます。ここでは、多くの反乱軍のメンバーがいるからともかく、別働隊としても反乱軍としてお勤めを果たしていただければ・・・みなさまからの評価が安定なさると思うのです」
「そうだな」
とはランスロットだ。
「私もノルン殿が共に行く方がいいと思う。それから、ガストンとギルバルドの部隊をトレードするのが望ましいと」
それは、実際に天界にいったときにワイバーンが活躍してくれたからだ。かといって連続でギルバルドを連れて行くとなると、同じビーストテイマーとしてのガストンのプライドも傷つくことだろう。それを慮ってのことだった。
図らずもオーロラから言われたノーマンを含む部隊を提案されてソニアはしめしめと思う。
「それもそうだが、前回アイーダの部隊を置いていってしまったから、アイーダ達を今回はつれていこう」
更に、あえてマーシーを含んでいるアイーダの部隊をあげるソニア。
多少の危険は伴うが、信頼を取り戻すには一緒に行動するのが一番だ。
現在反乱軍はソニアの部隊を筆頭にアッシュ・ギルバルド・ウォーレン・アイーシャにノルン・ガストンにアイーダ・ビクターの9部隊がメインになっている。出陣のときはここから主に6部隊、更には場合に応じてこの部隊以外の、実戦経験が少ない兵士を率いて最近アッシュ隊から更に抜擢されたゴエティックのヘンドリクセンとパラディンのカーロスの部隊が加わる。また、老練なアッシュやウォーレンも部隊編成を変えて新兵指導を任せられる場合もある。
ともかく、反乱軍の兵士は増えることがあっても死者を出す以外は今まで減ることはなかったから、それ故に問題が増加していることは否めない。
話し合いの末に今回はソニアの部隊、ノルンの部隊、フェンリルの部隊、それからアイーダとガストンの部隊の5部隊編成でムスペルムに赴くことに決定した。ウォーレンはかなり残念がっていたけれど、フェンリルの話ではムスペルムもそうそう大きな浮遊都市ではないという話だったし、過剰な人員を送り込むと天界人の反感をかうだろうそいう配慮もあった。
今度こそはランスロットに残ってもらって自分が行きたい、とアッシュは思っていたに違いないけれど、ここ最近のソニアの情緒不安定さは、本人も知らずにランスロットと別行動をしたくない気持ちに駆り立てた。
が、それを口に出すわけにもいかずに、誰もそのことについては触れませんように、とソニアは心の中で何度も何度も祈っていた。
そのとき、思いも寄らぬ人物からその点について話題が出てしまう。
「今回は残りましょうか」
その口火を切ったのはランスロット本人だ。
「残る!?」
ついつい妙な声を出してしまってソニアは「しまった」と思うがもう遅い。不思議そうな顔をしてランスロットがソニアに顔をむけて言葉を続けた。
「もともとそういう話だったではないか。忘れたのか」
「そうだったな・・・」
「だから今回は私が残って、指揮をとってもよいのだと思うが」
それへは更に思いもよらない人間が口を開いた。
「あなたには、来て欲しい」
みながその声の方向を向いた。ソニアはぴくりと眉を動かして眉間に皺を寄せてしまう。
「・・・フェンリル様?」
「共にムスペルムからきた騎士の話を聞いた人間が一緒にいた方が都合がよい。人づての話に聞くよりも実際に自分の耳で聞いた人間がいた方がいいだろうから」
そのフェンリルの言葉は尤もだった。ウォーレンもそうするがよい、と賛同してくれたので、ランスロットは特に渋々というわけでもなく了解をして口を閉じる。
それへ、ソニアがほっとした表情をしたことを、フェンリルだけは見逃していなかった。

さすがに急がなければいけないこと、とはいえ、今日戻ってきて今日また旅立つのは、行く兵士の心構えは足りなくなるし、残る兵士はまた取り残されたという気分が濃厚になってしまう。少なくとも一晩くらいはここに留まった方がお互いの士気のためだとウォーレンが申し出た。それはソニアもわかっていたことで、ふたつ返事でOKを出す。フェンリルも、1日2日でムスペルムの状況が変わるなら、とっくにオルガナもどうにかなってただろうしね、でもラシュディが何をしたいのかがわからないから急ぐにこしたことはない、とだけ付け加えて了解をしてくれた。
さて、こうして明日の朝出発、ということで話がまとまったものの、正直ソニアにはやらなければいけないことはてんこ盛りだった。
この反乱軍の中心は紛れもなくソニアだ。誰もが知っているがゆえに、誰にもまんべんなく自分の存在を知らせなければいけない。
これは人数が増えてきたときに重々ウォーレンに言われたことだった。
共に戦っている兵士達は、言葉を交わさなくてもわかってくれる。ソニアはそう思っていたけれど、誰もが共に前線にいけるわけではないのだ。反乱軍にだって補給部隊や常に斥候を行っている人間やら分担が決まりつつある。そうすればおのずと常にソニアの側にいる人間は決まってくるわけだし、新兵がソニアと個人的に話をする機会は少なくなる。
そういった人間にフォローをいれることは、ソニア本人にしか出来ないことだ。そして、それをすることがこの反乱軍の運営の要になることを彼らはよくわかっていた。
・・・が、ソニアは少し苛ついていた。
これではいけない、と無理にウォーレンに色々押し付けて自分は兵士達の様子を見ようとさっさと出てきてしまった。
苛々している理由はわかっている。
(・・・力になりたい、と言ってくれてたくせに)
原因はランスロットだ。それは、わかっていた。
ソニアは今回のオルガナ行き前後でかなりランスロットに世話になってしまったと自分で思っているし、感謝をしている。
まだ情緒が安定していない自分にとって、実はランスロットがいてくれることが心の安定剤であることを確信はしていないけれど「ランスロットが居てくれたら心強いな」くらいの認識はソニア自身もしていた。
ソニアがそう思っていることは彼も知っている、と勝手に思い込んでいた。そう、まるでフェンリルとの戦を前にして、ランスロットだけはいざというときにブリュンヒルドを守るためにソニアと共に見捨てられる覚悟が出来ているのだと、勝手に彼女が決め付けていたように。
あとからカノープスに「そんな話、ランスロットとしてねえだろ、勝手に決め付けやがって」といわれたときに初めてソニアは自分の激しい思い込みに気付いた。
でも、そのときはランスロットは何も反論しなかったのだし。
多分ソニアの気持ちは伝わっていただろうし、それをランスロットは正しく解釈してくれていたのだろう。
少なくとも、ソニアは伝わっていると思ってた。
力になりたいと言ってくれていたから、今回だってまさか彼から別行動をする選択肢を口にされるなんて思ってもみなかった。
・・・確かに、前回それを口にしたのは自分が最初だけれど。
でも、オルガナにいって、わかった。
自分はまだ過去のことや聖剣のことを考えてはとても尋常ではいられない。なのに。
舌打ちをひとつした。自分の気持ちが最近穏やかではないことが多いのをソニアは知っている。この前、舌打ちをしたのをランスロットにやめなさい、と言われたことを思い出して、それがまた苛々する。
力になる、といってもランスロットはランスロットなりに反乱軍全体のことを考えて動いてくれている。
そんなことは知っていた。今回彼が残るといったのだって、下界に残す兵士達の統率を考えてのことだとも知っている。
彼にとっての「力になる」というのはソニアにとって都合がいいことばかりではないのだ。
自分はそこまで馬鹿ではない。だけど。
「くっそ・・・なんなんだ、これは」
砦の中で兵士達は鍛錬をしたり自由行動を楽しんでいたり、今は誰もがさまざまなことをしている。中には町に繰り出している人間もいるだろう。決まった時間に戻ってくればそれでよいから、簡単に口頭で外出許可を貰えば誰もが自由行動は出来るのだ。
それはこの反乱軍のとてもいいところだった。逆を言えば、戻り時間を守る、というたったそれだけの約束でも守れない兵士はいらない。
これはランスロット達が決めた最低限のルールだった。彼らを縛るのは金でも国家でもなく、思想や理想だったから、あえて多くは言わない。多くは言わないからこそ、守らなければいけないものがある。
たまたま出会ったハイネに聞いたら、折角フェンリル様が仲間に加わったのですから、となけなしの軍資金でちょっとだけおいしいものを女性兵士が買いに行ったのだという。そういう心遣いが出来る軍であることに、ソニアは満足していた。
が、彼女自身は穏やかになれない。
(そうだ、オハラと話をしようと思ったんだ・・・でも)
この苛々加減はどうしたことか。
「おーい、ソニア」
気がつくと背後遠方からカノープスが声をかけて手をふって飛んできた。
「なんだ!」
「・・・おいおい、どうした、語調が荒いぞ」
「あっ、ごめん」
「いーけどよ。どこいくんだよ、お前も今日はちょっと大人しく休んでいた方がいいぞ」
「・・・オハラを探しに」
そんなに遠い距離ではなかったのに、ばさばさっと飛んできたカノープスが着地をしながらちょっとアニキ風を吹かせたように言う。
「そんなん、今じゃなくても出来るだろ。どこにいるのかも探せないくせに。夜にした方が無難だぜ。お前さあ、フェンリルにつけられた傷があちこちまだついてるんだから、一回ノルンにでも頼んでもうちっとヒーリングしてもらってこいよ。・・・みんなさ、心配しているぞ」
ぴしっと人差し指でソニアの左頬についている傷をはじくカノープス。それへ不満そうにソニアは口を尖らせる。
「みんな?なんで?」
「・・・お前、一応女じゃねえか?それがこんなにあちこち傷つくってよ」
「でも、もう、放っておけばきっとすぐ消える。そんなことでノルンの手をわずらわせるわけにはいかない。・・・ああ、それより、テスの代わりの兵士にオハラを入れようかな、そのことをランスロットに言うのを忘れてた」
そういいながらソニアはとんとん、右足を踏み鳴らした。
以前はなかった妙な癖が最近多いことにカノープスもランスロットも気付いている。それはソニアが自分で分析しているところの「情緒が安定していない」からの動きに違いない。
思い煩っているときにこめかみをこんこん手で叩く癖、ちょっとしたところで舌打ちをしてしまうようになったこと、そしてこうやって足を踏み鳴らす音。
どれもが少し前には全然なかったことなのに。
そう思うと、この少女が聖剣を手にしてから、あまり口には出さないけれどどれほどのプレッシャーを背負ってきたかがわかろうものだ。
「苛々してるな。アノ日かよ」
それは別にからかう口調でもなんでもなく、真剣な表情だ。思えば、この少女の体調、とかそういったものに対してみな無頓着な気がする。女性兵士と仲が悪いわけでもないから、そういう話は誰かとしているのかもしれないが、少人数で行動をするときは大抵自分と一緒だった、ということにカノープスは思い当たって今更そんなことに気付いた自分に彼自身呆れてしまった。もっと早く気付くべきだったのに。
が、ソニアはおもしろくもなさそうに答える。
「なんだ、それは」
いつもよりぶっきらぼうな物言いが、彼女が苛々していることをカノープスに確信させた。
「女なら、あるだろ、色々さ。嫌な話かもしれないけど、その、そういうことははっきり教えてくれる方が余計な勘繰りとか気を使わなくて済むからよ、お前さえよければ正直に調子が悪いときは言ってくれて構わないんだぜ?」
「ない」
ソニアは前髪をかきあげて苛々しながらもそれへはきっぱりと答えた。カノープスは仰天する。
「な、ない!?お前いくつだよ、年!」
「違う・・・。ずっと止まってる」
「・・・は」
それだけいうと、ソニアはすたすたとまた歩いていきそうになった。慌ててカノープスはその肩を掴んだ。
「止まってる、ってどういうことだよ。身長が、とかそういう話じゃねえぞ?」
「身長もとっくに止まってるけど」
面倒だなあ、という表情でソニアはカノープスを見上げた。
「・・・多分・・・いつからかはわからないけど・・・少なくともシャロームについた頃には、とまってた」
「はあっ!?おま、それ、ヤバイだろ、絶対ヤバイヤバイヤバイ。医者に見せたのか、誰かに相談したのか、一回二回なんてもんじゃあねえだろ!?絶対おかしいって!!」
狼狽してカノープスは叫ぶ。周囲にいた何人かの兵士は何事か、と二人の方へ視線をむけた。
ソニアは赤くなって
「あまり騒ぐなら教えないぞ」
「ご、ごめん。でも、ヤバイだろ。なんだ、どうなってるんだ」
「・・・逃亡生活始める少し前にはあったから、まあ、逃げてる間にショックでとまったんじゃないのか」
さらっとソニアは言った。それがまたカノープスの不安をかきたてる。
「お前」
「いっとくけど、子供が出来るようなことをした覚えはないから、本当に止まってるんだと思う」
「体が、準備してくれないってことか。・・・どーなってんだよ・・・お前、ホントに・・・」
カノープスはほとほと困った顔でソニアを見た。ソニアは、人に改めてそう言われて初めて不安になったのか、ちょっと情けない顔をしてみせた。
「悪いことかな?やっぱり」
「悪いっていうか・・・体、他に不調ないのか」
「別に・・・ただ、ないだけだ。それ以外はなにも」
カノープスはふうー、と深くため息をついた。
「すまん、俺たちはあまりにお前のことを知らなすぎるような気がする。反省した。とにかく、話は戻すけど、ノルンのとこでも、いかねえか?」
「いい」
「ソニア」
「放っといてくれ。今日のカノープスはウォーレンとかランスロットみたいにうるさい!」
これはまた、今までになくご機嫌ななめだな、とカノープスは驚いた。こんなに機嫌が悪いソニアを見るのは初めてだ。
「お前、何苛々してんのか知らないけどよ、そんな調子でオハラと話しようってのはどうかと思うぜ。あいつはお前のことをえらく尊敬してるんだから、失望させるなよ。お前のことをよく思ってないヤツのことは別にいいけどよ」
「・・・」
ソニアはカノープスの言葉で押し黙った。むくれた表情をしていたけれど、やがて乱暴に頭をふって、「頑張れ頑張れ」と小さくつぶやく。それは彼女が彼女自身に言い聞かせている言葉だということくらい、カノープスにはわかっていた。
「・・・何があったかわかんねえけどよ、頑張らなくていいんじゃねえの・・・?今日は、諦めてゆっくりしてろや」
ぽんぽん、とカノープスはソニアの頭を叩く。
「他のやつら相手に、こんなに苛々してるお前を見せるわけにゃ、いかねえよ。わかるだろ」
「・・・すまない、カノープス。あたしが、悪い」
「悪くない。そういうときもあんだろうよ。でも、それじゃあ頑張れもへったくれもねえだろ。今のお前じゃあ、ケルベロスでも蹴りつけそうな勢いだ。そんなのはお前らしくない」
「カノープス、どっか、つれてってくれ」
「・・・悪ィ、俺、もうちょっとしたら新兵のホークマンの相手しないといけないんだよ。俺とスチーブが天界にいってたせいで、こっち
の斥候役がかなり困ってた様子だから色々教えないとうかうか天界に行けやしない」
「そうか」
そういって落胆するソニアの姿はあまりにも小さくて、カノープスは心底困った。
この少女の感情の起伏が最近激しいことは、きっとランスロットも自分も、そしてアイーシャなんかも知っていることだろう。
それでも、そういう面をみせるということは気を許した証拠だ。
こんな状況でオハラに会いに行くな、とは言ったものの、ソニアの自制心は目をみはるほどの強さで、きっとオハラのもとにいけば完全な反乱軍リーダーに彼女は切り替わるのだろう。
でも、だからこそそれを避けたい。
そういう思いがカノープスにはあった。
自分の妹のように可愛がっているこの少女が、こうやって誰かにがつんがつんとぶつかるときは助けて欲しいシグナルが出ているときだと彼にはもう理解出来ていた。
けれど、彼のこれからの予定は、のちのち人の命に関わる話だ。明朝には天界にいってしまうわけだし、今回下界に残る予定になっているバルタンのスチーブは既に疲れのために眠っているようだ。そうであればカノープスが代わりに新兵に教えてやらなければいけないのはソニアもわかる。
「いい。ごめん、わかった・・・ありがと、カノープス」
切れ切れの短い単語。
「悪いな。まあ、俺が天界にいかないでここに残るんだったら、別にお前に付き合ってもいいんだけどよ」
そのカノープスの言葉にソニアは目を見開いて。
「やだ。カノープスもそんなこというのか」
「え」
口に出してからソニアははっとなって、みるみる赤く頬を染めて叫んだ。
「わー!また口に出しちゃったー!!」
先ほどランスロットが「残りましょうか」と軍議で発言したときにも「残る!?」と口走ったことを思い出した。ソニアは恥ずかしさでいたたまれなくなってカノープスの前でしゃがみこんでしまった。
「はあ?おい、どうした」
「むむー・・・どうしよう、カノープス」
「何が」
「あたしは、どうも、おかしいぞ」
「・・・さっきからずっとそうだっての」
まいったな、とカノープスは深い息をはく。一体何がソニアをわずらわせているのかは、さすがのカノープスでも軍議にいなかったから把握は出来ない。多分、あの場にいたら真っ先に気付いていただろうけれど。
「どうも、あたしがうろうろしているとみんなに迷惑をかけそうだ。今日はおとなしくしてるっ」
「それがいーぞ」
ばっと勢いつけてソニアは立ち上がった。顔はまだ紅潮していて、ちょっとだけ目が潤んでいるけれど、それは、あまりの恥ずかしさでじわりと出てきた涙の一歩手前なのだろう。頭を抱えるようなポーズでわずかに「むー」とうなってカノープスの分厚い胸板に頭突きをしてくる。
「ダメだ。苛々する。こんなのは、あたしじゃあない」
「・・・お前らしくねえってだけで、お前だろ。ん?」
「カノープスは、大人だな」
「お前が子供なんだろーよ。ほらほら、ガキはさっさと部屋にでも戻れ!」


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モドル

なかなかラヴァーズ小説にならなくてゴメンナサイ。←毎回言ってます。
ようやく!ストーリー自体も中盤にさしかかってきた頃にソニアもまたもどかしい恋に気付いた・・・のかどうかは(笑)
カノープスが激甘アニキですね。