加速度-4-

風が気持ちがいい、とソニアは思っていた。
本当は、こんな風にごろごろしているときが一番好きだった。
木陰で空をみて、風を感じながら目を閉じる。昔はどこでもそれが出来たし、だからそれ以外のことは自分には必要がなかったようにすら思える。
小さい頃から、ばたばたと妹達の世話をしていた。朝から晩まで妹の世話、狩りの手伝い、それから、村のじいちゃんから文字の読み書きを教えてもらって。遊ぶ、ということはよくわからなかった。こうやって、風に吹かれて一人でいる時間がとても大事だったし、それが全てだった。それが今でも変わらないのだなあ、なんてことをソニアはのんびりと考えていた。
朝のうちに干してあった洗濯物は大体が乾いてしまっていて、そろそろ誰かが取り込みにくるだろう。
そんなことを思っていたら、案の定人影が見えた。それはよく知った顔で、ふっとソニアの表情は自然とほころんだ。
「ソニア様」
「オーロラ。取り込みに来たのか?」
反乱軍が旗揚げをしたときから一緒にいた、ソニアが比較的心を許しているプリーストが近づいてくる。
「え?いいえ、ソニア様を探しに参りましたの」
「あたしを?どうしたんだ、何かあったのか?」
怪訝そうに眉をひそめて、オーロラが自分の近くに来るのをソニアは待っていた。オーロラは歩調をいつもと変えずに、それでも周りに誰もいないのかちらりときちんと確かめながら歩いてきた。
「カノープスさんから、お聞きして」
「え?」
「その、ソニア様のお体のことが心配で、ご様子を伺いに来ましたの」
「あたしの体?」
「ええ」
オーロラはちょっとだけ首をかしげてソニアを見た。どう切り出そうかとオーロラが迷っている素振りなのを察知して、ソニアは一体何かカノープスに言ったっけか?と思い出そうとしていた。調度オーロラが口を開こうとした瞬間にソニアはわかったらしく、
「・・・あー、あ、ああーーー、あの話か」
「は、はい、多分、それです」
「心配しなくていいよ。なんだ、カノープスは!人のことをべらべらと」
「・・・カノープスさんは、本当にソニア様を心配して、私にお話くださったんです。その、あの方はバルタンですから、私たちとどこがどう違うのかご自分でも全て把握なさってないですし、特に女性のことになれば尚更らしく」
一応弁解はしておいてあげよう、とオーロラはカノープスを庇うように言った。カノープスだって、別に噂話やそういう類の話題としてその話をしたわけではない。ソニアがどう思うかはわからないけれど、反乱軍のメンバーである彼らにとってソニアの体調が思わしくないことがあればそれは一大事なのだ。
「それに、誰もが、あなたのお体のことでしたら、心配して当たり前ですよ」
「・・・大丈夫だって。何も問題ないし」
けろっとソニアはそう答える。かといって、ああそうですか、と答えていい問題ではないようにオーロラは思った。
体の機能がおかしくなるほど、ソニアのバランスはどこかが狂っているのだろう。それは誰が聞いてもそう思って仕方がないことだった。あまりの重責からのプレッシャーなのか、それとも・・・考えればきりがない。きりがないから聞いてしまいたいし、真実を答えて欲しいと心からオーロラは思っていた。
「あの、ソニア様、どれくらい止まっていらっしゃるのですか」
「何月になるかなあ・・・」
「とても、嫌なご質問なんですけれど」
オーロラは眉をひそめたままソニアに続けて言った。
「一応、カノープスさんにも確認させていただいたのですけれど、その、子供が出来た、とかそういう理由ではないのですか?」
「子供!?」
「だから、カノープスさんに打ち明けたとか・・・そういうことはございませんわよね・・・?」
ソニアはあんぐりと口をあけて、今まで誰にも見せたことがない、驚き、というか呆れ、というか、ともかく色々な感情が入り乱れた不思議な表情をオーロラに向けた。
「そういうことには心当たりがない、とカノープスには言っておいたんだけど・・・なんで、それでカノープスにあたしが打ち明けたとか打ち明けないとかが関係するんだ?」
「ごめんなさい、勘繰りでした。カノープスさんに打ち明けていらしたっていうことは、カノープスさんとの子供なのかと思ってしまって」
「!!」
「本当に、ごめんなさい。それでも、申し訳ないのですけれど、確認しなければいけないことだと思いましたから。・・・嫌なお気持ちにさせてしまったことは承知しておりますわ」
「・・・いや、いい。なんとなく、わかる。オーロラがいいたいことは」
そういうとソニアは前髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、その場にすとんと腰をおろした。そうっとオーロラはソニアを気遣いながらその隣に座る。
「あの、ですね、一応誤解ないように私が危惧していることを申し上げますと」
「うん」
「別に、理由がどうとか、そういう話ではなくて・・・ソニア様の健康管理について、申し上げたくて」
「健康管理?あたしは元気だぞ」
「・・・あなたらしいですけれど」
ふ、とオーロラは困ったような笑みを漏らした。
「私がお側にいられればいいのですが。そういうわけにもいきませんから・・・」
そのオーロラの言葉はソニアにはちょっとだけわかった。ソニアは自分でも、もともと長い間一緒に部隊にいたこのプリーストを信頼しているし、女性兵士の中ではかなり打ちとけている方だ。今はテスとオリヴィアが同じ部隊にいるけれど、いかんせん、彼女達と同じ部隊になってからそんなに長くはなかったし、どうも女性としての会話を彼女達としよう、なんて思ってもいやしなかった。
「お体のこと、きちんと打ち明けるようにしてください。ああ見えて、オリヴィアももう一人前のプリーストですし・・・まさか、カノープスさんにいえば解決してもらえるわけでもありませんでしょうから」
「そうじゃない、そんなつもりで言ったんじゃないんだ、オーロラ」
「・・・ならば、尚更です。・・・隠していらしたんでしょう?お体がおかしいことを」
「隠してたわけじゃな・・・言う必要がないと思っていたんだ」
そういってソニアは口篭もった。本当にそう思っていたけれど、それが実は浅はかだったことに気付いたからだ。それでも、彼女には彼女なりの思いがあって、とりあえず言い訳がましいけれど口に出そうと試みた。
「それに・・・今まで、男ばかりの生活だったから、そういうことを・・・その・・・相談するのも、父さん相手だったから・・・」
もごもごといいにくそうにソニアはオーロラを見ないで言った。ああ、そういうことか、とオーロラは小さく口を開いたままでソニアをみつめる。多分、ソニアはどうしてオーロラがこんなことをわざわざ言いに来たのかやっぱりわかっていなかったのだろう。
ソニアが、女性の体のことを、よりにもよってカノープスに打ち明けるとは思わなかった、というのがオーロラの感想だ。自分に同じことがあったとしたって、ビクターに打ち明けはしないだろう。・・・心当たりがないのであれば。
だから尚更心配になったし、それ以前にソニアの健康管理については誰一人気を払っていなかったような気もする。それは計らずもカノープスと同意見だった。
もし、ソニアがゼノビア王族の末裔、とかそんな身分の人間であったら誰もが彼女の体のことは気遣い、もっと細やかな気配りをするだろう。下手にいつも威勢がいいから忘れているけれど、このリーダーが不安定な年齢であることは間違いない。
「ごめん、オーロラ、心配をかけてるな」
「ええ、そうですわ。みんな、あなたを心配していますのよ」
そういうとそっとオーロラは傷がついたままのソニアの頬に手をふれた。
「ヒーリングを掛けさせていただいてもよろしいでしょうか」
「しなくていい、オーロラが疲れるだろう」
「体の中のことは、どうにもしてあげられませんから」
「・・・でも、その、なんだ・・・月のモノが止まってると、便利だぞ」
「女性が、なんてことをおっしゃるの」
それへはオーロラは厳しい顔をしてみせた。ソニアはびくりと肩をすくめて大人しくなる。
「今日のオーロラはランスロットのようだ」
「怒られてると、誰にでもそうおっしゃるのですね」
「・・・そーかもしれない」
「でも、そうでしょうね、ランスロット様だってこのことを聞いたらきっとお怒りになると思います。どうして、そんな大事なことを、って」
そういいながらオーロラはヒーリングの詠唱を始めようとした。でも、きっとソニア様は「そんな大事なこととは思わなかったから」とまたおっしゃるんだわ、と詠唱前にちらり、とソニアの表情を見る。
と。
「・・・オ、オーロラ」
「・・・はい・・・?」
「・・・ランスロットには黙っててくれ。頼む」
「・・・」
それは。
いたずらしたことを親に知られてしまうのを恐れている子供の表情ではない。オーロラはそれに気付く。
「怒られたくないから、ですか?」
多分、ソニアは「そうだ」とは答えないのではないか。何故かそんな気がしてオーロラは尋ねた。
「・・・そ・・・うだと思う」
「ソニア様」
「・・・」
「ソニア様」
「なんだか、熱いな」
「・・・」
そういってソニアは自分の額をぐい、とぬぐった。が、別段気温が高くなっているわけでもないし、彼女自身も汗をかいているわけでもなんでもない。オーロラは目を何度かしばたかせて、ソニアに静かに言った。
「大丈夫ですよ。言いません。多分、カノープスさんも、他に誰にも言わないと思います」
「そうか。ありがとう」
それでも不安そうにソニアはオーロラに礼を言う。それから目を閉じて、オーロラのヒーリングに体を委ねた。
いつも戦場でかけてもらっている「それ」の感覚はもう嫌というほど覚えてしまったはずなのに。
深い傷を負っている時は、痛みでほとんどわからないけれど。こうして平気になってしまった傷口へのヒーリングは初めてで、いつもと違うことがわかる。
これは、体の細胞が動いている感触なのだろうか。
どくん、どくんと鼓動が早くなる。まるで血液がふつふつと湧き上がるような、感触。
「・・・終わりました」
「あ、ああ」
けれど、それは終わっても消えないでソニアの体の中に残っているような気がする。
「それでは、行きますね。ソニア様、くれぐれも何かがあったときは、オリヴィアに打ち明けてくださいね。私たちプリーストは医者ではありませんけれど、そういうことにもお役に立ちたいと思っておりますから」
「うん、わかった。ありがとう、オーロラ」
すっと立ち上がってオーロラは笑顔で小さく手をふった。それへ少し引きつった笑顔を返してソニアも手を振り返す。
洗濯物をいくつかだけ取り込んでオーロラはそのまま振り返らないで歩いていってしまった。
それを見送ってソニアは、一体何が自分に起きたのか、不思議そうに眉根を寄せるのだった。

「ほ、ほ、本当に洗っていただいたのですかっ」
「うん」
「ありがとうございますっ」
あれから何時間かたち、ソニアは洗濯物を取り込んで、わざわざ兵士の部屋を回って配り歩いていた。もちろん中には部屋にいないものもいるから、それは部屋の前においてある籠に放り入れておくのだ。
もう夕食の準備が始まっていて、屋敷の中にはスープを作っているのかいい匂いが立ち込めていた。きっと、フェンリルを迎え入れた初めての晩餐だからハイネ達が腕をふるってくれているに違いない。わずかな軍資金からでも、せめてもの気持ち、と手を掛けてくれているのだろう。
「おーい、ウォーレンいるか?」
「おりますよ」
「入ってもいいか」
「もちろん」
ちょっと粗雑にウォーレンの部屋のドアを開けると、中にはランスロットがウォーレンと向かい合って座っていた。
ソニアは思ってもいなかった人間がそこにいたことですっかり動転してしまう。
「ラ、ランスロットも一緒だったのか」
「ああ。色々と教えて欲しいことがあって、教わっていたのだ」
「そうか・・・はい、ウォーレン」
「ああ、これはこれは。すみませぬのう」
冗談で髭用タオル、などと言っていたものをウォーレンに渡す。それから、洗濯籠から一番大きく、さらに言えば一番目立つ色の布を取り出すソニア。
「えっと、ここで渡すより、部屋の前に置いておいた方がいいか?」
「ああ、そうしてもらえると助かるのだけれど・・・」
「わかった。そうする。じゃあな、邪魔したな」
そういって出て行こうとしたときに、ランスロットが声をかける。
「ソニア殿。オハラには話をしておいたから」
「オハラ・・・ああ、ありがとう。あたしもテスに話しておいた。・・・そうだ、ノーマン・・・」
「?」
「あ、いや、こっちの話だ」
ソニアは喉まで出かかった言葉がつまってしまったことに気付いた。
ノーマンと話をしたんだけど、わからないことがあるからランスロットに聞きたい。
そこまでは別に口に出しても可笑しくない言葉だったはずだ。けれど、本当は続けてソニアはこういいたかったのだ。
だから、あとで、ランスロットの部屋に行ってもいいか・・・?
どうしてその言葉が出なくてつまってしまったのか、ソニアにはよくわからなかった。
「何だ?ノーマンがどうした?」
「なんでもない。こっちの話だ!」
そういってちょっと癇癪気味に声を荒げて、ソニアは扉に手をかけた。そのとき、呑気な声が外から聞こえる。
「おーい、じいさん、ちょっと入るぜ」
「何じゃ」
今まさに扉を開けようとしたソニアの目の前で、バン、と勢いよくカノープスが扉を開けて入ってきた。
「おっと、危ねえ。なんだ、ソニア」
「カノープス」
「じーさん、新兵の訓練しといたからよ、斥候にきちんと使えるとは思うぜ・・・おい、どーした」
ソニアは少し顔を赤くしてカノープスを軽く睨んでいた。
「なんだよ」
「なんでもないっ」
「おい、さっき遊んでやらなかったことを根に持ってるのか」
「あたしは子供か!」
「違うのか」
「・・・む・・・」
「なんだよ」
ウォーレンとランスロットはどうしたのかわからず扉のあたりでごたごたしている二人を見ているだけだ。
それを感じてますますソニアは強引に出て行こうとする。
「なんだなんだ」
「違う、ごめん、また八つ当たりだ。カノープスは悪くない。カノープスはあたしのことを心配してくれてるんだもんな」
「はあ?」
「カノープスも、オーロラも全然悪くないんだ。あたしが八つ当たりしてるだけだ」
オーロラの名前を聞いてカノープスはぴんと来たらしく、うわ、行動早いなあの女!とか思いながらどうしようか困ってしまった。
「じゃっ!」
「おいおい、待てっての!」
カノープスが止めるのも聞かないでソニアはどん、と彼を突き飛ばすようにウォーレンの部屋から出て走っていってしまった。
「おい、ソニア!」
とはいえ、カノープスも新兵訓練後の報告をウォーレンにするために来たのだから、簡単に追いかけていくわけにもいかない。困ったように軽くため息をついてウォーレンに向き直ったところ、
「お前とオーロラが何か手を組んで、ソニア殿を苛めたりしたのかのう」
なんていう単純な推測で偉大なる占星術師がのほほんと髭をさすりながら言う。
「んなわけねーだろっ!俺がいつソニアを苛めたってんだよ!」
「いつも苛めているじゃろうが」
「違うだろっ、あれは・・・」
「あれは・・・?」
にやにやとウォーレンが続きをうながす。今度はソニアではなくてカノープスがむう、と膨れる番だった。
「畜生、覚えてろよ、じじい!報告してやらねーからなっ!」
「おい、カノープス!」
ランスロットが止めるのも聞かずにカノープスは今入ってきたばかりの扉を開けて出て行ってしまった。そんな二人の様子を見ながらウォーレンは苦笑して
「あの二人は、まるで本当の兄妹のようじゃのう」
「カノープスの妹君よりもソニア殿の方が妹に近いように見えるのは気のせいなのかな」
一緒に苦笑しながらも、ランスロットは二人が出て行った扉をじっと見つめていた。
それに気付いてか気付かずにか、ウォーレンはとんとん、と机の上に広げていた資料を意味もなくそろえて、ランスロットから声がかかるのを手持ち無沙汰気味に待つのだった。

ランスロットの部屋の前でソニアはそっと彼のマントを抱えていた。
なんだろう。
自分が洗ったこのマントを、ランスロットが見に付けるのだろ思うととても恥ずかしい気がする。
こんな気持ちになったことなんて、今までなかった。
「こら、待て!」
立っていると、カノープスが追いついてくる。それに気付いて、でもソニアは振り向きたくなくて困っていた。
「お前、何の八つ当たりしようとしてたんだよっ」
「なんでもないっ。ほんと、ごめん、あたしが悪い。カノープスは悪くないっ」
「何ひねくれてるんだ、おい」
何人かの兵士が通りかかって挨拶をしていく。けれど、カノープスとソニアがちょっといつもとは違う・・・かといって、本気の口論とかそう言うことでもない様子なのであえて何も言わないが・・・ようだということはわかっているに違いない。
「おい、ソニア・・・!?」
いつもの調子で肩を掴んで振り向かせた瞬間に、カノープスは目をひんむいて自分の目を疑った。
「・・・なんか、おかしいんだ、カノープス」
「何が」
ソニアは顔を真っ赤にして、どうしていいかわからない、という表情で彼女らしくなくうつむきがちでつぶやいた。
「あたしは、何か今日おかしいんだ。だから苛々して、すぐに八つ当たりしたくなる・・・。カノープスがオーロラに相談してくれたのだって、あたしのことを思ってのことだろうし、オーロラがあたしに説教したのだって、あたしのことを思ってのことで・・・それには間違いなくて・・・あたしがなんだか苛々したのは、きっとそのことについてじゃあ、本当はないんだ」
「おい」
「よくわからない。わからないけれど、こんな自分は嫌だ」
「・・・どーしたんだよ・・・お前」
ああ、こんなことなら。
やっぱりさっき新兵を放っておいてソニアをどこかに連れて行ってやればよかった・・・もちろん、済んだことだからそう思うことは間違いないけれど。カノープスはふう、とため息をついた。
「本当に、おかしいな、今日のお前。そんなんで明日天界にいけるのか」
「明日になれば、普通になる」
「そんなの保証ねえだろ」
「・・・」
「なあ、何があったかは別にいい。けどよ、反乱軍リーダーがこんな顔したまんま、天界にいって三騎士を倒せると思ってるのかよ」
「それとこれとは」
「別じゃねえよ」
ぽんぽん、とカノープスはソニアの両肩を叩いた。
ああ、なんでこんなにこのバカな小さなリーダーに俺はかまっちまうんだ?そんな自問自答への答えは簡単だった。
明らかに、ソニアが一番感情をさらけ出しているのは自分に対してだし、カノープスだってそれがわからないほどの年齢ではない。
俺はこいつのことがわかる、なんていう変な自信があるわけではないけれど、多分、他のやつらはわからないんだろうな、とたまに思うことがあるのは事実だ。
手を貸してやりてえな、と思うくらいにはソニアのことを好ましいと思っているし、単純に一緒にいるのも楽しいと思ってしまう。
「本当は口に出すのが一番かもしれねえけど、わからないってお前がいってるんだから、言えるわけもねえよな。でも、わからないものだったら、明日までに解決するかどうかだってわからねえんだろ」
「・・・戦のときは、別だ」
「そうできるのかよ?本当に」
「・・・出来る!」
カノープスは、実はもしかしてそうではないかと思っていたことがあったけれど、それを言うのは博打に近いものだとわかっていた。
ソニアの様子がおかしいと思っていながらも新兵の訓練をしていた。そのちょっとちょっとの合間に、カノープスだって考えなくもなかった。ソニアの今日のこのイライラの原因は、どういう事件があったかはわからないけれど、それをおこした張本人がランスロットではないのだろうか、ということくらいはカノープスも想像をしていた。
「信じていいのか」
「・・・やる。今までだって、やる、といったことは、やってきた」
その言葉を聞いてカノープスは顔をしかめて、深いため息をついた。
「そーじゃねーだろ・・・。やるかやらないか、とか、出来るか出来ないか、だけじゃあねえよ」
「どうしてだ」
「どうした方が、お前にとっていいのか、っていうことだ」
ソニアはカノープスが何を言っているのかわからない、といういつもの困ったような、不思議そうな表情をむけた。
けれど、いつもならばどういう意味なのかきちんと説明してくれるカノープスが今日は説明をしてくれない。それが一層ソニアを不安にさせて、動揺させた。
「あたしにとって、いい・・・?だって、やれるなら、やった方がいいって決まってる・・・」
「それは、反乱軍リーダーとしての話じゃねえのかよ」
「・・・何が違うんだ・・・?」
「お前・・・」
本当はカノープスはせつなくなって、どうにも仕様がなくなっていたに違いない。けれど、彼は彼らしい持ち前の気力で苦笑して
「ほんっとにバカだな!お前って!」
せめて、この言葉にのって、八つ当たりではなくて本当に怒ってくれるぐらいならいいのに。心の奥でそんなことを思いながらカノープスはソニアをあおった。
「なっ・・・バカとは何だ!いっつもカノープスはそうだ!あたしのことをすぐ馬鹿馬鹿って・・・」
そして一瞬それが成功したかと思ったけれど。
「・・・あ」
「・・・」
「あー!悪い、悪かった!前言撤回!うっわー、逆効果だよ・・・」
ぼろぼろとソニアはその場で泣き出した。声は決してあげずに、唇を噛み締めて。目を見開いて、時折ぱちん、と思い出したように瞬きをすると、そのたびにぼろぼろっと涙がこぼれ落ちる。
以前、ランスロットと口論をして半泣きだったソニアはこんな泣き方ではなかった。
と、角を曲がって歩いてくる兵士(よく見るとそれはヘンドリクセンとガストンだったのだが)に気付いて、あわててカノープスはソニアの手から洗いたてのランスロットのマントをもぎとった。
「畜生め!」
「うわっ!?何をする!カノープス!」
「仕方ねーだろ!」
ばさっとソニアの頭からランスロットのマントをかぶせて、いつも通り小脇に、まるで手荷物のようにカノープスはソニアを抱えた。頭から腰までを布で覆われて、突然ひょいと抱えられてソニアは足をじたばたさせる。
「カノープス!離せ!!」
「そーゆーわけにもいかないんだよ!」
「こらー!!」
叫びながらも、多分布の下でソニアは泣いているのだろう。
一体何がおきているのだ、といぶかしんでいるヘンドリクセン達から離れるようにカノープスは走り出し、とりあえず屋敷の玄関から外に出た。ソニアはまだじたばたしていたけれど、一向にそれは構わず、ばさっと昨日今日本当に疲れているはずの翼をカノープスは広げる。
「落ちるから、もう暴れるな」
「カノープスっ」
「飛ぶぞ」
「きゃああああああああああ!」
飛ぶことに慣れていないわけではないけれど、頭から布をかぶってまったく視界が利かない状態で、自分からはカノープスに捕まることも出来ない。そんな状態で空中に浮かぶことはさすがに恐怖だったらしく、聞いたことがないような悲鳴をソニアはあげた。
それがあまりにおかしくて、カノープスは飛び上がりながら爆笑する。
「あっはははは、お前、なーに可愛い声出してるんだよ!」
「カノープス!やだやだ、こ、恐い!本気で恐いーっ!」
「ちっとおとなしくしてろ」

二階に与えられた部屋から夕日を見ていたフェンリルは、玄関から彼らが出たところから一部始終眺めていてくすくすと笑っているのだった。


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モドル

あと一回とか言ってたのですが、思ってたよりもオーロラの説教が長くてびびりました(汗)
一応最近は、全画面表示したときにPageDownキー6回〜8回分を1ページにおさめる目安でアップしてるんですが、ソニアの会話は短い言葉を何度もやり取りすることが多いので縦長になっちゃう様子です。(っていうか、そんな長さを1ページにしてアップにしてる人あんまりいないよ)
本当に次回でこの話は終わりです。ぐはーっ、一気に書いちゃいたいのですが。
本当はオーロラの役目はアイーシャにさせたかったのですけれど、もっと古株の仲間でなければ説得力がないような気がして敢えてオリキャラにお願いしました。が、アイーシャだと思って頂いてもいいです(苦笑)