炎と氷-2-

ガストンが城塞都市フデリックで手に入れた情報は自治都市タウデニで待っていたソニア達を驚愕させるものだった。
「シャングリラと呼ばれる天空の島が帝国軍の手に落ちたという話です。しかも、その島がゼノビアの方向に移動しているという噂が。おそらく強い魔力によるものと思われます」
「シャングリラ?」
ソニアはフェンリルを見た。フェンリルは顔をしかめて、
「正義を司る女神フェルアーナの神殿がある島よ。・・・三つの秘石を持つ者の前にフェルアーナはその姿をあらわす。と言われている。その島すらを下界の闘いに使おうというのか・・・?」
「・・・その島を、ゼノビアにおとそうという魂胆らしいのです」
ガストンの言葉に一同はどよめいた。
今自分達がいるような、この天空の島を下界におとす?
その行為のみならず、帝国がもっている、それを実現できるほどの底知れぬ魔力にソニアは身震いをした。
「しかし・・・今ゼノビアに島を落としたって何になるってんだ」
カノープスは肩をすくめる。
「別に何も帝国軍はいいことないだろ。あいつらが潰したいのはあくまでも反乱軍じゃあねえのかよ」
「あたしもそう思う」
ソニアは難しい顔をして考え込みながらそう答えた。ランスロットが静かに
「が、我々が情報を得たように帝国軍も情報を得ているのではないのか」
「何の?」
「・・・トリスタン皇子が生きている、と」
一同ははっとなってランスロットを見た。唯一フェンリルだけは「誰だ、それは」という表情でとりたてて感銘をうけた様子もない。
「ソニア殿も言っていたではないか。もしもトリスタン皇子を探し当ててゼノビア王朝を復権するのであれば、地理的にも歴史的にもそのまままたゼノビアを王都と制定するのが一番よいのではないかと。帝国軍もそれを知っている」
「しかし、そんな先のあてもないことのために」
「少なくとも我々はそう思って、ウォーレンも少し前からゼノビアで準備を整えさせている」
「・・・」
ソニアの表情が変わった。
そんな話は聞いていない。
けれど、ランスロットが何の躊躇もなくその言葉を発したことで、彼らの動きは彼らだけのもので、反乱軍とはまったく異なる人間を動かしているのだろうということが予想できた。それであればあまりソニアがことを荒立てるいわれはない。
前々からソニアは、トリスタン皇子を探してこの戦を終えた後のゼノビアをすべて委ねたいと言っていた。それは、彼女が戦後の政に一切介入するつもりがないからだし、そんな才能があるとも思ってもいなかったからだ。
そうであれば、誰かは戦の後のことを戦中から手配しているのは当たり前だ。
この旅はまったく終わりが見えない状態だし、皇子の情報もまだそれ以上はいってはきていない。
けれど、どういう形であっても反乱軍が勝利すれば政権は「どこか」に移動するのだ。
その「どこか」のためにウォーレンとランスロットが動いていても、それはソニアには非難出来ないし、当たり前のことだった。
実際に彼らは多くの地域を帝国軍の圧政から解放していたけれど、ソニア自身がその土地のその後の運営を指示することもなければ考えることもない。それはいつもウォーレンやランスロット、そしてその地域の都市代表者たちに任せている。
それとまったく同じことだ。
同じことだけれど、すこしばかり寝耳に水という感覚はソニアにあった。
(・・・ああ、そうだな。ランスロットはゼノビアの騎士だ。反乱軍リーダーという肩書きしかないあたしとは違うんだもんな)
「なんだ、んなことしてたのか」
簡単にソニアの物思いを破ってカノープスがランスロットに聞いた。
「ああ。が、それが変に帝国軍に勘繰られたのかもしれない」
「・・・どっちにしても」
ソニアは顔をあげた。
「そっちのを阻止するのが先になってくるかもしれないな。どんなに人数がいたって出来ることは限られていて優先順位をつけなければいけないものな・・・。もう一人の・・・なんだっけ?シグルドとかいう島にいるフォーゲル様のことは後回しになりそうだ。そんな、ゼノビアにこんな島を落とされたらたまらない。ゼノビアにいる人間はもちろん・・・その、なんとか、という島にいる天界の人々も無事でいられるわけがない。女神の加護があるのかないのかはわからないけれど・・・」
それからはっとなって
「フェンリルさま、その、なんとかっていう島は・・・オルガナからここに来られたように、ここから、とか行けるのでしょうか」
その問いかけに対してフェンリルはゆっくりと首を横にふった。
「ここからは、いけない。シャングリラへの道は、同じ天空の島同士でも開いていない。あの島こそ、選ばれた人間のみが行くことが出来る天空の・・・最後の楽園なのだ」
「ということは」
「けれど、オルガナに来たときのように下界からシャングリラへ繋がる道標はないのよ」
「・・・では、どこに」
ソニアは少し喉が渇いたな、と思いながら言葉を出す。
自分の中のあせりが、体に伝わって体すらも不自由にするような気がした。
「・・・選ばれし者を導くためのゲートはなかったはずだけれど・・・スルストに聞けば何か方法がわかると思う」
それは、フェンリルは知らないということだ。
「ってことは、嫌でもスルスト様には正気に戻ってもらわないといけないってことですね」
「そうね・・・それと、どの程度の速度でシャングリラが移動しているのかを調べた方がいいと思える」
「そうですね」
選ばれし者。その表現をされることにソニアは未だに抵抗があった。何かが肩にのしかかってくるような気もしてしまう。
女神フェルアーナの神殿があるシャングリラ。自分はそこにいくことが出来るのだろうか?反乱軍はみなソニアに何もかも期待をするに違いない。自分がそれを為し得る力があるのか、ソニアは心許なくて一度目を伏せた。それから、ゆっくりと開いて。
「ともかく」
それでも、今自分が思い煩わなければもっと目先のことだ。
今から自分達は天空の三騎士のひとり、スルストを正気に戻さなければいけない。
「ソニア様、もうひとつご報告があるのですが」
ガストンは困ったように声をかけた。
一番先にあまりに重大な報告をしてしまったために、続く報告が途切れてしまったのだ。
「ああ、まだあるのか、なんだ」
「城塞都市タニスにムスペルム騎士団が逃げ延びてきたそうです」
「なんだって?オルガナのときのようにラシュディの魔力で幽閉されていたんじゃないのか」
それには、ムスペルムからオルガナに逃げ延びた騎士が驚いて叫ぶ。
「いってみる?何か情報をもらえるかもしれないし、スルストを正気に戻す手助けをしてくれるかもしれないわ」
「・・・そうですね。いってみるか。どうだろう、ランスロット」
「ああ、いいかと」
そのとき、斥候で出ていたアイーダ隊のナイトが彼らのもとに走ってくる姿が遠目に見えた。
「伝令です!帝国兵らしき影がムスペルムの方向から近づいてきています。その数、およそ3部隊数と思われます!」
「行って来ますわ。ガストン達はお疲れでしょうし」
ソニアが何も言わなくてもノルンがそういって微笑んだ。
「頼む。ノルンとアイーダにまかせて、いいかな」
「はい。それでは、行って参りますわね」
ノルンは軽く一礼をすると、メンバーを引き連れてムスペルムの方向へむかっていった。自分の部隊ではスルストと交戦することはまずありえないだろうから、他の帝国兵を引き受ける役目を担っている。そのことをとっくにノルンは理解していて、フェンリルとソニアの部隊に負担をかけまいとしてくれているのだ。
そういう気遣いはありがたいな、とソニアは思う。
「それが落ち着いたら、ムスペルム騎士団と合流してからムスペルム城に向かった方がよさそうだ」
「そうだな、それがいいだろう」
とランスロットは同意をする。

タニスにいくのには貿易都市インサラー側から回ることになった。最短距離では山間の道が多く、更には休憩できそうな都市も他にない。ルート的には結局ムスペルム近くを通過することにあまり大差はないけれど、ほんのわずかに迂回することになる。時間は多少かかるけれど、スルストと一戦を交えるのにフェンリルのところに勝負を挑んだときのようなバクチをするつもりはソニア達にはなかったから、悪いことではない。
途中でグリフォンやバルタンを含んだ帝国軍部隊に追撃され、ガストンの部隊はともかく他の部隊は追いつかれてしまった。この調子でタニスに行っては、夜になる。であればムスペルム攻略は嫌でも明日になるとソニアは判断した。
「オハラ、がんばったな」
面倒くさがって他の部隊に頼まずソニアは自分で帝国軍の一部隊を撃破した。わざわざ反乱軍のリーダーが迎撃をすることはないだろうとランスロットは渋い顔をしていたけれど、オハラを慣らそうというソニアの心遣いがあることを知っていたので仕方なく承知をしたようだ。
「ありがとうございます」
「いや、ホント、オハラ頑張ってるじゃねえの」
とはカノープスだ。
「グリフォンのウィンドストーム、あんまりダメージ受けてなかったようだな。安心したよ」
みなから声をかけられてオハラははにかんで微笑んだ。
「とかいってるうちに、また来たぜ?今度はレイブン部隊らしい。その後ろにも影が見える。他にもやってきてるらしいな」
カノープスが呑気に言う。ソニアは眉をひそめた。
「早くタニスに行きたいのに。これじゃあムスペルムを迂回したってのに消耗ばかりしてしまう。だらだらと戦闘をしながら移動するのは気疲れがするし」
「そうだな」
目の前には山間部が見えており、それを越えればタニスだということはみな知っていた。もう目と鼻の先までうまくムスペルムを迂回できたのに。オルガナを攻略したときよりも部隊の動きは活発だな、予想外だ、とソニアは舌打ちを軽くした。あくまでも軽く。最近ついた癖は自分でも知っている。ついついやってしまうから癖なのだろうが、本人は出来れば直したいと思っているのだ。
「仕方ない、ここいら辺でイッパツみっちり迎撃してしまった方がいいか」
「その方がいいかもしれない。あまり都市に近いところで戦闘をするのはよくないだろうしな」
「そうだな」
そのとき、先行してタニスに向かっていたガストン隊が引き返してくる姿が見えて、ソニアはいぶかしんで目を細めた。調度ランスロットもそれを発見したらしい。
「どうしたのだろうか」
「でも、敵兵をみつけたときの動きじゃあない・・・。アイーダ、ちょっとここで帝国軍を迎撃してくれ!あたし達はガストンと合流する!」
「了解いたしました!」
ガストンは、例のムスペルム騎士団の男と共に先にタニス入りをして今日の野営所を確保しておくはずだったのに。
「カノープス、速度あげてくれ!」
「はいよ」
また人使い荒いぜ、と冗談で笑いながらカノープスは翼を羽ばたかせた。
ガストンはワイバーンに乗っているから、こちらから近づいていくとものすごい勢いで近づいてくる。
「あ・・・後ろに、何か見えませんか?」
最初に気付いたのはオハラだった。向かってくるガストン部隊の背後に、黒い点々がいくつか動いていた。ガストンと同じようにこちらに向かっているように見えた。もちろん動いているからには生物に違いない。帝国軍なのだろうか?
「ソニア様!」
ワイバーンを操りながら先頭に乗っていたガストンが、身を乗り出すようにしてソニア隊に向かって叫んだ。
「ガストン!一体どうしたことだ!?」
「ムスペルム騎士団が帝国軍迎撃のために出撃してくれました!」
「何!?」

タニスの街が見える頃にはもう夜になっていた。そこで潜んでいたムスペルム騎士団がソニア達が来たことを知って動き出したのだ。
自治都市タウデニの代表者が気をきかせてくれてそっとタニスに使者を派遣して、ソニア達がタニスに向かったことを知らせてくれていたらしい。商人に化けた使者はコッカトリスでわざわざ商売道具を積み込んでまで帝国軍の目を盗んだ様子だ。
「フェンリル様!」
ムスペルム騎士団に追撃してくる帝国軍を任せてソニア達はやってきた。タニスに入る手前にも騎士団が駐屯していて、ソニア達を追ってくる帝国軍を撃破する用意は万端に整っていた。完全に野営の準備が出来上がっていて、ムスペルム騎士団が全面的に協力をする体勢を作ってくれている。
どうも、ムスペルム騎士団をかくまっていたのはいいけれど、タニスの民衆は自分達が戦に巻き込まれていることを恐れているようだ。それを回避するために、ソニア達はタニス入りをして休んで欲しいけれど、帝国軍の進撃はタニス手前で食い止めた方がいい、というムスペルム騎士団の判断だ。が、ソニアはそうであれば自分達が町中にはいっていくこともよくないと思い、ムスペルム騎士団を共に野営をすることに決定した。
「フェンリル様!」
「ああ、知った顔もあるわね」
フェンリルは小さく笑顔を見せた。
オルガナに縛られていた彼女ではあるが、時折スルストが数人の騎士団員を連れて自分に会いに来てくれていた。そんなに人間の顔を覚えるのは得意ではないけれど、折角来たのだから、と剣の腕を試した人間のことはフェンリルも覚えている。
「一体、どうなっているの。ラシュディに幽閉されていたのではなくて?」
その言葉はオルガナ騎士団が、ラシュディの魔力によって幽閉されていたからだ。やり方を場所によって変えるとは思えない。
野営地に集っていた騎士団部隊数はおよそ7部隊。また、帝国軍の追撃に出陣している部隊が3部隊。計10部隊がムスペルム騎士団の今の最大数だ。
簡易テントをはった野営地にいた騎士団員でフェンリルを知るものはみな年長組らしくて、他の団員に命令をせわしなくしている。
7,8人の騎士がソニア達を迎え入れるように出て来てくれた。
「よくフェンリル様を連れて来てくれた」
と、一人の騎士が、傷つきながらオルガナに辿り着いた騎士に声をかける。
「恐縮です」
「本当は私もラシュディに術をかけられていたのだけれど。ここにいるソニアがブリュンヒルドをもって天界にあがって来てくれて、助かることが出来た」
「なんと、フェンリル様も・・・なんですって、ブリュンヒルドを!?それでは・・・」
「だから、私もオルガナを離れてここにいることが出来るというわけだ」
そういってフェンリルは小さく笑った。それから困ったようにしているソニアの腕をひっぱって騎士団員に紹介をした。
「彼女がソニア。私の罪を消してくれた選ばれし勇者。彼女たちの力で私もラシュディの呪縛から逃れることが出来た。ここでも何がおこってラシュディがどんなだったのか、話を聞かせてもらえるわね?」
「はっ・・・。ムスペルムにようこそ、勇者ソニア」
「ようこそ、ブリュンヒルドをもつ勇者よ」
口々にそんなことを言ってソニアに挨拶をしてくる。それへいちいち答えるもの面倒で「ソニアだ。よろしく」としか彼女は答えない。ムスペルム騎士団も、あまり愛想のないこの小さな勇者をどのように扱ってよいのか判断しかねている様子だ。
と、そのとき
「フェンリル様の罪を消してくださってありがとうございます。これでわれらが主もお喜びに・・・」
と、ひとりの騎士団員が口にした瞬間、周囲の騎士団員の顔色が変わった。叱責の声をあげようとした年長者らしい騎士団員にフェンリルはすぐさま手をあげて
「余計なことを。まあ、いい。・・・そんなことより、少しこちらの兵も休ませたいのだけれど」
「は、はい!あちらのテントをふたつご自由にお使いください」
「ソニア、必要な人間だけ選んで、騎士団員と情報交換をしましょう」
無理矢理フェンリルは話しをそらそうとしているように早口でまくしたてた。ソニアはそれに違和感を感じたけれど、今やらなければいけないことは確かにそのことだったから、あえて何も言わずにうなづいた。
「ランスロット、それから各部隊長を残してあとはみな休んでいてくれ」
ほんの一瞬だけ。
ランスロットの名前を呼んだとき、自分の声がうわずったような錯覚をソニアは覚えた。
今の今まで忘れていたというのに、名前を呼んだ瞬間に思い出しそうになってしまう。
それと共に戻ってきそうな、ランスロットを意識してしまった自分を感じて、ソニアは軽く首をふってその思いを振り払うのだった。
今は、そんなことを思っている暇はない。少なくとも、ムスペルムを解放するまでは忘れていたい、とぎゅ、と拳を握りしめてソニアは自分に言い聞かせるのだった。

どうやら話を総合すると、シャングリラの移動が始まった頃にラシュディからほどこされた幽閉のための魔法陣の威力が弱まった様子だった。やはりどれもこれもラシュディが核をなしているということが明らかになる。
「っていうことは、シャングリラを動かしている魔力も、ラシュディのものなのかな」
「一概にはいえないが・・・そう考えるのが妥当でしょうね」
フェンリルは美しい形の眉をひそめた。
「もしかしたら、スルスト様へのチャームの威力も、落ちているかもしれない」
とソニアがいうとちょっとだけノルンが首をかしげた。
「そもそもチャームの魔法というものは永続的なものではありませんし・・・通常は術者が一定以上離れればその効果は薄れます。それは普段の戦でおわかりのことと思うのですが。けれど、このとおり遠く離れてもラシュディの術の威力は持続しておりますもの。普通の魔法と同じようには考えてはいけないのかもしれませんわね」
「それはそうかもしれないな・・・」
「まあ、ともかくどういういきさつでもムスペルム騎士団が自力で呪縛を解いてくれたことはありがたい。とても力強い」
そういってソニアはムスペルム騎士団の何人かの騎士ににっこりと(本人はそんな意識はないが)笑いかけた。
彼らはまだこの少女がブリュンヒルドをもつことを信じられないようで、一応「ソニア殿」だとか「勇者ソニア」だとか言ってはいるけれどとまどっていることには間違いない。
「そ、そうおっしゃっていただけて恐縮です」
「きょーしゅくすることないのに。ホントのことだもんな」
とソニアはランスロットに同意を求めた。ランスロットは力強くうなづく。
「こちらも下界のことがあるゆえ、大人数でくることは出来なかった。それゆえの少数精鋭なのだが、やはり心許なくて不安ではあった。ご尽力、感謝する」
そういって頭を下げるランスロットをみては、どっちが勇者なのかわかったものではない。
ただ、彼らとてフェンリルの強さを知っているから「女なのに」とかそういった偏見があるわけではない。あくまでもソニアがどうみても大層なものには見えない、ということだった。
「それじゃあ、明日はどうしましょうか、フェンリル様。とりあえずムスペルム騎士団に帝国軍は任せておいて、当初の予定通りにあたしの部隊とフェンリル様の部隊でスルスト様をぶん殴ってきますか」
「ぶん殴るとは。もう少し言葉を選ばないか。仮にもスルスト殿の部下の前だぞ」
とランスロットがソニアをたしなめた。
「だって、そうじゃないか。ぶんなぐってすむなら、切り付けるより余程ありがたいだろうし。・・・でも、無理だろうな・・・。フェンリル様を正気に戻すときもかなり命懸けだったし・・・楽しかったけど。かといってここでも命を懸けるのはリスキーすぎる」
その豪胆な物言いにフェンリルも苦笑した。
「スルストはバハムートを前衛に配置してくるのでしょうね。そうであればまずはそれを排除することが先決ね。それをあなた達に頼んでもいいかしら、ソニア」
ソニアはちらりとアイーダを見る。アイーダは心得たとばかりにうなづく。
アイーダの部隊には、ちょっと前にソニアへ不信感を持っている様子がある、とオーロラが報告してくれたマーシーがいる。ソニアの戦いっぷりなどを見せるにはいい機会かもしれない。
「オハラがちょっと心許ないけど。あたしの部隊とアイーダの部隊で何度かアタックしましょう。・・・フェンリル様が、スルスト様と打ち合うつもりなんですか」
「無論よ」
それへはムスペルム騎士団がざわめいた。
「おやめください!スルスト様とフェンリル様の力がぶつかれば、この島は無事ではいられますまい!」
「あなた方の力では物理的に剣を合わせるだけでも大地は揺れ動きます!」
「下界の人間がもちこんだことは、下界の人間に任せた方がよろしいのではないでしょうか?」
大層なことをいうな、とソニアは呑気に思ったけれど、どうやら彼らの懸念は本気らしくて口々にフェンリルを止めようとする。
それをうざったそうに目を細めてひとしきり聞いてから、フェンリルは静かに、そして厳しく言った。
「わたしがやらずにして、誰がやる。三騎士の失態は三騎士によってあがなう必要があろう。下界の戦いに巻き込まれたことに怒る者達もいるが、そんな簡単な話ではない。この一大事には天界も下界も関係はない。どこであろうと強大な力を持つものがいて、秩序を乱すのであれば私は自分の力を惜しむことなく使うだろう」
その視線はとても鋭くて、ムスペルム騎士団はみな黙った。相変わらず物怖じしないでソニアは言う。
「そんなに、恐ろしいことになっちゃうんですか?フェンリル様とスルスト様がぶつかったら」
「さあ?やってみないとわからない。でも、そこまでひどいことにはならないわ。前にもいったでしょう。聖戦でもなければ力を出しきることなんてあり得ないから」
フェンリルは思いを馳せるように少しあごをあげ気味で瞳を閉じ、けれど言葉を続けた。
「最後にスルストと打ち合ったのはいつだったかしら・・・私達の力はとても拮抗しているから、チャームの魔法にかかったスルストがどれだけの力を発揮するのかによるわね・・・」
「きっこう?きっこうって、どういう意味だ?」
ランスロットに聞くソニア。いつもはカノープスがいればカノープスに聞くのだけれど。
今はまたランスロットへの意識を抑えることが出来ていて、ソニアはまったくいつもと変わらない態度で彼に問い掛けることが出来るし、自分がそうだということすら気にもとめていない。
「お互い負けないほどに張り合った状態のことをいうのだ」
「ふうん、きっこう。覚えたぞ」
きっこう、きっこう、とあと二回繰り返す。そうそう使う言葉ではないのだろうが、初めて知った言葉をいつも彼女は頑張って覚え込ませようとしているのだろう。くす、とガストンがそれを聞いて笑った。気付いてソニアは赤くなって
「仕方ないだろう。言葉を知らなくても戦争は出来てしまうんだから。あたしだって自分のもの知らずにがっかりしてるんだもの。
「ええ。存じております。笑ってしまって申し訳ございませんでした。ソニア様は、わからないことを恥かしがらずにお聞きしているのですごいと思いますよ」
とガストンは慌ててフォローをする。が、それに対してソニアは少しばかり恥かしそうに言った。
「聞かなきゃわからないもの。・・・でも、聞いても、自分ではなかなか使えないんだ・・・」
「使う必要がないから、知らなかったのでしょうし」
とはノルンからのフォローだ。ランスロットは薄く苦笑を浮かべた。
「まあ、少しづつ覚えていくだろうし知らないからといってそうそう困る言葉もないと思うけれど」
「うん。すまない。これからも話の途中で腰をおるかもしれない」
「そういう言い回しは知っているのだな」
ランスロットに的確に突っ込まれてますますもってソニアは困ったようににへらっと笑みを浮かべた。
「ウォーレンに教えてもらった。これも、今初めて使ってみた言葉だ。間違ってないか?」
「間違っていない」
「あーよかった」
「ふふ・・・」
そんなソニアに面食らったように見ているムスペルム騎士団の面々へフェンリルは視線を投げかけて、ちょっとおもしろそうな声音で言った。
「今、あなたたちが何を考えているか当ててあげる」
「は・・・」
「スルストが、好きなタイプかもしれない、ってね」
「いえ、その・・・」
「別にスルストをかばう必要はないわよ。あの男のことは、わたしが良く知っているから」
そう言ったフェンリルが少し寂しそうな表情を見せたのは、気のせいだったのだろうか?
ソニアはフェンリルの横顔を見詰めた。

「フェンリル様、お休みにならないんですか」
見張りや、帝国軍の迎撃をムスペルム騎士団に任せた一行は数時間の睡眠時間をもらった。
寝付く前に喉が渇いたと起き出したソニアは、鎧を身に纏ったままでムスペルム騎士団員と会話をしているフェンリルに気付いて足を止めた。
「ああ、別に寝なくてもあまり支障はないわ。昨日もたっぷり休ませてもらったことだし。あなたこそ休んだ方がいい」
騎士団員がソニアに頭を下げる。ソニアは間抜けに「こんばんは」なんていう挨拶をして火を囲んで座っている数人の輪の中にいるフェンリルの斜め後ろに立っていた。それを振り返ってフェンリルは小さく笑顔を作る。ソニアは曖昧な返事をした。
火に照らされたフェンリルの髪の毛はみたことがない色だった。銀髪にほのかな赤みが加わって、角度によって銅の色ほどにも濃く見えてしまう。そして、それと一緒に照らされた涼しげなフェンリルの顔立ちにしばらくソニアは見とれた。
「・・・ええ」
そのまま振り向いてくれたフェンリルをしばらくみつめていると、さすがにフェンリルの方が不審に思ったらしく
「うん?わたしの顔に何かついているの?」
「・・・違います。そのー」
「?」
「フェンリル様は、そのー、綺麗だなって思って」
そうソニアがいうとフェンリルは何を言っていいか困ったのか黙り込んだ。ムスペルム騎士団員達はみんなどうしていいかわからず、けれど何故か誰も同意をしないでちょっとだけ不安そうに二人の様子を見ていた。
「あ、あ、そのー・・・変ですか?」
「・・・変じゃないわ、ありがとう。わたしにそんなことを言ったのは、オルガナに幽閉されてからは・・・スルスト以来ね」
「・・・スルスト様以来・・・?」
「綺麗、とかいわれるのは好きじゃない。もともとはね」
「・・・気に触ったのならば、ごめんなさい」
ソニアは素直に謝った。
「ふふ、別にいい。・・・ソニアにいわれるのは、嫌じゃないな、何故だろう?」
それは。
ソニアは言葉を飲み込んだ。
スルストにいわれるのは、嫌だった、ということなのだろうか?
聞きたいとも思ったけれど、それはまた不快な話になってしまうのかもしれない。そう思うとソニアはどうしていいかわからず、少し言葉を失ってしまっていた。
それでも、炎に照らし出されたフェンリルは美しいと思ったし、それを黙っていることなんてソニアには出来なかったのだ。

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モドル

ってなかんじで、完全にランスロットへの感情はソニアの中で今は押し殺している様子です。
ところで、これを書いているいままさに、あたくしの部屋に黒い・・・カサコソ動く例のおそろしい生き物がいるんですけど。
山積みになっている資料の間にはいっていって、恐くて恐くてどうにも出来ません(涙)
たまに紙の下からかさかさ音が聞こえます。今から風呂はいって戻ってくるのがコワイヨーー!!!(泣)