炎と氷-4-

ランスロットが大広間にたどり着く一歩手前で、中からフェンリルの切迫した声が聞こえた。
「ソニア!!」
「・・・っ・・・!」
大広間の扉は開いていた。というよりも、彼らの力のぶつかり合いで壁がきしみ、扉は片方ふっとばされて、更にはもう片方も閉まらないほど歪んでしまっていた。普通に考えればこんな中でソニアが生き残っているとは思えない。
ズ・・・ンと重い音がして、ランスロットの足場にまで振動が伝わる。開きっぱなしの扉から、崩れた壁がごろごろと音を立てて吹っ飛んできてランスロットの足元に転がる。
「何が・・・」
注意しながら室内をランスロットは覗き込んだ。
「・・・!!」
彼の目の前に広がっていた光景は。
表面が崩れ落ちた壁の中に剥き出しになって並んでいる支柱、今でもぼろぼろと崩れ落ち続けている天井、それから。
フェンリルの腕の中に抱かれて倒れているソニアと、大の字になって床に倒れて、天井からこぼれ落ちてくる瓦礫に埋もれてしまいそうなスルストだった。
「ソニア殿!?」
フェンリルは顔をあげてランスロットを見た。厳しい表情だ。
「ああ、ランスロット来てくれたのか。早速だけど、彼女にヒーリングをかけて頂戴。わたしはすぐムスペルム騎士団に指示を出して医者を連れてくる」
「フェンリル様もっ・・・」
フェンリルの上半身の鎧は吹っ飛んでいて左の二の腕からはまだ出血が止まらず血が流れ続けていた。さらりと揺れた髪の下にちらっと見えたけれど、耳からも出血をしているようだ。どういう衝撃でそんなことになってしまったのかとランスロットは一瞬ぞっとして息を止める。それへ涼しい顔でフェンリルが早口でいった。
「これくらい。外傷なら、まだいい。早くソニアを医者に見せたほうがいい。下手したら全身の骨がやられているかもしれない」
「なっ・・・」
「それは医者じゃないと確認出来ないだろうから。ひとまず外傷だけでも治してあげて頂戴。すぐ手配してくる」
そういってそっとフェンリルはソニアを床に横たえる。傷口を気にもせずに歩き出すと振り返って
「ああ、そう、スルストは放っておいていい。しばらくは気がつかないだろうから」
と冷たくいい放った。ランスロットは何が起きたのかをまったく把握出来てはいなかったが、わかったのはソニアの状態が思わしくないこと、スルストが多分正気を取り戻したということ、そしてさすが三騎士といってもよいのか、普通の女性では気絶ひとつするような傷を負いながらもフェンリルがまったく動じていないこと、の三つだけはわかった。
そっとソニアの傍に跪く。
脈を取る。正常だ。速くもなく遅くもなく安定していた。
ソニアも胸当てと肩当てが吹っ飛んでいて、いつもよりもむき出しになってしまった鎖骨付近に小さな傷をいくつも作っていた。それよりも左頬に大きな擦り跡があって、転んだのかそれとも崩れて来た瓦礫にぶち当たったのかじわりと血が滲んだ跡があった。
左足のブーツは金具が千切れていて、足から今にも脱げてしまいそうだ。
「今は呼吸も安定しているな・・・。苦しんではいないのか?」
可哀相に。女の子なのに顔にこんな傷を負って。
ランスロットはソニアにヒーリングを行使した。
「・・・」
普段あまりヒーリングを施す事はないのだが、こんなに丁寧に集中していつも自分はやっていただろうか。
わずかにそんな思いが脳裏をかすめたけれど、ランスロット自身は自分のそんな思いに気付かぬふりをした。
誰にでも、公平にありますように。
それは、自分で自分に言い聞かせていた聖騎士としての心構えだった。
誰もが同じ命を持っていて、それを救う為に自分はこの術を行使するのだ。
この少女はゼノビアにとっては特別だけれど。
だからといってヒーリングの思いが変わるわけはない。彼は、もう一度自分に強く言い聞かせて集中をした。

ムスペルム城前に待っていた彼らのもとにやってきたフェンリルは、簡単にソニア自身のの状況だけを説明した。
ソニアが自分とスルストの戦いの間に入らざるを得ない状態だったこと、そしてそれゆえに衝撃に耐えられずに気を失ってしまったこと、どういう状態なのか予測がつかないが、最悪であれば全身の骨がやられていることも考えられる、と淡々と話すフェンリルに対してカノープスやアイーダは焦りの表情を見せた。それをフェンリルはあくまでも事務的に、有無を言わせないで彼らに指示を出した。
カノープスはソニアの傍にいきたがったけれど、そこでぐっと押し留まってアイーダと相談してムスペルム付近に残っていた帝国軍残党を一掃するように決めた。ムスペルム騎士団はフェンリルに状況を聞いて近くの腕のいい医師を連れてくる、と慌てて飛び立っていった。残ったガストンの部隊は、まだ物騒なムスペルム城前を見張っていることになった。
「ソニアの元にいきたいのでしょうけれど」
見透かしたようにフェンリルは残ったガストン達はっきりと皆に言った。それは、彼女が外に出て来て一番初めにカノープスに告げた言葉とまったく変わりはない。
「気絶している今の状態が幸せかもしれない。下手に彼女が気がついたら、辛い思いをするかもしれないから、医者がくるまでは広間に近づかないで出来るだけ物音も立てないように」
そういってフェンリルは残っていた自分の下半身の鎧もすべて脱ぎ捨てた。
「医者がきたら大広間に通して」
「わかりました」
ガストンは力強くうなずいた。フェンリルは小さく笑顔を見せて
「・・・あなたたちのリーダーはとんでもない器を持つ」
「えっ・・・」
「制御を失ったわたしとスルストの間に割って入れるような人間は、フォーゲルしかいないと思っていた。たいした勇者だ。どこで自分の命をかければいいのか知っている人間なのだろう」
「フェンリル様、それは・・・」
そういいながら背を向けて城内に戻っていくフェンリルを、ガストンとノーマンは見送る。
「どこで命をかければいいのか・・・」
ガストンがフェンリルの言葉を反芻していると、となりでふてくされたように座っていたノーマンがはき捨てるようにいう。
「命なんざかけたくねえよ。俺は死ぬつもりなんかこれっぽっちもない。負ける戦はつまんねえし、ごめんだぜ」
「ノーマン!」
ガストンは声を荒げた。その言い草は、まるで命をかけてまでスルストを正気に戻そうとしたソニアを冒涜しているようにガストンには聞こえたのだ。が、本当はそうではない。城門の壁に寄りかかって座り込んでいるノーマンは表情を変えずに更に言った。
「なのに、なんでいつもあのリーダーばっかり命かけないといけねえんだ?」
「ノーマン・・・」
「あんな、ちっこい女が。隊長よお、俺はゼノビアのスラム街で育ったからずっと貧乏で惨めな生活をしていたんだぜ。だから、神様なんてもんは信じちゃいなかった」
ノーマンはガストンを見ないまま続けた。
「だけど、天界ってもんがあって、選ばれたあのリーダーだけがそこへの道を開けて・・・そしたら、信じないわけいかねえよなあ」
「・・・そうだな」
「でもよお、おかしいじゃねえか」
「何が」
「だったら、神様ってのは、なんで」
それはとりたてて感情的ではなく、まったく平坦な抑揚のない言葉だった。けれど、それはノーマンの心を何も動かさなかったからではないことはガストンにもわかった。逆だ。ノーマンは今、心動かされてそれにとまどっているのだろう。
「いちいち、ひでえ目にあわないといけない勇者様に・・・あんなちびっちゃい女を選んだんだよなあ?そんなひどいことする神様ってのを、俺達は信じないといけないわけか?プリースト達がヒーリングするときに呼びかける神っては、一体何を考えているんだ?」
「わからない」
ガストンは穏やかに言った。ノーマンが自分の方を見ない事は百も承知だったけれど、ガストンはノーマンの方を見ながら言う。
「以前、まだノーマンがこの軍に入る前に」
思い出すようにガストンは少しだけそこで言葉を切って、どう説明しよう、と困った表情を見せた。それから
「祭りがあった」
「祭り・・・?」
「夜番だった俺は、祭りに参加する暇もなく夜番のために仮眠をとっていたんだ」
「・・・?」
そこで不思議そうにノーマンはガストンの方へ視線を動かした。
「寝ているときに、誰かに呼ばれて目を覚ました。気がついたらソニア殿が俺のベッドの上にのっていた」
「はあ・・・?」
「寝ぼけている俺の体にまたがって、全然邪気がない顔で言うんだ。夜番は自分が代わるから、ガストンは祭りにいってくるといい。おいしいものがたくさんあって楽しいらしいぞって。ソニア殿はいかないのかと聞いたら、もう行って来たからいいんだと。みんな楽しそうだからきっとガストンも楽しいと思う、なんてことを言ってた」
「・・・ふーん」
「強いとか強くないとか、選ばれたとか選ばれないとかいうことはあんまり意味があるとは思えないんだ、俺は。だけど、世界を探しても、あんなリーダーはいない。背負っているものは大きくて、あの小さな体ですごいと素直に思う。お前がいうように神様ってのが何を考えているのかはわからないけれど・・・わかるのは、世界にとっても俺にとっても、あの人だけが反乱軍リーダーなんだってことだ」

「ランスロット、どう?」
「外傷はほとんど消えましたが・・・」
そうっとフェンリルが入って来る。ランスロットはソニアの傍で音をたてないようにそうっと彼女の様子をみつめているだけだった。
「今、医者を連れてくるわ。あと15分もすれば到着すると思う。すぐ近いところに一人医者がいるから」
「そうですか・・・。一体、これはどうしたことです」
周囲の様子を再確認するように、ランスロットは首を動かした。それへはフェンリルは真剣な表情になって答える。
「悪かった。あなたたちの期待をわたしは裏切ってしまった。出来るだけ被害を出さないようにわたしに任せてくれたというのに」
そういってふう、とフェンリルは小さくため息をついた。
「打ち合っているうちに、どんどん力が出て来てしまって。多分、それはスルストがラシュディのチャームにかかっていて、術者の命令を遂行するために全力を尽していたからだと思う。スルストから出てくる闘気が異常に高まって・・・そして、それに感化されてこっちまで制御がきかなくなるほど力を出してしまって」
多分、想像を絶する事が起きたのだという事は、ランスロットにもこの広間を見ればわかった。
「そうであれば、スルストを正気に戻さなければいけない、と思っているわたしと、本気でわたしを殺そうとしているスルストでは・・・理性が残っているわたしの分が悪くなるのは当然だ・・・それをソニアは途中で感知した。そういうことには勘が鋭いわね、この子は。きっとそういう嗅覚が優れているのだろう。だから、ブリュンヒルドを持って、あれだけの衝撃を巻き起こしていた私達の間にはいってきた。一瞬の隙を突かれたスルストは、本気でソニアに一発剣を振るってしまった・・・それを防げなかったのは、足場が悪かったわたしの力量不足だ」
力量不足といわれても。一体どれだけ桁違いの力量の話をしているのかランスロットにはまったく想像もつかない。
「スルストの一撃で死ななかったのは、ブリュンヒルドのおかげだ。ブリュンヒルドがおおよそのダメージを跳ね返してくれて、それはそのままスルストを覚醒させるのに十分な威力だった。それほど本気の一撃がソニアに向けて発せられたのだろう。あの男も悪運が強い。自分が本気で放った技を返されては・・・しかも相手は聖剣だ。これもまた残念なことに、いつその力を見せてくれるか保証がない困った剣なのだけれど。ともかく・・・真っ向からスルストの力をうけてしまって、この中央から壁までソニアは吹っ飛んでしまったし受身もとれていなかった。それだけではなくて、スルストの一撃を生身の人間が耐えて・・・どうなるのかは、見たことがない。ああ、そうだ、うっかりしていた・・・内臓がどうなったか確認しないと。体の中で出血しているかもしれないわね」
そういうとフェンリルはソニアの服を静かに脱がせ始めた。驚いてランスロットはその場から少し離れて所在なさそうに、倒れているスルストを見ていた。。
「・・・う・・・」
上半身をフェンリルに持ち上げられて服を脱がされているときにソニアはうっすらと唇を開けてうめき声を漏らした。
「・・・うう・・」
それから、びくびく、と睫が震える。
「起こしてしまったわね。ごめんなさい、ソニア」
「う・・・」
ゆっくりとソニアは瞳を開ける。力なくぐったりとしている様子だ。焦点があっていない。ファンリルは丁寧にランスロットから見えないような角度で服を脱がせて、指では触れずに目だけで確認をした。
「今、内出血がないか確認するから、じっとしていなさい・・・どこか痛む?」
「体中・・・右腕・・・動かない・・・動かそうとすると・・・痛みが走る。左腕は変わりがない・・・首も大丈夫・・・」
何か怪我を負ったときに自分できちんとソニアは確認をする。それと同じように丁寧に自分の体をまさぐって(といっても左腕だけしか動いてはいなかったが)フェンリルに体重を預けた。
「もうちょっと、脱いで。うん・・・大丈夫かな」
フェンリルはソニアが自分では確認出来ない脇から背中にかけてを彼女の体の負担にならないように優しく見てやった。ソニアが本当は体を動かすことが億劫、という動きなのがわかって、出来るだけ体重をかけさせた状態で支えてやる。
「足は?ああ、無理矢理動かしたらダメよ、わかるわね」
「足は・・・動く」
そういって僅かに足をぱたつかせるソニア。何度か軽く足先まで動かしてみたのだが、次の瞬間
「・・・ぐあっ!?」
「どこ!?」
突然のソニアの声に驚いてランスロットは振り向いた。ぶわ、とソニアの額に脂汗が吹き出てくる様子がわかる。
「が・・・」
声にならないうめき声が、相当の苦痛を訴えていることをフェンリルとランスロットに教えた。
「あ、の、傷が」
「え?」
息も絶え絶えの様子になってソニアは忌々しそうに言葉を搾り出した。
「ガレス・・・っ」
ランスロットは慌てて二人の側に近づいた。ソニアの上半身はほとんどがはだけているけれど、それからは視線をそらして彼女の足元に近づき、そっと跪いて確認をしようとする。
「ガレスにやられた箇所か」
「どこのこと?」
「この、太ももあたりです。傷が見えていると思いますが」
「ああ、本当・・・」
そのとき、ソニアはようやくそこにランスロットがいるのを理解したようだった。それを嬉しいとすら感じた瞬間、やっと自分の状況が大体把握できるほどに頭が回ってきたのだろう。自分のこの状態をランスロットは見たのだろうか?痛みに苦しんでいるソニアには、ランスロットが自分の恥ずかしい姿を見たのかどうかすら判断はつかなかったから、彼が近くにいることを理解した途端に過敏に反応して身をすくませ、そして苦しそうにうめき声で言った。
「ランスロット・・・」
「なんだ」
「・・・どっかいけ・・・」
その言葉を聞いて、一体どういう意味なのか、と一瞬ランスロットは言葉を失ったけれど、僅かな間の後で冷静に答えた。
「・・・大丈夫だ、見ていない、が、そなたが嫌ならば外で待とう」
すぐさま立ち上がってランスロットは大広間から出て行った。それへは何もフェンリルは言わない。手早くソニアの太ももの傷を見られるようにスパッツをめくりあげた。かすかに残る傷口は開いてはいなかったが、その傷口の下で血管が切れたようだ。しかも、どうもかわいそうなことに、今足をばたつかせた反動らしい。さほど動かしたようでもなかったというのに。
「・・・内側ね。一体誰につけられた傷なの。外側より内側がひどかった傷なんでしょう・・・」
「とっくに治っているはずだったのに・・・」
「治っていたんだと思う。それは多分間違いない。でも、一度過度に傷を負った場所を体は覚えている。例え新しい細胞で構成されようとも、傷ついて破壊された細胞がその場所を刻み込んでいくのよ。スルストの一撃をくらったんだもの、古傷が痛むくらいならマシなほうね」
フェンリルは同情を含んだような表情でソニアを見た。
「血管が切れているなら、ヒーリングをかけなおしてもらえば多少治る。大丈夫、服は治すから、きちんとヒーリングをうけなさい」
「・・・オリビア達は・・・?」
ちょっと不安そうにソニアはフェンリルを見た。フェンリルは苦笑いをする。
「残党の様子を見にいってもらった。あまりここにみんなが残ってはわずらわしいからね。・・・あの聖騎士は、一人で戻ってきてくれたのよ。恥ずかしがらないでヒーリングをうけなさい」
そういってフェンリルはソニアの衣類の乱れを直してくれた。
「・・・いやです」
「ソニア」
「オリビアがいい」
「ソニア」
「・・・」
脂汗をかいてうめきながらソニアは意地になってそんなことを言った。フェンリルはそれはしばらく見てから
ぱちん
内出血がひろがるソニアの足を、少し力をいれて叩いた。途端、ソニアはびくん、と跳ね上がって叫び声を上げる。
「ぐああっ!!」
「ランスロット!ソニアの足にヒーリングをかけて頂戴!かなり痛むようだわ!」
「ず・・・ずっけえ・・・」
はあはあと息を荒くついてソニアは表情を歪ませてフェンリルを見るが、フェンリルの返事はあっさりとしていた。
「これぐらいじゃあ、死にやしないわよね?大体生意気だ。三騎士のわたしが優しくしてやってるっていうのに」
言葉は冷たいが、わずかに楽しそうな声音に聞こえる。
「・・・ぐ・・・き、きたねええーーーっ・・・・」
めずらしくソニアは口汚くののしりの言葉を吐いた。しかも、フェンリル相手に。フェンリルの声とソニアの毒吐きを聞いてランスロットは何事かと広間の入口から戻ってきた。
「ヒーリングをお願い。私は城門の様子をもう一度見てくる」
「は・・・」
「フェンリルさ・・・・」
あおむけになった状態で恨めしげな顔でソニアはフェンリルの名を呼んだ。
「文句は元気になってからいいなさい」
「・・・く・・・」
さらっとそう言うとすぐに背を向けてフェンリルは出て行った。脂汗をしたたらせるほどの苦痛の中で、ソニアは彼女にしては憎憎しげにその後姿へ最後の悪態を叫んだ。
「畜生!おぼえてろーーーーっ!!正気に戻すんじゃ、なかった・・・・」
「何を叫んでいるのだ、そなたは」
困ったようにランスロットはソニアの側に跪いた。股近くまで衣類をめくりあげられているから、ガレスに付けられた傷が完全にランスロットの目に入る。
「ひどい色をしている。少し待ってくれ」
そういってランスロットはヒーリングの詠唱を始めた。ソニアは、そのランスロットの様子をみて、どくん、どくん、と突然心臓が跳ね上がりそうな勢いで脈打ち始めたことに気付いた。まったく、散々だ。体は痛い、息は苦しい、ランスロットに傷は見られるは、どこまで服を脱いだ姿を見られたかわからないは、腕は動かないは、ソニアはまったく最悪だ、と心の中でつぶやいた。
どくん。
かあっと体が熱くなるのがわかってソニアは慌てる。
(うわーーーっ、ランスロットやめろやめろーーっ!なんで、なんで、なんで・・・このままじゃあ、関係ないとこからも血とか噴出しそう!!っていうか本気で危ないよ、絶対傷によくないよっ・・・)
そうっとランスロットの手が、ソニアの傷口近くに触れない程度に近づいた。その途端ソニアの体をヒーリングの光が包み、更にその傷口近くは強い光が見えた。
「痛むか」
「うん・・・痛む」
息を吐くソニア。何か意識をしすぎているのか、音に聞こえるほどの荒い息を吐くことすら恥ずかしい気がしてしまう。じっとランスロットをみていると、彼は集中している様子だ。当たり前だ。確かに彼はヒーリングを行使出来るけれど、本来は専門というわけではないのだから、プリースト達よりも集中力を必要とするのだから。その様子を見て、ランスロットが本気で自分を心配しているのだということに今更ながら気付いて、ソニアは少し落ち着いた。
「でも、いい、少し楽になった・・・ああ、右腕はやられているな・・・骨なのかなんなのか・・・剣を持つのに支障がないといいのだが」
それだけは避けたいな、とソニアは思った。自分は先頭で戦って何ぼ、のリーダーだと思っているから、自分が先陣を切れないなんてことを考えたこともなかったからだ。
「痛むのか」
「痛む。神経は通っているってことだな」
黙っていることに耐えられずにソニアは無理矢理言葉を出す。けれど、激しい消耗のためにすぐにぐったりとして瞳を閉じた。
「・・・まいったな・・・」
ぽつりとソニアは最後にそんなことを言った。何のことだ?とランスロットはちら、とソニアの顔を覗き込む。が、彼女は瞳を閉じているから、何を考えている表情なのかはランスロットにはわからない。
「うん?」
「人間って、死ぬ前に・・・色々思い出すっていうだろう」
「そのようだな。本当なのかはわからないし、死んだ人間には聞けないから、きっと細かく言えば・・・死にそうな思いをした人間は、という言い方になるのだろうが」
「・・・そうだな」
「・・・思い出していたのか」
「うん」
ソニアは困ったように瞳を開けた。目を閉じた顔をランスロットに見られているのも困るな、と思って無理矢理自分でこじ開けたのだ。案の定ランスロットは自分の顔を見ていた様子だ。勘弁してくれ、とソニアは苦笑いを浮かべた。
まだソニアの心臓はいつもよりは多少激しく鼓動をうっていて、それがランスロットに聞こえるのではないかと思うほどだ。
「思い出した。思い出したら」
「・・・」
「ここで死ねないということも、思い出した・・・生きていてよかった」
ランスロットは何も言わない。ソニアはまだ息は荒い。いつものランスロットだったら、もう話すな、ととっくに止めているような状態であることは間違いはない。声が時折かすれるけれど、ソニアは続ける。
「村で育ったこととか、家族のこととか。死んでしまった仲間のこととか、崖から落ちていった妹の姿とか・・・」
その言葉は初耳だった。けれど、ランスロットは動揺をかくしてソニアを見るだけだ。
「ポグロムの森で囲んできた死霊たちとか」
はあ、と苦しそうに一度ソニアは息をついた。汗が出る。この汗は痛みを我慢している汗で、そして無理矢理話しているのは痛みを緩和させるための言葉なのだろうか?そうではない。こんな姿の自分をただランスロットが見ている、という状況が耐えられず、ソニアは無理矢理言葉を出してしまうのだ。
「薄れていったと思える景色が、はっきりと見えた。それから」
それから。
ソニアは口の形をそのままにして、音を出すことを躊躇っているかのようにぴたりと止まった。
そのとき、どやどやというざわめきが聞こえた。多分医者が到着したのだろう。来たか、とランスロットは慌てて立ち上がって入口に向かって歩いていく。
「・・・」
その背中を見て、ソニアは自嘲気味に笑う。が、それも体の痛みのせいですぐに顔をしかめる。
今、自分は何を言おうとしていた・・・?
それから。

「呆れた。我慢ならない人たちばかりなのね」
とはフェンリルの言葉だ。医者と一緒にムスペルム騎士団とカノープス達、それからガストン部隊がどかどかと現れた。城門のあたりにはもうひとつのムスペルム騎士団の部隊とアイーダの部隊とワイバーンが残ってくれているようだ。
「・・・一体、これは・・・」
みな呆然として広間の様子を見ている。それはそうだろう。ソニアの容体を聞いてはいたが、それ以前にこんなことになるほど一体ここで何があったんだ、とカノープスがフェンリルに問いただす。それが面倒くさくてフェンリルはランスロットにあごをしゃくった。
その高飛車な態度へ別にランスロットはいらつかなかったけれど、カノープスはわずかにむっとした顔をした。それへたしなめるようにランスロットが
「・・・フェンリル様も、ああ見えてかなりの疲労のはず。オリビア、フェンリル様にヒーリングをかけてさしあげてくれ。ご本人はソニア殿の治療を最優先なさっているから、ろくな治療もしていないはずだ」
まあ、と驚いた声をあげてオリビアは崩れていない壁の側で疲れたように座り込んだフェンリルのもとへ走っていった。それからかいつまんでフェンリルから聞いた内容をランスロットはカノープス達に教える。そのとき
「があっ!?」
ソニアの叫び声が聞こえて一同ははっとなった。
「こりゃ、大変だな」
年老いた医師が呑気に言う。一緒にやってきたムスペルム騎士団が、暴れるソニアを押さえつけた。治療に伴う痛みのため、びくん、びくんとソニアは歯を食いしばって体をひきつらせる。それに気づいてノーマンは顔をしかめた。
「右腕はしばらく動かせぬぞ」
「な、んだって!?」
「安静に。そうだなあ・・・若いから、20日程度でどうにかなるかな」
「20日っ!?・・・ぐっ・・・」
ソニアが叫ぶと、医者は彼女の古傷のあたりを手当てした。
「ここと、ここと、ここ。骨にヒビが入っておる。それから、ここと、ここ。骨が曲がったようだ」
「・・・嘘ついてないか?あたしがおとなしくしないからって」
「医者を疑うとは不届き者だのう、このおなごは」
「ぐあっ!こ、このヤブっ!」
曲がっている、という箇所を何箇所か医師に押されてソニアは顔をゆがめる。が、どうやらそれも治療らしい。
「失礼な。こんなさまざまなケガをすべて見られる医者なんてもんはそうそういないというのに、まったく・・・ここは本当は一度開いてみっちり治療した方がいいのだが」
ぽんぽん、とソニアの太ももを軽く叩く医師。
「切って、縫うってことか」
「そうだな。・・・そなたらはしかし、下界に戻るのだろう。ここに留まる気があれば今日やらなくもないが・・・一度切り開いて治療をしたら、かなりの日数安静にしないといけなくなるぞ。それでもいいのかな」
「それは、困る・・・」
「ならば、下界の医師に頼んだ方がよい。まあ、人間同士の戦いで痛めるほどの傷ではない。災難だったの」
「うん。まったく災難だ」
とソニアは汗をぬぐいながら言った。それへ医師は笑う。
「さあ、お嬢さん、立ち上がるが良い。当分足はひきずるだろうし、右腕は上げられないだろう。くれぐれも、無理をしてはならんよ。自分の体の内側のことで、自分しかわからない。きちんと自分の中の声を聞いて、治してあげなさい。曲がった骨は治しておいたし、ヒビもいつかはくっつくことだろう。これを1日3回こことここに塗りなおしなさい」
それからいくらかソニアに治療について医師は教える。ついにソニアは観念しておとなしく聞いていた。立ち上がりはしたものの、確かに太ももは痛いし腕もあがらない。骨が曲がった場所の痛みはなくなったけれど、体中のだるさはとれるわけもない。
ひょこひょこと歩くと、まだ体のあちこちがじんじんする。けれど、それはかなり緩和されていた。
「先生ありがと」
「天界一の痛み止めが効いて、おとなしくなったか。一応礼程度は言えるのだな」
「うん。ヤブっていってごめんなさい。多分、先生は名医だ」
「ほう?」
くす、と笑うソニア。笑った途端、体の痛みにしかめっ面になってしまったが。左手で自分の左脇腹下の腰付近を指差す。
「ここの骨、実は前から曲がってたんだ。治ってる。ありがとう」
「・・・そんなことじゃないかと思っていたが。まあ、いいだろう・・・」
周りにいた、医師を連れてきたムスペルム騎士団にソニアは礼をいって、医師にもう一度礼をいってソニアはランスロット達の方へ近づいていった。真っ先に気付いたのはオハラで、ひょこひょこ歩くソニアの元まで駆け寄ってきて肩を貸そうとする。
「いい。癖になるから」
「でも」
「いいんだ、ありがとう、オハラ」
「ソニア様」
ガストンとカノープスが心配そうに見守る中、ソニアは妙な笑いを浮かべて彼らの輪の中に戻る。
「はは、情けない姿を見せてしまってすまないな」
「ばあか、なにきどってんだ!お前、わかってんのか、死ぬかもしれなかったんだぞ!?」
そんなカノープスの怒声とは裏腹に、明らかに彼はどこかほっとした表情だ。
「あんまり叫ぶな。骨にひびくよ」
それは本音だった。ランスロットは何も言わないけれど不安そうにソニアを見る。それに気付いてソニアは「大丈夫だ」といって、ぐるりと全員の顔を見た。
「さて・・・それはいいのだが」
ソニアは目をぱちくりさせてきょろきょろと辺りを見回した。フェンリルにオリビアがヒーリングをかけているのが見える。ふとソニアのことに気付いたようで、フェンリルもまた傷ついていない方の手をあげて軽く合図を交わした。それから、また辺りを見回して、なんだか広間中央のクレーター中心部の不自然に盛り上がっている瓦礫のあたりにごそごそとムスペルム騎士団が集まっているのを見つける。そして、ソニアはまたも呑気に言った。
「で・・・スルストは?」
みんなの視線が、その瓦礫にくぎ付けになった。どうも当初の目的を誰もが忘れていたようだ。

「・・・あれれ?ワタシはいったい何をしていたんデスカ・・・?」
むっくりと起き上がったスルストは、自分を囲むムスペルム騎士団を見渡して、まるで道化役者のようにぽん、と右手を丸めて左手の平に軽くうちつけて突然立ち上がった。がらがら、と彼にのっかっていた瓦礫が崩れる。そしてスルストはげほげほ、と何度か咳き込んでから頭を抱えて叫ぶ。
「Oh!ラシュディのヤローにチャームの魔法をかけらえて・・・。なんてこったいぃィ!!」
「正気に戻られたようですね」
ひとつ外側で輪になっていた反乱軍達は、どこかユーモラス(・・・といっていいのだろうか?)なスルストの動きと言葉に呆然として、みな笑えずに目を丸くしていた。もちろんムスペルム騎士団はみな真剣だ。
「スルスト様、この方々とフェンリル様がスルスト様を正気に戻してくださったのです。勇者ソニア殿です」
騎士団員の一人がそういって、ランスロットとオリビアの間にたっているソニアをそっと手で指し示した。
「Oh!ユー達がワタシを救ってくれたのですか!なんてカワイイ人っ!」
「おかげでひどい目にあいました」
ソニアあえてスルストが最後に付け足した賛辞を無視して苦笑いをした。彼女のぼろぼろの姿と広間の惨状を見てスルストはおおよそのことは理解したらしい。ぬっと一歩前に出ると、大きな体の割には可愛らしくぺこりと頭を下げる。
「三騎士の名誉を傷つけただけでなく、ユーたちには悪い事をシマシタ。ごめんなさいデス」
「まったくね」
と手当てを終えたフェンリルが冷静に言った。そこで初めてスルストはフェンリルの姿をみつけたように、両手を広げて叫んだ。
「Oh!フェンリルサン!何年ぶりデショウ!相変わらずお美しい!」
「あなたにやられて傷だらけなんだけど」
「いやいや、ノープロブレム」
ちっちっち、と大仰に人差し指をたててスルストは言う。
「どんな姿でもユーはお美しいですヨ。ワタシが保証します」
まったく的を得ていない会話だ。
「そんな保証はいいんだけど、彼女は命を張ってまであなたを正気に戻してくれたわ。どうしたらいいと思ってる?」
と意地悪そうに言う。スルストはしばらく考えるポーズをして、それから明るく笑って言った。
「そうデースッ!このワタシが力を貸してあげまショー。それがグッドデ〜ス」
「おい・・・これ、ホンモノなのかよ・・・」
こそこそとカノープスが、自分の目の前にいた騎士団の一人をつつく。
「は、はい・・・そのお・・・正真正銘我らが主の・・・赤炎のスルスト様です」
「どーなってんだ」
「いえ、どうにもなっておりませんよ・・・そのお・・・あれで普通なんです・・・」
そうこういっているうちに、勝手に話は進んで、あまりにも軽いノリで三騎士のひとり赤炎のスルストは仲間に加わった。
「Hey!ヨロシクッ!」
「ぎゃあああああーーーー!!!」
「?」
「右腕っ・・・勘弁してくれーーーー!!」
「バカ、スルストっ!!」
フェンリルの怒声が飛ぶ。ソニアの右腕に飛びついてスルストは無理矢理握手をした。その瞬間ソニアは痛みのあまりに叫んで本気で涙を浮かべた。本人は意識していないだろうけれど、なんとなくランスロットの方へ体を寄せて、はあはあ、と息をつく。慌ててスルストは手を離して
「Oh!これはワタシが悪かったデース!ううーん、カワイイ人、本当にごめんなさいデス。えっと、ソニア?」
「うう・・・そう呼んでください・・・」
しかし、ちょっと物足りなさそうにスルストは、今まさにひどい目にあわせてしまったばかりのソニアに追い討ちをかけるようにいった。
「握手がダメなら、抱きしめてもいいデスか〜?仲間になった今日の日の記念に」
「ダメだっ!」
「スルスト!」
「てめーっ!」
「スルスト様っ!」
もちろん上から、ソニア、フェンリル、カノープス、騎士団員、の声だった。何気なくカノープスが混じっているあたり、オーロラがいたらきっと笑っていたことだろう。


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モドル

恥ずかしくてスルストの「フレンド」発言と「100人チカラ」発言は削除させていただきました。行間に読み取ってください。(←誤用)
今回はノーマンもガストンもソニアへの愛を語っていて(笑)困りました。今思うと、どうしてガストンなんてキャラを作ったのかやっぱり永遠の謎なのですが・・・(汗)