夜の音

右腕を痛めてしまったソニアは、安静にしていろと言われたものの寝付かれずに困っていた。
その日のうちに治療をしてもらってその日のうちに安静を言い渡された。翌日もランスロット達はここムスペルムで情報を集めていて、そしてもちろんその間ソニアはいい子で待っているしかなかった。
明朝出発だからゆっくり休むといい、と言われたって、昼間ずっとごろごろしていたのだ。夜になったって彼女は寝付かれない。
そもそも、室内で何もしない時間というのはとても落ち着かない。
けれどわかっている。自分がこの部屋を出て行けばムスペルム騎士団員から止められるし、それでも抵抗すればきっとスルストかフェンリルが出てくるに違いない。
部屋の外では彼女を守るためにいつだって騎士団がいる。ランスロットがソニアの護衛は反乱軍でやる、と申し出たけれど、翌日また下界に戻る彼らに疲労を溜めさせる必要はないだろう、とスルストがそれを止めた。
確かにそれはそうだった。けれど、正直なところソニア本人がおちつかないのだ・・・。
「眠れないな」
むくりと起き上がってソニアは自分の腕を見た。
部屋は広く豪奢な作りだった。それがまた一層彼女の居心地を悪くしている。
天蓋つきの大きなベッドに、大きな出窓。窓からは月が見えている。
最初は出窓を開けて夜風をうけながらぼんやりとしていようと思っていたが、外には二階である彼女の部屋の下に見張り兵がいる。ソニアが窓を開けると気にしてしまうに違いない・・・そういう配慮からソニアはそれも我慢して身を潜めていたが、限界だった。第一、普段の彼女は短眠なのだし。
更に言えば、彼女には眠れない理由があった。
彼女の右腕は、本来ならばとてもではないが治る見込みがない、と。ここでおとなしく治さなければ動かなくなる。そう昨日フェンリルに言われた。
だからこそおとなしく今日1日は安静にしていたのだけれど、ソニアとて人間だから夜になれば色々と不安もつのる。
目を閉じると嫌なことを思い出して、もしもこの右腕がこのまま動かなくなったら・・・そんなことばかりを繰り返し頭は考え、嫌なイメージを繰り返し繰り返し彼女に刻みつけようと働く。眠りに入ろうとする瞬間に、突然そのイメージは昂じて彼女は汗をかいている自分に気付く。
ああ、これは。
シャロームにたどり着く前に追われて、家族を失って一人になって。
小さな薄汚い小屋の中で嵐を凌いでいたときの恐怖に似ている・・・彼女は自分でそう分析する。
「ダメだ!もう、限界っ!」
そう叫んで彼女はベッドから降りた。靴は普段のブーツは金具を止めるのが面倒なので簡単に着脱できるサンダルを用意してもらった。
そして、ふんわりとした生地で出来ている寝間着のまま(着替えるのも左腕だけでは不自由なのだ)なれない左手で腰に剣をつける。
不自由だろう、という配慮から頭からすっぽりかぶるだけの白い素材の寝間着はひざあたりまでの丈しかない。それは太ももに薬を塗るときに面倒でないからだ。案外と細かいスルストの配慮にソニアは驚いていた。が、そんな配慮はともかく何よりも軽い服で短い丈どいうのがソニアの気に入っている。眠ったりごろごろするのに髪を結んでいると結び目が気になるからほどいているが、案外とそれも邪魔なものだとこの2日でわかった。とはいえ切るわけにもいかないし・・・。彼女は左手にぐっと力を入れてそうっと扉を開けた。
「ソニア様!」
「どうなさいましたか。何かございますか」
「う、ううん」
案の定二人の騎士がそこにはいた。
ソニアは、さて、なんと言い訳をしようかと思案している。すると、先手をうつように
「退屈なさっていても、明朝までは安静になさってください」
「そうです、それに」
彼らは案外とソニアに厳しい。ムスペルム騎士団はソニアのことを歓迎はしてくれるけれど、あくまでも自分達の主はスルストだから主人の命が絶対だ。多分スルストに厳重に言われているのに違いない。
それに、反乱軍のリーダーである自覚をお持ち下さい、休むことも重要なのですよ
そんな言葉は昼間に何度か暴れようと試みたときに他の騎士団員に言われて耳にたこが出来ている。
ちぇ、と唇を軽く尖らせたソニアの耳に、予想外の言葉が飛び込む。
「そんな恰好でうろついて、スルスト様にみつかったら大変なことになりますよ」
「は?」
「そうですよ」
ソニアより年が5,6歳ほど上に思える若い騎士団員は真面目そうな表情で言う。
「あなたが女性としてのたしなみがある方でしたら、そんな恰好で出歩かないことですよ」
「た、たしなみ?」
予想外にもほどがある。ソニアは目を真ん丸くして口をぽかんとして二人の顔を見るだけだ。
「あー・・そのー・・。どうしてみんな、スルスト様があたしをどうにかするなんて思っているんだ?」
「そういう人だからです」
きっぱりと騎士団員が答えた。
「・・・わからないなあ」
「ともかく、ソニア様が出歩くことがないよう、ランスロット卿にも厳しくお言葉を頂いているのですから」
「ええっ?スルスト様じゃなくて?」
「スルスト様は・・・」
二人は途端に苦い顔をしてみせる。言いづらそうな表情に何か感じ取ったらしくてソニアはそれをつついた。
「なんで?スルスト様はなんだって?」
「・・・あなたが部屋から出たら、退屈しているのだろうから・・・」
「自分のところにでも連れて来いと・・・・」
「ですが、我々としては」
「その・・・主の性質にはほとほとまいっておりますので、これ以上揉め事は起こしたくないのです」
「・・・??」
ますますもって何を言っているのかわからない。ソニアは少し癇癪気味に
「よくわかんないけど、だからといってランスロットの言うことを聞く必要もないだろう。あたしは昨日から暇で暇でもう頭がおかしくなっちゃうんだ。動けないし動かないからお腹も空かないし眠りすぎたし。ちょっと散歩して体を動かすくらいいいじゃないか。心配だったら、ついて来い!」
「あっ、ソニア様っ」
ソニアはむくれて二人の前を駆け出した。
ついてこい、なんて言えるようになったのは、ちょっぴり彼女が大人になったしるしだろうか。

ソニアは二人に我侭を言ってムスペルム城を闊歩していた。反乱軍の仲間達はみな眠っているのか、歩いて出会うのは騎士団員のみだ。
別に誰と会いたいわけでもない。ただ寝付かれない、それだけだ。
ちょっとだけ足が痛むけれど、歩くのに問題はない。問題だと思えるのは右腕だけだ。
ソニアは、きちんと右腕を治さないとこのままでは使い物にならないくらいなのだ、とフェンリルに脅されてからは大事に庇っている。
けれど、これとそれとは別だ。眠れないのに眠れといわれ、しかも部屋にいろなんて不本意極まりない。
「ソニア殿!?」
てくてく通路を歩いて、二階と一階の間にある階段の踊り場から出られるバルコニーに出ようとしたときにソニアはよく聞いた、そして厄介な人物の声に反応した。ランスロットだ。いつもならば彼の声が聞こえるのは嬉しいけれど、こんなときに会うとろくなことにならない。それでなくともここ最近はソニアはどうも自分がランスロットを好きらしい、ということに気付いてから更に彼と会話をすると苛立つことが増えたというのに。
ソニアの後ろに控えていた騎士団員はランスロットに一礼をする。ランスロットも礼儀正しくそれへ返す。それから怒りを含んだ声で彼はソニアに厳しい表情で言った。
「何故こんな夜遅くに」
「それはこっちの言うことだ。どうして休んでいないんだ」
「今から寝るところだ。恥ずかしい話だが、夕方に一度うたた寝をしてしまってな」
「だったらあたしも同じだ。いいじゃないか、眠れないから散歩しているだけだ」
「そなたは安静にしていなければいけない身だろう。剣を腰につけたって右腕が動かないんだから」
「暴れてるわけじゃないからいいだろう。ランスロットはまた、会った頃の口うるさいランスロットに戻ったな」
そういってソニアはむくれてみせた。それへはランスロットは今日はひかない。
「そんなことでごまかそうとしても無駄だ。さあ、部屋に帰りたまえ。彼らだって困っているだろう」
「ランスロットが、彼らに、あたしを見張っとけって言ったのか」
「まさか。スルスト殿の命令で彼らは動いている。わたしはただ、ふらふらさせないで欲しいとお願いしただけだ」
「同じだ」
おやおや、これはかなりのご機嫌斜めだな、とランスロットはふう、と小さく息をつく。
無理もない、とわかる部分もあるけれど、それでも今だけは我慢して欲しい物だ、とも思う。
が、ランスロットとてソニアの扱いは最近は慣れてきたものだから、こういうときに意地になって押さえ込もうとすれば、更にひどく暴れるようになるか、折角部屋に戻っても苛々して寝付けなくなるかのどちらかに違いない、と想像をしてみた。
あまりどちらもいいことではないな、と思い、彼は折衷案を持ちかけた。
「・・・そながた寝なければ、私も寝ないぞ。安心できないからな」
「なんて変な脅し文句だ、ランスロット」
呆れた顔をするソニア。
「だって、眠れないんだもの。1日何もしないであのばかでかいへんちくりんなベッドの上にいるだけだぞ。床に座ってもなんかだだっぴろいし、ソファは座ると腰が沈んで、何かのときに素早く起き上がれないし、椅子はなんかじゅうたんみたいな模様で、居心地悪いんだ!」
それへはムスペルム騎士団員は苦笑をせずにいられない。
ソニアに「へんちくりん」などという言われ方をしている天蓋つきのベッドはかなりの高級品だし、床もぴかぴかに磨きぬかれた最上級の素材を使用している。それに広いということは悪いことではないはずだ。腰が沈むソファはご婦人方がいつも重いスカートをはいているから、とゆっくり体を預けられるソファがよいとスルストが以前特注したものだ。椅子の座る部分は一流の刺繍職人が丹念に針をいれた珍しい刺繍が施されているのだけれど、ソニアにはその価値がわからないらしい。
「それに、1日いてわかったんだけど・・・あの部屋、あんまり音がしないんだ」
それへは騎士団員が答えてくれた。
「あの部屋は、その・・・最上客をお通しする部屋ですから・・・外からの音も中からの音もあまり聞こえないようになっているんです」
意味がわからない、という表情をするソニア。
騎士団員の言葉には色々な意味が含まれているのだけれど、彼らもあえてそれを説明しようとはしない。察してくれ、といわんばかりだ。
それが天界の要人のことを指すのか、はたまたスルストが戯れに手を出した女性のことを指すのかはまったくわからなかったけれど、大方そんなところだろうとランスロットも多くは聞かない。
「ともかく、そういうわけで・・・それがおきに召しませんか?ご婦人方は大抵、居心地よいとおっしゃるのですが・・・」
「召さないよ」
ソニアは肩をすくめた。
「でも、部屋を変えようかってスルスト様に言われたときに断ったのはあたしだから・・・なんか悪くて言えなかったんだけど、今は後悔っ」
「音がしないことが、嫌なのか」
「・・・風の音でも鳥の声でもなんでもいい。音があったほうがいいに決まっている」
ソニアはそう言った。
「子供だって、子守り歌を聞いたほうがおとなしく眠るじゃないか。まさか誰かに子守り歌を歌えというわけじゃあないけれど、音がなさすぎるのは不安になるし、知らないうちに何かが起こっていそうでおちつかない」
ということは、彼女は自分が子供だ、と言っているのと同じなのだが。それへランスロットは苦笑を返して
「そうか、それではそなたに貸してあげたいものがある。あまりふらふら出歩かれてもこちらも落ち着かないから、ちょっと付き合ってくれないか」
「うん?」

騎士団員にも、彼らには彼らの任務があるから、ランスロットは決して「もういいぞ」と邪険に扱うことはしなかった。逆に、すぐに終わることだから面倒だと思うが一緒に来てくれないか、と言葉にする。この聖騎士のそういった細やかな心遣いは、時折ソニアの心を痛める。
ソニアは、自分がわがままだ、とは思わない。
彼女からすればいつだって正統な理由があるし。
それでもランスロットが見せる他者への気遣いは、まるで自分がとてもわがままな幼い子供であるかのように思わせる。もちろん、それがまったく間違いというわけでもないが・・・。
ランスロットがあてがわれた部屋についた。彼は穏やかに声をかける。
「少しの間、待っていてくれ」
騎士団は承知した、と扉の両側に立つ。ソニアは困ったように
「あたしも外にいていいのか」
「ああ。・・・いや・・・うーん、中に入ってくれ」
その間は「信用出来ない」という意味に捉えていいのだろう。それも仕方がないか、とソニアは思う。それに、怪我をしたソニアを外で立たせて待たせておく、というのもランスロットには気がかりに違いない。
「こんな時間にあまり女性を部屋にいれたくはないのだが」
その言葉をソニアは一瞬意識してしまって、かあっと全身の体温があがるような錯覚を覚えた・・・とはいえ、多少あがったのは事実だろう。
以前ならば、「なんだ、ランスロットはカタイなあ」なんて軽く思っていた言葉が、なんだか今のソニアには刺激的で嬉しくてそして恥ずかしくて、そう感じる自分が情けない。
ランスロットはそんなソニアのことを気付きもしないでさっさと中にはいっていってしまった。
部屋の作りはさすがに客室ではあったが、ソニアがあてがわれた部屋に比べたら何倍も普通で過ごしやすそうだった。「へんちくりん」な天蓋つきベッドもなかったし、腰が沈みすぎるソファもない。ソニアは喜んですぐ側にあった普通の椅子に腰掛けた。・・・多分、床に座るとランスロットが怒るだろうな、なんてことを思いながら。
「ちょっと待っていてくれ」
そういって、椅子の背もたれにひっかけてある、普段から持ち歩いている皮袋に手をかける。
そのときソニアは円卓の上に置いてあったきらきらとした美しい冠を発見した。
「わあ・・・ランスロット、これどうしたんだ?綺麗だな」
「ああ、そういえばそなたに見せるのを忘れていた。今日スルスト殿に見てもらって本物のマジックアイテムなのか確認してもらったのだが」
「マジックアイテム?」
「王女の冠、ドリームクラウンというそうだ。美しい細工だな。プリンセスというものに昇格できるとその男は言っていたが、どうも詳しいことはスルスト殿もご存知ないらしい。下界で調べた方がわかるのではないか、とおっしゃっていた。案外と天界には下界から流れてきたものもあるそうだから」
そういってランスロットは手を止めて、城塞都市チルファでドリームクラウンをくれた男の話をかいつまんでしてくれた。
「女性に必要なもの、か。気品と美しさ・・・ふうん?そういうものか。うん、そうかもしれないな」
妙に納得したようなソニアを意外そうにランスロットは見た。
「そう思うのか」
「うん、悪くない答えだと思うけど」
「・・・そうか」
ランスロットはそれでも憮然とした表情でソニアを見る。
「あっ、なんだランスロット。どうせあたしにはないと思っているんだろう!」
「・・・」
いや、そんなことはない、と即座に答えられるほどランスロットは器用ではない。けれどソニアは拗ねたふうもなく、そっとそれを左手にとってしげしげと眺めていた。暖かなランプの橙色の光に照らし出されて、銀細工がふんだんに施されたその小さな冠は美しく光り輝いていた。
ふと、そのときランスロットはソニアの指にはめられている小さな真珠の指輪に気付く。
いつもは手袋をしているからわからないが、その小さな小さな真珠は指輪に埋め込まれたようにはまっていて、手袋をする邪魔にはなりはしない。カストラート海でわかれたニクシーのエリザベートがソニアにくれた小さな真珠を加工した指輪だとランスロットは知っている。
女性なのだな。とそれを見てふと思った。
「プリンセスってなんだ?」
「わからない。ウォーレンに聞いてみるといいだろう。が、どうやらスルスト殿の話では、何の昇格もしていない、何の力ももたない女性こそを女性とみなして昇格をさせるのだという」
「言ってることがわからない」
「要するに、クレリックやヴァルキリーなどでは使用できないということだ。女性が持ち合わせている能力のうちのひとつを選んで特化してしまった者ではなく、まだこれから開花する、原石に与えるべきものだとスルスト殿はおっしゃっていた。あまり意味は判りかねるが、アマゾネスに与えればいいということではないかな。少なくとも、そなたは神に選ばれて洗礼をうけた人物だから何も起こらないとことは間違いがないけれど」
「へえーー」
ソニアはこれまた入念にひっくりかえしたり灯りにかざして見たりと飽きずに眺めている。
彼女は反乱軍リーダーになるときに、神の啓示をうけて人々を導くべき者、としてその力に特化した特別な力を認められた者として他の兵種になることを禁じられた。だから、どういったマジックアイテムでも彼女と神の契約を覆すものはないと言える。
「気に入ったのか」
「綺麗だなあ、と思って。ウォーレンに見せてから人を選ぶことになると思うけど・・・誰が似合うのかなあと思う。駄目なのかもしれないけれど、ノルンなんか、髪ほどいてこれをつけたら綺麗だろうね〜」
呑気にそういってソニアはまだ興味がつきないように見ている。気に入ったのか、という問いかけに答えはなかったが、気に入ったのだろう。
そうだ、それを見せたいわけではなかった、とランスロットは再度皮袋に手をいれてごそごそと探し物をした。
ソニアはちらりとそれを見て、よしよし、見てないな、と確認してからそうーっとランスロットに見つからないようにその冠を自分の頭にのせてみようと、慣れない左手で慎重に髪に埋め込むように置いた。その瞬間
「・・・・ソニア!何がおこるかまだわからないのだ!駄目だぞ!」
「わあっ!?」
目ざとくはっと気付いてランスロットが声を荒げる。驚いてソニアはびくっと体を震わせて、慌ててドリームクラウンをとろうとした。
が、あまりに精巧で緻密な銀細工の土台なので、そこにくせっ毛、かつ1日中ごろごろとベッドで布団との摩擦を繰り返していたソニアの髪はひっかかって絡まってしまっていた。
「いててっ」
「・・・・まったく・・・・」
「だって」
ソニアは真っ赤になっておどおどしている。ランスロットはソニアの手からドリームクラウンを没収して、一緒についてきた彼女の絡んだ髪の毛を丁寧に銀細工からほどいてやる。
あまりにもそれが恥ずかしくて頬が紅潮しているのがソニアは自分でもわかる。けれど、きっとランスロットは、怒られたことに対してソニアが赤くなっているとでも思うに違いない。案の定彼は苦笑まじりで言った。
「怒鳴って悪かった・・・女性は綺麗なものを身に付けるのが好きなものだしな。安全なものだとわかってからならつけてみればよい」
それへはソニアは恥ずかしそうにばつが悪そうに答えた。
「違う。ちょっとは気品とか、おこぼれをもらえるかと思っただけだ」
「・・・・」
「普通の女の人は、あのへんてこな部屋が居心地がいいらしいし」
ランスロットはどう答えていいものやら、と呆れてしまった。
けれど、きっとこれは彼女の本音に違いない。
だって、さっき冠を頭にかぶったていたとき、彼女はこの部屋においてある鏡とはあさっての方向を向いていたではないか。
「・・・慌ててかぶらず慌てて取らなければ、絡まないのに」
そういいながらランスロットは、なんとか絡んだソニアの髪をドリームクラウンからとってやって、そしてそっと彼女の頭に置いてやった。それからあまりそれに興味がなさそうにまた皮袋の中に手を入れる。
「・・・え?・・・」
かぶせてもらったソニアは驚いて硬直している。けれど、目の前のランスロットは何も言わず、しかもかぶせたソニアの方も見ないで袋から小さな木箱を取り出して円卓に置いた。
「どうだ?少しはそのおこぼれとやらに預かることが出来たようか?」
「・・・どうだろう、ランスロットはどう思う?」
「さあ。ただ少なくとも、わたしは気品やら美しさがすべてとは思えないからな」
ソニアは恥ずかしい気持ちになって左手でそれをはずそうとする。そこへランスロットが困ったように
「斜めにとろうとするから髪が絡まるのだ」
「左手だから、いつもと勝手が違うんだ」
「そうか」
無造作にランスロットはソニアの頭からドリームクラウンを平行にとって、円卓の上に戻してやった。
それはとてもソニアにとっては恥ずかしくて、もういてもたってもいられないくらいの出来事なのに、この聖騎士はなんとも思っていないのだろう。
その恥ずかしさを振り払うようにソニアは少し声を大きくしてランスロットに聞いてみた。
「この箱は?」
「オルゴールだ」
「おるごーる・・・?」
「知らないのか」
「知らない」
ソニアは無知を恥じずに素直に言った。ランスロットはゼノビアの王宮騎士だったから物流が盛んなところにいたのかもしれないがソニアは違う。カストラート海でランスロットに「貝やら真珠やらを加工してくれるところが海の近くにはあると決まっている」と教えたのは、父親達と共に旅をしていた頃に得た知識からだ。工芸品等についても回った地域のものは知っているけれど、そうではないものはもちろん知らない。彼女の知識にオルゴールというものは残念ながらなかった。そして、ないということで、そのものが戦にはあまり関係がないものだということを自ずから知ることが出来る。
「一体なんだ?」
「これは、ぜんまい仕掛けの演奏器なんだ」
「?」
ぜんまいまではわかったけれど。不思議そうなソニアの目の前でランスロットはその小箱を手にとってきりきりと小さなぜんまいを巻いて見せた。
そっと手を離して小箱を円卓に戻すと、澄んだ小さな音が淡々と響いて、それはやがてゆっくりとなり3周半くらいのメロディで止まった。
「わあ」
ソニアは驚いて目をぱちりぱちりとなんどか瞬かせ、その小箱にそっと耳をあてた。もう一度ぜんまいを巻かなければ鳴らないぞ、とランスロットは小さく笑う。
「ランスロット、もう一度鳴らしてくれ」
初めてのおもちゃを見た子供のようだな、とランスロットはもう一度ぜんまいを巻いておいてやった。ソニアは借りてきた猫のようにおとなしくなってオルゴールの音色をじいっと聞いている。少し物悲しいそのメロディは繰り返し繰り返しソニアの耳に心地よく響いて、彼女の五感を聴覚だけにするようにも感じる。
「さすがに眠るまで流れる、というわけにはいかないが。今日のところはこれで許してくれないか」
「え?」
「今晩だけ、そなたに貸そう」
そんな言葉を予想していなかっただけにソニアはびっくりした。何を言っていいかわからず、ひとまず思いついた疑問を口にした。
「いつもランスロットはこれを持ち歩いているのか」
「ああ」
それがあまりにも意外でソニアは殊更に驚く。
ランスロットはあまりソニアから色々聞かれないうちにと思ったのか、自分から、まるで彼女に制止をかけるかのように答えた。
「私にも、眠れない夜は、ある。何度か繰り返し聞いて何度か同じようにぜんまいをまいていると、そのうち心地よい闇が体を包んでくれる」
そう言った彼の表情は今までにソニアが見たことがないようなものだった。
なんというんだろう。
ソニアは彼の顔をみながらぼんやりと考えた。
目の前にいるランスロットは、今までみたことがない男の顔をしている、とソニアは思う。それは、自分が彼を異性として意識している・・・と思うんだけどどうだろう・・・?・・・まあ、そうだとして。意識しているからだろうか?
「とても大事なものだから、今まで誰かに預けたことなどないのだが。そなたが不安に思うならば」
「・・・ランスロットはよく怒るけど、優しいな」
ソニアは、ランスロットのそれまでに見たことがない表情に目を奪われて、彼の言葉を半分くらいしか聞いていなかった。わかったのはオルゴールの音の鳴らし方と、彼がこれを今晩貸してくれるらしい、ということだけだ。
「さあ、そろそろ戻るといい。彼らをあまり困らせないようにしなさい」
「あ、うん・・・」
なんだか拍子抜けをしたようにソニアは立ち上がる。その左手でそっとオルゴールを掴んで胸元に抑えるように持った。もつと案外と重いことがわかる。そして、それはとても大切にされているのか、ちょっとした傷はあるものの、金具はとても磨かれていて、埃が溜まりやすそうなところにもまったくそんなものは見えないことにソニアは気付いた。剣や鎧の手入れを怠らないランスロットらしいな、なんてことを呑気に思う。
「ありがとう、ランスロット」
「いいや」
「じゃあ、おやすみ。借りていくね」
「ああ。おやすみ」
まるでおもちゃをもらった子供のようだな、と先ほどと似たような感想を思いついてランスロットは小さく笑う。すっかり機嫌をよくして出て行こうとしたソニアに、最後に忘れないように釘をさしておく。
「ああ、まさか明日は剣の鍛練などに出ないでくれよ」
「えっ!?それも駄目!?」
「右腕が動かないのだから」
「うーん、左腕で練習しようと思ったのにー、なんてな」
「頼むから今は静かにしておいてくれ」
「・・・わかった。これ貸してくれたお礼に静かにしておこう」
それが礼なのか!?とランスロットは眉根を最後に潜めたけれど、それは言葉にしないでそのまま不自由な彼女のために扉を開けてやった。もう一度だけおやすみ、とソニアは言って部屋の外に出て行く。
ぱたり。
扉を閉めてランスロットはふう、と一息をついた。まったく、あの反乱軍リーダーは目を離すとろくなことをしない。
そういえば、腰の剣をいつもと逆側につけていたな・・・そのことに気がついて苦笑をする。
あながち明日左腕で練習をしようと思っていたのは冗談ではないということか。ランスロットは呆れたな、ともう一回息をついて椅子に腰掛けた。
円卓においたドリームクラウンをちらりと見る。
気品とか美しさとか。
自分で思うのも恥ずかしい話だが、彼の亡き妻にはどちらも備わっていたと思う。
そして、彼女の形見のオルゴールから流れる音色も、とても彼女らしくて、今でもあの音を聞くと胸が締め付けられるように痛む。
本音は、あの大事な品を人に触れさせたくなかった。
(が、安静にしないと右腕が動かなくなるかもしれない、とスルスト殿に聞いては・・・な)
フェンリルがソニアに打ち明けたように、スルストもまた彼の判断で、ソニアに最も近しい理知的な人間として(ここがポイントとなってカノープスは選ばれなかったものと思える)ランスロットを選んで話をしたのだ。実のところ、その話で呼ばれて先ほどランスロットはうろついていたというわけだ。
多分、ランスロットがそれを知っていることをソニアは知らない。
そして、ソニアがそれを知っていることもランスロットは知らない。
どちらにしてもランスロットからすれば、ソニアが無茶をして右腕を失ってしまうのではないかと気が気で仕方がないのだ。
すべてのゼノビアの民の未来が彼女の肩にかかっている。そう思えば、あのオルゴールをソニアに貸したことを亡き妻は責めないだろう。
自分に言い聞かせるように何度もその思いを反芻して、そして。
ふとドリームクラウンに一本だけついていた赤い、長い髪に気付く。
ランスロットはそれを指先でつまんで僅かな間、灯りに照らし出してみつめていた。
が、それからそれを、床の上に置いてある、塵入れである美しい陶器の壷に捨てた。

5回くらい、ぜんまいを回した。左手だけでぜんまいを回すのは最初は苦労したけれど、行儀悪くそっとあごで箱を抑えて回せば不自由な彼女でも簡単出来る。きっとランスロットはいくらなんでもそこまでは気が回らなかったのだろう。
ソニアは騎士団員にお願いをして、ベッドの側に小さなワゴンを置いてもらい、そこにランスロットから借りたオルゴールだけを置いた。
少しだけ安心した。
何度も流れてくる同じ曲同じ音色。
少なくともこの音が自動演奏とはいえ、これを作った人間が世の中にいて、この音を聞いているランスロットの存在がいて。そういう、他者を確実に感じさせてくれる音だからだ。
右腕が動かなくなったら。あたしは反乱軍に、ランスロットに捨てられるかもしれない。
その思いが湧いて出ては、澄んだ音に断ち切られる。
そして、ゆっくりとゆっくりと体にまとわりつく眠りへの誘い。
ああ、もうすぐ眠りにつく。
ソニアは自分の体からの信号が少しづつ減っていく感覚を感じた。
「う・・・」
でも、お願い、もう一度だけ。
もう目を開けたくない、という状態なのにソニアはもう一度だけ既に耳に馴染んでしまったそのフレーズを聞きたくて、不恰好な状態できりきりとぜんまいをまいた。
6回目のぜんまいが回り始める。
止まらなければいいのに。回りつづければいいのに。そして。
走りつづけられたらいいのに。
最後にそんな気持ちがぽっかりと浮かび上がってきたのを、オルゴールの音色は断ち切って、ソニアを眠りの世界へと導いていった。


Fin


モドル

あーあ・・・。
ついにきちゃいました。オルゴール話が。
未だにランスロットに奥さんがいたことを知らないソニアですが、まあ、バカ(もちろんソニアのこと)でもちょっとはわかってるよね、きっと。
ひさしぶりの短編がこんなにバカ(これはあたくしのこと)なものですみません!みなさん!!ただのラブラブものじゃないか〜!!
Palusation以来、こういう短いの書いてなかったから・・・煩悩爆裂でやりすぎました。
くっそー、ドリームクラウンめ・・・。余計な演出しやがって・・・。(笑)