帝国の花-1-

美しく波打つ金髪を風になびかせてラウニィー・ウィンザルフは昨日から身を寄せている教会の前に立っていた。
意志に満ちた印象を与える瞳は、わずかに眉間に皺をよせて空を見つめている。どうやら雲が流れていく様を見ているようだ。降りそうね、と女性らしく綺麗に紅を差した唇が軽く言葉を発する。それから風にたなびいた髪をそっと抑える。その仕草や全体から感じ取られる品の良さというものはどうやら生まれもってのものらしいと、多分多少の目利きならばすぐにわかるだろう、優雅な動き。
けれど、その反面、彼女はいつ何があってもいいようにその体は甲冑を身に付けている。それも誰がみても大層彼女の体に馴染んでいるように見えて、彼女が一体何者であるか生まれの良さがわからなくとも、只者ではない騎士だと思わせるほどにとても彼女にしっくりきている。
空は曇り空で今にも雨が降りそうな様子だ。が、今の彼女にとっては天気がいい日・・・つまるところ、彼女を探している帝国の探索部隊の足が軽い日・・・は外に出ることがままならなくなっている。
木々が時折、ごう、と音を立てて葉を散らす。嵐が来るのかもしれない、この地ではとても珍しいけれど。
「ラウニィー様、無闇に外に出てはいけません。いつアプローズの追っ手がここを探し当てるか」
教会から出てきた尼僧が慌てて彼女に駆け寄り、そっとその腕を掴む。
「わかっているわ。でも」
そういって彼女は小さく苦笑した。
「あなたも、私の名を外で口にしない方がいいわね。どこで誰が聞いているかも知れないわ」
「あっ・・・申し訳ございません」
「まあ、みつかったらみつかったでその時はあの男をぶっとばすしかないわね」
「ぶ、ぶっとばす・・・?」
それでもまだ尚不安げな尼僧にラウニィーと呼ばれた彼女は満面の笑みを見せた。
「いいえ、なんでもないわ。ごめんなさい。あなたに話すにはふさわしくない言葉だったようね」
おたおたとしている尼僧の肩を軽く押すようにしながら教会へ向かって歩き出した。
「じゃあ、教会に戻るとしましょう。安心して、私は自分の強運を信じているわ。きっともうすぐ動く時が来る。なんだかそんな予感がするの」
「予感、ですか」
「ええ。私お父様に言われたことがあるわ。お前は優れた鼻を持っている、って」
「鼻?」
「自分が動くときか、止まっているべきときか、戦の中でそれをかぎ分けられるんですって。自分で意識をしたことはないけれど」
尼僧はますますもって不可解そうな表情を浮かべた。
「戦、ですか。でも今は戦をなさっているわけでは」
「戦よ」
そういったラウニィーの瞳は笑ってはいない。
「これは、私の戦なの。ハイランドの聖騎士としての」

天界から戻ってきたソニアを悩ませたのは、反乱軍の仲間達の動揺に他ならなかった。
天空の三騎士のひとりスルストを更に仲間に出来た、ということは、ソニアの右腕が動かないという事実から比べると非常にあっさりとみなに流されてしまい、フェンリルはその様子を見て苦笑せざるを得ない。かくいうスルスト本人はその方が気楽でいいですネ〜と早速反乱軍の女性兵士のチェックをしている始末だ。カノープスから言わせると強い男は女が好きで当たり前だ(ちなみにランスロットは同意しなかったのだが)ということなのだが・・・。
彼らには今、どうにかしないといけない問題、というものが3つあった。
1つは、天空の島シャングリラをラシュディが魔力で移動させ、ゼノビアに落とす計画があるということ
2つめに、天空の三騎士フォーゲルが未だラシュディに操られていると思われること
3つめに、天界にいくために進軍を完全に止めていた間に帝国軍が更に部隊派遣を行った情報があるということ
そして、どうにもならない問題、というのが、ソニアの右腕の問題だった。
ソニアは久しぶりのメンバーで顔を合わせた軍議で自分の不祥事に頭をさげた。もちろん、それは本当は不祥事でもなんでもなくて彼女がやらなければいけないことを彼女がやっただけのことだったけれど、それでも、ソニア負傷による全軍の動揺は否めない。
ソニアも自分で知っている通り、彼女は戦で先頭にたって動くことを主な吸引力としていたから、それが出来なくなるとすると各部隊長に全てを委ねることになる。所詮ソニアは上にたつ家柄をもつわけでもなく、それにふさわしい容貌をもつわけでも年齢性別職業をもつものでもなく、そして弁がたつわけでもない。正直なところ、何度も何度もウォーレンにランスロットは、本当に彼女がリーダーとしての星をもつのか、と聞きなおしたものだ。
そんな彼女が動けないとなると、全体の士気がどれだけさがるか・・・それは大きな、そしてどうにもならない問題だった。
「ソニアがいなければ、シグルドにいってもフォーゲルを助けられる可能性は低い」
フェンリルの発言に、その場にいたみなは怪訝そうな顔をした。
「しかし、フェンリル殿とスルスト殿がいらっしゃれば」
「フォーゲルの力はわたしやスルストでは比較にならないわ。悔しい話だけれど」
そういってフェンリルは美しい表情を崩して眉間にたて皺を深く刻んだ。
「スルストはどう思う?」
「ワタシはフェンリルサンに賛成デース」
部隊長として軍議に参加しているビクターは笑いを堪えた。スルストのこの話口調はどうにかならないのだろうか、と苦笑してウォーレンはちらりとフェンリルを見るが、フェンリルは表情を崩さない。
「フォーゲルサンの力、おっそろしーデス。何を恐れているかというと、ワタシの時のように、普段抑えこまれている力がチャームの魔法によって暴走してしまったとき、それが恐ろしい。シグルドの大地に更に亀裂がはいって、まっぷたつになりかねまセン。それを防ぐには出来るだけ長引かないように彼にショックを与えなければ!それが我々と共に出来るのは、ソニアしかいませんネ〜」
「失礼ながら」
と口を開いたのは最年長パラディンのアッシュだ。
「ソニア殿しかいない、と断言出来る理由はどこにおありなのでしょうか」
「ああ、騎士であるユー達をバカにしているのではありまセン。ソニアは確かに強いけれど、もっともっと強い人がいる、とおっしゃりたいんでショウ?けれど、ブリュンヒルドを使えるのは、ソニアだけデス」
「フォーゲルが持つ剣は、魔剣ゼピュロス。暗黒の力をもつ。スルストのザンジバルとソニアのブリュンヒルドはどちらも神聖な力の加護を得ている。その二つを正統な所有者である彼らが使っても容易にフォーゲルを正気に戻すことは難しいでしょうね。かといって、放置しておくわけにもいかないし」
それ以上は言わずともわかる、とウォーレンが静かに右手をあげた。
「お二人がそうおっしゃるならば、そうなのでしょう。アッシュ殿、よろしいかな?」
「はい」
アッシュは気を悪くした風でもなくあっさりとそう言って引き下がった。
「ということは、シグルドに行くのはあくまでもソニア殿の右腕が治ってからだな」
「おとなしく治してもらわないと」
と、フェンリルがちらりとソニアを見る。
「・・・わかってる!フェンリル様は全然あたしを信用してくれない」
「それはご挨拶ね」
ソニアが僅かに不機嫌そうに、軍議中だというのに子供じみた物言いをする。くくく、と楽しそうにフェンリルは笑って
「わたしはソニアに優しいのに」
「そうデース!フェンリルさんは本当はいつも冷たいデース!」
スルストをじろりとフェンリルは睨みつける。ソニアはぐるりと参加しているメンバーを眺めてから口を開いた。
「おとなしくしてる。20日間。それまで、みなには苦労をかけると思う。が、あたしが抜けた戦力以上にスルスト様とフェンリル様のお力の方が心強いはずだから、そのことを各部隊員に伝えてくれ」
「はっ」
「それと、もうひとつ、シャングリラのことだけれど、それも後回しだ」
ムスペルムを出立する直前にスルストがムスペルム騎士団に命じて調査をさせた結果、シャングリラの移動速度はゆるやかで、そして一定の速度でしか動いていないという。ゼノビアにたどり着くまでひとつきからふたつきはかかるという計算になったけれど、とにもかくにもシャングリラへはカオスゲートではいけない、ということが発覚しているのだからそれを調べることが先決だ。
「これで、今出来ることが絞り込まれた。その、帝国が部隊派遣を行った地域の様子を早速調べてくれ、ウォーレン」
「は、既に手配しております。もうまもなく報告がくることでしょう。数箇所あるのですが」
「それがわかってから、再度軍議を行うべきだな」
ランスロットは重々しくソニアに言った。それへソニアは強くうなづき返す。
「情報がそろえば、明日にはここを出ることになるだろう。天界に行ったいた者達は今日は休養をとるといい。残っていた者達は、出発の準備を始めてくれ。どちらにしてもあまり長くひとところに留まりすぎるのは、帝国側にも多くの情報を与えるもとになってしまうし」
右腕が動かない様子は見ていて痛々しいけれど、ソニアの言葉はいつもどおり力に満ちていたしとても正しかった。それだけで部隊長達は何故か安堵の溜息をほっとつくのだった。

軍議を終えたほんの半刻後には各地に潜んでいた斥候達からの報告が届いた。
いくつか帝国軍の動きに対する報告があったけれど、中でもソニアの勘に触ったのはカストロ峡谷の報告だ。
アーレスとかいう元山賊あがりの有翼人が突然帝国に雇われて大量の帝国兵を率いて谷を探索しているという話だ。
今までどの地域でも帝国の軍人や、帝国から甘い汁を吸おうとしているその土地にもとからいた権力者が治めていることがほとんどだったから、わざわざ山賊あがりの人間を派遣している帝国軍に意図がわからない。
しかも、日々あちらこちらに何かを探しているようにせわしなく動いているというのだ。
「カオスゲートとか?」
「シャングリラに行けるゲートがあるんじゃあ?」
「でも、ラシュディは既にシャングリラを操っているんだから・・・」
と咄嗟にランスロットやアイーダは思いついたことを言葉にした。けれど、その報告には続きがあるようだ。
「いや、実は1千万ゴートの報奨金を出して逃亡者を追っているという話で・・・逃亡者が誰なのかははっきりとはしないのですが、いくらか噂が」
「噂?」
「どうも、噂によると帝国から美しい踊り子が逃げてきて谷に潜んでいるとか」
「踊り子?」
ソニアは目を丸くした。呆れたようにギルバルドが
「なんだ、なんだ、一体どういうことだ。そんなことにために帝国兵が借り出されているのか?」
「その踊り子ってのは誰なんだ?」
「さあ、そこまでは。わかるのは踊り子が自分の意志で逃げているらしい、ということくらいじゃの」
困ったようにギルバルドに首をふるウォーレン。
「また、帝国からの追っ手20人を叩き潰した殺し屋だ、という噂も」
「同一人物なのかな。どっちにしても帝国に追われてるってことは間違いないようだ」
「なんだ、どうってことのない報告だな。放っておいていいだろう」
そうギルバルドは笑ってソニアを見た。
が、何故かソニアはうかない顔だ。
「どうした?」
「純粋な帝国軍より山賊たちのほうが地形とか探索とかは得意だよね。それをかい潜ってるのってどんな人だろうね?」
のんびりと、ソニアはそう言った。あえてそれ以上は言及しなかったけれど、多少気になる話だと感じているのだろう。
そんな彼らのもとに、帝国総司令官ヒカシューの娘である聖騎士ラウニィーがハイランドから姿を消した、という情報がはいってきたのはそれからわずか数分後のことだった。みなの視線がノルンに集中する。ノルンは静かにもと帝国の人間として口を開いた。
「ラウニィー様が帝国に追われているなんて・・・。ソニア様、聖騎士ラウニィー様は女性ながらに帝国を代表する素晴らしい騎士です。ハイランドの上級貴族ウィンザルフ家のご令嬢で、その身分はわたくしなど足元にも及ばぬほどの高貴な家柄。その方が帝国から逃亡をはかって、更に山賊風情に追われているなんて、何か理由があるに違いありません。カストロ峡谷へ、とは申しませんが、その件についてお調べすることは必要ではないかと思えます」
「帝国の罠ということは有り得ないか?」
「ウィンザルフ家の当主ヒカシュー様は、四天王の上官です。最高指揮官ですわ。最もエンドラ様に近いとされている御仁のご令嬢が罠のために借り出されるほどの必要性がわたくしには考えられないのですが・・・。」
ソニアは考え込んだ。意見を言おうとアイーシャが手をあげようとしてすぐにそれを止める。その表情のソニアには何を言っても無駄だということを知っているのだ。彼女は時折彼女にしかわからない何かをまさぐるために、周囲の音が聞こえなくなるほどに集中するときがある。
「正直な話、どの報告もあまり冴えない報告だった。本来はカストロ峡谷にいくなんてのは、あまりに意味がないことだ」
ソニアはぶつぶつという。それへは誰もが同感だった。
今、彼らはガルビア半島とディアスポラの間にいる。これから帝国本拠地にいくとなると、わずか西のマラノの辺りを通ってダルムード砂漠を渡る、というルートが打倒に思える。彼らが目指すべき女帝エンドラがいるザナドュは北西の方角にあり、更に言えば一度南西側に降りてから北上する、というルートをとらなければいけない。カストロ峡谷は地図上でいけば、今彼らがいる地点よりもかなり北にあがった、どちらかといえば東側に近いところにある。そこから陸上で帝国に攻め上るには結局もう一度今彼らがいる場所を経由していく必要がある。
「各地の帝国軍討伐をしたいわけじゃあないからな、我々は」
「あの、ですからソニア様」
調べていただけるだけで・・・とノルンは言おうとして言葉を止めた。そっとランスロットが手をあげて制したからだ。こういうときのソニアは放っておいてくれ、という意味なのだろう。
「が、こっちがいくら帝国のザナドュに攻め上ろうとしたってシャングリラの移動をどこかで食い止める必要があるからな。そのためのことを行う間ならば逆に今より西(帝国側)にそのまま進軍するより・・・」
ぶつぶつと呟くソニア。それへ、そろそろ頃合かもしれないな、とウォーレンが声をかけた。
「ソニア様、カストロ峡谷へ行かれますか?」
「・・・ノルン」
「はい」
ソニアはウォーレンにはすぐに答えずにノルンに声をかけた。
「そのラウニィーっていうご令嬢は、帝国の追っ手を倒せるほどの手腕を持っているのか」
それへはノルンははっきりと躊躇なく答えた。
「聖騎士の称号を得ているお方ですわ。それでお分かりいただけると思うのですが」
ウォーレンがもう一度ソニアに声をかける。
「ソニア様」
「うん。行く。行くけど、それは帝国軍をやっつけにいくんじゃない。聖騎士ラウニィーに会うためだ。だから、全員で移動することはないと思う。カストロ峡谷に関してはね」
「しかし」
「でも、この砦はそろそろ出よう。さっきも言ったとおりにあまり長居をするものじゃあ、ない。もう少し北上して・・・出来るだけ、シャングリラがゼノビアまでに移動するのに経由する地点を選んで欲しい。ここからカストロ峡谷へ向かうまでの間に、それとシャングリラの進行と交わる場所に調度いいところがあるといいのだけれど。ウォーレン、調べてめぼしをつけておいてくれるか?」
「もう、心得ております」
「そうか。じゃあ、そこまでの地図を書いて各部隊長に渡してくれ。そこに移動してから、カストロ峡谷へ向かう部隊なりを選抜しよう」

ソニアは次の砦までではウォーレンと共にケルベロス達にのって移動することに決めていた。
右腕がつかえない、という状態で空を飛ぶ魔獣達に乗るのが実は難しい、と今日は嫌というほどわかったのだ。
今日だってムスペルムから戻ってくるまでの道のりで今の不便さを痛感させられることがあった。
ソニアの右腕を庇わなければいけないため、カノープスはいつもと同じようにはソニアを運べない。結果、ガストンに頼んでソニアとガストン部隊のプリーストであるレベッカをトレードさせてもらったわけだ。ソニアは仕方なくワイバーンの背に乗り、いざというときに右腕を使えないからという理由でガストンの腰に命綱をくっつけられて、まるで飼いならし中の動物のようにおとなしくしていることを強要された。更に同乗者であるノーマンが、ソニアに万が一のことがないように、とワイバーンの上で彼女を支える役目を仰せつかっていた。
カノープスに抱かれて空を飛ぶのは恥ずかしくはないけれど、他の男性兵士の腕に支えられるということが案外恥ずかしいことだとソニアは初めて気付いた。が、きっと少し前の自分ならばそんなことは気にもとめなかったのかもしれない。ランスロットを意識し始めてからの自分は、かなり感覚がおかしくなっているような気がする・・・ソニアはそんなことを思いながら仕方なくノーマンが支えてくれる腕に甘えざるを得なかった。とはいえ、ノーマン本人は本当に本当にそうすることを嫌がって最後まで抵抗を見せていたのだが。
ノーマンはどうも他の兵士よりも命令、とかいうものについて無頓着で嫌なことには抵抗を試みる。それは別段ソニアの気には障らないけれど。
が、抵抗に抵抗していたときに、オハラが彼にとどめをさした。
「ノーマンさん、その・・・ソニア様を、よろしくお願いします・・・」
この一言に、オハラにいい恰好みせたがりのノーマンはあえなく陥落し、ソニアをひっつかんでワイバーンに乗り込んだのだった。ありがたいようなありがたくないような話だな、とソニアは苦笑してしまったけれど。
ともかく。
彼らは、後は今まで使っていた砦の残処理をするだけだ、というところまで次の砦に向かう準備を整えた。
ソニアは右腕と太ももの傷にアイーシャから薬を塗ってもらっていた。
久しぶりの狭い部屋にソニアはほっとして、とても居心地がいいと思っていたけれど、アイーシャは「もっといいベッドをお持ちします?」と彼女なりの気遣いを見せてくれる。それがまたありがたくて申し訳ないのだけれど。
簡素な椅子に座って、更に小さな木の椅子に足を乗っけてソニアは太ももに薬を塗ってもらっていた。まだぴょこぴょこと歩く時に少し痛みが走るけれどそれでもかなり楽にはなってきた。右腕の方は相変わらず動かないけれど、一応温かいとか冷たいとか感覚が残っているのがほっとさせられる。
「ソニア様、これをお飲みくださいな」
「うん?なんだこれ」
「えっと・・・。薬草を煎じたものです。体の回復を助けるといわれています。あまり美味しくないんですけれど、飲んでいただけます?」
「うーん・・・うん、頂くよ」
アイーシャが小さな陶器のカップを差し出す。左手でおそるおそる受け取ると苦い香りが鼻をつく。中身を覗くとその液体は黒ずんだ茶色でまったくもって美味しそうな要素が何一つない。
「冷ましてありますから、一気に飲むといいですよ」
ソニアは意を決してそれを一気にぐいと煽った。案の定、苦い味が口いっぱいに広がって鼻にまでむせ返るような苦さがつんとやってくる。
「はーっ、美味しくないよお、アイーシャ〜」
「そうでしょうね。お薬って美味しいものはないですもの」
くすりと笑ってアイーシャはソニアからカップを回収する。
「ありがとう、アイーシャ。アイーシャだって部隊長だから忙しいのに。他の人にやらせてもよかったのに」
「いいえ」
小さくアイーシャは悲しそうに微笑んだ。
「私が、ソニア様の怪我のご様子を確認しておきたかったのです。ひどいことになっていらっしゃいますね。本当にこのお薬で20日間くらいで治るのですか?私にはとうていそうは思えないのですが・・・」
それからはっとなって慌てて
「あ、あ、でも大丈夫ですよね。信じています。不安にさせるようなことを言って申し訳ありません」
「いいよ、大丈夫。あたしだって半信半疑なんだもん。・・・ああ、アイーシャ、すまないんだけどランスロットに用事があるんだ。すぐじゃなくていいから、手が空いたら来てくれって言っておいてもらえるかなあ」
「はい。わかりました。それでは失礼いたします。ソニア様、ゆっくりお休みになってくださいね」
「ありがとう」
アイーシャは薬を綺麗に片付けて、にこやかに退出していった。
「うう、本当にまずい・・・いくらまずいものを食べるのに慣れてるからってこれは・・・土の方がまだ美味いや」
まだ舌と喉に絡んでくるような気持ち悪さを感じてソニアはほんのわずかに涙を浮かべた。
それから小さい椅子から足を下ろしてふう、と一息つく。
ゆっくりお休みになってくださいね、か。休みすぎるほど昨日も休んだのだけど。
それでも明日から行軍だと思うと幾分気が楽だ。何もしないで部屋にいろ、と怒られるよりも旅をしながらおとなしくしていろ、といわれる方がまだ気分としては悪くない。
椅子にもたれかかって瞳を閉じる。まだ口の中はまずい苦い味に支配されて、自然と口元が下に引き結ばれて変な表情になってしまっていることに気付いたけれど、それはもうどうしようもない。ソニアは気を紛らわせるわけでもなかったけれど、今考える必要があることに思いを巡らせた。
どんなに休んでいろ、と言われても思考は止まらない。
シャングリラにいく手段をどこで調べればよい?ウォーレンにお願いしてみたものの、ソニアはそれだけでは安心は出来なかったし、天空の三騎士すら知らないことを探し当てられる保証なぞ初めからないに等しい。が、ソニアが動揺してはいけない。何度も何度もいい聞かせる。
気がつけば自分はあまりにも多くの命を背負ってここまで来てしまった。
止まるわけにはいかない。だから、今はいい子にしているしかないのだ。
「シャングリラの速度が速まらなければ良いが・・・。まあ、確かにひとつき、かかるといっても・・・。こっちが最短距離でザナドュにむかったってひとつきではいけないからな・・・。あちらとしてはいい賭けだ。わかっていながら反乱軍が防げなかった。反乱軍が解放しなければゼノビアの民衆は助かったのに、という展開にもなるし・・・。かといって今のこの軍では、いざというときにゼノビアから民衆を避難させるほどの力はないし、受入先もない・・・スラムに根づいた人々が他の都市に流れ込んだらどうなるんだ・・・」
ぶつぶつと繰り返しつぶやく。とんとん、ときがつくと左足でソニアは床を蹴っていた。
「・・・ああ」
ランスロットに怒られてしまう。
そう自分で思って肩をすくめた。そのとき
トントン、と乾いたノックの音。ランスロットが来た様子だ。思いのほか早かったのでソニアは慌てた。
「誰だ?」
「ランスロット・ハミルトンだ。入ってもよいだろうか」
「ああ。待っていた」
ギイ、と音をたてて扉が開く。そういった音すらソニアには安心感を与える音になるのは不思議なものだ。余程ムスペルムで音があまり入らない部屋にいたのがいやだったのか、妙にソニアは嬉しそうな表情になってしまった。
「失礼する。アイーシャに聞いたのだが、何の用事だろうか」
「うん。すまないな。本当はあたしの方から行くべきなんだけれど、あたしが外をふらついていては皆がすぐに押さえつけようとするから」
「当然だ。わたしもそのうちの一人だしな」
苦笑してみせるランスロット。なんだかやけにソニアが聞き分けがよくなったな、と思っているようだ。
それはそのはずだ。下界に戻ってからの仲間の心配ようはすさまじく、アイーシャなぞは涙ぐんでしまうし、アッシュの年齢に似合わない剣幕もかなりソニアには衝撃を与えた。わかっていたはずなのに。どれだけ自分が大事にされているのか。
「座って」
ランスロットは先ほどまでアイーシャが座っていた木の椅子に腰掛けた。背もたれがない丸い椅子だけれどランスロットは背筋を伸ばしてそれに腰掛ける。ソニアはそっと自分の道具袋を膝の上に置いた。
「ああ、長い話か?」
「いや、短いんだけど。その・・・今朝すぐに言おうと思ってたのだけどばたばたしていたから」
ついつい先ほどの薬草茶のせいで顔がしかめっ面になるのを必死でソニアはなんとかしようと顔面にも意識を集中する。
「うん?」
ごそごそと袋から取り出したのは、丁寧に布で3重にもくるまれたオルゴールだった。
「これ、ありがとう。おかげで昨日はとてもよく眠れた。美しい音だね」
ソニアはぎこちない手つきで布をかきわけてオルゴールの姿をランスロットに見せた。それへランスロットが手を伸ばそうとした途端
「それで、お願いがあるんだけれど」
「なんだろう?」
「もう少しだけ、貸してもらえないかな、これ」
「・・・何故だ?」
手を引っ込めて怪訝そうにランスロットはソニアに聞いた。
そもそもオルゴールを貸したのは、音が聞こえなくて不安だ、とソニアがいうからだった。ここでも、これから先の進軍でも、もう周囲の音が何もないという状態になるとは思えない。
「気に入ったのか?」
「うーん・・・その・・・」
ソニアはなんと言ってよいだろう?と困った表情を見せた。
「腕が直るまで、というわけではないけれど・・・もう少しだけ貸して欲しいんだ」
「理由に全然なっていないが」
はは、とランスロットは表情を崩した。ただ貸して欲しい、の一点張りになっていることをソニアはきちんと自分でわかっているのだろうか?
「少なくとも、今日は大事に運んでもらったようだな。こんなに丁寧に布でくるんでくれて、ありがとう」
照れくさそうにソニアは僅かにうつむきながらオルゴールに視線を落として答える。
「大切なものなんだろう?」
そのソニアの言葉に、一瞬ランスロットは表情をこわばらせた。うつむいているソニアにはその変化は読み取れなかった。答えをためらってしまった自分を恥じるようにランスロットは目を細めて静かに言う。
「ああ。そうだ。だが、ソニア殿にならばもう少しお貸ししても良いかな」
「本当に?」
手放しで喜んだ表情を見せるかと思っていたが、ソニアはお伺いをたてる子供の表情でおずおずとランスロットの顔を見る。
「本当だ。その代わり、本当に大切にしてくれ。それだけは頼む」
「うん。・・・いつもランスロットはどうやって持ち歩いているんだ?普通に持ち歩いていると壊しそうなんだけど」
「いや、案外と頑丈に出来ている。今そなたがしてくれていたように何重かの布に包んでいてくれれば・・・」
「そっか。・・・できるだけ早く返すようにするから。すまないな、ランスロット」
「申し訳ないと思わなくてもいい。そなたの役に立つならば嬉しいと思う」
ランスロットはそう言って穏やかに笑顔を見せた。その笑顔がとても彼らしくてソニアは少し心がぐらつくような気分になる。
腕が動かないことへの不安と、治るかどうかわからない不安。そして、もしも治らなかったら。そう思う気持ちを少しでも紛らわせないと眠れないような気がする。他にも様々な思いがあるのだが、今のソニアにはそれを明確にすることは出来なかったし、それ以外のことに頭を使わなければいけなかったから深くは自分で追求しない。
そのとき、ノックの音がした。
なんだろう?アイーシャが忘れ物でもしたのだろうか?
ソニアは何故か少し慌ててオルゴールを左手でぎこちなく包み直そうとした。それをランスロットが手を伸ばして代わりにやってくれる。
ご丁寧にも彼はソニアの膝の上の袋の中にそれを戻してくれた。多分、他の人間にはあまり見せたくないのだろうとソニアはそれを見て思った。ソニアが包もうとしたのは、なんとなくランスロットとの二人だけの秘密のような気がしたからだけれど。
「誰だ?」
「入って良いか?アイーシャに頼まれて来たんだけど」
「カノープス?」
ちらりとランスロットを見るソニア。が、ランスロットは何故ソニアが自分を見るのかわからない。
(しまった)
ソニアは心の中で舌打ちした。
なんとなく二人でいるところを誰かに見られるのが嫌だと意識しているのは自分だけだ。それをランスロットに悟られなかったらよいが・・・ソニアは慌ててカノープスに答える。
「入っていいぞ」
その声に応えてカノープスがギイ、とドアをあけて大股で入って来た。すぐさまランスロットに気付いて意外そうでもなく笑った。
「おう・・・なんだ、ランスロットもいたのか」
「ああ。私への用事はこれで終わりかな?ソニア」
「う、うん」
「では私は退出しよう」
ランスロットはがたりと音をたてて立ち上がる。と、カノープスは手に握っていた小さな包みを見せて
「お前、甘いもの好きか?」
「甘いもの?」
不思議な問いかけにランスロットは目を丸くしてカノープスを見る。包みを開けると茶色の小さな不揃いな形をした飴がころころと出てくる。ソニアはそれを見て、小さい頃に弟達が大喜びして母親から飴をもらった記憶が蘇ってくるのを感じた。
「ソニアが今ごろ渋い顔をしているから、とアイーシャがくれたんだけど。すっげーまずい薬草煎じたやつを飲んだんだって?」
「うん」
「口開けろ」
無防備に小さく口をあけるとカノープスはそこにひょいとひとつ飴玉を放り込む。それを見てランスロットはまるで雛鳥のようだな、と思う。
「お前は?」
「私はいい・・・それでは失礼する」
ランスロットは小さく笑って部屋から出ていってしまう。それをソニアとカノープスは無言で見送った。ひょい、とカノープスは自分でも飴を口にほうり込んだ。大事そうにソニアは舌で転がすわけでも歯で噛むわけでもなくじんわりとその飴を舌の上で味わっていた。
「うまいか?」
「おいしい。すごく嬉しい。あたしはあまりもらえなかったから」
「はあ?」
「いや、こっちの話だ」

ランスロットはソニアの部屋から出て、一瞬立ち止まった。
なんだろう。この苛々する感覚は。
自分は何に対して気持ちを動かされたのだろうか?
「・・・ああ、そうだ。テスの容態をまだ確認していなかったな」
ふわ、と思い出したのは軍のことだった。最近はいつも何か考え様とすると自然と反乱軍の内情や自分が成すべき事が次から次に湧き出て来て、それ以外のことは頭から離れてしまう。

まるで雛鳥のようだな。

あまりに無防備なその姿を見て自分が苛立ったことなど、ランスロットは気付く暇なぞなかった。


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モドル

どうしてもラウニィーというと今のあたくしがもつイメージはみくみさんが描かれているラウニィー!vvってカンジで表現できないです・・・美しすぎて。
あたくしはラウニィーはオウガバトル1の美女だと思い込んでいるのですが(時点ノルン・・・って、帝国ばっかりじゃん!)どうでしょうか。
なんか、またランスロットとうだうだやってますが、いつもの通り進軍が始まればそれどころじゃあなくなってしまうので1P目だけ(笑)
毎度のパターンになってしまっていますが、今回までですのでご容赦を。