帝国の花-2-

ディアスポラよりも北西のあたりに小さな村が点在している地域があった。
そこからわずかに北上したところに、以前集落があったと思われる、今は誰もいなくなってしまった小さな町の跡があった。
どうやら周囲の村落の話によると、帝国の圧政に耐え切れなくなった人々がゼノビア方面に逃げてしまった、ということだ。しかしそれも10年前の話らしく、今はもはや機能しない町だ。
それでも雨風を凌げるのはありがたい。食糧は結構運搬してきたし、とそこを根城にすることに決定して反乱軍一同は一休みをした。
いくつかの家屋は、そこで生活したままで人々がそのまま出て行ったらしく日用雑貨がすべてそろった状態になっている。そういった場所をいくつか確保して荷物を運び込み、早々に見張り役を四方に立てた。そこまではソニアが指示をしなくとも主だった物達が手馴れたようにとりはからってくれる。
ただいつもと違うことは、ここから部隊編成をしてカストロ峡谷に派遣するということだ。それもソニアは抜きで。
それに対する不安は誰もが否めない。今までも別働隊として動くとしたってソニアが中心になっていたり、あるいは斥候程度の動きにすぎなかったけれど、聖騎士ラウニィーとの謁見も果たさなければいけないその目的は大きい。
「あなたはここから動かないでくださいね」
土の上でケルベロス達の間に挟まるようにぺったりと尻をつけて足をのばして座るソニア。その恰好で人々の様子をじっと見ているリーダーに、ウォーレンが「お願いですから」という口調で言う。
それは、ソニアはここで陣を組んで落ち着いて、カストロ峡谷には行かないでくれ、という意味だ。
「う、うん。そのつもりだけど・・・一応・・・」
「一応というのは」
「それは、ほら、必要があれば」
「ありませんから」
ちえ、とソニアはふくれっつらを見せた。隣にいたケルベロスによっかかりながら、立っているウォーレンを見上げて
「わかったよ。でも、もう一回言うぞ。必要がなければ、ここから動かない。こればかりは譲らないからね」
カストロ峡谷へ派遣される部隊は、ソニアの代わりにテスを入れたランスロットの部隊、ノルンの部隊、アイーシャの部隊、アッシュ率いる部隊の4部隊だ。どの部隊でラウニィーと遭遇しても失礼がなく、そして多少の口上がうまい人間を選んだつもりだけれど、とウォーレンはソニアに言った。それでよいとソニアも判断する。
「出発はいつにする」
「ノルンとランスロット部隊が疲れていなければ、すぐにでも。ここからカストロ峡谷でしたら3時間程度の道のりですな。かなり北上になってしまいましたが仕方がありません。シャングリラの通過地点までも3時間ほどかかってしまいますが、ここが最も適した位置かと」
「ああ、そうだね。ちょっと働いてもらいすぎてるからなあ」
「ま、カノープスさえ元気ならば大丈夫でしょう。まったく、あの男の体力は感服いたしますな」
「うん。すごいよねえ。あの体力バカな具合は好きだ」
そう言ってソニアは笑う。ウォーレンはおやおや、と心の中でつぶやいた。久しぶりにこの小さなリーダーから「好き」とか「嫌い」とかいうはっきりした感情を聞いたような気がする。ここ最近はどうもそういう子供らしさは潜んでいるかと思っていたが・・・。
「そんなところを好きといわれても本人は嬉しくないと思いますがのう」
「うん?別にカノープスに喜んでもらうために好きなわけじゃないもん。あ、ウォーレンもうるさいけど好きだぞ」
「それもまた感心しない話ですが、ありがたくご好意はうけとっておきますよ」
少し意地悪をしたい気持ちになったのかウォーレンは小さく笑って
「そもそもあなたは嫌いな人がいるとは思えないのですがね」
「そんなことないぞ」
「ほう」
そこで会話が終わってしまう。じっとウォーレンはソニアを見つめていた。ソニアは少しばかり考える顔をして、それから困ったような表情になる。
「ガレスキライだもん」
「それは敵将ですから」
「でもデボネアは嫌いじゃない。いい武将だ」
「いや、そういう比較をしても」
「じゃあどうすればいいんだ」
その物言いについにウォーレンは噴出してしまう。ソニアはいたって真面目な顔でウォーレンを見る。
「あまり好ましいと思わない性質をもつ人間はもちろんいるけれど、それはその人の一部分だし。そもそも、あたしが嫌いだって思ってた人間はとっくに反乱軍から抜けてるよ」
「・・・そうかもしれませんな」
ここまでの道のりで多くの志願者と少しの離脱者がいたのは事実だ。が、離脱者といっても例えばソニアに失望して、とか帝国軍側につきたくて、とかそういう理由の離脱者ではない。規律を守れなかった人間だ。
何人かは確かにソニアを見てあまりの彼女の若さや日常の幼さに呆れて離脱をしたのは事実だ。けれど、そういった者のほとんどは物事に対してほぼ狭量と言える人間で、一度ソニアをそういう目で見てしまっては、それ以外の彼女の優れている点をまったく認められずに否定しつづけてしまうような性質をもつ人間だ。
そういう人間は信用出来ない、とウォーレンは常々思っている。ひとつの悪い部分をみつけてしまい、それが残り全てを打ち消すほど悪いことなのかの判断も出来ない人間ならば、要らない。もちろん逆に、いいと思うところをひとつみつけたら、残りすべての悪い部分が見えなくなるほどの信仰ぶりを発揮するようないきすぎたソニア信者も困るな、とも思っている。初めはオハラがそうではないかと思ってもいたが、先だって天界にいったときの様子を聞いたところでは行過ぎた人間ではないことがわかりほっとしているところだ。
「ウォーレン、何をろくでもないことを考えているんだ」
「これは失敬な!」
「しっけい?難しい言葉はわかんないぞ」
「どれが難しい言葉か判断しかねますがな」
そういいながら、少し自分の言葉がうきうきしていると、年甲斐もなくウォーレンは感じて自分で驚いた。
どうも、この不思議な小さなリーダーと久方ぶりに長く話が出来ることが楽しいと思えているようだ。一体この少女の魅力はなんだろう?ただただウォーレンは首を捻ってうなるばかりで答えはでないのだが・・・。

「ひー、疲れた疲れた」
一番最初にチルチクという町にたどり着いたのはランスロット隊だ。前もってカストロ峡谷にはなっておいた視察部隊がチルチクの町はずれにある小さな宿屋に金を払って、宿屋の裏手にある森の中の、狩りに使う掘っ立て小屋を借りていた。そこは大体12,3人が寝泊りできるスペースがあったから調度派遣人数の半分が休むことが出来てうってつけだった。
その小屋の前に座り込んでめずらしくカノープスが弱音を吐く。
「大丈夫か」
「ちょっとだけ休ませてくれ。これから探索すると思うと気が遠くなる」
「も、もしかして私が重いですか!?」
と怪我が治って復帰したフレイアのテスが慌てて言う。
「違う違う。そんなやわじゃねえよ、オレは」
「ってことは一応ソニア様より重いんですよね?」
「当たり前だろ、テスの方が上背があるんだし」
「ってことは、もともとテスさんはこの部隊にいたわけですし、私がソニア様より重いってことですね?」
というのはオハラだ。ランスロットはその会話を苦笑しながら聞いているし、オリビアはくすくすと笑いながら自分の髪を何度も手で梳いている。(どうやらこれは彼女の癖らしいが)オリビアは最も小柄で女の子、という感じが強いプリーストだから、自分は軽いという自負はあるのだろう。
「重さじゃねえよ。そのお、女3人もいるから、ほれ、あんまり雑に扱えないだろ。緊張しちまった」
「え?」
「だっていつも女性3人でしょう?」
「ああ?・・・あー、ソニアは別だ。あれは別に女だと思ってないからいいんだよ」
「まあ、ひどいわ」
それでもテスはなんとなくカノープスが言っている意味がわかるような気がした。ソニアに対するカノープスの態度は、確かにあまり女性扱いしているとは思えなかったし、ソニアもカノープスに対して異性として接しているようには思えないほどのなつきようだ。前々から兄妹のようには見えていたけれど、きっとそれは当たらずとも遠からずなのだろう。
「カノープスさんにもデリカシーがあったんですね」
オリビアがしれっと言う。
「どういう意味だ!」
「カノープスさん、反乱軍にいる限りはそういう気の回し方はしないで下さい。別に、男性と同じように、粗雑に扱われても構いません。むしろその方が嬉しいくらいですもの」
とオハラが笑顔でカノープスに言った。カノープスは、あー、とかうー、とか声を発して、わかった、と答える。
どうもいつもソニアと一緒に行動しているから勝手が違う。それを一番感じているのは多分カノープスなのだろう。軍の一員であるからには、そんなことで動揺しないで欲しいな、と思う反面。あまりにもカノープスとソニアの仲がいいということに今更ながら気付いた自分にランスロットは驚いて、わずかに顔を曇らせた。
「ランスロット様?」
「あ、いや、なんでもない」
怪訝そうに覗き込むオハラ。天界で行動を共にしてからわかったけれど、多分、このアマゾネスはとても頭がよくて勘もいい。
それを思ってどきりとするけれど、一体自分が何についてびくついてしまったのか、ランスロットは思い当たらずに、更に首を捻るのだった。

あちこちに帝国が派遣した探索部隊が動いている。
それに発見されないように移動をするのはかなりの困難を要した。
それだけで気苦労をしてしまうのだが仕方がない。今回の目的はラウニィーとの謁見であって帝国兵をこの地から追い出すことではない。
どの部隊も苦労していて、その割に成果が上がらずに半日が過ぎた。
ジェラルアバドという都市にたどり着いたアッシュたちは、そこで商売をやっている男のぼやきを聞いた。
「おれたちは帝国なんか大嫌いだが、聖騎士様だけは尊敬しているよ。聖騎士様はただの戦士とは違う。帝国になった今でも、名誉と誇りを失わずに騎士道を貫いている。聖騎士様がたくさんいればいいんだけどねぇ・・・」
「ふむ・・・そうか。騎士道を貫いている、か」
「そうさ。聖騎士様の目が届いているところでは、決して帝国の人間は非道なことはしねえよ。でも、ここもそろそろ居心地が悪くなってきやがった。何を探してるかしらねえが、あのアーレスってな男、所詮山賊あがりだ。甘い汁を吸おうって言う魂胆がまる見えだしな。許せねえよ」
そういって男は嫌そうに顔を歪めた。そのとき、同じ部隊のトトが叫ぶ。
「アッシュ隊長、あれを!」
「うむ?」
空を見ると、カストロ峡谷の何箇所かに派遣されている伝令役のホークマンと思われる者が低空飛行で彼らのもとへ近づいてくるのが見えた。
「アッシュ様!」
やがて、ホークマンはばさばさと慌てた風に降りてきて、少し息を整えるように深呼吸をした。それをあまりせかさずにアッシュは問い掛ける。
「どうした。ああ、お前は確か新兵のロディだったな」
「は、はい、覚えていただいていて光栄ですっ」
「で、何があったのだ」
新兵は頬を紅潮させて少しろれつが回らない声で報告をした。
「わたしが見張っていた帝国の一部隊が、わずかに目を離した隙に行方がわからなくなったのです。もしかしたら、何かと戦ったのやもしれません」
「何?どういうことだ」
「我々は、皆様方の部隊が帝国にみつからないようにサポートするお役目をいいつかっております。ので、帝国の本拠地タシケントから派遣される部隊の動きは目を光らせているのですが・・・私が担当しておりました部隊の動きが突然・・・」

「ここも、バレてしまうのも時間の問題ね。まあ、よくも4日も身を隠せたと逆にありがたいのだけれどね」
古ぼけた教会で、ラウニィーは荷造りをしていた。側には彼女の部下と、尼僧達数名と神父が立っている。
「ラウニィー様・・・」
「ありがとう。あなたたちに迷惑をかけるわけにはいかない」
「・・・」
「私をかくまったとばれてしまっては、この教会もひどい目にあうに違いないわ。だから、あいつらを生かしておくわけにはいかなかった。ごめんなさい。聖騎士だとかなんだとか言われたって、己の保身のために人を殺しているのにね」
帝国の一部隊を壊滅させて、その死体を教会の裏手の墓地に空いていた穴に埋めてきたラウニィーは、自嘲気味に微笑んだ。それへ神父が手をあげ、首をゆっくりと横に振る。
「いいえ。あなた様のお志は、今の狂ってしまった帝国を正し、民を平和に導こうという素晴らしいものです。それは己の保身とは違う。殺生は確かに罪深いことです。それはあなたから消えない罪になって残ることでしょう。しかし、あなたには殺生に対する自分の罪を知り、理解して、それを償うために何をなすべきかそしてそのためにどの道を選ぶべきなのかの迷いがありません。どうぞご自分を追い詰めないようになさってください」
「ありがとう、神父様」
ラウニィーは美しい笑顔をむけた。
美しい爪には土が入り込んでいたけれどそれを綺麗にする余裕はない。思ったよりも死体を始末するのに時間がかかってしまった。かといってそのまま放置してしまえばもっと危険なことになるし、まさか尼僧たちに血まみれの死体を始末しろ、とは言えない。どちらにしたってそのうち帝国軍が、一部隊消息が知れない、と情報が回ってここにたどり着くのだろう。それは容易に想像できた。
あまり組織としては出来上がっていない探索部隊でも阿呆ばかりとは思えない。特に彼らの指揮をしているアーレスという男は、案外と頭が切れるという噂だし。この教会に狙いを定められるのは時間の問題なのだ。
そのとき。
ドンドンドン。
「・・・早過ぎるわ」
びくりと体を震わせてラウニィーは槍を手にした。
が、扉の外から聞こえる声は非常に穏やかで、敵意がない声だった。
「私は旧ゼノビア騎士団長で現反乱軍第四部隊長アッシュ・アザンクールと申す。ロシュフォル教会はどんな者でも受け入れると心得ているが、反乱軍である我らに門戸を開くことにも何の弊害もないようであれば、扉を開けていただきたい」
「・・・ラウニィー様・・・」
「・・・ふ・・・ふふ、知ってる、っていう声だわね」
面白そうにラウニィーは小さくわらった。その笑みはハイランドの上級貴族令嬢とは思えぬほどに不敵さをたたえている。
「反乱軍である我らに門戸を開くことに弊害が・・・か」
どんな者でも受け入れると心得ているが、という前置きがラウニィーの気に入った。
ロシュフォル教会の立場をわかっていながら、弊害がないのであれば、と言っているということは、すなわち、反乱軍と接触をすることで弊害が起こる人間がこの中にいるのならば開けなくても良い、ということで、逆を言えば反乱軍と接触をしたいと思っている人間がいるならば開けろ、という意味合いだ。その言葉の使い方はとても回りくどくて人によっては矛盾しているととらえるだろうが、今のラウニィーにとっては心地よい。
反乱軍は自分が逃亡をしていることを知っている。
そして、もしも反乱軍を必要としているならラウニィーに接触したい、という意志を表しているのだろう。
下がっていてちょうだい、と神父達にラウニィーは声をかける。ラウニィーの部下がそっと彼らを庇うように動いた。
重い閂を片手で軽く引き抜くラウニィー。自分からは決して扉を開けずに、脇に退いた状態で彼女はまだ警戒だけは解かない。
「お入りなさい。歓迎するアッシュ・アザンクール」
そして、重々しく扉は開かれた。

「何?帝国軍と交戦が始まった?」
「は、はい」
伝令役がソニア達のもとに駆け込んできたのはその日の夕方だった。すぐさま部隊長達が集まってきたが、それを全員待つこともなくソニアは伝令に報告をうながした。なんとかそれに間に合ったのはギルバルド、ビクター、ヘンドリクセン、フェンリルとスルストの5名だけだ。一同はソニアがいる家屋に入ってきて、ソニアとウォーレンの前に伝令が報告を始める姿を適当な場所に立って見ていた。
「どういうことだ」
「聖騎士ラウニィーとアッシュ殿が接触したご様子なのですが、ラウニィー殿から色々と要求がり、そのあたりで時間を取っていたら帝国軍の部隊に発見された模様です」
「他の部隊もか?」
「反乱軍が出現しているということがわかった途端、増援が出てきて・・・。かなりの数です」
「まいったな。一体どうしてもめてるんだ。ラウニィーと接触したなら、彼女を連れてきてくれるだけでよかったのに」
「それが、ラウニィー殿は、ソニア殿にお会いしたいと。そして、このカストロ峡谷にいる反乱軍を撤退させて欲しいと」
「は?」
伝令役の話はどうも順序だっていない。ソニアは苛々しながらも次の言葉を待った。
おどおどと新兵である伝令役は部隊長達の前で話を始めた。
教会でアッシュと謁見をした際に、ラウニィーはソニアに会わせて欲しいとの申し出をした。それに対しては、現在ソニアが動けない状態であることを説明したけれども、正直なところリーダーである彼女に会わずして反乱軍に身を委ねるわけにはいかないという返答が帰ってきた。
それは確かに、ということで、それでは一度ラウニィーの方からソニアのもとにいってはくれないだろうかとアッシュが申し出た頃に、帝国軍が教会をかぎつけてやってきてしまった。
アーレスという指揮官は元山賊で、基本的に賞金稼ぎを生業としている様子。
が、残虐な性質を持ち合わせているため、ラウニィーをかくまっていた教会を知られてしまった以上は、その教会を守るためにラウニィーがアーレスのもとに出頭するかアーレスを倒すかしかないと思われる。まさか、ロシュフォル教会を敵に回すとは思わないけれど、ひっそりとした場所にある教会だけに、何かことが起きても真相を闇に葬られる可能性は多くに考えられる。
それだけではなく、帝国軍といっても派遣部隊の中にはアーレスにもともとついていた山賊たちも含まれるために、周辺の町が被害に遭い始めていることをラウニィーは感づいていた。何日探索してもラウニィーが見つからないものだから苛立った山賊達が、他の町で暴れているという噂も昨日から耳にしていたからだ。
「困ったな。懸念していたことが現実になった。しかも早急に対応しなければ」
「そうですな」
お互いに口には出していなかったことだが、ソニアがそういうとさらっとウォーレンもそう答えた。
「どうしたらいいと思う?」
わくわくとした表情で早口でソニアはウォーレンを覗き込む。
「まさか、あなたはご自分で行く、とかバカなことを言わないでしょうね」
「うん?あたしは言わない。ウォーレンに言われたら別だけど」
にやにやと笑うソニアにウォーレンはつれない。
「あなたがいく必要はありません。私があなたの代理としていきましょう。それから、部隊派遣も行わなければならないでしょうな。新たに4,5部隊緊急に派遣しなければなりませんね」
「・・・ちぇ。絶対あたしが行った方がいいと思うんだけど」
「自覚を持ってください。怪我人として、リーダーとしての」
「わかっている。いい子にしているじゃないか、こんなに」
それにはギルバルドとスルストが笑顔を見せた。確かにここ数日ソニアはいい子にしているな、というのがギルバルドの笑みだったし、このリーダーは本当に可愛らしいなあ、と思わず笑ってしまったのがスルストだ。
「ソニア、そんなに行きたいの?カストロ峡谷に」
フェンリルは涼しげな声でソニアに聞く。
「行きたいというより」
少し肩をすくめた。めずらしく早口で続けるのは、ことが実は緊急を要している、ということを理解しているからだ。
「たとえブリュンヒルドをウォーレンに託しても、ラウニィーは納得しないような気がする。帝国でそれほどの地位をもっていた人間が単身で反乱軍に身を委ねることを決定するには、リーダーであるあたし以外では納得しないんじゃないかな。もちろん、あたしはウォーレンが役不足という意味で言っているんじゃないぞ」
「わかっております、あなたがおっしゃりたいことは。が、そのためにノルン殿にも動いてもらっているのではないですか」
「・・・じゃあ、あたしがいけないなら・・・代わりにお願いをしたい人がいるのだけれど」
とソニアがちょっと自分の唇を舐めながら、ちらりとフェンリルとスルストの方へ視線をやった。それに気付いたわけでもなくフェンリルがあっさりと彼女の言葉を待たずに発言をした。
「私かスルストが同行してはどうかしら」
「しかし、それではあまりにも戦力が。部隊も派遣することですし・・・フェンリル様ほどの方に出陣していただくような話では」
「そういう意味じゃない」
フェンリルは冷たくそう言った。
「4,5部隊なんてそんな多くの派遣はいらない。わたしかスルストがいって平定してくればいいだけの話だ。それでその聖騎士殿も納得してもらおう。ソニアに会わずとも、天空の三騎士が彼女の願いのもと、その、なんとかという山賊あがりの男を黙らせてくればよいのでしょう」
「荒っぽいことをおっしゃりマスネ〜!フェンリルサン!」
「軍を二分するほどのことではない。それに」
ソニアに優しくフェンリルは微笑んだ。
「わたしかスルストの戦いぶりを見てもらえば、それに関わったソニアが本当に重傷だということは誰もがわかるでしょうしね。そして、想像しかしていないフォーゲルの強さが、更にまったくもって想像出来ない強さだということを教えることができる。そうすれば、どうしてあなたが完治することを待っているのか、反乱軍の面々にも重々理解させることが出来るでしょう・・・違う?ソニア」
「違いません。それはとてもありがたい」
そういってソニアは笑った。フェンリルの申し出は、確かに今ソニアが口に出そうと思っていたこととほぼ一致している。
ソニアが動けずに反乱軍に動揺が走っている今、彼らに必要とされているのはソニア不在の間の安心感が第一だ。
ブリュンヒルドをもったソニアが聖剣の力をいかんなく発揮して戦ってる姿をみたものはそう多くはない。そうであれば、反乱軍の人間とはいえ一体ソニアは何故にそんな負傷をしたのか、そして天空の三騎士と言われるがどの程度のものなのか、口で伝えられてもぴんとこないのが実情だ。
さらにもうひとりのフォーゲルとかいう騎士のもとにいくにはソニアが回復してからでなければ敵わない、とも言う。
主だった部隊長達ですら完全には納得出来ない、目の前で見ることが出来ないことで反乱軍の進行を決められてしまうのは誰にとっても不安なことだ。その不安を取り除くために、フェンリルが一肌脱いでやろう、というわけだ。
この軍には本当に天空の三騎士が仲間になっているのだと。そしてソニアの命令で動くのだと。それを知らせる最初に機会になるだろう。
「まあ、あのときほどの力は出せないけれど、それでもかなりの効果になると思うけれど」
ウォーレンは苦笑いをした。
「よく反乱軍の内情をご存知でいらっしゃるご様子」
「少し考えればわかることだ」
「出来ればスルスト様に頼みたいんだけど」
とはソニアの言葉だ。それを聞いてスルストはにこやかに笑顔を見せた。彼の精悍な顔つきは、笑うと途端に人懐こい表情になる。・・・それがまた女性うけをするのだろうけれど。
「ワタシの出番ですネ〜?」
「スルスト様がザンジバルを振るうのは、とんでもなくあたし達には強い印象を与える。・・・お願いできますか」
「もちろんデース!!ユーの頼みを断るハズありまセーン!」
そういってスルストは両手を広げてソニアへラブコールをおくったが、既にソニアはそれを見ていない。
「ウォーレン、一緒にビクターの部隊を連れて行くといい。彼らは一度も天界にいっていないから、折角だ。スルスト様の戦いっぷりを見せてあげて欲しい。こちらにはフェンリル様もギルバルドも、ヘンドリクセンやアイーダや主だった物が多く残れるから安心してくれ。移動はすべて空を飛んで行ってくれ。緊急だからな。ギルバルドとガストンから魔獣を選抜してもらって欲しい」
「わかりました」
「あたしはいい子に留守番をしているよ。きっとその間はフェンリル様が優しくしてくれるんだろうし」
「あらあら、利いた風な口を利くようになったわね」
そういってフェンリルは笑った。
照れたようにソニアは苦笑して見せて
「ほんとに、いい子にしているのは辛いんです」
と情けない声で言った。
その場にいた全員がそれには笑い出してしまい、どうしてそこまでみんな笑うんだ!とソニアはそれから大憤慨だったのだけれど。

仲間になった、というわけではないけれど、話の流れでラウニィーはアッシュと力を合わせて教会を死守していた。
教会から離れて戦うことが出来ればよかったけれど、それではあまりにその後に教会が何をされるかわかったものではない。
ロシュフォル教会に手を出す阿呆がいるとは思えないが、そんなことは推測に過ぎないからだ。
そこにランスロット隊が合流したのは、彼らが帝国の部隊を4部隊すべて殲滅させた後だった。
「お初にお目にかかります。ランスロット・ハミルトンと申します」
「ラウニィー・ウィンザルフよ。面倒な挨拶はもういいわ。調度いいわ、二部隊もあれば教会を守ることも出来るでしょう。もう我慢ならない、私はアーレスをぶっとばしてきてもいいかしら?」
頬を紅潮させて、今はじめてであった人間にラウニィーはまくしたてた。
ランスロットは呆気にとられてアッシュを見る。アッシュも苦笑をして
「多分ラウニィー殿は、大層我々のリーダーと馬が合うと思うのだけれど」
というのがアッシュの答えだ。
「そのリーダーに会わない限りにはあなたたちのもとにこの命を渡すわけにはいかないわ。それとは別に、今は協力して欲しいとは思うのだけれど」
「いっやー、気い強いなあ。本当にご令嬢なのかよ」
呆れたように言うのはカノープスだ。それをぎり、とラウニィーは睨みつけて
「ご期待に添えなくて申し訳ないわね。帝国の上流貴族はこういう女はお気に召さないようだったけれど、あなたたちもそうかしら?」
「ははは、まさか」
と笑うのはアッシュだ。
「今、申し上げましたとおり。あなたは我々のリーダーと気があうと思われる。そして、我々はリーダーをみな好いている」
「それは」
くす、とラウニィーは笑顔を見せた。
「こんな女でもお気に召していただけるということなのね?ありがたいわ。ありがたいついでに、さっきもいったようにアーレスをぶっとばしてきたいのだけど、邪魔しないでね?」
「それは困るな」
ランスロットは苦笑して気持ちが逸っているラウニィーをなだめようとした。
「こちらはあまり戦力がない。このカストロ峡谷近辺はとても広いから、一体どこから帝国の部隊が襲ってくるのか動きが把握しきれないのが現状だ。そんな状態であなたを単身敵地に向かわせるわけにはいかない」
「じゃあ、このままこうやってわたしを囮にしてやってくるやつらと戦い続けろと言うの?」
挑発的にわずかに声高になってラウニィーは言った。それでも彼女はとても美しくて、誰もが目を奪われるほどだ。
「多分、もうすぐ」
ランスロットはあくまでもおだやかに言った。
「援軍がくる。それは、間違いがない」
アッシュもそれへうなづいた。
「誰が来るのかはわからないがな。多分とびきりの人間が来るに違いない」

そのとびきりの人間が現れたのは、更に2刻ほどすぎた夜にさしかかる頃だった。帝国の部隊はひっきりなしに派遣されて、完全に教会に対しての包囲網をしいてきた。状況を把握したノルンの部隊がなんとか包囲網がしかれる寸前に教会に来て合流した。ありがたいことに実はアイーシャの部隊と談合して、食糧を運んできてくれたのだ。誰か一部隊は外で本陣との連絡を取り合う必要がある。何も言わなくともそこまであの二人のプリーストが動いてくれたことはかなりランスロット達にとってはありがたく、そして今までの戦でのソニアとウォーレンが徹底していた各部隊長の育成が効を為したといえよう。何より、ノルンが来てくれた事によってラウニィーの警戒心が幾分緩んだことは確かだ。
帝国軍もさすがに教会に火を射掛ける、ということまではしなかったけれど、いつそこまでされるかは定かではない。
包囲網の人数が少ないうちに教会を飛び出して全滅させるしかないか、とラウニィーは思いつめていたけれど、もう少しだけ待つといい、というアッシュ達の言葉を信じることに決めたらしい。
神父も尼僧も大層怯えていたが、法皇ノルンの来訪は彼らにはとても力強いことだった。
その名は知られており、彼らにとってノルンとラウニィーの両名がここにいるということは天の父の導きであり、この苦難を乗り越えるための力だと希望を与えてくれた。
「・・・ランスロット様」
そっと暗い教会の小窓にかかったカーテンの隙間から外の様子を伺っていたオハラが厳しい表情で鋭い声をあげた。ランスロットがそれへ近づいていく。
「どうした」
「あれを」
「・・・ついに、そこまで来たか」
「たいまつに見えます。が、火矢の準備をしていないとも限りません」
「そうだな」
ランスロットとオハラの間に緊張が走った。わずかにオハラは震えているようだ。それをランスロットは気付いて、強くオハラの肩を掴んだ。
「大丈夫だ。あの程度の包囲網は突破できる。ただ、我々は教会に彼らを残すわけには行かない。だからあえて篭城していただけなのだし。いざというときはラウニィー殿に時間稼ぎをしてもらうくらいのことはしていただくつもりだ」
「はい。大丈夫です。わたし、大丈夫だと思っています。信じていますから」
「・・・何をだい?」
「皆さんも、ソニア様も。それから、自分のことも。だから、少し震えてますけれど・・・大丈夫です」
「・・・そうか」
前線に出たのも先日がほぼ初めてだというのに、わずかに震えてはいたがオハラは冷静だった。それを素晴らしい、と心の中でランスロットは思ったけれど口には出さない。
「・・・あっ、何か音が・・・」
オハラはまた短く叫んで小窓を見た。
「うん?」
その音に耳を傾けて、そしてわずかに見えるガラス面を確認してオハラはつぶやいた。
「・・・神様・・・」
「・・・ああ・・・これは、ありがたいな」
ぽつん、ぽつん、と窓枠にあたって音をたてているのは、雨だ。もっと降れ、降ってくれ。ランスロットは祈るように念じた。そして、その彼の祈りは天に届いたのか、ほどなくどしゃぶりにとその雨は変化していった。
雨が降りつづける間は、火矢をいかけられる心配はない。あとは我慢できなくなって特攻されるだけだ。
「雨か」
同じく気づいてアッシュが声をあげる。
「すぐにはやまないように思えるのだが」
「・・・そうだといいわね」
ラウニィーは髪をかるくかきあげて言った。その表は戦いの疲れを微塵も感じさせずに、何時間も攻防を続けているけれどひとつの曇りもない。
「ラウニィー様」
ノルンが小さく微笑んで声をかけた。
「少し、お休みになってはいかがですか。逃亡生活では、あまり眠っていらっしゃらないのでしょう」
「ノルン」
それへはわずかに笑顔をみせてラウニィーは答えた。
「ありがとう。けれど、私はまだ反乱軍に組したわけではないから。今の私はわずかな部下をもつただの孤立した人間だ。自分達だけで安全が確保出来ないところにいるのに、将である私が休むわけにはいかないのよ」
「そのお心がけは立派だと思いますけれど」
「きっと、父上も同じことを言うと思うから」
「ラウニィー様・・・」
「何故父上が今のエンドラ殿下に忠誠を誓っているのか私にはわからない。そして、どうして、あんなむかつく野郎と私を結婚させることを承諾したのかもわからないわ」
「む、むかつく野郎・・・?」
ぶはっと笑ってしまったのはまたもカノープスである。
「そうよ。そいつがアーレスを雇って私を狩り出してるんだわ。帝国は何もかも狂ってしまった。このままでは暗黒の世界になってしまう。心有る聖騎士達はどんどん中央から遠ざけられて、残るものは、何かがおかしくなってしまった殿下とガレス王子、そしてあの腹黒いラシュディとやらに操られる者達ばかり。私は、父上が何故それに甘んじていられるのはわからない」
ラウニィーはノルンにはつらつらと自分の気持ちを語った。
ノルンは静かにそれを聞き、それからゆっくりと
「将軍には将軍のお考えがあるのでしょうね。差し出がましいようですが、将軍の優れたお人柄はわたくしもよく存じております。そして、だからこそラウニィー様が納得出来ないことも理解しているつもりです。・・・ラウニィー様、帝国を救うために、民を救うために共に戦いませんか?」
そのとき、外で雷鳴が轟くのが聞こえた。思いのほかに天候は悪くなり、降りつづける雨を予感させた。
「それを決めるのは私とあなたではないわ。私と、反乱軍リーダーだ・・・ん?」
小窓から外を覗いていたオハラが短く悲鳴を発したのにラウニィーは気付いてそちらに視線をやった。
それに反応してアッシュも外をうかがう。目を細めて外の様子を見て、それから嬉しそうに
「やあ、これはとんでもないとびきりの御仁がやってきたようだ」

雨の中。
「まったく、夜は見えにくくてまいっちゃいマスネ〜!それに、なんといっても雨なんて、これはいい男が台無しデース!」
「そうですね・・・」
仕方なく相槌をうつのは、スルストと共にいくように編成されたプリーストであるハイネだ。
ここに至るまでに延々スルストに口説かれてげんなりした様子だけれど、一緒にここまできたウォーレン隊にもビクター隊にもそれはわからない。
大人数相手になるから、とグリフォンを選んだスルストは、ハイネだけを部隊にいれてもらってやってきた。
途中で合流したアイーシャの手引きで帝国兵に見つからずにここまで来たのはありがたかった。余計な消耗をしないままで教会付近にたどり着けたのは幸運だったと言わなければいけないだろう。
もうすぐ教会につくぞ、という手前で雨に降られたのは誤算だったけれど、歴戦の勇者である彼には何の不利もない。
「じゃあ、もう一仕事してきますから、可愛らしいユーは巻き込まれないようにしていてくださいネ〜v」
「は、はい」
ザンジバルをすらりと抜いて、スルストは小さく微笑んだ。
「じゃ、先にいきますヨ〜」
ウォーレンとビクター隊に手を振る。アイーシャ隊は途中で引き返して、引き続き本陣との連絡をとりやすいように伝令役と連絡がとれるようにチルチクに待機している。
そして、一つ目の雷鳴が轟く中。
スルストは「もう一仕事」を始めたのだった。



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モドル

うわーん、全然ラヴァーズじゃないよ!っていうかいつも通りですね。先日最初の頃を読み返したんですが、すごい淡白ですよね、ストーリーに対して・・・。っていうか戦闘に対して?なんか、最近は連載長編小説ぶりして各マップごとに書きすぎですよね〜。「人が集う者」くらいに軽く淡白にかけるマップがあるといいのですが、ここいらで出会うメンバーはどんどん重要な人々になってきているので(ノルンを仲間にするときほどの淡白さでいい人間がいないヨ・・・)どうにもこうにも・・・。
っていうか、ちょっぴりスルストカッコいいかも?なんか、一番傭兵っぽいんですよね(汗)あたくしのイメージでは。