帝国の花-3-

天空の三騎士は、天の父が認めた聖戦でなければその力を発揮することは出来ないと言われていた。
だから、過度の期待はかけすぎないように、と。
フェンリルが仲間になったときに重々それは反乱軍全員に伝えられた話だ。
かのオウガバトルで天の父と共に勝利を得るほどの力をもっているのだから、彼らが仲間になれば帝国軍なぞおそれることはない、と無責任に浮き足立つことを防ぐためだった。が、そのためにみなの心の中で、ではどの程度の力を我々のためにふるってくれるのか、ということが懸念されていたのも事実だ。
ハイネはここにくる道中でスルストに、目的地について戦闘が始まったらあなたはどいていなさい、と言われた。
何故か、と問えば、恐ろしい答えが彼の口から返ってくる。

ワタシの剣に巻き込まれてしまうほど非力な人間がいては、剣をふるえませんからネ。

意味がわからなかった。ハイネは何度か目をしばたいてスルストをみつめる。
それへスルストは苦笑してみせた。
天空の三騎士は、仲間を意識する戦いなどしない、と。
自分の剣に巻き込まれる程度の力しかないのであれば、その者は天空の三騎士の資格がないということだ。
その答えにもハイネは首をかしげた。

「あれは、なんだ」
ビクターは立ち尽くしているハイネの近くに歩いてきてから、彼女と同じ方角をみつめてつぶやいた。
雨は降り続いている。そして、遠くで雷の音が。そして、人の叫び声が。
教会に対して包囲陣をしいた帝国兵の間にスルストがはいっていくのをハイネは見ていた。
ウォーレンとビクターの部隊は、しばらく待ってからスルスト隊が切り開いた道をかきわけて教会にいるはずのランスロット隊と合流する手はずになっている。が、スルスト隊、とは言え、現実にはスルストのみの特攻になっていて、ハイネはグリフォンと共に包囲網から離れた草むらに立ち尽くしていた。ややあって遅れてやってきたウォーレンとビクター隊もみな同じ方向を見て、怯えるように、そして感嘆ともつかぬ溜息をもらす。
暗いから、遠目では完全には見えない。
けれど、時折稲光で照らし出される一瞬の光景。
ビクター隊の一人が、震える声で彼に声をかけた。
「た、隊長っ・・」
「心配するな・・・」
そう答えるビクターの声もわずかに上ずっている。ウォーレンが呑気に言った。
「この距離でも、もう目が慣れてくるじゃろうて。予想はしていたが、これほどとはのう」
ハイネは両手を胸元で組んで瞳を閉じた。
「恐ろしい・・・。なんて恐ろしい人なのかしら、あんな人数をすべてお一人で倒してしまうおつもりなのかしら」
「ハイネ、違う、誤解するな。もっと近づいてみてごらん」
ビクターは上ずったままの声でハイネに言った。
「決してスルスト殿はご自分から剣をむけていない。よく見ると、わかるから。スルスト殿は、きちんとわかっている」
「え」
青ざめてハイネは顔をあげた。ぽかんとビクター隊は全員口をあけたまま、雨にざあざあと降られたままで身動きできない。
それほどに、恐ろしい光景が目の前で繰り広げられていた。
生きるとか死ぬとか、そういう彼らの日常にいつでもあった恐怖ではない。
想像できなかった大きな力を前にして、人はどうやって恐怖から逃れればいいのだろうか?

山のふもとにある教会は細い街道からそう離れていない。
平地にたっていて、周囲には何も隠れられるような場所はなく、うっすらと草原が広がっている。反乱軍達は山間の方角から教会の裏手に回って様子を見ていた。裏手側にはコカトリスの部隊など、空を飛ぶ物たちが集まっていたけれどそれに発見されないようにと静かに移動をする。夜だということと、既に包囲網をしいたという帝国兵の安堵のおかげか、彼らはうまく隠れながら教会に近づけた。それも前もって地形を把握しておいてくれたアイーシャの手引きのおかげだ。
スルストはハイネとグリフォンをおいてのこのこと平地側にむかって、裏手に集まっていた帝国兵達を気にもしていないようにのんきに歩いていった。あまりに飄々としたその動きに、まるで帝国兵は仲間の一人とでも思ってしまうのではないかとはらはらするほどだ。
彼が最初に帝国兵に発見されたとき、それは二度目の稲光が発光した瞬間だった。
「あっ・・・?」
照らし出された見慣れない人間の姿。そして発見されることに躊躇のない動き。
一瞬にして帝国兵に緊張の色が走る。スルストは何気ない足取りでザンジバルを手にして何を恐れるふうでもなく歩いている。それがあまりにこの場の雰囲気とそぐわないことがいっそのこと恐ろしくさえ感じる。
「だ、誰だ!?」
その帝国兵の声共に、スルストは無造作に大きく縦にザンジバルをふるった。
ぶん、と耳慣れないほどの音と共にそこには恐ろしい剣圧が生じた。雨に濡れて重くなった草が足元からぱっくりと割れ、新しい道をつくる。
見たことがない、魔導の力ではないかと思われる光景がそこにはあった。
地をはうソニックブームを発したようにも見えない。ただ、ただ無造作に彼は上から下へとザンジバルをおろしただけなのに。
それから更に横にザンジバルをなぎ払うと、ごう、と風が巻き起こり、スルストの近くにいた帝国兵達はその風に一瞬体が取られたような錯覚(だったのかどうかは定かではない)にすら陥った。
その様子を見て怖気づいた者達はスルストになかなかむかってこようとしない。
「そいつは反乱軍に違いないぞ!たった一人だ、やっちまえ!」
怒声があがった。その怒声をあげた人間はスルストが道ならぬ道を作った姿が見えない位置にいた様子だ。そうでなければ、誰もそのような怒声はあげることが出来ないだろう。
運良くスルストのその姿を見ることが出来た帝国兵は、恐怖のおかげで彼に剣をむけることが出来なかった。
運が悪かったのは、その他の兵士だ。
「お前ら、何やってる!?」
「だ、だ、だってよう・・・」
がくがくと膝が震える、スルストの近くにいた兵士に檄を飛ばして、他の帝国兵士が飛び出してきた。
それをちらりと見てスルストは小さく口元で笑みを作ってから声をあげた。
「ワタシは反乱軍ソニアのために剣をふるう赤炎のスルストデース!はむかう者は容赦しませんヨ!」
その調子はいつもどおりの彼で。
「馬鹿め、名乗りをあげたからって一人で何が出来るってんだ!」
「オヤオヤ、命知らずな」
一気に5人の帝国兵が飛び出してくる姿がスルストの視界に入った。
「まず5人ですネ?」
仁王立ちになった状態で、スルストは足裏を土につけたまま微動だにせず彼らの動きを目だけで捕らえる。
「もう一度言いますヨ〜?」
呑気にそう言って、そして。
もう一度ザンジバルを左から右に、それも右手ひとつでふるった。左手はその動きには何も関与しない、とばかりぶらりと下に垂れ下がっているだけだ。
「うわあっ!?」
たったそれだけの動きだったのに。
スルストの前に飛び込んできた帝国兵の先陣5人の甲冑には、美しくわずかに丸みがついた線が横一文字で刻まれた。
びくり、と彼らは動きを止める。
彼らとスルストの間は5歩分の距離はゆうにある。動きをとめた兵士達に困惑の表情が浮かび、互いの様子を探りあう。
「な、なんだっ、これ」
「何を止まってるんだ!」
そして、更にその後ろから帝国兵の怒声が。これではどうどうめぐりだ。
「はむかう者は、容赦しませんヨ?」
スルストはにこり、と笑顔を見せる。その彼めがけて暗闇の中から矢が数本放たれた。
わずらわしそうにスルストはそれを左手でぱしりとぱしりと払い落とす。スルストの近くまで飛び出た兵士が、それをみて、がくん、と膝を折った。恐怖で逃げることが出来ない。その兵士は多分利口な人間だったのだろう。スルストはそれを見て肩を軽くすくめる。
自分のわずかな動きを見てそれほどの恐怖を感じるのであれば、こいつは捨てた人材でもないなあ、なんてこと彼は呑気に思っていた。困るのは相手の強さもわからない馬鹿な人間だからな、と心の中でつぶやく。そして、その馬鹿達は命を粗末に扱うから天の父も悲しむに違いがない。
暗闇の雨の中、スルストは笑顔のままザンジバルを構えて、自分の近くで腰が抜けた兵士に言った。
「恐いですカ?大丈夫デース!さっきも言いまシタ。はむかわなきゃ殺しませんヨ?」
「あ、あ、あ」
「でも、三度目はありませんけどネ」
スルストがそう呑気そうに言ったのは、膝をついた兵士の後ろから飛び出てきたバーサーカーにむかっての言葉だ。
その命知らずなバーサーカーはスルストにむかって大きな斧を構えて突進してくる。
けれど、彼は自分の斧が届く距離にはいることすら、スルストには許してもらえない。
ぶん、とスルストがふるったザンジバルの剣圧はそのバーサーカーの首を真横にかききって、更にその体を跳ね飛ばす。
「うぐごあ、あ・・・」
声ではない音を最後に出して、どしゃ、とスルストに触れることすら出来ずに倒れるバーサーカー。スルストにとってはそれすらどうということのない動作に見えるのは気のせいだろうか?
そのとき、もう一度稲光が光った。
「天空の三騎士に剣を向けて、生きて帰れると思われては困りますね」
光に一瞬照らされたスルストは、口元でわずかに笑ってはいたが、瞳は哀れみをたたえている。
ごろごろ、と遠くで雷鳴が鳴り響く音を聞きながら腰をぬかした帝国兵は目をそらすことが出来ずにそのスルストを見ていたが、次の瞬間、その兵士を吹っ飛ばす勢いで走り出てきたケルベロスにおたおたと視線を。そしてそれにわずかに遅れてブラックドラゴンが。
その2体を率いているのはデーモンだ。彼らは夜に強い生き物だから、普通の兵士が恐れても、この暗闇、この雷雨、そしてこの男のことを恐れてはいないのだろうか?
「お馬鹿さんですネ〜」
スルストはそこでやっと仁王立ちを緩めて構えを変えた。
「ワタシはドラグーンと呼ばれる幻の称号をもつ男。ドラゴンがそのワタシに歯向かって来るとは、笑止な!」
彼の足が濡れた土と草の絡まる地面を蹴る。
そして、神聖な力の加護をうけたザンジバルを自在に操る男の戦いが始まった。

「一体どういうことになっているの?」
「もうしばらくここで待っているとよいでしょう」
冷静にランスロットは言った。
「ああ、もうこそこそ見る必要はない。どうせ、この教会のことなぞ今は誰もかまってもくれないに違いない」
そういって小さく笑顔を見せるとラウニィーは小窓から懸命に外の様子を目をこらして見た。
暗闇に対して目が慣れてくると、包囲網をしいていた兵士達の動きがおかしいことがよくわかる。
「みんな、ちりぢりになっているわ」
「逃げているヤツもいるってことか。それは利口だな」
ひょいとカノープスがラウニィーを押しのけるように覗く。失礼な男だ、とラウニィーはわずかに眉をひそめたけれど、カノープスに悪気がないことはなんとなく感じ取ることが出来る。
「どなたがいらしたんですの?」
「スルスト殿だ」
「んまあ。天空の三騎士さまがわざわざおいでいただいたんですの?」
驚きを隠せずにノルンは声をあげた。
それには神父や尼僧たちが反応してみな一様にノルンの言葉を繰り返す。
「天空の三騎士・・・・」
「天の父と共に戦う栄誉をもつ方々・・・」
そのとき、ドンドン、と教会の扉を叩く音がした。アッシュはランスロットと目配せをして扉に近づく。
「どなたかな」
「ウォーレン・ムーンですが。そなたはアッシュ殿じゃな?外のことはもうスルスト様におまかせするつもりなので、この年寄りが雨にうたれてのたれ死ぬ前に中に入れてくださらんか」
「あっはっはっは!ラウニィー殿、反乱軍一の高齢者があなたにお会いしたくて雨の中来たと言っている。入れてやってもよいでしょうか?外のことは天空の騎士である赤炎のスルスト殿がすべてお一人で片をつけるとのことですが」
「まあ」
ラウニィーは驚いた表情を見せた。確かに外の帝国兵の動きはおかしい。もはや軍隊とは呼べないような状態になっている。
もちろんアーレスの部下はそもそも軍隊なんていえるような代物ではなかったし、借りてきた帝国兵達だって明らかに前線に出ている者達ではなくあくまでも探索部隊だったのだから当たり前といえば当たり前だ。
それでも、たった一人に任せる、というのはどういうことだ?
それは自分が考えるよりも正直に見聞きした方がいいに決まっている。聡明な彼女は小さく微笑んでアッシュに言った。
「ここの決定者は私ではないわ。神父様に聞いてちょうだい」
「神父様」
「あ、あなた方の判断にすべてお任せいたします。少なくともわたくし達にわかっていることといえば・・・どんな事情であれ、帝国兵達がこの教会に火を射掛けようとした、ということでございますから」
アッシュは強くうなづいて、閂を抜いた。と、扉が開いた途端に側にいたラウニィーは飛び出していく。
「あっ!?」
「ラウニィー殿!?」
「一体・・・」
ウォーレンを守っていたビクター隊の脇をすりぬけてラウニィーは槍をもったまま外に踊り出た。
「・・・」
慌ててその後をアッシュが追う。
ラウニィーは教会の外に出て、雨の中周辺の状況を自分の目で確認しようとしていたらしい。立ち尽くしてきょろきょろと辺りを眺める。
帝国兵達の死骸と、逃げ惑う帝国兵と、そして一人の男に群がる帝国兵と。その3種類に分けられるように彼女は思った。
もはや誰一人ラウニィーを捕獲するために教会を見ている者なぞいない。
「そんなバカな」
誰も彼もが当初の目的を見失うような状態になるとは考えられない。
アッシュはそっと後ろから近づいて、ラウニィーと同じ方角を見た。
そちらにはスルストが孤軍奮闘・・・という表現とは到底思えないほど力が抜けた動きをしているけれど・・・している姿が見える。
教会からほんの30メートルほど離れた場所でおこっている出来事のはずなのに、なんだかとても近い気がする。不思議とスルストの動きだけが目立って見えるように感じるのは気のせいだろうか?
距離としては帝国兵が教会に火を射掛けても影響がなさそうな位置に包囲網をしいていたのだから、わずかにその場所から教会側に動いている様子に見える。
「・・・素晴らしい、の一言につきますな」
「アッシュ・アザンクール」
「私もあれほどの剣を見たのは初めてです。敵でなくてよかった。あそこまでの剣技を見ては人は・・・・逃げるか、その相手を殺すしか、自分達に選択肢がないように思えてしまうのでしょうな。ほとんどの帝国兵が逃げてしまったようだ」
「あれは剣技なんてもんじゃないわ」
ラウニィーは半ばうっとりとしたように声を出した。
「人の力とは思えない。あれが天空の騎士というものなのね」
「けれど、あの方ももとは人間なのですよ」
「何故あの人が反乱軍なんかにいるの?天空の人間がどうして下界の争いに首を突っ込んでいるの?」
「それを語ることが、我々のリーダーについて語ることになりますので。多分、我らのリーダーがどうしても動けない状態なので、スルスト殿とウォーレン殿が来てくれたのだと思います」
アッシュは年齢に似合った落ち着いた声でラウニィーから数歩下がった位置から言葉を続けていた。
「話によると、今一人で戦っているあの御仁はあれでも力が抑えられているということです。その力がもっともっと高まった状態のときに、我らのリーダーはあの御仁を救うためにわざわざ剣を交えたのだとか。お恥ずかしい話ですが、このおいぼれ、あれほどの力をもった御仁に剣をむける勇気なぞ持ち合わせてはおりませぬ。そう、命をかけてもいいと思わなければ出来ることではない・・・。それを、我らのリーダーは成し遂げたのです」
「いきさつは後でゆっくりと聞くわ。私のいきさつも話すことになるでしょう」
ラウニィーはアッシュを振り返った。
雨風にうたれていても大層美しいな、とアッシュはそっと心の中でつぶやいた。と、突然その薔薇色の唇から忌々しそうな言葉が
発される。
「旧ゼノビア王国騎士団長ならご存知?アプローズ男爵の名前を」
その名前を聞いて一瞬のうちにアッシュの表情が曇る。
アプローズ男爵は旧ゼノビアのグラン王を裏切り、早々に帝国に寝返った男だ。そして、ポグロムの森に逃げ込んだ住民や騎士の降伏を認めず、森に火を放って大虐殺を行った憎むべき男だ。
「あの男は、今マラノの町を統治しているの。そして」
ふう、と心底嫌そうにラウニィーは言った。
「私は、その男の結婚相手に選ばれちゃったのよ。どういうわけかわからないけどね。ふざけているわ。帝国で初めての女性の聖騎士ともあろう私が、ゼノビアを裏切って自分の親の首を手土産にもってきたような男と結婚ですって。むしずがはしる!」
履き捨てるような言葉を投げつけると、ラウニィーはアッシュに苦笑してみせた。
「もちろん、それだけじゃあないけれど。・・・入りましょう。これ以上見ていても仕方がないとわかったわ」
「・・・」
「もうすぐ帝国兵は残らず逃げていってしまうでしょうね。それか、二度と起き上がれないように死んでしまうか。無益な殺生はやめて欲しいけれど、あの人は逃げる兵士を追ったりは決してしていないし、その場から自分は動いていらっしゃらない。あなたを初めとして反乱軍はどうやら紳士が多いらしいわね」

ソニアはそわそわしていて、やはり眠ることは出来なかった。
それもそのはずだ。彼女はウォーレンをはらはらしながら待たせることがあっても、自分が待つことには慣れていない。斥候の報告を待つことくらいは出来るけれど、それ以外になんらかの作戦をたてて動くような状態で彼女が本拠地に残ったままになっている、なんてことは反乱軍リーダーになってからほぼ初めてと言ってもいい。
落ち着かないことこの上ない彼女の気を察してか、夕食後にオーロラが様子を見に来てくれた。彼女も恋人であるビクターが出陣してしまった気が気でないだろうに、ソニアのことを心配してくれている。それに気付いてますますソニアは申し訳ないなと思って彼女らしくもなくそわそわしてしまうのだけれど。
ウォーレン達はきっともう教会についているだろう。
ことと次第によってはソニアだって何か動かなければいけないことがあるかもしれない。
そうであれば今はおとなしく眠れるときに眠っておくしかないのだ。それは頭ではわかっているけれど、そんな生活がここ数日続いてしまっていて、彼女はもはや限界に達していた。
ひょこひょこと夜番の兵士達の様子を見ようと寂れた家屋から外に出たら、護衛としていたギルバルドにさっさと捕まってしまった。休んでいるのも仕事のうちだ、と、まるで家に入った野良猫、ならぬ家から出てきた飼い猫を戻すようにギルバルドはソニアをほらほらと追い立てて部屋に戻そうとする。
結果、どうにかこのリーダーをいい子に室内においておけて、そして退屈をさせず、かつ有意義な時間を過ごさせるにはどうしたらいいかを親しい人間で話し合うことになり、白羽の矢が立てられたのはゴエティックのヘンドリクセンだった。
ヘンドリクセンは以前ソニアの部隊に所属していて(「体温」参照)、ソニア信者のうちの一人だ。彼はとても穏やかで読書が好きだったから、読み書きが決して得意とは言えないソニアでもなんとか夢中になるような本を与えようということで、自分が持ち歩いている数少ない書物(まさか本棚ごと移動出来るわけでもないから、常に携帯しているものは数が限られているわけだ。その土地土地で購入していは読んで売って・・・と繰り返しているのではないだろうか)から、ソニアが興味を持ってくれそうなものを選んで、眠れずにぐずぐずしているソニアの部屋を訪問した。
彼の思惑は的中して、ソニアはその本を受け取ると大人しくなった。
ヘンドリクセンがソニアに渡した本は、マジックアイテムについての本だ。珍しいものはさすがに書いていないけれど、どうやら調べたらトロイの木馬程度のものは乗っているようだ。図があるものとないものがあるのですぐに用途を知りたいものがあっても簡単にみつけられないのが難点だが・・・。
ドリームクラウンについてはのってないのか、とヘンドリクセンに聞いたけれど、それはない、との返事に少しがっかりする。
が、たったそれだけの会話でソニアは納得して、おとなしく部屋で読書を始めた様子だった。
そのうち飽きて眠るだろう、と一同はほっとして彼らのリーダーを自主的に軟禁することに成功したわけだ。
案の定ソニアは延々と本を読み続けていた。
気がつくと夢中になっていて、今がどういう状況で、そしてランスロットやウォーレンが傍にいないということすら忘れて書物を読むことに集中していた。どうやら自分が思っていた以上に時間がすぎてしまっていたようで、ずっと灯りがついているから、と不審に思って夜の見張り番だったノーマンとゾックが様子を見に来たほどに夜半を回ってもソニアは灯りの下で左手でページをめくっていた。
「さすがに寝ないと。明日何があるかわからないし・・・ゾックとノーマンにも心配かけちゃったしなあ」
ふと気がつくと、眠る格好にはなっていない。それでも今日はいいか、と思う。
ソニアはもともと他の女性兵のように寝間着がある方が嬉しい、とかそういう感覚はないし、今日は別にどこにいったわけでもないし。
靴を緩めて完全に脱ぐ前にぺたぺたと歩いて灯りを消す。
全部読み終わらなかったのは心残りだけれど、まだ右腕が動かない自分には時間がある・・・と思うことにした。
そうでなければ何もかも不安でどうにもならなくなってしまうからだ。
「やばいな」
まただ。
部屋が暗くなって、ベッドにもぐって眠る頃になるとまた嫌なことを考えてしまう。
前ならば、こんなときには耳鳴りがなっていた。それになんだか似ているな。とソニアは苦笑した。靴をぽい、と放り投げるように足で無造作に床におとしてぼろぼろのベッドにあがってぼろぼろの毛布を二枚にくるまった。
たったそれだけの動きでも右腕が動かない不自由さを痛感して、泣きそうになる。
食事もとても面倒で、出来るだけさじひとつで食べられるように、とパンを羊乳で煮たものだとか、細かく切った果物だとか、工夫してもらっている。それがありがたい反面とてもせつない。
なんとか左手が右手と同じように動けるように、と頑張ってもみているが、そんな数日でうまく出来るわけでもない。
ソニアはまた寝付かれない。本を読むことに熱中してちょっと気分が高揚しているのかもしれない。
「・・・お願いしちゃおうか」
それは誰か人に対しての言葉ではない。
毛布から抜け出して、ソニアは左手でごそごそと不器用に、それでも真剣に丁寧に皮袋からランスロットのオルゴールを取り出した。
左手でうまく剣はまだ振るえないし食事もうまくできないけれど。たった一晩でこのオルゴールのねじをまくことだけは上手に出来るようになった、なんて自分は思っている。
ランスロット達は今、どういう状況になっているんだろう?
まあ、スルストが出ていったからには大丈夫だろうが・・・。
あれから報告は来ていない。
予定通りにことは動いているだろうか?誰も犠牲は出ていないだろうか?
本を読むことで忘れようと思っていたことがぐるぐると頭に回り始めた。いつももしかしてウォーレンはこんな風に心配ばかりでソニアを戦に送るのだろうか?
余計な心配をしすぎていることにソニアは気付いていた。
大丈夫だと思って送り出した仲間を信じていないのか、といわれたら恥じなければいけないだろう。お互いに信頼をして仕事を依頼しているのに。今のソニアが考えていることは、なんとなく不安、とか安心させて欲しい、とかいうまったくの感情だけのものだ。
「ただの小娘になってしまうのは、困る」
それは自分への叱咤だ。妙な理由のない不安を口にするのは、村娘達がやるようなことだ。
ソニアはそっとオルゴールのぜんまいを回した。
ずっと前から聞いたような気持ちになるその音が静かにソニアの部屋を満たす。
瞳を閉じる。ただの小娘になってしまうのは、困る。それは色々な意味を含んでいる言葉だな、と無意識に出てしまった自分への言葉に苦笑をした。
もう、ソニアにとってこの音色は、ランスロットの音、なのだろう。
音がソニアの鼓膜を震わせる。ただそれだけで、ランスロットのことを思いながら眠りにつけるなんて、どれほど愚かで幸せなことなのだろうか?


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モドル

ちょいと短めですが・・・。スルストの話です(笑)ムスペルムでいいところが全然なかったので〜ははは・・・。
どうして短いかというと、あまりに汎用兵を書き込みすぎたので(汗)それは、そういうオリジナル色がOKな方だけに読んでいただければいいかと思いまして、ばっさりと切り捨てて別ページにまとめてしまったからです。(だから、むしろすごい長かった・・・)
そして、次でついにラウニィーが・・・。今回も5ページです。