帝国の花-4-

「ったくよお、こんな上等なベッドで寝るときぐらい・・・」
明け方まだ暗い時刻に起こされてアーレスは悪態をつく。
黒い羽をばさり、と2,3度動かして、それから彼はしかめっ面のままベッドから降りる。彼はカノープスと違って暗黒の力と契約を結んだ証である黒い羽をもつレイヴンという種族だった。同じく空を飛ぶ者でもより強く、そして凶悪な力と心をオウガによって与えられた血族の証だ。
窓からちらりと様子を見ると外はざあざあ降りで、ちっと舌打ちをしながら彼は更に嫌そうな表情を見せた。雨は好きではない。飛んでいて不快な日は何もかもが嫌いだ。そのうえ、こんな時間に。一体なんの報告だ、ろくでもない話だったらぶっ殺してやる・・・。
そんなわけで彼は最悪な機嫌の中で幾人かの兵士からの報告をうけることになった。誰が誰なのかあまりアーレスは覚えてはいなかったけれど、それでもその兵士達がラウニィーを捕まえるために教会に派遣した人間だということくらいはわかる。
「ああーん?なんだってえ?」
「ラウニィー・ウィンザルフが反乱軍と合流しまして、それで、やたら滅多ら強い男が・・・」
おろおろとアーレスに報告をするのは、スルストの強さに腰を抜かしてほうほうの体で戻ってきた兵士達だ。
「そんで、おめおめと、お戻りあそばしたってわけかあ?」
「し、しかしあのままいても・・・」
「同じなんだよォ、その場でその、やたらにつええっていう男に殺されてもなっ!」
そう言い放ってアーレスは手にしていた棍棒を振り上げた。
「!!」
それに反応して兵士達はびくっと体を固くする。逃げようと腰を引く者もいたけれど、その動きは緩慢だ。土にまみれて戻ってきた彼らは、未だにその場で感じた恐怖が抜けきらない様子で、怯えきって動けない動物とあまり変わりがない。それへアーレスは
「・・・なんてなあ?あんまし殺してばかりだと兵士も派遣してもらえなくならあな。へへへ、びびったかよ?」
そう言って棍棒をもつ手をおろした。
「・・・・は、はあっ・・・」
「おい!朝になったらすぐに出かけるぞ、準備をしろ!全部隊だ、全部隊!」
「し、しかし」
「ン万ゴートを目の前にして、尻尾巻いて逃げるかよ、バカ」
アーレスの目つきは、ぎらぎらしていた。先ほど棍棒を振り上げたとき、彼が本気だったと兵士達も本当は気付いていることだろう。

包囲網をスルストが蹴散らしたあと、教会で一同はゆっくりと話をすることになった。引き続きアイーシャ隊はあくまでも合流しないで近くに潜伏している。ビクター隊が中心になって教会の中から外の様子を絶え間なく見張っている。
この反乱軍をソニアが率いることになってから、基本的に彼女は兵士の能力に対してああだこうだと文句を言うことは少なかったけれど、いくつかこれだけは、と提示したことがあった。そのうちのひとつに、誰もが信頼出来る見張り役であること、という項目があった。
見張りをする、と言えば簡単に聞こえるけれど、その単純作業の繰り返しを長時間できる人間はなかなかにいない。王宮騎士だったランスロットやアッシュなぞは新兵の頃は王宮門番なども経験しているからそういったことは出来る。
けれども、旅を続けていくうちにどんどん一般市民が増えてきた反乱軍の中では、剣をもって戦うだけが反乱軍だ、という思い込みで参加する者も少なくない。そういう人間は、剣をもって戦う以外のことを一体誰がしてくれると思っているのだろう?ちなみにノーマンなんかはそのタイプで、自分は戦の時に得意の斧さえふるって帝国兵を切り伏せればいいと思っていたというのだから始末が悪い。
ともかくそういった兵士が多くなるのが目に見えていたため、ソニアは反乱軍の誰もが、見張りという長時間の単純作業の繰り返しを頼むことが出来る、信頼出来る兵士であって欲しいと望んだ。これが案外と難しくて、初めの頃は夜番に回ったものがみな寝てしまい、ランスロットがめずらしく夜中に怒声をあげたことがあるほどだ。そして、それゆえに反乱軍から抜ける者が多少いたのも事実だった。
が、今ここにいる人間は全てそれをこなすことが出来てソニアのお墨付きが出る人員ばかりだ。そのせいでソニアはうかうかと見張りの目を盗んで最近は悪いことが出来なくなったとぼやいているけれど、軍としてはいいことに違いない。
そして、前線で派手な活躍こそはしないけれど、ビクター隊やアイーダ隊は非常に統率がとれており、そして一人一人大層真面目で誠実な働きぶりを見せてくれる。ウォーレン達はそれを良く知っていたから、今は完全に肩から力を抜いている状態だ。
神父と尼僧に安全を約束して休んでもらい、そしてウォーレン達は聖堂の少し古ぼけた椅子に座って落ち着いて話を始めることが出来た。
ラウニィーは静かに自分のいきさつを話した。
帝国の女帝エンドラはすでにラシュディが持っている暗黒の力の虜になり、帝国そのものが狂ってきていること、そして更に、ハイランドの民衆がその力の虜になろうとしていること、心有る騎士達がみな中央から遠ざけられていること、父親であるヒカシュー将軍もが、その暗黒の力に魂を売り渡したように見えること。
挙句、アプローズ男爵の妻として結婚することになって、彼が治めているマラノの都までつれて来られたということ。
あとは彼女の脱出劇、そして逃亡、というわけだ。
「多分、だと思うのですが」
ラウニィーはふう、と溜息をついた。
今まで自分と、自分に従ってくれる部下達だけで逃亡を続けていたのだ。疲れもたまっていたに違いない。
それまでは気をはってみじんもみせなかった疲れの表情が、今は彼女にはいやというほど見える。
「父は、アプローズ男爵にわたしを嫁がせることで帝国の中央から遠ざけて、私がエンドラ陛下に進言したり逆らったりすることを回避しようとしたのではないかと。・・・いいえ、せめて、そう思いたい、というだけなのですが」
ラウニィーはウォーレンが完全に反乱軍リーダーソニアの代理をして来た事を認め、言葉を改めていた。沈痛な面持ちで彼女は自分の側においた槍にそっと触れる。それは見事な逸品だった。きっと名のある槍なのだろうな、とランスロットはちらりと見て心の中でつぶやく。
「ラウニィー様」
何よりノルンがいることが、ラウニィーの気持ちを緩ませたことは事実だ。
教会にたどり着いてからノルンはずっとラウニィーの側にいる。同じく帝国の中央にいたものとして、お互いの気持ちは痛いほどにわかるのだろう。
「それでも、私は帝国の聖騎士だから。いくら帝国の今のやり方が間違っているとはいえ、無条件にあなたたちのもとに身柄を預けるわけにはいかない」
ラウニィーはノルンにそう言って軽く首を振った。それに対してはウォーレンが穏やかに制止をかけるように言う。
「ひとまず、この地にきているアーレスとやらを黙らせて、それから我らのリーダーのもとに来ていただけませんか」
「どうやら、あなたたちのリーダーは本当にひどい重傷のようですね。あんなすさまじい力をお持ちの・・・天空の騎士様の剣を一人で受けたなんて」
ソニアがここにこられないいきさつは既にウォーレンが細かくラウニィーに説明をしていた。ちらりとスルストを見てからラウニィーは険しい表情で言った。
「あなたたちのリーダーの傷は治るのですか?そして万が一のときの反乱軍の存続は大丈夫なの?」
ランスロットはその言葉にどきりとしたが、それへはありがたいことにカノープスがすぐさま答えてくれる。
「嫌なこと言うな。大丈夫に決まってんだろ。天界の医者が薬をくれたんだ、治るに決まってる」
治るに決まってる、となんだか根拠が薄いことを断言するカノープスにウォーレンは苦笑をした。
「本当はここに来たい、と駄々をこねておりましたよ、我らのリーダーは。あなたと直接お会いしたいと。ですが、あなたが危惧していらっしゃるとおりに我々にとってあの方の存在が反乱軍の存続にも関わりますからな、今はおとなしく養生していただくことにいたしました」
「そう・・・」
本当はスルストの戦いぶりを見て、そして彼が天空の三騎士のひとりだと聞いた時点でラウニィーは大きく心が動いていた。反乱軍が一体どれほどのものか見極めたいと思っていたラウニィーにとって、あまりにスルストの戦い振りは雄弁過ぎた。そう、逆に、本当に反乱軍を頼ってもいいものかと逆の心配をもたらすほどに。あまりに大きすぎる力は、新しい圧政をしくもとになるような気すら彼女にはしたからだ。
「あなたたちのリーダーに会って、そこで決めさせていただいてもいいでしょうか。あなたたちの力を借りるかどうか・・・あなたたちに、帝国の聖騎士として頭を下げさせていただくかどうか」
「それで、構いません」
「少なくとも、あなたたちは、帝国の聖騎士だからなんていう理由だけでわたしの首をとったりしないってことはわかったから」
「もちろんです」
それはラウニィーも彼女の部下も懸念していたことだった。
帝国に対応する勢力として、ソニア率いる反乱軍が旗揚げをしたけれど、それに便乗するように各地で反帝国をうたう集団がちょろちょろと出没していることを彼女は知っていた。
そのどれもがこの反乱軍のように理知的に、大掛かりに動いているわけではない。
怪しい集団になれば、帝国の人間を街から追い払おう、なんてことを考えて帝国兵に対して集団暴行を加えるような者達もいる。悲しいことにそれは、今までソニア達反乱軍が解放してきた都市周辺に起こっている出来事なのだが。
そういった集団が士気をあげるために、帝国の聖騎士の首とったり、と(もちろんそんなことで士気があがる集団、ということ自体が大問題なのだが)考えないこともないはずだ。今まで虐げられて圧政に苦しんでいた民衆の中には、帝国の人間の全てが憎い、とまで思っている者が少なくない。
「ソニア様は、わたくしを助けてくださいました」
そのとき静かにノルンは言った。
「一度、あの方に剣を向けたわたくしを、あの方は助けてくださいましたわ。そして、あの方は、フィガロ将軍にすら投降を呼びかけていらっしゃいました。・・・それは、かなわないことだったのですけれど」
「ええ、彼が戦死したことは知っているわ」
「ソニア様は、フィガロ様に・・・。帝国のために戦いたいと思うのならば、あえて剣をひいて欲しいと。己の誇りのためでもなく、エンドラ陛下のためでもなく、帝国の民衆のために・・・。そうおっしゃりました。けれど、フィガロ様は、陛下のために死ぬならば本望だ、と剣をおろさなかったのです」
ランスロットは、ソニアがフィガロに向かって叫んだ言葉を思い出そうと眉根を寄せた。
あれは、ソニアがめずらしく自分の感情を剥き出しにして叫んだときだったように思える。
「あいつ、ひどいこといってたよなあ、どいつもこいつも馬鹿ばかりだ、とか」
カノープスがランスロットを見た。アッシュやウォーレンも「何と?」という表情でランスロットに視線を集めた。本当は騎士であるランスロットはあまりその言葉を口にしたくなかったけれど、彼が覚えている範囲で答える。
「女帝エンドラのため死ぬなら本望だと言ったフィガロ将軍に・・・。そんなことで本望だと思うのは自己満足だ、と言ってました。主のためにとかいう大義名分の自己満足で死ぬくらいなら、生きている多くの人間のために・・・主を裏切ったと、そしられながら生きる方が大儀ではないかと」
ノルンが静かに
「誇りや名誉や・・・そういった、騎士にとって大切なものを口にするのは・・・自分のことだけが大切だということなのだと。今はそんなことが優先されるような、そんな時ではないと・・・。民が苦しんでいるのだ、と。・・・騎士であるフィガロ様に、ソニア様は厳しくおっしゃいましたわ」
「・・・主を裏切ったと、そしられながら、か」
アッシュはそうつぶやいた。
謀略のために、主であるグラン王殺害の罪をかぶせられて長い長い年月を監獄ですごし、そして今その主の無念をはらそうとここにいるアッシュにとって、その言葉はどれだけ響く言葉だっただろうか。彼は、心の中で彼をおとしいれた者・・・それは、魔導師ラシュディなのだが・・・への憎悪が湧き上がってくるのを感じて、そっと人知れずそれを落ちつかせようと自分の手を自分で握った。
ラウニィーは、一度目を閉じて唇を軽く動かす。それは何も音になって聞こえないけれど、見るもの誰もがわかるほどにはっきりと言葉を形どった。・・・生きている多くの人間のために、か・・・。自嘲気味にラウニィーは笑って、そして顔をあげた。
「同感だわ。気が合うようね、あなたたちのリーダーとは」

ずっと動きっぱなしだったラウニィーの疲れを慮って、ウォーレン達は朝まで彼女をゆっくり休ませてあげようと決めた。最初はそんなことはいい、と意地を張っていたけれど、アッシュの説得に折れて、素直に引き下がった。
ここ数日使わせてもらっていた、尼僧達が寝泊りする部屋にラウニィーとその部下は向かう。
我々も交代で休もう、とウォーレンが提案して、ひとまずランスロットの部隊を休ませようということになった。
どう考えてもここ何度かの出陣でオーバーワークになっていることは間違いがないし、怪我から復帰したばかりのテスがいる上に、オハラも長い移動や前線での徹夜も経験が多くはないから、というのがその理由だ。
尼僧たちからわけてもらった毛布ひとつをそれぞれ手にして、聖堂の床に彼らはうずくまって休憩をする。
「お前、なんか元気ねえな」
「・・・元気がない?私が?」
心底意外そうにランスロットはカノープスを見た。一体何を見てそんなことを言っているのだろうか?という表情だということはカノープスにだってすぐにわかる。
「うん。ソニアがいないからかあ?」
カノープスはにやにやしながら、鎧を身に付けたまま一休みしようと床に腰をおろしたランスロットの隣に座った。
床はひんやりと冷たいが、室温は低くない。露出が高いカノープスでもこの程度の冷たさならば眠れるだろう、というくらいだ。
ランスロットはその、意味がわからない冷やかしに苦笑をして
「・・・お前と一緒にされてはかなわないな」
「な、なんだよっ、それ」
「お前こそ、ソニア殿がいらっしゃらなくて元気がないように見えるぞ」
「ちぇ、藪つついて蛇だしちまった」
カノープスはあえて否定もしないでそういって唇を軽く尖らせた。それから毛布にくるまってごろんと横になる。
「元気がないんじゃねえよ」
「じゃあ、なんだ」
「心配なんだよ、置いてきちまって。何か馬鹿なことやらかさないといいけどなあ。ほら、いつも馬鹿なことをやらかすときは俺がいるからいいけどよ・・・しかもウォーレンのじいさんもお前もいないんじゃあ、な。ちっと心配なのは本当さ」
「・・・そうだな」
確かにカノープスが言うとおりかもしれないな、とランスロットは小さく微笑んだ。一方、
「・・・」
あ、畜生。
ランスロットのその微笑を見て、カノープスはそんなことを思った。
きっと今ランスロットはソニアのことを思い出しているに違いない。
こいつは。ソニアのことを思い出すときに、こんな優しい表情をしやがるのか。
それがなんだかカノープスにはむず痒く感じる反面、苛立ちすら覚えてしまう。
例えていうならば、自分が大切にしている遊び道具を他の子供も自分と同じように大切にしている姿を見たような、そんな気持ち。
「あーあ、ホント、藪つついて蛇だしちまったよ・・・」
もう一度そういうと、カノープスはふてくされたように目を閉じてしまった。ランスロットは本当に何気なくそれへ声をかけて自分も横になる。
「おやすみ」
無意識の言葉だったけれど、それに反応してまだいささか拗ねたようなカノープスからの返事が聞こえた。
「・・・はいはい。こんなときでもお前、礼儀正しいのな。さすが騎士さま」
なんだかつっかかるな、と思いながらもランスロットは静かに答える。
「皮肉か。ソニア殿ですら挨拶はきちんとするぞ」
「悪かったな。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そしてランスロットも瞳を閉じる。
ああ、今日も彼女は、もしかしてオルゴールを聞きながら眠ったのだろうか?そんなことを思いながら。
眠りにつく前に、妻以外の女性のことを思うなんて、それは。
一瞬そんな思いがかすめたけれど、疲れた体はその声を彼の記憶にとどめておいてはくれず、すぐに深い闇に落ちていくのだった。

さて、そんな風に二人の男に心配されていたソニアは、翌朝起きられなくて苦しんでいた。
結局朝までヘンドリクセンから借りた本を読んでしまい、彼女にしては本当にめずらしく、朝の鍛練の時間に目覚めることは出来なかった。
まあ、どちらにしたって朝の鍛練はするな、と厳しく止められていたから構わないけれど・・・。
「ううーん・・・」
原因は他にもある。完全に運動量が足りないのだ。
だから体がどれくらい寝ればいいのか量りかねていて、起きられるような起きられないような。目覚められるような目覚められないような。
そんなけだるい時間を彼女に押し付けてくる。
「・・・そうだ・・・バルモア」
ソニアはよたよたとベッドから抜け出た。
「あ、ちょっと動くようになった・・・」
ふと気がつくと右腕の感覚が昨日までと違うことがわかる。
が、わずかに動くだけで、肘を少し曲げただけで止まってしまう。痛みがあるのではなく、まるで物理的にそれ以上曲がらないよ、と言っているように腕が動くことをぴたりと止めてしまうのだ。
「まだまだだなあ・・・」
それでも、痛みが伴わないというのはありがたいものだ。多分、塗っている薬のおかげなのだろう。
本当に不思議な薬だな、と思うけれど、恐くて他の用途にそれを使うわけにもいかない。
「そうそう・・・」
何を考えていたんだっけ?とソニアは首を一度ひねって思い出した。
そうだ。カストロ峡谷への道のりの途中にある、ドヌーブの中心と過去に呼ばれていたバルモア城・・・今は遺跡状態なのだが・・・に送った斥候が今日あたり戻ってくるはずだ、と起き抜けの頭で考えたのだった。
養生していろと言われても、ソニアはソニアなりにウォーレンとランスロットがいないこの場でやるべきことがあったし、進軍が完全にぴたりと止まっているわけでもない。この場所へ移動している途中に、通過してきた小さな村やら集落でそれぞれ情報をきっちり収集してきていた。
そのうちのひとつに、カストロ峡谷よりもわずかに南西にあるバルモア遺跡と呼ばれる地方を今統治しているアルビレオという男は、ラシュディの弟子だったという話があった。通常はもしもその地域の民が必要以上に圧政を敷かれていなければ、反乱軍としてはわざわざよって無駄な戦いをする必要はなかったけれど、今は状況が違う。
帝国は、女神フェルアーナがいるといわれている天空都市シャングリラをゼノビアに落とそうとしている。その情報に対してあまりにもソニア達の知識は貧困で、どういう手段でそれを止められるのかも皆目検討がつかない。簡単に「落とす」というけれど、それはどういう状態になって落下してくるのかもわからなければ、そもそもどうやって移動しているのかも知らないわけで、それに対して手を出しようがないのが現状だ。
が、バルモア遺跡を治めている人間がラシュディの弟子と聞いたからには、何かヒントになるものが得られるのではないかとソニアもウォーレンも考えた。シャングリラを移動させている力が何なのかはわからないけれど、少なくともカオスゲートの封印を破って天界にいくほどの力をラシュディが持っているわけだし、その力が関与しているだろうということは予想出来た。
ソニアはもぞもぞと慣れない手つきで着替える。いつも着ている服は紐で編み上げたり縛ったりしなければいけないから、右腕が不自由な今は着ることが出来ない。寝間着を脱いで、かぶるだけですむ簡単な服に頭を通す。
もちろん、髪だって縛ることが出来ない。これは誰かに頼む必要がある。
・・・が、ソニアはどうも、ランスロットからもらった紐を、他の誰かに触らせて髪を縛ってもらうことがなんとなく嫌だと感じていた。
それでムスペルムからずっと髪をおろしているのだが、邪魔なものは邪魔なわけで。
「他のもので結んでもらおうかな」
もし、違う紐で結んでいるのをランスロットに見られたら、彼はなんと思うだろう?気付かないかもしれない、でもちょっと気付いて欲しいとも思う。
気付かれたら、どう思うだろう?そんなことをぐだぐだ考えているのはソニアの性に合わない。すぐに思考を打ち切って、髪をそのままで腰にブリュンヒルドの鞘をつけた。
部屋の外に出ると、美味しそうな匂いがした。朝食の準備はとっくに出来ているのだろう。ぼろ屋から出ると、兵士達がみな朝食配膳のために一所に集っているのが見える。そこへソニアはちょこちょこと歩いていった。
「おはよう」
「あっ、おはようございます!」
「おはようございます、ソニア殿」
「ソニア殿、お加減はいかがですか」
多くの兵士が声をかけてくる。正直なところ一人づつに言葉を返すのは面倒な作業だし、とんでもなく時間がかかることだ。けれど、出来るだけそれをするようにソニアは努めていた。せめて視線だけでも、みんなと合わせたい。そうすることでわずかでも反乱軍の結束が高まるならば、それはリーダーとしての役目だ。
「おはよう、アイーダ」
「おはようございます」
アイーダは配膳をしながらソニアに笑いかけた。隣にいる新兵のヴァルキリーも慌ててソニアに挨拶をする。それへ、軽く左手をあげてソニアは笑いかけた。
「薬塗らなきゃいけないんだ。誰か手が空いてる人間いるかな」
「わたしでよろしければ」
そう言って声をかけるのはオーロラだ。彼女は今日は調理する担当だったらしく配膳をしてはいない。
「おはよう、オーロラ。じゃあ、頼んでいいかな」
「はい」
オーロラはこころよく返事をして、ソニアと共に歩き出した。
「ソニア様、おはようございます」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。今日はいい天気だな」
「おはようございます」
「おはよう。そうだ、そろそろパラディンへ昇格しないとな。留守にしていて悪かった」
「ありがとうございます!」
「ソニア様、おはようございます、お加減は」
「うん、少し動くようになったよ。痛みもない。心配かけて悪いな」
ソニアはとてもよく受け答えをしているとオーロラは思う。もともと長い言葉は得意ではないから簡潔に返す。けれど義務的に聞こえない、そういう物言いを彼女が出来ることはこの反乱軍にとって大層な財産だった。それをソニア自身はわかっているのだろうか?
「ソニア様、みんな、喜んでいます」
「うん?何が?」
「ここ最近・・・あなたがいらっしゃらなかったので。ソニア様が思っていらっしゃる以上に、残された人間はやきもきしたり、寂しいと思ったり、不安に思ったりするものですわ。ウォーレン様がいらっしゃっても、この反乱軍を率いているのはソニア様ですから」
「・・・うん」
「心のどこかで、ソニア様がいなくとも、と思っている人もいると思いますが・・・いざ、あなたがいらっしゃらないと不安になる、ということをもうみなわかっていると思います」
「そうなのか?ふうん・・・そこまで影響力はないと自分では思ったのだけど」
呑気にソニアはそう言いながら出て来た家屋に戻って、部屋にはいる。オーロラは棚の上に置いてあった薬箱を取って椅子に座った。
「でしょうね。わたしは最近待つことばかりなのでとても不安に思いますけれど」
「不安か、オーロラは」
「ええ」
小さくプリーストはソニアに微笑む。
「信じているとか信じていないとか、そういうことではないんです。ただ、自分達の手が届かないところでソニア様が戦っていらっしゃるということだけで、不安になりますね。それに、最近お怪我が多いようですから、特に」
「悪い」
「仕方がないことなのでしょう?」
「うん。全部必要なことだ。仕方がない。どうも、あたしでなければいけないことが多すぎるようだな」
「そのようですね」
オーロラは丁寧にソニアの太股に薬を塗る。ふと気付いたようにソニアは
「今日はビクターが出ているな」
「ええ」
「・・・それも、不安か」
「・・・ええ、不安です。でも、スルスト様とウォーレン様がご一緒ですから・・・そう、言い聞かせています。自分も出陣しているときは、そこまで不安にならないのですが、ビクターだけが出ている時は、不安になりますね。比較してはいけませんが、彼はやはり前衛ですからね。怪我を負いやすいものですから」
「そうだな」
プリーストのオーロラとパラディンのビクターは反乱軍でも珍しい恋人同士だ。
なれそめはソニアの部隊にどちらもいた、ということからだったらしいが、今は二人は別々の部隊で活動しているから、一緒に出陣することもあまりないしお互いがいつでも見えるところにいるわけでもない。
「ソニア様は、今日は不安ではないのですか。ウォーレン様とか、ランスロット様とか・・・」
「リーダーが部隊を派遣していちいち不安がるわけにいかないだろ」
「あ。そうですわね。失言でした」
でも。
出陣してる、していないはともかく、ランスロットが傍にいてくれないのは、少し不安だとソニアは思う。
それは何に対しての不安なのかはわからない。わからないけれど。
「明日には戻ってくるかな」
「ウォーレン様達ですか?」
「うん」
「そうだといいのですけれど」
「オーロラはビクターと同じ部隊に入りたいと思っているか?」
「・・・いいえ」
「なんでだ?」
「もし、目の前であの人に何かがあったら、冷静でいられる自信がありませんから・・・弱音で申し訳ありません」
「そうか、オーロラはそうなのか」
ソニアはなんだか神妙な顔でつぶやく。
「あたしとは違うんだな」
「えっ・・・?」
「あたしは、自分が知らないところで・・・」
自分が知らないところでランスロットが怪我をしたり、危険な目に会うくらいなら、どんなに辛くても共にいる方が良いと思う。
無意識にそれを口に出してソニアははっとした。
これでは、好きな人間がいる、とオーロラに言っているのとそう変わらないではないか?
慌ててその先の言葉を飲み込んで、ばつが悪そうにもごもごとつぶやいた。
「なんでもない」
「・・・そうですか」
オーロラは何も問い返さない。彼女は決してソニアに何かを無理強いすることがない。
ソニアが月のものが止まっていると聞いて、相談相手になれれば、と声をかけにきてくれたけど、どうしろ、とかこうしろ、とか決して彼女はソニアに何かしらの行動を押し付けるようなことはしなかった。それは、とてもありがたい。
けれど。
けれど、もしも問い詰められたら、自分は何と言えばいいのだろうか。ソニアはそんなことを考えてしまう。
(あたしは、ランスロットが好きなんだ)
・・・そんな言葉は言えない。立場の問題とか年齢差とかではなくて。
そんな言葉を自分が発すると思うだけでソニアは泣きたい気持ちに駆られてしまう。一体この気持ちをなんと呼べばいいのだろうか。

アイーシャ部隊からの報告が入ったのは、やっとビクター隊が交代で眠りに入った頃だった。タシケントの方角から多数の帝国部隊が出動したという。そして、先頭になっているのはどうやらレイヴンらしいとのことだ。それは十中八九アーレスのことだろう、と皆の意見は一致していた。
ウォーレン、ランスロット隊、アッシュ隊、ノルン隊、そしてラウニィー隊とスルストが全員聖堂に集って話し合う。
昨日の嵐から一転して外は嫌になるほど快晴だ。これでは敵も気分よく飛んでくるに違いない。
「ほどなくこちらに辿り着くようです」
アイーシャ部隊から伝令をうけたノルンが状況を伝える。
「わかった。ということは、本気なのだな、相手も。・・・どうする?」
ランスロットはウォーレンを見た。老人は苦笑をして
「どうするもこうするも。来るのであれば、わざわざここを動くこともあるまいて。まあ、教会に被害が出ないように少しばかり離れたところで迎え撃つくらいかの」
「誰か教会に残す方がいいだろうな」
それは教会を護る為だ。ラウニィーを庇い、反乱軍を受け入れたこの教会に対してアーレスがどういう手口で制裁を加えるのかは誰も予想することは出来ない。だからこそ最後の最後まで、この地域を解放するまではこの教会の人々の安全を確保する必要があるわけだ。
アッシュはぐるりと面々を見渡して、それぞれの部隊の様子を確認をしてから口を開いた。
「ラウニィー殿が残ってくだされば、それで解決すると思うのだがな」
「それは御免だわ」
「ラウニィー殿」
「もう、ここで待っているのは飽き飽き。女一人捕まえることも出来ない山賊相手に隠れているなんて冗談じゃないわ、ぶっとばしてあげないと」
大層な言い草だ。ランスロット達は苦笑を隠しきれない。帝国で最も女帝エンドラに近いといわれるほど高位の身分をもつウィンザルフの令嬢とはとても思えない様子だ。そんな中でスルストだけがなんだか嬉しそうに大袈裟に言う。
「OH!そんな美しい声で「ぶっとばす」なんてレディの言葉ではありまセン。ラウニィーサンは過激なお人ですネ〜」
「気分を害されました?」
「いえいえ。気分を害するなんて。むしろ、もっとユーのこと、好きになりましたヨ〜?」
「あんた、ホントに見境ないんだな!」
とは天空の三騎士に敬語すら使わないカノープスの一言だ。
「見境ない、だなんて、心外ですネ〜?」
そういってスルストは肩をすくめてみせた。ラウニィーはまだスルストのそういう性癖を知らないので不審そうにやりとりを聞いているだけで特に何も言わない。それでは、とランスロットは軽くウォーレンにうなづいて言った。
「ビクターに残ってもらうか。休んだばかりで出陣させるのも可哀相だからな」
「それが妥当なところじゃろうな・・・「ラウニィー殿、くれぐれも無茶はなさらないでください。あなたをわれらがリーダーのもとへお連れするために嵐の中やってきたのですからの」
ウォーレンが念押しをする。
それはまるでいつもソニアに対して釘をさすときの口調や表情と似ていて、ついついランスロットは苦笑をしてしまったけれど、言われた当の本人ラウニィーはその美しい顔に似つかわしくない不敵な表情を見せる。
「わたしを誰だと思っていらっしゃるの?帝国で唯一の聖騎士の称号をもつ女よ?」
そういって彼女は槍を持つ手に力を込め、スルストに笑いかけた。
「今度は、私があなたたちに私の戦いを見せる番でしょう?お見せするわ、このオズリックスピアの威力と、私の腕を」
「ラウニィー殿は本当に」
半ば呆れ気味にアッシュが口に出す。しかし、ラウニィーはそれに対してもしれっと
「あなたたちのリーダーと気があいそうなんでしょう?ホント、楽しみだわ」
「ははは、これはやられましたな、アッシュ殿」
ウォーレンは楽しそうに笑うけれど、言われたアッシュはいささか辟易気味の表情だ。
ラウニィーはさっさと自分の部下に声をかけて出陣の準備をはじめた。それを見ながらカノープスがぼそっとつぶやいた。
「気の強い女はおっかねえなあ〜」
「何かいいました?カノープスさん」
とテスが聞き返す。
「い、いやっ、なんでもねえよ!」
今の彼の部隊は女3人なのだ。余計なことは口に出すものではない。その一部始終を耳ざとく聞いていて、ランスロットは小さく笑った。


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モドル

なんだか離れ離れの人達がお互いに全然違うところでお互いのことを思っている様子です。
ソニアがどんどん意識を強めているようで、なんだか不憫で可哀相ですね。
平和な時代に平和なところで普通の村娘として生まれたら、さぞ恋愛体質の女性になってしまっていることでしょう(笑)