帝国の花-5-

教会からわずかに西側の山沿いにラウニィーの部隊を中心として両側にランスロットとアッシュの部隊。そしてその後ろにはノルンの部隊が控えている。用心のため、とビクター隊は教会に居残っていたし、教会西から続いてくる街道沿いにはアイーシャの部隊が大分前から息を潜めていた。
北西の空から飛んでくる大軍はアーレス率いる帝国兵達だ。
スルストはハイネと共にグリフォンに乗って、布陣に加わらずにグリフォンを好き勝手に飛ばしていた。
方角はいい。
日の光が邪魔にならないのはありがたい。
あまりに空は快晴で、上を見上げるのがまぶしすぎる。
東側や南側から攻められれば、空を飛ぶ物が多いアーレス達を標的として捕らえるのは多少難しくなったかもしれないな、とランスロットは心の中で呟いた。
「オハラ、こちらからご挨拶をして差し上げるとよいぞ」
そう焚きつけるのはウォーレンだ。この場合の「ご挨拶」とは、敵兵に矢を放つ、ということだ。空を飛ぶ者が多い帝国兵にむけて、羽根を狙ってまずは打ち落としてみろ、とけしかけているのだ。
ランスロットは苦笑して、何気なく側に紛れ込んでいた老人をたしなめた。
「ウォーレン。それはちょっとやりすぎではないか」
「何を言う。教会に火を射掛けようとした輩には、それくらい可愛らしいものじゃよ」
「ただでさえじゃじゃ馬ばっかりなんだから、じーさんくらいじーさんらしくしててくれよ。それじゃ、ソニアと変わらねーぞ」
とカノープスがにやにや笑いながら言う。ウォーレンはきゅっきゅっと杖の先に埋め込まれた石をポシェットから取り出した布で磨いてまるで何もなかったかのようにすたすたとノルン隊の後ろに隠れてしまう。
オハラは困った顔でランスロットを見た。
「どういたしましょう?」
「・・・オハラが挨拶をする必要はないようだ」
「わあ!?なんて女だ!」
そのとき、前触れもなくラウニィー部隊が動き出した。
陣を組んでいてもなんらそれに依存しない動きをみせてラウニィーは帝国兵の前に踊り出る。
ラウニィーがつれているのは2体のケルベロスだ。逃亡をを決めたときに、徒歩では難しく、かといって空を飛べば目立ち過ぎる、と彼女が選んだ魔獣達は大層役にたっていてくれていた。
他に二人部下がいたはずだったが、どうやらその二人は、マラノの都からこの教会までラウニィーを手引きした、ウィンザルフ家の人間とのことで、戦いには長けていないのだと出陣する際にラウニィーは教えてくれた。もし、反乱軍にラウニィーが身を投じるならば、彼らもまた何らかの形で反乱軍の手助けをしたいと思っているのだ、ということを聞いてランスロット達は驚いた。
帝国の人間で、騎士でもない者達でも反乱軍の正義を支持するものなのだ、と。
ラウニィーの供が反乱軍に手をかす意志がある、というのは、彼らがもともとラウニィーに仕えているから、という理由だけではない。
帝国の中で憂えている人間が他にもいるのだ。そして、逃げることが出来ずに苦しんでいる者達が。
圧政は旧ゼノビア領に留まらず、黒い政(まつりごと)がこの大陸を支配しようとしている。それを改めて彼らは感じることが出来た。
とにかく。
ラウニィーの部隊に人間はラウニィーだけだったから、この、無茶をしそうな帝国の聖騎士を止めるものは誰もいない。
「私がラウニィー・ウィンザルフよっ!捕らえられるものならば、捕らえてみなさい!」
ラウニィーはオズリックスピアを縦に持ち、自分の体の前に突き出した。
テスやアイーダのそれをみて慣れている詠唱のはずだったが、ラウニィーの「それ」は彼女達他のフレイアとはわずかに異なっていた。
「怒りの雷よ、空を劈き(つんざき)大地にほとばしりて、すべての命を震わす轟きと共にそのあふれ来る力を与えたまえ!」
サンダーフレアの詠唱も通常のものよりは長い。
きゅるきゅる、と槍をニ回転させ、その切っ先を敵に向けた。
「我が力を媒体として我に敵為すすべての生き物に天罰を与えたまえ。降り注げ、サンダーフレア!」
その瞬間。
見慣れたサンダーフレアの2倍の稲光が、帝国軍の戦闘の部隊に降り注ぐ!
「う・・・わっ!?」
「なかなかやりマスネ〜?」
驚いて目を見開くカノープスの側に、スルストとハイネが乗ったグリフォンが低空飛行に切り替えてゆっくりと降りて来た。グリフォンの羽ばたきで埃が舞うのにランスロット隊とアッシュ隊は苦笑をする。
「すごいですネ〜!あれはサンダーフレアの完全詠唱デス」
「完全詠唱?」
「突出した能力をもつフレイアだけが許された、サンダーフレアの完全詠唱。あれを普通のフレイアがやると、雷は制御できない場所におちてしまいマース。彼女は稀な力を持っているようですネ」
更にオズリックスピアを持ち直して、ラウニィーは帝国兵に飛び掛っていった。
それを合図として、ランスロット隊とアッシュ隊、そしてスルスト隊も、それぞれの役目を果たすために交戦を始めたのだった。

ブラックドラゴンの部隊とレッドドラゴンの部隊はすべてスルストが処理をしてくれている。が、それのみならず、帝国軍はレイブンやブラックナイトといった部隊が多いので、正直なところどの部隊と交戦しても、スルストがもつ神聖な加護をうけているザンジバルは猛威を振るった。そしてまた、ランスロットが持つカラドボルクもその力をいかんなく発揮している。
予想外に帝国軍も舐めたものではなく、広範囲に攻撃を行うニンジャマスターの忍術や、石化の効果があるペドロブレスを吐き出すコカトリス、動きを封じるスタンクラウドを行使するウィッチなどに思ってた以上に苦戦を強いられた。ランスロットもアッシュも不必要な消耗を避ける為に、戦いながらも敵将であるアーレスの姿を探そうとしていた。
「ランスロット様、あれがそうではありませんか!?」
オハラが叫ぶ。
彼女が指を差した方向には、ケルベロスに守られたラウニィーの姿とニンジャ達に囲まれているレイブンの姿が見えた。
「カノープス」
「おう」
迅速に敵兵から離れてカノープスの傍に部隊員が寄る。心得た、とばかりにもたつくこともなくカノープスは羽根を羽ばたかせてラウニィー目掛けて敵兵の合間をぬって飛んでいく。カノープスの速度はそこいら辺のレイブンにもバルタンにも真似が出来ないから、こういったときには重宝する。すぐに状況を把握したノルンがフォローに回ってくれて邪魔をする帝国兵を一手に引き受けてくれるのがありがたい。また、山間から現れてくる後続部隊の前に、先陣をきっていたドラゴンを含んだ部隊をあらかた倒したスルストが立ちふさがっているから少しづつ混戦状態が緩和されていくのをランスロットは感じた。
「あんたがヒカシュー大将軍の娘、ラウニィーかい。美人だな」
にやにやとレイブンは下品な笑い顔を見せ、羽根を大きくはばたかせてラウニィーの頭上から声をかけた。ラウニィーはそれを首を斜めに傾げながら厳しい視線で見上げる。。
「誰・・・あなた・・・?父に頼まれたの? 」
そのレイブン・・・もちろんアーレスなのだが・・・は腹を抱えてみせて大袈裟にげらげらと笑ってから口元を歪める。更に大仰に手を広げて人を小馬鹿にするような口調で答えた。
「いや、あんたのフィアンセ、アプローズ男爵様だよ。ずいぶんホレられてるんだね〜。あんた無しでは生きていけんとさ。ったく、ケッサクな話だぜ。あんたを探すだけで、ン千万ゴートの大金がもらえるんだ。さあ、おれとマラノに戻ろうぜ! 」
ラウニィーよりも先に、その言葉のうさんくささにケルベロス達が反応してうなり声をあげる。 俺とマラノに戻ろうぜ、ですって、馬鹿みたい、とラウニィーはふん、と鼻をならしてから叫んだ。
「冗談じゃないわッ!あんなタコのところへ戻るくらいなら、ここで舌をかんで死んでやる。もちろんその前に、アナタの首をちょん切ってあげるわね」
「うっわー」
その声はカノープスの声だ。
「タコだってよ、タコ。どんなヤツかは知らないけど大層な言い草だな」
「あら、でもオクトパスは強いですから、褒め言葉かもしれないですよう」
と戦闘中なのにいつもの女の子口調で言うのはオリビアだ。そんなわけないだろ、とカノープスが言おうとしたときに
「なんて、おてんばな娘だいッ。望みどうり殺してやろう。男爵様からは『生死に関係なく』っていう条件だからな・・・。ワッハッハッハ!」
アーレスは下卑た笑いをして、ニンジャ達の後ろで棍棒を縦に振り下ろした。
それを合図にして、前衛のニンジャがケルベロスに攻撃を浴びせ掛ける。ラウニィーは槍を持ち直し、サンダーフレアを詠唱する形に固定した。そして詠唱・・・をする前にもう一言言わずにはいられなかった様子だ。
「ふっざけるのも大概にしなさいよっ。お前ごときがわたしを討ち取れると思ってるの!?その羽根、飛べないほどに焦がしてあげるわ!黒いから焦げてもわからないでしょうけどね!」
ぷっとオリビアは吹き出した。テスとオハラは苦笑をしている。
「女性は口が巧いな」
「それ、なんか意味違うぜ・・・」
「手を出さないで頂戴!」
ラウニィーが叫んだ。命令されるいわれはないが、とランスロットは生真面目な表情で
「前衛のニンジャだけ我々がひきつけましょう」」
とだけ声をかける。
ラウニィーは既にその言葉を聞いていないようで、再びサンダーフレアの詠唱にはいった。
その前にテスが簡略したサンダーフレアを先に唱え終わり、アーレスと彼を囲むニンジャ達に雷が降り注ぐ。
それは先ほど開幕にラウニィーが唱えたものほどの威力はなかったけれど、彼女の仕事はいつも素早くてそして確実だ。どんなときでも詠唱時間のロスを感じさせないほどの速さで敵に先制をとることが出来る。それが彼女の強みだった。
「くっ、いてえじゃねえかよ!」
空でばさばさと細かく羽根を動かしながらアーレスは吠えた。後衛のニンジャが忍術を行使するために手で印を切っているのがわかる。ケルベロスに対抗するために水遁の術を唱えているのではないかとランスロットは判断した。もしそうならば、火遁や物理攻撃をよりもラウニィーは耐え切ることが出来るだろうからありがたいな、と思う。
「なかなかいいフレイアね」
ちらりとテスを見て、詠唱途中だというのにラウニィーはつぶやいた。そこへ
「死ねっ!」
アーレスが棍棒を振り下ろすと、棍棒を媒体としてファイアストームが放たれた。空から落ちてくる炎。それへは火炎への耐性がラウニィーよりも高いケルベロスが彼女を庇ってくれる。次の瞬間
「降り注げ、サンダーフレア!」
ラウニィーの詠唱が終わって、アーレスとそれを囲むニンジャ達に雷がもう一度降り注がれた。
そのダメージが抜けないうちに、とランスロットとカノープスが前衛のニンジャに打撃を浴びせた。一人のニンジャが叫び声をあげて、ランスロットの一撃で倒れる。
「くっそ、こんのじゃじゃ馬が!!」
アーレスが飛び出したきた。頭上から恐ろしい勢いで下降してくる。目標は完全にラウニィーだ。
サンダーフレアを詠唱し終わったばかりでラウニィーは槍を構える腕をおろしていたけれど、飛び出して来たアーレスに気付いて素早い反応を見せた。
「やっと来たわね!」
にっ、とラウニィーは白い歯を見せて笑った。
「レイブンは神聖な力に弱いというけれど。残念ながらこれはそういう武器じゃあないわ。でも」
オズリックスピアを構えてラウニィーは地面を蹴った。急下降してくるアーレスに自分から飛び込んでいく様子を見てランスロットは焦った。
「ラウニィー殿、それはっ」
やり過ぎだ。
そう思ったときに目の前でラウニィーがオズリックスピアをアーレスに向かって突き出した!
その動きはあまりにも洗練されていて、同じく槍を得物としているいつも冷静なテスでさえ驚きのあまり口をぽかんと開けたほどだ。
槍の重さを感じさせないほど、まるで片手の手首だけで動かしているのでは、と思うほどのなめらかな動き。
サンダーフレアだけではない。このラウニィーは、本当に実力で聖騎士の称号を得た人間なのだということが誰にもわかる動き。
「なんて」
素晴らしい。その言葉をごくりを飲み込んでテスは槍を持つ手に力を入れた。テスはサンダーフレアよりも槍を振るう方が実は得意だ。もう一人のフレイアであるアイーダはどちらかというとサンダーフレアを行使するほうが得意だというけれど。
槍を振るう人間で彼女たちの技量を上回る人間は反乱軍にはいない。
もし、此の方が仲間になってくださったら、わたしもアイーダももっと強くなって、もっとお役に立てるのではないかしら?
そんなことを思いながらテスが感動しているときにも
「冷気属性にも強くはないわよねっ!?後悔したって遅いわよ!」
どうやらラウニィーは最後の最後まで悪態を吐かずにはいられない様子だった。

バルモア遺跡付近の斥候役が戻って来て、ソニアはふむふむと様子を聞いていた。
いつもならばウォーレンとランスロットが必ずいるけれど今日は別だ。代わりに彼女に呼ばれてやって来たのはギルバルドとフェンリル、そしてガストンとヘンドリクセンにアイーダだ。
円卓も何もない部屋に、ぼろぼろの椅子をあちこちからかき集めて丸くなってみな座っている。
報告によると、バルモア遺跡近辺は別段圧政がどうの、帝国軍の動きがどうの、という厳しい情勢ではないことがわかった。が、それには理由があって、バルモア遺跡付近を管理している帝国側の人間というのが、どうも暗黒魔導の研究をしていて、そちらに没頭しているからだ、ということだった。
「そいつはどういうやつなんだ?」
室内でソニアは木の椅子に座って、左手でふちが欠けて持ち手も半分しかない手を傷つけそうなカップをもって二人の斥候役の報告を聞いていた。
カップの中身はアイーシャが「飲んでくださいね」とおいていった、例のまずい薬草茶だった。前回と違って飴玉もあるわけではない。申し訳ないと思いながらもソニアが飲もうか飲むまいか困っているうちに冷めてしまって、これまた飲みづらくなってしまって困っているのだ。
それを知っているフェンリルはいつ彼女が口をつけるのかと心の中で笑いながら様子を見ているのだが・・・。
「アルビレオという名前のエンタンチャーだそうです」
「ふうん・・・」
「まだ情報は確定ではないのですが・・・。どうやら、魔導士ラシュディの弟子だという話で」
「何!?」
「現在、そちらが本当のことなのか確認をとっております。が、どの都市にも帝国軍がおりますゆえ、今の段階ではあまり多くの情報を入手は・・・」
「ああ、大丈夫。そのための斥候だ。気になる情報がある、というだけでいい」
ソニアは笑って言った。
「そのアルビレオ、どうも100歳を越えているという話なのですが・・・。どうみても2,30代男性にしか見えないという話で」
「転生の術でも大方使っているのでしょう」
「転生の術・・?」
不思議そうにアイーダが声をあげる。
「永遠に若く生きられるように。年老いてはまた転生の術を行って若い肉体を手に入れ続ける。人間が暗黒道に落ちるのに、最も魅惑的に思える術でしょうね」
「それは何か不都合は起きないのですか」
ガストンが尋ねると、フェンリルは美しい眉を潜めて軽く首を横に振った。忌々しい、という表情だ。
「多くの者は繰り返すうちに若い肉体を維持していけなくなって、転生の術を用いても老化が早くなり、どんどんその術を行う周期が短くなる。そして、そのうちにそれを行うほどの力を失って、最後に転生の術を行って、たった1日で老衰してしまうという」
「肉体の魔導への耐久値が低下してしまうのですね」
ゴエティックのヘンドリクセンが静かに問う。
「そうね
「んー・・・じゃあラシュディも100歳以上っていうことか?」
ソニアはなんとはなくギルバルドを見て言った。それへは「俺に聞くな」と苦笑を返されてしまったが。
「さあ。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ラシュディが若くして暗黒道を極めてしまって、年老いたアルビレオが師事を仰いだのかもしれないし。少なくともそのアルビレオは転生の術を行って、そして今はそれが安定しているということだ。何の研究をしているのかはわからないが、もしかすれば、転生の術の行く末のことを考えて、更なる・・・永遠の命を手に入れる術でも研究しているのかもしれないし、そうでないかもしれない」
フェンリルがいうことはとてもよくわかった。
何度も何度も若返って。けれど、やがては魔導の力を自分自身にかけることが出来なくなって、結果老衰するならば。そうならないように、と新たな秘術を研究したっておかしくない。だって、それまでは何度も何度も術を繰り返して命を授かることが出来るのだから。時間だけはたっぷりあるに違いない。
「そいつなら、もしかしてシャングリラを止める方法やシャングリラにいく方法を知っているかもしれないな」
「それは十分考えられるな」
ギルバルドが同意した。
「もしかすると、更なる野望のためにラシュディに言われて何かよからぬ研究をしているのかもしれませんね」
冷静にアイーダが言った。それへソニアはうなづく。
「もう少し調べる必要があるかもしれない。ウォーレン達が戻ってきたらバルモア遺跡探索の相談をしてみよう。あたしの右腕も少しづつ回復しているけれどまだ時間がかかりそうだから、シグルド行きはもうちょっと先になりそうだ。ヘンドリクセン、シャングリラについては何か調べがついたか?」
「それが、まだなんとも。申し訳ございません」
「いや、いい。・・・なんとかなるよ。今までなんとかなったんだもの」
そのソニアの一言はなんだかみなをほっとさせる。
「ソニアはなんともならないみたいね」
「えっ?何がですか、フェンリルさま」
「そのお茶、そろそろ覚悟を決めて飲んだら?」
「おいしくないんですもん」
すねたようにソニアは言う。
「温め直してもらうといい。それは冷めると飲みにくくなるからね」
「やっぱり。さっき一口飲んだら、すごいまずくてどうしようかと思った。涙でるくらい」
くすくすとアイーダとガストンがそれを笑う。
「温め直して来ましょう」
アイーダは立ち上がってソニアの傍まで歩いて来た。彼女はソニアよりも随分年上(多分30歳くらいと思われる)で、しかも大らかだから時折母親のように思えることすらある。もちろん、そんなことを言ったらアイーダは「何歳の頃の子供ですか」と呆れることだろうが。アイーダはカップを受け取ると部屋から出ていこうとする。それへソニアは声をかけた。
「ありがとう」
礼を言える、というのはとてもいいことだといつもアイーダはこの小さなリーダーのことを思う。
「いいえ。ソニア様には早くよくなっていただかないと」
「うん」
それは誰もがうなづくことだ。
「でも、怪我して久しぶりにみんなと一緒にいられるのも少し嬉しいな」
「最近はあちこちと動き過ぎでしたからね」
思えばガルビア半島に進軍してフィガロ将軍を倒してから、すぐさまカオスゲート発見して天空にいき、オルガナ、ムスペルム、そして戻って来てあまり日数をおかずに移動をして今いる廃村を根城としてカストロ峡谷へ兵を派遣・・・と息をつく時間も少なかったように思える。オルガナから戻って来たときに一息ついたけれど、そういうときはみなソニアに気を遣ってそっとしておいてくれる。だから、皆と一緒にいる、という感覚とは少し違うようにもソニアは思うのだった。
「私達も、嬉しいですよ」
それは、最近はもっぱら新兵を育てたり調べ物を依頼される機会が増えて、あまり出陣しないヘンドリクセンの言葉だ。彼はゴエティックでかなりの戦力ではあるが。ウォーレンにその素質を見初められて更なる魔導の勉強や知識の吸収を行うことを今は一番の任務として言い渡されている。だからここ何回かはずっと本拠地に閉じこもっていてソニアと出歩く機会もなくなっていた。
「そうか。そう言ってもらえると、ありがたい・・・」
少し恥かしそうにソニアは笑顔を見せた。
自分達のこの小さなリーダーが、ブリュンヒルドを手にしてから「彼女でなければいけない」ことに多く遭遇して、以前にも増して無茶をして、気苦労も多く、そして傷をつくってしまっていることを誰もが知っている。その彼女の笑顔が最近減ったような気もするのは勘違いだろうか?やはり疲れているからだろうか?ヘンドリクセンはわずかに疑心暗鬼になってソニアを見つめる。
「それでは、あとはカストロ峡谷からの報告を待つばかりだな」
とギルバルドが言うと、ソニアは一瞬考える顔をした。そして
「・・・バルモア遺跡に、先に行ったら本当は中間地点でいいんだけどな」
「それは拠点を勝手に移すということか。駄目だ」
「そうだよな・・・。いや、忘れてくれ。ただ、シャングリラの今までの移動速度ではこの辺りを通過するのはもっと先のことになる。かといってカストロ峡谷の様子を見る為にここまで移動しただけだったし・・・。本当は次に移動するならばマラノまで一気に行こうと思っていたんだ」
「マラノに?」
「あそこは最大の貿易都市だからね。あそこから帝国軍を撤退させることが出来たらかなり優位に立てると思っていた。正直なとこ、実はあたしは地理が苦手でよく場所がわからなかったんだけど・・・ウォーレンに教えてもらったら進軍ルートにはいってたからね。あそこを解放して・・・ちょっと手間も時間もかかるけれど、ゼノビア方面まで物資をもう少し運べたらなあ、と思ってた。それはまあ、なんていうか・・・方法はあたしには考えられないけど。苦手だから・・・。中途半端に近隣の都市から物資を与えるだけだとスラムで暴動が起きちゃうかもしれないけど、マラノがこちらのものになれば、かなり違うと思うんだ。もちろん、前提としてはシャングリラを止める、ってことがあるけど」
「そうだな。シャングリラをゼノビアに落とされてはもともこもない」
「まあ、そんなわけで、カストロ峡谷からウォーレン達が戻ってきたら少し休んでマラノに進軍しようと思ってた。それがバルモア遺跡に行くのであればまた違うな、というわけだ。すまないな、ちょっと先走った」
「いや、いい。そなたは聡明だな」
ギルバルドは笑顔を見せた。それへソニアは照れたように
「それ、いわれるとウレシイな。そーめーって」
と笑う。意味がわかってるんだろうか、と一同苦笑を隠せない。
「ということだから、多分バルモア遺跡に行くことになるだろう。まだ他の兵に公表する必要はないが、そのつもりでいてくれ・・・斥候役、御疲れ様。ゆっくり休むといい。今日はさっきノーマンが暇をもてあまして猪3頭も捕まえて来たからごちそうだぞ」
それへはフェンリルがめずらしく吹き出した。
「猪3頭!?」
「ノーマンは腕っ節以外役に立たないんですって」
ソニアは軽く肩をすくめながら言う。
「ちょっと昨晩、ノーマンと話をして。腕っ節が強くて、斧を振るうことが役立つことだと思うなら、それに特化すればいい、と言ったら・・・。どうも、それだけだと思われるのが納得いかなかった様子で朝から猪狩りにいってきたらしい。朝まで夜番で見張りしていたはずなのに、寝ないで肉とってきてた。力が有り余っているのかな」
ガストンは小さく笑った。ブラックナイトのノーマンは、あまりソニアをよく思ってはいない。多分彼の中には「あんな小娘に」という気持ちが大きくあって、しかも彼が片思いしているオハラはソニア信者なものだから尚更のことだ。
けれど、聖剣をふるって命を懸けているソニアをみて、彼も彼なりに思うことがあるのだろう、と部隊長であるガストンはわかっていた。それに、もしも今日中にオハラが帰ってくれば、これはノーマンが取って来た肉だ、と教えてあげられる。帰って来て欲しいな、とガストンは心の中で思った。
「何にして食べるのかな」
とソニアは呑気にギルバルドを見た。
「さあな。焼くのか煮るのか・・・そもそも誰が猪を捌くんだ」
「うーん、あたしが右腕が治っていればやるんだけれど」
「ソニアが?」
驚いた表情のギルバルド。
「あっ、失礼だな。あたしは料理は得意だぞ」
「いや、料理というより」
「一年のほとんどは野営だったからな〜」
ああ、だからベッドが苦手なのだな、そういえば、とギルバルドは思い当たって苦笑をした。
そのとき、薬草茶を温めにいっていたアイーダが戻って来てソニアにカップを手渡す。
「ありがとう、アイーダ。そうだな、早く右腕を治して、シグルドにいってフォーゲル様を救わないと」
そう言ってソニアはゆっくりと口をつけた。丁度いい温度に調節してきてくれたのだろう、やけどするほどは熱くないけれど、飲みにくくない程度には熱い。一気に飲み干してソニアは苦い顔をする。
「苦い薬は効くというからな、当分はおとなしくそれも飲んでいるといい」
「うん。そうだね。・・・帝国の聖騎士は、猪を食べるかな?高貴な身分という話だけれど」
「食べないといったらどうする?」
「そんなお高い人は困るな。反感をかってしまうだろうし・・・フェンリル様は、大丈夫ですか、猪の肉とか」
「愚問だ。大層なごちそうじゃない?高級なものだけがごちそうだとは思っていない。嬉しいことでしょう、非常食以外のもので新鮮な食べ物をとれるっていうのは。みんな喜ぶだろう」
「ありがたい。そのお、あんまりにもフェンリル様やスルスト様が住んでいたところがすごいところだったから、反乱軍の進軍に加わってもらうのはちょっと心配だったんです」
「いらない心配だ。まあ、帝国の聖騎士様とやらはどうかはわからないけれどね・・・さて、じゃあこれくらいかな、今のところは」
それからソニアは解散を皆に言い渡した。どうせほどなくしてカストロ峡谷方面から報告がくるだろうから、その内容によってはまた集ってもらう、ということを付け加えて。
ヘンドリクセンやアイーダ達は立ち上がって一礼をして次々に出ていった。フェンリルは「きちんと薬を塗りなさい」と言い渡して出て行く。そして、最後に室内に残ったのはギルバルド一人だ。
「なんとかリーダーらしく凌いだではないか」
「・・・ギルバルドがいてくれると、安心する」
「それはありがたいな。そなたの役に立てるなら」
「うん。もしギルバルドまでいなかったらどうしていいかきっとあたしはわからない」
それへギルバルドは声をたてて笑った。
「何をいってるやら。俺は全然意見も言わないし、聞いているだけだってのに」
「気持ちの問題かもしれない。・・・初めてだな、ウォーレンもランスロットもいない軍議ってのは。まあ、報告うけるだけで何も決定していないから軍議ってほどのことじゃないけれど」
ソニアは、ふう、と息をついた。さきほどまではいたっていつも通りにふるまって平常心を保っているように皆には見せていたけれど、疲れた顔で椅子の背もたれに体重をかけて瞳をつぶる。
気を許している部隊長ばかりだ。今更彼らにかしこまっても仕方がないから、彼女は彼女らしく話を進めているように思えたが、実は案外と緊張していたのだろうな、とギルバルドは判断する。
「ソニアはなかなかリーダーらしくなったな」
「それは喜んでいいことなのか、実はよくわからなくなってきた」
「何故」
「・・・何故だろう。ただ・・・それはどこかしら・・・人の命を背負うことに慣れてしまった、という気がする・・・」
その言葉にギルバルドは眉間の皺を寄せた。それはあまりにも飛躍した考え方に彼には思える。
「考え過ぎだ」
「そうかな。・・・そして、そんなことに慣れては、いいことなんかない」
「ソニア」
「悪い。めずらしくギルに愚痴を言ってしまったな」
そういってソニアは目をあけてギルバルドを見た。その表情から疲れは抜けきっていない。そんなに長い軍議ではなかった。それでも、いつもと違って自分一人で仕切らなければいけないのというのはソニアには相当な負担だったようだな、とギルバルドは苦笑いを隠さない。
ソニアは自分に命を預けたこのビーストマスターを無条件で信頼していたから、ぽろぽろと本音を口から出してしまう。ケルベロス達と眠っているところを例えばガストンに見つかるのはちょっと恥かしいけれど、ギルバルドに見つかるのはいい、と思っているふしがあるほどだ。
「ホント、あたしはこういうのにはむいていない。早くウォーレンとランスロットに帰って来て欲しいよ」
決して他の兵士の前では言わないけどな、とソニアは小さく笑った。ランスロットに帰って来て欲しい。その言葉に特別な思い入れがあるのにソニアは自分でも気付いていた。それをギルが軽く「そうだな」と流してくれたのが、とてもありがたいと思えた。

噂の聖騎士はアーレスを自分の手で倒して、そのままアーレスが根城にしていたタシケントまで移動をしていた。
アッシュ隊が中心となって投降してきた帝国兵の整理などを行っている。タシケント城の城門付近で立ったままラウニィーとランスロットとウォーレンが今後の動きについて話し合っていた。
「ラウニィー殿、後の処理は他のものに任せて、われらの本拠地に向かっていただいてもよろしいですかな」
「ええ、いいわ」
ビクター隊とアイーシャ隊は教会近辺にまだ残っている。タシケントまで攻めあがってきたのはランスロット・アッシュ・スルスト・ノルン隊だ。
アーレスを討ち取ったはいいけれど、この地域の都市それぞれに、反乱軍が平定したことを伝える必要がある。アーレスは別段この地域の政治等に関与していたわけでもなく、単純にラウニィー探索のために借り出された一時的な権力者だったから、地域運営に関して大きな変動があるわけではない。が、反乱軍が帝国から派遣されていた統治者を倒したことにより、多少の動きが見られるに違いない。その残処理を行うことまでが彼らがしなければいけないことだ。
ラウニィー本人は追っ手であるアーレスを倒してはい終わり、でいいに違いないけれど、一度手を出してしまった以上、その地域に対してある程度の責任を反乱軍は負わなければいけなくなる。
「各都市を訪問して、情報を収集しなおして残処理をしてからはじめて我々は本拠地に帰ることが出来ますが、そこまであなたをお付き合わせする必要はありませんからな」
「では、ノルンの部隊と共に戻ってもらうか」
とはランスロットだ。それへはウォーレンが首を横に振る。
「この地域は帝国からそこまで圧政をうけておらなんだ。ノルン殿は都市訪問をするのにうってつけの人材だと思われる。ランスロット、そなたの部隊がラウニィー殿をおつれして欲しい」
「私の部隊が?だが、都市解放であればカノープスのように飛べる者が残った方が効率が・・・」
「今後の地域運営について都市の責任者達から何か言われることもあろうし、わしは残った方が良いだろう。だが、心配の種があるのじゃよ」
「・・・ソニア殿を放っておくのが、そんなに不安なことなのか」
「そなたはどう思う?」
しばしの沈黙。
「わかった。そうしよう。静かに安静にしてくれていると良いのだが」
「わしもそう願っておるがの」
二人の会話をきいておかしそうにラウニィーは小さく笑った。
「あなたたちの話を聞いていると、反乱軍のリーダーというのはなんだか過保護にされているようね」
その言葉にウォーレンとランスロットは顔を見合わせた。すぐに否定も出来ないけれど、肯定も出来ない。彼らのリーダーは首に縄でもつけていないと何をするかわからないから、彼らはついつい過保護めいたことを言ってしまうけれど、本人達にはそれには気付いていやしなかったのだ。お互いに「ソニアには甘い」なんてことを思っていながらも、第三者から指摘されるのはなかなかに恥かしいことだと初めて思った様子だ。
神妙な表情でお互いを見ている二人の様子を眺めて、ラウニィーは肩をすくめながら言った。
「どっちにしたって、会わなければ話が進まないわ。・・・それじゃあ、いきましょう、ランスロット殿」
過保護なのかな、とランスロットは苦笑してそれへうなずいた。


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モドル

やっとなんとかここまでこぎつけました。はあ〜(汗)思ったより時間がかかってしまいましたなあ。
次でようやくラウニィーとソニアのご対面が。ソニア−v→ラウニィーにならないように(笑)気をつけます(汗)