帝国の娘 外伝

一応腕が完治するまでは護衛が必要ということでその日は夕方から夜半すぎまでギルバルトとナイトのハロルドがソニアがいる家屋の近くで見張りをしていた。寂れたもう誰もいない過去の町は閑散としていて、一体誰がここにわざわざ来るだろうか、という寂しさだったけれど、今はどんな場所にいてもソニアを護らなければいけない。彼らが根城として選んだいくつかの家屋には、男性兵士も女性兵士もほとんどごろ寝状態で寝ているけれど、ウォーレン、スルスト、フェンリル、そしてソニアの4人だけが特別扱いでひとつの家屋にそれぞれ部屋を与えられている。まあ、この夜はソニアとフェンリルしかいないのだが・・・。
そして夜半すぎ・・・まあ、その頃カストロ峡谷ではスルストが帝国軍を追い払って教会で一呼吸おいている頃だったのだが・・・ギルバルド達と交代をすることになっていたサムライマスターのゾックとブラックナイトのノーマンがぐるりと家屋の回りを一周してからやってきた。
なんだか星が美しい日で、カストロ峡谷のあたりを雷雨が襲っているとは到底思えない空だ。ふとゾックが足を止めて空を見上げる。ノーマンも「何だ?」という風に一緒に空を見上げた。
「すごい星空だ」
「へえ、お前、案外ロマンチストってやつだったんだな」
それへは答えがない。二人はまた歩き出してギルバルト達の方へ近づいていった。
ノーマンは先日怪我をした額に傷を残していたが、それもすぐに消えそうなものだ。ゾックはアイーダ隊に長くいるサムライマスターで、部隊員からの信頼も厚く、言葉が少ない男だ。戦に出るときは兜をかぶっていて表情は見えないが、彼の冷静な判断力と攻撃の命中率の高さをアイーダは高く評価している。銀髪を肩より下に伸ばし、うなじのあたりで束ねている美丈夫で、ノーマンは少しとっつき悪い男だな、と思っている様子だ。年齢は同じくらいだと思うが・・・。
「交代の時刻ですよ」
「ああ、後を頼む」
「・・・ソニア殿の部屋、灯りがついているようですが。うっすらと見えます」
ふと気付いてゾックが珍しく口数多くいう。ハロルドは、えっと声をあげて、ソニアの部屋の窓を見た。確かにそう言われればそうとも思えるが、このナイトはまだ経験が浅い為にそうとは自分で気付くことは出来なかった様子だ。見張り、というのはただ不審者が来ないかを注意すればいいのだと思っているに違いない。まあ、まさか誰もソニアがどうしてるのか、まで監視をしろ、とはいわないけれど。
「多分、本を読んだままでも寝てしまったのだろうと思う」
ギルバルドはそう言って苦笑いをした。
「本?」
「ヘンドリクセンが貸してやった本がてきめんらしく、今日はおとなしく部屋にいるようだ」
そういうギルバルドに小さくうなづいて言葉を返すのはゾックだ。
「ああ、そうですか。まあ、灯りは危なくないようにきちんと囲ってあるでしょうから大丈夫でしょうが・・・」
あまり普段しゃべらないゾックがめずらしく細かいことをいうな、とわずかにギルバルドは不思議そうな顔をみせたが
「うん。それはちゃんと部屋にお送りするときに確認しておいた。囲いを作って釣り下げる形にしておいたから、安全だ。今の彼女は何をするにも不自由だからな。灯りひとつが倒れてでも危ないから、棚の上やらそこいらに置いておくのは危険だ」
「とはいえ、それも万にひとつということもあるでしょう」
「案外お前は心配性だったんだな、知らなかった」
というギルバルドを少しの間無言でゾックは見ていたけれど、やがてそれには答えずに静かに続けた。
「誰か、女性兵にお願いをして消してきた方がいいかもしれませんね」
「なんでそんなくそ面倒なことするんだ。そんなのちっと行って消してくりゃあいいだろうが」
そう乱暴なことを言うのはノーマンだ。
「おいおい、そういうわけにもいかないだろうが」
とギルバルドが言うとノーマンは面倒くさそうに呆れた顔で言った。
「なんでだよ。どーせケルベロスの間ででも寝てるような女だぜ、ガストン隊長だって、前に寝てたらリーダーが部屋にはいってきて起こしたっていってた。そしたら、別に構わねえだろ。なに面倒なこと言ってんだ」
そういうとノーマンはずかずかと家の中に入っていこうとした。止めようとするゾックにギルバルドが「放っておけ」と苦笑いを見せる。
ハロルドはオハラと一緒に反乱軍に入った新兵だからおろおろと彼らのやりとりを聞いているだけだ。が、ゾックは少し考えてから「いや、もしかして」とつぶやいて、ギルバルドに何も言わずにノーマンの後を追った。

ソニアは寝ているだろう、とたかを括ってソニアの部屋の扉をノックもなしにノーマンはそうっと開けた。
その瞬間
「うわっ!?」
ノーマンは腰を抜かすほどにびっくりして、その場にぺたん、と尻餅をついてしまう。
扉を開けた瞬間、彼の喉元にはブリュンヒルドの切っ先が突きつけられたからだ。
「なんだ、ノーマンか」
「わ、わ、わ・・・び、びっくりした・・・ご挨拶だな!」
すとん、と左手でブリュヒルドを腰に収めた。ソニアはいつもと同じ格好で、そして涼しい顔で言う。
「お前はご挨拶がないなあ。みんな部屋にくるときはノックひとつくらいするぞ」
「起きてたのかよ、あんた・・・」
「うん?ああ、ごめん、寝てると思ったのか。だったら尚更ノックしてくれないと、殺しに来たのかと思っちゃうじゃないか」
あまりにさらっというので更にノーマンは目を丸くしてふう、と息をついた。
と、後を追って来たゾックが姿を見せて近づいてくる。
「やはり起きていらっしゃったのですか」
「うん?なんだ、ゾックまで」
「もし起きていらっしゃったらノーマンの命が危ないと思って慌てて追って来たのです」
まじめな表情でソニアをみつめるゾック。
「ああ?なんでそう思ったんだ?」
ソニアはおもしろそうにくすりと笑ってゾックを見た。
「あなたは忘れているかもしれませんが・・・以前、うたたねしていたあなたに近づいたときに、あなたはすごい反応で起き上がって剣を構えたことがありましたから」
「ああ、あれはゾックだったっけ。そんなこともあったかもしれない」
いつのことだったか、とソニアは思い出そうとする。が、まあ、そんなことはどうでもいいか、と途中で記憶を探ることが面倒になったとばかりに止めてしまった。ノーマンはやっと立ち上がってわずかに不平そうな表情でソニアを見る。
「リーダー、起きてたのか」
「うん。本を読んでいたら夢中になっちゃって。ノーマン、お前字を読むのは得意か?」
ソニアはここ最近でほんの数回言葉を交わしただけのノーマンに、すっかり無防備になったようで背伸びをしながら聞いて来た。どうも、ノーマンがオハラを好きらしくて、それで色々と素直になれないようだということがわかってから、ソニアはなんだかノーマンが可愛いとすら思っておかしくてたまらないのだ。たとえ、ノーマンが相変わらずソニアのことをあまりよく思っていなくとも。
「まさか。俺はスラムで育った男だぜ」
「ああ、そうか。でもちょっとは読み書きできるか?」
「いや、全然」
「そっか。あたしは出来るけど、へたくそなんだ。言葉も知らないし。折角来たんだ、わからない言葉を教えてもらおうと思ったんだが、なんて読むのかもわからなくて」
ゾックが笑みすらもらさずに静かに言った。
「私でよければ」
「ゾックは、読み書き得意なのか」
「普通程度は。最近、ヘンドリクセンさんに、軍に関係のある特殊な難しい言葉は習っております」
「そうなんだ」
ますますもって嫌な男だな、とノーマンはふん、と鼻をならす。ノーマンはまったく読み書きの必要性を今まで感じたことがなかったし、これからもそれを勉強したいと思ったりはしない。反乱軍にいる人間がみな読み書きが出来るわけではないし、それが出来なくってもうまくやってきている。
「出来なくて悪かったな。ええ、俺はどうせスラムの生まれだからな」
「別に悪くない。人間はみな必要だと思うことをすればいいだけだ」
ソニアは本当に気も悪くせずにそう言った。
「あたしが例えば本を一冊読んだことで、戦の時にみんなの命を救えるならば、もう少し勉強して読んだ方がいいと思っただけだ。今ヘンドリクセンに借りた本を読みながらそう思った。あたしは、向き不向きはこの際おいといて、今、上に立つ人間だってことは本当らしいし。ノーマンは腕っ節が強いし、それがお前が最も必要とされている力なら、それだけを極めれば良い。それだけだ」
「・・・へいへい」
態度の悪い返事をしながらノーマンはばつが悪そうに肩をすくめた。
「じゃあ、ゾック、教えてくれ。いくつかわからない言葉があるんだ。書き出しておいたから。中にはいってくれ」
「いえ・・・中には」
ゾックは小さく首を振った。
「なんだよ、またそんなつまんねえこといってんのかよ。いーじゃねえか、別にリーダーの部屋にはいったって。男が女の部屋に入るの云々とか思ってんのかよ」
「・・・」
ゾックはじろりとノーマンを睨んだ。ソニアはこれもまたまったく気にもしないで
「じゃあ、ちょっと待っていてくれ」
と部屋に引っ込んでしまう。
ノーマンはどうにもこうにもゾックに対して虫が好かないと思ってしまっている自分を抑えられない。
多分、それはまったく申し訳ないことに、ゾックが一般的に美形、と分類されている容姿であることや、それに反してまったく女性と会話を交わさずに(さすがに部隊長であるアイーダとくらいは話すようだが)いつもひっそりとしていることが気に入らない、なんていう単純な男としてのやっかみが含まれているということぐらい、ノーマンは自分でも知っている。
きっと、俺がゾックくらい格好よければ、もう少し自信をもってオハラと話しが出来るんだろうか?不器用なブラックナイトはゾックをみながらそんなことを思っていた。
「おまたせ」
ぱたん、と扉が開いてソニアが紙を持ってくる。
「・・・左手で書いたのですか」
「うん・・・その、さすがに汚いけど」
「いえ、それにしては上手に書けていますよ」
ほんのわずかに口元をあげるゾック。それを見てソニアはにこ、と笑った。
「・・・ゾック、笑った方がいいな」
「えっ」
「今、笑っただろう。まあ、あたしの下手な字をみれば笑うのもわかるけど。ゾックが笑ったの、初めてみたぞ」
「・・・そうですか。いえ、おかしくないですよ、全然」
ゾックはすうっと表情をまた消してソニアにそう言って、子供がかきなぐったような字で書いてある(左手で書いているのだから当然だ)ソニアの文字を見ながら、言葉の説明をはじめた。ノーマンはそれを退屈そうに半分も聞いていないでつまらなそうにしている。
ほんの8つほどの言葉の意味を聞いて、ソニアは満足そうに礼を言った。
「ありがと、ゾック。助かった」
「いいえ。・・・ほどほどにして、お休みください」
「うん。わかった。ノーマン、脅かして悪かったな。でも、あれはお前が悪いぞ」
と唇を軽く尖らせるソニアを見てノーマンはかちんと来たらしく
「俺は気をきかせたつもりだったんだよ。もう絶対しねーよ、何があったってあんたの部屋にはこねえ!」
「相変わらず短気だなあ」
そして、茶化すように、ゾックに聞こえないようににやにやと背伸びをしてソニアは小声でノーマンに言う。
「オハラに恋文が書きたくなったらあたしに言えばちっとは教えてやるぞ」
「・・・こんの・・・アマ・・・・・」
「うん?なんか言ったか?」
ソニアがそんな風に人をからかうようなことをあっけらからんと言うのは大層久しぶりだ。もちろん、二人はそんなことは知らないけれど。
きっとランスロットかウォーレンでもみていれば、ノーマンのように裏表のない、なんでもすぐ顔に出てしまう人間はとてもソニアにとっては安心出来て、へらず口を叩きやすいのだろう、とすぐにわかるに違いない。それほどまでにここ数日のソニアのノーマンへの警戒をといた無防備さもわかりやすいほどだった。カノープスになついているのと、わずかに似ている。もちろん決定的な違いは、ノーマンはソニアと別段仲良くしたいと思ってはいないということで、それはそれで丁度良いバランスなのかもしれない。
「それでは、失礼します」
ゾックは最後まで丁寧に頑なに挨拶をし、ソニアが部屋に戻るのを確認するまではそこを動かない、という態度を見せた。
それをソニアは気付いて、ああ、もう寝るよ、と笑って扉をぱたりと閉じた。
「さ、行こうぜ」
「ああ」
二人は歩き出した。わずかにゾックの方が先をゆく。これから家の外で明け方までこの家屋付近の見張りを行うことになる。
ノーマンはつまらなそうにゾックに不平をもらした。
「それにしたって、面倒なこといいすぎんだよ、おめーは。おめーみたいに回りくどいのは俺は嫌いなんだ」
「そうか」
それ以上ゾックは何も言わない。それがまたノーマンはおもしろくないようで更に言う。
「いいじゃねえか、別に。いちいち女ども起こす必要だってねえし、別にお前が一人でリーダーの部屋にはいったからって何があるわけじゃあないし」
「何があるわけじゃあない?」
ゾックは決して声を荒立てずにノーマンの言葉を反芻した。
「そんな保証を君は出来るのか」
「へえっ?」
予想もしない言葉にノーマンは頓狂な声を出す。
「な、なんで保証なんかいるんだよ。だって別に」
「一応、私も男なんだが」
「・・・?」
言っていることがわからない。ノーマンは眉根を寄せた。が、顔をしかめると、ふさがったばかりの傷のあたりがぴりぴりする。そっと自分の額を軽くおさえてノーマンは表情を緩めようと努力した。
「男だから、なんだよ。別に誰もお前のこと女だなんて思っちゃいねえよ」
「そうか?君の言葉からはそうは思えなかったけれど」
「わっかんねーこという野郎だな」
「わからないのは、君だ」
別段その言葉すら感情の起伏があるようには聞こえなかった。
だからこそ。
次にゾックが発した言葉はノーマンに衝撃を与えた。
「こんな夜に、好きな女性の部屋にはいって、何もないという保証は自分では出来ない。我慢している時間が長いほど、そうじゃあないのか?」
「・・・は・・・」
「命令ならば、入らなくはないけれど」
「お、おいおいおいおいおいおいおい」
慌ててノーマンは妙なアクセントでゾックに声をかける。それからぽかんと、なんといってみようもない表情で言ってはいけない言葉を発した。
「お前、女の趣味悪ぃなあ・・・」
ぴくり、とゾックは片方の眉だけをあげ、立ち止まってノーマンを振り返った。どきりとして、まさかやる気か?とついてきていたノーマンは早速ファイティングポーズをとる。が、ゾックはただただ静かに
「・・・もしも君が誰かに恋文を書きたくなっても、教えてやらないぞ」
その言葉を聞いて、ノーマンはかあっと真っ赤になった。まったく、ソニアといいこのサムライマスターといい、ノーマンの恋路をなんだと思っているんだろう?(そもそもオハラのことをゾックは知っているのか?とも思ったけれど)
「・・・余計な世話だ!!」
「ならば、私の趣味にとやかく言うこともないだろう。余計な世話だ」
「お前、口開いたら案外言うんだな・・・」
それへの返事はなかった。二人は外にでてギルバルドに事の顛末を話し、やっとギルバルドとハロルドとの交代を済ませることが出来た。
ギルバルド達が男性兵士がごろ寝をしている家の方向を歩いていくのをみてから、どっこいしょ、と瓦礫がつもっているところに腰をかけるノーマン。その向かいにゾックも静かに腰をかけた。あのよう、と少しばつが悪そうにノーマンはゾックに声をかける。
「・・・っていうかさあ、恋文ってのは、なんか、こう、効果があるものなのか?」
「知らん」
「嘘いうなよ、お前ぐらいの男なら、今まで貰ったことだってあるんだろ。どうなんだよ」
「・・・空が今日は綺麗だ」
「・・・そーだな」
それには素直にノーマンはうなづいて星が光り輝く空を見上げた。
「・・・お前が正しいや。こんな夜に好きな女の部屋にいっちまったら、ダメになるかもしれねえなあ」
空は、満天の星空だ。
ソニア殿はこの星空はみなかったかもしれないな。
ゾックはそう思いながら、何故自分はノーマンに口止めをしないのだろう、と自嘲気味に笑うのだった。


Fin


モドル

すんません(汗)どこかでそっと本当はソニアを見ている男もいるんだよ、ということを書きたかったのです。
で、出来ればそれはいつも近くにいる人間ではない、という感じでこのエピソードを書いてたんですが・・・。あまりに本編とかけ離れて意味がないものだったのでやめちゃいました。
閑話、ってカンジでそっとのっけておきます(汗)今回デボ→オピじゃないし、もちろんカノ→オピでもトリ→オピでもなく、ただただソニア信者だけがいる様子になってしまうので、物足りなくなってしまって!(笑)