戦乙女-3-

アイーシャとノルン、それからハイネはカストロ峡谷からの疲れを癒すために既に眠っていた。ランスロットが連れてきた聖職者は残っていた中でもっともハイプリーストへの昇格が近いオーロラだった。
それから是非に、とソニアの願いでラウニィーを呼ぶ。
上級職への洗礼の儀式は、ソニアと聖職者と、既に上級職について、かつそれに恥じぬ働きを行ってきた者の認証が必要だ。(月に光る3参照)
オハラがプリンセスに昇格することで妬みや嫉みをかうのを避けるため、ドリームクラウンはあくまでも「上級職についたことがない」人間に対して使用するものだ、ということにしよう、とウォーレンが提案をした。それは必要なことだとソニアも思う。
儀式はみなの目の前で行うことにした。二度とない儀式になるに違いないとウォーレンがそれを提案した。見世物にしてすまない、とソニアが言えばオハラは「いいえっ、大丈夫です!」といいながらも恥ずかしそうに泣き笑いをする。
「ノーマンは寝ているかな」
「うん?」
ランスロットはソニアのその言葉に反応した。
「何故だ?」
「・・・ちょっと、起こしてくる」
「待て。私が行こう。そなたはみなに、プリンセスについてのことを伝える役目がある。・・・うまくやってくれ」
その「うまくやってくれ」という言葉は、必要以上に警戒をさせないように、かつ特別なものであるという認識をさせる、という非常にバランスが難しい刷り込みを反乱軍メンバーにしてくれ、ということだ。
ソニアはランスロットを見た。わずかに不安そうな表情を見せるソニアの肩をぽんぽん、と叩いてランスロットはノーマンが休んでいる家屋へ向かった。

「ノーマン、起きろ」
「・・・んだよ・・・どいつもこいつも人が寝てるのを・・・わあああ、ランスロット様!」
「はは、すまないな。・・・あまり寝てないのか」
「あんたの大事なリーダーに起こされたんですよ」
ノーマンは目をこすりながら体を起こす。ランスロットはその物言いにぴくりと反応したが、あまりノーマンに他意はなく、素直に反乱軍リーダーをランスロットが敬っているから、という意味合いだけだと思い直し追求はしなかった。
「で、なんでしょうか?」
ノーマンは一応ランスロットに対しては言葉使いを多少は改める。
「オハラが昇格する」
その言葉でさあっとノーマンの顔が強張ったのがわかる。
「・・・何に?」
「プリンセス」
「へえっ?」
聞きなれない言葉で目を丸くしてノーマンは素っ頓狂な声をあげた。それを気にせずランスロットは続ける。
「ソニア殿が、君を起こしてくれと。・・・一生に一度しか見られないだろう昇格だ。それを、君に見せたいと」
「一生に一度・・・って・・・」
「もしも君がオハラを好きならば」
ランスロットはまだ下半身を毛布の中につっこんでいるノーマンに真剣な眼差しを送った。
「覚悟をしなければいけない。オハラはこれから、部隊長となって前線に立つことになる」
その言葉はノーマンにとっては彼の考えの更に先に行き過ぎていた。上級職のことだけではなく、部隊長になること、前線にたつこと、そこまでのことになるなんて、としばし呆然とする。
「・・・どういうことっスか・・・オハラは、実戦経験が少ないでしょうが・・・」
「こんなことを君に言ったことがばれては、私はソニア殿に怒られると思うが」
「・・・」
「苦渋の選択だったのだ。それを察して欲しい」
「・・・わっかんねえよ・・・あんたが言ってることも。よくわからない!でも、なんでオハラなんだよっ!?」
「君はそれを知っているはずだ」
ランスロットの言葉も視線も優しさと厳しさが混ざっているものだ。けれどノーマンはそれを感じる心の暇がないようにつぶやく。
「わっかんねえよ・・・」
「オハラはとても努力家で誠実で、信頼がおける女性だ。それに若くて体力もあって、頭が良い子だろう?・・・そんなことは君が知っているのではないかな。軍としては、そんな逸材を逃すわけにはいかないんだよ」
「だからって・・・」
声を絞り出してもあまりそれは意味をなさない。ノーマンは自分があまり頭がよくないことを悔しいと思い、歯軋りをする。
「それに、彼女が選んだことだ。だから、君に見届けて欲しいんだ」
「あんたも、男だろ!?なんでオハラみたいなっ・・・」
「それは言うな」
ぴしゃりとランスロットはノーマンの言葉を遮った。
「君が言おうとしていることは、反乱軍の存在を否定する。君も見ただろう?天界でのソニア殿を」
「!」
「私も君も男だ。けれど選ばれなかった。私達に出来ることは、彼女達の負担を軽くすることだけで・・・彼女達の代わりになることは出来ない」
ノーマンは毛布を跳ね除けて立ち上がった。ランスロットを軽く睨んで低く呻き声にも似た声で話す。
「わかってんだよ・・・そんなこたあ・・・俺だって、なんであのちびっちゃい女がひどい目に合わなきゃいけねえのかと思った。
でも、オハラは「まだ」だろ!?まだそういうモンになってねえじゃないか」
「ぐだぐだ言ってないで早く仕度しろ!君にオハラの選択を難癖つける資格などないはずだ!」

廃村の何もない、みなが食事どきに適当に散らばる広いがらんとした場所で人だかりが出来ていた。
輪の中心にはソニアとオハラ、ラウニィーにオーロラといった女性陣、その少し外側にウォーレンとヘンドリクセンとギルバルド、それからカストロ峡谷から戻ってきても寝ずに待機していたアッシュとスルストがいる。
人々をかきわけてランスロットがソニアのもとに戻ってきた。小声でソニアは話し掛ける。
「起きたか」
「ああ・・・が、ふてくされてしまっている。一緒にはこなかった」
「そうか・・・」
「大丈夫だ。彼は自分の目で確認しないものは信じない性格だから・・・絶対、来るだろう」
そのランスロットの言葉にソニアはうなづいた。
「オハラ、始めるぞ」
「はい」
オハラはヘンドリクセンがマンゴーばあさんから「もしプリンセスになれる人材がいるならば」と預かってきた、見たことがないなめらかでわずかに光沢を含んだ素材の服を身につけていた。
いつもはきりりと結んでいた、光の加減で時折金色にも見える薄いゆるやかに波打つ栗毛を背中半分までおろしてオハラはまっすぐ立っている。
「よく似合うなあ。オハラが髪をおろしたところ、あたしははじめて見るぞ」
「あっ、そうかもしれませんね」
「じゃ、オーロラ、ラウニィー殿、お願いします」
「はい」
オーロラはうなづいて、唇を引き結ぶ。オーロラにとっては初めての立会い人としての儀式だ。
「加わったばかりの私にこんな重役を任せるなんて、なかなか豪気ね」
ラウニィーの方は慣れているようで、オズリックスピアを片手に鮮やかな笑顔を見せる。
「ラウニィー殿、どうしてか教えようか?」
「ええ。教えて頂戴」
「ゼノビアの人間と帝国の人間、どちらからの祝福をも彼女に授けたかったから。だって、求める物は同じ平和だもの」
「そうよね。まったくそのとおりだわ。・・・立会い人になれること、光栄に思うわ」
それからラウニィーはオハラに近づいて儀式前の声をかけた。
「力を得るということは、天の父からの信頼を得るということだわ。それに恥じない生き方をあなたがすることを誓ってくれる?」
「はい。誓います」
「ありがとう。あなたのことは知らないけれど、あなたの言葉を信じるわ」
そう言ってラウニィーは後ろへ下がった。続いてオーロラが声をかける。
「あなたの努力を皆知っています。与えられるべき人に与えられる力だと思っていますわ。ひとつだけ質問させてください。
力を手にしても慎ましくあることがあなたには出来ますか?」
「そうであろうと努力します」
「その言葉を忘れないでくださいね」
「はい」
そして最後に、ソニアがオハラの前に立つ。
「あたしは、幸せ者だ」
「えっ・・・」
「この軍に、ドリームクラウンを託すことが出来る人間がいるっていうのは、なんて幸せなことなんだろう?」
「ソニア様」
「それだけで、この軍を率いてきたことが報われるような気にもなる」
「・・・」
「ごめんね。そんでもって・・・ありがとう。これからもあたしの力になってくれ」
「そんな・・・今まで、何も出来ませんでしたから」
「オハラは知らないんだな。朝の鍛練にいったとき、オハラがいつもあたしより早く来て頑張っている姿が、どれだけあたしの励みになったかなんて」
「ソニア様」
「それじゃあ、始めるぞ」
ソニアは手を軽くあげて集まった人間に、今からまさに儀式を行うことを知らせた。

オーロラが天の父への祈りを捧げる声が聞こえる。
ラウニィーはまっすぐにぴたりと制止してその場で立ったままだ。みじんもその体は動かない。
しん、と静まり返った人だかりの外にある古い木の上でノーマンはその姿を見ていた。
「ここでいいのか」
「・・・あんたこそ」
ノーマンに気付いたカノープスが、儀式が始まる前に飛んできて反対側の枝に腰をかけている。
「いいんだよ。こーゆーのウザくて俺、面倒で駄目なんだ」
「・・・ふうん」
「一生に一度しか見れないのに、こんなとこから見ようなんて、変なヤツだなあお前」
「あんただってそうだろ」
「ま、そうか」
わずかな声しか聞こえないから、オーロラ達がどんな言葉を発しているのかわからない。けれど、自分もブラックナイトになるときには同じような儀式を行ったのだから大差はないだろう、と思う。
輪の中心にいるオハラは見たことがないような服を着ていて、そしてとても可愛いと思う。
そう思えば思うほど情けない気持ちになってしまう。
俺は何をしているんだろう?こんなやってみすみす彼女を、これから前線に送り出すためとも言える儀式を指を加えて見ていていいのか?
・・・邪魔を出来るわけがない。
それでもきっと、俺はあのリーダーを恨むだろうし、それに。
俺の気持ちなんかではなくて反乱軍のことを考えて、敢えて選ばれたオハラのことが、やっぱり好きなのだ。
ノーマンはそんなことを考えながら遠目でオハラを見つめた。
なんでこんな恋に落ちたのかは知っている。
自分はソニアに言ったようにスラムにいた人間で、反乱軍に入った動機だってとりあえずあそこを出たかったから、というのが一番だ。
実際反乱軍にいた方が何倍もいい暮らしが出来ているし、こんな自分でも一応働けている。
たったそれだけの、まったくの惰性だけで存在している自分とあまりにオハラが違っていたからだ。
そして、自分が認めることが出来なくて敬うことがうまく出来ないソニアをあんなにも慕っている。
わかっている。自分があのリーダーを敬えないのだって、自分が惰性でここにいるせいだってことは。
「あんたはなんで反乱軍にいるんスか」
「・・・てーめー、いつもいつも口がなってねえんだよ。俺はこう見えてもずっとお前より年上だぜ?」
「わかってるよ!」
「俺がここにいるのはなあ、帝国軍にムカつくからだよ」
「・・・それだけかよ」
「なんだっていいだろ、理由なんてもんは。ここにいるために正しい努力してるんだったら理由なんて関係ないことだ。俺は集団生活は好きじゃない。だから入る気はなかったし、帝国に今更たてつくなんて馬鹿げてると思ってた。でも、仕方ねえよ。帝国はムカつくし・・・俺はギルバルドが苦しんでることをわかってやれなかったし助けてやれなかった。だけど、ソニアにはそれが出来た。人をつぶす人間より、生かしてくれる人間のお膝元にいたいじゃねえか。今の帝国は人をつぶすばかりだ。だったら、生かしてくれる人間を助けたいと思うだろ」
「わかんねえ」
「お前、真面目に聞いてんのかよ」
「わかんねえ」
ノーマンはカノープスの言葉を聞きながら。
ソニアの左手が印をきり、そしてドリームクラウンとかいう綺麗な王冠を片手で慎重にオハラの頭にのせる姿を、じっと見つめていた。
オハラの頭にそれが装着された、と思った瞬間。
今までの儀式で見たことがないような光がオハラを包んだ。
まるでオハラが白く発光しているようだ。目を開けているのがつらいほどの激しい白い突き刺さるような光。
その光の中には風が吹いているかのように(いや、言葉にすれば無重力のような、という表現が正しいのだろうけれど)オハラの髪がふうわりとわずかに波打ちながらうかび、体を覆っているその美しい布地のすそも、わずかにふわりとはためくように揺れた。
やがてその光はオハラの胸元へと集まってひとつの球体になり、きいいん、という耳鳴りに似た音をたてた、と思ったらまっすぐと空へと物凄い速度で昇っていった。
今、オハラはプリンセスになったのだ。

一同に解散を言い渡してから、儀式が終わったオハラを連れてソニアとウォーレン、ランスロット、そしてオーロラとラウニィー、ヘンドリクセンは廃村のはずれに移動した。
儀式に携わった者と、プリンセスについて調べた人間だけで、ひとまずその能力を見よう、ということになったのだ。
ヘンドリクセンが古ぼけた書物をソニアに見せる。
「これが、マンゴーばあさんから貰ってきた呪文書です」
「ウォーレン、オハラに教えてやってくれ」
「はい」
そこにはプリンセスのみが行使出来る聖なる魔法についての記述があった。
「そんなすぐに詠唱出来るものなの?」
ラウニィーが心配そうに言う。それへオーロラが首をかしげ、
「あら、ラウニィー様はヴァルキリーにおなりになったとき、すぐにライトニングを行使出来たのでは?」
「わたし、落ちこぼれだったのよ?」
「えっ!?」
ラウニィーはくすくすと笑った。
「お転婆すぎて、槍の練習ばっかりやっていたからかしら、ライトニング詠唱が出来なくて、お父様は嘆いていらしたわね。その代わり見てなさい、と思ってフレイアになる前からずうっとサンダーフレアの詠唱を練習していたものね」
「まあ!」
「あなたは?見たところゴエティックのようだけれど」
声をかけられてヘンドリクセンはうやうやしく頭を下げた。
「ヘンドリクセンと申します。私はもともとひ弱で剣を持つのもおぼつかない人間でしたゆえ、魔道以外でソニア様のお役に立てるとは思っておりませんでしたから、ずっと魔道の勉学にいそしんでおりました。なので、何も不自由なくウィザードの儀式を行った後は魔法を行使出来ました」
「偉いわね」
ソニアはその話を聞いてちらりとランスロットを見た。
その視線の意味に気付いて苦笑をすると、小声で答える。
「ここだけの話だが、私はあまりヒーリングの才能はなかったようだ」
「あははっ、苦労したのか?」
「少しばかりな」
「全然そんなこと、言わなかったくせに」
「恥ずかしくて、いいたくなかった」
小さくランスロットが微笑むのをソニアは少しだけぼうっと見ていた。
オハラのことで気持ちがきりきりしていたけれど、ランスロットのその笑顔は相変わらず優しくてなんだかソニアはほっとする。
「ソニア殿?どうかしたのか?」
「いや、そうか、ランスロットもうまくいかなかったのかあ、と思ったら・・・不器用なのはあたしだけじゃないと思って・・・」
言い逃れにもならない苦しい言い逃れをしてからソニアは苦笑した。いけないいけない。まだオハラのことは終わっていないのだ。
「人の智が及ばざる空の彼方で聖なる力蓄えし星々よ、我らが天の父の許しを経、邪悪なる者を打ち滅ぼす力をわが身を媒体として大気に満たさん」
突然オハラの詠唱が始まって、一同はびくりとそちらを見た。
何もない広い荒地に、ぽつりぽつりと廃村の延長であったような空家が瓦礫になって積み重なっている。もはや人がすめるほどの形状を残していない。
そちらを向いてオハラは立っていた。近くにいたウォーレンが僅かにあとずさってその様子を伺っている。
オハラは両手を胸元にしっかりと組み合わせてうつむきがちに詠唱をしていた。
その手が、ぽう、と白い淡い光を放つ。そして
「包め!スターティアラ!」
その言葉と共に。
オハラが右手を瓦礫に向かって伸ばすと、彼女の手の平から白い光がまぶしく輝き、辺り一面きらきらと発光する不思議な粒子に包まれて風も起きていないのに彼女の指が指し示す方向へと手の平くらいの大きさの数々の白い光球が粒子の波に乗るように、けれどもものすごい速度で流れていく。
「すごい・・・」
「見たことがない魔法ですね」
ヘンドリクセンは感嘆の声をあげ、オーロラは息を呑む。
ラウニィーとランスロット、そしてソニアはただただその様を唇を引き結んで見つめている。
その光球は瓦礫を包みこんだ、と思った瞬間みなの目の前で瓦礫は更にぼろぼろになって崩れていく。
オハラはそれを見て驚きで、ぺたり、とその場に座り込んで、更に崩れてしまった瓦礫をみつめている。
「これが・・・私の・・・」
「慣れれば詠唱なしでその力を発動出来ると書いてある」
ウォーレンが近づいてオハラに微笑かけた。
「そなたはなかなかの素質をもつようじゃ。これから何度か練習をすれば、すぐにでも実戦で使えることじゃろう」
「そうでしょうか」
「うむ。これだけ出来れば十分だな。そうそう、バルモア遺跡へ派遣をする部隊をそなたに一部隊任せるつもりだが」
「ええっ・・・」
「心配しなくていい。補佐にソニア殿がもう一部隊連れて行くからの。・・・まあ、初めはおぼつかないだろうが、誰もがその状態を経ているのだし」
それを聞いてソニアの方がびっくりして叫んだ。
「ウォーレン、あたしもバルモア遺跡に行ってもいいのか!?」
「そのかわり、参戦はさせませぬぞ。ランスロット隊とは別に編成して、あくまでもオハラの補助部隊として出ていただきたい」
「それでもいい。やったー!」
まるで子供のようにソニアは叫んだ。ランスロットは顔をしかめ、オーロラとヘンドリクセンは「やれやれ」という表情を隠せない。
「もう、いい子にしているのは飽き飽きだったから、嬉しいな」
「ただし、編成は私とランスロットに任せていただきますぞ」
「うん。わかった」
満面の笑みをウォーレンに見せて、それからソニアはまだ座り込んでいるオハラの側に近づいていく。
「オハラ」
「・・・はい」
オハラはわずかに震えている。不安そうにソニアを
「これから、つらいこともあると思うけれど」
「はい」
「よろしく頼む。もう、後戻りは出来ない」
オハラに左手を差し伸べるソニア。
右手が使えない今、彼女が左手を人に差し伸べるのは、完全に自由が奪われる、相手を信頼している証だ。
オハラはそのソニアの手を両手で包み、「はい」と小さな声でうなずいた。

ランスロットとウォーレンに編成を任せて、ソニアはヘンドリクセンと共にオハラの鍛練を見るためにその場に残った。
オーロラとラウニィーは先に戻ります、とランスロット達と一緒にみながいる家屋が集中している場所まで戻っていった。
ヘンドリクセンがウォーレンに頼まれたのは、標的を瞬時に定めて正確な制御をする方法だけをオハラにきちんと教えて欲しいということだ。それは魔道を行使する上で最も重要な事項のひとつになる。
また、短時間での詠唱を可能とするための気の集中についても非常にオハラは素質があったようで、一刻もしないうちに先ほどの呪文を詠唱短縮をして行使できるようになった。
「少し休みましょう」
「いえ、もう少しだけ。今、体の何かが昂ぶっていて・・・休んでいられない感じがするのです」
「ですが」
ヘンドリクセンは離れたところにある瓦礫の山に座っているソニアを振り向いた。
「いい、オハラのいうとおりにしてやってくれ。その感覚は、あたしはわかる」
「・・・承知しました」
オハラはきっと、ソニアがシャロームの教会で洗礼を受けたときと同じ感覚に囚われているに違いない。授けられた力の大きさへのとまどいと違和感。それを少しでもなくすために今はただただその力を無理矢理でも行使し続けることが必要なのだろう。
そのとき、気配を感じてソニアは振り返った。
「・・・ノーマン」
「よう」
「恨み言でも言いに来たのか?」
「違う。でも、あんたのことは恨んでいる」
「そうか」
オハラは短くした呪文の詠唱を始めた。
「良いっていったのか、オハラは。あんたに利用されることを」
ノーマンはソニアの脇に立った。目線は合わせず、まっすぐにオハラの姿を見ている。
「ああ。オハラは、命を賭けてプリンセスになった」
「命を?」
「大きい力を手にすることは、人を変えてしまう。あたしはオハラはそうはならないと信じてドリームクラウンを託したけれど、そんなことは何の保証もない」
自分の脇に立ったブラックナイトを見上げずにソニアは言った。彼が軽装ではなく、鎧をまとってしかも手に斧を握っていることをソニアは既に気付いていた。
「もしも、あまりに大きな力に思い上がって反乱軍に仇なすようになったとしたら切り捨ててくれ、とオハラはあたしに言った」
「!」
「その覚悟があたしにあるならば、プリンセスになりたいと」
「・・・あんたは・・・」
「ノーマン」
ソニアは瓦礫から降りて、脇に立っていたノーマンの前に立つ。
「恨むなら、恨んでいい。これから多分オハラは、今までお前が殺してきた以上の屍を築くことになるかもしれない。帝国が本気を出してくるならば。例えお前があたしを恨んでいつか寝首をかこうと思っていても、今、お前を解雇するつもりもない」
「なんで」
「もしも、あたしがオハラを手にかけるようなことになったら」
ソニアは腰につけていたブリュンヒルドをはずして、がらん、と地面に落とした。
「そのとき、お前があたしを斬ればいい。だから、お前のことは解雇しない」
「・・・っ・・・馬鹿言ってんじゃねえよ!このアマが!てめえの命なんざ欲しくねえんだよ!」
その声にオハラとヘンドリクセンが気付いてびくりとソニア達を振り返る。慌てて駆け寄ろうとする二人をソニアは軽く手で制した。
「気にするな!続けていろ!」
「は、はい・・・」
ソニアはその間もノーマンから視線をそらさない。ノーマンはぼそぼそと
「・・・オハラが、そんな覚悟してることを聞いたら、何も言えるわけねえだろ・・・それに、あんたの命が欲しいんじゃねえよ、オハラがそこまで、命を賭けてるなら、あんたも命を賭けろよ。あんたも命を賭けて・・・帝国を倒してくれるんだろ?」
「当たり前だ。そのためにあたしはここにいる」
「だったら、俺はあんたをただ恨んでいるだけでいい。今は、まだ、恨むなって言われたって無理だ・・・」
そう言ったノーマンがうっすらと涙を浮かべていることにソニアは気付いた。
「俺は、なんでこんな小さな男なんだろうな?情けねえよ・・・」
「情けなくない。だって、ノーマンは・・・離れたところにいるあたし達に何かがあったら、と思って来てくれたんだろう?知ってるぞ」
「ちっ、違う!これはっあんたを、ブっ殺そうとっ・・・」
「ははは、ウソばっかり。あたしの命は欲しくないんだろう?赤くなっちゃって可愛いなあ、ノーマンは!」
「てっめー!このアマっ・・・」
「まあまあ。・・・ここに座ってオハラの鍛練を見よう?ノーマン、驚くぞ」
「・・・すげえ力なんだろ・・・?」
「それもそうだけど」
ソニアは首をかしげて笑った。
「とにかく、綺麗なんだ。魔法も、お前が好きな女性も」

それからソニアはヘンドリクセンと共に先に戻ってきた。多分ノーマンはオハラを怒らせたり泣かせたりすることは今日はないんじゃないかと、なんとなくそう思う。
戻ってきたと思ったらすぐにウォーレンに呼ばれて、バルモア遺跡に派遣する部隊の編成について話があった。
おおよそのところソニアが考えていた内容だったので、それに対しては問題ない、と了解を出す。
ランスロットは既にバルモア遺跡までのルート決めと持っていく物資の手配、と忙しく動いている様子だった。
今日の時点ではまだウォーレンもオハラのことについては多くは言わない。オハラをプリンセスにすることが成功だったか失敗だったかはこれからの実戦と、それを何度か繰り返した後の彼女の様子からしか判断出来ないからだ。
物資の手配が終わった時点で部隊長を招集することになっている。
ソニアはそれまで、自室でバルモア遺跡に派遣した部隊がもって来てくれた地図とにらめっこをしていた。
あくまでもソニアは、オハラが部隊長になっての初仕事をうまくやるための補助をする役目で部隊を連れて行くわけで、いつものように何も言わなくとも大体彼女の意志を判断してくれるランスロット達ではなく、ソニアを護衛することを目的とした部隊員で構成されることになった。勝手が違うけれど、仕方あるまい。
こんこん、とノックの後にランスロットの声がする。ソニアは地図を見ながら返事をした。
「ソニア殿」
「ああ、いいぞ」
きい、と小さな音をたてて扉が開き、ランスロットがゆっくりと入ってくる。椅子に座っているソニアに少しだけ近づいてきて、立ったままでランスロットは話し掛けた。
「オハラが戻ってきた。少し休ませてから部隊長を招集するが、良いだろうか?」
「ああ、そうしてくれ。ノーマンは?」
「うん、喧嘩もしないで二人で戻って来ていた。どういう会話をしたやら」
くすり、とランスロットが笑う。まるで自分の妹弟に対する愛しげな表情にソニアには見えた。
「何はともあれ、オハラだって本当はノーマンのことを嫌いじゃあないんだもん、なのに話がややこしくなるのは困るなあ」
「はは、ノーマンが気持ちを伝えることがつたないのはいいとして、オハラは生真面目すぎるから」
そうやってあの二人のことをランスロットと会話を交わすとなんとなく安心した。
ノーマンが自分を許してくれなくても構わない。けれど、きっとオハラの気持ちを尊重してあげることはノーマンにもなんとか出来たのだろう。
「こんな世の中でなければ、オハラだって武器を手にすることはなく、男に守ってもらっているだけでよかったんだ」
「そうだろうな」
「・・・ノーマンは、スラムから出てきたことで、今のこの反乱軍がずっとずうっと自分がいた場所よりも平和で住み心地がよくて・・・だから男である自分がオハラを守れると思いたいんだ。そういう余裕を初めて感じたんだろうな。・・・それは、悪いことじゃない。でも、あたしはそれをまだ許すわけにはいかない」
「ああ」
その穏やかな返答が即答だったことに気付いてソニアは肩をすくめて上目使いでランスロットを見た。
一体ランスロットはどこまでお見通しなんだろう?という気持ちの現れだけれど、そういうときに限って
「何だ?」
なんてことをこの聖騎士は言う。
ふと気になってソニアは、出来るだけ普通どおりに、と自分に言い聞かせながらランスロットに質問をした。
「ランスロットも、自分が好きな女性が槍や魔法を使って・・・戦に出ることは嫌なものか・・・?一般的な意見として。やっぱりあたしがやったことは酷なことだろうか」
「・・・」
それへは即座に答えることが難しいのかランスロットは少し困ったような表情をした。
あ、もしかしてそれは、常に剣を振るって戦っている自分への遠慮なのだろうかとふとソニアは思い当たって、慌ててランスロットに言う。
「あ、そのお、そうだからってあたしは気にしないぞ、いや、ランスロットに言われてなんであたしが気にするのかは特にえっと」
「一般的な意見かどうかわからないが」
慌てたソニアの言葉へは何の返事もしないでランスロットは躊躇しながら口を開いた。
「うん」
「・・・そなたが言うように、嫌、というよりは・・・そのことが嫌なのではなく、その女性を守る力が自分にないと思う方が屈辱なのではないかな」
「そうか・・・」
その女性を守る。
男性のその気持ちはあまり自分には縁のない言葉なのだろう、とソニアは寂しい気持ちになった。
それは、ないものねだりなのだろうか?
「まあ、そうだよな。なんていうんだ?男のカイショーってやつか?」
「そなたにしてはめずらしい言葉を知っている」
ランスロットは苦笑をして見せた。
「・・・でも、そういうことだと思う。男のエゴというか・・・そういうように、出来ているんじゃないかな、男性というものは。もちろん中には例外がいるかもしれないけれど。守られるような女性には興味がない、という男性がいてもおかしくないかもしれない」
「そうか」
少しだけ、聞かなければよかった、とソニアは思った。ランスロットの物言いからわかるとおり、ランスロットは自分が女性を守りたいと思っているのだろうし、守られるような女性には興味がない、なんていうことはきっと彼自身は言わないのだろう。
断言されなくてもそれくらいはわかる。
守ってくれ、と一言ここで言ったらどうなってしまうんだろうか?
そんなことが頭を掠めることが女々しく思えてソニアは頭の外に追い出そうとした。けれど、そのとき。
「もしも妻が剣を手にしたら、きっと私は止めていただろうな。・・・オハラほどの覚悟を突きつけられれば止めるわけにもいかなくはなるのだろうが」
「・・・」
もしも、妻が。
ランスロットがさらりと口に出したその言葉をソニアはうまく認識できなかった。今、この男はなんと言ったのだろう?
黙ってしまったソニアをどう思ったのか、彼は言葉を続ける。
「もしかしたら、男は依存されたいと思ってしまう生き物なのかもしれないな。自己満足かもしれないのに」
「・・・」
「女性はそれを知っているから、男を立てようとしてくれるのだろうな」
「・・・そうかもしれないな」
ソニアがようやく答えられた言葉はとても曖昧で、どうでもいい相槌だった。
「これで答えになっているだろうか?」
「うん。ありがとう。変なことを聞いて、すまなかったな」
ああ、不思議だ。
ソニアはランスロットに笑顔を向けている自分に気付いてそんなことを思う。
どうして自分は取り乱すこともなく、追求することもなく、さらりと交わしてランスロットに笑顔で答えているのだろうか?
なんだか、それは大人のやり口のような気がしてならない。
「じゃあ、オハラに休んでもらって、それからだな。皆に伝えてくれ」
「ああ、承知した。・・・ソニア殿もあまり明日のことで浮かれずにいるように、な」
「はあい」
ランスロットは彼らしい優しい笑顔をちらりと見せて、それから部屋を出て行った。
ぱたりと閉まった扉をしばらくの間ソニアは見つめている。それからはっとなって、まだランスロットに返していなかった、彼に借りたオルゴールへと視線を送った。
「は・・・そういう、ことか・・・」
あれは、彼の妻がきっと戦地へと旅立つ彼へ贈ったものなのだろう。
だからとても大切で、誰にも触らせたくなくて。
「あたしが」
ソニアはそこで言葉を止めた。声にして出すことは、恐ろしい。
(あたしが、ランスロットを思い出していた音は、ランスロットが彼の奥さんを思い出していた音だったのか)
そんな女々しいことを思うことは馬鹿馬鹿しい。ソニアはがつん、と右足で部屋の壁を蹴飛ばした。
けれどきっとどこかで自分はずっとわかっていたのだろう。いつだったか、祭りの時に、好きな人の名を書いて木の枝に結ぶ、なんていうことをランスロットとやった。
自分にはあのときには書くべき相手の名がなかったけれど、ランスロットは書いていたではないか。
だから、それはもうどこかでわかっていたことだった。多分あの時からいつだって、ランスロットは好きな人だか恋人だかがきっといるのだろう、と。それに彼の年齢ならば結婚して子供がいたって何の不思議もない。
心のどこかでわかっていた。そうだ。ソニアが自分でランスロットへの思いを意識するずっとずっと前からわかっていたのだ。
ならば、きっと。
この短い恋は始まる前に終わっていたのだろう。もしもこれを恋というならば。
ソニアは椅子に座ったままで、体を前に折り曲げた。髪がばさりと垂れ、床についてしまっているけれど気にもしない。
とめどもないことが頭をぐるぐる回っていく。
ああ、バルモア遺跡に行くのがランスロットと別部隊でよかったなあ、とか。
ノーマンとオハラはこれを機会にもっとお互い話し合ったらいいんじゃないかなあ、とか。
そして。
もう二度と、自分はこのオルゴールを聞くことはないのだろう、と瞳を閉じて思う。
はやく右腕が治って、先頭で戦い続けられればいいのに。
しばらくしてからソニアは顔をあげて、涙なんてものは出ないものだな、と自嘲気味に呟いた。
次にランスロットが呼びに来てくれたとき、自分は反乱軍のリーダーとしてこの部屋を出なければいけない。
そのための時間がほんの少しでいいから欲しい、と心から祈る。
涙なんてものは、出なかった。だから、自分は何も傷ついてはいないのだとソニアは一人の部屋でそっと小さな溜息をついた。

Fin

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モドル

ふー(笑)というわけでタイトルの「戦乙女」はソニアのことでした!(笑)
なんで最後にこんなことに!!というお怒りもあると思いますが・・・ノーマンとオハラのことは、ソニアがランスロットへの気持ち
に完全に気付くきっかけになったことなので切り離せない(笑)仲なのです。
片思いが終わる瞬間って、すっごい無慈悲で一方的で、そして簡単すぎません?
「あいつの彼女がさ〜」って単語を聞いた瞬間だったり「指輪なんてわかんねえよ」なんて会話が聞こえた時だったり。
それをソニアが味わった瞬間でございます。