神の領域-1-

朝陽はとても無慈悲だ、とソニアは思った。
どんなことがあっても朝陽は今のところは必ず昇ってきて朝が来たことを伝える。
あれが夢であったらいいのに、目が覚めればすべて代わっていればいいのに、と思ったことがやはり現実に残っていることを嫌と言うほど知らせてくれるのだ。
そして、明日もそうでありますように、と思い描くことに関しては、昨日とは当たり前のように違ってしまう一日の始まりを告げるのだ。
どんなに夜寝付かれなくても、朝陽が昇るまでには大抵一度は眠りに落ちてしまう。
そして朝陽というものは、何故か眠れなかったソニアの悩みや、彼女自身が把握しきれない心の揺れ動きなどはいつだってなかったことにして、さあ、反乱軍リーダー、今日やらなければいけないことは?と彼女に問い掛けるのだ。
目が覚めたら窓から光が差し込んでいて、何故か毛布からはみ出した彼女の足元を照らしていた。
寝坊をした、と思った。
もちろん彼女の寝坊などたかが知れていて、朝の鍛練の時間がなくなる、という程度のことだったのだけれど。
目が覚めてから彼女はいつもその場で大きくのびをする。毛布の中で、だ。
指先や足先までを目覚めさせてあげるように。
右腕が不自由なことを朝はうっかり忘れてしまい、のびをしようとして動かない右腕に今でもぎょっとしてしまう。
どうして動かないんだ?なんてことを今更考えてしまったり。
ムスペルムで右腕が動かなくなってからもう10日もたった。天界で不安になりながら眠りについても、下界に戻って皆の中で眠りについても不安は消えない。
反乱軍として行軍を始めて廃村まで移動したって、ラウニィーを仲間にするためのカストロ峡谷への進軍にけりがついたからって、「それ」がなくなることはない。
「やっぱり、あんまり変わらないなあ。ま、悪くならないだけましか」
慣れないベッドから降りてソニアは自分の右腕を動かそうとした。
ほんのわずかに動くようになってはきたけれど、あと10日で治るとは信じがたい。
本当に治るのだろうか、といつものように感じた恐怖のせいで朝からまたあの嫌な思いが頭を掠める。
このまま右腕が動かなかったら。
自分は反乱軍から捨てられるのだろうか。リーダーとはいえ。
そして、ランスロットから見限られてしまうのだろうか。
つきまとうその不安に対して「そんなことになるわけがない」という根拠のない強がりをいい聞かせるのが最近の朝の日課だった。それはなんて情けないことなんだろう?
そして言い聞かせなければ、うまく人に笑いかけることが出来ないなんて、なんて弱いんだろう?
きっと、ランスロットはあたしを見限る。
その日の朝は、今までになくその思いが強かった。
ランスロットに妻がいる、と昨日初めて知った。
思えば自分達はお互いのことをまるで知ってはいなかったような気がする。
彼に妻がいることは想像はしていなかったけれど、現実として突きつけられたらそれは、とても当たり前でとても自然で、そしてソニアの心に蓋をしてしまうような真実だ。
彼にとっての特別に自分がなりたい、とかそんな意識はまだなかった。ただわかっていたのは自分はランスロットが好きで、そして彼に側にいて欲しいと思っていること、ただ一方的な願望を自分が持っていたことだ。
涙は出なかった。それはまだ芽生えたばかりの感情だったからなのだろう、とそんなことまで理由づけする必要があるのかはわからないけれどなんとなくそう思いたかった。
そして、あまりに一方的なその気持ちが、やっぱり一方通行だと気付いてしまったソニアは。
反乱軍リーダーとしてソニアの力になってくれるランスロットが、それ以上の力にはなってくれないのだろう、と思い当たる。
それはすなわち、ソニアが反乱軍リーダーとしての力を失えば、彼は簡単に去っていくのだという懸念に摩り替わった。
どんな人なのだろう。ランスロットの奥さんは。きっと、綺麗で優しくて穏やかで・・・あたしが背伸びをしてもしても届かないような人なのに違いない・・・。
ソニアは昨晩眠りにつくまでぐるぐると考えていたそのことが朝でもなお頭に浮かんで来たのを、必死に振り払う。
ぎこちない動作で寝間着を脱いだ。畳むという動作は片手では無理なので、さっさと椅子の背もたれに寝間着をかけておくだけだ。
着替えすらいつもより時間がかかってしまうため、女性というにはまだ少しだけ丸みが足りない体を以前よりもまじまじと見ることが増えたように感じる。
全身を映す鏡なぞ、ない。最後に自分の姿をまじまじと見たのはオルガナでフェンリルの屋敷に泊まったときだったように思われる。
自分の体はとても貧弱だ。
その貧弱、というのは単純に細い、とか骨ばった、とか肉付きが悪い、というだけのことではない。
足も腕も美しい筋肉の上にわずかに女性がもつ柔らかな肉がついていて、ソニア本人はよくわかってはいなかったがそれはとても美しい形をしていた。
けれど、胸や腰周り、といった女性特有の丸みが描かれる場所に関しては、残念ながらソニアはあまり多くの女くささを持っていない。それを彼女は「貧弱」と思う。
でも、きっと、それでいいのだ。
女性らしい体を自分がもっていない方が、いい。
上に立つ自分が女であることは間違いはないけれど、中性的であればあるほどいいのだとソニアは思っていた。
外見でも内面でも過度な女らしさはいらない枷になる。自分にとっても他人にとっても。それは父親と旅をしていたときに言われた話だ。
あまり女だと意識しないほうが仕事を頼みやすいし余計な心配をしなくてすむ、と。
その当時14歳くらいだったソニアは今よりずっと子供だったから更に中性的だったし、面と向かって「女に見えないから面倒じゃなくていい」とまで言われたことがあった。それは別に彼女を傷つける言葉でもなければ愚弄する言葉でもなかった。
確かに、例えどれだけ強くてもテスやアイーダに先陣を切らせることはあまりしたいと思えなかったし、今でだってソニアは彼女達を絶対前衛には出さない。それと同じことだ。女性兵士はそれを屈辱と思うこともあるかもしれないけれど、それでも、ソニアはどうしてもそれを譲れない。ソニアだって同じ女だけれど、女性である彼女達が本当は剣をふるわない世界の方がいいに決まっていると信じているから。彼女達についてはいつだってそう思っていた。
けれど自分は反乱軍リーダーで、自分しか成し遂げられないことが山ほどある。そしてありがたいことに自分を助けてくれる人々がたくさんいて。
自分がしなければいけないことで傷つくたびに、皆は余計すぎる心配をする。それは嬉しい。嬉しいけれど、あまりにも申し訳なく思える。彼女が女性であることによって、尚更な心配を引き出していることは間違いないだろうし、だからといってそれに甘えたいわけでもない。出来るだけそれがなければいい、と思えるし。
そう考えてしまうと、自分があまり女性らしい体つき、物言いが出来ないことは、逆にこの行軍にとってはいいことのような気がする。
体が小柄で年齢が若いというだけで心配をかけてしまうのだし。
ソニアは小さく息を吐き出した。
なんて、小柄で、もろい体。もっともっと強靭な体なら、右腕だって痛めずにすんだのだろうか?
時々思う。目の前でいつも剣をふるってくれるランスロット。
あれは、自分がそうなりたいと願った「もの」に近いのではないだろうか?
「・・・なれないものは、仕方がない」
女である自分の体のもろさを痛感して心があせる。それを落ち着けようと深呼吸を2、3度して目を閉じる。
「だから、いいんだ、せめて・・・いっそのこと貧弱で・・・女らしくないほうが」
それを口に出して自分に言い聞かせなければ何故いけないのか、ソニアは自分でわかっていない。
昨晩ランスロットに向かっていえなかった言葉が何故か喉の奥にひっかかっているような気がする。
女々しい思いを口に出すのはとても恥ずかしくてソニアは飲み込んだ。
いくらなんでも、この自分が。
自分が「そうであったらいいと思ったもの」に対して、あたしを守ってくれ、なんて口に出していえるわけがない。
けれどソニアの気持ちは正直で、こうやって自分の、貧弱で女性らしいと言えない中性的な体を見て、更に口に出して現実をつきつけなければいけないほどに本当は誰かの手が欲しいのだ。
右腕が動かなくなったら。
その不安がいつも以上にソニアからそういった彼女の思う「女々しい」気持ちを引き出してしまうのだろう。
20日で治ると言われたけれど、今はわずか腕のつけねからは30度程度しかあげられないし、肘から下も90度も曲がらない。
これで、もう折り返し地点なのに。そのことでますますあせりが強くなる。指先もわずかに動くが、握力どころか、物を掴む、という動作すら関節がうまく動かないために出来ない状態だ。
「よいしょっと」
不自由な体でどうにか服を着た。今日はバルモア遺跡へ出陣するから、いつものように頭からかぶるだけの服で出かけるわけにはいかない。
オーロラが気を利かせてもってきてくれた服は戦闘にはむいていなさそうだけれど、一応上着は頭からかぶればいいだけのものだったし、下もいつもと変わらない丈になる服だ。
いつもだったら。
どんなときだって戦闘用の服を身につけて肩当て、胸当てをして手袋、忘れてはいけない聖剣を身につけて。そして髪をしばればそれで彼女は反乱軍リーダーになれた。
なのにどうしたことなのだろう。
ぎこちない動作で着替えて、ひとまず聖剣だけを腰に携える。あとは誰かに手伝ってもらうしかない。
それでもなんだか、誰かにつけてもらったとしても、今日は「反乱軍リーダー」にすぐになれないような気がして、ソニアはそんな自分におののく。
心が弱くなっている。ソニアは苦笑いを浮かべた。
悪いことばかりを考えてしまう今の自分のことを知っているけれど、それはなかなか頭から追い払えない。
反乱軍リーダーでいられなくなったら、自分はここにはいられなくなる。それは仕方がない。そうしたくないと言った所で足手まといになるなら、自分から出て行こうとすら思える。そのときに余計な情けをかけられるのは、ごめんだ。
ぶるぶる、と頭を横に振って朝から考えてしまう嫌な思いを追い払おうとソニアは眉根を寄せた。
「今やらなきゃいけないことに集中しなきゃ。うん」
それすら声に出さなければいけないほどあやうい自制心だ。
揺れている。
色々な要素が入り混じってソニアの心の中はうまく整理がつかない。
そうだ、髪を。
どうしようか、とソニアは困ったように自分の髪を、左手で何度か梳いて長さを確認した。
少しだけくせがある、さらさらとは言えない、あまり指通りもよくない赤毛に触れるとこれまた情けない気持ちになる。
切ってしまえばいいのだろうか。何を願掛けしているわけでもなんでもない、切ったって本当は何も困らない髪。

あんたは女の子らしくないんだから、髪の毛くらいは伸ばしておきなさい。
それくらい、自分が女の子だってことを大事にしてもいいでしょう?

母親の言葉を思い出す。
あの日、足手まといになるから、と産まれて間もないもう一人の弟と共に自ら置き去りになった母親。
今思うと本当は父親よりも心が強かったのではないかと思える。
その母親の言葉を思うと、切ってしまうことが出来ない。
やはりそんな自分は女々しいのだろうか?

「アイーシャ、おはよう!ごめん、髪をしばるの、手伝ってもらえないかなあ?」
「あら、おはようございます。ええ、私でよければ」
朝食の準備をしている女性群から離れてアイーシャは食器を運んでいた。それを捕まえるのは邪魔をするようで気がひけたけれど他の人間は見当たらないから仕方がない。
こちらへどうぞ、とアイーシャは腰をかけられる平べったい木箱(それは反乱軍のここまでの行軍でグリフォン達が運んでくれた運搬用の箱だったのだが)にソニアを座らせる。食器をいれて運んでいた籠を足元に置いて、ソニアの後ろに立った。
「どこいらを結べばよいのでしょう?」
「ううんと、いつものところ」
「うふふ、大体の見当はついていますけれど。ここでいいのでしょうか?」
「うん、そんなくらい」
アイーシャはとても丁寧にソニアの髪をまとめようと何度も何度もその髪を指先で梳く。
時折絡んだ髪があるのか、くつん、と引っ張られて頭が後ろへともっていかれてしまう。
「きちんと櫛を入れたほうがいいかもしれませんね」
「ああ・・・以前は入れていたんだけど・・・別に証拠が残ってもいい戦いだから、しなくなっちゃったんだ・・・」
「え?」
アイーシャは不思議そうに声をあげた。
その彼女の声音を聞いて、ソニアは「しまった、またなんかおかしいことを言ってしまったか?」と「あーあ、またやっちゃった」と諦めの表情を見せる。
「また変なこと言ったみたいだなあ、あたしは」
「・・・なんのために櫛をいれるのか、ご存知です?」
そういいながらアイーシャはソニアの顔を覗き込む。
と、ソニアはとても真剣な表情でソニアはわずかに考えて、ああ、そうだよな、と答えを得た表情をみせた。
「・・・そーだよなあ。みんな、綺麗になろうとしてるんだろう、な。そうだった。言われてみれば確かに」
苦々しい笑顔を浮かべてソニアは肩をすくめた。アイーシャはちょっとだけ困ったように笑うと
「言われてみれば、って・・・」
と呟きながらまたソニアの背中側に回って髪を触り始めた。ソニアはわずかに照れたようにぽつりぽつりとアイーシャに話す。
「髪を梳くと、髪が抜けるだろう?だから、出かけるときにはいっつも梳いていた。・・・あたしの赤毛を証拠に残さないように、っていう仕事のときにはね」
「・・・ソニア様」
「だから、そういうための作業だと、ちょっと勘違いしていた。違うんだったな。思い出したぞ」
くつん。
また髪がひっぱられる感触に頭を後ろへ傾ける。
「悪いな、またちょっと変わったことを言ってしまったようだ。でも」
「ええ」
「あまり、興味はないんだ。そういうことに。だから、仕方がないなと笑っておいてくれ」
「・・・本当は」
「うん?」
「いいえ、なんでもありません」
アイーシャは黙ってソニアの髪をうしろで綺麗にまとめると、手渡された紐で縛った。
ソニアの髪を縛っている紐は少しだけ薄汚れた色になっているけれど、こまめに洗ってあるように感じる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。アイーシャは紐の扱いが上手いから、ありがたい。きっちり結わえてあるな」
ソニアはそういって立ち上がりそっと結び目に触れて確認してから笑顔を見せた。
そんなところを誉める人間なぞ、そうそういない。それすらソニアの特殊性を物語ってしまうのが、なんだかせつなかった。
けれどそれをまた口に出すことはあまりよくないことのような気がして、アイーシャは心からの、それでも言葉だけを聞けばなんとなく社交辞令めいた気遣いの言葉をつむぎだす。
「今日の出陣、お気をつけてくださいね。右腕、また動かないのですから」
それへは別段嫌な顔ひとつしないでソニアは鮮やかな笑顔を見せた。
自分達のリーダーはとてもいい笑顔をいつも見せてくれる。それが非常に励みになることを、きっと彼女本人は知らないのだろうとアイーシャは常日頃思っている。その笑顔で力強く語りかけられたときの吸引力がとてつもない大きさをもつことも、きっとソニアはわかってはいないのだろう、とアイーシャは考える。
「わかっている、ありがとう。くれぐれも留守を頼んだぞ」
アイーシャはわかりました、とうなづく。
それへ満足そうな表情を見せてから「ありがとう」ともう一度礼を言ってソニアはすぐに去っていった。
その背中を見守りながら、アイーシャは言葉に出せなかったもうひとつの気持ちを繰り返し考えてしまう。
ソニアだって、本当は綺麗になりたいと思っているだろうに。
他の誰も知らなくても、自分とカノープスは知っているのだ、とアイーシャは思う。
だって、以前マーメイドのエリザベートの髪があまりにも美しいことにソニアは驚嘆して、そしてうらやましい、と正直に言っていたではないか。だから、ソニアの中にだってそういう気持ちがあるに違いない。
女の人なのだし。
それでもきっと、今の彼女にはそれすら自分で気付けない、あるいは気付きたくないほどの重責がのしかかっているのだろう。
だからアイーシャはそれを口には出さなかった。
可哀相なことだと少しだけ思うけれど、それを伝えたところでソニアが楽になるとは思えない。だから、今は黙っていよう。
アイーシャはそう心に決めて、口を閉ざす。
そういえば。
あの美しい、ソニア様がそっと髪を触れて感動していた人魚は元気でいるのだろうか。
ふとそんなことを思い出すと、解決することが出来ない、少しだけ忘れていたいと思っていた自分達人間の罪も共に記憶から蘇ってきてしまった。それは目をそらしてはいけないこととはいえとてもつらいことで、アイーシャは小さな溜息をつく。
カストラート海で別れた人魚エリザベートは、あの地で、これから人間の手に政権が戻ってから一体どうなってしまうのか行く末を見守ると言っていた。そして、共にアイーシャの仲間としてついてきていたもう一人の人魚のノーマは今でも反乱軍にいて、海路の
運搬や戦闘などをオクトパス達を率いて一手に引き受けてくれている。
ノーマは、この反乱軍の行く末を見守ろうと。
二人の人魚は道を違えてしまったけれど、その根底にあるのは人間に対する不信感、人間との共存に対する夢と畏怖だ。
人魚の肉を食らえば不老不死になる・・・それが本当なのかどうかはともかく、それを信じて人魚を殺す人間達はたくさんいる。
よいしょ、と食器がはいった籠を両手で持ってアイーシャはまた運び始めた。
彼女が歩くたびにそれはかちゃかちゃと小さくぶつかり合う音を立てる。
それは、誰もが聞きなれた当たり前の音で。
ほんのささやかな、生きている、生活している、という音。
それだけで満足できない人間がたくさんいるのだ。例えば、ラシュディのように。そして魅入られてしまったエンドラのように、ガレスのように。カストラート海で人魚を殺しつづける人間達のように。
人間の罪悪は人間が裁くことが、正しいのではないか、と聖職者であるアイーシャは飛躍しながらもそんなことを考えていた。
そのすべての罪悪を清めることは難しいかもしれないけれど、その罪悪を止めるために今ソニアは戦っているのだ。
たとえソニア本人が、違う理由で戦っているとしても、向かっている方向はその方向に違いない。
・・・あまり、興味はないんだ。そういうことに。
どこまで走れば、あの小さなリーダーは剣を捨てることが出来るのだろうか?

バルモア遺跡に派遣される部隊は全部で7部隊だ。
中心となるのはランスロット隊。オハラが抜けたところを本来のリーダーであるソニアが戻ることが望ましいのであるが、彼女は未だに右腕が思うように動かない。なのでオハラの代わりにラウニィーが今回限りということで加入してくれた。
ラウニィーは仲間になったばかりだから、ランスロットの指示のもとどれだけ反乱軍としての初陣を飾ってくれるのかに注目されるのも仕方がない。その彼女が少しでも楽に動けるように、と思うと、ランスロットの部隊に加わってもらうことが望ましいと思われた。
また、新しい部隊としてオハラ部隊が加わる。
暫定で、部隊長としてもプリンセスとしても初陣を飾るオハラのために、各部隊からウォーレン・ランスロットの信頼にたる人間を引き抜いて集めた。実力だけではなく精神的にも大人で、まだ若く経験不足のオハラに対して辛抱強くつきあってくれるだろう人間を選んだつもりだ。
アイーダ隊からはサムライマスターのゾック、それから部隊を一時解体してエンチャンターのテリーも加わった。
もちろんテリーがいつも戦を共にしているタロスが前衛で力強くオハラを守ってくれることだろう。
ここにプリンセスのオハラが加わって部隊を構成する。
そしてそれをフォローするためにソニアの部隊がそっと同行する。
ギルバルドと彼が連れているグリフォンのイリューネ、そしてフェンリルだ。フェンリルはソニアのボディガード兼お守りを引き受けて苦笑していたけれど。
それ以外の部隊はゾックの代わりにナイトのトトをアッシュ隊から引き入れたアイーダ隊と、先行き不安な、ノーマンがいるガストン隊、そしてスルスト隊と前線に出ることがめずらしいヘンドリクセン隊だ。
基本的にソニアの部隊とヘンドリクセンの部隊は交戦前提ではない。
このニ部隊はあくまでも今回が事実上の初陣であるオハラ隊のためにくっついてきたフォロー部隊に他ならない。
よって、他の4部隊だけがバルモア遺跡探索からアルビレオとの渉外までの作戦をこなしてくれることになっている。
バルモア遺跡に向かうソニアは、オハラの部隊から目を離さないようにゆっくりゆっくりとグリフォンに飛んでもらう。
移動速度に違いがあるものに同行するのはかなりけだるいし、グリフォンも嫌がるのだけれど仕方がない。移動速度に差がなければいざというときに助けにいくことも出来ないからだ。
ランスロット隊を残して、徒歩グループは先行して本陣を離れた。
ガストン隊は朝一番で先に出て、斥候役と合流してからバルモア遺跡調査のために反乱軍が手に入れた砦に先にはいって様子を見ていてくれているはずだ。
ソニアは一応腰にブリュンヒルドをつけているけれど、正直それは役に立ちそうもなかった。
彼女の今の自衛といったら、慣れない左手で慣れない剣をふるう。ただそれだけだ。
だからこそフェンリルが常に寄り添うようにいてくれる。
そしてこれまた、オハラ隊には悪いけれど、ソニアの身に何かがあったらすぐさま離脱できるように、との配慮も含めてグリフォンを操るギルバルドをウォーレンは選んだのだ。
とにもかくにも、反乱軍は対アルビレオの部隊と、初陣であるオハラ隊のフォロー部隊の2つに分かれていて、前者はランスロットが指揮をして、後者はソニアが指揮をする。お互いの行動計画はわかっていて最終目的はアルビレオから情報を引き出すことではあるけれど、作戦途中ではあまり合流しないことになるのだろう。

「うおーい、そんじゃあ、俺たちはそろそろ出発するからな」
廃村の井戸付近で出発前の打合せをしていたソニア・ヘンドリクセン・オハラ隊にカノープスが声をかけに飛んで来た。
それへソニアは笑顔で答える。
「そうだな、先に進軍してくれ。合流地点で会おう」
「おう。・・・ひさしぶりの出陣だからって、はりきってヘマするなよ」
降りてきてカノープスはソニアの顔を上から覗き込んだ。それへ肩をすくめながらくくく、と笑って
「カノープスも。ラウニィー殿に振り回されないようにな」
「そりゃ、俺も恐いわ。あのお姫さん、一筋縄じゃあいかねえぜ?ひー、くわばらくわばら。ランスロットにどうにか抑えてもらうしかねえよなあ」
「あはは。そうだな」
どうしてカノープスが来たのだろう、とわずかにソニアは疑心暗鬼にかられた。
リーダーであるソニアに出陣のことわりをいれるなら、それはランスロットが自ら来そうな気もしていた。
そしてそのためにソニアは朝から必死になって自制心を奮い起こしていたというのに。
「んで、ウォーレンのじいさんがお前のこと呼んで来いってさ。出陣前だってのに使いっぱしりさせやがってむっかつくなあ」
「ああ、そうか」
だから、カノープスが来たのか、とそれで納得した。
「じゃあ、あたしはウォーレンのところに行って来る。ヘンドリクセン、オハラ隊と一緒に出発していてくれ。それからギルバルド、戻ったら出かけるからイリューネのところにフェンリル様と行っていて貰えるか?」
「はい」
みながそれぞれに返事をする。よいしょ、とカノープスはソニアを小脇に抱えて、ばさり、と大きな翼を動かした。
ムスペルム以来カノープスに抱えてもらっていなかった、と気付いてソニアは驚いた。あまりにわずかな期間カノープスと隊を離れていただけなのに、なんだか彼と共に空を飛ぶのが何年ぶり、というような感覚に襲われる。
空に昇って行く感覚、そして近くで聞こえる翼のはばたきの音、力強い腕。
これをこんなに懐かしく思えるなんて。
「なんか、ひさしぶりな気がするな」
先にそう言ったのはカノープスの方だった。ほんの短い距離だけれど、二人がそんな会話をするには十分だ。
「うん、あたしもそう思っていた」
「さっさと腕直せよ。お前がいねえと、なんかこう、ぴりっとしないんだし」
「大丈夫だろ、今日はラウニィー殿がいるし」
「それが困るってんだよ!」
あはは、と二人は声をあげて笑いあった。
カノープスと共に飛ぶことすらこんなに懐かしく嬉しく思えるのだもの。
もしもランスロットと肩を並べて剣を振るったら。
嬉しくて泣けてしまいそうだな、なんてことをソニアは思って、苦笑をした。

オハラ達の部隊に先行して出発してもらって、遅れてソニア達は集合をした。何度も何度もウォーレンに「無理はしないように」と言われつづけて辟易してソニアは逃げるように走って戻って来た。
グリフォン達がいる場所に、フェンリルとギルバルドは待ちわびたように立っていた。そこに久しぶりにとことこと走りよっていくとお見通しらしくフェンリルがにやりと笑って見せて
「ウォーレンにうるさく言われたようね。剣が振るえないんだからいい子にしていろって?」
「ええ、まあ、一応、全然使えない、というほどではないんだけれど」
と言いながらソニアはすらりとブリュンヒルドを鞘から抜いて、彼らの目の前で剣をふるってみせる。
確かにソニアが言うとおりに、彼女が左腕でブリュンヒルドをふるう様は新兵がへっぴり腰でおぼつかない剣を振るうよりもはるかに安定した動きに見えた。
「けれど、動いたら動いた分体のあちこちの筋肉が使われるんだし。右腕だって影響をうける」
ぴしゃりとフェンリルがそう言うのにソニアは苦笑を見せた。
氷のフェンリル、とはよく言ったものだ、と時折毒づこうかと思うけれど、そういう言葉を言ってみたところできっとフェンリルは微塵も気に止めないのだろう。
「だから、いい子にしていなさい。あなたは反乱軍リーダーとして、オハラを見守らなければいけないのでしょう」
「そうですね。それに、それだけならまだいいけれど」
そこから先はソニアは口には出さない。
バルモア遺跡を取り仕切っているアルビレオという男。
その男が何故こんな辺鄙な地にいるのか。
そして、シャングリラのことについて、何か知っているのではないか。
それを確認するために行軍だ。それらは一応ランスロット隊とスルスト隊をメインに任務を遂行してもらうことになっていたが、アルビレオの力が予想を上回るようであれば編成を変えてオハラ隊にフェンリルを加えてスルスト隊と共に特攻してもらうことすらあるかもしれない。
本当はそれをやるべき人間は自分なのだとソニアは知っていた。
「仕方がない、面倒だけれどあなたはわたしが守ってあげるわ。光栄に思いなさい」
「はい。お願いします。・・・あははは、フェンリル様は本当に恩着せがましいなあ」
「不満?」
「いいえ。確かに天空の三騎士に守ってもらえるなんて、光栄ですから」
フェンリルはくすくすと笑って肩をすくめた。なかなかにこの小さなリーダーは自分の扱いがうまくなったものだ。と心の中でつぶやいた。
いつもフェンリルは何かがあるとわざとソニアにそういった、なんとなく自分の地位を誇示するような物言いをする。
が、元来フェンリルはそういったものに関して執着がない人間だ。そのことをソニアは感づいている。
では、何故いちいちフェンリルがそういった物言いをするのだろう?
どこまではっきりと意識しているのかはわからないがソニアは間違いなくそのことを考えたに違いない。
「そういっていただいているくらいでないと、みなも勘違いしてしまうし。フェンリル様はよくご存知のご様子」
「あなたもね」
フェンリルは小さく首をかしげて笑顔を見せた。眼はあまり笑っていない。
「わたしは別に、ずば抜けて強い反乱軍兵士、なんてもんじゃあない。あくまでも天空の三騎士の一人だし、ソニアに力は貸すしラシュディを野放しにしておくつもりはないけれど、この大陸の未来に関してはなんの責任も気概もないし。下界のことは下界の人間が片をつけることだ。それを反乱軍の人間に誤解をされるのは・・・のちのちソニアの方が困るのだろうしね」
「お気遣い感謝しています。あたしも、そう思うし。だから、フェンリル様は恩着せがましくていいですよ」
「言うね」
「そうですか?」
「まあ、たまに言い過ぎることもあるけれど」
「あたしはあんまり気にならないけれど」
「ソニアはそういうけれど、彼はむっとしたようだ」
とギルバルドを見る。グリフォンの手綱を握って出発を待っていたギルバルドは、突然話を振られて驚いた表情を見せた。
「うむ、そんなことは」
「そう?むっとしなかった?」
「というよりも」
苦笑を見せるギルバルド。
「そこまでの自信がおありになることは、とてもうらやましいと思っただけで。俺もソニアを守る、とはっきり言いたいのだが・・・なかなかに。事実、俺では力不足だからあなたに加わってもらったわけだし」
特に気分を害した風もなくギルバルドは淡々と言った。
「当然だ。あなたはグリフォンを操る必要があるのだし。他者を操りながら他の人間を守るなんてことは無理だ」
ソニアはその二人の会話を聞いてなんとも不思議な気持ちになってギルバルドを見つめた。その視線に小さく苦笑を見せて
「すまんな、ソニア。力が、届かない気がして、少しばかり歯がゆいのだ」
「ギル」
「命を救ってもらったというのに、な。・・・が、フェンリル殿のおっしゃる通り。俺には俺の役目がある。さ、行くか」
「・・・ギル」
それはなんと嬉しくて心強くて、申し訳ない言葉なのだろうか、とソニアは少し胸がきりっと痛むように感じた。
「ありがとう。大好きだぞ」
「・・・だから、そういうことは安売りして言うことではないぞ?」
ははは、と声をあげてギルバルドは笑ったけれど、その表情は苦いものだ。
「でも、本当のことだ」
「ありがとう。俺もソニアのことは好きだな」
ぽん、とギルバルドの手がソニアの左肩に置かれる。
ちょっとだけ、申し訳ないとソニアは思った。
(ごめん、ギル。あたしは全然違うことを考えてしまった)
そのやりとりは。
ああ、どうしてランスロットとこの言葉を交わせないのだろう。ソニアは無理矢理な笑顔を見せて「行くか」とグリフォンに飛び乗った。それへ無言でフェンリルが続く。
ソニアは二人には見せないけれど、わずかに自嘲気味に口はしが歪むのを自分で感じた。
前はもっと無防備に、こんな風に誰にも好意を伝えることが出来たのに、今の自分ときたら、どうだ。
・・・大好きだ、なんて言葉をもうランスロットには言えないような、そんな気がした。


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モドル

さてさてハッピーバージョンだってのに前回あっさりと失恋したソニアでこざいます。今回は怪我・失恋・アルビレオ、とまた一段と散漫な話に1ページ目からなっていますが、久しぶりにランスロットをがりがり書くつもりで自分でも楽しみです。
これをアップするのが2001/12/23なんですが、このままだと年またぎになりそうです(笑)それもいいかなと。