神の領域-2-

ランスロット隊とガストン隊は一足先に本拠地であるアレルタに到着した。
時間に余裕があればアレルタ近くの都市にまで足を伸ばしてくれ、とソニアにいわれていた物だから、アレルタにガストン隊を置いたままでランスロット隊は近くの教会と都市の解放を自分達の部隊だけで行った。彼らとは別に斥候部隊が二部隊ほど暗躍していたけれど、街に帝国兵がごろごろいる状態では手にはいる情報もなかなか入らないことが多い。アルビレオについて少しでも早く情報が欲しい、というソニアの気持ちを汲み取ってランスロット達はワンカイヨの街から帝国兵を追い出して情報収集をしていた。
バルモア遺跡はドヌーブ王国の中心地だった地域で、バルモア城はかつてドヌーブの首都だった。25年前の戦で果敢に戦ったものの、戦に破れていまやところどころに繁栄の証をして遺跡を残すだけでドヌーブ王国をうかがわせるものはまるで残っていない。
帝国軍の支配下に置かれたドヌーブの民達は、長いものにまかれろという姿勢は決して取らずにあくまでもドヌーブの民としての誇りを忘れることなく生きていくことを固く誓っている。そんな彼らの心のよりどころになるものをこのバルモア遺跡のあちこちに見ることが出来ることをランスロット達は斥候役から聞いていた。
「天才彫刻家バルカスが作り上げた石像か・・・」
アレルタからわずかに北西にあるワスカランという都市にも、そこから少し離れたところにある教会にも、同じような石像が立っていた。その石像のモデルになった人間の名をサラディンという。
「サラディンはラシュディの弟子だったらしいの」
街の入り口に立っている石像は、年老いた魔法使いの等身大のものだった。
髭をたくわえてわずかに背を丸めて立っているなんのへんてつもないポーズだけれど、何かを訴えようとしているような表情までもが石像に彫り込まれているように思える。
「25年前の戦いのときに、ラシュディにたてついてドヌーブの民のために戦ったという話を聞いたことがあるわ」
「そして、その方はどうなったのですか」
ランスロットはラウニィーに聞き返した。それへはふう、と小さな息を吐きながら
「死んだみたいよ。その戦いで、ね。だからこそこの地方の英雄として祭り上げられているってわけだし。ラシュディの弟子っていうことはアルビレオと同門っていうことでしょう?そんな、ドヌーブの民の意識を煽るような人間をここの領主にして、一体なんの得があるのかしらね」
それは一理あるな、とランスロットはうなづいた。
街で情報を収集した結果、ドヌーブの民はどうやらそのサラディンという男を慕っており、今でも彼の教えを守っているということがわかった。サラディンという人物は非常に出来た人間だったらしく『人は身分や階級に関係なく、尊いものである。それは何人たりとも犯してはならない。そして人はその見返りとして、自らの才能と能力を生かす責任がある』という教えをこの地方の人間に説き、そしてラシュディの弟子でありながらも自身の師に対して命を投げ打ってまでの反抗をしていたのだという。結果、サラディンの力は及ばずに彼は他界してしまったというわけだ。
「わざわざ同門の人間をここの領主にする意味がわからない」
「なんかあるんじゃねえの、ま、俺には想像できないけどさ」
呑気にカノープスはそう言ってランスロットをみた。
「一旦アレルタに戻ろうぜ。そろそろソニア達が到着する頃だろう」
「そうだな・・・先にここにきていた斥候部隊もアレルタに集合するだろうし・・・この街の帝国兵を追い出してしまったからな、ほどなくバルモアから援軍が派遣されることだろう。その前にルートの再確認と斥候部隊からの最新情報をまとめないといけないし・・・」
「はいはい、ごちゃごちゃ行ってないで、さっさと戻るぜ。この街だって放っとくわけにいかねえだろ」
「ああ。帝国兵が押し寄せる前にこちらがうって出るか守るか決定してもらわないといけない」
近くの都市に足を伸ばせ、と言われたけれど、その後の処理についてソニアは指示を出していなかった。そういうことを考えたり指示を出すのはソニアやランスロットの役目だと認識しているらしく、ラウニィーは二人のその会話を無視して石像をじろじろと眺めている。
「それにしてもすごいわねえ。余程の才能がある彫刻家だったんだわね」
「こんな大きい石像をあちこちの街に作ったんですよね?」
オリビアはぐるりと石像の回りを一回りしてほう、と溜め息をついた。
「その彫刻家も25年前の戦いで死んでしまったという話だから・・・かなりの短期間でこの辺りを回ったってことね。余程その彫刻家はドヌーブ王国を愛していたのか、このサラディンとかいう人の妄信的信者だったのか・・・芸術家としてインスピレーションみたいなのをうけたのかしら。まあ、凡人のわたしには到底想像もつかないわね」
そう言ってラウニィーは肩をすくめてみせた。それへわずかにテスが笑顔を見せて
「ご謙遜を。サンダーフレアの完全詠唱をなさるのですから、ラウニィー様は凡人ではないと思いますけれど」
「本当にわたしが凡人でなければ」
ラウニィーはおもしろくもなさそうに、それでも気を悪くしたわけでもなく一瞬ちらりと苦笑を見せた。
「帝国を止められていたと思うわ」

アレルタにランスロット達が戻ると予想通り全部隊が集結していた。今後の動きを再確認するために市街地から外れた所で7部隊は集った。それとは別に斥候部隊がいるのだが、それは既にソニアに報告を終えてまたアレルタから出立したとのことだった。
ソニアはアレルタの市外地の森の前で部隊長を集めた。部隊長ではないけれどフェンリルとギルバルドもそれには同席している。遅れてやってきたランスロットの姿を見た瞬間、ソニアはそれへは声をかけず、彼が腰を落ち着ける前にみなに軍議を開始する旨を伝えた。
めずらしいな、とランスロットはふと思う。確かに遅れたのはランスロットの方だし、とはいえランスロットはソニアにいわれた通りに時間に余裕があったから進軍をしていたわけで。そういった任務をこなして帰って来た人間にソニアが声をかけないことがなんだか不自然に思える。
イメージの中でソニアは「おかえり、ランスロット」「御疲れ様」そしてときにはあくまでも上の人間のように「ご苦労だったな」と、そのときどきではあるけれどねぎらいの言葉を忘れる人間ではない。
が、もしかしてそれどころではない緊急のことがあったのかもしらん、とランスロットは場所を空けてくれたヘンドリクセンとアイーダの間に座って、その懸念をなくそうとする。
冷たい土の上にぐるりと丸く円状に座り込んでいる彼らを軽く見回してからソニアはあわてず、それでも手早く話を進めた。
「これから話すことはほとんど復習と思ってくれていい。・・・ランスロット隊を中心としてガストン、アイーダ、スルスト部隊はこれからは西側のルートをだとってバルモア城まで攻め上ってくれ。あたしとオハラ、ヘンドリクセン隊は東のルートでワンカイヨまであがってからバルモア城を目指す・・・その際各都市で収集して欲しい情報がある」
ソニアは地図を広げて自分達の進軍ルートを指で差し示しながら話を続けた。彼女の両脇はフェンリルとギルバルドが控えていてどちらも何かあればすぐに武器を抜けるような状態で座っているのがランスロットにはわかる。今回のソニア部隊は言うなればオハラのフォロー部隊兼ソニアの親衛隊、のようなものだ。自軍の軍議のときですらその姿勢を崩さないフェンリルとギルバルドに対してランスロットは心の中で賞賛した。その日暮らしをしていた傭兵なぞを雇ってもそこまでのことは出来やしないだろう。改めて自分が所属しているこの反乱軍に集う人材の優秀を知った気がする。
「領主アルビレオはかなりの力をもつエンチャンターで、非常に高度な技術を使って人形達に命を吹き込むのだと言われている。それでこのバルモア遺跡以外の場所でも多くの反乱を一人で鎮圧するほどその力は強いのだという噂がある・・・通常のエンチャンターはそんなに数多くの人形を一度に操ることは出来ないけれど、アルビレオには可能らしい。それが本当ならば厄介な相手になる。大量の人形と戦って消耗して逃げ帰ることになるのは避けたい。そこで、アルビレオのその術についての情報を気をつけて収集して欲しいんだ。バルモア城に攻め入る前にセロデパスコで合流する。そのときに吉報を聞けることを願っている」
その情報は既に伝達されていたものでソニアはそれを繰り返すだけだったけれど、何度口にしたって気分がいい話ではないらしく、ついつい彼女の表情は苦笑めいたものになる。。
正直なところ人形に命、といわれても誰もがぴんとこない。
今回オハラ隊のテリーが連れて来たタロスを見たって、人形に命が吹き込まれる、とか、人形が何を考えている、なんてことはなかなか考えられない。けれど、アルビレオはそういった人形達に生命を吹き込んで人形ではない不思議な生命体を操るのだ。どうもそう考えるとソニアの眉根は寄ってしまう。どこかで似た話を聞いたな、と思い巡らせると以前カボチャを使用して実験を行っていた魔女デネブが思い出される。デネブは完全に今や趣味の世界で疑似生命体を作っているのだけれど、アルビレオの場合はそれを大量に戦で使うのだから直のこと性質が悪い。
「何故二手に分かれて北上するのデスカー?」
スルストが不思議そうにソニアに聞く。
「東側はあまり多くの都市があるわけではありません。それでもアレルタ付近から反乱軍が攻めあがって来ていることは既にアルビレオの耳に伝わっていることだろうから、多少は東側への進軍もあるだろうと考えました。我々反乱軍を叩くだけならば東側から回っての進軍もありかもしれないけれど、バルモア城に近く、物資を運んでいるのも大量の金を納入しているのも西側の陸地ですから西側に多くの帝国兵を派遣すると思います。もちろん、裏をかかれて東側から攻めてこられる可能性だってあるけれど、西側の、都市があちこちごちゃごちゃとあるところよりは楽に交戦できると思うし」
「何かあったときにオハラ隊は機動力に欠けると思うのですが」
アイーダが静かに言うと、小さくソニアは笑って
「そうだな。だからあたしの部隊が並走する。いざというときは囮になるつもりだし」
「わたしもいるから、心配することはない」
フェンリルが冷たくいい放った。そう言われてはそれ以上言葉にするわけにもいかずにアイーダはわかりました、と押し黙った。
「それよりもランスロット達が北上していく西側の方が。よっぽど大変な目にあうだろう」
ソニアは指でランスロット達が動くルートを指し示した。
ここで彼女達が言っている西・東、というのは完全にこの地方を二分しているわけではない。縦に流れた川をまたいでの呼び名というだけだ。地図で見るとかなり東側に川は流れているため、ソニア達が北上するルートに都市は2つだけ。けれどランスロット達は更に広大な範囲を動きながら北上するわけで、都市や教会の数をざっと数えただけで5箇所は確実に訪問する必要があった。
「ただバルモア城に攻め込むだけでいいなら構わないんだがな」
援助金回収と情報収集。
それまでの行軍ではそれほど重要視されていなかったこの2つをこなす必要性が高まってきている。何よりも情報については今はちょっとのことでも欲しくて仕方がない。シャングリラに上る方法、シャングリラを止める方法、今の自分達の知識だけではどうにもならないことが彼らの前には立ちふさがっているのだし。
本当はそういうことはどこかの誰かにやってもらいたい、とソニアもランスロットも心の中では思っていたが、誰もやるわけがない。生きるために金を稼ぐのは当然で、彼らがさしあたって金を手にいれることが出来るのは、帝国の圧政に苦しんでいる街を解放して援助金を募ることくらいなのだから。
「まあ、幸いこのあたりの地方は反乱軍に友好的だから、申し訳ないがここいら辺でちょっと小銭をいただかないと」
「何をするにもお金はいりますからネ〜」
スルストは軽く言って無邪気な笑顔をソニアに向けた。
「ワタシやフェンリルサンだって、ムスペルムとオルガナで人々の生活を守ることでお金を得ていたわけですから。ボランティアなんてものは、平和で裕福な人々だけが出来ることデス。面倒ですが仕方ないでショウネ」
「申し訳ないです。天空の三騎士ともあろう人に集金をお願いするなんて」
そういいながらソニアは小さく吹き出した。
「ノープロブレムデース。たまにはいいですネ〜こういうオシゴトも」
たまには、か、とランスロットが苦笑をすると、ソニアも同じように苦笑を見せていた。わかっていながらスルストもそういう物言いをしてくれているのだろうと予想は出来るけれど。
これからさきの行軍、そう、当然バルモア遺跡だけではなくこの先の帝国側領土のどこでもいつでも援助金をうまく入手することを考えなければいけない、というのは気が重くなる。「たまには」ではなくなってしまうのだろうし。
「それでは、すぐに出発する。各部隊のルートに変更はない。ガストン、面倒だがこのアレルタの様子を伺いながら進軍してくれ」
「わかりました」
「オハラとヘンドリクセンは先に出てくれ。あたしはこの町の責任者にもう一度挨拶にいってから追いかける。では、解散!」
ソニアはそう言って立ち上がった。それが軍議終了の合図だ。部隊長達はいっせいに立ち上がり、離れたところで待っている自分の部隊員のもとへとそれぞれ歩いていく。
「ハイネサーン!出かけますヨ〜!」
と陽気に声をあげてスルストはカストロ峡谷から共に行動をしているハイネと、ギルバルドに借りたコカトリスのもとへと歩いていく。
それを見てフェンリルは隣にいたギルバルドに言う。
「彼女が手を出されなければいいのだけれど」
ギルバルドはフェンリルから話を振られることに慣れてはいないから、どう答えていいのかもわからない。しかも相手は天空の三騎士の一人だ。けれどギルバルドとて伊達に年を重ねているわけではないから彼女の方から不必要な会話で話しかけることは最大級の歩み寄りだということくらいわかっている。
「スルスト様は女性がお好きなようですな。まあ、しかも女性からも好かれる御仁でしょうから」
二人はそんなたわいもない会話をしながらさっさとグリフォンがいるところへ歩いていってしまう。市街地にグリフォンで戻ってソニアが街の代表に挨拶をしてから出立になることは承知のことだ。
ソニアはその場から離れず、部隊長達がそれぞれの部隊員に指示を出している姿をぐるりと見回した。特にオハラがきちんと部隊員とコミュニケーションがとれているのかを遠くから睨みをきかせて見てやらなければいけない。
フェンリル達の後を追おうと歩きだし、ちらちらと通りすがりに兵士達の様子を覗く。
(剣はふるえないし、気苦労も多いし、すっきりしないなあ。まあ、あの廃村でまた待ちぼうけよりは何倍もマシだ)
そんなことを思いながら小さく息をつくと、斜め後ろから聞き慣れた声がかけられる。
「ソニア殿」
「・・・なんだ?ランスロット。出発してくれて構わないぞ」
足早に歩いてきたけれどランスロットの歩幅ではまったく普通で追いついてしまう。
ランスロットが部隊員のもとに戻らずにソニアの側に控えたままだったことは彼女もわかっていた。けれど、だからといって取り立てて話すこともない。彼と一対一で話したら今日の自分はどんな顔をしてしまうのか不安で、ソニアは敢えて足早にその場から去ろうとしていたのだ。
(落ち着け、ソニア。昨日だって、笑って話せたじゃないか)
「何かあるのか?」
「いや。少しだけ気になって。久方ぶりの進軍で疲れてはいないか?」
ソニアの表情はわずかにぴくりと揺れたけれど、それがそういう表情なのかはランスロットにはわからない。ただ、今まであまり見たことがない表情をしている、と彼の勘が彼にそう教えてくれるだけだ。
「そんなことはないぞ。なんだ、ランスロットは相変わらず心配症だなあ?」
「・・・ああ、そうかもしれないが」
「ランスロットこそ疲れているんじゃないか?ここ数回ずっと出陣しっぱなしで。すまないとは思っているけれど、もうひとふんばり頼んだぞ」
「私は大丈夫だよ」
「・・・頼もしいな」
ソニアは小さく笑顔を見せてからするっと背を向けてフェンリル達の方へ歩き出す。
何がおかしいのかはわからない。
軍議でも安定した言葉づかいで正しくとりまとめていたし。
ランスロットは自分の思い過ごしか、と軽く首のうしろを叩いて苦笑をした。
さあ、出陣しなければいけない。

貿易都市シクアニに向かったランスロット隊は途中でニクシー・マーメイド部隊とグリフォン・バルタン部隊と交戦をした。
川を渡ろうとしたときにニクシー達に襲われて、あわやカノープスの立派な羽根を氷漬けにされるところだった。
物理攻撃に打たれ弱いニクシー達を、ランスロットとカノープス、そしてそのときとばかりに前衛に無理矢理出て来たラウニィーのオズリックスピアでほどなく一蹴出来たが、続けざまのグリフォン・バルタン部隊ではグリフォンの直接攻撃を集中的にうけてラウニィーがぶちきれた。これまた勝手に後衛に回ってサンダーフレアをうちまくる。
その勝手な奔放さに手をやいてランスロットとカノープスがラウニィーに対して文句をいうと、しらっと彼女は
「だって、それをフォローできるだけの力があなたたちにあると思ったのだもの」
なんてことをおっしゃる。
オリビアにヒーリングをうけながら草の上にぺたりと座っているラウニィーははきはきと言葉を続ける。
「それに、私やテスのように前衛後衛どちらの攻撃力も問わない人間は、相手に合わせて移動させていいと思うわ」
「陣形を変えることで周りの人間もとまどう。せめて戦闘に入る前ならばいいけれど」
苦笑をするランスロット。ラウニィーに言われてランスロットは言葉使いを改めた。一応新入りだし、そう思ってくれる方が面倒じゃないわ、と軽く言っただけだけれど、帝国側でのVIP扱いを反乱軍まで引きずることはない、と彼女はいいたかったのだろうとランスロットはその意志を汲み取った。
「怪我人は少ない方がいい。あまり前衛に出ない方がありがたいのだが」
「あら、だってソニア殿はいっつも前衛なんでしょう?そっちの方がおかしいわ」
「なんだあ?ソニアと張り合おうって思ってるのかよ」
カノープスはにやにや笑いながら上から覗きこんだ。
「そうよっ」
「おやおや」
「だって、ソニア殿の代わりに入ってるのだもの、ソニア殿と同じ働きが出来なければ、意味がない。それを初めから出来ないと言われるのはちょっと癪に障るわ。あなたたちは彼女の実力を知っているのでしょうけど、私は知らないんだもの。見ていないものと比較されて出来ないといわれたって納得できない」
なんて強い意志をもった言葉だろうな、とランスロットは心の中で苦笑をした。
これが帝国でエンドラにもっとも近い人間といわれたヒカシュー将軍の娘か、と思うとどういう育て方をしてきたのだろうかと感服せずにはいられない。
「はははっ、お姫様はえらい気が強いなあ?」
「・・・ラウニィー殿。ソニア殿は確かにいつも前衛ですが、前衛にいる方が力を発揮できるからですよ。あなたは後衛で唱えるサンダーフレアが強力な武器ではありませんか」
とランスロットが言うとテスも生真面目に
「わたしもそう思います。それに・・・近くで戦わせていただいているととても勉強になります」
そう言ってはにかんだ笑顔を見せるとラウニィーは肩をすくめて
「わかったわ。もう、あなたたちには逆らえないわね。なんだか家族ぐるみで諭されている気分」
「ラウニィー様、もう一度ヒーリングおかけしますから、まだじっとしていてください」
オリビアがにこにこと可愛らしい笑顔を向ける。ふう、とわざとらしく息を吐くけれど、ラウニィーはまんざら嫌なわけではないようだ。
どちらかといえば帝国で頭が硬い騎士達の中にいるよりも反乱軍で自由気ままにやっているのが本当は彼女にとってはやりやすいのかもしれないな、とランスロットは苦々しく思う。
と、そのときカノープスがランスロットを肘で小突いた。
「なあにぼんやりしてんだよ、お前」
「何が?」
「お前。なんかぼんやりしてねえか、今日」
「そんなことはないと思うが」
「ふうん、そうかねえ?」
カノープスは時折ランスロットに何か含みがある言い方をする。ランスロット自身がまったく心当たりがないときでも、だ。
けれど今日の自分は確かに少しぼんやりしているかもしれないな、とランスロットは自分で自分にお伺いを立てるようにわずかに黙り込んでカノープスへの返事をする間を空けた。
「・・・いや、ぼんやりということはない。少し考え事をしていただけだ」
「それがぼんやりなんじゃねえのか。まあ、ソニアのことが心配なのはわかるけどさ。ギルバルドもついているし、大丈夫だろ」
フェンリルの名を出さないところがカノープスらしい。
彼は別段天空の三騎士だとかどういうことについては無頓着で、ただ自分自身が信頼出来るかどうかで全ての物事を測っている。彼は未だにフェンリルやスルストに対しては警戒をしているし、所詮天界の人間だ、くらいに思っているらしいし、多分何か言われればあっさりとそのことを口に出してしまうことだろう。
「ああ、別に心配をして考え込んでいるのとは違うんだ。悪かった」
「じゃあいっけどよお」
まいったな、とランスロットは自分を戒める。考え事、と答えたけれど答えがみつからない考え事をしているのはぼんやりしているのとあまり変わりはない。
ソニアは本当は疲れているのではないだろうか。
いくらグリフォンに乗っているからといって右腕が動かない不自由な体では、長距離の移動は普段より疲れるに決まっている。
ああ、それに無茶をしないといいのだが。無茶をするとあの右腕が治るものも治らなくなってしまう。
ランスロットは、ソニアがここできちんと治さないと一生動かないかもしれない、とフェンリルに教えてもらっていた。だからこそ周囲の人間よりも彼女の右腕のことに過敏に反応してしまうのかもしれない。
まあ、それを教えてくれた当のフェンリルがソニアのお目付け役になっているから大丈夫だとは思うのだが・・・。
カノープスに言われて、一体自分が何を考えているのか意識をすると、どうもソニアのことばかりらしいということがわかった。
「・・・ああ、そうか」
久しぶりにソニアと別部隊で動くからなのかもしれない。
そんな風に自分を騙そうとしたけれど、それではカノープスなんかはもっと気になるに違いがない。なんといっても初期の頃からカノープスとソニアはずっと同じ部隊で行動していたのだから。
そんな風に自分を騙そうとしていたランスロットの物思いをラウニィーが打ち破った。
「すっかり回復したわ!ランスロット、出発できるわよ」
「・・・ああ、そうだな。よし、では行くか」
どうやら戦は彼に深い物思いをさせてはくれないようだった。

その同じ頃、オハラ隊のルート上に帝国の部隊を発見した。これがオハラ隊にとっては事実上の初仕事になるわけだった。
敵兵が近づいているのはグリフォンに乗っていたソニア隊が一番よく把握していた。馬鹿正直に街道を北上していたから見通しも良い。(それはお互い様なのだが)
前衛には物理攻撃に滅法強いタロスを配置して、また、試験的にサムライマスターのゾックも前衛にあがっている。
そして後衛にテリーとオハラ。一体プリンセスはどういう効能を見せてくれるのか、ソニアも、ソニア隊よりも後ろからついてきていたヘンドリクセン隊も固唾を飲んで見守っていた。
「全滅させようと思わなくていい。どれだけ自分達がやれるか、を試してくれればいいから」
ソニアが言い聞かせた言葉どおり、オハラは忠実に自分が出来ることだけを行おうと言い聞かせた。
その効果あってなのか、オハラからは「プリンセスとしての手柄をたてよう」とか「お役にたてなければ申し訳ない」なんていう気負いがあまり感じられない初陣となった。
オハラは軍に志願した頃からテリーと仲がよかったからテリーからオハラに対しての偏見も、またその逆だってない。、そしてテリー本人はソニアと長い付き合いだったから、ソニアは大層この二人の組み合わせには期待をしていた。
本当はゾックではなくビクターを起用したかったのだけれど、そうするとテリーとビクター、そしてフォロー部隊にヘンドリクセン、とこの軍の中では古株の人間だけが集まってしまう。
そういうことをするのは人々の反感を買うことだとソニアはわかっていた。だからビクターではなく、もう少し後から仲間に加わったゾックを選んだのだ。
それにゾックはいつも冷静で、アイーダからの評価も高い。
寡黙だけれど期待を決して裏切らない、というアイーダの言葉を信じての採用だ。
ソニアは上空からオハラ隊を見下ろして通る声で叫ぶ。
「来るぞ!」
帝国軍の部隊がオハラの部隊を見つけて近づいてくる。こちらは迎撃態勢万端だ。
「みなさん、よろしくお願いいたします」
オハラはそう言ってぺこりと部隊員に頭を下げた。テリーは笑って
「大丈夫だから、さあ、戦に集中しようね」
と年上の貫禄で彼女の気持ちを前へと向ける。ゾックは相変わらず無言で頭を下げただけで、戦の時につける甲冑のためにその表情は見えない。
街道からほんの少しそれた、草原が広がっているところを彼らは迎撃場所に選んだ。ここではむやみにドラゴンも炎を吐けないだろう。ソニアの部隊はグリフォンを操っているから、あまり木が多くない方が傍観するには助かる。
ギルバルドが操るグリフォンは更に下降して、オハラ隊の後ろについた。いつもながらにギルバルドが魔獣を操る様はすばらしいとソニアは思う。
「ギルは本当に凄いな!低空飛行が嫌いなグリフォンやワイバーンを自在に操って。お前もよくやってくれてありがとう!」
最後の言葉はグリフォンへの言葉だ。魔獣達に言葉が通じると思う人間と思わない人間が世の中にいて、ソニアは紛れもなく前者だった。手放しで話し掛けるものだからよく失笑をかっている。
けれど、ケルベロスの群れの中で「あったかい」なんていいながら眠るこのリーダーの言葉は、本当に魔獣に伝わっているのではないかと時々そんな根拠のないことをギルバルドは思う。
そして、他人そう思わせるというのは、どれほどの強い力なのだろう、と。
「素晴らしいビーストマスターだ。ソニアは、いい駒をたくさん持っているようだ」
フェンリルも少し素直ではない言い回しでギルバルドを誉めた。それへソニアはにやりと笑いかけて
「もっているのはあたしじゃあない。形として見えない、帝国を打ち崩すと思われるこの反乱軍の力です。・・・そういう、いい人材を集める、吸引力がある軍にしたいと初めから思っていたし」
「でも、そのトップに立つのは、ソニアだ。人が集う者だ」
その言葉を聞くとぱちくりとまばたきをしてソニアはフェンリルを見る。
「・・・ずうっと以前、ランスロットとやりあったことがあって」
「うん?」
「あたしがいなければ何も出来ない軍ならいらなくて・・・あたしは、人々が集う目印になるだけのものだと」
オハラ隊の目前に帝国兵がせまってきていたけれど、ソニアはそちらを見ずに言葉を続けた。ふふ、と口はしで笑って左手でそっと右腕を触れながら
「そこから先導く力はなくて、そこから先は集った人間の責任だけだと。そういったら、それはあたし一人の理屈だと言われました」
「・・・導く力はない、か」
「路頭に迷う子供のように、みなは弱いのだと。だから、今はあたしのような人間が必要で、導いて欲しいんだって。・・・あたしが思っているよりもみなが弱いならば、強くなれ、とあたしは言ったのですが」
「ソニアは導きの人間だ。目印じゃあ、ない」
フェンリルは軽く首を横にふった。
「集ったものを導く力を持つ。目印でいいんなら、ラウニィーを立てたほうが余程見栄えもする」
「・・・むう!フェンリル様はひどい本当のことを言う!」
そう言って噛み付くソニアの様子がおもしろかったらしく、フェンリルはあはは、とめずらしく高い笑い声を出す。
近くにいるヘンドリクセン隊が、一体何事かとグリフォンに乗っている3人へと視線を集中させた。
「そういう意味じゃないのに」
「わかっている」
ははは、とまだ笑いが止まらないようでフェンリルは腹を抱えている。
「誰かにこの軍を渡そうなんて思ってるわけじゃあないでしょう?」
「・・・思っていません。でも・・・」
右手がこのまま動かなかったら。
その言葉を一瞬口から出しそうになったときにギルバルドが前を向いたままで後ろにいるソニアに声をかけた。
「少なくとも俺は反乱軍の駒ではなく、ソニアの駒だ。一度失ったも同然の命を得た、そんな気すらした。人が集おうがソニアが人を導こうがそれは関係がない。導かれる先がわからずとも、ソニアと共にいるつもりだからな」
「・・・ギル、ダメだ、そんなことを言っては。あたしはふらふらと間違った方向を歩くかもしれないのに」
「大層な惚れ込みようだったのね。知らなかった」
「まだ知られるほどは仲良くないですからな・・・始まるぞ」
「・・・」
そのギルの言葉でソニアはオハラ隊に視線を移した。
そっとフェンリルは彼女の横顔を見る。
真剣な眼差し。
右腕が動かないハンデを感じさせないほどのしなやかな動き。
そして何よりも、この切替の早さと集中力がとんでもない財産だと思う。
廃村を出たときやアレルタを出たときは少し何か物思いにふけっているような様子を見せていたから、少し心配をしていたけれど、こうやって戦が絡んできたときにはフェンリルでさえ真似が出来ないような切替をソニアは見せる。
まあ、軍議の時はそうでもないようだと出会った頃から思っていたけれど、少なくとも今日の軍議については完璧だった。
それでもきっとこの小さなリーダーは、みなが求めて欲しくて仕方がない才能を自分が身につけているということを知らないのだろう。
だからそれを知っている人間はいつでも歯がゆくて仕方がないのかもしれない。
「・・・なんてことだ」
やがてソニアはぼそりとつぶやいた。
オハラ隊は既に帝国軍と剣を交えていた。
初めて実戦でオハラのスターティアラが力を見せてくれる。相手はナイトだから神聖系の魔法にはそんなに弱くはないけれど、それでも強力な魔法であることは遠目でもはっきりとわかった。
タロスが、ゾックが、敵のふところに飛び込んで攻撃を繰り出す。
そして、テリーが後衛からアッシドクラウドで切りかかってくるナイト達を足止めするように全体魔法を更に浴びせかけていた。
その様子を見つめながらソニアは、そっと自分の眉間を抑えて一度眼を伏せた。それはほんの3,4秒の仕草で、その間に彼女が何を考えて、そして何を自分の頭の中で処理をしたのかは誰にもわかることは出来ない。
「ギル、わかるか?」
「・・・ああ、わかる」
「フェンリル様・・・あたし達は、正しいのでしょうか?」
オハラ隊の様子を見ながらソニアはまばたきもせずに少し枯れた声を絞り出した。
「・・・わたしも、初めて見る。プリンセスの力を」
ちらりとヘンドリクセン隊を見ると、ヘンドリクセンはソニアと同じようにまっすぐとオハラ隊の戦いを見つめていた。が、他の部隊員はなにやら興奮したように騒ぎたてている。すげえ、とかあれがプリンセスの魔法か、とかそういったことを言っているのだろうが、そこまではわかることが出来ない距離だった。
「ええい・・・後悔は、しないと、誓った」
ソニアはそう言って自分のこめかみのあたりを抑えながら、それでも目をそらさずに見ていた。
きっと、ヘンドリクセン隊の部隊員クラスでは何が起こっているのか詳細はわかっていないのだろう。
「例え、人ならぬ力をオハラがもつことになっても、後悔は、しないと」
そのソニアの言葉は自分に言い聞かせているものだ。
ギルバルドはわずかに哀れみの視線をソニアに向けた。今ソニアが葛藤をしていることが一体何なのかうっすらと彼には理解出来ている。
オハラ隊の動きは、尋常ではなかった。
あの鈍重なタロスでさえ、通常の動きよりも身軽にドラゴンに対して何度も打撃を繰り出していた。
ゾックが剣をふるうその動きは流麗で、一太刀浴びせ斬るその速度は速く、しかも正確だ。斬りつけた後にわずかに下がって、後ろに戻ろうとしている敵に対してもう一踏み込みしてさらに斬り込む。そこまでの一連の流れの速さは、誰もが驚くほどのものだった。
「詠唱してから、魔法が発動するまでが、明らかに早いわね」
「テリーが、動揺している」
ち、とソニアは舌打ちをした。
予想はしていたけれど。
本当にプリンセスがそこにいる、というだけで他者の能力にまで影響を及ぼすなんて。
人は人の心に影響は及ぼすけれど、人の身体的な能力まで高めるなんて。
「なんていう能力だ。あれは、人が手にいれてはいけない力に近い」
「それを測るのはあなた一人じゃあない」
「そういうことを言いたいのではない」
ソニアは首を横にふった。フェンリルに対する言葉が乱暴になっているのは、ソニアの心の揺れを物語っている。
「あたしが考えているのは、オハラにすまない、とか、あの力への恐怖、とかそういうものじゃあないんです」
「では、何?」
「何故」
ソニアは唇を尖らせて不平そうにフェンリルに訴えた。
「何故、ドリームクラウンなんていうアイテムが作られたのか、ということです。そして、それを作る技術を人間が持つことを何故天の父は許しているのか」
「作り出すのは、人間の欲だ」
そう言ったのはギルバルドだった。
「人が手にいれてはいけない力を手にいれたいと思うのは当然のことだ。だって、手に入らないものの方がよく見えるに決まっている。まさしく今のオハラが身につけた能力は、人が持つべきものではない」
「・・・オハラを抱きしめてあげたいのに」
ぽつりとソニアはそう言って、帝国兵を蹴散らして戻ってくるオハラ隊に視線を戻した。
「きっと、不安になりながら戻ってくる。くそ!なんであたしの右腕は動かないんだ。役たたずめ!」


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モドル

うーん、うーん、早く勢いにのってどんどん進めたいデス〜(泣)忙しいの勘弁!
まあそんなこんなで2ページ目はちょっと散漫でございます。あっちもこっちも。
ちなみに今回、多分5ページとかでは収まらない模様です。(またかよ!)