神の領域-3-

「フェンリル様、一緒に来ていただけますか。ギルは申し訳ないんだけど、ここで待っていてもらえるかな」
「ああ・・・理由を聞かせてもらえるととてもありがたいんだが」
「あまり大人数でがやがや集るとオハラ達の気持ちもおちつかないと思う。多分ヘンドリクセンも自分の部隊から抜けて一人で声をかけにくるのだと思うから。本当は一人でオハラ達のもとに行きたいけれど、何分にも右腕が不自由だからフェンリル様についてきてもらおうと思って」
「・・・わかった。ああ。そういうことならば」
ギルバルドが珍しく歯切れの悪い言葉を返す。
なんとなく、しかわからないけれどその意味がソニアにはうっすらとわかっていた。
別段「自分だけが蚊帳の外」なんていう考え方をする男ではない。
どちらかといえば、一時であれソニア達に敵対していた、という負い目をもつギルバルドは決してどんなときもしゃしゃり出てはこない。自分の立場をわきまえていて、何歩も他の部隊長にいつも譲っているほどだ。
ランスロットやウォーレンといった軍の核をなすものがいないとき、ただそのときだけ自分が年長者として手を貸せれば良い、と考えている様子なのは誰もがわかっていることだった。
その彼が「理由を」と求めてくることにソニアは苦笑を隠せなかったし、フェンリルもわずかに苦々しい表情を垣間見せた。
今まで自分達が闘って来た相手は「普通の」人間だとずっと思っていたし、手が届く力だと誰もが信じて来た。だからこそみな帝国に剣を向けることが出来るのだ。
それが、どうもここ最近様子がおかしい。
ソニアは必要以上に「選ばれた勇者」だとか「心正しき者」だとか様々な通り名で呼ばれ、いつの間にか聖剣ブリュンヒルドに選ばれそれをふるうようになり、そして今、彼女の周りには人の力を超えた天空の三騎士が既に二人もいる。
帝国の力も同じように脅威のものだ。シャングリラという天空都市を魔導師ラシュディはゼノビアに落とそうとしている・・・。
行軍の歯車が狂った、という表現では現せない予想外の展開になんとかここまで順応してはきている。どんなに不思議なことが多くても、帝国を、女帝エンドラを、そして彼女を操っていると思われるラシュディを打ち倒さない限りは圧政は続いてこの大陸から人々の笑顔は消えてしまうだろう。それだけはまがらない事実だ。だから順応するし、志は変わらない。
が、ギルバルドが懸念しているのは人ならぬ力を持つ者ばかりがソニアの側に集ってきてしまうことだ。
ソニアとフェンリル。
この二人が並び立つ姿は正直なところ見ていて気持ちがいいものではない、とギルバルドは思っていた。それはソニアを思ってのことだったし、フェンリルの力を十分すぎるほど認めてのことだったけれど。
今の反乱軍はとても不安定な状態なのだ。ソニアの右腕が動かないことも。
その状態であまりに過剰に人ならぬ力を持つ者だけを彼女の周りに集めるのは、凡人の自分から見ればとてもおもしろくない・・・いや、危険に思う。何故なら多くの人間は「普通の」人間だから。
そのギルバルドの懸念をなんとなく嗅ぎ付けているソニアは数歩進んでから振り向き、あくまでも反乱軍リーダーとしての毅然とした表情で彼に言った。
「ヘンドリクセンを、頼りにしている。それに、悲しいことだけれどあたしはそう利口ではないから・・・ああいう大きな力を手にしてしまったオハラにうまいことが言えないかもしれない。だから、フェンリル様についてきて欲しいんだ」
「ああ、わかっている。大丈夫だ。余計な気を使わせたな」
ふがいないな、とギルバルドは苦笑をしてみせた。
「フェンリル様も、申し訳ない」
「いい。あなたは頭がいいから。ソニアは素晴らしい味方をつけているらしい」
気にしないようにさらりとフェンリルはそう言って笑った。
「俺は辺りの様子を見に行ってこよう。すぐ戻る。その方が効率がいいだろう」
「ああ、確かに。ありがとう。そうしてもらえると助かるな」
本当にこのリーダーは、いつでも誰かの言葉をきちんと聞くことが出来るし、さらりと礼を言うことが出来る。それがとても好ましい反面、その細やかさが仇となることがあるのではないかと密かに彼は不安に思うこともあるのだが。
ギルバルドは翼を休めていたグリフォンに乗り込んで手綱を握った。
初めは「今休み始めたばかりなのに」という不平そうな動きで首を一度ふっていたが、
「低空飛行に付き合うことはない。好きなだけ高度をあげていいぞ。どっちにしたってもう帝国兵には見つかっているんだ」
ギルバルドの手綱をひく力でその言葉を理解したようで、嬉しそうにいきなり翼をばさり、とはばたかせた。オハラ隊の進軍スピードに合わせてのろのろ低空飛行だったのは大層ストレスになっているのだろう。大喜びで風を巻き起こしながらグリフォンは雲が切れ切れに流れている、ほんの少し風が吹く青空へ飛んでいくのだった。

ヘンドリクセンも自分の部隊員達に待機を命じてオハラ隊のもとへとやってきた。
面倒なことでも、彼らにとっては未知のものだったプリンセスの力を使う以上は、早急に情報を集める必要がある。マンゴーばあさんに直接プリンセスについてのことを聞いてきたのはヘンドリクセンだから、彼が情報を集めて検証することが一番プリンセスの力を解明するのには早道だ。
オハラ隊の面々は初戦闘を終えて、その高揚はとっくに消え失せ、逆に固い表情を見せている。
街道からはずれた草むらでオハラは歩いてくるソニアに向かってまっすぐ視線を定め、ただただ立ち尽くしていた。唇を強く引き結び、あまり芳しい表情ではないとすぐにわかる。
ゾックは兜をかぶっていて表情は見えない。テリーはオハラに比べればリラックスした表情ではあるけれど、オハラにどう声をかけていいかと躊躇しているようでわずかに離れたところに立っている。タロスだけが普段とかわらずただ静かにそこにいるだけだ。
「御疲れ様。よく頑張った。見ていたぞ」
ソニアがそう声をかけるとオハラはこわばった表情のままでただ無言で頷いた。うまく言葉にならないようで、困ったような視線をずっとソニアに送るだけだ。
「いい。すこしずつ聞くから」
ソニアは左手でオハラの肩をぽん、と叩いた。それでやっとオハラの口から「はい」という返事が聞こえる。
それから決してでしゃばらないようにとそっと近づいて来たヘンドリクセンがテリーと何かの目配せをしていた。彼らは古株同志だから他愛のない挨拶のようなものだろう。
「驚いただろう?あたしも驚いた。言葉にして報告できる範囲でいい。戦闘中にみんなが各々どんな感じだったか教えて欲しいんだ」
それへはすぐさまテリーが右手をあげた。無言でソニアはそれへうなずく。
「私自身は何の変わりもないようで・・・・ただ、魔法の詠唱が終わった後で発動までの時間がかなり短縮されていました。そして、その魔法の持続時間も。持続時間もまた短かったのですが、威力は通常と変わらないように見えました。ああ、でも・・・」
「うん」
「詠唱を始める時に集中するじゃないですか」
それへはゴエティックのヘンドリクセン一人が頷く。他の人間はつい最近プリンセスになってから魔法を唱えはじめたオハラを除いては全員魔法を行使しない人間ばかりだ。
「それが・・・多分、なんですが・・・普段よりもすぐに集中できるというか・・・やっぱり体調とか戦況によって集中の度合いが変わってしまうものなのですが・・・こう、最初からいつでも詠唱開始出来るほど集中しているというか・・・そういう気がします。えー、それと・・・タロスなんですが、明らかに俊敏になっています。ただこれは、プリンセスの力によってタロスの力を直接増幅しているのか、それともエンチャンターである私の何かの力が増幅しているからそれがタロスへ影響しているのかはちょっと判断しかねます・・・。以上です」
「ありがとう」
テリーの報告に満足したようにソニアはそう言った。特にタロスについての報告は冷静だ、と思う。
ちらり、とソニアはゾックに視線を移した。その時初めて気付いたように慌ててゾックは兜を外す。
通常顔面を覆う形になっている兜を被る人間は、リーダーであるソニアに報告を行うときにそれをつけたままですることはない。
わかっていたはずのことが疎かになってしまっているということはゾックも多少なりと気持ちに乱れがあるのだろう。
「よろしいでしょうか」
少しはにかんだ表情でゾックは手をあげて発言をする。
「ああ」
「私の場合は・・・明らかに・・・通常の自分の体と違う・・・特別な感覚をうけました」
その言葉にオハラが不安そうな瞳をゾックに向ける。
「簡単な言葉でいうと、体が軽い・・・そんな表現しか出来ないのですが・・・。まるで夢に見ていた空想上の剣士ではないかと思うような動きが出来て・・・」
うまい表現が出来ないな、ともどかしそうだけれど、まだ伝えたいと思うことがあるようなので、根気強くソニアはゾックの言葉を待った。ゾックはわずかに眉間に皺を寄せて、それから
「ただ、剣の正確さとか、力とか、そういう・・・剣技に対する部分は変わりがないような気がします。ただ体が軽くて、いつもよりも早く動ける。そうとっていただいていいと思います。もしかすると個人差があるのかもしれませんが。それと、とてもこれは余計なことだとは思いますが・・・」
「なんだ」
「戦闘が終わった後に、同じような動きを再現しようと試みたのですが、普段の動きしか出来ませんでした。まだ一度だけなのですが・・・その・・・もしかすると、回数を重ねてしまうと、通常の自分の動きがとても緩慢なものだと勘違いして・・・あるいは、普段の自分がもともと俊敏に動けると勘違いをして・・・オハラがいない部隊に入った時に支障をきたすかもしれません。正直なところ、私のように剣を扱う人間からすれば、そのバランスを自分に言い聞かせるためにかなりの自制心が必要とされるような気がします」
それは完全にソニア達が懸念していたことだった。
体験したゾックがたった一度の戦闘ですらそう思わずにはいられないほど、プリンセスの力で彼らの能力は増幅されているのだ。
予想していたけれど、これほどとは、というのがソニアとヘンドリクセンの見解だった。
そして、多分オハラもそう思っていることだろう。
「オハラ、疲れたか?」
優しい声でソニアはオハラに語り掛けた。
「いいえ。疲れていません。大丈夫です」
「恐れているか」
オハラを正面から見つめて、ソニアはずばりと率直に聞いた。
その言葉に一瞬オハラは目を見開いて瞬きを忘れたようにソニアを見つめ、やがて少しだけ表情を緩和させた。
疲れていない、といいながらもどこかやはり疲れが見える、穏やかだけれど苦笑混じりの笑顔だ。
「はい。恐れています。でも、後悔はしていません」
「そうか。オハラは何か感じたか」
「いいえ。わたしは、ウォーレン様やヘンドリクセンさんに教わった通りに魔法を詠唱しているだけで、何ら変わりはありません。練習と違うような違和感もなかったですし・・・もちろん、緊張しましたけれど。みなさんのように普段の自分の力、と比較できるようなものがそもそもなかったので、これが自分の力なのだ、と思うだけでした。だから、自分のことより・・・みなさんの動きが違うことに、とにかく驚いてしまって」
そこで言葉を止めてそっとオハラはゾックを見た。多分テリーの言葉とおり、テリー自身は集中力に関すること以外は身体的な影響を受けたように感じなかったわけだからそんなに強い動揺はないのだろう。もっとわかりやすく言えば「オハラの影響を受けているときだけ早くて短い魔法が使える」という言葉に摩り替えて終わることが出来る。
けれどゾックは。身体能力に直接オハラの力が影響してしまっているという。
オハラ自身見ていてそれに驚いたけれど、そうなってしまったゾック本人はオハラに対して怯えていたり嫌悪感をもっていないだろうか?オハラはそれを不安に思っているのだ。
オハラの視線の先をたどってソニアもまたゾックを見た。そのときゾックもまたソニアを見て
「私は大丈夫です。あの力が自分の力だと勘違いすることはありません。今のところは。どうして私が選ばれたのか、わかりました」
と言って彼にしては珍しく微笑を浮かべた。
「ああ。どうして選ばれたか、不思議だったか?」
「正直なところ。回復役がいない部隊ですから、剣を振るう人間を入れたいならばパラディンを採用するのが適切ではないかと」
「そうだな。尤もな意見だ。・・・先に言うと固くなられるから言わなかった。ゾックなら冷静に考えて理解してくれるだろうし、ゾックが自分で言ってた自制心とやらもかなりある方じゃないかと思って」
「・・・自分の力を、見失いたくないと思えば、難しいことではないのだと思います・・・ただ、誰もがそうではないのでしょうから・・・」
と、そこまで言ってから慌てて表情を引き締めて
「あ、出過ぎたことを言ってしまいました。お許しいただけますか」
それへソニアは軽く肩をすくめた。(とはいえ右腕が不自由なのであまり右肩は動かないのだけれど)
「許すも何も。そのままだ。ゾックが言っていることは何から何まで正しい。・・・・ヘンドリクセン、何かあるかな」
「いえ。今の段階では。まだ一回の戦闘で結果づけをするわけにはいきません。少し試していただきたいことがあるのですが」
「うん。なんだ」
「戦闘に入ったら、オハラはもう少し後退して欲しいのです。先ほどの戦闘を見ると、まだ不慣れな魔法を詠唱するせいか何なのか、少し前衛よりに出ていっていたので・・・」
「ああ、どれだけの範囲影響するのか調べたいということか・・・まあ、まだそれは難しいだろうから、おいおいにしよう。今オハラはいっぱいいっぱいだろうから」
そう言ってソニアはもう一度オハラの肩にぽん、と手を置いた。
と、次の瞬間、じんわりとオハラの瞳に涙が浮かぶ。
「・・・恐いのか」
「はい。けれど、そのせいではないんです・・・」
「うん、何だ」
「後で・・・本陣に帰ってからお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか。いえ、戦闘やこの力に直接関係することではないのです。とても、身の程知らずなことと存じながらお願いいたします。ソニア様と、お話をさせて欲しいのです」
「今じゃなくていいことか」
「はい。ご心配かけて申し訳ありません。・・・もう、大丈夫です」
ソニアは軽くオハラの頭をなでて、笑顔を向けた。
「大変な目に合わせて悪いな。恨み言でもなんでも後で聞くから。心が揺れても、もう少し頑張ってくれ」
「大丈夫です。心が揺れるのは私が弱い証拠ですから。恨み言もありません。テリーさんとゾックさんが大丈夫ならば、私は」
「大丈夫だよ」
と即座に言葉にするのはテリーだ。それから遅れてゾックが「ああ」とだけ声を出す。ゾックはオハラと話したことが少ないからかまだ慣れない様子だ。
「気持ちが落ち着いたら出発しよう。ヘンドリクセンがいうように、一度のことで論議することなぞない」
ソニアはそう言ってちらりとヘンドリクセンが残して来た部隊員達が休憩しているところを見た。
あちらは誰も事の重大さを感知していないように見える。
それはきっと当然のことなのだろう。
今日ヘンドリクセンが連れて来た人間は、ゾックやテリーのそれまでの働きをあまり知らない者達ばかりだ。
それは兵士への影響に対する配慮だ。
普段の彼らの動きを知っている人間が見れば、きっと今のヘンドリクセンやソニアのようにすぐに事の重大さを感じとってしまうだろう。たとえ、一体何がどう変わったのかがわからなくても、明らかに異変が起こっていることを感知するに違いない。
あまり詳しいことがわかっていない状態で、一般兵達に動揺が走ることは避けなければいけないとウォーレンは強く念押しをしていた。それはまさしくその通りだし、余計な話が他の兵士に回ってもいけない。多くは言わなかったけれどランスロットを中心とした通常の進攻部隊とはっきりと分けたのはこのことが一番の理由だった。資金繰りがどうこう、とかそういう話だってもちろん本当だったが・・・。
ともかく、それが故に能天気にヘンドリクセンの部隊員は「プリンセスってのはすごい魔法を使うんだな」とか「ゾックさんの剣技は素晴らしいな」とかお互いに語り合っている様子だ。
能天気な人間を見ていると、時折気苦労している人間は必要以上に勘に障る時がある。ヘンドリクセンが苛つかないといいけれど、とソニアはちらりと誠実なゴエティックを見た。が、彼は色々と考えているようでしばしの間目を伏せてぶつぶつと独り言をつぶやいており、ソニアの視線に気付かないようだ。まあ、どちらにしたってそういうことで心が乱れるタイプの人間ではないとソニアが一番よく知っていはいるのだが・・・。
と、そのとき。
ほんの少しまえに飛び立ったはずのギルバルドのグリフォンが西の空から戻って来たのが見えて、フェンリルがソニアに声をかけた。それと共に皆がそちらへ注目をした。
のびのびと翼を広げてグリフォンはまっすぐに向かってくるようだ。自由な高さ、速度で飛べることが余程嬉しいのか、というほどの勢いでソニア達の元へ近づいてくる。
目を細めて空を見上げていると、不意にそのグリフォンから人影が飛び降りるように離れた。
「ええっ!?」
グリフォンに注目していた人間はみな一斉に声をあげた。
どう見ても人が飛び降りて助かる高さではない。しかもどう考えてもギルバルドしかそこには乗っていなかったはずなのに。
ぽかんと口を開けている一同の上で、空に飛び込んだその人影は、ばさっと翼を広げた。その、有翼人の見慣れたシルエットにソニアは驚いて叫ぶ。
「カノープス!?」
グリフォンは軌道をわずかに変えて離れた場所に着陸しようとする。
確かにグリフォンの着陸は必要以上に風が巻き起こるから、先ほどの勢いのように人間がいるところ目掛けて降りてくることはあまりない。
飛び降りた人物は確かにカノープスで、ばさばさと聞き慣れた雄々しい羽音を立ててゆっくりと、それでも彼にしては少しせわしない羽ばたきでソニアの近くに降りて来た。
「楽しようと思ったけど、やっぱ、グリフォンに乗るのは妙な気分だなあ」
それが彼の第一声だ。
ついついそれまでの深刻な空気は緩和してソニアは声を立てて笑った。
「そりゃそうだ!鳥がもっと大きな鳥に乗っているようなものなんだから!」
「鳥っていうなっていっただろうが!お前、いつか後ろからぶん殴るぞ!」
「いつでもうけて立つぞ。・・・で、どうしたんだ。余程のことがあったのか」
真剣な表情に引き締まるソニア。
カノープスもそうだった、とばかりにすぐに本題に入った。
「あのさ、お前もうサラディンの石像見た?」
「うん?見てない。第一こっちはサンファンへ行くまでまったく街がないんだから」
突然そう言われても、とソニアは首をかしげて自分の記憶をたどる。サラディンのことは聞いている。ドヌーブの英雄としてこの地域の民衆に多大な評価をうけていること、石像があること。それはもちろん知っていたけれど、まだ彼女はそれを見ることが出来る町に行っていない。
「あー、そうか、そうだよな。そっから説明しなきゃいけないのか。アレルタにあったっていう報告は出る前にランスロットから聞いただろ?」
「・・・聞いてない。アレルタの話は聞いたが、そこにサラディンの石像があったという話は。まあ、その前に斥候役からいくらか聞いていたからこの地方のあちこちに石像があるっていう話は知っていたけれど」
「なんだ、めずらしいな、あいつが報告漏れなんざ。ま、とにかく、あちこちに石像があるんだけどよ、前から潜伏してもらってた斥候から緊急の情報が来たんだ。彫刻家バルカスの弟子が今カニャーテっていう都市にいるらしいんだが・・・そいつがいうには、サラディンの石像は」
「石像は」
「一体は本物だと」
「・・・はあ?」

ランスロット達はカノープスをソニア達の元へ送ってから、カリャオという都市で彼がソニアを連れて戻ってくるのを待っていた。街から外れた郊外の緑が多い土地に古ぼけた、外壁もかなりはがれてしまっているとんでもない年代物らしい宝物殿があった。そこからわずかに離れた小高い丘にランスロット隊とガストン隊が合流して、ガストンが無茶をさせて体力を消耗してしまったグリフォンの翼を休めている。
帝国軍と何度か交戦しながら、ガストン隊はさっさと北上してランスロット隊に報告をしようと南下していた斥候役と一度合流し、前述のカノープスがソニアに伝えた情報を得た。それは大層偶然の出会いで出来過ぎた話だとガストンは今でも思っている。それから更に最も遠い都市だと思われたワンカイヨまで辿り着き、そこで思いがけない情報を収集した。
ガストン隊がひろってきた情報は、石化の魔法を解くにはカリャオの宝物殿に眠っている光のベルというものを使えばいい、という話だった。
サラディンの石像は一体が本物だ、と。そして石化の魔法を解くには光のベルという宝が必要だ、ということ。
今の反乱軍にとって、ラシュディの弟子だったというサラディンに話を聞くことが出来る、というのはとても魅力的な事柄だ。しかもラシュディに刃向かった人間であれば尚のことだ。実際はソニアにお伺いをたてなければいけないが、ひとまず情報を確認して光のベルを手に入れるところまでランスロットの独断で行っても良いのではないかと判断をした。その程度の判断も出来ないでいちいちソニアに連絡をとるくらいなら、初めから別働隊で動く意味はない。
問題はこの各地に点々と散らばっている都市それぞれにあると思われるサラディンの石像のどれが本物なのかがわからないということだ。・・・それだけが問題だと思っていたのに。
カリャオという都市はとても目立たない、山の近くの街道終点付近にある小さな都市だった。斥候役がソニア達に用意してくれていた地図を見ても載っていなかったものだからそれを探し出すのに苦労して、ランスロット隊だけでは難しいということがわかり、ガストン隊も借り出された。たった半日でバルモア地方の端から端まで飛んだグリフォンはさすがにご機嫌斜めになったらしく、カリャオをなんとかみつけると、ここで暫く休憩をとらせることにした。
その問題をクリアして、あとは宝物殿に本当に光のベルがあれば。
今、ソニア達はプリンセスという未知の兵種であるオハラ隊のことをフォローする役目があるのだから、それ以外のことはあまり煩わしたくない。だからランスロットとしては光のベルを手に入れるところまではやっておきたいことだった。
けれども問題はそこにあった。
宝物殿でランスロット達は門前払いをくってしまったのだ。
光のベルの情報を得た、と正直に告げたことは悪くなかったのだと思う。けれど宝物殿の代表らしき年配の男性がランスロットにいうには、光のベルは真の勇者のみに託すものなのだと。だからどんな懇願をうけてもランスロット達には渡せない、と。
まいったな、とランスロットは溜め息を吐かずにはいられなかった。
もしも本当にサラディンが生きているままで石像になっているならば、アルビレオと対峙する前にサラディンに会う方がいいにきまっている。けれどソニアは別働隊で動いているし、オハラのことを考えるとソニアをここにひっぱり回すのはあまりいいことだとは思えない。悩んだ挙げ句、それでも今の反乱軍には必要なことだと思って、カノープスをソニアの元へと派遣した。
テスはラウニィーに槍の稽古をつけてもらっている。
本当はこんな悠長なことをやっている暇はなくて、いくらでもしなければいけないことはある。
しかしソニアを呼ぶ以上はランスロットはここに留まる必要があるし、移動手段になってくれているカノープスがいないとなれば、いくらなんでもラウニィー達だけを他の都市に回ってくれ、と女3人を放置するわけにもいかない。(いや、ラウニィーはそれでもいいというのだろうが・・・)ガストンはグリフォンを休めているし、かといってノーマンをラウニィー達と共にいかせるのはあまりにも不安な構成だ。
正直なところあまりカリャオの人々は反乱軍に対してもそんなにいい印象をもっていない。
ひっそりと暮らしている人々にとって、反乱軍だろうが帝国軍だろうが、戦を起こす人間であればそれだけで拒絶の理由になる。
あまり滞在したくないなと思いながらも、しかし反乱軍の勇者がやってきて光のベルを手にして、その上サラディンを蘇らせた、ということになればまた民衆の態度も変わってくるだろう。
(そうだ、一体どうやって本物を探せばいいのか・・・情報があるといいのだが・・・)
というわけでランスロットの目の前には色々と考えなければいけないことが山盛りで、せめてソニアを待つ間だけはゆっくりとさせてもらおう、とテスとラウニィーの手合わせを見ていた。
(にしても不甲斐ない)
仕方がないこととはわかっている。それでも、「ソニアでなくてはいけない」ことがあまりにも多すぎると思う。
もちろん、それだけ人々がソニアに期待をして、そして注目しているということだし、実際に彼女は「選ばれた者」であって非凡だ。
とはいえ、せめてこれくらいは自分にも出来ないものなのか、と思えるような今回の件は、この生真面目な聖騎士を少なからずがっかりさせてしまった。
「いかんな・・・こんなことで」
自分の表情が険しくなっていることにふとランスロットは気付いて、眉間の皺に触れた。
大事なところで自分がソニアの役にたっていないのではないか、とランスロットは考えてしまう。
今回のようにどうにもならないことから、本当はどうにかなったのではないかということ。
ソニアに無理を強いてきた、彼が覚えている全ての事柄についてランスロットは考えていた。
ほんの少しでも助けになりたいと思っていたし、自分が出来る範囲のことはしてきたつもりだ。
なのに、何故かソニアが背負うものはどんどん大きくなっている気がするし、それは、例え右腕が治ったとしても減ることはないような気もする。
(仕方がない、彼女は特別なのだから)
けれど何故だか。
そう思うことはまったくランスロットを楽にはしてくれなかった。
多分、そう思われることを彼女は嫌うのだろう、ということに思い当たったからだ。それでも正直なところ、ソニアが特別なのだという気持ちは打ち消すことが出来ない。
ランスロットは自分がただの努力型の凡人だということを知っていた。そして、ソニアがもっている力は、努力すればどうにかなるような種類のものではない。「選ばれた」人間なのだ、と不本意ながら思わずにはいられない。
そしてだからこそ苦しんでいるのだろう。誰もが知らないところで葛藤しているに違いがない。
けれどその苦しみは凡人である自分には理解できないし、ましてや解消してやることなど出来はしない。
そう思うとあまりに自分が不甲斐なく、そしてあまりにも一人で背負おうとしているソニアが不憫に思える。
ランスロットは東の空を見て、カノープスはまだ戻らないのかな、と目をこらした。
戦いの中でぽっかりと開いたこの空白の時間で。
ランスロットはひたすらにソニアのことを考えていた。もちろん、他人から何を考えているのかを聞かれれば「反乱軍のことを考えて」いると彼はさらりと言ってしまうのだろうが。


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モドル

というわけでまだまだまだまだバルモア遺跡、これでやっと半分近くくらいです。これからサラディンを元に戻してアルビレオ戦やっていつものとおりうだうだ書くので(笑)道のりは長いです。
ランスロットはソニアのことを考えていますがソニアは既にオハラのことばかり(笑)
2002年初オウガ。非常にラヴァーズがカンケイないガリガリなページから始まってしまいました(苦)