神の領域-4-

どれくらい待っただろうか。テスとラウニィーは手合わせにも飽きて、グリフォンは一度昼寝をして目を覚ましたくらい随分と待たされた気がする・・・とはいえ、実際の時間はほんの一刻半程度だったのだけれど。
グリフォンの調子がよくなったので、先に出発しようとガストンが明るい空を見上げたとき。
ランスロットはカノープスが飛んでくる姿を見つけて立ち上がった。同じくガストンも見つけて腰をあげる。
「なんだ。ギルバルド達は一緒ではないのか」
カノープスに抱きかかえられているソニアを見るのは久しぶりだ、なんて悠長なことを思ったけれど、よくよく彼らの姿を見ると、そんなことを言ってられない状況だということがわかった。
「・・・カノープス!!」
怒声に近い声をランスロットは発した。
オリビアは、え?と怪訝そうな表情をランスロットに向けて、それから目を細めて降りてくるカノープス達の方を見つめる。その視線の先でカノープスは、いつもの彼の飛行とは少し異なって、着地地点が定まらないような動きを空中でゆらりと見せる。その不安定な動きの原因に、ランスロットの次に気が付いたのはラウニィーだった。
「オリビア!ヒーリングの用意をしてあげて!」
「は、はいっ・・・」
ぎり、とランスロットは歯軋りする。どれほどのものかはわからないけれど、カノープスは負傷をしている。
なんてことだ。
ギルバルド達と共に来ると思っていたから安心していた自分をランスロットは呪った。
「少し考えればわかるものを・・・私の責任だ」
カノープス一人で行かせたのは、彼の最速スピードを邪魔しないように、と思ってのことだった。ソニアはギルバルドと共に来ると思っていたからいちいちカノープス以外の護衛をつける必要はないと判断したのだし。
が、今のようにソニアだけを連れて戻ってくるということは、帝国兵との交戦があれば非常に危険なことだ。
そして案の定その通りになったというわけなのだろう。
やがてカノープスはなんとか正しい場所に降り、ソニアはすとんと地に足をつけてカノープスの腕から解放された。
「オリビア、すまないがカノープスに・・・」
「はい!」
「悪ぃな。ちょっと無茶をしすぎた。筋を斬られなくてよかったぜ、ホント」
あまり暗くない声にその場にいた全員はほっと安堵の息をもらす。カノープスはそのまますとん、と草の上に座り込み、駆け寄ってきたオリビアに背中を向けた。よりによって羽根の付け根近くを剣で斬られてしまったようだ。これで飛ぶのは大変だったでしょう、とテスもカノープスに声をかけに行く。ランスロットがソニアのもとへ近寄ろうとしたらそれより先に
「リーダーも負傷してるじゃねえかよ」
ソニアの左頬にこすったような傷があるのを目ざとく見つけてそういったのはガストン隊のノーマンだ。
「他はねえの?」
「なんてことないかすり傷だ。避け損ねてちょっと左の脇を」
腰の脇あたりの衣服がわずかに切れて、出血の痕が見える。
「ああ、カノープスの手当てが終わったらヒーリングしてもらう。そんなにひどくないんだ。ランスロット、それで、どうしたって?」
ソニアはとりたてた挨拶もせずに、用事を済ませたい、とばかりに負傷をした経過報告なぞは何もないまま本題に入ろうとする。ランスロットは厳しい表情でそれを止めた。
「待て。その前に傷の手当てを」
「いい、かすり傷だし・・・あ、そうだ」
ソニアはガストンに向かって言う。彼らがここにいることは既にカノープスから聞いていた様子で何も追求はしないで当然のように指示を出した。
「あたしとカノープスを追って帝国兵が来ると思う。ガストン、出られるか?」
「はい」
「出来ればカリャオから少し離れたところで戦って欲しい。あまり街を巻き込む気がないことを民衆にわかってもらいたい。終わったら後続隊がいないことを確認して戻って来てくれ。あたし達は宝物殿に行ってくる。もし兵力が多かったら迷わず狼煙をあげて西の山に向かって逃げろ。今の所グリフォンとバルタンの部隊がいることは報告をうけている。が、それ以外ならばこちらのグリフォンについてこられるような部隊はないだろう。バルタンは攻撃力が低いからノーマンがいれば大丈夫だろう?」
迅速かつ正確な命令だ。地形が完全に頭に入っていることもわかるし、そして斥候の報告も確実に頭の中に収まっているようだ。いつもながらそのきびきびとした命令が心地よいとガストンは思う。
「わかりました。ノーマン、行くぞ!」
「あの、わたし、ソニア様にヒーリングを」
と声をかけるのはガストン隊にいるプリースト、ライラだ。それへは少し優しい声音で、けれどきっぱりとソニアは言う。
「いい。街を巻き込まないようにするために、早く出発してくれ。頼んだぞ」
「ライラ、すこし飛ばすからな。しっかり捕まっていろよ」
グリフォンの背中にガストン達は次々に飛び乗った。ノーマンがきちんとライラを庇う形で乗り込むのを確認してソニアはランスロットの方を向き直った。そしてそれを見送らずにランスロットもすぐさまソニアと会話の続きを始める。
「そなたの体は今必死で右腕を修復しようとしている。魔法で治る部分があるならばそれに任せたほうがいい。ほんの少し治癒能力を高めて治るならばそれに越した事はないだろう?」
ソニアは苛付いた表情を見せてランスロットを引っ張って、テス達がいる場所から離れた。
まるでこそこそ話をする子供のようだがこの際仕方がない。一応オハラについてはランスロット隊の部隊員に対してだって公にするようなことではまだないと思うからだ。
「急いでいるんだ。あまりオハラを放っておきたくない」
「急ぐならばギルバルドとくれば早かっただろうに。・・・そんなにオハラ隊は大変なことになっているのか」
ランスロットはそっと険しい表情をソニアに見せた。
ギルバルドとフェンリルを置いて来たということは、完全にソニアがフォロー部隊から抜けるわけではない、と知らしめるためのことか、あるいはせめてフェンリルを残すことでわずかでも不安の緩和になればという配慮なのだろう、とランスロットは予想していた。
どういう言葉を使おうか、とソニアは左手の中指でこめかみを一度押さえて考えながら話した。
「うん・・・大変、というか・・・。予想通り、といった方がいい。いい意味でも悪い意味でも」
「オハラはどうだ」
「とにかくそれらのことは後で。あまりこそこそ話しているのもなんだしな。悪いけど、わがままを言わせてくれ」
「ああ、わかった。だからひとまず手当てを受けてくれ。そなたが必要以上にあせっている姿を見ると、皆が動揺する」
「確かに。わかった」
「出来れば座って欲しい。その方が落ち着いてヒーリングをかけられる」
ソニアは大人しくランスロットに従って腰をおろした。それからそっと自分の脇腹の傷をランスロットに見せる。
なんだかその仕草がぎこちなくて、そして彼女がわずかに頬を紅潮させていることにランスロットは気付かず、「失礼」と一言言ってランスロットはその傷を覗き込んだ。深い傷ではないのは人目でわかるが、これ以上ソニアに痛々しい傷をつけるのはあまり嬉しいことではなかった。
「何でうけた傷だ」
「剣だ。なんてことない。左腕でふるった剣でも多少なりと役にたった」
「剣を交えたのか」
驚いて顔をあげると、ソニアはうつむきがちにランスロットを見ないままで答えた。
「まさか。そんな技量はない。逃げてきた。だからカノープスは背中に傷を負った。ランスロットは怒るかもしれないが、あたしが一人でここに来るしか方法はなかった。・・・人ならぬ力を手にいれたときに、人は立ちすくむものだとあたしは知っているから。多分、他の誰が手を差し伸べても、オハラの不安は消えないだろう・・・だから、あまり今は怒らないでくれ。無茶をしているのはわかっている。それでもこうするしかなかったんだ。あたしは二人いないから、こればかりはしょうがない」
「・・・っ・・・」
ランスロットはわずかな間、うつむいているソニアの顔を見ていた。
他の誰が手を差し伸べてもオハラの不安は消えない。
その言葉が胸に突き刺さるような気がした。
ソニアのその言葉はまるで、自分への拒絶のようではないか。
非凡なこの反乱軍リーダーににとって、凡人である自分が差し出す手や、役に立ちたいと思う気持ちは本当に小さくて非力なのかもしれない。いつだって力になりたいと思っていたけれど、今の自分ではあまりに遠すぎる場所にソニアがいるような気がしてならない。
そんなことは今まで思ったこともなかった。何故、彼女の力になれると勝手に思っていたのだろう、とそれすらおもいあがりのような気がしてくる。ムスペルムでスルストとフェンリルの力がぶつかりあったとき、何が起こったのかその場で見届ける権利を貰えなかったほど、自分とソニアの間にはありとあらゆる力の距離があることを痛感したはずだ。
わかっている。
ランスロットは悪い方向へ考えようとしている自分の思考をそこで止めた。
多分ちょっとだけ自分は今弱気になっているのだ。
ランスロットが黙ってしまうとソニアはそれをどうとらえたのか
「少し私情が混ざっているのはわかっているぞ。でも、これに関しては私情が多少混じった方が、いいんだ」
「オハラに対するケアのことか」
「ああ。そしてそう考えることは多分間違っていない。だからフェンリル様も止めないし」
「・・・魔法をかけるぞ」
「ああ、頼む」
そっと傷口に手のひらをむけてランスロットは静かにヒーリングの詠唱を始めた。
不思議な白い光が彼の手を包み、そしてソニアの傷口を包む。
自分はこのリーダーのために何か出来ているのだろうか。それは考えても仕方がなく、彼女に聞くしかないことだ。
目で見えない物差しを必死に振り回しても答えはわかるはずがないのだから。
例え自分がこの小さなリーダーに手を伸ばしたって彼女の不安は消えないかもしれない。
ならば、せめて。
これくらいの傷は、消してあげたいではないか。
そんなことを思うのは、とても消極的なのだろうか、とランスロットはいつになく弱気な自分に半ば呆れていた。

一同はソニアとランスロットを先頭に宝物殿を訪れた。
宝物殿の門番に代表者への目通りを申し出るとほんの数分またされただけで年のころ50歳ほどの男性が姿を現した。
決して宝物殿の門は開けられない。宝物殿の門は固く閉ざされていて、門の両脇に本館に通じる、門番の詰め所がある。
その詰め所の奥の扉からその男性はやってきた。中の者が外に姿を見せるときでも、簡単に宝物殿の正門を開かない、という仕組みになっているようだ。
狭い詰め所に人数が入ることは出来ない。仕方なくランスロットとラウニィーだけを連れてソニアは中に入った。
門番が気を利かせて扉を開け放してくれたから、中に入れなくとも一応様子を伺えるようになった。オリビアはにっこりと女の子らしい笑顔を見せて門番に礼を言う。あたしには真似が出来ない、といつもそれを見てソニアはうらやましいと思ってしまう。
「私に何ぞご用がおありでしょうか」
「初めてお目にかかります。反乱軍リーダーのソニアと言います。先ほど我が軍の者がお目通りさせていただいたと思いますが」
ソニアは背筋を伸ばして真正面からその男を見た。あまり険しい表情にならないように、けれど引き下がる気もないことを誇示するようにただまっすぐに。
「宝物殿を管理しております、サンティスと申します。で、何でしょうか」
「ぶしつけなことをお願いするためにここに参りました」
そこで一度言葉を止めると、すかさずにその男性は笑顔も見せずに言った。
「光のベルですね」
「はい。・・・何故反乱軍がそれを求めているのかご存知ですか」
「おおよそのことは。私達はあまり多くを語ることは出来ません。現在このバルモア遺跡を統治しているアルビレオですらこの
ベルがここにあることは知らないこと。ただ、この地方のどこかにあるということは知っているはずです」
であれば、ガストンや斥候役達が仕入れてくれたこのベルの話は、民衆が反乱軍を歓迎してくれているということに他ならない。
カノープスには一言も言わなかったけれど、実は、もしかしたら罠かもしれない、とソニアは勘繰りながらカリャオにやってきた。
この男性が言う通りアルビレオは光のベルの場所を知ることが出来ず、反乱軍が民衆から情報を得てそれを手にするのを待っているのかもしれない、つまり、アルビレオの手の上で踊っているだけかもしれない、とソニアは考えていた。
それは、サラディンの復活の可能性を残した状態にしているということが心にひっかかっていたからだ。
それでも考えている暇も、必要な情報も足りなかったから仕方がない、と腹をくくってオハラ達の元を離れてここまで来た。
それにしても、私達は多くを語ることは出来ません、か。試されているな、とソニアは心の中で苦笑したが、それを表情には出さずに打ち明け話を正直にした。
「エンチャンターであるアルビレオが唱えたのか、ラシュディが唱えたのかはわからないけれど、サラディン殿は強いアッシドクラウドで石化しているのだと思いました。何故命をそのまま奪わずに石化させるというまどるっこしいことをしたのか、いくつか考えたのですが、何が正しいのかあたし達には正直なところ判断出来ません。それでも、例えあたしがここに来ることやサラディン殿を救うことですらアルビレオの手の上のことだとしても、今の反乱軍にとっては必要なことだと思います。だから、ここに来ました」
「真の勇者の証をお持ちか」
「ティンクルスターのことですか。ええ、持っています」
ごそごそとソニアはポケットに手を突っ込んだ。
「そなたはそんな簡単なところにいれているのか!」
呆れたようにランスロットは言う。ラウニィーは「何?」という表情でソニアを見る。
シャロームの教会で授けられた勇者の証ティンクルスター。よもやそれがポケットに無造作にはいっているとは思わず、ランスロットは仰天した。
「これがティンクルスターです」
「おお、まさしくそれは勇者の証・・・たしかに・・・ソニア殿、数々のご無礼お許しください。今、光のベルをお持ちしましょう。あなた方の旅の手助けになることを祈っております。しばしお待ちを」
背を向けたサンティスに向かってソニアは慌てて声をかけた。
「お待ちください。・・・もしも、あたしが誰かを代理にたててこのティンクルスターを持たせてここを訪問したら・・・それでも光のベルを渡してくれたのでしょうか?」
なんだかこれだけで簡単に光のベルを渡してくれるなんて、杜撰だなあと思っての発言だ。
ソニアは何も勇者らしいことは言っていないし、ただティンクルスターをひょい、と提示したに過ぎないから。
「・・・まさか。勇者殿、それは違います。あなたはご存知ではないようだ」
奥に戻ろうとしたサンティスはソニアの言葉に立ち止まり、そしてゆっくりと口を開いた。
その表情は穏やかで、悪意はまったくない。
「わたしは長い間のこの宝物殿を管理しております。ですから、多少の目利きはすると自負していますし、宝物についてもかなり明るいと思っています。あなたの手の上に今あるティンクルスター。それは他者が持てばその輝きを変えることでしょう。例えあなた方がそれに気付かなくとも私にはわかります。これから誰かにそのティンクルスターの提示を求められたとしても、あなたが持たなければ多分何の意味もなさぬことになるでしょう。・・・たとえあなた達がわからなくとも、提示を求める人間にはわかるのですよ。人間が通常身分の証明に使う物は、ただそれを手にしているというだけで身分が保証される、存在だけで証明になるものと、人と物が一致して初めて証明になるものの二種類があります。ティンクルスターは、後者のものだ。そして、お見受けしたところ、あなたの腰にあるその剣も。あなたが手にして初めてその「もの」が完成するのだと言っても良いでしょう。人が選ぶのではなく、物が選ぶのですよ」
ソニアもランスロットも、そしてラウニィーも黙った。
そう言われればそういうものか、と思うことも出来るが、具体的に実感は出来ない。
「そして、光のベルも。あなた方がここに来たのは、光のベルの導きでしょう。人を選ぶ物は、自分に足が生えない代わりに、選ぶ人が自分のもとにたどり着くのをひたすら待つだけです。あのベルのような不思議な力がある物ならば、人を誘うことも出来るやもしれません」

手に入れた光のベルは、なんのへんてつもない、いわゆる「ベル」だった。
「わあ、可愛い音」
ちりんちりんとラウニィーが鳴らす。
宝物殿にあったといっても、その外見からは「お宝」にはまったく見えない。薄汚れて、しかもまったく装飾めいたものは施されていないから、そこいらの雑貨市に一山いくら、で売られているガラクタに混じってしまえばわからなくなりそうだ。
「まったく・・・苛々することばかりだな」
ソニアはすっかり傷が癒えたカノープスにそう言った。ぴくりとランスロットの肩が動いて反応したが、ソニアはそれを見ていない。
「あん?ああ、勇者がどうとか物が人を選ぶとか?」
「まあ、そんなところだ」
はっきりと言わずに濁すのは珍しいな、とランスロットは思う。
一行は小高い丘に戻って、立ちっぱなしでこれからの予定について相談を始めた。
気がつくと日は一番高いところよりも西よりに傾き始めている。
「まいったな。ただ進軍するだけでも夜になる・・・しかもサラディンの像はどれが本当かわからないしな」
「仕方ねえなあ。全部の町回って鳴らしてみるか?」
「そんな効率悪いことを出来るか」
「つってもさあ、結局情報がなかったらそうするしかねえだろ?」
まいったな、とソニアは頭を抱える。
「とりあえず予定通りセロデパスコに集合しよう。例え日数がかかったとしても、サラディン殿の救出が優先だ」
「ソニア殿、それはどうして?」
ラウニィーはやる気まんまんの表情でソニアを見た。
「こっちは大軍でもないのだから日数がかかっての消耗戦はいいとは思えない。だったら、サラディン殿を救うのは後にしてさっさとアルビレオを・・・」
「気になることがいくつかある」
ソニアは珍しく険しい声を出した。少しだけ唇を尖らせている。彼女がみながいる前で不機嫌な姿を見せながら自分の意見を語るのはとても珍しい。先ほどの「苛々することばかりだ」発言だけに収まらず、なんだかソニアは様子がおかしい気がランスロットはする。
「何度もいうようにアルビレオの力は測れないし、あのラシュディの弟子だ。ここであせって無駄な死者を出すのは避けたい。確かに25年の歳月が経ていれば変わっているとは思うが・・・それでも何かサラディン殿から情報を引き出したい。まあ、それは再三言っていることだし、ラウニィー殿は、ひとまず一度くらいは交戦して様子をみたらどうかと思っているのだろう?」
「ええ。推測だけで行動が縛られるのは時によって無駄な時間と労力を必要とするでしょう?」
「そうだな。それも意見としては間違っていいない」
そんな風にソニアに対して強い発言をする人間はこの軍にそうそういない。テスとオリビアは「こりゃあ、本物だわ」とラウニィーをただただみつめるばかりだ。
ソニアはラウニィーの発言をすんなり聞くが、完全な賛同はしない。
「他には」
ランスロットはソニアに他の懸念が何なのか、と促す。
「25年前。サラディンはラシュディに歯向かって、そして死んだとされている。けれど、それは嘘だったわけだ。少なくともラシュディがサラディンを殺した、ということは、ね。・・・そしたら、本当のところはラシュディがアッシドクラウドを行使したのかアルビレオが行使したのかわからないだろう?もしアッシドクラウドを行使したのがアルビレオならば・・・生きたまま人を石化させることが出来るほど強力な、通常では考えられない魔法ならば・・・その行使者の影響をうけているかもしれない」
「影響を受けている・・・?」
「例えばチャームならば、術者が死ねば解ける。けれど、石化はどうなるかわからない。そもそも術者が死ぬことで石化がとけて生き返るなら、このベルは作られなかったんじゃないかな・・・だから、最悪、アルビレオを先に倒すことによって、救えるはずのサラディン殿の命も絶つことになるかもしれない」
「驚いた。そなたは突然魔法を使う人間にようなことを言うようになったのだな!」
それへは心底ランスロットは驚いた。カノープスは話半分にしか聞いていない様子なのでちっとも普段と変わらないが。
「動けない間、ヘンドリクセンから借りた本を読んでいた。勉強になったぞ」
「とはいえ・・・」
そんなに短期間で物の考え方が広くなるものか、と素直にランスロットは感嘆な意を述べた。どこまでこのリーダーの間口は広くなって順応力、許容力は高まっていってしまうのだろうか、と畏怖すら感じる。けれど、その少しよくない感情については今のところ目をつぶりたい、とランスロットは思う。
「本当にそなたはすごいな・・・読み書きが苦手なのに、ヘンドリクセンの本をきちんと読んだのだな」
と、想像しなかった部分でまで誉められてしまい、それまで苛々した様子だったソニアはわずかに照れくさそうに困って言う。
「あたしが、ちょっと物知り顔でこういうことを言うのは・・・そのお、似合わないか?」
「いや。そんなことはない。そうだな・・・なんというか・・・」
「うん」
ランスロットは、今までにソニアに見せたことがないような、はにかんだような笑顔を見せた。ソニアは食い入るように彼の顔を見てまばたきを忘れたかのように言葉を待っている。彼もまた、ソニアの表情が緩んだのを見て少しほっとしたらしく、ついついいつもならば言わないでおくはずの言葉を続けようとしてしまったのだ。言おうか、どうしようか、と悩んでいる様子がソニアにも伝わって来た。ランスロットが人を評価する言葉を発するのにそんなに躊躇するのもあまり見た覚えがない。
「かっこいい、かな。はは、女性にあまり使う言葉ではないが」
それへはびっくりしたようにソニアは目を丸くした。
「何を言う、ランスロット。かっこいいっていうのは」
「ああ、だから、あまり女性に使う言葉ではないとは・・・」
やはり、気分を害してしまったか、とランスロットは言いわけをしようとソニアを遮るように言葉を差し込んだ。が、それを気にもせずにソニアはけろりと
「ラウニィー殿のような人のことを言うんだぞ?」
「えっ!?わたしっ!?」
名指しで驚いてラウニィーが声をあげる。
が、ラウニィーの後ろにいたカノープスとオリビアは、同時にうんうん、と首を縦に振っていた。テスはどうしていいか困っているようだ。
くくく、とソニアが笑うとラウニィーも笑顔を見せて「ま、かっこいい、で何も問題ないわね」とけろりと答える。
とにもかくにもソニアの苛々が少し収まり、ランスロットは胸をなでおろすのだった。

すまないがもう一度すぐに飛べるか、と戻って来たガストンにソニアは申し出た。
「あたしをのせてサンファンまで飛んで欲しい。フェンリル様達にはセロデパスコまでいかずにサンファンに留まるように言って来た。オハラ達がそこまででどれくらい消耗するかもわからなかったから」
その発言にランスロットは心の中で更に驚いた。ソニアがさらりといっている「消耗」という言葉は、単純に通常の行軍時の体力消耗のことではないと正確にその意味を悟ったからだ。
それは、プリンセスによって能力が増幅されたゾック達が、通常と同じ消耗具合なのかどうかの確証がないからだろう。
「しかし、4人乗せるとなると・・・」
「カノープスはどう頑張っても4人しか運べない。そうすると全員徒歩になる。グリフォンならばスピードが落ちてもとりあえずなんとか乗ることは出来るだろう。・・・ああ、すまない。気分を害しているか」
彼女がそうやって口に出すと、魔獣には言葉が本当に伝わるのではないか、という気がするな、とランスロットは苦笑した。
「この戦が終わったらいっぱいいっぱい毛づくろい手伝ってやるから、頼むよ」
それへはぶはっとカノープスが笑って
「毛づくろい、っていうか羽根だろ!」
そういう問題ではないだろう、とラウニィーも笑う。
「どうやって手伝うの?ソニア殿」
「うん?柔らかい大きなシーツとかでこう、撫でてあげるんだ。こいつは羽根を整えるのと、触られるのが好きなんだもの。ね?」
ガストンは声にならない笑いをもらして小さくうなづいた。しかし、それはあまり羽根を整える手伝いにはなっていないような気がするのだが、なんていう野暮なことはいわない。
彼女は本当によく反乱軍の隅々のことを知っている、と思うし、彼女の言葉を聞くと人間も魔獣もあまり変わりがないのだろうと本当に思える。一度、魔獣使いになったらどうか、と聞いてみたことがあったけれど、「本当に寝食を共にしてしまって、みんなから止められるだろうなあ」と間抜けな答えを返されたことがある。もちろんその後真剣に「魔獣にしつけをするのがとても大変なことを知っている。あたしは短気だからそれは出来ないよ。厳しいことをするのは苦手だ」と答えてくれたが。
「本当はサンファンまでにある都市全部を回ってベルを振り回していった方がいいんだろうけれど、オハラ達の方が心配だ。・・・ま、二度手間になっても仕方がない。ちょっと休んだら飛んでくれ」
「それじゃあ、俺達は先にセロデパスコに向かうぜ」
「ああ」
カノープスがばさ、と翼を広げた。すっかり痛みもなくいつもどおりだ、と確かめるために先ほどから何度も羽ばたいていた。それから彼はラウニィー達と共に、ちょっとだけ離れたところにおいていた荷物を取りに行く。
「ノーマン」
ランスロットがめずらしくノーマンに声をかけた。
「はい」
「ソニア殿を頼む。そなたにしか頼めない」
「・・・はい、わかってます」
あまり嬉しくなさそうに、それでもはっきりとノーマンはそう答えた。それからランスロットはソニアに念押しをした。
「ソニア殿、気をつけて。・・・ライラの手を煩わせることがないことを祈っている」
それは怪我をするな、という意味だ。ソニアは小さく笑顔を向けて答える。
「ああ、ランスロット達も気をつけて。オリビアの手を煩わせることがないことを祈っている」
それへランスロットは頷き返した。ソニアはもう一度うなずくとすぐにきびすを返してグリフォンに声をまたかける。
なんだろう。
こんな会話はいつもどおりのはずなのに。
それでもどこかまだ何か違和感がある、と思わずにはいられないのはどうしてなのだろう。
ランスロットは少し考え込んでソニアの背中を見つめる。
(・・・そうだ、一体ソニア殿は何に苛立っていたのだろう。オハラが心配なのはわかるが・・・)
感じた違和感は。
それを口に出さなかった彼女もそうだし、そしてカノープスとの会話だったとはいえ、それを追求しなかった自分もそうなのだと思う。
自分は少し臆病になっている。もう一度そんなことを思ったけれど、それは考えたらどうにかなるものではないと彼の経験からの声が教えてくれている。彼が臆病になる原因になったもっとも大きな、ソニアからの言葉が思い出す。

人ならぬ力を手にいれたときに、人は立ちすくむものだとあたしは知っているから。多分、他の誰が手を差し伸べても、オハラの不安は消えないだろう

それは、とても痛い言葉だな、とランスロットは小さく息を吐く。
人ならぬ力を手に入れて、ソニアは立ちすくんだのだろう。そして、誰が手を差し伸べても、同じように人ならぬ力を手にいれたものでなければソニアの不安も消えなかったのだと彼女は言っているのだろう。
ただただ、痛い、とランスロットは思った。何故そこまで痛切に彼が感じているのか、そこまでの追求を自分の中ではしなかったけれど。
そしてランスロットは顔をあげてカノープスの元へ歩いていった。セロデパスコまでの道のりは遠い。気を引き締めなければ、と何度も何度もに自分に言い聞かせながら。

←Previous Next→



モドル

やっとソニアとランスロットが長い時間一緒にいる・・・とはいえ心がなかなか通じ合いませんネ(苦)