神の領域-5-

自分が苛々している原因をソニアはわかっていた。
それはいくつもいくつもある。
何故、ドリームクラウンなんていうアイテムが作られたのか。
何故、天の父はそれを作る技術を人間が持つことを許しているのか。
人が人のものではない力を得ようと思うのは欲だとギルバルドは言った。それは多分間違いではない。
間違いなのは、人のものではない力が人のものになると思い上がる人間の心そのものだ。
カストラート海で人魚を殺し、その肉を食べて不老不死になろうとしている人間達がいた。
あれもそれと同じ、欲望にまみれた思い上がった人間だ。
慎ましやかな人としての幸せでは我慢が出来ないのは何故なのだろうか?
何故、人にはない力に畏怖を抱くだけではなく、それを掌中に収めたいと思ってしまうのだろう。
「なあ、ノーマン」
「なんだよ」
「お前、ソニア殿になんていう口利きをするんだ!」
ガストンがノーマンを怒鳴りつける。グリフォンはいつもよりわずかに低空で飛んでいて、そのはばたきで発生する風と音が彼らの会話を邪魔するけれど、ガストンはそんなものは慣れっこだからグリフォンを操りながらでも後ろで交わされる同乗者達の話を全て聞くことが出来るのだ。
「ノーマンは、永遠の命を欲しいと思うか」
「はあ?」
「ライラはどうだ?」
「えっ・・・不老不死、っていうことですか」
「まあ、そうだな。形はどうだっていい。今のまま年をとらないでいるのか、それとも年をとるのが思いっきり遅くなるのか、どうでもいいんだけど」
「恐いこと言うなよ!」
ノーマンは本気で吠えた。その反応にびっくりしてソニアは彼をじろじろを見る。
「恐いか?」
「恐いだろ。うっわー、気色悪い。年をとらないのも気持ち悪いし、ちょっとづつ年を取るってのも気持ち悪い。想像したこともなかったぜ」
「へえ。ライラは?」
「・その、もしかして、自分が絶世の美女だったら・・・このまま美しいままでいたい、なんてことを思うかもしれませんが」
そう言ってまだ戦にもソニアにも慣れていない、比較的新兵のプリーストは笑った。なんて女の子らしい回答なんだろう。
自分はそんな可能性、これっぽっちも考えていなかった、とソニアはおもしろそうにその言葉を聞いていた。
「考えたことはありませんでしたし、考えてもぴんと来ません。死なない、ということですよね」
「そうだ。それは、魅力的なことなのだろうか」
「気持ち悪いー。大体アレだろ、スケルトンとかゾンビとかと一緒ってことだろ」
「・・・それとは違う気がするけど」
ソニアは憮然とした表情でノーマンを見る。ガストンは前で笑いを耐えているようだ。
「例えばここに神様がやってきて」
とても静かに真剣な眼差しでソニアは言った。
「みんなに言う。願いを選べ、ってさ。永遠の命を手に入れるか、天空の三騎士を超えるほどの力を手に入れるか、巨額の富を手に入れるか。何を選ぶ?」
「金」
躊躇なく言うのはノーマンだ。彼は本当に思考が単純でわかりやすい。
「金だろ」
「ノーマンらしいな。ライラは」
「わたしも・・・お金です・・・だって、恐いんですもの、永遠の命なんて・・・それにわたしは力が欲しいとは思っていませんし」
「ガストンは」
「・・・悩みますね」
そう答えるガストンにノーマンが驚いたように叫ぶ
「隊長、何悩むことがあんだよ、金だろ!」
「今ならば、力と言うかも知れません。・・・ソニア殿や、スルスト様や、オハラのように大きな力があれば、帝国を打ち崩すことが出来るのだと思ってしまいますし。でも、その力はいつかいらなくなるんでしょうから・・・うーん、やっぱり金かなあ・・・そうしたら半分くらい反乱軍の資金にしますよ」
「あはは、ありがとう、ガストン!で、残り半分で豪遊するのか?」
「残り半分の半分で、生まれ故郷に色んな施設を作りたいですね。っていっても一体いくらくれるんでしょうね、その神様は」
ガストンは困ったように笑った。が、前を向いている彼の口はしが動いたことしかソニア達には見えない。
それでも彼が微笑んだことをわかったようにソニアも小さく笑う。
「そうか。そうだよな、うん」
「リーダーはどうなんだよ」
「あたしか?あたしも迷わず金だな。今も昔も、多分この先も。でも、辞退できるなら辞退しちゃうけど・・・そんなに金があっても使い道がないっていえばないなあ・・・」
「ふうーん、で、一体今のは何の話だったわけだよ?」
「内緒」
「・・・っなんだよ!つまんねえよ!」
ガストンはあえて追求をしない。ライラもあまりまだソニアと会話することに慣れていないからで過ぎた発言は出来ない、と緊張して話かけない。
軽くノーマンを流すと、ソニアはまた物思いにふけりだした。
それでも、自分は。
シャロームに流れ着いたときに、力が欲しいと強く願った。
何もかもを奪っていった帝国を打ち滅ぼすための力。自分の私怨を晴らすために、それを実現できるための力。それを強く強く願ってそして洗礼をうけた。
引き返せない道、というものをソニアは選んだ。洗礼をうけたソニアは、唯一の人間として認められた。
真の勇者の証としてティンクルスターを手に入れたのも、その洗礼をうけた人間ゆえだ。
簡単に「いつでも反乱軍リーダーなんてやめてやる」と反抗していたのは、まだその洗礼の重さを実感していなかったからなのだと今ならわかる。
(オハラは、まだ引き返せる。ただ、もう二度とプリンセスにお目にかかれなくなるだけのことだ)
それでもいい、と思った。
一度儀式に使ってしまったドリームクラウンは、もはや儀式に使うための魔法力を失い、ただの冠となった。
ソニアは人々が望めばいつでも降格の儀式を執り行うことが出来る。
それはプリンセスも例外ではないのだとヘンドリクセンは教えてくれた。
(あたしは、もう引き返せないけれど、オハラは引き返せる。人が人ならぬ力をもつことは・・・悪いこと、ではないかもしれないけれどでも、決して良いことだとは思えない)
スルストやフェンリルのように、天界で、この下界と離れた場所で生きていくならばいいけれど。
ラシュディがスルストやフェンリルにチャームをかけたように。
人を超える力をもつ他者にその力を狙われるだろうし、その力ゆえに孤独を味わうこともあるだろう。
それでも。
共に生きる人間がいなくとも、不老不死になりたいと人は願うのだろうし、暗黒の力であろうと、人を超える力が欲しいと思うのだろう。それはソニアにはあまり理解出来なかった。
(そういえば、カストラート海で・・・)
ランスロットに聞いたことがあったな、と思い出す。死なないということは、何かいいことがあるのか、と。
それに対してランスロットは、死ぬということは何かいいことがあるのか、とソニアに逆に聞き返してきた。
みな、死ぬということに恐怖を感じて、その時が出来るだけこないといい、と思っているのだと彼はソニアに教えてくれた。
ソニアは、自分達は生き物で、死ぬことを前提とした命をもらっているのだ、とランスロットに言ったけれど、それに対してランスロットはみなソニアのように聡くはない、と不思議なことを言った。
それでも理解が出来ないソニアに向かって、人魚のエリザベートの髪を美しいとソニアがないものねだりをしていることとあまり代わりがないことだとランスロットは話してくれた。
「人はないものねだりを続けるんだな。不老不死になってもそれと引き換えに自分自身でなくなってしまっては意味がないのに」
ソニアは声に出してそう言った。それはあのときランスロットがソニアに告げた言葉だった。
ノーマンはその言葉を聞いていたけれど、何を言っていいかわからず、ソニアを放っておいた。普通に会話をするようになったけれどまだそんなにソニアの色々なことを知っているわけではないし、難しいことを考えるのは自分の役目ではないと彼は思っている。
「あ」
まいったな、とソニアは左手でくしゃ、と前髪をかきあげ、瞳を閉じた。
グリフォンに乗った状態で手を離して目をつぶるという行為はかなり恐いことだけれど、彼女は恐れない。
記憶から蘇ってきた、今まで何度か励みになったランスロットのあのときの言葉が思い出された。

わたしは、そなたの髪は、綺麗だと思っているぞ。それを、そなたが知らないだけだ。今のそなたで、十分だというのに

今の自分で十分だと言ってくれる人がいるということは、嬉しかった。
でも、あのときからわずかではあるが時間はたっていて、その間に色々なことが起こった。
今も自分はあのときのままの自分と同じだろうか?そして、この先も。
いけない。なんだか心が揺れそうだ。
あたしは、反乱軍リーダーとしてここにいるのだから、好きとか嫌いとか、そんなことに心を煩わされている時間なぞ、ないはずだ。
「間違えるな。自分がなすべきことを」
ぽつりと呟いたその言葉は今度はノーマンには届かない。
自制心。その言葉を正しく使ったゾックはソニアの見込みどおりだった。
自分についてきてくれている兵士にそれを要求しながら、自分が心を乱すわけにはいかない。ソニアは何度も何度も声に出さずに呟いた。自分がなすべきことを見間違えるな。
いつでもそうありたいと強く願うその心がすでに、彼女が反乱軍リーダーである証とも言えることに彼女は気付いてはいない。

ソニアがサンファンにたどり着いたのは夜だった。市街地で野営の準備をしている間に見張りに出ていたゾックが最初にソニア達をみつけてくれた。協力的な街では宿の提供をしてくれるところもあったけれど、ここはアルビレオがいるというバルモアに案外と近い都市だし、ソニアが帰ってきてからの行動もわからなかったので野営を選んだのだろう。
そこへ降り立ってサンファンまでの彼らの行軍のことをかいつまんで聞こうとゾックに話し掛けると、まずは今の状況を報告をしてくれた。ゾックの話によると、そこに待っているはずのギルバルドとフェンリルは勝手な行動をしてその場を離れているという。
セロデパスコにはスルストとアイーダの部隊が駐屯していて、既に帝国軍から攻撃を受けているらしく、そちらへフェンリル達は行ってしまったらしい。けれどソニアはそれに対して怒りを出すことはしなかったし、多分フェンリルがわがままを言ったのではなくてヘンドリクセンとギルバルドが決めたことなのだと思えた。
「ああ、仕方ないな。打ち合わせどおりの時間にセロデパスコにランスロットもあたし達も、その上ガストン達もたどり着かなかったのだし。でも、いい。ギルバルドにもヘンドリクセンにも不測の事態があったら各々で行動を決めるように言ってあるからな」
もちろん中にはその権利をもらえない部隊長もいる。オハラはまだその権利を得ていない。
「スルスト様とフェンリル様が二人ともいれば、何の問題もないだろう。・・・ゾック、どうだ、疲れていないか」
「ええ、大丈夫です。普段となんら変わりがありません。ソニア様が懸念なさってたようなことはなく・・・みな、普通どおりです」
「それならいいのだけれど・・・。ああ、野営はしない。疲れているとは思うが一気にここからセロデパスコへ行くつもりだ。みなに伝えないと」
そうソニアが言ったとき、人影が現れた。グリフォンが着陸する姿を見てやってきたヘンドリクセンだ。
「ソニア様、お待ちしておりました」
「すまないな、遅くなった。途中、ちょっと帝国とやりあって」
「お怪我は!?」
「うん。オリビアに治してもらったから大丈夫だ。それより、ヘンドリクセン、これ、何かわかるか?」
無造作にポケットに突っ込んであった光のベルを取り出し、ちりんちりん、とならすソニア。
「・・・カリャオにあると言っていたお宝ですか」
「ああ。これでサラディン殿の石化を解くわけなんだが・・・どの都市の像が本物やら」
まったくもって、それが本当に大きな問題だ。さすがのヘンドリクセンもそれには何もいい案を出すことが出来ない。
「が、セロデパスコには情報をくれた、彫刻家バルカスの弟子がいる。一応その人に聞いてみよう」
正直なところ、ソニアもそれしか提案は出来なかった。

そんなこんなでソニア達がセロデパスコに着いたのは夜半頃だった。何分にもオハラの部隊は機動力が低い。
とはいえソニアがサンファンに来るまでの待ちぼうけしていた時間に交代で休んだようで、仮眠も一度とったという。そのヘンドリクセンの采配には感謝をした。
案の定セロデパスコには帝国兵が何部隊も派遣されており、やっとアイーダ隊が休憩をとれたとのことだった。
それを聞いて、オハラ隊やヘンドリクセン隊の面々はみな、自分達も戦う、と申し出た。とりあえず待機を言い渡して状況を
聞こうと、ソニアはガストンとヘンドリクセンとオハラを連れて、体を休めているアイーダ隊とフェンリル達のもとに歩いていった。
彼らはセロデパスコの市街地よりかなりバルモア寄りの平地に野営をしていた。簡単に帝国からみつかってしまう場所だけれど、それは街に被害が広がらないように、という配慮だ。
アイーダ隊の兵士達は毛布に包まってごろごろと横たわっていた。その近くにフェンリルが立っていた。どうやらギルバルドは見張りにたってくれているようだ。
「遅かったわね」
「申し訳ありません」
フェンリルが笑顔でソニアを迎えた。月明かりが少し明るい夜だから灯りをともさなくてもそうそう困らない。
が、ソニアの表情を見てフェンリルはわずかに眉間に皺を寄せた。
「ああ、でもひどい顔をしている。いい、気にしないで休めばいい。わたしとスルストだけで明け方まで余裕で戦える」
そう申し出てくれるのはありがたいけれど、そうは言ったってプリーストだって誰か一人はつけてあげる必要がある。
それにしても、ひどい顔、というのは疲れている顔、という意味だろうか?それとも自分は険しい顔をしているのだろうか、とソニアはちょっとだけ自分の眉間に皺が寄っていないか手で触って確認までした。
ソニアは連れてきた一同に少し待て、と手をあげて、一人でフェンリルの傍らに近づく。
「スルスト様は?」
「ランスロットと共に帝国兵を蹴散らしに行った。たいしたことがない部隊ばかりだから、問題はないわ」
「問題はこっちですね」
光のベルをポケットからそうっと出してソニアはしかめっ面をした。
「それも気にしなくて、いい」
「何故」
「それを手にいれてから北上してきたでしょう?それまでに足止めをすることは、何かあった?」
「いえ・・・それが何か?」
「ならば、本物のサラディンの石像は近くにある」
ソニアは目をぱちくりさせてフェンリルを見た。
フェンリルが何を言いたいのか想像してみたが、出てくる答えはご都合主義の答えしかない。それをわかっていながらあえてソニアは首をかしげて
「そういうものでしょうか」
「そういうものだ。ランスロットから概要を聞いた。多分そのベルはソニアを待っていた。そういうめずらしい、限られた用途にしか使われない、使う人間を選ぶ物は必死に人を呼び、そして導く。だから、ここまでソニアがもう一度南に戻ったらいいのではないか、とか西に行った方がいい気がする、なんていうひっかかりを心に抱かなかったのなら、あなたがたどる道は合っているということだ」
はあー、とソニアは溜息をついた。
まったく、なんてご都合主義で、そしてそんなもののために振り回されているのだろう?
確かにこれを必要としているのはソニアだし、ベルの方は別にサラディンが生き返ろうが生き返らなかろうが問題はないわけだがそれにしたって。
「うんざりだ」
「何が?」
「選ぶとか選ばれるとか。選ばれた人間が手にして初めてそのモノになるとか。それにどれだけの必要性があるのか、なんだかわからなくなってきました」
「自分のことを言っているのね、ソニア」
フェンリルは少し優しい口調で聞く。ソニアは素直に頷いた。
「それはほんの一部のことなんですけれど。なんていうか・・・選ぶってのは誰が選ぶんですか。例えばブリュンヒルドはあたしを選んだようだし、この光のベルもあたしを選んだという。でも、それはどれもあたしが、なんだかわかんないけれど選ばれた勇者だからだ、っていうのが大きな理由でしょう。じゃ、その勇者とやらに選んだのは誰なんでしょうね。そしたら、神様だ、きっと。本当にいるのかいないのか、あたし達が目で見て確認も出来ないモノでしょう?少なくともあたし達にとっては」
「そうね」
「なんでもあたしが選ばれた人間だから為さねばならない、なんてうんざりする。必要性がわからない」
「愚かね」
「・・・っ・・・」
優しい声音だけれど、厳しい言葉をフェンリルは発した。それでもソニアは悲壮な表情も怒りの表情を見せずに、ただ次のフェンリルの言葉を待つようにじっと美しい天界の騎士の顔を見つめている。
「自分で、選んだのでしょう。ソニアが。それを天の神が認めただけだ。すべてソニア自身の選択から始まっている。たとえその選択をしたときに、事の重大さがわからなかったのだとしても。・・・必要性がわからない、とは笑わせる。ブリュンヒルドも光のベルも、ソニアが欲するものだ。ソニアが欲したものがソニアを認めてくれたということが、選ばれたということなのに、それの必要性がわからないとは愚かだ」
「・・・相変わらずフェンリル様は手厳しい」
「愛情表現よ」
その言葉を発したフェンリルは無表情だった。嘘を言っているわけではないけれど、つけあがられては困る、という気持ちの現れにも見えてソニアは苦笑した。
「手厳しいけれど、フェンリル様とウォーレンくらいだ。そこまではっきりと心に痛いことを突きつけてくるのは」
「でも、ウォーレンはこんなにひどい言い草をしないでしょ。彼は弱い。あなたを失ってはこの軍がやっていけないという大きな地雷があるからね。でも私にはないから」
「そうですね。・・・すみません。フェンリル様があたしに手を貸してくれる、というのに失望させるようなことを言ってしまった」
「仕方がない。それが人間の弱さだ。更に愚かなものは、自分が振り回されている、その目に見えない力を自分の物にしたいと考える。・・・ソニアがそういう人間ではないとわかって嬉しいけどね」
ぐしゃぐしゃ、とソニアは前髪をかきあげて小さく唇を尖らせた。
わかっていた。フェンリルに愚痴れば痛い目に合うのだと。それでもこの厳しい、正しい答えをソニアに投げつけてくれるのは、人ではない人である彼女にしか出来ないことだ。
きっとスルストはこんな会話を聞いたらフェンリルを責めてソニアを庇ってしまう。ある意味あの男はなおいっそう残酷だ。
確かに、どうせうたかたの付き合いに過ぎないソニアに対して力を貸してはくれる。そして、反乱軍リーダーとして、選ばれた人間としてあがいているソニアを出来るだけ傷つけないであげようと考えていることくらいソニアは肌で感じていた。
でも、その優しさは今は必要がない。ソニアは自分一人ではなく、オハラをも特化した人間として選んでしまった今、本当のこと、真実のことだけを知りたいと思う。だから、フェンリルを側におくし、フェンリルにオハラのことを見てもらいたいと思う。
それはソニアがフェンリルを評価して最大の敬意を払っているということだ。
「・・・話を戻しますが、じゃあ、光のベルについてですけど」
「とりあえず、もう夜だからこれ以上ばたばた動くのは危険でしょう。それについては朝が来てから動くのが得策だ」
「いえ・・・そうではなくて・・・もしもアルビレオが、サラディンの石像のどれが本物なのかを知っていたら、その石像がある都市に兵を派遣すると思います。蘇ってもらっては困るのでしょうし。あたしがカリャオに向かったことはアルビレオの耳にはいっているはず。そしてその理由も多分知っているのだと思います・・・だから、斥候役の情報網を使って、夕方から夜半までにかけて帝国兵の派遣をされた都市を調べればいいのではないかと」
「一理ある。それならその手配をして、目星がつくまで休んだ方が」
「いえ、そういうわけには。とりあえず連れてきた3部隊を休ませて・・・。ああ、ランスロット隊もかなり移動をしてきたのだから休ませないと。フェンリル様、出てもらえますか」
「ギルバルドも疲れている。それにスルストと共にいるプリーストも。いい、わたしとスルストが二人で出よう」
「そんな無茶な」
苦笑をしてみせるソニア。確かに二人で帝国兵を一蹴できるのは確かだけれど、四方からやってこられては手が回らない。誰かは見張りをしなければいけないし。
「仕方がないな。仮眠をとったといっていたから、オハラ隊に1,2刻頑張ってもらってその間にランスロット隊に休んでもらおう」
そう言うとソニアは説明をするために待っているガストン達のもとに戻っていった。
その後姿を見ながらフェンリルはふう、と溜息をついた。
言葉にしたくないけれど、ソニアを哀れだと思ってしまう。そのことに対して自嘲気味な表情を見せる。
「・・・気持ちはわかるけれどね」
天空の三騎士と呼ばれる自分は、確かにソニアの何倍も天の父に近い場所にいて、そして天の父から影響を受けて生きている。本当の力を発揮するときは天の父が聖戦と認識した戦のみだ。
だから、フェンリルになんらかの言葉をソニアは求めているのだ。
出来ることならば自分も優しい言葉をかけてやりたいが、それはどうも無理そうだった。そんな情けをかけたところで、ソニアが楽になれるとはフェンリルにはどうしても思えないのだ。

ランスロット隊の代わりにオハラ隊を投入することになった。そしてギルバルドを休ませる代わりにヘンドリクセン隊に見張りにたってもらう。2刻もすぎればアイーダ隊も体力を回復するころだろうし、それまでガストン隊も仮眠をとることが出来ればまた楽になるだろう。切れ切れに仮眠をとることにライラは慣れていないから、彼女だけは大分厳しい一晩になると思うけれど。
ランスロットとスルストは野営地から少しばかり離れたところにいた。つい少し前まで交戦していたらしく、スルストがザンジバルについた血をふき取っているのが見える。
遅くなったな、交代だ、とランスロット隊に声をかける。ソニアが来たことにほっとした表情が誰からも伺われるのが嬉しくて、そしてこれまたつらいものだとソニアは心の中でつぶやいた。これからのことは仮眠後に話すから今は体を休めろと間をおかずに言うと、みなそれ以上の追及はしないでぞろぞろと野営地に向かおうと歩き出した。
「うー、やっと眠れるぜー」
カノープスは正直にそう口走った。
「お前も寝るんだろ?」
とオハラ隊を連れてきたソニアの頭をぽんぽんと叩く。それへは小さく笑って
「ああ、一応ね。起きていても正直役に立てないし」
それは本当のことだった。右腕が動かないソニアが野営地で起きていても何も意味はない。また行軍が始まれば別だけれど。
それからラウニィー、テス、オリビアに声をかけて、それぞれが仮眠をとるので「おやすみ」ときちんとソニアは挨拶を交わした。みな口々に「大丈夫」とか「気にしないでくれ」なんてことを言ってくれる。それがとてもありがたくて、そしてそんなことを皆が言ってくれるから余計にソニアは重責を感じてしまう。
「ランスロットも、休んでくれ。あとはオハラ達に任せて」
「ああ、そうだな」
オハラ隊は、ランスロット隊と一緒に前線に出ていたスルスト隊(とはいえ、実はプリーストのハイネは既に疲れて仮眠をとっていたのだが)に挨拶をしている。スルストが簡単にこの野営地周りの地形の説明と現在までの帝国軍の派遣部隊についての説明をしてくれた。そっとランスロットが小声で言う。
「オハラ達は、どうだ?」
「うん・・・まあ、戦闘時の能力があがる、というだけでそれ以外はまったく様子は変わらないようだな。今はかなり落ち着いているけれど、やっぱりオハラは自分が手にいれた力を・・・恐れている。でも、自分が選んだことだから、と消化しようと必死だ」
それはまるで自分自身のことを言っているように思えてソニアは困ったような情けない表情にちらりとなってしまった。
まったくそうだ。
オハラは今、ソニアがたどって、そしてまだもがいて消化しきれていない道を同じように辿っているのだ。
ただ違うのは、やめようと思えばやめられるということ。まだ今なら引き返せるし、引き返してもいいのだと言ってくれる人間が近くにいて、そしてきっと引き返してもこの反乱軍で生きていけるという部分だ。
ソニアはそうではない。
「そうか。では先に・・・」
休むぞ、といおうとしてランスロットはまじまじとソニアの顔を見る。
「どうした」
「ひどい顔をしている」
それはフェンリルにも言われたことだ。ソニアはひきつった笑顔を見せて
「そうか?ちょっと疲れただけだ。でももう少ししたらあたしも仮眠をとる」
「そなたが自分で思っているより、動かない右手を庇っての行軍は・・・体に負担をかけているのではないか」
「・・・」
そんなことない、といおうとしたけれど、すぐに反論は出来なかった。そう言われれば、と突然その時、自分の体が本当はかなり疲れていてけだるいのだということにソニアは気付いた。
「休むといい。今は、そなたが休んでも問題がないだろう」
「でも」
「大丈夫だ。そなたではなければ出来ないことがあれば、そなたを頼る。そうでない部分は、我々に任せてくれればいい」
「・・・ああ・・・」
どうしよう、とソニアは唇を噛み締めた。
泣いてしまいそうだ。
その言葉は以前だったらとても嬉しくて仕方がなかった言葉に違いない。けれど今の彼女にとってはその言葉すら酷に思えてしまう。
自分ではなければ出来ないこと。
それをソニアがやるのは当たり前だ。当たり前だけれど、その当たり前のことをすることがとても難しくてつらいような気がする。
けれどそんな気持ちをうまくランスロットに伝えることが今のソニアには出来ない。
「具合が悪そうだぞ。どうした」
「なんでもない、大丈夫だ」
「大丈夫という顔ではない。ソニア殿、早く休んだ方が」
「大丈夫だ!放っておけ!」
と声を荒げてしまってソニアははっと我に返る。驚いたランスロットの表情と、振り返るオハラ隊の面々からの視線を感じてソニアは「ああ、やってしまった」とふうー、と深呼吸をした。
落ち着け、落ち着け、と彼女が自分を抑えているのを知っているのか、ランスロットは黙ったまま、驚きの表情から困惑の表情に変わった状態でソニアをじっと見据えていた。
「・・・放っておけ、といわれても。そなたは自己管理が出来る人間ではなかったか」
「ああ・・・ランスロットの言う通りだ。取り乱した。すまない」
「めずらしい・・・そなたは今日、出陣するときから少しおかしくなかったか」
それとこれとは違う。朝思い煩っていたのはランスロットのことだけだった。
今の今までそのことに蓋をしていたというのに、よりによってこんな状態のときにランスロットはソニアが無理矢理締めておいた蓋を開けようとしている。
そんなに大きな痛みを感じたわけではない、とソニアは昨日から自分に言い聞かせていた。けれど、ランスロットをこうして目の前にして、恋心を抱いていた彼には妻がいたことを思い出すことは大層悲しく思えて、今すぐ彼の前から消えたい、とすらソニアに思わせた。
「・・・違う・・・大丈夫だ。・・・ゾック!」
「はい!」
ソニアはオハラ隊のサムライマスターであるゾックを呼んだ。
「悪いんだけれど、先に休む。調子が悪い・・・付き添ってもらえるか」
「はい」
あえてゾックを選んだのは、部隊長オハラを除けば一番後から反乱軍に入軍したのがゾックで、いわゆるこのメンバーの中では下っ端だからだ。
自分も今から休むのに、何故ゾックを呼んだのだろう、とランスロットはいぶかしんでその様子を見ていた。けれど、そういう態度をされてしまえばランスロットが一緒に下がるのも不思議に思われてしまうだろう、とその場に留まることにした。
「ゾック、ソニア殿を頼んだぞ」
「はい」
ソニアは本当に自分の体調がすぐれないことに初めて気付いた。なんだか体が熱っぽい気がする。
(これは、もしかして子供の知恵熱みたいなものだろうか)
なんてことを考える余裕は僅かに残っていて苦笑せざるをえない。
「歩けますか」
「ああ・・・歩ける。すまないな」
一人で戻る、といえばランスロットがついてくるだろうし、かといってランスロットに付き添ってくれ、とは言いたくなかった。
だからゾックを利用してしまったことをソニアは自分で気付いている。
「悪いな・・・ちょっと、カリカリしている」
「・・・」
ゾックは何も言わないで付き添うだけだ。
何もかも苛々する・・・ソニアはめずらしくそんな行き場のない憤りの中、ゾックに付き添われて野営地に戻るのだった。
その二人を見送ってランスロットは小さく溜息をつく。不安そうにそれを見ているのはオハラだ。スルストはそういったちょっとした諍いには完全にノータッチ、とばかりにランスロットの方を向きもしない。(まあ、口論でも始まれば別だろうが・・・)
視線を感じてランスロットは苦笑してみせた。
「あ、いや、大丈夫だ。ちょっと私が出すぎたことを言っただけだ」
「でも、ソニア様があんな風に・・・声を荒立てるなんて・・・」
そうオハラが不安そうな表情を見せる。それへどうフォローしようかとランスロットがを言いよどんだとき
「オハラは知らないのかもしれないけれど、もともとソニア様はよく笑ってよく拗ねてよく怒る方だったから、気にすることはないよ」
とテリーが小さく笑って言った。
「最近はそれどころじゃないから、あんまり怒ったりしないようだけど。そうですよね?ランスロット殿」
さすがに古株の意見だ、と思いながらもランスロットはまばたきを忘れて、今まで兵士達に見せたことがない表情をした。それから彼がうなずくまでに、何秒もの時間がかかり、また尚更オハラの不安を煽るような情けない結果になってしまう。
「あ、ああ・・・そうだ、な。最近めっきりリーダーらしくなって・・・感情の起伏を前ほど外に出さないようだったから・・・オハラはびっくりしただろう」
まったく、自分はなんていう阿呆なんだ。
それをリーダーらしさと一言でまとめてしまっていいわけがない。
テリーに指摘されるまで気がつかなかったのは自分の落ち度だ。
ソニアのメンタルな部分を自分がどうこうとなんでも手を出すなんて出来ないし、なんでも気がついてやれるわけもない。
それでも、何か助けになるなら、と思っているわりに、自分はソニアのことを見失っているような気がした。
前は、なんでもぶつかってきてくれた気がしたけれど・・・。ソニアとの妙な距離をランスロットは感じる。
それは自分があまりに気がつかなかったからだろうか。それとも。


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モドル

長すぎ・・・。(苦)
なんともかんともすれ違いっぷりがすさまじい二人ですが。やあー、こんなに愛し合っているのにネ!
やっともうすぐサラディンに会えますよ〜!はやくベル鳴らせ!(笑)
でも今考えると「帝国の花」もかなり長かったですもんね。
ソニアとランスロットの仲さえ進展させなければ4Pくらいで終わることばかりなんですけど・・・。
あと、別にゾック→ソニアをそんなに狙っているつもりはないです(汗)最後にゾックが出てきたのは、言い訳を文中でも書いてますが下っ端だからです(笑)あまり深読みしないでくださいね!てへっ!