神の領域-6-

ソニアが目を覚ましたとき、横に眠っていたのはガストン隊のプリーストであるライラだった。
むくり、と起き上がる。まだ空は暗いけれど、わずかに夜明けが近いことを知らせる色合いになってきているようだ。
月はどこだろう、とソニアは見渡す。月の位置で、今がおおよそどれくらいの時間なのかということが把握出来るからだ。
(ああ・・・まあ、いつもの時間より余程早いということはわかっている)
それにしても眠りすぎた、ほんの1,2刻だけの仮眠と思っていたのに。
毛布を散らかしたままで立ち上がると、回りには薄汚れた毛布をかぶって草の上でごろごろと仮眠をとっている兵士達がいる。
ぐるりと見ると、それがヘンドリクセン隊、オハラ隊のメンバーだということがすぐにわかった。
「やっと起きたのね」
声をかけられてはっと振り返ると、離れたところにフェンリルとスルストが土の上に座っていた。
彼らは多分一睡もしていないのだろう。
以前、ある程度眠っていれば数日間は徹夜しても問題はない、と聞いたことがある。それはきっと本当なのだ。
「おはようございます。すみません、寝すぎました」
「いい。特に問題はないようだし。帝国兵の派遣が減った。多分、遅かれ早かれ私達がバルモア城に向かって進軍をすることはわかっている。そのために温存をしておこうという魂胆なのでしょう。ソニアが寝てからは2度くらいしか交戦していない」
「そうですか。問題ないことはなによ・・・ふわー・・・あ、失礼・・・」
ソニアはあくびをしてしまって、恥ずかしそうに謝った。それをスルストもフェンリルも気にもとめていないようだ。
「ランスロット隊とアイーダ隊に出てもらっている」
「そのようですね」
うーん、と伸びをしてソニアは目を細めた。
仮眠、と思っていたのに深く眠ってしまったなんてことを自分でも珍しい、と思う。余程疲れていたのだろうか。
と、驚いたようにスルストが
「OH!右腕があがるようになったのデスネ〜?」
「えっ?・・・あ!ほんとだっ!」
何の気なしにのびをして、何の違和感もないまま右腕を伸ばしていた。
昨日まではわずかにあがるだけで肘の曲げ伸ばしもぎこちなかったというのに、たった一晩でこんなにあっさりと動くようになるのか、とソニアは不思議そうに自分の右腕を見て、そして何度か上げ下げをしてみた。
「動く」
「言っておくけれど、安静よ」
「・・・ええ。わかってます。ムスペルムで見てくれた先生がおっしゃってたように、ちゃーんと20日間は静かにしています・・・でも、これでかなり楽になるなあ・・・ああ、握力は・・・無理か・・・」
拳を作ったり開いたり、と繰り返してみたけれど、それはとてもぎこちがない。
一体どの神経がどうなっている、とか筋肉がどう、とか骨はどう、とかそういったことはソニアには理解が出来ないような壊れ方と回復をしている。考えてしまうとかなり不気味なことばかりだけれど、今はひたすらよくなることを待つしかない。
「だから、よく寝たのだろう。寝ている間に体がきちんと治癒してくれたんだ」
「そ、そういうもんですか」
「そういうモンよ」
ソニアの真似をしてフェンリルがそういうとスルストは吹きだして笑った。
「フェンリルサンがそんな風に茶化すなんてめずらしい!相当ソニアが気に入っているようデスネ〜」
「さあ、どうかしらね?」
と、そのとき遠くから歩いてくる人影が見えた。ギルバルドだ。多分グリフォンのところにいたのだろう。
近づいてくるギルバルドはソニアを見つけたらしく、歩調をわずかに早めてやってきた。
「おはよう、ギル」
「起きたか」
「うん。すまない、眠ってしまった」
「良い。その代わりといってはなんだが、俺が今度は眠らせてもらおう」
「寝ていないのか」
「ああ、実はまだ一度も仮眠をとっていない。やはり戦にまだ不慣れなヘンドリクセンの部隊の兵士が思った以上に根をあげるのが早くてな」
それは仕方がない、と思った。
ヘンドリクセンが連れてきていた兵士は、ようやく最近戦になれてきた、という程度の人間ばかりだったから、夜通し仮眠と見張りと戦闘を繰り返すなんてことはまだ慣れていない。しかも昼間ずっと移動しっぱなしだったから尚更だ。
「じゃあ、ギルバルドが眠っている間に、グリフォンを借りてもいいかな」
それへはフェンリルとスルストも「え?」と意外そうな顔をする。ギルバルドは少しだけ間をおいてソニアをじっとみつめると、数回瞬きをしてからゆっくりと聞いた。
「何故だ?」
「ひとまず、朝が来る前にセロデパスコのサラディン像だけでも見てくる。動けるときに動いておかないと、あたしはやることがいっぱいあって身動きがとれなくなる」
「いいが、俺のグリフォンではなくてガストンのグリフォンの方が今は元気だと思うぞ。ちょっと前まで起きていたんでな。もう少し休ませてやって欲しい」
「わかった」
その話でソニアにいは大体自分が寝ている間のことが理解出来た。
多分ガストン隊は昼間一番移動を行っていたから、ここについてから一度も起きずに休憩をとらせてもらっているのだろう。
そして、ギルバルドとフェンリル、そしてグリフォンはソニアを起こさないままつい先ほどまで見張りにたっていたのだと様子を見てわかった。
「それじゃ、ガストンをたたき起こそう。えーっと、まずはその前に・・・ランスロット達のところにいってこないとな」

ソニアが早足で姿を現すと、最初にアイーダ隊のトトが彼女を見つけて挨拶をした。
「おはようございますっ、疲れはとれましたか?」
「ああ、すまない、眠らせてもらった。アイーダ、どうだ、様子は」
「ああ、ソニア様」
フレイアのアイーダは槍を持ったまま深く礼をしてからソニアに近づいてくる。
「今のところ静かなものです。私達は朝までこのまま見張りを続けますので、他の兵士の回復を存分にしてください」
「すまないな。明け方にもう一度仮眠をとるといい・・・ランスロット隊は?」
「もう少し先の森の手前にいらっしゃいます」
「わかった。ありがとう。頼りにしているぞ」
「存じております」
アイーダは笑顔を見せる。ソニアは満足そうに頷いて、言われたように森に向かって歩き出した。
アイーダ隊はとても地味だけれど、いつも確実な仕事をしてくれる。少しつかみ所がないけれど、アイーダは信頼ができる人間だとソニアは思う。大らかであまり細かいことは気にしない女性だというのに、与えられた仕事は確実に細やかにこなしてくれる。フレイア仲間のテスに聞いたところ、アイーダは普段はかなり大雑把で、衣類なんかも「なんとなく」畳んであればそれでいい、「なんとなく」洗濯してあれば構わない、なんて、一歩間違うと「ずぼら」と言われてしまいそうなところすらあるという。
そういった人間がソニアの命令で細やかに動いてくれる、というのは普段の姿からは想像出来ない「職人」気質があるのではないかとソニアは推測していた。
そしてその職人はとてもソニアに忠実で、年がぐんと上だというのに決してでしゃばらない、自分をわきまえた人間なのだ。
(やっぱり、アイーダを部隊長にしたのは正解だったな・・・)
実質反乱軍で一番最初に女性の部隊長になったのはアイーダだ。
当初ウォーレンは「女性の指揮で動くでしょうか」と心配をしていた。確かにアイーダは人をひっぱる指導者の器ではない。
けれど、それはアイーダ隊にどういった仕事をさせるか、という自分達の手腕次第だとソニアは主張した。まったくもって、彼女の読みは当たっていたというわけだ。
「おっ、起きたな、よく寝たか?」
歩いていたら突然頭上から声が聞こえた。がさがさ、と木の枝が揺れて葉っぱがちらほらと舞い落ちてくる。もちろんそんなところにいる人間はたった一人に決まっている。
案の定木の上からカノープスが飛び降りてきた。月明かりの下でばさり、とほんの数回だけ大きな翼を力強く動かしてソニアの前に着地する。
「わあ!・・・おはよう。ごめん、あたしばっかりよく寝てしまって」
「構うこっちゃねえよ。寝る子は育つっていうからな。育て育て。とりあえず、もちっと胸大きくなるといいなあ?」
カノープスはそういってソニアを見た。決して馬鹿にしているわけではなく、そういった軽口に対してソニアがのってくるかどうかで、そのときの彼女の状態を測ることが知らず知らずのうちにカノープスの習慣になってしまっているのだ。それへソニアは怒ることもなく
「んー、今のままでいいや。大きくなると邪魔だし」
と冷静に答える。
「なんだ、つまんねえな」
「あはは。別にあたしの胸が大きくなっても小さくなっても困らないくせに」
「小さくなるのはヤバイだろ!それ以上!」
「なんだとっ!」
ソニアはカノープスを蹴っ飛ばした。あはは、と笑って素直に蹴りをいれられるとカノープスはわしゃわしゃとソニアの髪をかき混ぜて「ま、元気になったようでよかった。調子悪かったんだって?」
「え?」
「ランスロットがそう言っていた。具合悪くなって寝たんだろ?」
そう言われてソニアは、やっと自分が眠る前に何をどうしたのか、ということを思い出した。
(あ、やばい)
声を荒げてランスロットを怒ってしまったこと、それからゾックを無理矢理呼んで、ランスロットを拒絶するように野営地に戻ってしまったこと。
「どした?」
「いや、なんでもない・・・。うん、元気になった。心配かけてごめん」
それから寝ている間のことを聞きながらソニアはカノープスを一緒にランスロット達がいる場所まで歩いていく。
「あ、ソニア殿。おはようございます。よく眠れた?」
ラウニィーが気付いて手をふりながら声をかけてくる。その声でオリビアやテスも気付いたように、ソニアの近くに歩いて集まってきた。
移動や戦闘の疲れが一切顔に出ずに、いつもと変わらずラウニィーは整った顔立ちで笑顔を見せる。と、ソニアはそれをぼうっと見つめて返事もしないで口を半開きにしてしまっている。
「・・・」
「ソニア殿?どうしたの?」
「あ、ご、ごめん・・・ラウニィー殿は綺麗だから、見とれてしまった」
「はあ?」
照れくさそうにそう言ってソニアは仕方なく笑う。また言ってるよ、とカノープスは半ば呆れ気味だ。
なんだかソニアは女性が好きだ。
それは薄々カノープスもわかっていた。
憧れとか、そういうものも混じっているのかもしれないけれど、綺麗なお姉さんが好き、という習性を持っているような気がする。
ラウニィーはなんともいえない複雑な表情をして
「で、体調はどう?具合が悪いとお聞きしたけれど」
「大丈夫。心配かけて申し訳ない。ほら、右腕も動くようになったんだ」
「まあ、ほんとう!」
オリビアが嬉しそうに明るい声を出した。
テスは何も言わないけれど、明らかにほっとした表情を見せている。
「明け方まで、このまま起きていてもらえるかな」
「ああ、それは問題ない」
そこで初めて、少し離れたところにいたランスロットが近づきながら口を開いた。ソニアの右腕が動くことを見て、ランスロットも心持ちほっとした表情を見せている。
ああ、よかった、気分を害していないようだな、とソニアはランスロットを見ながら内心びくびくとしていた。どうしたって眠る前にひどい仕打ちをしたことを思い出すと、いたたまれなくなって、しかし謝ることが出来ないことなだけにどうしよう、と焦ってしまう。
なんとか平静を装って、いつもと同じ口調、声音で言葉を続けようと最大限の努力をしてみた。そんなソニアの努力は報われたようで、自分でも上出来だと思うほどいつも通りの声が出てきた。
「これから明け方までにちょっとセロデパスコの街中に行って来る。なに、すぐ戻る。それまで留守を頼んだぞ」
「待て、一体どういうことだ」
「サラディン像を見てくる。昨日はばたばたしていてどの街のものも見られなかった。とりあえず朝が来ればやるべきことは山ほど出てくるから、それまでにやっちゃえることは全部やっておきたいなあと・・・斥候役はまだ戻ってこないんだろう?どこか帝国兵の警備が厳しくなった街はないか調べるように言っておいたんだが」
「明け方までに、という約束で動いてもらっているから、まだ戻らないだろう」
もともとバルモア地方に侵入していた、暗躍してくれている斥候部隊に命じた後でソニアは倒れるように眠ってしまった。
そのことを話ながらようやく自分で思い出す。
「そうか。まあ、とりあえずそれはじゃあ待つということで・・・ガストンでもたたき起こしてグリフォンでひとっとびしてくるから。それまでのことを頼む」
「駄目だ」
「なんで?」
「ガストンだけでは心許ない。幸い今帝国兵の派遣は止まっているようだし、アイーダ隊もみな元気だ。わたしがそなたと行こう」
「ランスロットが?」
ソニアは驚いて声を高くあげた。
「不服か?」
「不服っていうか」
ランスロットの意外な言葉にソニアはびっくりして、あまり深い意味もなくちらりとカノープスを見た。
するとカノープスはははは、と笑って
「お前、日ごろの行いが悪いから、どこにいくにもお目付け役が必要なのさ。右腕が動く、とかいってるけど、まだどーせ完全に治ってねえだろ?それで暴れられたら困るってことだ。な?」
最後の「な?」はランスロットへの「そうだよな?」という確認の声だ。
それへランスロットは頷くわけでもなくソニアの返答を待っている。
「・・・駄目だ」
ソニアはまだ驚いた表情でランスロットを見ていた。
ランスロットの真意がわからない。
確かにカノープスが言った内容を考えないわけでもないかもしれない。でも。
今ここに来ている7部隊の構成を考えれば、ソニアが不在のときに指揮をとれるのがランスロットしかいないということは誰にだってわかることではないか。
だから、驚いた。何を一体ランスロットは言い出すのか。
ランスロットともあろう人間が、それくらいの簡単なことを何故わからないのだろう?
「いいわ、行ってきたらどうかしら?わたしがその間のことは面倒を見ることが出来ると思うから。差し出がましいことは承知の上でこんなことを言うけれど、ソニア殿は許してくださるわよね?」
「ラウニィー殿お?」
これまた不思議な人間が何を根拠にそんな強気な発言をするのだろうか、とソニアは声をひっくり返して叫んだ。オリビアがそれを聞いてくすくすと笑う。どうもこの順応性の高いプリーストはすっかりラウニィーと仲良くなってしまったようだ。
「面倒を見る、って」
呆れたようにソニアが言うと、ラウニィーは冗談でもなさそうに真面目に言った。
「だから、約束してください。早く帰ってくるって。すぐ戻る、って言ったんだから、ランスロットと一緒にいなくなったって問題がないくらい短い時間なんじゃないのかしら?それとも違うの?」
「・・・物は言いようだなあ・・・」
ソニアはそう言って肩をすくめる。
とても久しぶりに両肩がきちんと同時に動いたことを感じて、ソニアは内心とても安心したけれど、それを誰かに言うことはなかった。

不思議なものだ、とソニアは苦笑した。
以前、天界にいくときにランスロットが下界に残る、といったときにソニアはうろたえ、そして苛立った。
ランスロットが自分と一緒にいてくれない、自分の側にいてくれないということに対して怒りに似た気持ちを悲しいと思う気持ちが入り混じってどうにもならない状態になってしまった。あまりに苛立って挙げ句カノープスの前で泣いてしまったことを思い出す。
それが今はどうだ。
なんだかランスロットと一緒にいたくない、とすら思ってしまう。
理由はわかっている。
ランスロットに対して恋心を自覚したばかりだったというのに、あっけなくそれが破れてしまったからだ。
(反乱軍リーダーともあろうものが)
もちろんそのせいで何が変わったかと言われても、そう現状に変化はない。相変わらずランスロットは優しいし、懸命にソニアをフォローしようとしてくれている。何も彼に落ち度はない。
自分は子供なのだ、とソニアは思う。何もランスロットは悪くないのに。
ただタイミングが悪かっただけだ。他のことを考えることだけで手一杯になっていたソニアにこともあろうかその失恋の事実を思い出させた、たったそれだけの彼がまったく知らなかったタイミングが。だから声を荒げてしまったのだし。
しかし。
どうしてランスロットは、ついていく、なんてことを言い出したのだろうか。
「どうした、ソニア殿。まだ体調が優れないのか」
グリフォンの上でランスロットが声をかける。前には無理矢理叩き起こされたガストン(とはいえ、ソニアに叩き起こされた前科があるがゆえに過剰に反応して誰もが驚くほどの目覚めだったのだけれど)がグリフォンを操っている。
空はまだ暗く、めずらしくソニアはマントを借りて風から身体を守っていた。
グリフォンはあまり夜目がきかないからまだ月明かりがあってよかった、と思う。
それをわかっていながら無理矢理飛ばせていることでかなりガストンが神経を使っているのを見ていて感じる。夜のグリフォンは視界が狭くなるものだから飛んでいても時折機嫌を損ねることがある。ガストンやギルバルドのような専門職ならばともかく、他の人間が操っているときに拗ねて勝手に羽根を休めてしまうことがあるほどだ。それを招かないようにガストンは慎重に、かつあまり過敏過ぎないようにグリフォンを操る。
もぞもぞとソニアはマントにくるまってバツが悪そうな表情を見せてから困ったように答えた。
「いや、そんなことはない」
ランスロットはソニアをしばらくみつめ、それから真剣な表情で話を続けた。
「それならいいが・・・。何か、思い悩むことなどはないか?最近、そなたは沈んでいることが多いような気がしたものだから、何か煩わされていることがあるのかと・・・その、わたしにできることなぞ、限られたことだとは思うのだけれど」
ああ、ランスロットは本当に優しいな、とソニアは思う。ならば、勝手に苛ついてひどい仕打ちをした自分はそれなりに償わなければいけないな、なんてことを考えて、苦笑を見せた。
「いや・・・色々考えてしまって。・・・選ばれた者とはどういうことなのだろう、とか、人を超える力を持つということ、とか、不老不死とか・・・何故人は、自分が持ちうる力を超えることを求めて、そしてそのために犠牲をはらってもいいと思ってしまうのか・・・。それと・・・何故手が届いてしまうのか・・・。色々と、ね。考えてしまったんだ」
「・・・そうか。オハラのことで、かな?」
ランスロットの声は優しい。
そう思うことがまた尚更ソニアを申し訳ない気分にさせるのをきっと彼は知らないのだろう。
「他にも、色々。まあ、自分のことについて考えた、といってもいいかな・・・」
小さく首を横にふるソニア。ランスロットは辛抱強くその曖昧な言葉を聞いていた。
ああ、そうやってまっすぐあたしを見て、そして言葉を待ってくれるなんてなんてありがたいんだろう・・・ソニアはちょっとだけ胸が痛むのを感じた。そんなことは滅多にないことだ。
いつだって自分はうまく言葉に出来ないけれど、ランスロットにこうやって話を聞いてもらう、という今まで何度だって繰り返して来たことがどれだけありがたいことだったのか、再確認できる。
それからソニアはランスロットに謝ろうと自分を奮い立たせるため、心の中で何度も「ランスロット、悪かった、ごめん、すまなかった」と言葉を懸命に選んだ。二人の会話をガストンが聞いていることなぞ百も承知だったけれど、今しか言えないような気がしてソニアは「えい」とばかりに勇気を出して、言葉を無理矢理絞り出す。
「ランスロット、昨日は悪かった」
突然の謝罪にとまどったようにランスロットはほんの少し顎をあげ気味でソニアに聞いた。
「何のことだ」
「フェンリル様に怒られて、苛々していた。昨日は荒っぽいことを言ってしまってすまなかった」
フェンリル様、ごめんなさい、とソニアは心の中でつぶやく。これは半分本当で半分嘘だ。
「怒られた?」
「ああ」
「何かあったのか」
「いや・・・」
それからソニアは簡単に、自分がフェンリルに投げつけたうんざりした気持ち、苛々していた言葉をぽつぽつとランスロットに打ち明けた。そして、フェンリルに「愚か」といわれたことも。
ソニアが選ばれた人間だから為さねばならない、なんてことにうんざりしていたこと、自分である必要性がわからないと言ったこと。
そしてそれに対してフェンリルは、どれもこれもソニアが選んだことだと言い放ったこと。
「わかっている、フェンリル様は正しい。あたしが惑い過ぎなんだ。そんなことはとっくに出ている答えで、今更あたしが悩むこともない・・・ただ・・・そうだな、言葉にすると・・・気持ち悪い」
「気持ち悪い?」
ランスロットはそこでようやく言葉をはさむ。
少しだけ首を横に傾げながら、言葉を選ぼうとソニアは伏し目がちになる。なんとか言葉を出さなければ、と必死の思いで伝えようにも、それは思ったよりもうまくいかないようだった。
「ああ、気持ち悪い、だ。うまく言えないけれど・・・あたしが・・・いや、なんでもない。すまない。今はまだうまく話せない・・・」
そう言ってソニアはそこで話は終わりだ、という合図のように目を閉じた。それはとても素直な言葉だった。
しばらくしてからランスロットも、これで話は本当に終わりか、という確認のように「そうか」と一言呟いた。それへソニアが瞳を開けてうなずくと、彼はもう一度「そうか」と、今度は溜め息に似た声で頷いた。
「・・・すまないな・・・どうしたら、そなたの力になれるのかは今の私にはわからない」
そんなことは今に始まったことではないけれど、やはりな、とソニアは小さな落胆を感じた。
それでもその表情を見れば、ランスロットは本当にソニアのことを考えてくれているものだと感じ取ることは出来る。それが嬉しい反面、自分の弱さを作ることなのだとソニアは既に気付いていた。
ランスロットのその優しさをわかっていなければこんなにランスロットを頼ったり恋に落ちることもなかったのかもしれない。
「いや、いいんだ・・・あたしが、自分で選んだことなんだから、自分で納得しなきゃあいけないんだ」
そこで二人の会話は途切れた。
ガストンが手綱を握り直し、グリフォンが下降を始めたからだ。
下降しますよ、とガストンが声をかけなかったことで逆に、彼ら二人の会話がやはり彼には全部筒抜けだったということがわかる。気をきかせて黙っていてくれているのだろうが・・・。

グリフォンを街の入り口に待機させて3人はサラディンの石像を探した。
夜明け前のまだ暗い街には帝国兵の姿はもちろん見えない。
石像は街の中心か街の入り口にあると聞いた。街の入り口にあった街の名前が刻まれている石碑の近くには何もないことを確認して、3人は石畳の街の中を進んでいった。
「あれですね」
目がいいガストンは街中の広場に立っている石像を見つけて二人に教えた。
広場は円形に色がついたレンガで足元をデザインされている。その片隅に石像がそうっと立っているのが見える。
「うん・・・?誰かいるのか?」
薄暗い中、石像の側に人影がいるのにランスロットは気付いた。
とことこと歩いていきそうなソニアを引き止めて、ランスロットは自分が先を歩く。
空はまだ薄暗く、それでも心持ち朝の匂いが近くなって来ている。しん、と街中は静まり返っているけれど、早い夜明の鳥は既に声を立て始めていた。人がいてもおかしくはない時間だけれど一体誰が何をしているのか3人は不審そうに様子をうかがった・・・とはいえ、不審なのはどちらかというと3人の方なのだが。
その人影は石像に向かって立ち、せわしなく動いている。手には白い雑巾のようなものを持っているのが遠目でもわかった。
「あっ、石像を拭いているのか」
ようやく人影が何をしているのかソニアが一番最初に気付く。と、その声で人影もソニア達の存在に気がついたようで、手をとめて3人の様子をじっと見ているようだ。困ったな、とランスロットが先に歩いていき、その人物に声をかけた。
「おはようございます。我々は反乱軍の人間です。サラディン殿の石像を見るためにこんな時間に来てしまいました」
ランスロットが声をかけた人物は、年の頃は40代後半くらいの男性だ。よれよれの生成色のシャツを着て、水をいれた桶を足元においている。日課なのかはわからないが、どうやらサラディンの石像を拭いていたようだ。
「ああ、反乱軍の人達ですか。こんな朝早くからご苦労様です」
朝早く、というかどちらかと言われればまだ夜の方が近い気がする、とソニアは思ったけれどそれは心に閉まっておいた。が、ガストンがそっと耳打ちして
「朝ですかねえ」
なんていうものだから、ぶはっとついつい笑ってしまった。と、その声に気付いて男性はすぐにソニアとガストンの方をみてランスロットに聞いた。
「そちらの方々もそうなのですか?」
「はい。失礼を・・・ソニア殿、何を笑っているのだ」
「す、すまない。いや、なんでもないんだ・・・。ああ、おはようございます。あたしはソニアと言います」
「ソニア!ああ、このお嬢さんが反乱軍リーダーと?」
「あれ、ご存知ですか。有名だなあ」
「それはもう」
男性はまじまじと上から下、下から上と眺めて驚いたように言った。
「いまやドヌーブの民は反乱軍を待ちわびていましたから、噂は届いておりますよ。わたしはカニャーテから毎朝チンチャアルタとここに来ているのですが・・・まあ、ここやカニャーテのようにバルモア城に近いところや、自治が行われている都市はそうでもありませんが、チンチャアルタでは大層な評判です」
「ええっ?毎朝そんなこの時間に・・・何をしているんですか?」
チンチャアルタはバルモア城に近いカニャーテを中心軸として丁度このセロデパスコの反対側にある都市のことだ。そんなに遠くはないとはいえ、毎朝この男性は何をしているのか、とソニアは驚きの声をあげた。
「ああ、わたしは毎朝、わたしのお師匠であったバルカス様がお作りになった石像を磨いているのです」
その言葉を聞いて、ソニアはランスロットと顔を見合わせた。
可哀相に、ガストン一人は合わせられない視線をとりあえずソニアに送ってはみたけれど。


←Previous Next→



モドル

ああ!いいところでグリフォオンが下降してしまう〜!!
ついついアイーダについて熱く書きそうになったりと寄り道をしそうになった自分を引き止めるのに必死です(笑)
とりあえずちょっとずつだけでもランスロットとソニアの仲を修復してあげないと・・・って、何か仲悪くなるようなことをしたわけではないんですけれど。とてもまだ二人は自分の気持ちや相手が自分を思ってくれる気持ちについて、つたないですね。