神の領域-7-

「毎朝石像を拭いていらっしゃるのですか」
「ええ」
ランスロットがバルカスの弟子だという男性と話している間に、ソニアは石像を見ていた。
あまり芸術だとかなんだとかというものはわからないけれど、多分すごい作品なんだろう、と思うけれどよくわからない。
石像は耳や瞼といった細かい部分まで気を使って彫られていて、大層精巧な作りだ。それくらいはわかる。
じろじろと上から下、左から右、そしてとことこと石像の周りを一周しながら見ている。
魔導士がよく着ているようなローブをまとい、杖を持っている年老いた男。それ以外に何の特徴があるわけでもなければ、美しいモチーフというわけでも、当然ながら、ない。
「すごいですねえ」
ガストンが感嘆の声をあげる。
「・・・ガストンはこれの凄さがわかるのか?」
こっそりとソニアが囁くと
「いや、その、ほら、自分じゃあこんなの彫れないじゃないですか」
極めて凡人らしいコメントが返って来る。なるほど、そう言われれば世の中にあるありとあらゆるものはすごいものになってしまうんだろうなあ、なんてソニアはくすくす笑って、それからランスロットを振り返った。
「これは違うな。サラディン殿じゃあない」
「ソニア殿。わかるのですか」
「わからないけど、わかる・・・ブリュンヒルドがカオスゲートに反応したように、光のベルだって自分を使われるものに反応するのだと思う。試しに振ってみてもきっと何も起こらない」
ソニアはごそごそとポケットからカリャオで手に入れたベルを取り出して、何の気なしに振ってみた。
ちりんちりん、とどこででも聞く普通の音が鳴るだけで何も起こりはしない。
どうもソニア達がただ石像を見に来ただけではないとわかったようで、男はランスロットに怪訝そうな表情を向ける。
「あなた方は一体・・・」
「ああ、ご説明が遅れました。以前我々の仲間があなたからお話をお伺いしたようで・・・一体だけ、本物のサラディン殿なのだ、と」
「・・・」
その言葉にびっくりして、男性はきょろきょろと辺りを見渡すと小声になった。
「ええ・・・しかし、帝国の耳に入ったら」
「大丈夫です。人の気配はしません」
「・・・おっしゃる通り、私の師バルカスは生前、石にされてしまったサラディン様を見ながらこの石像達を作ったそうです・・・レプリカといえばレプリカですが、まあ、もとになったものは本来石像ではなくて人間なのだからレプリカと言っていいものか」
「本物はどこですか」
「わかりません・・・わたしには・・・」
残念な話だな、とソニアは小さく溜息をついた。が、それで引き下がるわけにはいかない。
物事には縁というものがある、と最近ソニアは思うようになった。ならば、ここでこの男性と出会ったのも何かの縁で、導かれたことではないのかとすら思える。
ポケットにベルを戻して、ソニアは男の前に立った。
「じゃあ、質問を変えましょう。バルカスの弟子であるあなたに問う。あなたがもしバルカスであれば、どの街にある石像を自分の最高傑作と思うのでしょうか」
「最高傑作・・・」
「レプリカは、本物を越えない。どんなに彫像に命を吹き込むことが出来たとしても、命がそのまま石像になったものにかなうわけがない。あなたはこの地方にある石像すべてを知っているのですか」
「ええ、一応・・・10年ほど前にはすべての街を歩きましたが、それ以降は・・・」
「その時の記憶でいいから、答えて貰いたいのです」
「どれも一様に同じような・・・バルカス様の作品はどれも・・・」
そういう答えが一番困るな、とランスロットは渋い表情を見せた。が、それ以上彼に追求をしても、実りのある答えは返ってこないに違いないと踏んでソニアは逆にけろっとした表情をしている。
「そうですか。あなたがおっしゃるならそうなんでしょうね・・・うん。仕方がないな。朝になって芳しい情報がはいってこなかったらあたしがあちこち回るしかなさそうだ」
そう言ってランスロットを見る。
「・・・それは困るな」
「でも、それしかない。それか・・・アルビレオを倒しても大丈夫、と賭けに出るか。まあ、悪くすればサラディン殿も二度と元に戻れず、あたし達もかなりのダメージを受けるってこともありだが」
「賭けは、したくない」
「ならばあたしがやるしかない・・・ギルバルドとガストンにはかわいそうだけれど」
それは、グリフォンで飛び回る、という意味だ。ソニアはサラディンの石像を見つめる。
「バルカスが作った、というサインみたいなものはいれないのかな」
「そういうものは一切いれない人でした。自分の作品は見る人が見れば自分が作ったものだとわかるから、必要がない、と」
「じゃあ、見る人が見ればバルカスの作品ではないとわかるってことか・・・とはいえ」
弟子であるこの男がどの町のものも同じだと言うのならば、もしかしたら本当のサラディンの石像なぞとっくに壊されているか撤去されているのかもしれない。
その可能性の方が恐いな、とソニアは考える。
「あなたの10年前の記憶では、どの町の石像も甲乙つけられないものだったのですね」
「ええ・・・」
「じゃ、お手上げだな、ランスロット。あたしがグリフォンに乗ってあちこちの街でちりんちりん鳴らしてくるしかない!」
「・・・その間、ずっと帝国兵と攻防を続けるんですか?」
と不安そうにガストンは聞く。
まったくもって何をするにも効率が悪いことこの上ない。いっそのこと、バルモア地方にはいるところからやり直しが出来ればどれだけ楽になるだろうか?
「・・・あれ?・・・」
突然ソニアはひらめいたように、ランスロットが腰につけている皮袋に手を伸ばした。
「ソニア殿!?」
驚いてランスロットは腰を引こうとしたが、ソニアはえらい勢いで皮袋を開けて、小さく畳んだバルモア地方の地図(今回の地図はビクターが書いてくれたものでどうも今一歩美しさには欠けるけれど)を取り出した。
「ソニア殿・・・そういうときは一声・・・というか、そなたは持ち歩いていないのか?」
「そのおじさん、さっきカニャーテからチャンチアルタとセロデパスコに来てるって言ってたよな」
ランスロットの問いには答えずにぼそぼそと呟きながら地図を広げ、ソニアは指で今いるセロデパスコの場所を指し示す。
バルモア地方でも北に位置するバルモア城からかなり近い場所に固まっているチャンチアルタ・カニャーテ・セロデパスコの位置を確認して、チャンチアルタとカニャーテの間に後からランスロットが書き加えたように見える小さな丸印をとんとん、と指で叩いた。
それは、教会の位置を示すのだとソニアは知っていた。
いつも斥候役の話を資料をもとに主要都市が書かれた地図を作るけれど、小さな教会等はその都市で聞かなければ位置が把握出来ないことが多い。ロシュフォル教会は帝国軍だろうが反乱軍だろうが隔てなくその門を開けてくれる場所だから、出来れば場所を確認しておきたいもののひとつだった。そしてその地図の丸印がついているところは、今ウォーレン達が待っている廃村からバルモア地方に入ってからの情報で書き加えられたもので、それゆえにソニアの記憶に残っている場所だった。
「教会には石像はないのかな」
「うん?アレスタ近くの教会にはあったけれど?」
とランスロットは即答する。
「じゃあ、ここもあるのかな。チャンチアルタとカニャーテの間の教会には、石像はないんですか?チャンチアルタにもセロデパスコにも毎朝通っているなら、教会の石像も拭かないんですか?それともないのかな」
ソニアは地図を男に見せて、その丸印を指差した。薄暗い中、一体ソニアがどこを指差しているのか見えないようで男は身を乗り出す。やがて目を細めてその位置を確認すると、それが一体どうしたのか、という顔付きで
「・・・?・・・ああ、あ、ああ。その教会ですか」
少し間が開いたけれど、ようやくどこのことを言っているのかを理解したようだ。
「いえ、そこは・・・わたしがいかずとも、石像は丁寧に手入れしてありますから」
「へえ、そうなんですか。教会の人々がやってるのかな?」
「さあ。それは聞かなかったんですが・・・10年前にその石像を見たとき、あまりに他のものと違って驚きました。誰かがずうっと綺麗に磨いていてくれたようで・・・他の都市のものと違って劣化をしていなかったんです。だからわたしはそれ以降未だにその石像を拭きにはいっていませんね。誰がやってくれているのかはわかりませんが、心有る人がサラディン様を、そしてわたしの師を偲んでくださっているのでしょう」
それはそれで、必要な情報だったな、とソニアは「そうですか」と小さく微笑んでみせた。

ソニアはこのまま教会に行く、と我侭を通そうとした。ランスロットを拝み倒してどうにかしようという幼稚な作戦は見え見えで、すぐにランスロットに反対をされる。これから行っては完全に夜が明けてしまうから、と何度もランスロットが言っても、ソニアはうずうずして仕方がない。
「ラウニィーに射されるぞ」
「大丈夫!大丈夫だから!」
「夜が明ければ斥候の報告が来るし、それに」
「フェンリル様とギルによくよくお願いして来たから!」
「何を」
「何を、ってそのお・・・留守番・・・」
「ソニア殿」
ランスロットの声は怒気を含んではいなかったが、硬い。
「どんなにランスロットが反対してもいくからな!」
「今度は開き直りか」
「気になって仕方がない。カリャオの宝物殿の男もいってただろ、使う人間を呼び寄せると。だから、あたしが行きたいと思ったならば、きっとその教会のサラディンは本物だ」
「屁理屈を」
「フェンリル様もそうだって言ってたから。北上するのに何の弊害もなかったなら、ベルが自然と導いてくれるって」
「・・・」
ランスロットは複雑な表情をした。
仕方がないことだとは知っている。残念ながらランスロットはそういった「目に見えないもの」をソニアやフェンリルのように体感出来るわけれはないからソニアが言っていることは全てただのご都合主義にしか聞こえない。
(が・・・)
それでも、懸命にランスロットを騙し騙しどうにかしてこのまま教会に行きたい、なんて我侭を言うソニアなんて、久しぶりに見た気がする。
テリーに指摘されたことを思い出し、ランスロットは最近の彼女について思い巡らせた。
右腕が動かなくて安静にと言われて、ソニアはずっと大人しくなっていたように思える。
ムスペルムでうろちょろしているところを見つかったときはランスロットが言うことを素直に聞いてくれたし、その後下界に戻ってからも同様だ。
最後に彼女がわがままを無理にでも通そうとしたのはいつだっただろうか?
ランスロットなんて嫌いだ、とか、そういう捨て台詞をいいながらでも、自分を通していた頃がなんだかとても遠い日のような気がしてきた。が、それとこれとは話が別だ。
「言い争っている暇があったら、今すぐ野営地に戻ろう。教会に行くことが駄目だといっているわけではない。みなを不安にさせることが嫌なのだ。わかるだろう?途中まで戻って、カノープスに合図を送ればきっと飛んできてくれる・・・伝言を頼むくらいのことはするべきだ。それだけやってくれればいい」
「伝言っていっても」
「簡単だろう?サラディン殿を連れて帰ってくるから、もう少し待っていてくれ、と。それだけで構わないに違いない。よくよくお願いしてきたならば、それでいいではないか。別に無理に野営地に戻って、全員に指示を与えたり報告を聞いたりしろ、と言っているんじゃないぞ。所在だけでもはっきりさせておかないと、緊急の事態が起こったときに困るのはお互いだ。何を焦ってるんだ、そなたは」
ソニアはむう、と小さく膨れっ面を見せた。それは出会った頃によくやっていた表情だ、なんてことをランスロットは思う。
「嫌なんだ」
「何が」
「みんながいる前で・・・また、あたしがやらなければいけないから一人で行ってくる、なんて言うのが」
「・・・」
その言葉は、なんという深い言葉なのだろうか。
ランスロットは眉根を寄せて、言葉が出ないままソニアを見た。
彼女の言葉の意味は、わかるような気がする。
誰とも違う非凡な才能をもつこのリーダーは、自らが非凡であることをみなに告げることを拒んでいるのだ。
あたしがやらなければいけない。たったそれだけの一言で誰も疑わず、素直に「ソニア様だから仕方がない」とか「やっぱり選ばれた方だから」とか「さすが勇者殿」と納得させてしまう力を持つ人間なぞ、そうそういやしない。
だからこそそれがまかり通るのだけれど、彼女はそれを人々に提示したくないのだ。
「なんか偉そうだし・・・」
いや、偉いんだろう?といおうとしてランスロットはその言葉を無理矢理飲み込んだ。そんな言葉が欲しいはずはないのだ。
自分だけが違うような気がして、嫌なのだと彼女は言っているのだ。
ふとガストンを見ると、ガストンも僅かに険しい表情でソニアを見ている。
正直なところ他の人間の前でこんな風にソニアが自分に我侭を通そうとしているところは見られたくなかったな、とランスロットは思う。
まあ、ガストンはあのノーマンを上手く使うことが出来るめずらしい人材で、しかも案外と古株だから余計なことを他の人間に吹聴するとは思えないけれどそれでもなんだかあまりいい気分はしない。
「・・・だから」
ランスロットはなんとか表情を緩めて穏やかに答えた。
「別に無理に野営地に戻って、全員に指示を与えたり報告を聞いたりしろ、と言っているんじゃない、と言っただろう?うん?」
「ああ、そうだ、ランスロットが言うとおりだ。ランスロットは正しい。ただ、なんだ・・・ここに来るのもちょっと反対されそうだったし、また戻って、みんなに反対されそうなことを言うのも嫌だったんだ。だったら一気にやっちゃおうかって・・・ずるいかなあ」
それへは黙っていたガストンが励ますように
「あ、それわかります。子供のころ一個いたずらやっちゃったら、もう一個やっちまったって変わらないや、って思ってましたから」
「そうだよな!?」
「そういう話ではないのではないか・・・?」
結局ソニアはちょっと拗ねながらも、ランスロットの案に賛同した。
それでも、すぐにでも教会に行きたいという素振りを見せる。それは反乱軍リーダーにあるまじき行為だからさすがにランスロットは許可出来なかった。
知っていながらもソニアは口に出してしまうのだ。だから、それを知っているランスロットは尚のこと折れることは出来ない。
そんなやり取りはなんだか久しぶりな気がした。とはいえ、それは大歓迎ということではないのだが・・・。
喉が渇いたからちょっと井戸水を飲んでくる、と出かける前にソニアは広場の奥にある井戸を見つけて走っていった。
転んだら困るから慌てなくていい、なんて声をかけて、なんだかまるで本当の保護者のようだな、とランスロットは苦笑をする。
と、そのとき
「あのお」
「うん?」
ソニアがいなくなったのを見計らってガストンはランスロットに困ったように声をかけた。
「その、俺が邪魔なときは言ってください。聞いていいのか悪いのかわからないことが多いから・・・」
「・・・ああ、すまないな」
「別に、その、聞いたからって何をどうするとかこうするとかってのはないんですけど、聞かれたらなんとなくやだなあ、なんて思うことあるじゃないですか。そしたら、言ってくれればほんと、聞かないですから」
「気を使わせてすまないな」
そうやってガストンの方から言ってくれることはありがたかった。
信頼している人間に対して「他言無用だ」なんてことを言うのは気がひけるし、かといってこのまま黙っていられても「一体どう思っているんだろうか」と疑心暗鬼になってしまうに違いがなかったからだ。
「いえ、みんなと違って、俺、あんまり気が利かないから言ってもらわないと困るんですよ」
とはいえ。
きっとノーマンがこの言葉を聞いていたら「えっ!?隊長は気イ、利くじゃねえか!」と言うのだろうけれど。
ぱたぱた、と音が聞こえて二人ははっと音がする方向を向いた。ソニアが足音をたてて近づいてくる。
水を飲む、といっていたけれどなんという素早さなんだろう?
「もういいのか?」
と呑気にランスロットが聞くと、想像以上に情けない声でソニアは二人に助けを求める。
「違う!右腕は動くけど、まだ井戸水は汲めないみたいだ・・・ごめん、汲んでくれないか?」
「ああ、それは気が利かなかったな」
とランスロットが一歩踏み出した途端。この言葉はつい今さっき聞いた単語だぞ、とはた、と気がついて立ち止まってしまう。それからガストンを振り返って見ると、当然のようにガストンもランスロットを見ていた。
彼も多分同じことを思っていたのだろう。目があった瞬間男二人は互いに苦笑しあう。
それからランスロットは少し照れたように軽くこめかみを押さえながら口端だけで笑いながら
「まったくもって、私も気が利かないものだからな。ガストンばかりがそうなわけじゃあない」
「はははっ、そんなことはないですよ、俺に比べたら」
「・・・????・・・」
ソニアは二人が何を話していたのだろう、ときょとんとするばかりだった。

夜明けが来た。
調度目に痛いほどまぶしい、それでも生命を感じさせる光が山際から昇ってくるのが見える頃、ソニア達は教会にたどり着いた。
光に照らされようとしているサラディンの石像の前でソニアは立ち尽くした。
小さな教会の入口近くにその像は立っていて、気のせいかまるで教会を守ろうとしているようにも見える。
ソニアは何を考えているのだろうか、とランスロットもガストンもじっと口を開かずに様子を見ていた。
やがて彼女はしみじみと
「あの弟子は、才能がないんだなあ。かわいそうに」
と言って二人を振り返った。それにはまったくもって同感だ、と男二人も頷いた。
確かにそこにあったサラディンの石像は他の町にあった石像とポーズから素材から何から同じだ。
けれど、今目の前にあるそれには、他の石像には感じなかった強い力、訴える力を感じる。言葉にするとどういえばいいのかソニアにはわからなかったけれど、今にも動き出しそう、とはこのことを言うのだなあなんて思った。
「芸術音痴のあたしでもそう思うんだけど、気のせいかな」
「いや、気のせいではない・・・。天才彫刻家の弟子ともあろう人間が、有名にもならずに朝から石像を拭いているのだから・・・あまり、才能はないのだとは思っていた。が、多分あの男性はそれでもバルカスの偉大さはわかっていたのではないかな」
「弟子と言われる人間がみな才能があるわけではないのだなあ」
「アルビレオもそうだといいですね」
ガストンはいいことを言う。もちろん、有り得ないことなのだが。
ソニアはそっと石像に触れて、嬉しそうに小さく笑った。
「魔法の力で守られている。誰かが拭いているから綺麗、とかそういうレベルの話じゃないな。劣化しなければ風化もしない。25年も外に放置されておいて、何一つの損傷がないのはその証拠だ」
そのとき、あまりソニアやランスロットの言葉に口をはさまないガストンが恐る恐る二人を見ながら軽く手をあげた。
「俺、恐いこと思ってたんですけど、いいですか」
「・・・うん。あたしも恐いことを思っていた」
「私もだ」
3人は顔を突き合わせてお互いを見た。みな、自分の口からは言いたくない、という表情を互いに見て取って、そこはリーダーの貫禄というか、邪気もなく、というか、人徳というか・・・ソニアがそうっとひそひそ声で
「像が破損してる状態で石化を解いたらどうなるのかな〜って・・・」
「やっぱり!」
「当然考えることだな」
「あーよかった、保護されていて」
ほっと3人は胸をなでおろした。
25年の歳月は長い。外においてあるだけで雨に打たれ、風にふかれ、人々や動物がぶつかって衝撃をうけて。
この地方には地震がないことだけが救いだとソニアは思っていたが、それは余計な心配だったようだ。
「まあ、ローブ姿だから破損しにくいとは思っていたけれど。折れそうな部分はないようだし」
そんなことを話していたら、教会から尼僧が箒を持って出てくる姿が視界の隅に映った。
あら、とまだ年若い尼僧は驚きの声をあげる。ランスロットはそちらに向かって深々と頭をさげた。
「おはようございます。この教会の方でしょうか」
「おはようございます。ええ、そうですけれど?サラディン様の像を見にいらしたのですか?」
「ええ、そうです・・・こちらのサラディン殿の石像は、他の街のものと違って綺麗ですね。何か特別なことをなさっているのですか?」
「いいえ?もしもこの像が他の街よりも美しいのでしたら、きっとそれは天の父がサラディン様を称えて守ってくださっているからだと思いますわ。不思議と汚れもない状態でいつも美しいんですの。だからわたくし達は天の父へ祈りを捧げると共に、そのサラディン様の像にも毎朝お祈りしております。まあ、神父様は、ここは街中と違って人がいないから、石像がいたずらに汚れないのだとおっしゃっていますけれど」
そんな馬鹿なことがあるか、とソニアは苦笑した。
(天の父が称えて守ってくれる、だってさ。他の教会のも綺麗なのかな)
なんてガストンに小声で聞くと
(俺、シクアニ近くの教会にいきましたけど、あんまり綺麗じゃなかったですよ)
とすぐに返事が返ってくる。
「そっか。じゃ、やっぱりこれはサラディン殿だ」
ランスロットが尼僧と話をしているのを放っておいてソニアはポケットから光のベルを取り出した。
朝陽が彼らを、石像を、教会を照らし出す。
「ソニア殿」
光のベルを取り出したことに気付いてランスロットは声をかける。それへ返事もしなければ尼僧に何も語りかけずにソニアはサラディンの石像の正面に立って光のベルを左手に持って前に差し出した。
「・・・ああ・・・そうか」
「ソニア殿?」
「鳴りたかったのかもしれないな。このベルも。本当の音色で」
その言葉はどういう意味なのだろう?
ランスロットとガストンは息をのんだ。
ソニアが手首を動かした次の瞬間。
それまでのちりんちりん、という、どこでも聞くことが出来ると思っていたベルの音色が。
「!」
なんと表現すればよいのかわからない音がベルから零れた。
ベルなんていうものは、そうそうたくさんの音が出るようなものではない。だというのに、ちりんちりんと一往復の音がなるはずのほんのわずかな手首の動きに反応して、ちりりりりりん、と一回の音色が長く、そして音階までを奏でて響いた。
そして、たった一度だけくいっとソニアは手首を動かしただけだというのに、何度も何度もちりりん、ちりりん、と木霊が起きるようにその音色は繰り返される。
なんて美しい音色なんだろう。
それからエコーがかかったその音色が光の粒子を集めたように、石像の周りを光の帯がきらきらと囲み始めた。
落葉を集めたところに吹きだまりが出来て舞い上がるように石像を覆い、まるで音が目には光として映っているかのような幻想的な瞬間を彼らは言葉もなく体感していた。
「ああ・・・」
尼僧が驚きのあまり、箒を抱きしめながらその場にへたりこんでしまう。
「光の、ベル」
ソニアはあまり驚いていないようで、光に包まれる石像をみながら呟いた。
音は石化の魔法を解く光となって石像を包む。朝陽の眩しさとあまりにも違う光だ。
これは、プリースト達がヒーリングを唱えるときの色に少し似ているな、とソニアはじっと見つめていた。
ちりりりりん、という音は徐々に小さくなっていき、それと共に光も弱まっていく。光が少しずつ弱まるたびに、石像は色味を帯びてきて更には軟らかな素材へと変化をしていくように見えた。
やがて、ちりいいーーーん、と最後の音が静かに響きを残して、光はまるで空気に溶けるように消えていった。
そして、朝を喜ぶ小鳥達の声だけが耳に届くようになったとき、目の前の石像は消え失せていた。そこには代わりに一人の年老いた男性が立っているだけだ。
一回目のまばたき。杖をもっている腕をゆるやかにおろし、彼は空を見上げて瞳を閉じた。しばしまるで日光を感じるかのようにそのまま止まっていた彼は、静かに顔を戻して真正面からソニアを見た。
美しい瞳だ。
年老いた人間の瞳を美しいと思うなんて初めてだ、とソニアは驚く。
「・・ありがとう・・・20年ぶりに身体を動かすことができる・・・」
石像だった彼は、そこで言葉を切る。声帯が問題なく機能することを確認して安堵の表情を浮かべ、それでも多少の違和感はあるのかそっと喉を押さえて軽くさすってから続けて彼は名乗った。
「私の名はサラディン。妖術師サラディンだ・・・」

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モドル

やっとサラディンを助けてあげられました。長かった!!次回、やっとアルビレオが出てきます(笑)
ハンパじゃない長さになってきました。ごめんなさい。
んですが、なんかこの3人いいトリオになっちゃいましたね今回・・・。ガストンがあまりに普通で(笑)「やっべー、ガストンとソニアの方がゾックとソニアよりしっくりいってるぞ!?」と思ってしまいました。ってことは、ソニアもまったくもって普通だってことなんだなあと再認識。