神の領域-8-

なんて綺麗な瞳なのだろう。
ソニアはしばらくサラディンをじっと見ていた。そして、サラディンもまたソニアを。
やがて先に口を開いたのはサラディンの方だった。
ゼノビアを滅ぼした日、私は兄弟子アルビレオの魔法で石にされてしまった」
その言葉にランスロットはぴくりと反応をした。
ゼノビアが滅んだ影にラシュディがいたことは既に周知の事実だったし、そうであればこの男がそれを知っていて当然だ。
心の準備が出来ていても、どうにもならないことがあるのだな、と眉根を寄せてしまった自分に気付いてランスロットはなんとか表情を戻そうと平静を装っていた。ありがたいことにサラディンとソニアの二人はお互いの視線から目をそらさずに真っ向からみつめあっている。それは大層奇妙な状態だった。
と、教会の尼僧はやっと満足に声が出るようになったらしく
「サ、サラディン様でございますかっ・・・?」
と裏返った声でなんとか問いかけた。ようやくソニアから視線をはずしてサラディンは尼僧に小さく頷く。が、それだけでまたソニアに視線を戻して言葉を続けた。
「暗黒の力を求める師の・・・魔導師ラシュディの怒りに触れたからだ・・・」
「ラシュディは何をしようとしているんですか。ただ、この大陸が欲しいだけではないに決まっている。それにしてはやっていることが大掛かりすぎるから。・・・もし、あなたがご存知ならば、教えてください。あたし達はラシュディに立ち向かう知恵と力が欲しい」
ソニアは静かにそう言った。
何も慌てることもなく、ただ穏やかに。
光のベルによって石化が解かれたサラディンを見て、まるで今度はソニアが魔法にかかったかのように、なんだか彼女らしくもなく静かにサラディンを見つめるだけだ。
サラディンは小さく笑顔を見せた。
視界の隅でランスロットが尼僧に何か話掛けているけれど、彼らは気にした風がない。やがて、サラディンが口を開いたときには尼僧が慌てて教会に戻っていく姿が見られた。多分かいつまんでの事を尼僧に告げたのだろう。
「利口な勇者だ。知恵と力を求めるか」
「シャングリラという天空の都市をご存知ですか」
「うむ。女神フェルアーナ様がいらっしゃるという空に浮かぶ飛空都市のことか」
「あなたの師、ラシュディがシャングリラを動かして、ゼノビアに落とそうという計画を立てている。カオスゲートの封印すら自分で開けてしまい、天なる父に近い力をもつ天空の三騎士ですらラシュディは利用しようとしていた。何をやつは望んでいるのですか。これ以上この大陸の民には出来ることがなにひとつないというのに」
サラディンは小さく首をふった。
「それは、今ここで話すには長くなる」
「それでも」
「・・・私は師と兄弟子を止めなければならない。師の野望を食い止める責任がある」
サラディンは手を自分の胸に当てて瞳を閉じた。
3人はサラディンの次の言葉をじっと待っていた。石像の状態だったサラディンは、まるで息遣いが聞こえてくるような、生命力があふれる「石像」だったけれど、こうやって命を取り戻してからは逆に、石になってしまったのではないかと思えるほどゆるやかで穏やかで、そして仕草のすべてが落ち着いて見える。
やがて、サラディンはゆっくりと瞳を開けた。彼の目の前には、先ほどとまったく変わらず彼を真っ向から見つめるソニアが立っている。何も迷いもなく、何故か目をそらすことが出来ないように。
「どうだろう・・・。この私を仲間に加えてはもらえないだろうか?

その言葉を発するのにサラディンにどれほどの覚悟があったのかはソニアには測ることが出来ない。それでもわかることは、この年老いた魔術師がとても頼りになる人材だということと、大いなる巡り合わせによって今ここに、自分の目の前にいるのだ、ということだ。
「歓迎します。サラディン殿」
「呼び捨てでかまいない。そのように敬称をつけられるような身分ではない。言葉使いにしてもそうだ・・・謙られることは苦手でな」
「ならばあたしのこともソニア、と呼んで欲しい」
「そう望むならば。ソニア。私に命を取り戻してくれた恩人だ。いくらでも役に立てることがあれば、お役にたとう」
「じゃあ、サラディン」
ソニアは嬉しそうに笑って、それから真顔にすぐに戻った。
「早速なんだけど、アルビレオって、強いのかなあ?それから、ラシュディって、どれほどの男なんだ?」
その単刀直入さにサラディンは目を丸くしてソニアを見る。
「それを、20年も石化していた私に聞くのか?」
「参考までに、でいいから。ほんのささいなことでも」
「・・・それでは道中お話しよう」
尼僧が教会から神父を連れて出てくる姿が見えた。説明するのも面倒だな、とソニアが思った瞬間、サラディンもわずかに眉間に皺を寄せたのがわかった。きっと彼も同じことを考えていたのだろう。

バルモア城の一室で、天蓋付きの大きなベッドに眠っていたアルビレオは目を覚ました。
「・・・サラディンが復活したな・・・」
起き抜けにそううめいてベッドから降りる。
ベッドの傍らには一人用の大層質が良いソファがおいてあって、そこに眠っているように置いてあったちょうど膝くらいまでの高さの子供型の人形が、彼が歩く音に反応してぱちりと目を開けた。
それは、奇妙な光景だった。
アルビレオが歩くとその後ろから人形もとことことついてきて、アルビレオが止まると人形も止まる。
それに気付いてアルビレオは振り返って、おもしろくもなさそうに呟いた。
「ああ、同期したままだったか」
ぱちん、とアルビレオが指を鳴らした途端、その人形はくったりと床にへたりこむ。アルビレオは近づいてかがみこんだ。
それの腕を掴むと、ぽい、と少し乱暴にアルビレオはソファに人形を放り投げる。
「悪運が強い男だ。それにしたって長いゲームだったなあ?・・・まあ、10年20年くらいは長いのうちにはいらないか」
そんな長い独り言をぶつぶつと呟くと、美しく梳かし上げた長髪をかきあげる。
面倒そうに寝間着を脱いで、ぽんとベッドの上に放り投げた。それから、部屋の隅においてある豪奢な装飾が施されている全身鏡の前に立ち、若々しい肢体を映し出した。
エンチャンターである彼は、必要以上に体を鍛えることはない。
細い腰、それでも男らしさを損ねないそこそこある胸板。
不必要な筋肉は醜いものだ、とアルビレオは考えていたから、少し細めの腕だって問題があるとは思わない。いや、むしろその逆といってもいいだろう。それに、顔だって剣を振るって戦うわけではないから造作を気にしている方が正解だ。
正直なところアルビレオは美しい顔、美しい体、というものは好きだったし、彼がいつも寝起きを共にしている人形もこれまた美しい造形のものだった。時折師であるラシュディはそれを呆れるほどだったけれど、アルビレオはまったく悪びれる素振りもなく美しいものが好きだ、と公言してはばからない。
ラシュディは天界にある貴重な宝を手にいれるため、美しい天使をかどわかした。
そしてその後は何もせずに、ただ彼にすがりつくその天使の愛情とやらを利用して、永久凍土の地を守ることをその天使に課した。そして、ラシュディ本人はその天使を愛でることもなくあちこちに暗躍をしている。
勿体無い、とアルビレオは思う。
美しいものを愛でることがない彼の師のことを時折残念に思うのはそういうときだ。
折角手に入った美しい天使を放置するなんて、なんて勿体ない。
自分ならば。
その造作を生かした人形を作り上げたり、人形に「してあげたり」、いくらでもその美しさを永遠のものにしてあげるのに。
人間の女よりも天使の方が美しいと心から思っているアルビレオは、少しだけ自分の師の、美意識のなさを呆れてもいた。
けれど、自分のこの力は、師ラシュディのおかげで手に入れることが出来たものだ。転生の秘術だって、ラシュディがいなければ自分で編み出すことも、自分で探し当てることも出来なかったに違いない。その点については本当にアルビレオは自分の師へ感謝している。
永遠の命が欲しいと思ったけれど、年老いた状態で生き長らえたいとは思わない。
どうせなら、若く、美しく生きているほうが楽しいに決まっていると彼は思っていたし、自分の側におく人形が不細工だということは許し難いことだったから、戦のために大量の不細工な人形達を操ることは彼の美意識には反することだった。
「ま、当分あんなことはないと思うが・・・」
サラディンとは、戦うことになるのだろうな、とアルビレオは鼻の頭に皺を寄せて舌打ちをした。
戦うことが嫌なのではない。
暗黒道を拒んだ自分の弟弟子が、あの石像のように年老いた状態で自分の目の前に現れる、と思うと、たったそれだけのことがうっとうしい。サラディンは「あなたも本当はこれほどに年老いているのに」といわずとも自分を見よ、と腰も曲がりそうなその年老いた体を引きずってやってくるのだろう。言葉ではない、目からの説教はうんざりだ。
わずかに少年ぽさを残しているくらいのその体をじっくりと自分で見て、納得したように
「うん。この体は結構いいな。これ以上若い体はいらないけれど、なかなか造作もいい」
そういってくすくすとアルビレオは笑う。
整った顔立ち、しなやかな肢体。
年のころは10代後半に見える。
「体が若返ると、やはり気持ちも若返るのだな」
それはとても実感していた。
年とともに薄れていた異性への気持ち(それはもちろん性欲も含むが)なんてものまで最近は感じる。
本音を言えば、そんなものは今の自分にとっては邪魔でいっそない方がいいと思えてしまうのだけれど、自分でこの年齢の体を器に選んでしまったのだから今更後悔するわけにもいかない。
アルビレオは服を着替えながら、もう一度鏡の中の自分を見た。
「楽しみだなあ。サラディンは反乱軍と手を組むかな?」
が、にや、と笑ったその表情は。
なんだかその外見にはまったくそぐわない老獪さを垣間見せるのだった。

ソニア達が野営地に戻ると、ランスロット隊とアイーダ隊の面々は仮眠にはいっていて、ヘンドリクセン隊が朝食をつくり、そしてオハラ隊とスルスト隊が見張りに立っている様子だった。
サラディンを連れて帰って、最も感動をしたのはヘンドリクセンだった。
ヘンドリクセンはいまや、まるで弟子、と言えるほどにウォーレンの下で魔道の探求をしていた。が、いつもウォーレンは肝心な深いことをヘンドリクセンに教えてくれるわけではない。
その理由を聞くと、自分はあくまで占星術師であるから、ヘンドリクセンのように魔道の探求をしたいと思う人間に対してはささやかな道標になるまでが自分の役割なのだ、とウォーレンは答える。
いずれ、ソニアがヘンドリクセンにとっての更なる導き手を与えてくれるだろう、とウォーレンから言われていた。
間違いがない。この人だ。
ヘンドリクセンはひざまずきたい衝動を抑えて、じっとサラディンを見つめた。
その澄みきった瞳を見るだけで、この妖術士が並々ならぬ人間であることをヘンドリクセンは感じ取る。
そもそも魔道を行使するものは、魔道を行使するものの本質を感じ取りやすいのだ、と以前ウォーレンが言っていたことを彼ははっと思い返した。
ソニアは一同を集めて、サラディンの紹介をする。部隊長に挨拶をさせて、フェンリルにも個人的に紹介をするのをランスロットにまかせる。そして彼女自身は斥候役からの報告をギルバルドから聞いていた。
そう多くの情報がなかったようで、ソニアは「ふうん」と呟いてからギルバルドに礼を言って、部隊長達のもとに戻ってくる。
みなはもう、いつでも動ける準備をしていたが、とりあえずは腹ごしらえをしたいに違いない。
「アイーダを起こしてくれないか。すまない。これから今日の日程を伝える」
ソニアはきびきびとそう言い放って、朝食の準備をしている邪魔にならない場所に部隊長達を集合させた。
アイーダは寝たばかりで起こすのは可哀相だと思ったが、それも仕方がないだろう。
そうほどなくして、起き抜けの状態でアイーダがやってきた。
わずかに眠そうだけれど、槍は手放さない。
「まず最初に、懸念していたことがひとつ解消されたようだ。アルビレオは擬似生命体を大量に作り出して操るという話だったが、みなも昨日から気付いているように、帝国兵は多くは派遣されていない。どうやらそれは簡単に出来ることではないということだ。それを行うためには色々と面倒な手順がいるらしく、アルビレオ本人にも負担がかかるらしい。先の大戦ではその術を用いたらしいけれど、今のアルビレオにはそれを行う力は残っていないということだ」
「ということはアルビレオは弱いということ?」
とすぐにフェンリルが口を挟む。
「いえ・・・それはサラディンが説明してくれるようです。あたしには難しくてわかんない」
けろりとそういうソニアに一同は苦笑を隠せない。
ソニアが頭を軽くさげると、サラディンはゆっくりと口を開いた。
「擬似生命体を作り、操ることは可能だが、大量に操っていたのは一時のこと。そして、その期間、あのお方はかなりの精神力と魔道力を消耗してしまう。通常のエンチャンターであれば、タロスやドールを使うのは一体ずつが限界。それを軍の一個編成が出来るほどのものを操るのだから、器の方も消耗してしまう」
「器?」
「脳のことだ。すべての伝達は脳を通して行われる。過剰な負荷がかかって、危険な状態になるのだ。それでも我が師ラシュディの力を借りて兄弟子アルビレオは長期間その激務を執り行うことが出来た」
「今でもじゃあ出来るかもしれないじゃない?」
「現在のあの方についてソニアに聞いたところ、10代後半の若い体をもっているとか。危険な状態を長く続けたので、きっと以前の体は駄目になってしまったのだろう。兄弟子は転生を繰り返して若い体を手に入れたのだと思う」
話がややこしくなってきたな、と一同眉根を寄せる。
唯一フェンリルとヘンドリクセンが涼しい顔で聞いていた。
「しかし、転生の術を用いて手に入れた新たな体は、順応するまでに5年はかかる。よもや、思うように動けない10歳ほどの体を手に入れるわけがないのだから、つい最近転生したのだと考えてよいと思う」
一体どこに話が繋がるのかがわからず、みな不審そうに聞いている。
「そして、転生の術で手に入れた体が順応するまでは、過度な魔法による負担を軽くしなければいけない。本来自分がいるべき場所ではない肉体に魂を移し変えるのだから」
もう、完全にこの時点でガストンやアイーダはお手上げだ。
もちろん、ここにはいないけれどカノープスだったら「よくわかんねえけど、とにかく強い魔法は使えないんだよな?」程度に話という話を簡略化させてしまうのだろうが。
魔道力だとか転生だとか、今一歩意味がわからない言葉を並べられてもぴんとこない。
アイーダが手をあげる。それへソニアは頷いて、発言を許可した。
起き抜けの割には頭はもう回転しているようだ。
「それでは、今のアルビレオは普通よりも少し魔力が強いエンチャンター程度、と思えばいいのでしょうか」
サラディンは澄んだ瞳をアイーダに向けて、小さく首を横に振った。
「少し、ではないだろうと。どちらかといえばあの方本人の力もそうだが・・・何事も用意周到な方だから、何か罠がしかけられてあるやもしれぬ。そちらも注意してもらう必要があるかと・・・」
「わたしとスルストはラシュディに強いチャームの魔法をかけられた。そんな人間の弟子なんですもの、少し、ってことはないな」
フェンリルがそういうとサラディンはうなづいて
「そもそもチャームの魔法は人の心を支配する、という、人道に基づかない暗黒道に近い魔法ですから、暗黒道に落ちてしまった我が師ラシュディやアルビレオが得意とするのは当然のもの。チャームの魔法は基本的には欲望や煩悩が多い人間が最も操りやすいものだがが・・・あれから随分時が流れた。我が師ほどの魔力をもっていて暗黒道を極めようとしたならば、チャームの魔法すら性質を変えてしまうものなのだろうと推測する」
「性質・・・?それは、どういう意味ですか?」
ヘンドリクセンは呟くようにサラディンに問い掛けた。
なんだか話が難しくなってきて、そうやって聞き返すことすらみな面倒に思えてきた様子だ。
「俗に言われる攻撃力をもつ魔法・・・ライトニングとか、ナイトメアだとか・・・ああいうものに近い性質を持つようになることがあるのだ。実際に肉体に対して攻撃をかけるわけではないが。天空の三騎士ほどの人々がチャームなどという下等な魔法にかかってしまった、というのは、ラシュディが用いたチャームは既に性質を変えて、補助魔法ではなく攻撃魔法になっているだろうと思う」
「全然わからない!」
ソニアが困ったように叫んだ。それをどうどう、とランスロットが落ち着かせる。
ガストンもアイーダも困ったような表情でサラディンの次の言葉を待っていた。正直なところ、サンダーフレアを行使するアイーダだって、もともと魔道について原理から理解をしているわけではない。彼らは非常にシンプルで、自己鍛錬と実戦での経験を積んで上級職にあがる儀式を受ける。そこで得た魔法なり新たな能力については知識がなくとも使いこなすことが出来る。
が、例えばフレイアなのに「ファイアーストームを会得したい」ということになれば原理から理解をする必要が出てくる。
今の反乱軍はその必要はない。
逆に原理を知ろうとすればするほど無駄な時間が過ぎていってしまう。
ヘンドリクセンのように資質があって、そして何よりそれが「好き」な人間のみが、原理を理解したり、自分の力を超える魔道について知識をつけることが出来るのだから。
「神聖なものに近い人間は闇の力に弱く、またその逆も、ネ。だから、下等な魔法であるはずのチャームも強力になればなるほど神聖な力をもつ人々に大きなダメージを与えられるのだということデスネ〜」
スルストは外見に似合わず難しい魔道の話も簡単に理解出来るようだ。
「・・・うむむ・・なんとなーくわかるような」
ソニアはそう言って困ったようにスルストを見た。と、スルストはウィンクなんてものをして
「わからなくても大丈夫デース!とにかく、ラシュディのチャームはあまりに強力で、ワタシやフェンリルサンのように心清らか〜な人間がかかり易くなってしまうような性質に変化してしまっているほどだ、ということデスヨ。ソニアも注意してくだサイネ〜!」
「は、はい。でもあたしはあんまり心清らかじゃないからなあ。大丈夫ですよ」
なんてことをソニアが呑気にいうものだから、フェンリルはくす、と笑った。
「リーダーがなんて情けないことを言う」
「だって」
ソニアは肩をすくめて笑って見せた。ランスロットは苦笑しながら
「どちらにせよ、我々は、ラシュディが魔導の力を使う人間だというのに、そういったことへの知識が少なすぎる。ウォーレンやヘンドリクセンの知識だけがすべてだ。スルスト殿やフェンリル殿のおかげで助かっているけれど、サラディン殿が加わってくれればこんなに心強いことはない」
それは確かだ、と一同心の中でうんうんと頷いている。
「サラディン、反乱軍に入ってくれて、嬉しい。改めて歓迎する。まだ左手で失礼するけれど」
ソニアはそう言ってサラディンに左手を伸ばした。
けれど、年老いた男はそっとソニアのその手を押しやって、彼女の胸元まで戻した。その仕草は優しいけれど、断固とした拒絶を感じてソニアはとまどう。何故、彼は握手を拒んだのだろうか?
一同はしーんと静まり返って、一体サラディンが何を言うとしているのかと耳をそばだてて次の言葉を待っていた。
「サラディン?・・・何かあたしは、気に障ることをしたのだろうか」
一体どういう意味なのかわからなくて、ソニアは困ったようにサラディンを見た。
ランスロットはその瞬間のソニアの少し申し訳なさそうな、ためらいがちな表情を見てわずかに動揺した。
その表情。
以前の彼女は、こんなときにはこんなにすぐ被害妄想をせずに、「一体どうしたんだ?」とただただ普通に聞いたのではないか?
(もしかして、それはわたしのせいなのだろうか)
ソニアがあまりにやることなすことが普通と違っていて、そして彼女はあまり常識を知らなかったから、ランスロットは今までよく彼女を叱りつけていたように思う。
もしかして、彼女は「ああ、またあたしは何かおかしいことをしてしまったのだろう」と、悲しい気持ちになっているのではないだろうか?
それは、薄々はわかっていた。わかってはいたけれど。
改めてしみじみを見ると、こんなに不安そうな表情をソニアは今まで見せていたのだろうか、とランスロットはちりり、と胸が痛むようなそんな感触をうけた。もし、そうだったら、自分はそれにすら気付いていなかったのかもしれない。
(・・・考えすぎだ)
そう思いたい。ランスロットはサラディンに視線を移した。
と、サラディンはゆっくりと首を一度ふって、まっすぐにソニアだけを見つめて言った。
「仲間になると言った以上反乱軍と同行はするが、私は軍隊というものに属したいとは思わない。出来ることならわたしは」
「・・・?」
「師の野望を打ち砕くため、そして、ソニアの力になるために、ここに来たのだから。それを忘れないで欲しい。わたしは主君に仕える騎士などというものではないし、金で雇われる傭兵でもない。家族のために戦う人間でもなく、ただ、石化を解いてくれて、そして師ラシュディのあやまちを正そうとしてくれているそなたの力になるため、そのために、一人の人間としてここにいることに決めたのだから」
ああ、また一人。
ソニアはふう、と息を吐き出した。
「そんな言葉なら聞きたくない。あたしは・・・」
前髪をかきあげてソニアは苦笑した。
「反乱軍リーダーだ。反乱軍のために戦ってくれる人間を求めている。あたしのために、戦う人間が欲しいわけではない」
「では、その天空の騎士であるお二方はどうなのか。天空の騎士は、天なる父が聖戦と定めた戦以外に出陣することはないという話。それでも、その方々はここにいる。下界のもの達が作っている軍隊に所属するとは思えないのだが」
それを言われると痛い。
一同の視線がソニアにむけられた。
きっと、あまりみんなはわかってはいないのだろう。どうしてソニアがそういったことを嫌がるのか、なんて。
既にギルバルドもアイーシャも、ソニアに命を預けた、とはっきりと彼女に告げていた。
正直なところ、そういう言葉は嬉しいけれど嬉しくない。
「ソニア殿」
「ランスロット」
「いいではないか。それで。我らはそなたについていく、と決めて反乱軍として共にいる。そなたが反乱軍を率いることに何の躊躇もなく、我らと共に歩むのであれば、そう、たいした問題ではない」
「それは、わかっている。わかっているんだけれど。気分の問題だ」
と曖昧な返事をソニアはした。
そう。言葉にするとそれくらいしか伝えることは出来ない。それ以上のことをここで口にしてはいけないのだとソニアは思う。
ただ。
また、自分が選ばれたのだ、と思うことが、あまりにつらいのだ、なんて。

心が弱くなっている、とソニアは自分で思った。
右腕が治れば何もかもうまくいくような気がしていたのに、本当のところはそうではない。
なんてもどかしい体と心なのだろう。
が、そんな自分の物思いは戦場では何の役にもたちはしない。ソニアは各部隊に指示を出したあと、出陣の準備を行っていた。
サラディンのたっての頼みで、アルビレオとどうにか彼を対面させることをソニアは了承した。
危険はないのか、と危惧する兵士がいたのは事実だったけれど、ソニアはサラディンを信じようと決めた。
危惧、というのは、サラディンがアルビレオ側に寝返る可能性についてだ。
ランスロットもそれを多少思っていたらしいし、ソニアだってもちろん考えなかったわけではない。
けれど、あれほど強くソニアを選んだサラディンを、ここで疑うわけにいはいかないとソニアは自制した。
何もかもを信用する必要はない。けれど、何もかもを疑う必要もない。少なくとも表面上は。
人がついてくる、ということがそういうことだということをソニアは知っていたし、疑い続けてもソニアに人がついてくるならば、それは、ソニアの「選ばれた」らしい「力」だけを求める人間達だけに決まっている。
「それでも、すべてを信じることは阿呆がすることだぜ」
そう言うのはカノープスだ。いつも彼はみんながばたばたしているときにも呑気に構えている。取りたてて装備があるわけでもない身軽な彼は、出陣時に再確認するものなんて何もありやしないのだ。
彼は険しい表情は決してしていない。
「ま、お前があのじーさんを信じたってんなら、俺も信じてやるさ。そこまではいいけどよ、だからってお前まで同行するこたねえだろ。なあ?」
「なんだ、カノープスめずらしいな。ランスロットの代わりに説教か?」
「だって、お前腕が動くようになった、つってもよ」
「大丈夫だ。あたしは別に前衛には出ないから。それに、あたしがいくほうが、オハラも安心するだろうし」
大掛かりな部隊編成をしなおした。
ソニアはサラディンがアルビレオと対峙するところを自分の目で見たいと言った。
が、それにはソニアの部隊からフェンリルかギルバルドが抜けるしかない。
それはあまりにも心許ない編成になってしまうし、戦いながらソニアを守ることが出来るのはフェンリルだけだろうから必然的に抜けるのはギルバルドだ。かといってグリフォンを操ることにフェンリルが長けているわけではない。
結果、他の部隊も巻き込んでの再編制になり、セロデパスコで彼らはごたついた。
その間にやはり何部隊か帝国からの様子見部隊がやってきて交戦を行っていた。それはほとんどスルストとまだ不慣れながらもヘンドリクセンの部隊が追い払ってくれている。
バルモア城まで行く部隊はオハラの部隊、それからソニアを守るために再編成された、サラディン・ハイネ・ノーマン・ランスロットの部隊、ランスロットが抜けたところにスルストが代わりにはいったラウニィー部隊だ。
「可愛いヒト〜よろしくデス〜」
さっそくスルストは喜んでオリビアにモーションをかけている。
ラウニィーは自分が指揮をとって本当にいいのか、とわずかに彼女らしくもない不安げな表情を見せていた。が、ラウニィーとてもともと帝国で部隊の指揮を行ったいた数少ない女武将の才覚をもつ人間だとソニアはわかっている。あまり難しく考えなくていいから、と声をかけると、たったそれだけで気楽になったのかあっさりとやる気をみせて「さっ、いきましょ!」と二代目ソニアになりそうな勢いでカノープスを呼び付けに来た。
「徒歩の我々の方が先にいかないと駄目なのにな」
とランスロットはその様子を見て苦笑してみせる。ノーマンがガストンに、共有していた薬袋から半分薬を置いていこうとしていて、少し準備に手間取っているのを彼らは待っているのだ。
「いや、バルモア城で簡単にアルビレオに会えるとは思っていないから。ラウニィー殿に先にいってもらう方が、サラディンがアルビレオに会うのに効率がいい」
「ソニア様」
オハラが部隊員を連れてやってきた。
「よろしくお願いいたしますね」
「ああ。こちらこそ。一緒にここを出よう・・・どうだ、今日は」
「いえ、別に・・・そんなに疲れていませんし。お役に立てるといいのですが」
そういって微笑むオハラ。けれどその笑顔はいつものような、ソニアを心から崇拝している、心に何も翳りがない表情ではない。
「無理はするな・・・疲れがなくとも、体や気持ちに戸惑いがあることは・・・知っているから、大丈夫」
本当はオハラの話を聞いてやる約束をしていたのにな。とソニアは心の中で舌打ちをした。本陣に帰ってからでいい、と彼女は言っていたけれど、もしも出来るなら昨晩のうちに聞いてやりたかった、と思う。
オハラは人ならぬ力をもつ人間の苦しみを知ってしまったのだろうか。それだけがソニアは気がかりで仕方がない。
と、そのときサラディンがオハラを静かにみつめl、そして兵種を確認するまでもなくソニアにはっきりと
「プリンセスなぞ、めずらしい」
その言葉にびくりとオハラが反応する。その緊張を緩和させてやろうとソニアは無理矢理笑顔を浮かべた。
「・・・うん、つい先日ムスペルムで・・・スルスト様が治めていらっしゃる都市でドリームクラウンを入手して」
「そうか・・・いつでも、その力を与えてくれた神への感謝を忘れぬことだ」
サラディンはオハラに穏やかに諭すように告げた。オハラはうまく返事が出来ずに、首を縦にふるので精一杯だ。
「その感謝を忘れ慢心に支配されたとき、人は暗黒道に近づくものだ。我が師がそうだったように。ソニア、それはそなたも同じこと。わかっているのだろう?」
「半分わかって、半分わからない」
ソニアは小さく首をふる。
「あたしは確かに、力が欲しいと願った。そしてその結果、反乱軍リーダーとしてここにいる。けれど、あたしは決して、人ではない力が欲しかったわけではない。人に、そして挙げ句に「人を選ぶ物」にまで選ばれる勇者になりたかったわけではない。神に感謝を強要されるくらいならば、神は人間に、神に近い力を与えなければいいのに。それは、繰り返される災いの種になるような気がしてならないのに」
「聡明な勇者よ」
サラディンはあくまでも穏やかに、静かに答える。
「神はいつでも、どこかで自分の分身とも言える形状をもった我らを見ている。そして、愛しているのだ。だからこそ、繰り返し期待をしてしまうものなのだと私は思っている。この混沌とした世界で、人間は神に近い力を手にいれようと憧れやっきになって、そしてわずかでも実現をしてしまう・・・それをすべてねじふせるような行為を神は行わない。どこかで、我ら人間の心を信じているのだ。裏切られるとわかっていたも。だから、フェンリル様がこの下界にブリュンヒルドを托したことに怒りをあらわにしても、それを取り戻そうとはせずに下界においたままだったのだろう」
そう言ってサラディンはソニアの腰にさしてあるブリュンヒルドを指差した。
何もブリュンヒルドのことは話していないのに、とソニアは一瞬ひるんだが、よくよく考えればカオスゲートのことや、スルストとフェンリルがここにいることを話しているのだから、それからソニアの腰の剣が聖剣だと推測されても当然だ、と思える。
「どこかで、期待している。それを裏切るのは人間、か。勝手に期待されるのは、困るけれど」
そこにいるオハラ隊の面々とランスロットとハイネは言葉もなく、ソニアとサラディンのやりとりを聞いている。
何も言葉を挟めないし、何を言えばいいのかすらわからない。
ソニアはぎゅっとこぶしを握り締めた。
とはいえ、不思議なほどに心が静かになっている。力を込めた拳は心して聞くんだ、と、あまりに落ち着いている自分へ喝をいれるためのようなものだった。
「天の神と我々は似た形状をもつといわれている・・・それほどまでに人は神に愛されているのに、愛を返すことが出来ないものなのだ。そして、道をふみはずしてしまう・・・我々は自分達のいたらなさを知っているがゆえに、神の領域と思える力に畏怖心を抱き、そして自分達の手にはいらないものとしておののく。が、時には選ばれてその力を手にすることが出来る人間がいる。それがそなた達や三騎士、そして、我が師ラシュディ達なのだろう」
「神の領域」
ソニアがその言葉を返すと、すぐ隣に立っていたランスロットもまた、その言葉を繰り返した。
「神の、領域とおっしゃるか」
それへの返事はなく、サラディンは話を続ける。オハラは胸元でぎゅっと自分の手を組み合せる。その不安そうな仕草に気付き、テリーがそっとオハラの肩に手をかけてやる。それは、オハラが新兵の頃から一緒に見張り番をしたり、訓練の様子をみてあげていた、この軍においてオハラの兄貴分とも言える彼だからこそ出来る、決してでしゃばりではない心配りだ。
「テリーさん」
「そんな、苦しいことじゃないよ」
「でも」
「どんな能力だろうと、サラディン様がおっしゃったのは、神への感謝を忘れるな、ってことだけなんだから」
その言葉は、オハラにあまり思い込ませないようにしよう、というテリーの配慮だ。テリーは決して険しい表情を見せずに、いつも通りにちょっとのんびりとした、あまり気持ちが急かないぼんやりとした笑顔を見せ、そっとオハラの肩から手を離した。
なんて、わたしは色んな人に助けられているのだろう。そんなことを思いながら、オハラは深呼吸をして自分を落ち着かせようとする。
ソニアはちらりとその様子を確認して、自分からはオハラに何も言わない。
テリーにオハラを任せてよかった、それから、まだノーマンがばたばたしてここにこなくてよかった、なんてことが頭を掠めたけれど、サラディンの口から声が出た、と認識した瞬間、そういうった思いはすっと消えてしまう。それほどまでにサラディンの言葉は今のソニアが欲していた何かの鍵になるような、大きな言葉に思えてしまう。
「プリンセスは、他人の身体能力すら支配してしまう。それは人の領域の力ではない。そしてソニア、そなたも。聖剣が選ぶ人間は、天の神の恩恵をもらっている、人ではない力を掌中に収めることが出来る人間だ・・・それは神が司る領域を侵す力だけれど、決して神はそれを諍いのために使わせたいのではない、とわたしは思う。例え結果的に今、そうなっているとしても」
サラディンはふ、と空を見た。
もうすっかり明けきった空は青く澄んでいて、ところどころ浮かんでいる雲がなんだか呑気にすら見える。
どこを見ているのだろうか、とソニアはそんなサラディンを見つめた。
ソニアもそれ以上多くは言わない。
「ラシュディ、アルビレオ両名の過ちはわたしの過ち。25年前に止めることが出来なかった、わたしのいたらなさ・・・暗黒道に手を染めてしまった師と兄弟子の暴走はこのわたしの力で止めなければいけない。彼らは、神の領域に踏み入れてはいけなかった、欲望に心を奪われてしまった、あまりにも弱い、そして悲しいほどに人間らしい人間なのだから」

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モドル

やっとアルビレオに会うための部隊編制が終わりました。ってことであと二回かな。
ようやくタイトルの言葉が出てきました。
本当はタイトルの言葉そのまんまを出すのってこっぱずかしくて嫌なんですが今回は。
あえてサラディンに言わせてみました。
なんかうちでは何故かウォーレンが庶民派じじいで(汗)サラディンの方が高貴な人間くさいですが、おいおいこの二人のじいさんについても書いていきたいとオモイマス。
あまりにこれ以上はやりすぎになるんで、スルストとフェンリルの会話シーンとか考えていたんですが省いてしまいました(泣)
これ以上伸ばしてどーする!!!!
そして!すっごいひさしぶりにランスロットとソニアが同じ部隊で戦場へと向かいますvv巡り合いラヴァーズ。