神の領域-9-

ラウニィー隊は非常によく働いてくれて、ソニアは本当に彼らに感謝をしなければいけないな、と思っていた。ゴーレムやドラゴンといった、ちょっと相手をするだけでも辟易してしまう敵をけちらして、バルモア城の奥までの道を見事に切り開いてくれた。もちろんそれはスルストのおかげでもあったけれど。
バルモア城の中で最も大量に待ち構えていたのはスケルトンを中心としたアンデッド部隊だった。
アンデッドを消滅させるには神聖系の武器、魔法でなければいけない。
何度でも生き返るアンデッドをぶつけることで反乱軍の消耗を誘おうとしているのだろう。
が、アルビレオの思惑どおりはいかず、残念ながらそう対した消耗もなくソニア達はバルモア城の奥に辿り着くことが出来た。何故ならばラウニィー隊にはザンジバルをもったスルストが、そしてオハラ隊にはこれまた、アンデッドには絶対の力を発揮するスターティアラの魔法を行使するオハラが、更にソニア隊にはカラドボルグをもつランスロットとブリュンヒルドをもつソニアがいる(とはいえソニアは今のところ役に立ちそうはないが)から、どの部隊もアンデッドを消滅させる手段を持っていたからだ。
バルモア城は外壁がぼろぼろとはがれおちていて、あまり修繕もされていないようだったけれど、城の中は大層美しく整えられていた。城塞として考えればするべきことが逆ではないかとソニアは思う。が、それをそっと口に出すとサラディンは苦笑をして「兄弟子のやりそうなことだ」と小さく呟く。
ドヌーブ王朝のなごりを思わせる壁を飾る細工も、ところどころ欠けたところは美しく補ってあるのがよくわかる。バルモア「遺跡」とこの地は呼ばれていて、あちらこちらで遺跡を見られるけれど、この城だけは外観以外にかなり手が加えてあるようだ。
「本当は城内を血で汚すことが嫌でアンデッドを使っていたのかもしれない」
「・・・・一体どういう男なんだ、それは」
「美しいものが好き、というとまあ語弊があるが・・・美意識が強い人間だということは間違いはないな」
どういう言葉で説明したものか、とサラディンは苦笑をする。
まあともかく、そんなありさまだったから、バルモア城へ入り込むことはあまりにも容易かったということだ。城壁も城門もとりたてて強固なものでもなく、今まで攻めた城の中では無防備な部類に入るくらいだな、とソニアは思う。
ラウニィー隊を先頭にして通路を奥へ奥へ、と進んでいくと、やがて大きな扉が見えた。
十中八九ここだな、と誰もが思ったその瞬間。
バタン!と大きな音をたててその扉は突然開き、サムライ三人とゴーレム、という部隊が二隊も出て来た。
「ソニックブームは危ないわ。ソニア殿は出ないで!」
ラウニィーが先頭で叫んで後ろに飛び退った。既に戦闘態勢にはいっており、開幕テスがサンダーフレアを放つ。
ソニアは後衛にいるけれど、サムライのソニックブームは前衛後衛関係なくぴったりとソニアを狙ってくるに違いない。だからここは自分達が防がなければ、というラウニィーの判断にすぐに従っているのをソニアは満足そうに確認した。そしてまた、もう一部隊の編制を確認してランスロットが大きく叫んだ。
「オハラ、任せた!」
その声と共に、オハラ隊の後衛にいるテリーがアッシドクラウドの詠唱にはいった。
「我々は先を急ごう」
ソニアの部隊は交戦している二部隊をおいて、開いた扉の中になだれ込む。ソニアが足を踏み入れた瞬間にちらりと振り向くと、敵のサムライの一太刀目がオハラ隊のゴーレムであるニースにむかって放たれたのが見えた。

「サラディンか・・・」
室内はがらんとしていた。
まるで、闘技場のように広く、壁にはたくさんの蜀台が取り付けられていて火が灯っている。それがなければ薄暗いだだっぴろい一室なのだろう。よく見ると本来は絨毯が敷き詰められていてもおかしくない床は剥き出しになっていて、一面に魔法陣のようなものが描かれている。
その部屋の奥には若い美しい青年がブラックドラゴンとストーンゴーレムに守られながら、嫌な薄ら笑いを顔に張り付かせて立っていた。
サラディンは足元の魔法陣を見て苦笑しながら呟いた。
「・・・疑似生命体を作る準備は途中までは進んでいたのだな・・・」
「これがそうなのか?」
ソニアはとんとん、と床を蹴る。サラディンは小さく頷いた。
「魔法陣を書くところまでは終わっているようだが・・・多くの儀式が必要で、色々なものをそろえる必要があるからこのような広い部屋を使っているのだろう」
「あれがアルビレオかよ!なんだ、体が細くて弱っちそうな男だなあ!」
ノーマンが叫ぶのに対して
「馬鹿だな。相手はエンチャンターだぞ、体が細くても問題はないだろ」
とソニアが囁く。そのとき、後衛にいるハイネが果敢にもソニアを守ろうというように一歩前に出た。
「大丈夫だ、ハイネ」
「いえ・・・。気休めですが、ソニア様、もう少し後ろにお下がりください」
その気持ちが嬉しい、とソニアは思って小さく笑った。大丈夫、ノーマンが守ってくれる、といいながら逆にソニアはそうっとハイネを後退させるように手で優しくとん、と肩をおしやった。
「ハイネに何かある方が、つらいから」
「ソニア様」
ソニアは一歩踏み出して青年に向かって叫んだ。
「魔術師ラシュディの弟子、アルビレオだな」
「そうだ。おやおや、これはまた可愛らしいお嬢さんだ。俺に何かご用かな」
「お前の師が天空の都市シャングリラを動かしていることは知っているな?」
「ははは、もちろんだ。お前達反乱軍がいかに烏合の衆とはいえ、その程度の情報は手に入れているのだな」
「一体どういう手段でシャングリラにいったんだ、ラシュディは」
「そんなことを俺が答えると思っているのか?」
アルビレオはにやにやと笑いながら少し上半身を前かがみにして挑発的にソニアを見た。
「でもまあ、教えてあげてもいいぞ。正直なところ、俺も知らない、ってな。俺と俺の師は、目指しているものは同じだが、そのための手段や過程はお互いに別々なのさ。まあ役割分担ってやつだ。あの方はやる、といったらやる方だ、お役にたてる情報としてはそれが一番有用性があるような気がするかな」
「目ざすもの、とは一体なんだ?」
「それはそこにいるおいぼれにでも聞くがいいさ・・・なあ、サラディン」
にやにや笑いながらアルビレオはサラディンをみた。
「久しぶりだな・・・また会えると思っていたよ。案外と早くゲームは終わったな」
「ゲームとは?」
「ああ。俺がこの体に飽きるまでにお前の石化が解かれるかどうか、ゲームだったのさ。最初は前の体に飽きるまで、と思っていたが、案外と早く飽きてしまってな。それじゃあおもしろくないだろう?」
「まあ、なんてことを」
とハイネは小さく叫んだ。それへは気にした風もなく
「よかったじゃないか?この体に飽きたら、石になったお前を砕いてアヴァロン島の火口にでもばらまこうかと楽しみにしていたのに、残念だなあ」
そう言うと彼は無理矢理唇を左右に開いたような作り笑顔を浮かべ両手を広げてみせる。
その姿を上から下までサラディンは眺めて、ふう、と溜め息をついた。
「また、転生されたのか・・・相変わらず傲慢なお方だ・・・」
「ハハハッ。そんな口のきき方をするから師の怒りを買うのだ。いい加減に暗黒の力を認めよ!お前ほどの魔力があれば、暗黒道を極めることもできよう」
その瞬間。
だん!とサラディンが手にもっていた木の杖を床に打ち付ける音が響いた。
かつての兄弟子のその言葉に対してサラディンは激昂をあらわに声をわななかせた。
「極めて何とするっ!魔道の果てに何があるっ!」
それへはあまりにも早い答えが返って来た。
「究極の力だ!」
若い体から発せられる声は意気揚揚としていて、まるで自分の言葉に酔っているかのようにすら聞こえる。そして彼は続けざまに、この人間界で人が為してはいけない禁忌に足を踏み入れる欲望を恥ずかしげもなく言葉にした。
「俺達は神を超えられるぞっ!」
そう叫んだアルビレオの表情は、美しい造作とは裏腹に醜く歪み、明らかに欲望の虜になった人間のそれになっている。
ああ、この顔はどこかで見た。どこだろう?
ソニアはふとそんなことを悠長に考えていた。
「あ」
それは。
カストラート海に訪れたときに、ソニアが訪問した先々で、人魚の肉を食べれば不老不死になれるのだ、とその行為を肯定するような声音で教えてくれた通りすがりの人間の表情に似ている。
どうしてそんな、たった数分を共有しただけのわずかな縁の人間の顔を覚えていたのか、ソニアは自分でそれが不思議でならない。が、とにもかくにも彼女の記憶巣は正確にその男の(とはいえ、顔の造作は忘れてしまい、なんだか許し難い傲慢な表情をしていたような気がする、という、そのとき抱いたイメージを思い出していたわけだ。
不老不死。それも、神の領域だ。
そんなことを考えていたら、そっとランスロットが低く声をかけてきた。
「どうした?ぼんやりできる状態ではなかろう?そなたらしくない」
「大丈夫だ、なんでもない」
そんなやりとりなぞまったく気にもとめずにサラディンは年老いた体で、久方ぶりに機能した声帯を酷使しながら叫んだ。
「そのために民を犠牲にするのかっ!世界を破滅に導くのかっ! 」
彼の言葉がさもおかしかったかのようにアルビレオは、子供が大人をからかうときに発するような、楽しそうな、どことなく無邪気さまでを含んでいるような声音で笑った。そして
「俺には永遠の命がある。誰も俺を止めることはできん」
右腕をあげる。
それを合図にしてずずっとブラックドラゴン達が彼らの方へ前進してきた。同時にアルビレオの後ろに無造作に置いてあった人形が動き出し、彼の足元に近づく。それを拾い上げてアルビレオは軽々と彼の肩に乗せた。まるでこれからその人形で遊ぼうとしている子供のように、嬉しそうな表情を見せた。
サラディンは一度目を閉じて、ぎゅ、と杖を握り締めた。ノーマンとランスロットが警戒をしてわずかに前進する。
やがて、サラディンは目を見開いてアルビレオに最後の言葉を放った。
「・・・ならば、共に朽ちよう。共に永遠の眠りにつこうっ!」
それは、刺し違え覚悟の言葉だ、とソニアとランスロットはすぐさま気付いた。
彼の覚悟はわかったけれど、そんなことはさせる気はない。ランスロットはカラドボルグを強く握り返し、構えた。

「ぐはあっ!?」
ブラックドラゴンの一撃を正面からうけて、ノーマンはふっとんだ。
それは彼が未熟だったからではない。アルビレオの前を守るブラックドラゴンは大層な巨体で、通常のドラゴンの一回りも大きい体躯を持っていたからだ。ノーマンとて決してドラゴンに怯む男ではない。いつもの調子で避けようとしても、どの打撃も予想を上回る距離から飛んでくるのだ。
「お前と共に死ぬなぞ、虫唾が走るわ!」
アルビレオはそう叫ぶと、呪文の詠唱に入った。
肩に乗せた人形はぴくりとも動かないで、アルビレオの詠唱をまるで待っているかのようだ。
それとほぼ同時にサラディンも杖を胸元にかかげて詠唱を始める。
「暗き闇の使徒よ・・・」
それは、ダーククエストの呪文だ。
「ハイネ、まだヒーリングは唱えるな!全体魔法が来るぞ!」
ソニアは叫ぶ。
「問題ないな!?ノーマン!」
「まだまだ、だ!」
それは、今ヒーリングを唱えなくても魔法に耐えることが出来そうか?という問いかけだ。
「・・っつ!」
「ランスロット!?」
ストーンゴーレムを確実に斬り付けて後退をしようとしたランスロットは、追いかけるようなストーンゴーレムの反撃をうけてわずかに横にふっとばされるように跳ねた。
反乱軍にはいったときから前衛を守り続けているこの聖騎士は、いつも剣がなかなか通らないゴーレムやらドラゴンやらと戦う羽目になってしまう。それでも一言も文句を言わずに、重い打撃を避け、時にはそれを避けることで後方へ支障があると気付けば自ら打撃を受けてくれる。そこまでのことが出来るのは一流の戦士だとソニアは知っていた。
ランスロットは剣技のみならず受身をとることも上手かったし、相手の剣や打撃を受けながらも力を分散させて自分へのダメージを軽減させることも得意としていた。力技で相手をねじ伏せる技に長けるノーマンとはまったく異なる。
が、そのランスロットも、先ほどのノーマンと同じく予想外のストーンゴーレムの力に避けきれず、受けきれず、という状態で床に一度叩きつけられてしまった。
「・・・大丈夫だ!」
が、ランスロットの声にとまどいが含まれていることにソニアは気付く。
「・・・エンチャンター、か」
ソニアは舌打ちした。
サラディンの言葉とおり、アルビレオはただのちょっとだけ魔道の力に長けているエンチャンター、というわけでもなさそうだ。
多くの擬似生命体を操る能力があるアルビレオが、エンチャンターとしてストーンゴーレムに及ぼす影響は、まるでプリンセスであるオハラがテリー達に及ぼす力のように絶対的なものなのだろうか?
そんなことを思った瞬間、アルビレオが詠唱を終える。
「その体で地より湧き出でる力を受け止めよ!アッシドクラウド!」
足元から突然全身へとガスが吹き上がって来て、それをくらった瞬間に衝撃が走る。
「う、わっ!?」
体がひきつれるような感触に襲われて、ソニアはたまらず声をあげた。その視界の隅にびくんっ、と今やっと立ち上がろうとしていたランスロットの体が跳ねるのが見える。アッシドクラウドは足元から術が湧き上がってくるものだから、体が床に近づいているときに食らうと直立時よりも辛いことにソニアは気付いた。
「問題、ない・・・」
ランスロットは声を絞り出して立ち上がる。が、そんなわけは、ない。
ソニアは自分の額に汗が吹き出たのがわかる。なんて強い呪文だ。これでも新しい体になったばかりだからあまり強い呪文は使えない、とサラディンは言っていた。弟子であるアルビレオがこんなに強い呪文を行使出来るなら、ラシュディがスルスト達にチャームの魔法なんてものをかけてしまえたことだってなんだか当たり前に思えてしまう。
アルビレオがはなったアッシドクラウドは彼女の体の中でまだびりびりと反響するかのような痛みを与え、両足はそこから動けなくなったかのように重く、ひどく痛む。
今までくらったことがあるアッシドクラウドとは、違う、とソニアは思った。
魔術師ラシュディの弟子といわれているのにエンチャンターでは、アッシドクラウドしか唱えることが出来ない。一体何を師事したのか、と考えれば答えは容易だ。行使出来る呪文の数が結果なのではない。ひとつの呪文に対してエキスパートになること、それから。
そのとき、サラディンの詠唱が終わる。
「その黒き力をもって死の淵へ誘え!ダーククエスト!」
サラディンが手をかざすと同時にうっすらと妖気すら含んだ空気に広間が包まれた。
それは、形があって形がない、なんだか気体と液体の間のもの、と感じるような不思議な物体だ。「何か」が空間に無数に出現して浮いているように見える。それは、呪文によって呼び出された悪霊達だ。この世に未練を残してさ迷っている悪霊達は、アルビレオ達に向かって流れていき、彼らの体を覆った。
「くっ!」
アルビレオは顔を歪めた。一瞬膝を折って床に倒れるかと思ったけれど、若い肉体はそれを許さずに、すぐにその表情は不敵なものへと戻った。と思うと口端をぐい、と引き上げていやな笑顔をみせながらアルビレオは不思議な言葉を発した。
「さあ、俺の元へ、現れろ!」
「なんだ・・・?」
ソニアは辺りを見回す。ノーマンはアッシドクラウドのダメージから解放されないまま、僅かに鈍くなった動きでそれでもブラックドラゴンの二度目の打撃をよけて斧をブラックドラゴンの眉間に振り下ろした。硬くて貫くことは出来ないが、狙いはいい、とソニアは思う。けれどそれが今必要な情報というわけではない。
調度先ほどヒーリングを止められたハイネは、アッシドクラウドのダメージをくらいながらもなんとか詠唱を行い、ようやくそれが終わろうとしていた。と、次の瞬間
「きゃあああああ!?」
詠唱途中でハイネは声をあげた。
「ハイネ!?」
「い、いやあああっ!」
「な、なんだ、それはっ」
床から。
ハイネの足元に、「何か」がいた。その「何か」は「手」のようなものをハイネに伸ばして、今まさに彼女の体に触れようとしている。
「ちいっ!」
詠唱を終えたばかりのサラディンが、自分の杖で「それ」と強くたたきつける。ぐしゃ、と嫌な音がして、「それ」は床に倒れた。
「このような、このような半端な命を生み出すなど!なんて神をも恐れぬことを!!」
怒りに体をふるわせてサラディンは叫んだ。
ハイネの足元に現れたものは、泥人形の出来そこないようなものだった。頭は手のひらほどの大きさしかなく、頭身は4頭身もないくらいだ。突然それは魔法陣の中から現れてハイネの足に絡みつこうとしたのだった。
それはびちびち、と嫌な音をたてて数秒もがいたあとぱたりと動きを止めた。「生きて」いたものが「死んで」しまったのか、それすら彼らにはよく判断がつかない。けれど、わけのわからない、気持ちが悪い、いまやその場で動かなくなってしまった黒ずんだ塊から目を離せずに、ハイネはがくがくと震えていた。それはソニアも同じで、何が起こったのかを把握する能力が停止してしまったような気すらする。
「う・・・」
ハイネは口を抑えた。一瞬嘔吐感に襲われたのだろう。
それは誰も責めることは出来ない。
「器も作っていないのに作り出そうとすると、そういうものが時々出来るのさ。お前は見たことがなかっただろう?だから見せてやったんじゃあないか。完全な形でなくても、ほら、こうやって、呪文の詠唱を邪魔する程度は役立ってくれたってわけだ・・・大地に眠るひそやかに鼓動打つものよ・・・」
アルビレオはすぐさまアッシドクラウドの詠唱にもう一度入りなおした。
ハイネはなんとか気を取り直し、わなわなと震える唇から声を絞り出してヒーリングの詠唱をまた始めた。
一度詠唱を止めてしまったときは決まった時間内に詠唱を続ければ有効になるが、明らかに先ほどまでの詠唱は無効になってしまっている。
「や・・・」
やばい、とソニアは気付いた。
なんとかあの気味の悪い「何か」のことを頭から追い払って、目の前にいる敵のことに気を戻す。
サラディンもまたダーククエストの詠唱にはいったけれど、先ほどの様子ではアルビレオの詠唱が完成するほうが早い。
そしてランスロットもノーマンも、ドラゴン達からうけたダメージをまったく癒されていないままだ。
そのとき、まだそのダメージが抜けきってない前衛二人の間をぬって、ストーンゴーレムが後衛にいるソニア目掛けて打撃をしかけようと走り出した。鈍重なストーンゴーレムにしては珍しい動きだ。
通常であればそんなことはありえない距離に後衛の人間は下がっている。
が、ソニアはもともと前衛で先頭に立って剣を振るっていた人間だったから、どうしても後ろに下がりきることが出来ない。
それが災いをした。
「・・・っ!」
横に飛んで交わそうとソニアは床を蹴った。が、それは間に合わないような気がした。
(・・・やっぱり!)
エンチャンターであるアルビレオの力のおかげなのか、ストーンゴーレムが振り下ろした拳は思いのほか早いスピードでソニア目掛けて飛んでくる・・・と、思った。
「ぐうっ!!」
「ランスロットっ!」
させるものか、とランスロットが痛む体に鞭うってソニアに襲い掛かろうとしたストーンゴーレムへ体ごとぶつかっていく。
がつん、とストーンゴーレムとランスロットの鎧がぶつかりあった音が大きく響いて、二者はもんどりうって床に激突した。ランスロットはストーンゴーレムの巨体の下に押しつぶされて、うめき声を兜の下から発した。
そのときぽっこりともともとストーンゴーレムがいた場所が開いたのを見てノーマンが走りこんだ。
横にいるブラックドラゴンからの打撃をうける前に、とそのまま呪文詠唱をしているアルビレオめがけて走る。
「死ねえっ!」
「・・・っ!」
ソニアが中途半端な位置にいたがゆえに、ストーンゴーレムが判断を誤って必要以上に前進した、とそのときやっとアルビレオは気付いたようで、詠唱途中に飛び出してきたノーマンの斧を避けようと体を動かした。
軽い身のこなしだったけれど、さすがに詠唱に集中していた状態では完全にはよけきれない。
「ぐおおおっ!」
ノーマンはアルビレオの肩から胸あたりに傷を負わせ、そのまますぐに後退しようとした。
「っ!」
そのとき、ノーマンの一撃によって肩からおちた、アルビレオの人形がノーマンの足をすくうようにどしん、とぶつかる。
(・・・・んだ・・・この人形っ・・・重いじゃねえかっ・・・)
後ろに跳び退っている状態で足元にぶつかってこられて、よろ、とノーマンは体がふらついた。
「ダメだ、ノーマン、避けろ!」
ソニアはランスロットを助け起こそうとしていたが、ノーマンの様子を見て瞬間的に叫んだ。
なんとなれば、よろけたノーマンの側には、既にブラックドラゴンが次の打撃を放とうと待ち構えていたからだ。
「うおおおっ!」
ノーマンは背中側からブラックドラゴンの一撃をくらって、ふっとんだ。
そして。
「その体で地から・・・」
アルビレオの詠唱は、ノーマンによって中断された、と思ったけれど、先ほどのハイネほど間を空けずに詠唱を再開することが出来た。それまでの詠唱は無効にならずに、もうすでにアッシドクラウドは行使されようとしている。
「!」
ハイネのヒーリングもサラディンのダーククエストも間に合わない。
足元にストーンゴーレムと共に倒れたランスロットは、なんとかストーンゴーレムの巨体の下から抜け出て体を起こそうとしているけれど甲冑に包まれているからダメージのほどがわからない。
ソニアは自分の体がまだ先ほどのアルビレオからうけた魔法のダメージをうけてひどく消耗していることを感じる。
「受け止めよ!」
アルビレオの詠唱は続く。肩から血を流しても、その声がゆっくりになることはなかい。
ソニアに躊躇はなかった。
やるべきことはひとつだと、ソニアは自分の本能にただ忠実に従っただけだ。
今まで戦いで染み付いた彼女の五感が、自分が為すべきことをただ選んだ、それだけのこと。
その結果がどうなるか、なんてことはそのとき彼女の頭からは消えていた。
ソニアは無意識に左手でブリュンヒルドを抜いた。
それはそっと室内で何度も何度も練習をしていた(室外で練習しているとすぐに止められてしまったから、だが)動きで、まるで右腕と代わりがないように柄を握ってそれに右腕を添えた。
「いけ!」
完全な形でなくとも。
完全な形でなくても、ほら、こうやって、呪文の詠唱を邪魔する程度は役立ってくれたってわけだ。
その言葉をそっくりアルビレオに返すことが出来る、なんてことはその時は思っていなかったけれど。
ソニアは彼女が繰り出すことが出来る唯一の特殊剣技であるソニックブームを発動させた。
本来はそのための構え、集中、と魔法に近いほどに時間がかかるものだ。
その性質と似たものをデボネアもフィガロも、もちろんフェンリルもが行使出来る。誰が行っても発動までに時間はかかり、そしてそれがゆえにあまりにも強力な剣技。
左腕を軸に、不完全な構えと不完全な集中。
ただ、標的にだけ当たればいい。
それだけがソニアの祈りだった。
アッシドクラウドの詠唱が終わろうしたその瞬間、ソニアの剣から小さな光が発せられて、それは床を這い、アルビレオ目掛けてすさまじいスピードで走っていった。まばたきの間ほどの時間でそれはアルビレオの足元に突き進み、ばちん、とアルビレオの足を弾くような音を立てた。
「ぎゃあ!?」
その衝撃に情けない声をあげて、詠唱終了間際にアルビレオは体をよじった。
「くっ!」
ソニアは顔を一瞬歪めた。
その威力ゆえに行使したものにも痛みが戻ってくる、ソニックブーム。ソニアとて例外ではなく、ひさしぶりの行使で、更にあまりにも杜撰な発動だったがゆえにかソニアは突然体を襲う痛みにブリュンヒルドから手を離した。
がらん、と聖剣は床に落ち、ソニアもがくり、と膝をつく。
「ソニアっ・・・右腕っ・・・」
甲冑の中からランスロットが声を振り絞る。が、その声はやはり苦しそうだ。
「く・・・」
ソニアは右腕を抑えた。剣を握っていた左腕にダメージが戻ってくるのはわかるけれど、添えていただけの右腕があまりにも痛い。
が、ソニックブームのせいでの痛みならば時間の経過と共に消える痛みだと知っていたから、なんとか今は平気な顔をしなければ、と息を整える。
「ヒーリングプラス!」
「ダーククエスト!」
次の瞬間、サラディンの詠唱とハイネの詠唱が完成し、二人の声が重なった!

最後にアルビレオにとどめを差したのは、ハイネのヒーリングプラスで体が癒えて元気になったノーマンだった。
傷を負った上にダーククエストを二回くらっていたアルビレオの消耗は激しく、最後にやけっぱちになってノーマンが投げつけた斧を避けることが出来なかったのだ。
そのあまりの傍若無人な攻撃に、呆れてソニアは最後の最後でノーマンを叱りつけてしまったけれど。
アルビレオに対してノーマンが最後の一撃を放ったと同じくして、まるでそれを待っていたかのようにラウニィーとオハラの部隊が中になだれ込んできた。
「おい、大丈夫か!」
「サラディン様!?」
たくさんの人のざわめきの中、ぐらりとサラディンは体を丸めて床に膝をついた。慌ててハイネがそれを支えようと手を伸ばす。
ずっと石化状態だったのに急激に魔法を行使したためか、サラディンは青ざめて、とても疲れた表情をして深く息をついた。緊張が解けた、ということも手伝っていたのかもしれない。
「疲れたか?サラディン」
ソニアは素早くサラディンの顔を覗き込んで問いかけた。なんとか笑顔を作ろうと老人は試みたが、それは悲しいことに眉間に皺が寄った、泣き笑いのような表情になるばかりだ。
「少しばかり、な」
「ハイネ、ノーマン、サラディンを連れていってやってくれ。日陰で空気がいいところで少し休ませてあげる方がいい・・・ハイネも、顔色が悪い。あんなものを見れば当然だけどな」
「おい、じーさん、俺につかまれよ。こんな古ぼけた城の奥にいたら気分も悪くなっちまう」
ドヌーブ王国の遺産に対してなんてことを、といいながら、ハイネもサラディンを支えて歩き出した。
「ノーマン、ハイネ、残党に気をつけろ」
「はいっ」
てきぱきとソニアは指示を出している。
なんて、ソニア殿は手際がいいのだろう、と誰もがきっとそう思ったことだろう。
・・・ランスロットを除いては。
城内に敵兵が残っていないかどうか、そして残っていたら投降を呼びかけるようにラウニィー隊に指示を出し、それからオハラ隊には、外でギルバルドが待機しているだろうから連絡をとるようにと命じた。
バルモア城の中に散乱している帝国兵の死体は、バルモア城付近に住んでいる人々とカニャーテの人々の手を借りて処理することに話は通っていた。それはアイーダ隊の手腕だ。
一緒に広間にやってきたラウニィー隊とオハラ隊がいなくなって、ようやくソニアは覚悟を決めてランスロットの方をそっと見る。
ランスロットはアルビレオの死体の側に跪いて、死んでいることを確認していた。
「・・・ランスロット」
「わたしは何をしよう?」
ソニアは困ったようにうつむきがちに何度かまばたきをした。
多分ランスロットはわかっているのだ。
まるでみなを追い出すように指示を出したのは、ランスロットに怒られてしまうためだ、と。
あれから起き上がって冑をとったランスロットの表情が険しいままだということをソニアは気付いていて、特に彼が何も言わないけれども色々と思うことがあるのだ、と敏感に察知していたのだ。
「・・・なんでそこまで目くじらたてるんだ、ランスロット・・・仕方がなかったじゃないか。あの状態でもう一度アッシドクラウドを・・・」
そこまで言ってソニアは黙る。
騎士としてのプライドを傷つけてしまうのだろうか。
そんな懸念でソニアの眉根は寄った。
「もう一度アッシドクラウドを・・・?」
「くらったら、ランスロットもノーマンも・・・」
かなり危なかった。
それは、事実だ。
アルビレオの力の加護をうけたストーンゴーレムの打撃は予想外の威力だったし、ブラックドラゴンの打撃をノーマンは背中から受身も何もない状態でくらってしまっていた。正直なところ、魔法への耐性が低いノーマンの方がよりいっそうダメージは大きかったはずだ。
「危なかった。ソニア殿、それを助けてくれたのはそなただ。それへは礼をいうべきだと思う。そなたを守るべき私が、そなたに守られるなんて、不思議なものだ」
「ランスロット」
「いつもならば、それでよかった。ありがとう、と。けれど、今は」
ランスロットは険しい表情でソニアを見つめ、いつもより幾分硬い声を搾り出す。
「動くようになった、といえ・・・そなたの右腕はまだ大事にしなければいけないだろう・・・治らなかったら、どうなると思っているんだ・・・」
ええい、情けない、とランスロットは心の中で自分を叱咤した。
彼が今ソニアに対して感じている苛立ちは、まったくもって「腕が動かないままだったらどうなると思う」ということだけではない。多分、自分に対しての憤りの一部を、ソニアに向けてしまっているのだ。ランスロットはそれを痛いほど感じていた。彼とて、もうわからない年齢ではない。
自分一人ではなく確かにノーマンのことだって含まれている。けれどノーマンは、「もしかしたら一生ソニアの右腕は動かなくなる」かもしれないなんてことを知らない。知っているのは自分だけだ。
その自分が。
最も彼女に対して気をつけていなければいけなかった自分のせいで、大事な時期に彼女の右腕を酷使させてしまった。そのことについての自責の念が強すぎて、うまく言葉にならない。
すると、ソニアは逆に
「ランスロットはどう思っているんだ」
「何をだ」
「あたしの、右腕が動かなくなったら・・・どうなると思っているんだ」
なんてことを問い掛けてきた。
そのソニアの表情を見て、ランスロットは言葉を失った。
「・・・ソニア殿・・・」
何かの決意に満ちたようなその瞳はランスロットをまっすぐ射抜く。
ストーンゴーレムとブラックドラゴン、そしてアルビレオの死体が転がる広間で二人は視線を合わせて、そしてお互いにそらそうとしなかった。
「どうした、ランスロット。どうなると思っているのか、と言ったのはランスロットじゃないか。ランスロットはどう思っているんだ?考えているからこそ聞ける問いじゃないか、それは」
言葉にしたくない、とランスロットは思って、深い溜息をついた。
それではまるで売り言葉に買い言葉ではないか。
彼は、ソニアが今、きちんと養生をしなければ彼女の右腕がこの先動かないままになるかもしれないと知っているのは自分とスルストだけだと思っていたから、今更ながら自分の阿呆さ加減にうんざりした表情を垣間見せた。
藪をつついて蛇を出してしまったことを後悔したって、もう遅い。
「答えてくれ、ランスロット」
「・・・そんなことを私に言わせたいのか」
「同じだろう?ランスロットだってあたしから言わせようとしたじゃないか」
「あれは言葉のあやだ。考えてみろ、と示唆しただけだ・・・すまない・・・。可能性の話で、そなたの心を煩わせてしまった。忘れてくれ」
それで簡単に「わかった」というわけがないことも知っていたけれど、うまい言葉がみつからない。
こういうときの自分の不器用さは何度も何度も妻に笑って指摘されたものだ、と救いにもならないことが頭を掠める。
と、まったく予想だにしない言葉がソニアから返された。
「ランスロットは、知っているんだな?」
そう言うとソニアはそっと右腕を、自由がきく左手でさすった。少し動くようになった、とはいえ、力をいれるのが恐くて、まだぶらりとぶらさげているだけの、ほんのさっきやっと役に立っただけの右腕を。
「誰に聞いた。フェンリル様か?」
「何を、だ」
彼女が言うことを正確に把握できず、正直にランスロットは聞き返した。
「あたしの腕が、動かなくなるかもしれない、ってことを」
「・・・知っていたのか・・・そなたは」
「ああ。ランスロットも聞いたんだな。あたしだけに教えてくれたはずだったんだが」
「いや・・・私は、スルスト殿から・・・」
「そうか」
うつむきがちにそう呟いてソニアはほんのわずかに苦笑を漏らす。
知っていたのか、ソニアは。
そうであれば尚のこと、ランスロットは「なんてことだ」と眉間に皺を寄せたままで強い口調になる。
「わかっていながら、そなたは先ほどソニックブームを放ったのか」
「そうだ」
「・・・それが元で右腕がもし」
「・・・だから、そうなったらどうなるとランスロットは思っているのか、と聞いているじゃないか!」
癇癪を起こしたようにソニアはそう叫んだ。
もともと彼女がこういった問答を得意とする人間ではないと重々ランスロットもわかっている。それでも、彼は自分が蒔いた種だとしても、言葉にしたくない、と頑なに
「言葉の、あやだ。いい、忘れてくれ。そして、頼むから、安静にしてくれ・・・」
「・・・反乱軍リーダーを失うことになる、なんて口に出したくないのか」
「ソニア!」
「もしそうなったら、その先どうするか・・・どう考えているんだ、ランスロットは」
「そんな不吉なことは考えたくはない」
「それは現実的じゃあ、ない。生きているといわれているトリスタン皇子を探し出してまつりあげればいいだろう」
「・・・それは、わかっている」
「たいしたことじゃ、ない。あたしの右腕が動かなくなったって」
「ソニア殿、なんてことを言うんだ」
「ランスロットやノーマンを失ってまでもあたしが自分の手で成し遂げたいわけじゃあ、ない。どんな方法だろうが帝国を打ち崩すことが出来ればあたしはいいんだ。そのために一番てっとり早いのが、あたしが反乱軍のリーダーになる、ということだったからそうなっただけで、誰がやったってあたしは」
ぶんぶん、とソニアは首を振った。違う、いいたいことはそんなことじゃない。
「どうなると思っているんだ、ランスロットは。考えたくない、と目をそらすな!あたしだって自分からわざわざ自分の首をしめるようなことをしたくてしているわけじゃあない!」
「ソニア!」
ソニアはそう叫ぶと広間から飛び出ていった。
違う、そういうことを言いたかったわけではない。
ランスロットも同じことを思いながら、彼女の後を追うように走り出した。



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モドル

いてててて。(笑)
巡り合い、そしてまたお別れラヴァーズ。
ひさしぶりの戦闘シーンだったんですが、あたくしが好きなのは剣とか槍、ないしは格闘技とかの描写なんで(汗)魔法系はちとつまらなくて苦労いたしました。
早くソニアの腕がよくなって、ばりばりに剣をふるって欲しいものです。