愛しい距離-1-

バルモア遺跡から消えたアルビレオの死体は結局みつかることがなかった。
「死体が消えた」という報告をスチーブから受けたときから、それがみつからないであろうということはソニアにはわかっていたことだ。
最後の詰めをぬかった、という苦々しい思いはあれどバルモア遺跡はこれで晴れてドヌーブの民の手に戻ったわけだし、サラディンの石化を解いて仲間にしたことは大層な収穫だ。ソニアはそれだけでも満足しなければいけないと自分に言い聞かせた。
それから。
そうだ。オハラが。
プリンセスという不思議な力を持つようになった彼女の話を聞いてやらなければ。
バルモア遺跡から戻ってきたのはなんだかんだで夜近くだった。そのままソニアを始めとして、共に戻ってきた兵士達(ほとんどが新兵だったのだが)は疲労のために半日をふいにして睡眠をとってしまった。翌日起き上がるとランスロットやサラディン達がバルモア遺跡からこちらに戻ってきている、という報告をうけた。そしてウォーレンから最小限の報告を受けた後でまた眠りだす、という彼女にしては珍しいことをしてしまった。どう考えてもそれは、右腕を庇っての行軍に対する疲労だ。
さすがに二日目は起きたけれど、リズムが狂ったせいで朝の鍛練には間に合わない。
そんなソニアのところにウォーレンは「さあ、今日こそ仕事ですぞ」とやってきてくれた。これは彼女にとっては感謝しなければいけないことだった。
忙しいということはいいことだ。
周囲はなかなかソニアを休ませてくれないし、それでいいとソニアは思う。
未だに右腕は少しばかりしか動かないけれど、回復に向かっていることは事実だ。
そうであれば戦以外のことを他の人間に任せておくわけにもいかない。
何よりも。
心の中でひっかかっているランスロットへの気持ちや、バルモア遺跡で嫌というほど彼女を襲った「人ではない力を持つ特別なもの」に対する葛藤に対して無理矢理蓋を閉めることが出来る。それが今の彼女にはありがたい。
「マラノか」
廃墟になった村に反乱軍が息を吹き込んで今は本拠地としているわけだが、そろそろ進軍を始める必要がある。
その指針となる情報をウォーレンはソニアにもたらしてくれた。
「アプローズ男爵の婚礼が行われると」
ウォーレンはソニアの部屋を訪れて、軍議にかける前におおむねのことを報告してくれた。
アプローズ男爵は旧ゼノビアの貴族で、先の大戦時にゼノビアを卑劣な方法で裏切って帝国の犬に成り下がった悪名高い人物だ。カストロ峡谷でラウニィーを追いかけていた帝国兵の大半は、アプローズに雇われて派遣された部隊だったと思われる。
「ラウニィーがここにいるのに?」
「別の花嫁でも見つけたのか、替え玉なのかはまだ情報不足ですが」
「とりあえずお貴族様は体裁を整えたいってえことだな」
そう言うのはたまたまソニアの部屋に居合わせたカノープスだ。
おんぼろで雨漏りがするようなぼろぼろな家屋だけれど、とりあえずソニアには部屋があてがわれていた。
今日はやることがたくさんある。
サラディンからもっとラシュディのことを聞かなければいけないし、自分達の報告は留守を守るウォーレン達にしたけれど逆の報告は最重要事項以外は受けていないし。留守を守っていた兵士達にもう少し顔を見せたいとも思う。それからオハラだ。
そんな風に、一日にしなければいけないことを考えていたソニアのもとに、カノープスが呑気に果物を持ってきて目の前で皮を剥いて食べさせてくれた。朝飯とは別で。どうも朝早くの散歩(といっても彼の場合は空を飛ぶので歩くわけではない)の収穫らしく、それをソニアに自慢したくてにまにまとやってきたのだろう。
とはいえ、カノープスの来訪はソニアにはとてもありがたいことだった。
一応前日に目が覚めたとき、バルモア遺跡からみな撤退を始めたという報告は受けていた。が、ソニアは彼らを迎えるために起きていることは出来なかったから、戻ってきたかどうかも定かではなかった。そこにカノープスがやって来てくれて「無事に戻ってみんな元気だぜ」と教えてくれたというわけだ。果物が口実なのかどうかはわからないが、これは感謝しなければならないだろう。
そしてそのままなんとなく居座っていたところにウォーレンがやってきた、という具合だ。
「もう少し情報を集めてもらえるか?」
「今そのように手配しております」
「おいおい、そのバカ貴族の情報集める必要なんてあるのかよ」
床の上にどっかりと座っているカノープスは呆れたように笑った。それへおんぼろ椅子にちんまりと腰掛けているウォーレンは生真面目な表情を浮かべて言葉を返す。
「・・・トリスタン皇子がアプローズを狙っている、という情報が先日入ったのじゃよ」
ああ、カノープスには伝えていなかったな、とソニアは思い出したように
「まだ秘密だぞ?ラウニィー殿ともう少し早く合流できていれば、いっそのことラウニィー殿をもう一度アプローズのところに送り返して諜報役を果たしてもらえたと悔やんでいるんだが・・・さすがにあの段階ではラウニィー殿をどこまで信用出来るのかどうかわからなかったし、皇子の情報もあてにならなかったからな。仲間にするところで留まった」
「あの段階って」
「カストロ峡谷からラウニィー殿を連れてきてもらった日だ。トリスタン皇子がアプローズを狙っているという情報が入ったのは・・・でも、それはあまり信用していなかった。信用したところで皇子が本当に実行するのか、実行可能な場所にいるのか、何ひとつそれに付随した話ははいってこなかったから。バルモア遺跡にいる間、少しでも皇子の居場所がわかるように、と祈っていた・・・どうも神様はあたし達に時々味方になってくれるようだ」
そういってソニアは肩をすくめる。
「皇子と思しき人物がマラノ近くに潜伏しているという情報が、昨晩遅くに入った。100パーセントではないが、まあ、6割程度は当たりだろう」
「そこへきて結婚の儀の日取りが決まったという。これを逃すわけがない」
とはウォーレンの弁だ。
アプローズの婚礼の日取りは6日後。
明日から彼らが移動を始めてもマラノの都に間に合う日程だ。
ここからマラノまではおよそ2日の行軍でいける。なかなかいい場所に陣取っていたことを彼らは感謝しなければならないだろう。
「それに、6日あれば、あたしの腕も動けるようになるだろう」
天界から戻ってすぐに移動を始めてここに陣取り、カストロ峡谷とバルモア遺跡の二箇所を制圧した。ふと指折りで数えてもあと7日ほどで約束の20日だ。
「シャングリラの移動速度は」
「・・・もうすぐこの場を通過して、ゼノビアに向かうことでしょう」
「そちらも気がかりだ。ゼノビア城にいる人間達はいざとなればどうとでも避難させられる。ウォーレンが指示を出しているんだろう?」
詳しくはソニアも知らなかったけれど、来るべき日のためにウォーレンとランスロットはゼノビア付近を整備している様子だった。この戦にトリスタンを伴って勝てば政権はゼノビア王朝に戻り、そしてやはりゼノビアで新王朝が誕生するだろう。地の利を考えてもそれは明らかなことだった。そのために彼ら二人はソニアが関与しない場所でことを運んでいる。
ソニアはそれに口出しをする気は最初からなかった。
それでも、どうもそういうことをしているらしい、と聞いたときは少なからずショックをうけたし、知らせてもらう方がいいのだろうか、と彼女なりに悩んだこともある。
が・・・。
面倒なことは嫌だ。
それがウォーレン達に伝えた最初の理由だったけれど、今となってはその言葉は詭弁と思える。
この戦で培われた彼女の勘が伝えていた。
自分は政とは無縁の立場でいることが望ましい。
聞くな。聞く気もないと伝えろ。彼らと自分が目指すものが違うということを見失うな。
「うむ」
「問題はスラムの人間だ。シャングリラの大きさは正確にはわからないからなんともいえないけど・・・ね」
「確かに」
さらりとした会話。
ソニアはウォーレンがゼノビアと連絡を密にとっていることに対して特にそれ以上言及せずに話を流した。
「バルモア遺跡にいったメンバーも昼には疲れが取れていることだろう。午後一番で軍議を開こう・・・正直、食後にすぐってのは好きじゃあないんだけど」
「消化に悪いですな」
「何言ってるんだ」
ソニアはあはは、と笑った。
「眠くなるからだよ。そんなことも知らないのか」
「知っていても言いたくないことですからの」
「偏屈だなあ、ウォーレンは」
「偏屈ではないですぞ。これは心構えというもの」
「じゃ、心構えで消化もなんとかしろよ」
とカノープスが言うとウォーレンは大げさにごほごほと咳き込んで見せて
「寄る年波に勝てぬことがあるのじゃよ」
なんてことを言う。ソニアはもうひとしきり声をあげて笑うと
「ま、消化してるから眠くなるんだろうけどね。通達頼んだぞ。あたしはちょっとオハラと話があるから」
ブリュンヒルドをもってベッドから立ち上がった。

オハラ隊が戻ってきたのは昨晩だった。
それでもソニアの疲労とは違い、彼らは普通に眠って普通に回復して今日は朝から動き出している。
「おはようございます」
「おはようございます、ソニア殿」
「ソニア様、おはようございます」
「みんな、おはよー」
いつもと同じ朝。
いつもと同じように皆に挨拶をしながらソニアは外を歩く。この廃村は思いのほか長い期間彼らの本拠地になってくれた。妙に慣れ親しんだ空気を感じるのは、「村」程度の大きさの廃墟であることと、彼らの旅の割には長期滞在をしてしまったことの二点だとソニアは思う。
「おはよう。オハラは起きているか」
近くにある、女性兵士が寝泊りしているひとつの家屋にソニアは顔を出した。
入口近くにいたアイーシャに声をかける。
「オハラはまだ眠っているようですわ。昨日戻ってきたみなさんはみな元気なご様子ですけれど・・・オハラはきっとなれないことで疲れてしまったのでしょうね。彼女が鍛練の時間に起きないなんて珍しいですもの」
「そっか・・・そうだな。疲れているに違いない」
「それと、フェンリル様も眠りの周期に入る、とおっしゃっていましたよ」
「ああ、それは聞いていた。バルモアではほとんど不眠で活動してくださったからなあ・・・。まったく、たいしたものだ、天空の三騎士は。スルスト様もいまごろ深く眠っているだろうな」
「眠る前に、わたしにお声をかけていかれました」
くすくすっとアイーシャは笑い
「起きたらデートシマショー、ですって。本当にあの方は」
「あはは、スルスト様らしい・・・」
起きたら、眠りの周期をお二人にはずらしてもらわないとな、とソニアは心の中で呟いた。
「後でウォーレンから通達が来ると思うけど、午後一番で軍議を行うよ」
「わかりました」

本当はすることはたくさんある。
オハラが眠っているから、といってそこでソニアの予定がぽっかりあくことはない。
けれどなんだかソニアは気が乗らなくて・・・眠りすぎたせいかもしれないが・・・さてどうしよう、と困ってしまった。
「ソニア殿」
うろうろとしていたソニアに声をかけてきた人物がいた。
それはサムライマスターのゾックだった。
「あっ、ゾックおはよう」
「おはようございます」
「体、よく休んだか」
「はい。おかげさまで・・・。どうやら、オハラの能力による干渉は戦の時だけのようです」
すばりと朝からそんなことを言う彼は、普段無口だけれど大層な切れ者だ。
ソニアはびくっと反応をして表情を引き締めた。
「・・・そうか・・・ああ、すまない。オハラのことばかり心配していてちょっと気持ちが飛んでいた・・・。体、どこかおかしいところはないのか。大丈夫か」
「ええ、まったく普段と変わらないようです・・・過剰な運動による痛みなどもありませんし」
プリンセスの影響をうけて、通常の何倍かの能力を引き出されてしまった彼は、言い方は悪いけれども実験体だ。
ゾックは極めて優等生で、実験体である自分の立場をよく理解して、そして自らこうやって報告してくれる。
「そうか。それならばいいのだけれど。一番恐いのはそうだと気付かないで何かしらの影響を受けることだが・・・」
「そうですね、正直なところ可能性はないとはいえないでしょう・・・。あまりにも強い力ですから」
「何か異変があったら、すぐに教えてくれ。もちろん、ないことを祈っているけれど」
「はい、わかりました・・・ソニア殿は、お加減いかがですか」
「え?うん、よく寝たから・・・」
「バルモア遺跡で体調を崩されていたではないですか」
ソニアはそう言われてかあっと赤くなった。
そうだ。
自分はバルモア遺跡で熱っぽくなり、挙句にランスロットと諍いを起こして「具合が悪い」といってゾックにテントまで送ってもらったのだ。今の今まですっかりとそのことを忘れていた自分をソニアは恥じた。
そしてそれと共に思い出されるのはランスロットのことだ。
「ああ、あの時はすまなかった。もう、大丈夫だ」
「ならばよいのですが・・・」
「ありがとう、ゾック。心配をかけた。もう、大丈夫だ」
もう一度ソニアは繰り返した。
そうだ、やらなければいけないことがもう1つあった、とゾックと会話をして思い出す。
・・・ランスロットに、オルゴールを返さなければ。
ゾックにもう一度だけ挨拶をして、ソニアは自分が寝泊りしている部屋へと戻ろうと歩き出した。
その背中にゾックがいつまでも視線を残していることなど、彼女は気付くこともなく。

部屋に戻ってソニアはオルゴールを手にとった。動くようになった右手で、初めてその箱に触れる。
きちんと手入れをしてあるその箱は、どれだけ持ち主が大切に扱っているのかがわかる。そうソニアは思っていた。
ランスロットはとても物を大切にする。それがソニアは大好きだった。
彼が寝泊りする部屋で眠った日。
彼女を囲む何もかもが彼の手が触れたものだと思えて、とても嬉しくて恥ずかしく感じたものだ。
自分の涙にも血でも濡れたことがある彼のマント。自分が渡したカラドボルグ。いつも持ち歩いている皮袋や何度か新調されてはすぐに傷を作り、それでも彼の手では丁寧に扱われる甲冑。少しだけ襟元が擦られていて繊維がほつれて見えているアンダーシャツ。
たくさんの彼の物を自分は知っていると思っていた。
そのどれとも、このオルゴールは同じように丁寧に扱われていて。
そして、そのどれとも、まったく違うものだった。
「そりゃあなあ・・・」
奥さんからもらった品に決まっている。
あるいは。
もしもランスロットの妻がこの世にいなければ形見の品なのだろう。
ソニアはとても素直な心持ちの人間であったから、出来ればそんな悲しいことが彼の身の上に起きていませんように、と思えた。
どこかに彼の妻は生きていて。
そして彼がゼノビアを取り戻す日を待っているのではないか。
それでいい。
その方が、彼にとっては幸せだ。
これが形見の品などでないように、とソニアは願った。
多分事の真意をソニアは自分から確認は出来ないだろうし、そもそも恐くてそんなことはしたくない。
これは奥さんから貰ったものなのか?
その一言だって言えないに決まっている。
オハラがプリンセスになったあの日。
ランスロットが本当にさりげなく「妻が剣をもったならば」とソニアに残酷な言葉を投げつけたあの夜。
もう、この音は聞けない。そうソニアは思った。
自分の幼い恋愛を、彼女は始まる前に終わっていた恋だと思い込もうとしていたし、そうするしか楽になる方法は今の彼女にはない。
一度だけ、胸元にそっとオルゴールを押し付けて瞳を閉じた。
ああ、自分はランスロットを好きだったのだ。
それも、もう、終わらなければ。
勘違いしている自分に真実をきちんとみせて、こんないじいじと彼のことを考えることを止めなければ。
「あたしらしくない」
唇を尖らせてソニアは呟いた。
がらんとした質素な部屋の真中でソニアは立ってオルゴールを軽く抱きしめていた。
バルモア遺跡でランスロットと何度も諍いを起こした。それでもガストンと三人で石像めぐりをしたのは楽しかった。
自分がランスロットを恋愛対象として好きだから、二人の間に諍いが起こる。
完全に反乱軍リーダーと、それを仰ぐ騎士だと思えば、ソニアの癇癪は半分に減っていたに違いないし、同じ諍いを起こしたとしても彼女は泣くほどのことではないに決まっている。
ただの反乱軍リーダーと騎士だとしても、石像めぐりはきっと楽しかったに違いない。
そう思えば。
おのずと自分が彼にとらなければいけない態度、自分が押し殺さなければいけない感情が何なのかはわかってくる。
難しい答えではない。
「大体、夜寝る前にこれを見てるから女々しくなるんだ。うん、もう、返そう」
ソニアは大事に布でオルゴールをくるんだ。
あまりこれをそのまま持ち歩くことには感心しない。
うまく動かない右手と、かなり器用になってしまった左手を使って、丁寧に丁寧にと包む。
まるで、自分の気持ちを封印するかのように。

「ランスロット起きてるかー?」
「ソニア殿、ランスロット殿なら、裏手の広場にいってますよ」
「ええ?そんなところに?」
「午前中に新兵訓練をアッシュ殿が行っていて、それを見学するのだと」
ソニアが男性用の家屋前で叫んでいるとパラディンのビクターが出てきて教えてくれた。
「そっか。まったく働き者だなあ」
「そうですね。午後から軍議と聞きました。それまでバルモア遺跡での疲れをとればいいのに、あの方はそういうことが苦手なのでしょうね・・・」
「まったくだ!ビクター、ランスロットに休みのとり方を教えてやってくれ」
「それじゃあまるで自分が休んでばかりみたいじゃないですか!」
古株のパラディンはそう言うとあはは、と笑った。ソニアもつられて笑う。
最近あまり話をしていなかったけれど、シャロームからのお付き合いである彼とは、いつだって会えない時間が関係ないように普通に話せる。それはソニアにとってとても貴重な人材だ。
「裏手だな。ありがとう」
「どういたしまして」

「あれー?ランスロットは?」
「あら、お目覚め?」
とソニアに声をかけるのはラウニィーだ。まったく、昨日バルモアから戻ったばかりというのに、このはねっかえりのお嬢さんは既に反乱軍の新兵指導のためアッシュに同行しているらしい。
が、事実ラウニィーやアッシュのように、実際の軍隊で部隊長の立場として下の者を指導したことがある人間はこの軍では限られていて貴重な存在だ。(その点はスルストやフェンリルもそうなのだが・・・)それを知っていてアッシュはラウニィーに声をかけている節もある。
「うん。ランスロットは?」
「彼なら」
彼、なんて言葉がさらりと出てきて、なんだかソニアはどきっとした。
ソニアは「彼」という言い方をあまりしない。時々「うん、彼なら大丈夫だな」なんて使い方はするけれど、ラウニィーの口から飛び出たそれはなんだかとても女性的で、まるでラウニィーとランスロットが近しい仲なのではないのかと思える響きを伴っている。
「二羽のグリフォンを今回結構疲れさせたから、他の魔獣達のコンデションはどうか確認に行くって。働き者ね」
「そっか・・・。確かに働き者だなあ」
「あなたは働かないわね」
「面目ない」
ソニアはちょっと前に覚えて、それ以来お気に入りのその言葉を返した。するとラウニィーはぷっと吹き出して悪気もなく笑う。
「あははっ!おもしろい人。嘘よ。働き者のくせに」
「ラウニィー殿ほどじゃあないよ」
けろりとそう言うとソニアは、魔獣達を集めている場所へとすぐさま移動を始めた。

「ラーンスローット!どこだー!」
「ここにはいない」
即座に声がした。あっさりとしたその物言いはギルバルドだ。彼も昨日の疲れは感じさせない様子で、最近もう一人ビーストマスターに昇格した兵士と共に、彼の「気が良い奴ら」に食糧を与えているところだった。
「なんで」
「ついさっき、見張り兵の様子を見に行くっていってそっちに歩いていった」
「そうか、ありがとう」
すぐさま言われた方向へと歩いていくソニアを見送りながらギルバルドは
「いつもは逆の立場なのにな」
と呟いて、彼らしくもなくくすくすと笑いを漏らした。

ソニアがやっとランスロットの姿を見つけたのは、小さな丘の上だった。
何故ランスロットがそこに立っていたのかはソニアには想像が出来ない。
朝の日差し、というには高くなった日を浴びながら、ランスロットは軽装で腰に剣を下げただけの恰好でただただ立っていた。
本当に僅かな風を受けて、彼の金髪はかすかに揺れている。色が深い彼の金髪は「美しい」と賞賛されるような類のものではなかったけれど、赤毛であることにコンプレックスを持っているソニアにとってはとてもうらやましいものだ。
短い草がびっしり生えている小さな丘から見下ろした光景は、土があちこち見え隠れしている、あまり豊かではない、とても使い勝手が悪そうな平原だけだ。どうということがない風景だけが広がっている。
ただ、彼はそこに立って、それを見ているだけに思えた。
「ランスロット!みつけたぞー!」
ソニアはぱたぱたと走ってランスロットに声をかけた。
軍としての必要にかられてランスロットを探しに来たのならばソニアが直接来ることはないし、それ以前に集合の合図が響くに決まっている。だから、ソニアが走ってやってきても個人的な用事なのだろうとランスロットはもうわかっている。
「ああ、おはよう」
ランスロットは声を聞いて一瞬だけ驚きの表情を見せた後は、穏やかな笑顔をソニアに向けるばかりだ。
「おはよう。探したぞ」
「ははは・・・すまなかった。でも、これでいつものわたしの気持ちもわかってもらえたかな」
「む、むう・・・それは、新しい嫌がらせかなんかなのか」
「まさか。たまたまだよ」
そういってランスロットは軽く首をかしげた。
それはまるで子供に言い聞かせるような仕草で、けれどもソニアはそれが好きで。
「で、どうした。わたしに用事なのだろう」
「うん・・・これ、返そうと思って探していた」
ソニアは両手でオルゴールを持ってランスロットに差し出した。
包んでいる布の大きさでそれが何なのかはすぐにわかる。
「ああ、貸していたな。もういいのか」
「うん。ありがとう。長く借りてしまった」
ムスペルムから今日まで。
何回の夜をこのオルゴールと共に越えてしまったんだろう、と、ふとソニアはそう思った。
「そなたの役に立ったならば良い」
ランスロットはそれを両手で受け取り、それ以上は何も言わなかった。
「・・・」
ソニアから視線を外して、オルゴールを持ったまま、また彼は辺りの景色に目を動かした。
もしかしたら、自分は来てはいけなかったのかもしれない。
ソニアはそう気付くのに少し時間がかかってしまう。
考えればランスロットがこんな風に、無断で「どこ」とはっきり言えない場所にいること自体が珍しくて、一体どうして?と聞いても良いほどに稀なことだ。
しまった。
自分は彼の時間を邪魔してしまった。
それはとても申し訳なく、そして彼の様子を伺うことになんと疎かだったことだろう。
ソニアは彼に気取られないように自分の迂闊さを恥じて、背を向けた。それでも伝えなければいけないことを忘れなかった自分は結構偉いかもしれないぞ、と彼女は思う。
「・・・午後から軍議を行う。それまでには戻ってくれ」
「もう戻るのか」
「え」
思いも寄らない言葉にソニアは目を丸くして慌てて振り返った。
「なんで?」
「いや」
「・・・これを返すだけだったから・・・」
「そうか」
「・・・なんでそんなことを聞くんだ」
言葉を濁すランスロットに対して、ソニアは追求をする。
ああ、これはいつものパターンだ、と思いながらも、ランスロットからもしかして、想像もつかない優しい言葉が出てくるんじゃないかなんて期待している自分にソニアは気付く。
そんなものは、なんの根拠もない。
それでも期待するのは、彼が穏やかに自分に微笑んでくれたからだ。
(そーいえば、あたしは、ランスロットの笑顔に弱いんだな)
しかめっ面が多かった彼に笑顔を強要したのは自分からだ。
笑った顔がいい、と直接言葉にしたのは自分だ。
それにしたって、弱すぎる、と今は自嘲気味に思うこともあるのだが・・・・。
「そなたのことを考えていたら、そなたがやってきたから」
少しだけ口元をほころばせてランスロットは言った。
「ええっ!?あたしのこと!?」
「ああ。すごく嬉しくなってしまった」
「・・・ランスロット」
どくん。
心臓の音が大きくなったように感じる。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。鳴るな、そんなに。そんな恥ずかしい音を、この人にも、自分にも、悟らせないでくれ。
ソニアはぎゅ、と左手で拳を作った。
「あたしのことを考えていたって、何をだ?」
言った瞬間。
ダメだ。これは、後悔するタイプの質問だ、と頭の中のもう一人の自分が叫んだ。
けれど、それはもう遅くて。
「・・・そなたの右腕が動かなくなったら、という問いについて、考えていたのだ」
どくん。
心臓の音が。
ただそれだけが自分の体を、心を、支配しているような感覚に襲われて、ソニアは目を見開いた。


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モドル

多分ゾックはもう、ランスロットのことをソニアが好きで、更に言えばもしかしてその恋に破れているのかもしれない、と知っているのではないかと。いや、わかんないけど(笑)
中学生のときあたくしは、そこまで見える片思いをしたことがあるんで(涙)そーゆーのもアリかなあ、なんて。
決して近くにはいないのだけれど、だからわかることもあったりするし。
あんまりにも脈絡なしで破れた恋なので、逆にカノープスとかオーロラとかは気付かなさそうですもん。

まあそれはおいといて。
今回ついに、色々。その。(涙)2ページ続けてアップするのがちょっとためらわれて(汗)バラしました。
どうしようーー!!!この二人が分岐点に立ってるよ!!(笑)