愛しい距離-2-

ランスロットはその場にそっと座った。オルゴールを決して手から離すことなく、ゆっくりと。
「座らないか」
「・・・」
座ることが恐いとソニアには思えた。
ランスロットの隣で、彼の回答を、とても彼の声がよく聞こえる位置に自分の耳をもっていくなんて。
「短い話になればいいが。わたしはあまり、自分の気持ちを口に出すのが上手くない」
だから、長くなるかもしれない、という意味だ。
それでもソニアは座る勇気が出なかった。
座れば、ランスロットにこの心臓の音が聞こえてしまいそうな気がした。
見上げるランスロットに対して、ソニアは乱暴に首を横にふった。座らない、という意思表示だ。そうか、と呟いて、ランスロットはそのまま一度息を吸って、吐いて。そして言葉を紡ぐためにもう一度吸って。
「・・・わたしはそなたに対して、酷なことを思っている」
「酷なこと」
なんという出だしだろう。
ソニアはぐらり、と恐怖のために世界が揺らぐ、ということを体感したような気がした。
ランスロットはとても穏やかに静かにソニアに話し始めた。
「そなたの右腕が動かなくなったら。トリスタン皇子を探して、皇子を中心として反乱軍を結成しなおして、進軍を続ける。それが最上の方法だ。・・・そなたには、このまま残ってもらいながら」
「ブリュンヒルドと、天空の三騎士が必要だからな」
その言葉に対してランスロットは否定をしなかった。
「それと、ティンクルスター。選ばれた者だけが手にすることが出来るその証。例え右腕が動かなくともそなたがそれを授かったものなのだから。人は勘違いをしている。勇者と呼ばれる人間が常に戦うなどと誰が決めたのだろうな。例えそなたが戦えなくなっても、そなたが反乱軍決起の発端となり、ここまで我らを率いてくれたことに変わりはない。それは勇者と言われるに値する」
「ありがとう」
別段ランスロットの言葉に本当に礼をいったわけではない。勇者、なんて言葉はもともとソニアは好きではなかったし、選ばれた者という言葉もカンに触る。いつもならばそれだけで「そんなものになりたいわけじゃない」と言ってしまうところだけれど、自分がそうであること、そのことがランスロットと自分を繋げる細い糸なのだということを既にソニアは知っている。だから、今は否定しない。彼からの言葉を素直に受け入れたいと思える。
「だから、例えそなたの右腕が動かなくとも、わたしは、そなたと共にこの先も進軍を続けたいと思う。わたしが少しでもそなたの役に立てるならば、手を差し伸べたいと思うし、そなたに手を貸して欲しいとも思う。」
「・・・っ・・・」
ソニアは小さく口を開いたまま固まってしまった。ランスロットに返すための言葉が見つからない。
わたしが少しでもそなたの役に立てるならば・・・少しどころじゃない!そう叫びたくなる。
手を差し伸べたいと思う・・・差し伸べてくれ。今までのように、これからも。ソニアは自分の中から溢れてくる気持ちをはっきりと理解していた。
そなたに手を貸して欲しいとも思う・・・出来ることなら。いつもいつも自分はランスロットに迷惑をかけてしまう。こんな自分に彼に貸す手があるのならば。
今ここで口にしてしまいたい数々の気持ちがソニアの喉にひっかかる。
彼から今与えてもらった全ての言葉がほんの僅かな間に彼女の頭にぐるぐると回る。
それらはとてもソニアが欲しかったはずのもので、泣けてきそうなくらい嬉しいはずの言葉達だった。・・・そのはずだ。
なのに、それをそうと思えないのは、彼の前置きを忘れることが出来ないせいなのだろう。
ランスロットはやがてそっと目を伏せながら、呟くように言った。
「ただ、これはわたしがそう思うだけのことだ」
ああ。
その一言はとてもとても大切な言葉だとソニアは思う。
「騎士として、ではないということなのか。それとも」
たくさんの意味に受け止められる言葉だ。けれど真実はきっとひとつだけなのだろう。ソニアはほんのわずかに自分の声が震えていることに気付いた。ランスロットはそれに気付いたのか、ソニアをじっと見つめて
「そなたは、どう受け止めた?」
と、いつもの彼らしくもない言葉を返した。
・・・この先の言葉は、聞きたくない。ソニアは心からそう思った。
「・・・ランスロット・・・」
「現実と理想は違う」
ソニアの回答を待たずにランスロットはそう告げた。
現実と理想。
その二つの単語の響きは、さきほどのランスロットの言葉に対してソニアが頭に浮かべていたいくつかの選択肢を更に絞り込ませた。いいや、違う。絞り込み、なんていう情けがあるものではない。
とても嬉しいけれどとても残酷な話を彼はこれからするのだろう。ソニアは自分の声がうまくでないことを感じながら精一杯の勇気と力で声帯を震わせた。
「わかっている・・・もう、いい・・・」
「わたしはゼノビアの騎士だから」
「それ以上は、いい。知っている。自分を苦しめるようなことは、言わなくていい」
ウォーレンとランスロットがゼノビア城に、既に復興のための人員を送っていることを知ったときから。
何度も何度も自分に言い聞かせなければいけなかったことだったから、ソニアには十分すぎるほどわかっていた。

あたし達は、道を違える。

あたしの右腕が治るか治らないかなんてことはたいしたことじゃない。
違える日が早くなるか遅くなるか、それだけの差だ。
「もしもトリスタン皇子が」
「わかってるっていっただろう?ランスロット、いいよ。それとも、言葉にしないと、気が済まないのか」
ランスロットはソニアをじっと見上げた。それから彼はゆっくりと立ち上がる。
それはとても彼らしい行為だ。ソニアが立っていて自分が座っている。見下ろされることや見上げることに対して失礼があるとかないとか彼は言わないけれど、彼は少しでも目線を合わせたいと思ったのだろう。
ソニアとランスロットは身長差がある。それでも僅かにおいたお互いの距離は、視線を合わせるのに困らないくらいの空間を与えてくれていた。
真っ向からソニアの瞳を見据えて、ランスロットははっきりと言葉にした。
「そなたを、反乱軍から切り離すといえば、わたしはそれに従うだろう」
「そうだろうな」
ソニアは、ふー、と息を深く吐いて、瞳を閉じる。折角彼が目線を合わせてくれても、自分にはそれに答えるほどの度量はない。
自分がランスロットを好きだと意識していなければよかったのだろう。
そうしたら「ああ、わかっている」なんて言って話は終わりだ。いや、そもそもあんな問いかけを彼にしなかったに違いない。今更ながらに彼に投げつけた質問がどれほど自分にとっても彼にとっても酷なものだったのかをソニアは実感していた。
ああ、本当に、ランスロットに申し訳ないことをした。
その思いでソニアの心はいっぱいになり、自分の右腕のこと、これから先くるであろう、道を違える時のこと、そんな「今」ではないことなぞはもはやどうでもよくなってしまった。
「また、そなたが例え、このまま反乱軍にいることが耐えられない、と出て行ったとしても」
ランスロットの言葉はまだ続いていた。進軍に対すること以外でこんなに強引に言葉を続ける彼は初めてではないだろうか?
「皇子やみながそなたを必要としていれば、どれだけそなたが泣き叫んでも、連れ戻すことだろう」
「そんなことは、させない」
ソニアは目を開けて、即座に答えた。ランスロットと視線が絡み合う。恥かしい。恥かしいけれど、それはそらせない。
「ソニア殿」
「そんなことは、させない。だからそれは安心していい、ランスロット」
あれだけ何度も「反乱軍リーダーをやめたら」とか「他の誰かをリーダーにすればいい」と重ね重ね言っては彼を困らせたというのに、どうしてこんなときに自分の口からそんな言葉が飛び出てきたのだろう。普段ならば「何いってるんだ、あたしは」と驚いたところだろうが、ソニアは何故かとても自然に、当たり前のようにそう言った。いつもの口調よりもほんの少し激しく、はっきり、強く。ランスロットは一度だけ瞬きをしてソニアを見て、穏やかに答えた。
「そうか。ありがとう」
「いや・・・」
そこは礼を言われるところではないだろう、とソニアは苦笑を見せる。
胸が痛む。
あたしは。
ソニアは前髪をかきあげて、さきほどまでランスロットが見ていたのだろうだだっ広い平原に目を向けた。
あたしは、なんという自分勝手な生き物だったのだろうか。
自分に都合がいい答えを貰いたい、それが例えほんの1パーセントの確率でも。
そんな馬鹿なことをどこかで思って、この人に辛いことを言葉に出させてしまった。
バルモア遺跡で彼に叩きつけた言葉。
わかっていたのに。信じていたし、彼はその信頼に応えようと彼なりにいつも精一杯で。
彼は言いたくない言葉がたくさんあったのだ。
騎士であるがゆえに、いつか選ばなければいけない選択肢などとっくに見えていて。
その選択肢と、あたしに応えようとしてくれる気持ちは、いつか離れ離れになっていくものだし、彼が気付いていないはずがない。
だって、彼はあたしよりずうっと年上で。
そのとき、ソニアを探す声が遠くでした。
「まいったな。話の途中なのに」
なんとか体裁をとりつくろうためにソニアはそう呟いた。
「・・・ああ・・・途中といえば、途中か」
ランスロットはそう言う。その言葉がまたソニアの気持ちを大きく揺るがすけれど、多分そんなことをランスロットは知らないのだろう。これで終わりにしてもいい話なのか?そう追求することも出来ずにソニアは一瞬だけ呼吸を止めた。出そうになった言葉を止めるための行為だということは彼女自身も気付いてはいないだろうけれど。
「オルゴール、ありがとう。あたしは、戻らないといけない」
次に息を吐いた時にはそうやって当たり前のことを言葉にする。それすら、ランスロットに何かを期待をしている言葉なのだ、心の中で声がするのをソニアは痛いくらいに感じた。けれど、ランスロットは相変わらずソニアのそんな気持ちに気付くはずもなく
「ああ、私もほどなく戻ろう」
とだけ変わりのない口調で告げた。

ランスロットに背を向けてソニアは歩いていた。
走るな、歩け。冷静に。
何度も何度も自分に言い聞かせながらソニアは一歩一歩無理矢理足を動かした。短い草が彼女の靴の裏でお辞儀をする音がさくさくと聞こえる。
ここにいる、今、いく。
ソニアを探している兵士にそう叫んで所在を知らせなかった自分の様子をランスロットは不思議に思うだろうか?そんなことが一瞬頭を掠めたけれどそれは長くは留まる疑問ではなかった。それどころではないというのが本音だ。
ランスロットにいわれたことを今は忘れなければ。
そうでなければ今日一日をやり過ごすことが出来ないとソニアは歯を食いしばった。
やはり、涙は出なかった。わかっていたことを言葉にされるのは痛くてしようがないけれど、考えたことがないことをいわれるよりはましだ、と自分を慰めてみる。
ぱきん。
足元で乾いた枝が折れる音がした。周りにはそんなに木が立っていないのに、と普段なら思うのだろうが、今のソニアにとってその音は、ふとあることに気付かせる音以外の意味はなかった。
「・・・なんで・・・」
何故、こんな残酷なことを自分に告げるというのに、彼はあんな笑顔をむけたのだろうか。
ランスロットは、あたしのことを考えていたから、あたしが来たら嬉しくなった、と言っていた。
どういうことなのかわからない。彼にとってはあれは笑顔で迎えるような話だったのだろうか。
そう思った瞬間、きりっと胸が痛んだ。
どうして心と体はつながっているのだろう。

「自分を苦しめるようなこと・・・」
残されたランスロットは、話の途中でソニアが彼の話を遮ろうとして口に出した言葉を呟いた。
ランスロットが騎士としてゼノビアを選び、ソニアを「捨てる」かもしれないことを口に出す。
そのことがランスロット自身を苦しめることだと何故ソニアは思っていたのだろう。
それは、ソニアが勝手に思い描いたことだ。
ソニア自身はランスロットを信頼しているし、彼の助けを必要としている。
だから、それを知っている彼がソニアを拒絶する言葉を口にするのは、優しい彼にとっては苦しいことだろう。
ソニアはそう思ってついついそんなことを口に出してしまった。
なんという自己満足な言葉なのだろう。
ランスロットがソニアのことをどうとも思わず、ただこの大陸を帝国から取り戻すための道具だと思っているとしたら。
もしもそうだったらソニアの言葉には何の意味もない。
けれどもありがたいことに、間違いなくそのソニアの言葉はランスロットの心に深く影を落していた。
「優しい子なのだな、あの子は・・・わたしの心配なぞ」
風が吹いた。
あの子は、優しくてとても強い少女だ。
ランスロットはそう思いながらソニアが歩いていった方角を見つめていた。もう既に彼女の姿はなく、何一つ変わらないおもしろみもない風景だけが広がる。
自分が思っていることを言葉にすることをこんなに欲された記憶が彼にはあまりない。
手にもったオルゴールの包みをそっと広げると、彼女に手渡したときとなんら変わりのない姿を現した。
久しぶりに自分の元に戻って来た亡き妻の形見。この何もない丘の上で、久しぶりにそ愛しい音色に耳を傾けようかと思い、ぜんまいに手を触れた。触れて、それだけで離した。
今この音色を聞けば、ソニアのことを思ってしまいそうな気がして。
それは、人としてあってはならないことだ、とランスロットは丁寧に包み直した。
それから、右腕が完治していないあの少女が包んでもってきてくれた状態ほど綺麗に布でくるめないことに気付いて、ランスロットは眉間に皺を寄せた。

今日は天気がいいから外に出よう!なんてソニアが提案して、軍議のために今までにない不思議な場を設けることになった。
野営のときに散々外でやっているだろう、とアッシュに言われたものの、ソニアはそんな言葉は意に介さない様子だ。
部隊長達(スルストとフェンリルを除く)を集め、みな思い思いの場所に適当に座らせてみたらなんだか取り留めがない集団になって、それがかなりソニアとしては笑えてたまらなかった。小さなことで笑えるのはいいことだ、と思う。
一人また一人とやってくる部隊長達の「どこに座ろうかな」と視線を彷徨わせる様子はちょっとおもしろい。
我ながら自制心が強くなったものだとソニアは自画自賛をしながら、軍議のためにやってきたランスロットをちらりと見た。
そして、ランスロットは大人なんだな、とも再認識をする。召集をかけられてやってきたがらんとした場所でソニアを見つけた彼は、いつも通りにそっと頭を下げ、そしていつも通りにウォーレンと彼女の近くに座った。あんな会話をした後とは思えないほどとても自然で、誰も不自然さなど感じないように。ソニアは少しばかりそれに苛ついたけれど、彼が冷静なのに自分が心を乱すことが悔しいとすら思えて、彼女の全ての努力をかけて自然な態度で周囲に接していた。
ありがたいことに軍議はつつがなく行われた。
ラウニィーが必要以上にアプローズ男爵への悪態をついた、ということ以外は。
「では、早ければ明日、遅くても明後日の出発ということで」
明日になればもっと詳しくアプローズ男爵の婚礼について情報が入るだろうし、今後の進軍を思うとまだここを動かない方が良いのだろうという結論に達した。
「シャングリラがなあー」
ふうー、とソニアは溜息をついた。ランスロットがそれへ付け足した。
「それから、シグルド」
この二箇所の天空都市が目下の困りごとだ。
少なくともシグルドに関してはソニアの腕が治ってからが望ましいし、特にフォーゲル側から下界に干渉がある様子もない。ラシュディ側としては、フォーゲルを「抑えて」いるだけに留まっているのだろうとサラディンが助言をしてくれる。
こっちはともかく、移動を続けているシャングリラは・・・。
「頼みの綱はサラディンだったのだけど」
「いける方法なぞ、ありませぬ。そしてその軌道を変えるにはシャングリラに直接いかねばいけないこと」
困ったようにサラディンは言う。下界に多分戻っていると思われるラシュディを倒せばいい、とか下界から何かしらの力で干渉をすることで移動を止める、ということが無理だという事実をサラディンから聞くことで、ソニア達はますますがっくりと肩を落す。
ラシュディがどういった力を用いてシャングリラに行ったのかはわからない。けれど、どういった方法だろうが彼はシャングリラを移動させてゼノビアへ向かわせ、空から落そうという計画を立てている。反乱軍が邪魔をすることくらい考えているだろうから、ソニア達には考えも出来ない方法でラシュディは帝国兵をシャングリラに派遣しているに違いない。
「ただ、高度が下がったときに飛行部隊を派遣するだけ。よって、短期決戦になりましょう。ウォーレン殿の占いと、わたしの知識から予測すると、まだその時間に余裕があります。それまでにグリフォンやコカトリスを操る人材を育てることが最善かと」
「ものすっごいベタな方法だなあ」
とソニアは眉根を寄せる。
「ま、仕方ない。出来ることと出来ないことがあるもんなあ。ギルバルド、あたし達がマラノにいってる間に此処に残って、その手配をしておいてもらえるかな」
「承知」
「ガストンも・・・んー・・・ガストンはー・・・ついてきてもらおっかなあー・・・」
「何を微妙に悩んでおるのですかな」
ウォーレンがそれへ追求するが、ソニアは返事をしない。ランスロットは黙ったままだ。ややあってソニアは一同を見回して言った。
「よっし。出陣する部隊はまた後ほど通達するようにしよう。それについてはあたしとウォーレン、ランスロット、アッシュ、ラウニィー殿で話をしたいと思う」
「えっ、わたしっ!?」
「うん」
素っ頓狂な声をあげるラウニィーにソニアはけろっと答える。
「なんでっ」
「マラノから逃げてきたんだもの。マラノのこと、詳しいだろう?」
「適当に逃げたんだもの。わかるわけないじゃないの」
「またまたそんなことを」
「本当よっ!」
ラウニィーは胸を張って主張をした。そんなことに胸を張られても、とソニアはくすくすと笑う。
「頼んだ。ラウニィー殿」
「・・・んー。わたしで力になれるのであれば」
そう言ってラウニィーは肩をすくめた。そのたぐい稀なる美貌から想像が出来ないほどこのフレイアは明るく勝気で、そして何より茶目っ気がある。帝国の貴族、という偏見を皆から消し去るほどに、そんな彼女の魅力は人々へ強く影響をしていた。それがとてもソニアには好ましく思えて、出会ってそう間もないけれど対等な口利きを楽に出来る。
「なれるよ。ラウニィー殿の力が欲しい」
皮肉なものだ、とソニアは苦笑をした。ラウニィーの言葉は、ランスロットが先ほど口にした言葉ととてもよく似ている。
だからこそ、はっきりと、簡単に答えが用意出来た。ソニアは自分が信じた人間に、自分が信じているということを伝える、といった行為に基本的に躊躇することはない。
(ランスロットにも、そう伝えてきたのだけれど)
それでも先ほどは、言えなかった。話の先にある大きな、嫌な気配を感じてしまったことがソニアの言葉をふさいだ理由だ。
「わかったわ。マラノについて、覚えていることを全部伝えられたらいいとは思うけれど」
「思うだけじゃなくてやってくれ」
「了解しました」
殊勝にそんなことを言ってもっともらしくラウニィーは頭を下げた。それが彼女流のコミュニケーションだと知っているソニアは嬉しそうに笑う。
「では、解散。追ってまた通達をする」

ガストンをどうしよう、というソニアの言葉は、ノーマンをどうしよう、という意味だ。
オハラがプリンセスになった日あたりから、どうもノーマンとオハラは以前よりも親密になっているように思えていた。
バルモア遺跡での出陣で、オハラはプリンセスとしての初陣を飾った。そのときにはヘンドリクセン隊やソニアがサポートとして共に移動をしていたけれど、マラノではそうはいかない。ソニアの右腕が完治すれば、もう同じようにオハラをサポートする暇は与えられないのだ。
以前、プリーストのオーロラに「ビクター(恋人)と共に出陣したいか」と問いかけたことがあった。オーロラはそれへは否と答えた。では自分は、とソニアは考えてみると、ランスロットだけが出陣して自分が待っているなんていうことは我慢がなかなかならない。右腕のことがあったからカストロ峡谷への進軍時は我慢したけれど、そういった正当な理由がなければ苛々して落ち着かないに決まっている。
落ち着く落ち着かないは別として、未だにオハラのメンタル面に対する懸念が払拭されたわけではなかった。それがソニアには気になっていたことだ。傍目から見ればただのひいきではあったけれど、ソニアがその場に残したその重要さを理解をしていた。とはいえ、ソニアにだってデリカシーというものはある。「オハラとノーマンはいい仲っぽいからどうしよう」なんて恥ずかしいことをいうつもりはない。そもそもオハラにとってノーマンが、近くにいれば支えになれる、なんていう大層な相手なのかどうかも定かではないからだ。
まずはもっと手堅く必要最低限の話から、とソニアは話題をふった。
「とりあえずグリフォンやワイアームなんかは一部隊欲しいからなあ」
「そうだな。いるといないでは大違いだ」
「でもギルバルドもガストンも最近頑張ってもらいすぎているし」
「とはいえ、トリスタン皇子と接触を行うかもしれない今回の進軍は、かなり慎重に動かなければいけません。下手に新兵を連れて行くのもどうかと思われますがの」
「こんなことを今更言うのもなんだが・・・情報がもう少し入ってから決めてはどうだろう。いざとなったらばトリスタン皇子をお探しする部隊と、マラノ付近を解放する部隊を大きくわけなければいけなくなるかもしれないだろう」
ランスロットの言葉は正しかった。それでも少なくともラウニィーの話をもとに、マラノ付近を攻略するためにはどのような部隊編成で、どういった動きを行う必要があるのかの打ち合わせは必須だろう。
ふとソニアは
「・・・もし、そういうことになったら、それはランスロットとウォーレンに任せてもいいんだろう?」
と訪ねた。ウォーレンは頷いたけれど、ランスロットは奇妙な表情を見せる。
「ランスロット?」
「・・・いや。詳しい部隊編成の話は後でいい、と言ったのはわたしだが」
「うん?」
「そなたは、マラノへの進軍で、そなた自身の部隊をどうするつもりなのかと」
一斉にみなの視線がソニアに向けられた。
そうだ。
以前はソニアの部隊にはカノープスとランスロット、そしてテスとオリビアがいて。
ムスペルム以降、それはランスロット隊、という形でラウニィーを加えて形を保っていたが・・・
「ラウニィー殿はアプローズ男爵をご自身で討ちたいとお考えなのだろう?」
「別に。でも、そうね、どっちかというと・・・トリスタン皇子をお迎えする部隊に私がいるのは、あんまりいいことではないかもしれないし。バルモアに行った時と同じ部隊編成じゃない方がいいかもしれない。ソニア殿、右腕はどうなのかしら。マラノでは前線に出るつもり?」
「出るつもりだけれど」
確かにそれによって部隊編成が変わるのは当然だ。
「前線に出るなら、カノープスと組みたい。そうでなければ空を跳ぶ魔獣を操れる誰かと。複数の目的がある進軍を行うとき、どうやらあたしには機動力が必要らしい。サラディンを蘇らせる、とか、そういう、ね」
「確かに」
と重々しく頷いたのはアッシュだ。
話し合いの結果ラウニィーが現ランスロット隊から抜けて新しくソニア部隊を組むことになった。彼女が抜けた位置に誰を埋めるのかはまた次の話し合いまで持ち越しになる。ラウニィーはソニアと組めることが嬉しいらしくて、それが決まってから始終にこにこと笑っていた。
空を飛ぶ魔獣を操るのに長ける人物はそう多くはない。みな「飛ぶことは出来るが」に留まるばかりだ。審議の末にスルストが適任ということになった。彼は案外とコカトリスの扱いが上手い。
そこまでの話が決まったとき、不意ににこにこと笑っていたラウニィーが言った。
「・・・ねえ、でも、トリスタン皇子が仲間になってくれるって確証はあるの?皇子と接触する、っていう言い回しをしているけれど、その先のことをどういう風にもっていくつもりなのかしら?」
「・・・実はわたしも気にはなっていたが。他の部隊長達の前で言っては、心が乱れるかと伏せておいたのだが」
彼女の言葉にアッシュも頷いた。
本当ならばすぐにでも言葉を返すべきウォーレンとランスロットは黙ったままだ。
・・・ああ、そういうことか。
ソニアは軽く肩をすくめて、別に彼らを庇うわけでもないけれど、と心の中で言い訳をしながら苦笑を見せた。
「そこいらはこの二人に任せる。彼らはゼノビア復興を目指しているから、あたしが考えるよりよほどうまく皇子を引き入れる策を考えてくれるだろうし。どっちにしたってみつけないことには話が始まらないんだけれど。会えると仮定して話をしてもいいんだったら・・・まあ、ずけずけあたしも言っちゃうけど、アプローズ一人討つのに様子を伺っているようじゃあ、トリスタン皇子の手勢もそう多くはないだろう?皇子がもしもゼノビア王族の生き残りとして帝国を討ちたいと思っているならば、あたし達と手を組むのが一番早い・・・それがわかる利口な人物であることを願うだけだ。なあ?」
とウォーレンを見ると、彼は僅かに苦々しい表情を見せ
「それはもちろん、我らとて、そう願っておりますが」
「ここまで攻めあがれたのは、あたしの力じゃない」
ソニアはウォーレンの言葉に小さく頷いてから、人々の顔を見渡した。ラウニィー以外は旧ゼノビアの人間ばかりだ。
「みなの力だ。トリスタン皇子がどういう人物なのかはわからないが、今の帝国の圧政から民を救うという目的が同じであると信じたい。当然皇子はその先の政(まつりごと)まで見据えているのだろうけれど。目的が同じであれば我々の手を拒まないだろう。もしも皇子が我々と手を組まないというなら、そのときはそのときだし、構わないと思う」
ソニアの言葉にラウニィーは肩をすくめて
「あなた、わたしが仲間になるときも全然無理強いしなかったわよね、一体その自信はどこから来るの?」
「自信じゃないよ、ラウニィー殿。別にあたしは、自分が帝国を倒さなければいけない、と必ずしも思っているわけじゃない。誰も立ち上がらなかったから自分でやろうと思っただけだ。あたしよりもリーダーに向いていて、そしてあたしより余程帝国を打ち崩す力を持つ人間がいて、みんなに支持されるなら、それでいいじゃあないか」
「よくないわよ。ソニア殿を信じてついてきた人間はどうなるの」
おやおや、ラウニィーもみなと同じことを言うのか、とソニアは少し目を丸くした。
まだ仲間になってほどないこの帝国の女聖騎士が、まるで以前からの仲間のようにそんな発言をすることはみな意外だっただろう。
「ノルンや、わたしのような人間は、あなたを信じてここにいるんだけれど」
「さっきも言ったけれど、ここまでこれたのはみなの力だ。その力をもつみなが選べばいい。あたしよりもリーダーに向いていて、っていうのは、その人間の個人の能力に限定してるんじゃない。その人物に集う者、すべての力を指す。あたしは幸せ者だ。オハラのようにこの軍でプリンセスをまかせられる人間についてきてもらえて、ノルンやラウニィー殿のように帝国に生まれ育った人々に支持してもらって。トリスタン皇子があたし以上の人間なのかはわからないし、んーと、例えばさ、優れた才覚を持っていたってリーダーにはなり得ない人物かもしれない。それを見極めるのは、力を貸そう、とか、みなでことを成そう、と思っているこの反乱軍の全員と、これから先あたし達に手を差し伸べてくれる人、今まで差し伸べてくれた人、すべての人だ」
言ってるうちになんかわかんなくなってきちゃった、とソニアが小さく笑っても、その場の人間は何も言わない。むしろ、その先にソニアが言おうとしている言葉をじっと待つだけだ。
「人の力が必要だ。だから人が人を選ぶ。ここまで来るのにあたしは選ばれた人間とか言われていたけれど、正確には」
「正確には」
「人を集める、集われるために選ばれたのかもしれない。もしもこのままそっくり、反乱軍をトリスタン皇子に任せる方がいいと判断して、そしてみながそう思えば、それでもいい。皇子が、あたしのもとに集ってくれた人々の手を振り払うなら、あたしはあたしが思うように今までのように進む。みなに支持されることもないまま皇子がみなの上に立つことを望めば、そのときは」
静かになった。
ソニアは困ったな、という表情を見せて苦笑をする。
「そのとき考える。それでいいじゃあないか。ノルンやラウニィー殿は確かにあたしを信じてここにいてくれるけれど、もしかして皇子に出会ったら、また違うかもよ」
「なんであなたったらそんな風に考えられるのかしら。やっぱりこの反乱軍のリーダーはちょっと頭がおかしいわ。もう少し保身をしなさい、ソニア殿。あなたがそんなだから・・・」
ラウニィーはわずかに怒気を含んだ声で
「ひどいことをいいそうになるじゃない。トリスタン皇子には構わないで、進軍を続けたほうがいいって言いたくなるわ」
「ラウニィー殿」
「そのとき考える、ってあなたが言ってる状態になる確率は、かなり高いのよ?だって皇子っていったって血筋だけで、実際にどういう教育を受けて育ったのか、海のものとも山のものとも判断できない人物よ。過去の大戦の時に赤ん坊だったんでしょう。逃亡生活でどういう大人になったのかわからないし、アプローズ男爵を討とうとしてるってことだってどこまで皇子の意向なのかもわからない。疑い深い人間だ、って怒らないで頂戴ね。ゼノビアの血を愚弄したいわけじゃあないの」
ラウニィーは一度息をついた。ウォーレンとランスロットの前ではあまりいいたくないんだけれど、と小さく前置きをして
「わたし、トリスタン皇子が生き残っているって話を聞いて、ひっくり返りそうになっちゃったわ。どういういきさつがあるのかはわからないけれど、少なくとも帝国に対してこの軍隊が脅威になりはじめたのはここ最近でもない。四天王と呼ばれる二人は倒されて、ものすごい勢いで反乱軍は大きくなっていく。これは、帝国側の見方だけどね。だっていうのにアプローズ男爵を討つ、なんて悠長なことを言ってる王族って一体どういうことなの?確かに先の大戦でアプローズがひどい裏切り行為を行ったことは私も聞いているわ。でもそんな単純な私怨よりも、王族だったら大義があるんじゃあないのかしら?そう思うと、どうもトリスタン皇子のひととなりが信用出来なくて楽観的に見られないの」
その荒々しい口調でまくしたてられた演説を聞いて、ウォーレンはついに言葉をはさんだ。
「星のお告げでは」
「うん」
素直にソニアは頷いた。
「トリスタン皇子は非常に聡明な人物だと思われまする。そして、だからこそ、我らは皇子を迎え入れたいと思っているのですが」
「誰にとっての聡明だかわからないけど」
というのはラウニィーだ。ソニアはくすくすと笑って
「まあまあ、ラウニィー殿、落ち着いて。わかってる。わかってるからさ」
「わかってるの?本当に?何を?」
「案外ラウニィー殿が短気だってことと、あたしのことを好きなんだってことをさ」
「・・・信じられない!どうなってるの、このリーダーは!」
ラウニィーは声を荒げてアッシュを見た。アッシュはそんな彼女に苦笑いをみせて
「我らが思っている以上に、ソニア殿のほうこそ聡明らしいですぞ・・・本当に、わかっておられるのだろうと」
ランスロットは何も言わず、ソニアをじっと見つめるだけだった。

疲れた。
ソニアは話し合いを終えてから部屋に一度戻った。
ラウニィーがあんなに激しい反応をするとは思えなかったから、とても意外なものが見られたな、なんてことを思いながらぐったりとベッドに倒れる。まだ昼間だというのにこの疲れは、精神的なものだろう。
よくもまあ、ランスロットとあんな話をしたあとで、冷静に軍議をこなせたものだ。自分もかなり大人になったものだ・・・そう思った途端突然涙腺が緩んで、熱いものが込み上げて来た。
「こらこら・・・」
まだ泣くな。考えなきゃいけないことがあるんだ。
そう自分で口に出しながらぐいぐいとソニアは涙を乱暴に手で拭う。布でそっと拭く、なんていう女性らしいことが彼女にはなかなかに出来ない。
(考えれば、そうだな)
ラウニィーの言葉は、彼女も途中で口に出したけれど、ウォーレンやランスロットに言いたくない、彼等もいやというほどわかっていることだ。こんな時期に突然ゼノビア王族の生き残りが出て来て反乱軍を指揮する、なんて言われても片腹痛いことだろう。例えそれがどんなに優れた人物でも、「今ごろ出て来た腰抜け」というレッテルは剥げない。
だからこそ、ソニアは自分がトリスタン皇子に対してとても平坦な気持ちでいることを義務づけた。
見間違うな。
何度も何度も自分に言い聞かせた言葉をまた一度。
例えトリスタン皇子が自分からすべてを奪う人物となり得るとしても、優れた人物で人々が受け入れるならば、支持するならばそれでいい。自分の右腕が治っても治らなくても。
(結局ランスロットは一度もトリスタン皇子の話について口は挟まなかったな)
そのとき。
こんこん、と小さなノックの音。
「誰だ」
「ソニア様、お戻りですか」
「オハラか!」
ソニアはがばっと起き上がる。慌ててベッドから降りて、ごしごし、ともう一度自分の腕で目元をこすってから、大層無防備にドアを開けた。
そこには波打つ栗毛色の髪を久しぶりに後ろで一束にして働きやすい恰好をしているオハラが立っていた。
「わたしが眠っている間に、お声をかけていただいたそうで・・・軍議が終わるのをお待ちしておりました」
「ああ、わざわざ来てくれてありがとう」
「いいえ!わたしこそ眠っていて申し訳ございませんでした」
「立ち話ってのも困るから、中に入ってくれ」
「はい」
ソニアはオハラを部屋の中にいれ、静かにドアを閉めた。


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モドル

いてててて・・・
ものすごいイタイ話になってきましたね(笑)