渇望-1-

新しく仲間になったノルンは、色が白くて少し茶色がかった細い金髪はどちらかというとまっすぐに近く、それを綺麗に三つ編みにしていて大層清楚な女性で、またまたソニアからすると「うらやましいなあ」なんてことを言う対象になっていた。
どうもカノープスが勝手に分析したところによると、ソニアの髪は固めではねるともとに戻らない頑固なクセをもっているからなのか、比較的柔らかくて細くてまっすぐな、そして更にいうならば金髪が好きなようだ。
まったく、子供かよ、とカノープスは口に出したけれどソニアは気にもしていないようだ。いいな、いいな、と言ってうらやましがる対象になついていくのはソニアの妙に子供っぽい癖なのかもしれない。
正直なところこんなことを思うのはちょっといやなのだが、カノープスもその気持ちはわからないでもなかった。どういうわけか実の妹ユーリアよりも、よほどソニアの方が自分と似た髪の質をもっていたし、妹ユーリアの髪も金髪に近かったから幼い頃は綺麗でうらやましいと思ったこともあった。この年齢になると、自分は赤毛が似合うのだとわかって、そんなことを思うこともなくなったけれど。
少し前までお気に入りだったマーメイドのエリザベートとカストラート海でわかれてから、ソニアはちょっぴり元気がなかった。それを元気にしてくれたのは、ノルンが帝国軍デボネア将軍の恋人らしい、という話だった。
別段ソニアは色恋について話を聞きたいわけではない。
デボネア将軍は強かったなあ、とか、一体どういった鍛錬をしていたんだろう、とか、もっぱらそういうことが気になって、ノルンなら知っているかもしれない!と短絡思考でうきうきしていたのだ。
アッシュやランスロットのような重いけれど正確な剣は自分ではふるえないことをソニアはわかっていた。
彼ら、現在反乱軍の双璧になっている二人のパラディンは、大剣も軽々とふるう。
ソニアはそれは出来ない。
小剣はどうも慣れないけれど、大剣は重過ぎる。
聖剣ブリュンヒルドは大きさの割には重さを感じさせないので振るえるけれど、基本的には重すぎる剣、大きすぎる剣は不得意だ。
デボネア将軍の剣はどちらかといえば大きめではあったけれど、アッシュがふるっている剣よりは一回り小さかった。
あれくらいが自分の限界だとソニアはわかっていた。
「剣のことはわかりませんわ」
ソニアのテントの中で申し訳なさそうにノルンは言った。
野営地で簡易テントを張って、彼らは一休みしていた。
森に近いところで一応近くに川がある。今日はここで一泊してから早朝に出発して、明日には次に一番近い村につける予定になっている。
テントは張り終わって一段落しているけれど、一部の兵士達はまだせせこましく働いている。
「そっかー、そうだよな。自分が興味なければ、見てたってわかんないものな」
少し残念そうにソニアは笑った。
「そりゃそうだよな」
と言うのはカノープスだ。
ランスロットは野営の日は大忙しで、実は戦闘のときよりも働いているのではないかとこまごまと指示を出している。周囲の斥候をバルタン達に依頼して、魔獣達のいる場所を確保して、各テントへの割り振りを確認して、見張りをたてる場所を決めて・・・・ととにかく主だったことは全部ランスロットが取り仕切る。
ランスロットがいなければいないで、代わりに何人かが分担してそれを行うのだけれど、効率でいったらランスロット一人の方がぐんとよかった。
あの聖騎士は自分では不本意ではあるだろうけれど、どこか官吏にむいている。そんなことを言うと本人は嫌な顔をするに決まっているのだけれど。
ともかく、ランスロットが手を離せない状態なので、ソニアの首に鈴をつけて、音が鳴ったら飛んでいくのはカノープスの役目だ。
ソニア本人はそうとは知らないけれど。
「お役に立てずに申し訳ありませんわ」
「いいんだ、気にしないでくれ」
「そりゃあな、そもそも恋人だからって、なんでもわかるわけねえもんな」
カノープスの言葉にノルンは表情を曇らせた。
「あ、俺何か悪いこと言っちまったかな?」
「いいえ、そうではないのです。ただ、わたくしとクァスは・・・ソニア様、何を」
「あ、あ、ごめっ・・・」
ごめん、と言おうとして、慌てていたのかソニアは咳き込んだ。
ソニアはノルンのひとつにまとめて前に垂らしている三つ編みの先っちょを指でつついていた。
カノープスは心底呆れたように
「ガキかっ!ったく・・・」
「だって先っぽ・・・綺麗にまとまってるから・・・あたしの、まとまらないから、どうなってんのかと思って」
どうなってもいないのだが。
それを言うとまたがっかりするのだろうな、とノルンは苦笑した。
「で、なんだって?ノルン」
「・・・あの。わたくしとクァスは、もう、恋人では、ないのです」
「ええっ!?だって・・・」
頓狂は声をあげるカノープス。
「ありえないだろう。あんた、恋人でもない男が死んだからって、戦に出たのか」
「・・・正確に言うと、恋人でした。・・・お互い、別段嫌いあって別れたわけでもないのですけれど」
ソニアは眼をぱちくりさせてノルンを見た。それから何を言うかと思ったら
「わかってる。ノルンのこと、ふっちゃうような男なんていないぞ」
「・・・お前、バカか!」
ばこん、と遠慮なしにカノープスはソニアの頭を叩いた。
「なんだ!カノープス。お前最近あたしのことをバカバカって言いすぎだぞ!」
「バカだから仕方ねーだろが。どうせお前、同じことオーロラでもアイーシャでもハイネでもテスでも誰にだった言うんだろ」
「・・・」
ソニアは非常に悩んだ顔をして、視線を左右にゆっくり動かしてから驚いた表情で言った。
「そうかも。よくわかるな、カノープス」
「だからお前はバカなんだ」
カノープスは最近この小さなリーダーが、どうやら「女好き」だということに気づいていた。
けれど、それはどちらかというと、子供が近所の家に住んでいるお姉さんになつく、というようなものに近い。
更にいうとソニアは、どうも自分自身が女であることは結構どうでもいいようで、いつだって男性と同じ扱いでいられるほうが楽な様子だ。だから男性達はとても気安くソニアと行動出来るし、女性達はなついてくるソニアのために力になってあげよう、なんて気にもなるのだろう。
「なんか、事情があるのか」
カノープスが言うとノルンは小さくうなづいた。
「わたくしは、法皇という称号を冠しておりますが、それは本来アイーシャ様のような方にこそふさわしいのだと思いますわ。あの方は貴族という肩書きもなく、ご自分の足で各地を回って、そして誰からともなくあの若さにして「聖母」と呼ばれるようになったお方です。それはとても正しくて、とても素晴らしいことですわ。人々が自然と、その名を口に出す・・・そういうことは滅多にないことです」
静かにノルンはそういって微笑んだ。
「わたくしに法皇の称号を授けてくださったのはエンドラ陛下と、ハイランドの宮殿内にある大教会の司祭様でした。けれどそれは・・・わたくしがあなた方反乱軍のように、圧政を受けている民衆側に寝返るのを恐れての企てだったのですわ」
「なんでだ!?」
「わたくし、自分で言うのはおこがましいですけれど・・・こんなわたくしを、たくさんの人々が慕ってくださっていました。わたくしも、彼らのために生きてゆきたいと思っておりましたわ。わたくし、クァスが国そのものを守り、わたくしがそこに住む民を守ってあげられたら、とずうっと思っていましたもの」
クァスとはデボネアのファーストネームだ。
既にそれはノルンの口から今までに何度も出ていて、不思議と聞きなじんでしまった響きだ。
「エンドラ陛下の周りに不穏な動きが起こった頃、民衆への圧政が始まりました。もちろん、それはそうとは表立っては誰も言わなかったし、何らかの目的がきちんとあると陛下を信じていたからです。けれど、わたくしのもとに来る人々は、一体陛下はどうなさったのか、と憂える言葉を必ず口に出しておりました。」
ソニアはちょっと眉をぴくりと動かした。
「うれえることば?」
「要は、不安になって心配してたってことだな」
「あ、ああそういうことか」
言葉がわからなかったのか、とノルンはちょっとびっくりした様子でソニアを見た。その視線を感じてソニアは赤くなる。
「ごめん、ノルン、あたしはあまり教養がないんだ。たまーにわかんない言葉がある。でも、気にしないでくれ。みんなが教えてくれるから、そのうち覚えるだろう」
恥ずかしそうに笑うソニアの様子がなんだか可愛らしくてノルンは微笑んだ。で?とカノープスが先をうながす。
「時期としては魔導師ラシュディがエンドラ陛下に召抱えられたときからだったと思います。ですから、わたくし、きっと原因はその魔導師にあるのだと思っていました。けれど、決定的なことはわからず・・・。表舞台には出てきませんでしたから、何もわたくしにはあの男がどのように陛下に取り入って、どのようにまつりごとを変えていったのかはわからず終いでしたの・・・」
「魔導師ラシュディ?」
「ええ・・・エンドラ陛下も魔導に長けている方だったので、きっとその関連の人間だとばかり思っていましたが・・・。わたくし、疑念を抱いただけで、結局何もつかむことは出来ず、糾弾することも出来ませんでした。残る方法は、今の帝国の現状そのものを陛下に訴えて進言することだけでしたわ」
「・・・尻尾をつかませないってのも小ざかしいな」
「だから、そのためにわたくし、帝国内で何が起こっているのかを自分の目で確かめたいと思いました。それまで、ほとんど宮殿に近い小さな教会で務めさせていただいていましたけれど、中央を離れて他の地域の人々の様子をこの眼で見たいと思ったのです」
「いい心がけだな」
「・・・その頃、わたくしを法皇に、という話がもちあがってきたのです。法皇という称号は、もともと貴族など高貴な出生の方々が
その地位を捨てて神の道に入ったときに与えられるものですが、わたくしのように貴族でなくとも称号をいただける特例はあるの
です」
そういうことはあまりソニアもカノープスも得意ではない。ノルンがいっていることが帝国に関してのことなのか、神道にはいればそれは共通のことなのか、そもそもロシュフォル教会もそれごとに何か異なることがあるのかないのかすらわからない。ふむふむ、といい子にして聞いているだけだ。
「初めはお断りをしていたのですが・・・もしかして、これは神のお導きで、わたくしがその称号をうけることで何らかの、人々を救うための力が手に入るのであれば・・・わたくしがそうなることで、救われる人々がいるのであれば、お受けしようと、そう思いました。けれど」
ノルンは一度言葉を切って。
「・・・それは、過剰に民衆からの支持をいただいていたわたくしを、宮殿の大教会に常駐させ、他の地域の民衆に下手に刺激を与えないようにするためのはかりごとだったのです」
「そんな」
「法皇になればお勤めが増え、忙殺されることはわかっておりました。そして、クァスとも疎遠になることも。彼は将軍で宮殿近くにおりましたが、それでも。そうなることをわかっていても、彼はわたくしが法皇になることを喜んでくれましたわ。そして、それを喜んでくれる彼のことをわたくしは心から尊敬しておりました。法皇ともなってしまっては、一人の男性を愛することよりも人々を愛して導くことがわたくしにとっての最優先の事項だということも、彼はわかっていました」
「ど、どどうしてっ。おかしいじゃないか!」
ひっくり返りそうな声でソニアは言った。
「ほーおーになったからって・・・」
「本当にあの人を愛していましたのよ。あの人もわたくしを愛していましたの。でも、お互いよりもわたくしはハイランドの民ひとりひとりが大切で、あの人はエンドラ陛下や国が大切だったのです。彼は、ゼノビアに派遣されるときにわたくしに会いに来てくれました。・・・わたくしの代わりに、この目で見てくる、と彼はいいましたの。それがどれだけ嬉しかったか。わたくし達は向いている方向は同じですけれど、生きるための道は別々に選んだのです」
「今からだって、やり直せるだろ。まあ、デボネアがどこにいるのかはわかんねえけどさ」
カノープスは呑気に言う。けれどノルンは首を横にふった。
「わたくしが法皇になると決めたことと、彼がそれを止めなかったこと。それで終わっていたのです。・・・でもね、ソニア様。わたくし、後悔していないのですよ、法皇になったことは。エンドラ陛下のはかりごとに気づかずに法皇になったからこそ、こうやってこの離れた地に来ることが出来て、さまざまな真実を知ることが出来ました。そして、あなたにお会いできました。あそこでわたくしが法皇になることを拒んで自力で旅に出たら、どこかですぐに不穏分子としてわたくしは殺されてしまったことでしょう。」
ソニアは聞きながら、ああ、ノルンの唇はふっくらとしていて、いいなあ、なんて相変わらずじろじろと見ていた。
きっと、あのデボネアと一緒にいるとすごいお似合いのカップルだったんだろうなあ、なんて。
そんなろくでもないことを考えていたのだけれど、ノルンは手を胸元で合わせる仕草で、我に返る。
「・・・神様のお導きです。そして、あの人が生きていることも。あの人が死んだと聞かされて、わたくしは最も近い理解者を失ったと思い嘆き悲しみました。けれど、どこかで・・・これは、帝国の実態を知るチャンスだとも思いました。それでもやはり、常に監視役がついておりましたし、あなたがクァスを殺した張本人だとお聞きしていましたから、ディアスポラを簡単に明渡すわけにはいかなかったのです。・・・こうして、ここにいて真実を知ることが出来て本当に・・・感謝いたします」
そういってノルンは神への感謝の印を切った。
カノープスはそういうモノはどうも好きではなかったけれど、この数奇な運命にもまれた清楚なプリーストをじっと見るばかりだ。
法皇と呼ばれているけれど、アイーシャなぞは大神官フォーリスの娘だから血統的にはサラブレットだ。けれど、このノルンはそうではない。けれど、そんなことは微塵も感じさせないほど、彼女はとても敬虔で、生真面目な聖職者だ。
「ノルン、デボネアに会えるといいな」
ソニアは祈り終えたノルンの手をとった。
「それに、ほーおーだからって、デボネアを別れることなんてないだろ。ノルンはこんなに可愛いし、優しいし、それに心が強い。そんな女性を手放したい男なんていない・・・よな?カノープス」
「へ?あ、ああ。」
カノープスは突然話をふられて驚いて変な返事をする。その様子が不満足だったらしくてソニアは軽く肘でカノープスをこづいた。
「なんだ。気がない返事だな!」
「お前の話のふり方が強引なんだっての!」
くすくすとノルンは笑った。
「ソニア様こそ、可愛らしくて、優しくて、心が強いではないですか」
「ええ?」
それにはソニアが仰天する。
「か、可愛い!?」
「ええ」
「・・・どうだ?カノープス」
「だから俺にふるなっての!」

失礼する、とテントの入り口があいた。ランスロットだ。
「ソニア殿。ちょっとよろしいか」
「ああ、大丈夫だ」
テントの中でぺったりと膝をついて座り込んでいるソニアに、ランスロットは前かがみで一枚の紙を渡した。
「ここいら付近の地形図だ」
「ああ、ありがとう。ランスロットが書いたやつはいつも見やすくて助かる・・・あれ?今日は誰が書いてくれたんだ?」
「今日はカーロスだ。こういう仕事も覚えてもらわないと困るからな」
慣れない場所で、かつ周囲の地形が複雑な場所にいくと、必ず斥候役の報告をもとに細かく周囲の地形図を起こす。
もともとランスロットが個人的にやっていたのをソニアがそれが欲しいと駄々をこねて、毎回作る習慣が出来てしまった。
気が付くとソニアにひとつ、ランスロットにひとつ、そしてウォーレンにひとつと毎回3部作成することになってしまい、なかなか骨が折れるけれど重宝する。
「うん、結構カーロスもうまいじゃないか。あとで誉めとこう」
にこにこ、とランスロットを見上げてソニアは言う。
「へえ?これ、何だ?」
「・・・ああ、ここは沼地らしい。あまり近寄らないほうがいいだろう」
「・・・ふうん」
ちょっと思いついたようにソニアは眼をしばたいた。カノープスが脇から覗き込んでふむふむとそれを覚えようとしている様子だ。
ランスロットは特にこれといった話もないらしく
「それでは、私はまだ指示を出し終わっていないから」
「ランスロット、ありがとう。助かっている」
「いや、これは私の仕事だから。そなたはそなたの仕事をしているのだし」
そういって少しだけ笑顔を見せて彼は出て行った。
ソニアはそのあともじいっと手にした地形図を見てチェックをする。このリーダーは教養は確かにないけれど、生きるため生き残るためといったことを熟知している。
あまりソニアの過去を誰も知らないし、聞かない。カノープスはじっとソニアの様子を見ていた。
ただわかることは、既に身寄りがいないということ。
何故か恐ろしいまでの剣の腕を女性ながらに持っていること。
そして。
まるで、幼い頃から一人で生きてきたのではないかと思われるほどに、まるで動物のように生きるためのことだけが、知識として突出しているということ。
時折ウォーレンと意見が対立することもあるが、それはいつだってどちらも正しい言い分のときだ。
二択で、決め手がないままどちらかを選ばなければいけない。
そんなときに、彼ら二人が時折衝突する。
とはいえ、どちらも「どっちかしかないよね」ということを知っているので大きな衝突というものではない。
逆にいえば、二人の結論が必ずその二択に絞られている、ということの方が凄いことなのだ。
ランスロットとて、逃亡生活をしていたからかなりのスキルがあるはずだ。それでも時折いざというときの状況判断に惑うこともある。
ソニアの決断は早い。生きるために、また明日の朝日を見るために彼女が下す決断はいつだってはっきりしている。
普段は子供のようなのに。
「初めてだな・・・」
「ん?何だって?」
「・・・カノープス、出かけるぞ」
「はあ?」
「ノルン、色々話を聞かせてくれてありがとう。急用が出来た。失礼する」
そういうとソニアは立ち上がって小さく手をふった。
毅然とした物言いとは逆に、手をふる姿がなんだかやっぱり可愛らしくてノルンは微笑を見せた。
「お気をつけて」
「無事を、簡単に祈っててくれ」
「危険なことをなさるのですか」
「かもしれない。行くぞ、カノープス!」
「人を使うにもほどがあるわな。ま、仕方ねえか」
しぶしぶカノープスも立ち上がってソニアのあとを追ってテントを出るのだった。


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モドル

やっぱりこの文字サイズ小さいですね。
読みづらいですねえ。
すんません、またずらずら説明文ばっかりで!!うう・・・削りたいのに削れないよ〜!!アップする前に誰かに見てもらわないといかんのか!?