渇望-2-

ランスロットは兵士に指示を出しながら、視界の隅にソニアとカノープスが移動している姿をとらえた。
(・・・また面倒なことをしなければよいのだが)
どうにも、あの二人の組み合わせは不安だ。
カノープスは荒いことを言っていてもソニアには本当は滅法甘いし、ソニアはなんだかんだいっても誰にでもわかるくらいカノープスに甘えている。
本当の兄妹のような関係のあの二人は、どうもトラブルメーカーとその補佐に見える。ウォーレンはとりあえずカノープスがついていれば大丈夫だろうといっていたが、それはストッパーの役目ではない。
たとえ「何かあっても」助けてもらえるだろう、ということだ。
「ランスロット様?」
「・・・あ、ああ、すまん。何だったかな」
いかん。先ほどソニア殿に言ったではないか。
私は私の仕事をして。彼女は彼女の仕事をしているのだろうから。

ソニアは地形図をみながら進んでいった。カノープスはあまり飛びやすいところではないものだから歩いてついてゆく。
「どーこいくんだ」
「沼地」
「はあ?お前、ランスロットが近づくなっていっただろ」
「あまり近寄らないほうがいいといった。ちょっとなら近寄ってもいいってことだ」
「また、屁理屈を!」
呆れたようにカノープスは言った。
やがて木々がおいしげっているところを抜けて、沼地があるのが見えた。
ここいら辺はいろんな地形が入り混じっている。土の質やら天候のせいやら、さまざまな要素が関与しているのだろう。
この地方はちょっとだけ湿気が多い気がしていて、カノープスはあまり嬉しくない。彼らは湿度が高いとちょっと不機嫌だ。
上半身を露にしているからなのかと思ったけれど、ソニアが聞くと「それもあるけど羽根の案配がな」なんて答えを返してきた。ソニアにはわからないが、彼らには彼らの羽根の調子、というものがやっぱりあるのだ。
「うわ、結構虫もいるな」
沼地はじっとりしていて、水草のようなものがところどころに浮いている。
「沼地はな。何がいるかわからないぞ」
カノープスの言葉を聞いているのかいないのか、ソニアはもともとは膝下あたりまでのブーツを、くるくるとまるめて足首あたり
でベルトで止めている。それを膝下まであげて、そこでベルトを使って器用にとめた。
その作業で何をしようとしているかわかってカノープスはぎょっとした。
「お、おおおおいおいおい。まさかこの中にはいろうって言うんじゃ」
「うん。はいる。ヤバくなったらカノープス、ひきあげてくれ」
「なんでまたそんな酔狂なこと」
「んー?沼地、初めてだから」
そういうとソニアはずぼっと足を踏み入れた。
「あまり離れないから。ここいらは浅い。深いかどうかもわからないしな」
おそるおそる歩いていくソニア。
とはいえ、既に足下20センチは埋まってしまっているようだ。
カノープスは「げーっ」といいながらその様子を、羽虫をはらいながら見ていた。
やがて、3メートルくらい離れたところでソニアは立ち止まり、腰から剣を引き抜いた。何をするんだろう?と見ているカノープスの前で、ソニアは剣を構えて何度か左右に横とびをはじめた。
「・・・?」
時折剣をふるう。
けれど、沼地に足を取られて大層動きにくそうだ。とてもそれは当然で当たり前のことだ。
しばらくの間見ていたけれど、カノープスは退屈で欠伸をする。そんなことにはお構いなしのこのリーダーは、カノープスはなんでも許してくれるとでも思っているのだろうか?
湿気が多いところは嫌だ。
羽根に羽虫がまとわりつくのも、体がじっとり汗ばむ感じがするのも。
その汗ばんだ体で人を抱えるのもどうもよろしくない。
イライラしながらカノープスは叫んだ。
「おい、ソニア、一体いつまで待たせるつもりだ!」
「もうちょっとま・・・うわっ!!」
「こら!バカ!」
ソニアは足をすべらせて転んだ。が、通常の転び方ではない。
「ちい!」
それを見てカノープスは羽根を広げる。
どうも転んだ拍子にちょっと深いところに足を突っ込んでしまったようだ。ずぼっとソニアは腰のあたりまではまってしまい、一所懸命もう少し浅いところへ、と動いている。
「やっちゃった」
そういう声は結構明るい。カノープスがいるから、と安心しているのだろう。仕方ねえな、とカノープスは苦笑する。
「バカだな。こうなることくらいわかってただろ!」
ぐい、と空からカノープスがソニアの右腕を掴んでひきあげた。
が、その拍子に手にもっていた剣・・・ありがたいことに、それはブリュンヒルドではなかったのだが・・・が沼地に落ちる。
「あ、やばっ!」
「お、おいおい!」
それをとろうとしてソニアが暴れたものだから、一度カノープスはソニアを落としてしまう。しかも、さっきより深い場所におちたようだ。妙な音をたててソニアは沼地にはまってしまう。事態は悪化するばかりだ。
「うっわ!」
そして、ソニアが落ちたはずみで飛び散った泥混じりの飛沫がカノープスの体につく。
「散々だな」
眼に入らなかっただけマシか、なんて思いながら、なんとか剣をひろったソニアの腕を今度は両手でがっちりとつかんだ。
ロープに通して干されている洗濯物のようなポーズで、ずるずるとソニアは空へと引き抜かれていく。
「ありがとう、カノープス」
「うわー、泥だらけじゃねえか、まったく」
「・・・洗わないとなあ」
「下流にいくか」
「うん」
情けない顔をして情けないポーズでカノープスにぶらさげられるソニア。
まったくもって格好が悪い。
かくいうカノープスも、これ以上泥だらけになりたくないとばかりに、洗濯物状態のソニアを抱きかかえることはしなかった。
近くの川でも、下流にいったほうがいい。食事を作るのに水汲みをするからだ。
斥候役で出ていたバルタンのスチーブがその姿を遠目で発見して、笑いをこらえきれずにランスロットに報告にいったことを彼らはまだ知らない。

小さな川でよかった、とソニアは言った。
子供のように川でソニアは泳ぐ。カノープスはうんざりした表情で羽根にまで飛び散っていた沼地の泥を落としていた。
体につくよりも羽根につくほうが気になるのだ、と彼は言う。腰近くまでの深さしかないその川は、とても澄んでいる、というわけでもなかったけれど、ないよりはずうっとマシだ。
ソニアの方は胸元までずっぽり一度はまってしまったので、おとすもなにもない。泳いでいればそのうち綺麗にもなるだろう。
「いつだったか、濡れたまま帰って来たときがあっただろ、ランスロットと」
「うーん?・・・ああ、カストラート海か。エリザベートの海で泳いできたんだ」
「お前、水好きなのか」
ソニアは水から体を出して立ち上がった。
「・・・うん。昔は好きだった。カノープスは?」
「俺は苦手だね」
「水鳥じゃないんだ」
「ぶっ飛ばす!」
ぱしん、とソニアの頭を叩くカノープス。ははは、とソニアは笑った。と、突然真面目な顔になって
「・・・弟は川で死んだ。でも、だからといって水が嫌いなわけではない。死んだその日の朝には、川の水を飲んで、おいしいと喜んでいた」
「・・・」
カノープスは手を止めた。
「弟の血が、川に流れて。その晩は眠れなかった。弟が死んだショックより、弟がいなくなって、一緒にくっついて眠る相手がいなくて寒かったからだ。汚い小屋の隅っこでまるまって、朝が来るのを待ってた」
「お前・・・」
「濡れたまま逃げて、よく逃げおおせたと思う。」
そういってソニアは目を閉じて、それからまた開けた。その間にどういう感情の動きがあったのかはカノープスにはわからない。
「あたしが、川の中でももっと自由に動いて相手を殺せればよかったんだ。だけど、水の抵抗でうまく動けなかった。泳ぎが出来ても無駄だ。これくらいの川の中で剣をふるうということが、どういうことなのかを知らなかったから。相手は、知っていた。知っていて、川の中に追い詰めていったんだ。平地では、あたしに勝てないことを知っていたから」
カノープスに対して初めて、ソニアは自分の過去の話をする。
その言葉は特に怒りも憎しみも悲しみもない。
ただ、事実を。
「濡れていたのが悪かったのか、翌日から熱が出た。弟を助けられなかったから、罰せられたのかと思った。苦しくて喉が渇いてでも、何も出来なくて動けなかった。だから・・・いつぞやか、みんなが看病してくれたときは・・・本当に嬉しかった。苦しいときに人がいるってのは、面倒だけど、嬉しいな」
「ソニア」
カノープスは近づいていって、ぽんぽん、とソニアの頭をかるく叩いた。
「うん」
別に言葉はない。
ソニアは小さく笑ってみせる。
「これで答えになってるかな。沼地に行った理由」
可愛らしくて、優しくて、心が強い。ノルンの言葉をなんだかカノープスは思い出す。
「バカ。笑うな。どうして笑わなくていいところで笑ってんだ」
「笑っているほうがいいに決まっているからだ」
強くなんか、なくたっていいのに。本当は。
「・・・お前、本当にバカだよな」
一体、何があったんだ、とか、誰と戦っていたんだ、とか、そんな野暮なことを聞く気はなかった。
カノープスは、話す相手が、違うんじゃねえの、なんてことを考えていたのだ。そんなことを考えながら
「カノープスの方がバカだな。どうしたんだ」
なんだか、自分の方が泣けてしまった。弱みを握られちまう、なんて心の中で悪態をつきながら、カノープスはもろい涙腺を呪った。

体が冷えると悪いからな、とカノープスがめずらしく優しいことをいってソニアを両腕で抱きかかえるように担ぎ上げた。
お姫様抱っこというやつだ。
ソニアはらくちんだな、と無邪気に嬉しそうだ。
野営地まで戻ると、既にノルンとオーロラが大き目のタオルをもって待っていてくれていた。
いくつかテントをはってある近くにカノープスは相変わらず雄雄しいはばたきで降りていき、そっとソニアを地面におろした。二人のプリーストが駆けつけてくれるのを見て、不思議そうにソニアは首をかしげる。
「あれ?」
「スチーブから話は聞いておりますわ」
笑ってオーロラはソニアの体をタオルで包んでくれる。ありがたい!なんて思うより前に
「やばっ、ランスロットに怒られる」
なんてことを口走るソニア。カノープスはノルンからうけとって礼を軽く言った。
「そうですわね」
くすくす笑うとオーロラは食事の準備にさっさといってしまった。まあ、それは言い訳で、恋人であるパラディンのビクターが火をおこしている姿をみつけたからだろう。少し離れたところで炊事が始まった。干して携帯している乾物をお湯にぶちこむくらいしか食べ物は出ないのだろうが。
「どうなさったのです?」
「どうしたんだ?また濡れネズミで」
「わ!出た!」
一番近いテントからランスロットが出てきてソニアはびっくりして声をあげる。
「出た、とはご挨拶だな。呼ばれたから来たのに」
苦笑するランスロット。
「泥だらけでカノープスにぶらさげられたらしいじゃないか」
「うん」
「・・・まさか、沼地に行ったのか」
「うん」
髪を拭きながらソニアは答える。ランスロットは呆れたような顔だ。
「なんでそんなところに」
「戦ったことがない地形だったからだ」
「・・・何?」
「何かがあってあの沼地で戦うことになったら、困るだろう。だから、どんな感じなのか先に確認してきただけだ。でも、あそこはヤバイ。深いところは深いぞ。ね、カノープス」
「ね、じゃねえだろ」
「・・・そうか。確かにそういう確認は必要だったな、だけど、それをそなたがすることはないだろう」
「そんなことはない。本当は全員が確認してもいいくらいだけど。あたしは自分のスキルアップをしたいだけだし」
そのときノルンが控えめに言った。
「以前クァスも言っておりました。体が知らない地形は、体に覚えさせるしかないと。ソニア様はそれをご自分で実践なさっているということなのですね」
「うん。あたしはそう思っている。それに・・・」
ランスロットを見てソニアは言った。
「それはあたしの仕事だ。ランスロットはだって、沼地で戦うような事態にならないように、敵襲がないように罠をはられないように安全を確保してくれるまでが仕事だろう?その後の不測の事態はあたしの仕事だ。・・・あたしが生き残らなければ、いけないんだろう、この反乱軍は。ランスロットは無茶をするあたしにいつだってそういって怒るじゃないか。・・・だから、生き残るためのことを少しでもしようと思って」
「・・・」
驚いたように全員がソニアを見た。
「え。え、違うのか。そうだと思っていた。あ!自分だけ助かればいいと思ってるのか、って思ったんだろう!」
慌ててソニアは叫びながら、ちょっとむっすりとする。
「いや、そうではない」
「じゃ、なんだ。なんでそんな変な顔をするんだ」
「・・・自覚が出てきたのかと思って驚いた」
とはランスロットだ。
「お前、一応考えたりするんだな」
とはカノープスだ。
「・・・そんなに、怒られているんですの?」
とは反乱軍に加わって間もないノルンだ。
それには心外そうにランスロットが「えっ!?」と顔をむける。その様子がおかしくて、むくれたソニアは、くすっと笑った。
「うん。怒られてばかりいるから、考えた。考えたら、生き残るためのことをする以外に、あまり思いつけなかったから・・・リーダーらしいこと、出来ないし・・・」
戦場で剣をふるう姿や、朝、剣の鍛錬をしている姿そのものが彼女のカリスマであることを本人はよくわかっていない。
大らかに(カノープスにいわせるとがさつなのだが)無邪気に人に笑顔をむける姿、民衆のことを考えながらも目標を見失うことがない強さ、いろいろな彼女の側面があって、誰もが彼女をリーダーとして認めているのに。
この少女はこんな風にいつだってそれをよくわかっていない。
ただ、リーダーらしくなければいけないということだけは理解して、彼女のもてること全てでそうであろうとしている。
その様子が時折このようにちょっとピントがズレていたり、誰もが思わないところで的を得ていたりしていてランスロットはいつだって驚かせられる。
「でも、そっかー、デボネアもそんなことを言うのか。うん、大した武人だ」
「適当ぶっこいてんなよ」
カノープスがソニアの頭をぱし、と叩く。
「また叩く!今日何回叩いてるんだ!」
「お前が俺の手をわずらわせることばっかりしてっからだよ」
「ソニア殿、着替えご用意しました!」
奥のテントから出てきたヴァルキリーのテスが手をふる。ありがとう!と声をかけながらソニアはさっさとそちらに走っていってしまった。それを見送る3人。
「カノープスは?」
「俺は別にいーよ。あいつみたいに泳いだりしてねえもん」
軽く胸元だけ拭く。その水滴もほとんどはソニアが濡れネズミだったからついてしまったものだ。
「お前、あいつの家族のことって、知ってる?」
「・・・唐突に何を」
「リーダーになる前の話って、誰か知ってるのかなあ」
怪訝そうな顔でカノープスをランスロットは見た。
「・・・辺境の村で、家族と住んでいたことだけは聞いた。弟や妹がいて・・・その家族ももういないという話だが・・・」
「そか。一応話しとかするんだ、そういうこと。ならいいや」
「何か、あったのか」
「いや・・・ただ・・・なんで、家族は死んだのかな、ってさ」
ノルンは何も言わないでそれを聞いている。
「人には聞かれたくない過去があるものだ」
「そうだな。お前だってそうなんだろ?」
「いや・・・」
それへランスロットは言葉を濁した。
「・・・だが、知っておいたほうがいいこともあるのかもしれない。あの少女が何故、ここにいるのか」
「と、俺は思うね。お前さんは知ってると思ってたよ。あ、これありがとうな」
カノープスからタオルを受け取りながらノルンは言った。
「・・・目を背けてはいけないことが世の中にはあります」
その声は穏やかで、だけれども彼らを思いのほか駆り立てる響きがある。
「ソニア様くらいの年齢の少女が、一度手合わせをしただけでクァスをあれだけ評価なさるのは、通常では考えられないことです。強いとか強くないとか、剣が巧いとか巧くないとかだけでなく・・・人と手合わせをして、相手に鍛錬法を聞きたいと思ったことがみなさまはおありになるのでしょうか?」
二人は黙り込んだ。
「それだけ、クァスに何か手ごたえを感じたのですね。そこまで彼が力を出すこと事態、普段は考えられないことです。帝国の四天王はその力故に誰を相手にしたって手を抜かなければいけないほどの達人ばかり」
そういいながらノルンはそっとタオルをたたんで、二人を見ない。
「手を抜かなければいけないから、相手には強さが伝わりにくいのだと、ルバロン将軍がおっしゃっていました。なのに、ソニア殿には力を出したのでしょうね、クァスは。あるいは、出していなくても、感じ取ったのでしょうね、何か。それはどちらにしても・・・あの年齢の女子が出来ることではないと思えます」
その言葉は、最近「ソニアは強くて当たり前だ」と思うようになってしまったこの二人を打ちのめすには十分だった。
わかっていたのに。
カノープスは肩をすくめて言った。
「・・・誰が知らなくたって、お前は知っていたほうがいいような気がする」
「何故だ?」
「そんなん、お前が考えろ。少なくとも俺が知っていたって、俺が出来ることはもらい泣きでもすることくらいだ」
驚いた顔でランスロットはカノープスを見た。
「弱みを握られたなーって思ったんだけど。前にお前に怒られてあいつが泣いたのを見たから。おあいこらしい」
なんだ、何を聞いた泣いたんだ、とランスロットは動揺してカノープスに問いただそうと思ったけれど、ノルンが
「まあ。泣いてしまわれるくらいに怒ったんですの?」
とランスロットに言う。
「そういうわけではないと思うが・・・」
ほとほと困った顔でランスロットは深いため息をつくのだった。

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モドル

カノープス×オピ子みたいな流れだったのですが、やっぱりうちではカノープスはお兄ちゃんのようです。
今までチラリズムだったソニアのオリジナル設定がむくむく出てきました。
あそこまで背景がかかれていないキャラだと、どうにか作ってあげないとね。
とはいえ、○年ごしの設定なので、書くのも気恥ずかしいんですが。(しかも、似た設定の漫画とかゲームがあって恥ずかしいんですがね・・・。)