シリアスを装ってアレ燈がいちゃこらしてるだけのおはなし。

もどる



ひどく、視界がちらちらと揺らめく。
その中で、動いている動物――その部屋には人間以外いないはずだったが――を一つの塊として認識すると、それを破壊しようと体が勝手に動く。
獲物を狙う肉食獣のように、体の筋力を集約して間合いをつめようと足裏が床を強く押すが、何故かびくともしない。
そうしている間も酷い耳鳴りが気に触り、それへの苛立ちはどんどんエスカレートしていく。
正常な判断が出来ず、五感が感じ取るノイズはすべて、揺らめく塊を屠ることで解消するような気になり、更に体に力をいれた。けれども、足首や手首に痛みを感じるだけで、自分の体が思い通りにならない。そのことに更に苛立ち、何度も何度も前へ前へと力を振り絞るたびに、何かに拘束された体へのストレスは蓄積されるようだ。
手首足首、それから太ももにも何かが食い込む感触、それらの痛みが随分と遠くから細々と感じられる。
自分以外の何もかもが消えれば、自分を不快にするものが消えるに違いない。動物並のそんな単純な思考が、脳の奥でかつんかつんと何かにぶつかる。
脳内には何かの警鐘がひっきりなしに鳴っているが、それは「やめろ」と己を抑制するためのものなのか、「早く倒せ」と行為を促すものなのか判断出来ない。
「馬鹿野郎!!わたしが来るまでは投与するなと言っただろうが!」
遠くで、女性の怒声が聞こえる。ノイズ交じりでも不思議と明確な言葉として耳に入るが、それは脳内で意味を成さず、ぼんやりと「何だって……?」と疑問に思う。
それは、手放そうとしていた理性の最後の欠片を繋ぎとめるには効果のある声だったようだ。
「しかし、反応が起こるまで、時間がかかるはずで……」
「そんなことはどうでもいい!おい、燈!やめろ!それ以上力入れたら手首がもげるぞ!……鎮静剤は!」
「そんな状態では打てませんよ!」
「なんのための拘束だ、ふざけんな!」
うるさいうるさいうるさい。
頭の中ではそう叫び続けているが、声にはならない。
ひとつの黒い塊が目の前に現れ、輪郭がゆらりと揺れた。と思ったら。
次の瞬間、身体のどこか――それすら判断が出来ないのだ――に鈍い痛みを感じ、意識が途絶えた。



感情の昂ぶりによって身体が変化する時、視界は混沌とした世界だけが映し出され、耳には多くのノイズが響く。
それらを処理する脳は、多分認識することが出来ないその世界に混乱し、理性の制御を手放してしまうのだろうと燈は思う。
子供の頃はそれで周囲を傷つけたことがあった。
初めは、それをやってしまったのが自分だという自覚が薄かったが、一度気付いてしまえば後は坂を転がるように現実は突きつけられる。気付けば、まだ「子供」と言われる年齢で、燈は自分の異質さを受け入れた。生きている間、自分だけは自分自身に付き合わなければいけない。それならば、腹を括るのは早い方が良いと、幼心にも彼は理解をしたからだ。
それゆえ、化け物と言われて傷つかないはずはなかったが、それを「違う」と声高に否定をすることはやめた。
自分は、化け物だ。
その自覚は燈を孤立させたが、受け入れてしまえば、人と接しなければ人を傷つけないし問題がないように思えた。
しかし、悲しいことに人は一人では生きられないし、人の心は人に寄り添いたい寄り添われたいと揺れるものだ。事実、百合子が差し出した手を拒めるほど、燈は強くもなければ、人への絶望を抱いているわけでもなかったことが、その証拠と言えるだろう。
自分のせいで彼女が傷つくことがこの先あるのではないか、と自問自答する夜は一度や二度ではなかった。それでも燈は自分から彼女の手を離す勇気もなかったのだ。
それを間違いだったと責めはしなくとも、どこかで「わかっていたくせに」と今ですら時々思う。
結果、百合子はその力と無関係――と少なくとも燈は思っている――である病気によってこの世界を去ったのだが、もし、彼女が今も生きて傍にいたならば、やはり燈は「彼女をいつかこの力で傷つけるかもしれない」という葛藤を抱いていたに違いない。
(結局、まだまだってことだ……)
燈は薄暗い自室で、椅子にもたれて脱力していた。
日米合同班のメンバーは二人一部屋をあてがわれて生活をしている。狭い室内に小さな机と椅子、そしてベッドが二人分並ぶ。
個人の持ち物が最低限しかない空間は無機質で、心が弱っている燈の気持ちを更に沈める。
度を越えた簡素さは、己が実験される立場であることを思い出させ、それは今日の失態と直結するからだ。
視線をさ迷わせると、朝脱ぎ散らかしたまま誰も触っていないTシャツや、見ようと思って全然目を通していないテキスト類が視界に入る。そうすることで、少しばかり人心地がつくというものだ。
小さく溜息をついて、机に突っ伏す。
数時間前、彼は新薬の投与の実験の被験者として、研究員達が出入りする研究棟に呼ばれた。
その実験は、「もともとの素質」を持っている燈とミッシェルのみに行われることになっていた。ミッシェルは既に前日に終えており、それを踏まえて燈への投与が決定したのだとも聞いた。ならば、問題もそう起こらないだろうと、燈自身軽く思っていたのだが……
「あ、いてて……」
手首と足首には赤黒い痣がついている。スウェットの下に隠れているけれど、太ももと胸部を固定していた拘束ベルトのおかげで、10センチほどの太い痣がそれぞれの部位にもついていて、端がすりむけて痛む。
また、限界を超えるほど筋力を使おうとしたためか、体の節々も筋もいつもと違うように感じる。
(あんなのは久しぶりだ。なんだか何もかもぐちゃぐちゃに見えて)
今日の暴走は、燈ひとりのせいではない。少なくとも研究員チームはそう言っていた。
薬の副作用だとは完全には言い切れないが、どう考えてもその可能性が高いだろうと。
意識を取り戻した時には、何故かそこにいなかったはずのアレックスが燈を心配そうに見ていた。そして、その後ろではミッシェルが偉い剣幕で研究員チームを問い詰める姿が見えた。
投与された時から意識を取り戻すまで、アレックスは勿論だがミッシェルもその場にいなかったはずだ。だが、いつ彼らがそこに来たのかよくわからないまま、ぼんやりとしていた燈はもう一度気を失った。
投与前に手首足首、その他体を椅子に拘束する処置はされていたのだから、なんらかの予測がされていたことは容易に想像出来る。それにしても、色々と雑な処置だ、と今は疑問に思うことだらけだ。
(とはいえ、あんまり化け物扱いしすぎたら、平気だつっても俺はイライラして、もっと暴走する可能性があるってわかってんだ、あの研究員チームは……だから、そこまでガチガチの拘束はしてなかったんだろうな……)
その時、シャッと軽い音と共に、部屋の扉が横に開いた。断りなしに入ってくるのだから、当然それはもう一人の部屋の主アレックスだ。
慌てて体を起こす燈。
「よ、どうだ、気分は。起きてていいのかよ?」
「うん。もう大丈夫。2時間くらい寝たらさ、まだ少しだるいけど、ただの疲れって感じ」
「そうか。一班は第3(施設の棟を指す)で夜までトレーニングと講習でまだ戻ってこないから、ミッシェルさんが後で報告にいってくれるってさ」
明日から日米1、2班は合同トレーニングの予定が入っている。だが、今日の一件をミッシェルは軽くは扱わず、今日明日燈は自室静養と言い渡された。
今まで人為変態の薬投与で暴走したことがなかったのに、新薬でこんなことになったのだ。それが身体にどんな影響を与えたのかもわからない状態で、更に人が多い場所にいくのはよろしくない。
それでなくとも、意思に反した暴走は、少しだけ「癖になる」のだ。何がトリガーになるのか今の燈にはわからない、とミッシェルは判断したのだろう。
今日の出来事をリセットするのは一晩の睡眠で十分。燈はそういう自分でありたかったけれど、ミッシェルは「燈はまだそうではない」と判断しているに違いない。苦々しい話だが、今の燈が何を言っても今は説得力がなく、不承不承従うしかなかった。
「あー……いいのにな。明日どころか今日だって、ちょっと休めば大丈夫なのに……」
なんの根拠も無いその燈の呟きを、アレックスは真っ向からは否定せず、さらりと話を逸らした。
「バーカ。ひどい顔してんぞ」
「ミッシェルさんに腹パンされたのが痛むんだよ……」
アレックスの話によると、暴走している燈を止めるため、ミッシェルはつかつかと真正面から近寄って……と思った時には既に重たい一撃を燈にお見舞いしていたということだ。吐きながら気絶したというのだから、余程のものだ。
本当は「ひどい顔」はその痛みのせいではないのだろう、と燈はわかっている。
けれど、アレックスの前で情けない顔をしているらしい自分が嫌で、ついそんな嘘をついてしまった。
燈の嘘を気付いているかどうか、まったく顔色に出さずに話を続けるアレックス。
「悪かったよ。俺が通路でミッシェルさんに声かけなかったら、もっと早くお前んとこいけたんだろ」
「いや。遅かれ早かれ結局薬を打つのは決まってたことだし」
「そーだけどさ……飲むか?」
「ん」
アレックスが差し出したペットボトルを受け取ると、燈は冷たい水を一口二口飲む。吐いた感触はもう残っていないな、と、口から喉から伝わっていく水の感触で確かめる。
新薬投与にはミッシェルが立ち会う予定だったが、数分遅れるという連絡が入っていた。
強い薬のため、今の時点では緩やかに反応を促すように、効果が現れるまで時間がかかるようになっていると燈は説明を受けた。それゆえ、ミッシェルを待たずに投与しても問題がないと研究員チームは判断をしたらしい。
ミッシェルに投与をした時は20分経過までほとんど反応がなく、ミッシェルが「もう帰っていいか、仕事がたまってるんでな」と告げた直後から様子が変わったと聞いた。それゆえ、研究員チームも「そういうもの」だと思い込んだのだ。
だが、実際は投与後数分を待たず、燈の暴走が始まったわけで、とんだ災難と言える。
ペットボトルを机の上に置くと、燈は苦笑いをアレックスに向けた。
「ミッシェルさんのパンチまじこええ」
「ほんと、お前変なうめき声出して、すごい勢いで吐いてたぜ。冗談でも怖くて襲えねぇよ、アレは……」
「本気だって襲えねぇよ、こえぇ」
二度も「怖い」を言う燈を笑いつつ、アレックスも自分の椅子に座った。それを見て、ほっと息を小さくつく燈。
火星行きのために嫌々勉強をする時も、部屋でなんとなく話している時も、大抵二人は椅子に座っている。アレックスはその「いつも通り」の状態に自然になっただけだったが、今の燈にはそれがやたらと嬉しく思えた。
「お前が気絶してる間にさ、こんなじゃ、火星行きまで新薬開発は間に合わないって言ってたぜ。もっとこっちの心配しろよ、って感じだったけど」
「新薬ねぇ……別に良いんじゃないのか?今ある薬で十分戦えるんだろ」
「今の薬より持続するやつを作ってるんだってよ」
「持続させるだけで、そんな強い薬になっちまうもんかねえ」
「さあ、俺達の頭では」
わかるわけがない、とアレックスは肩をすくめてみせた。そりゃそうだ、と燈も真似をする。
たまたま通路でミッシェルと会ったというアレックスは、彼は彼で小吉から頼まれていた伝言があってミッシェルを探していた。だから、ミッシェルも足を止めたのだろう。
遅れると先に言ってあったのだから、3分の遅刻が5分になったって、そこまで目くじらをたてることでもないと判断したに違いない。
結果、燈に投与していた部屋から慌てて一人の研究員が転がり出してミッシェルを呼ぶ姿をアレックスは目撃してしまい、ことに巻き込まれた。
研究棟に行くとろくなことにならねー、とアレックスは笑った。
燈もそれにあわせて「まったくだ」と笑ったつもりだったが、その途端、再び疲労を感じ、瞳を閉じて背もたれに身体を預ける。
「……やっぱ、寝たら?」
「いや……疲れてるんだけど……寝るほどの疲れでもないんだよなー……いつもそうなんだ。体のさ、いつもの限界を超えて動き出しちまうから、絶対疲れてるはずなんだけど、眠いって感じにはならねぇんだよ……」
「そっか」
アレックスのそのなんとはなしの相槌は、燈にとって心地よい。同室がアレックスでよかった、と心底思える。
いつも彼は「燈の力に関すること」を多く聞き出そうとしない。
勿論それは「聞いても答えちゃ駄目なんだろうな」とアレックスが感じている、ということが前提にあるのだが、一度だってアレックスは燈の心を無理矢理こじあけるようなことをしてこない。
「悪いんだけど言えないんだ」というシグナルを燈から出したこともないし、強引に「いいじゃん内緒で教えてくれたって」と言われたこともない。
要するに、若さの割りに相当察しがよい性質なのだろう。それはマルコスにも共通している部分だ。
人々の前では冗談めかして言うようなことでも、一旦第三者の目がなくなれば口にしない。それは、思いやりがある、想像力がある、というよりは、嗅覚に優れていると評されることだと燈は感づいていた。
実際のところ、燈については大層上層部の扱いは神経質だ。
そもそもM.O.手術に関しては、互いのベースについての情報は開示されきっていない。それでは任務に支障をきたすのではないかと誰もが思うが、今のところ「まだその時ではないのだろう」と納得するしかない状態。
合同班に限ったことではなく、それは二班の中だけでも言えることで、未だに燈のベースは伏せられている。
とはいえ、アレックスとマルコスに出会ってすぐ、燈は自分とミッシェルの「手術の成功率が高い」特殊さを迂闊にも口に出していた。それについての口封じは燈も聞いていないし、その場にいたミッシェルも咎めることはなかったが、心の内はわからない。
今となっては周知の事実として扱われているのだが、その理由に関しては細かな説明をすることは禁じられている。二人は「そういう体質なのだ」というだけだ。
だから、今日アレックスに燈の暴走を知られたのは完全にミッシェルのミスだ。いや、それはミッシェルのミスというより、研究員チームのミスといえる。
本来は職員しか出入りが出来ない研究所の特別棟で行うべきことを、アレックスでも出入りを許可されている棟で行ったのだから当然だ。
ともかく、新薬投与の実験、それは燈が特殊な体質だから。そこまではアレックスに知られても良しと出来るに違いない。だが、それ以降、燈が感情の高ぶりによって「まるでM.O.手術による変態のように」身体に変化が現れて暴走をしてしまうことは、知られるべきことではなかったはずだ。
それでも、アレックスは燈に何も言わない。もしかしたら、何かを言うタイミングを計っているだけかもしれないが、それをそうと感じさせない気の回し方はアレックスらしいと燈は思う。
燈はミッシェルから何も言われていないから、ミッシェルとアレックスの間でそれに関する話があったのかどうかはわからない。ただ、ミッシェルのひととなりを考えれば「忘れろ」などという一方的な押し付けはしないだろうと想像していた。
(……いいってことかな。こいつに知られても)
良いも何も、知られてしまったのだから仕方がない。それでも「いいのかな」という思いが浮かぶ。
アレックスは持ってきた袋から食料―ー通常は食堂で食事をするのだが、人が多いところに行くことを今日は禁じられている――を出して机に並べる。その様子を燈はじっと見ていた。
教育の分野では、国や育ち、年齢の関係で、アレックスより燈の方が知識はあるから、日々のカリキュラムで「お勉強」をする時は、燈が手助けすることが多い。
けれど、それ以外の面では、自分よりもアレックスの方が年上なのではないかと錯覚することも多々ある。
助けられてるな、という感謝と、俺の方が年上なのになあ、というやるせなさのどちらも感じるが、今日のところは感謝しきりだ。
「なんだ?」
「いや……」
「そんな不安そうな顔すんなよ。な、今日は一緒にここで飯食おうぜ」
「え、お前は食堂で」
「ミッシェルさんにも許可もらってきた」
「そっか。ありがとな。気にかけてくれて」
「礼は体で」
「礼だとか貸し借り関係なしでやりたがるくせに」
「いつもよりサービスしろっていう意味だ」
「なんだよ、サービスって」
「言ったらしてくれんの?」
「う……」
そこで口ごもる燈の様子が気に入ったのか、アレックスは口端を軽くあげて笑みを見せる。
「どんなサービスなのか、想像したんだろ?燈はエロいなー」
「ふっざけんなよ……」
「ふざけてねーよ。むしろ俺のがサービスしてやってんじゃん。ほら、こんだけ色々仕入れてきたぜ。飯はここででもいつもと同じ時間に食べろってさ」
「わかった。サンキュ」
アレックスが最後に言った「サービス」は、一人で部屋で食事をしなければいけない燈のために、自分も一緒に食べられるように頼んできたこと、そして、「どれを食べるか」を選べるぐらい色んな種類の食料――ゼリー飲料やバータイプのものから、開封して酸素に触れることで熱調理を始めるレトルト類など多数――を持ってきたことだ。
ここ最近はすっかり「U-NASAの食堂で出されたものを食べるだけ」の生活だった燈にとっては(多分アレックスにとっても)、ささやかなことでも楽しみに思えた。
アレックスは今回の件を燈がどう思っているか知るはずもないけれど、少なくともマイナスな感情になっているのでは、と気をつかっているのだろう。
(あんなの見たら、いくらアレックスでも怖がっておかしくないのに)
それでも、まったく自分からそういったことを口に出さないアレックスにどれほど救われているか。
内心深く感謝をしつつ、ついに燈は自らアレックスに尋ねた。
「……なあ、俺どうだった?」
「んー?」
「暴れてた?すんげー痣ついて痛いんだけどさ」
その言葉にアレックスは迷いなく、燈の手首に視線を移す。
気絶していた自分をこの部屋に運んだのが誰なのかはわからないが、アレックスが手首の痣にとうに気づいていたのは間違いない、と燈は思った。
ふい、とそこから再び視線をはずして、軽い声音でアレックスは尋ねた。
「なんだよ、人が黙ってやってんのに。その話しても落ち込まないか?」
「……うん。別に初めてのことじゃないし。でも、いつもと違ったからさ、どんな感じだったのかとか……ああいう実験時は映像残すみたいだけど、あんまり見せてもらえないんだ」
「ああ、うん……燈さんったらとってもワイルドでステキだったわよ」
「バーカ」
「ふははっ」
どこまで茶化す気だ、と燈は「こっちは真面目なんだぞ」と軽くアレックスを睨んだ。
「ああなるとさ、意識が、どっかいっちまう時があるんだよ」
「そうみたいだな」
「でも、今日のはひどかった。研究員チームの一人一人どころか、ミッシェルさんも、多分、お前のことも見てはいたんだろうけど……」
「……うん」
「認識できてなかった。何かがそこにいて、それで、ひどく耳の奥で嫌な音が響いて、イライラして。そこにいる何かをどうにかしなきゃ、助からないような気がして」
「薬のせいだ。それだけだろ」
「わかんねえだろ、そんなの」
食い下がるように、少しだけ語気が荒くなる燈。
アレックスはそれへは何も言わず、静かに燈の次の言葉を待つ。
その視線に、一瞬熱くなった燈はゆるやかにクールダウンしていく。
アレックスは、ひとごとだから軽い言い方をしているわけではない。アレックスがわかるはずもなくて燈だってわからなくて。何をどう考えたってわからないものはわからないし、落ち込んだって事態は変わらない。
だから、少しでも気が楽になるようにと、アレックスもまた「仕方なく」そういう無責任な言葉を投げているだけだ。
燈は肩を落として、アレックスから視線を逸らした。
「……知らないうちに、自分が好きなやつら傷つけたら嫌だろ」
「うん」
「お前やミッシェルさんに、何もなくてよかった」
「……」
「あれで、拘束してたやつをぶっ壊してたら、研究員のやつらのこと殺してたかもしんないのに」
「そんなの、あいつらの自業自得だろ」
「あいつらはそれでいいかもしれないけど。意識が飛んでる時に、知らないうちに誰かを傷つけるのはしんどすぎる」
「そ?」
あまりにあっさりとしたアレックスのその声が燈には意外に思えて、驚いて顔を見る。
すると、真剣に聞いてくれていると信じていたアレックスは、今にも笑い出しそうな表情で燈をみつめていた。
「なんだよ、まじめな話してんのに、なんでお前にやにやしてんだよ」
普段馬鹿なことを言い合っていても、こういう時に茶化す人間でない。だが、明らかにアレックスは笑いを堪えている。
「あー、うん、知らないうちに好きなやつら傷つけたら、ねえ」
「なんだよ」
「俺は、別にいいんだぜ?毎度毎度、俺が痛い目にあってるのを、いつになってもお前が気付いてなくても」
「え」
「でも、再来週は検査があるから、来週あたりは我慢してくれよ」
何を言っているのか意味がわからない。燈は眉根を潜めて「どういう意味だ」と表情で訴えるが、アレックスはついに堪えきれずに口端から「ふはっ」と軽く息を漏らした。
「嫉妬深い女みたいに、わざと爪立ててるわけじゃねぇんだろ?」
「……ま、て。アレックス、何……」
がたんと立ち上がり、燈はアレックスの肩をぐいと掴んだ。
いくらか乱暴に前傾姿勢にさせて、Tシャツの裾をめくった。アレックスは何の抵抗もしないで、なされるがままになっている。
「……っ!!」
「気付かなかったんだろ?今まで」
「お」
俺が。
そう言葉に出せなくて、燈は口を半開きにしたまま頬を紅潮させる。
アレックスの肩甲骨は美しい、と燈は以前から思っていた。
まさか、自分が気に入っているその部位近くに散らされた、赤黒い小さな痕は。
「もっとよく見てもいーぜ」
「もう、いい、どう見ても、俺だ。これ以上、そんなの、直視出来ない……」
「ふははっ」
アレックスのTシャツを慌てて引き下ろし、けれど、やはりまた少し気になって服の上から指を這わせる燈。
痛くないのかとか、いつからなのか、なんで黙っていたのか、とか。
ぐるぐると頭の中をさまざまな言葉が回る。
一方のアレックスは静かに燈にされるがままになったまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「やってて、ぶっとぶ時あるだろ」
「……」
「終わった後も、結構意識戻らないからさ」
「う……うう……」
混乱する思考をどうにか正常に戻そうと、燈は必死に記憶を探った。
アレックスと体を重ね始めたのは、もう数ヶ月も前のことだ。同室になってすぐに恋愛感情を抱いたわけではないし、男同士に抵抗がなかったわけではない。
それでも、今記憶を辿れば、案外早い時期に、そしてかなりの回数肌を重ねている。
いつどんな風に何をしたか、など詳細を覚えているわけでもないが、繰り返すうちにおおよそのパターンというものは決まってくるものだ。
まったく年上の面子というもの丸潰れであるが、時々燈は行為の最中に意識が飛ぶ。それのほとんどが、強烈な快楽に混乱するかのような、行為として正しいのかどうかも測れない状態で訪れる。
口では怖いとか嫌だとか発しているはずだ。少なくとも燈自身はそう思っている。それを聞いてもアレックスは待たずに、燈を追い立て、その行為に没頭してしまう。
そんな時、手放した意識が戻ってくるのは半刻も過ぎた頃だ。
大抵アレックスが処理をし終えて――アレックスが燈の制止を無視して、自分勝手に振舞っているのだからそれぐらいはしてもらわないと困るわけで――ミネラルウォーターをすぐに差し出してくれるほど。
(そういや、そういう時のアレックスって)
いつも、Tシャツを着ている、と思い当たる。
「隠してたわけ」
見下ろす燈を、椅子に座ったまま見上げるアレックスの視線は穏やかだ。
「……嫌いじゃねぇんだよ。痕つくぐらい、しがみつかれんのは。たまーに血ぃ出るぐらい食い込んでるけどよ」
「そうだったのか……でも、俺は……」
俺は嫌だ。そう言おうとしたが、燈は言葉を詰まらせた。
あまりの恥ずかしさで顔が熱い。触れなくても自分の耳まで熱くなっているとわかるなんて、室内は相変わらず薄暗いままだったが、アレックスには確実に見通されている。
その先をはっきりと言わせずに、アレックスは小さく笑った。
「お前、やってる時結構ぶっ飛んでるのに、今更素面でぶっ飛んでるの見ても、別に」
「そ、それとこれとは違う話だろ!」
いたたまれなくなって、どすん、とベッドの縁に腰をかけて頭を抱える燈。
恥ずかしさに強く目を閉じても、瞼にはアレックスの背が浮かぶ。綺麗な肩甲骨の上や下に、まるで女につけられたような爪あと。
それが消えないうちに再びセックスをしたのがわかる、一度ではそうならないだろう赤黒い痕。どう見たってそれは女性の手がつけた間隔ではない。
「別にいーんだ。この程度。好きなやつにしがみつかれるのは、いいもんだ」
「ばっか……」
自分の方が年上なのに。
悔しいというより、申し訳ないという気持ちが湧き上がってきて、燈は溜め息をついた。
駄目だ。こういう日は何をやってもへこむものだ。
その溜め息をアレックスは聞き逃さない。それもいつものこと。
ゆらりと揺れる気配を感じて頭をあげると、今度はアレックスが椅子から立ち上がり、燈の前に立っていた。
「申し訳ないと思ってるなら、舐めて治してくれよ」
「動物かよ」
「なんてな。はは」
「よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「お前が言わせてるんだろ……お前が舐めてくれないなら、俺が舐めてやる」
「意味、わかんね……」
髪に差し込まれるアレックスの指。
覆い被さるように近づいてくるアレックスの顔は、しみじみと見ると驚くほど整っていて、同性ながらに一瞬見惚れてしまう。
その隙を逃さずに、容易に額に、まぶたに、耳にと軽く落としていく、触れるだけのキス。
まるで子供扱いをされてなだめられているようだ、と燈は思ったが、やがて、アレックスの唇は僅かに開かれ、ついばむ様なキスへと変わっていく。
「食べてんの?舐めるんじゃなくて」
と聞けば、一度身体を離してアレックスは笑った。
「おう。猛禽類は肉食だし、ってな……観念しろ」
「いっつも、抵抗したって」
無駄じゃねぇか。
またも燈の言葉は途中で切れた。
アレックスの体重を心地良く感じながら、背がマットレスに沈む感触に燈は瞳を閉じた。


いつだって、燈の身体の奥に生まれた熱をアレックスは察して、それを容易く煽ってゆく。
行為の恥ずかしさに息があがり、快楽は更にその熱さを増し、あっという間にその熱は燈の理性を奪おうとする。
聞いたことがない吐息まじりの声が唇から漏れてそれが己の鼓膜を震わせば、そんな恥ずかしい声を出すのが自分だという事実から目を背けたくて、どんどん理性はくぐもって行く。
情事の1から10を覚えていては、あまりの恥ずかしさに耐えられず、二度三度と身体を重ねることはなかっただろうと思う。
「おい燈。身体つっぱんなよ……」
「だって……」
「嫌いなフリすんな」
「そういうんじゃねぇって……」
熱が加速する前に、理性が残っている間に、いつだってアレックスは少し意地が悪い。
まるで女が感じるように胸へのキスで声をあげるのが恥ずかしくて、それだけは耐えようと燈が力を入れていることなぞとっくにお見通しだ。
「気持ちいいこと好きなくせによ……お前言ってたじゃん、一人でさあ、動画サイト見て、よくやってたって……」
そういいながらアレックスの唇は燈の胸の突起を挟み込み、軽く歯を立てる。
嫌だ。身体を重ねるようになってから、随分感じるようになっている。燈のその自覚は、自分の身体を更に熱くする火種にしかならない。
アレックスは歯を立てたまま器用に舌を這わせる。少し強く噛みながら何度も嬲られるのが好きだととっくに知っている愛撫は、それだけで燈を泣きたい気持ちにさせた。
「こんなことになんなら……言わなきゃよかった……」
「こんなことって?」
「……んっ!」
歯で挟み込んだ乳首を軽く吸われるだけで声が漏れる。
ひんやりとした空気に触れたことで、ようやく開放されたことに燈は気付くが、アレックスは指で燈の乳首を何度もなぞる。
わざと唾液を塗りこむように円を描く指を見ながら、燈は股間のものを硬くした。
既に衣類をとっぱらってしまった二人は、お互いのものがどう反応しているのかを見逃すわけがない。
「お前、好きだよな、舐められんのも、こうやって匂いつけられんのも」
「匂いって……」
「かけられんのも好きじゃん」
「好きじゃねぇよ……」
「好きだよ……な、ここ沁みる?」
「そこは、大丈夫……手首と、足首が」
アレックスは、椅子に拘束していたベルトの跡に舌を這わせる。
「わかった。触らないように出来るだけするから……お前も、あんま暴れんなよ。暴れたら手首掴むからな」
「どんな脅しだよ、それ……んっ!ん、あ……」
するすると燈の身体をなぞるアレックスの指と唇。耳元で断言するアレックスの声。熱い息と共に吐き出されたそれに興奮して、燈は無意識に軽く腰を浮かせる。
その隙を待っていたとばかりに、アレックスもまた硬くなった自分のそれを、浮かせた燈の股間に押し付けた。
ぞくりと燈の背中に何かが走る。反射で背を反らせば、まるで自分からねだるかのようにアレックスのそれへ自分の熱を擦り付けるような動きになり「あっ」と声が漏れた。
もう駄目だ。こうなったら止まらない。
いつだってアレックスは楽しそうに燈を煽っては、存分に快楽を与えながら好き放題する。
年上の尊厳だとか男の沽券だとか、そういったことはまったく関係なくなり、燈はただただ与えられる刺激を受け入れ、時に要求されることに無我夢中で、快楽に浚われないように必死にしがみついて応えようとする。
(やばい。怖い)
同じだ。
理性を手放すのは。
違うのは快楽と暴力といった、そこにある行為の質ではない。
主導権を握る者が他者なのか自分なのか、その違いだ。
昼間、理性を手放した時は、主導権を握ったのは自分でも他者でもなく、意思の疎通が出来ない未知の自分。
ここで自分がまた意識を手放したら「それ」が戻ってくるのではないかという恐怖に、僅かに燈は身を竦める。
途端、アレックスは突然強引に唇を重ね、こじ開け、舌を絡めてきた。
ほんのわずかな燈の身じろぎを、彼は見逃さない。
それが恥ずかしい反面心強く思え、燈は口腔内を蠢くアレックスの舌に応えようとする。
熱い。
水を飲んだ後などに交わされる冷たいキスが、燈はあまり好きではない。
けれど、こうやって貪るように、熱があがった体で交わすキスは、今度は熱すぎてどうにかなってしまいそうだ。
「ま、て、アレックス」
ようやく一瞬だけ許されて息をついた瞬間、燈は掠れ声でアレックスを止めた。
「なに」
「駄目だ、今日、また、俺」
途切れ途切れの言葉でも、それが理解出来ないアレックスではない。
物分りがいい人間はありがたいが、良すぎるのも問題だ。いつもそう思っているけれど、今の燈にはそんなことすら思い浮かべる余裕がない。
そんな燈の主張をまったく聞き入れず、アレックスは、再び胸に舌を這わせながら無遠慮に燈の股間に手を伸ばした。
手馴れた愛撫は、どんどん直接的になっていく。
全部剥けきらないまま与えられた緩やかな刺激が、少しずつ強くなっていく。
上下に扱くその動きに摩擦が減ってスムーズになったのを感じ、燈は更に恥ずかしさで「やだ」と声をあげた。
勿論アレックスはその声には返事をしない。嫌も何も無いのだ。燈の熱い先走りが愛撫を助けている以上は、それは「いい」の間違いだ。
「あっ、あっ……うっ!」
先走りの滑りを十分に手のひらに伸ばし、アレックスは燈の亀頭を手のひらで包んだ。直接的な刺激に喉を仰け反らせる燈。
「駄目だ、駄目、早い、いつもより、剥くの……あっ、あ、あ、強いってば、強……」
「こんだけ滑ってりゃ、強い方がいいんだろ……お前、とにかくここが好きだもんな」
「う……みんな、そ、じゃないのか」
「内緒」
「強い、強いからっ……」
非難の声をあげて、燈はアレックスへ手を伸ばした。が、アレックスは全身で燈の体をベッドに押し付けるように覆いかぶさり、左手で燈の頭を抱え込んだ。
「!」
耳元にアレックスの舌が入り込み、燈はひきつれた声をあげた。
意地悪く、わざと耳の中で水音をあげて舐るアレックス。その右手は、容赦なく燈の熱をあげていく。
燈に重ねられたアレックスの体はしっとりと汗ばんでおり、右手の動きと合わせて僅かに体全体が震える。伝わる僅かな振動すら心地よくて、気がおかしくなりそうだと思う。
「なんだよ……いつもより、固いじゃねぇか……強い強い言って、痛くねーんだろ」
「ひ……やだ、アレックス、俺、ちょっと、今日は、いつもと」
容赦ないアレックスの手に翻弄されながら、切れ切れに訴える燈。
「大丈夫だって」
「だって、また、駄目になったら……もしかしてっ……お前のこと」
「ならないって」
「そんな保証ない……やだ、もし、俺が、やばくなった、ら」
「そしたら、俺だけ服着てミッシェルさん呼びにいってやるよ」
「馬鹿野郎っ……そんな……」
ひとごとだと思って。
そう非難しようとしても、アレックスから与えられる強烈な快楽に抗えない。
「アレック……ひっ!?」
ずるりとアレックスの手で亀頭から裏側へと強く撫で下ろされ、燈は悲鳴に近い声をあげた。
一度射精したのか、それともローションでも使ったのかと思うほどに、アレックスの手はスムーズに燈のペニスを扱く。
(嫌だ。そんなに、俺、今日)
とろとろに、勝手に流れてしまっている恥ずかしい液体。
いつもよりそれが多いのが何故なのかはわからない。
いっそのこと、これすら薬の副作用だったらいいのに。だったら、いくらでも言い訳が出来るのに。
気付けば燈はじんわりと涙を浮かべながら腰を浮かせ、アレックスの手の動きに合わせていた。
人から与えられる刺激は予測がつかず、どうしようもなく翻弄される。
しかも、何度も体を重ねているせいで、アレックスはどうすれば燈の意識が飛ぶのかもきっと知っているに違いない。
ぬちぬちと、粘度の高い音がかすかに聞こえる。
「きもち、いい……っ」
「だろ」
「やだ、きもちいい。いやだ」
視界が歪む。ノイズが聞こえる。
昼間のようにまた暴走したらどうするんだ。そう思っても、既に理性はほとんど手放されて自分を引き止める力が圧倒的に足りない。
嫌だ。怖い。気持ちがいい。
アレックスのことを傷つけたらどうしよう。
思考はどんよりと混濁しているかと思えば、ところどころが尖って錯乱を訴える。
目を開けていることが苦痛で閉じても、まるで何かが見えているかのように脳に歪んだ世界を送り込む。
「やっ、や、あっ、あ、あ、あ、あっ」
強く感じられるのはアレックスの手で作られる快楽ばかり。
燈は夢中でアレックスの背に腕を回した。
やだ、やだと連呼しながら、どこかぼんやりと遠くで(どうしよう)と何度も繰り返す自分の声が聞こえるようだ。
どうしよう。
こんなに、優しくされて、意地悪されて、でも、甘やかされて。
急激に高まった快楽に自ら足を開いて体を震わせると、アレックスの熱が太ももに擦り付けられる。
固い。熱い。気持ちがいい。怖い。
それから。
燈は、気付かぬうちに泣きながら強く目を閉じ、我慢ひとつせずアレックスの手の中に熱を放った。


次に燈が気付いた時、「いつも通り」アレックスは椅子に座り、Tシャツにトランクスという姿で炭酸飲料を飲んでいた。
「アレックス」
「起きたか」
燈はゆっくりと体を起こそうとしたが、鈍いけだるさを全身に感じて、横たわったまま視線をアレックスに向けるだけだ。
「うん……俺また、やっちまった?」
「いや、それほどでも」
「それほどって」
「……今日は挿れてないから、そうでもない」
「ごめん……俺だけ出して、終わり?」
「いや?お世話になっといた」
「え……?」
「内緒」
「待て、お前、俺が気い失ってる時に、一体」
ははは、と高らかに笑うアレックス。
「俺はいいんだよ。お前がいっくら意識飛ばしても。その方が」
「待て。ちょっと待て、どういう」
燈はもう一度起き上がろうとしたが、やはり体に力が入らない。
今まで意識を失っていたのに、急激にやってきた眠気に抗えずに再び体の力が抜けていく。
「アレックス……俺、眠い……」
「よかったな。疲れてるのに眠れなそうだ、って言ってただろ」
「……お前、もしかして……」
椅子から立ち上がったアレックスはベッドに近付き、燈の頭を撫でた。
体をあわせる時の快楽とは違う気持ち良さに、もう瞼を開けられる気がしない、と燈は思う。
「アレックス」
「おう」
「次は、手ぇ、縛ってやれよ」
「なんで」
「やっぱ、やだよ。お前に痛い思いさせんのは」
意識が薄れる前にそれだけは言わなければ。力ない声で、まるで寝言のように、それでも懸命に伝えようとする燈。
それへ、アレックスはまた同じことを言った。
「別にいいんだ。お前にしがみつかれるのは、いいもんだ。それに、手なんか縛ったらひどいことすっぞ」
「……俺だって」
駄目だ。もう睡魔に抗えない。
こんなに強烈に眠いなんて、これも薬のせいじゃなかろうか。
そんな想いがちらりちらりと浮かんでは消え浮かんでは消える中、燈は最後の力を振り絞る。
「俺だって、お前ならいいんだよ……」
結局飯食べてないやとか、今は何時なのかとか。
そういったことすら確認出来ないまま、燈の意識はぷつりと途絶える。
最後に耳に入った「お前はいつも煽りすぎだ」という声は、燈の脳内では意味を成さないままだった。


おしまい。









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