アレマルエロ

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眠れる場所があるということは、ありがたいことだ。
衣食住が最低限、いや、最低限どころではなく揃っている今の環境は、アレックスやマルコスにとって、楽園と言っても過言ではない。
その中でも特に、食に関してはこれ以上のクオリティはないという――味の面ではないが――ほどに完成されている。
基本的に今の彼らはU-NASAの食堂で、おおよそ決められた時間の食事が義務づけられている。
アレックスとマルコスは、年齢的に現在成長に負担をかけない程度の身体作りを優先されており、日々のカリキュラムから目標消費カロリーが算出されている。当人達にはよくわからないが、算出結果に基づくメニューが提供され、栄養学的にも優れた食事となっているらしい。
その上、どういう計算をすればそういう風になるのかアレックスにはわからないが、食事は常に「腹八分目」となる量で提供されている。
食べ過ぎることもなく、足りないと思うこともない。毎回そうであることは、どれだけすごいことだろう?
すごいことなのだが……
「なー、アレックスー」
「おう……」
椅子に座って机上の書類整理をしているアレックスは、顔も上げずに適当な返事をした。
声をかけてきたのは、アレックスのベッドでごろごろ横になっている、同室のマルコスだ。
二人にあてがわれた部屋は無機的で、調度品が少ない。少しは「お勉強」出来る程度のライト付きデスクと椅子、小さなチェスト、そしてベッド。壁収納で小さなクローゼットがあったが、着の身着のままで来た彼らにはその「小さな」クローゼットすら入れるものが一向に増えない。
少なくとも、彼らと仲が良い燈の部屋もそう代わり映えがないため、アネックス計画に身を投じた者は、この施設内の大体同じような部屋に寝泊りしているようだ。
幼馴染といえば聞こえはいいが、ただの腐れ縁。火星行きの任務では班が別れ、長年の腐れ縁もこの程度だったかなんて思っていた。
それに気を利かせた小町小吉が「合同班とはいえこれから別行動が増えるから、部屋ぐらいは一緒でいいだろ」なんて言い出した時は、正直アレックスも内心嬉しかったものだ。
それは、自分達がセックスをするような仲に発展していたからではない。単純に、二人でいれば楽しいし気安い。そういう仲だったからだ。少なくともアレックスはそう思っていた。
しかし、マルコスの方はというと……
「今日は?そういう気になんねぇ?」
「お前は、今日も、そういう、気に、なってるわけか」
そういう気、とは、セックスをする気、という意味だ。呆れ顔でわざと切れ切れに返事をするアレックスだったが、マルコスはまったく意に介さず、あっけらかんと肯定した。
「しょーがねーだろ。俺、お若いんですもの」
「そりゃ結構なことだな」
年はほとんど変わんねぇだろ、と言い返しそうになったのだが、ありきたりだと思ってやめた。しかし、その代わりに出た言葉は更にありきたりで、そんな自分にいささかがっかりするアレックス。
椅子の背もたれに体重を預けながら、すぐ横にあるアレックスベッドの上でしきりに壁側、逆側、壁側、逆側と転がっているマルコスを観察した。
毛布をぎゅっと抱きかかえて足で挟み込んで転がる姿を見て、幼児かよ、と思う。それに、どうせごろごろするなら、自分のベッドでやりやがれ、とも。
「お前、溜まんねーの?」
アレックスの視線に気付き、不満そうに唇を突き出すマルコス。作った表情のあまりのわざとらしさに「やめろ」と言って、手元にあったペンをアレックスは投げつけた。マルコスの肩に当たって、カタンと床に落ちる。それを、「ちぇ」と言いながら拾ったアレックスは、器用にくるくる回しながら溜息ひとつ。
「溜まるも何も、大体この前ヤったのいつよ」
「えーっと、きのう、おととい、そのまえ……三日前?」
ペンをペン立てに戻しながら「週に何回やる気だ」と内心で呟き、わざとらしく唇を突き出す。
「お前が数えられる程度のインターバルだろ?マスタベ覚えたてのサルか、お前は」
「サルが日数数えられっかよ!俺様の知能に謝りやがれ」
「アホか。お前に謝るんじゃなくてサルになら謝ってもいーけどな」
「アホはどっちだ。何で素直にならねーんだよ」
「すこぶる素直に、別にやりたい気分じゃねーんだよ!」
ああ、面倒くさい。アレックスはベッドの縁を足で蹴った。
だが、彼の苛立ちなぞどうとも思わぬように、マルコスは「やーーろーーーぜーーー」と訴えながら再び壁側へ縁側へとごろごろと転がり回る。
「……ったく、以前は散々……」
「んー?なんだ?」
「なんでもねぇよ」
舌打ちひとつ。仕方がねぇな、とアレックスが腰を浮かせると、それに反応してマルコスはベッドの上でむくりと起き上がった。
誰もやるとはいっていないのに、勝手に読むんじゃねえよ、と眉根を潜めるアレックス。
(腹いっぱいの時はやりたくねぇだとか、腹減ってんのにやってられっか、だとか)
それが、マルコスの「焦らし」なのかと勘繰っていた時もあった。今すぐ、当時の自分に「なんの駆け引きでもない。あいつはただの阿呆だ」と言ってやりたい、とアレックスは心底思う。
つまり、日々の食事が腹八分目になったことで、最近のマルコスはほどよい性欲維持をして「いらっしゃる」――と皮肉を言ってもどこ吹く風なのだが――わけで、それがアレックスには困り物だった。
最初は笑いながら「いやあ、食欲も満たしたら、もう片方も満たしたいっしょ」とか能天気なことを言っていたマルコスに付き合っていた。だが、ここ最近のマルコスは異常だとアレックスは思う。
毎日毎日やろうやろう、セックスセックス、とそれこそ本当に猿にでもなったのかと心配になるほどだ。
「お前、前からそーだったっけか……?」
「は?何が?」
「セックス依存し……」
依存症、といおうとしたら、枕が飛んできた。片手でそれを受けて、マルコスに投げ返すアレックス。
「お前だって、やり始めの頃、毎日せっついてきたくせによおー」
「あん時は、確かに猿だったな、俺は。うん」
「うわ、認めたよ、こいつ」
それに異論はないと素直に同意すると、マルコスはげらげらと笑いながらまた転がる。
そんな彼の様子を見て、アレックスはふと心にひっかかりを覚えた。
(……そういや、こいつ、最近よくベッドに転がってんな)
本当はアレックスも、夕食後はすぐにでもベッドに転がりたい。それを踏みとどまっているのは、日々のカリキュラムの中にはテキストを頭に叩き込まなければいけないものがあるからだ……というのは、表向きの答え。
ここ最近、アレックスのカリキュラムはオーバーワーク気味だ。
マルコスには一切教えていないが、人為変態後の握力調整がうまくいかず、持つもの持つもの壊してしまい、一向に訓練が進んでいない。一日に摂取できる薬の量は決まっているため――アレックスの体のためにも、予算的にも――薬が切れれば訓練は終わり。だから一見第三者が見れば順調にカリキュラムをこなしているように見えるに違いない。
だが、その実、アレックスのトレーニングは難航しており、やればやっただけ当然疲れるし、うまくいかなければ精神的にもいくらかへこむ。
そんな毎日のため、夕食前も夕食後も、ベッドに倒れたらそのまま寝てしまいそうになる。しかし、夜しかマルコスとは話せないし、時には燈やシーラが遊びに来ることもあるわけで、アレックスはなんとか起きていられるようにと彼なりに頑張っているのだ。
(……もしかして、こいつも疲れてて、ごろごろしたいのかな)
と思い当たったが、すぐ考え直す。
疲れているなら余計、ベッドに横になれば寝てしまうだろう。特にマルコスは「寝る子は育つ」の代表格で、安全な住居で毛布一枚与えれば、目一杯眠れるだけ寝てしまう。(その代わり、安全の保証がなければすぐにでも飛び起きるほど、警戒心は強いのだが)
それに、比較的暑がりのくせに、わざわざ毛布を抱きかかえて駄々を捏ねるなんてマルコスらしくない。
(ふーん……)
何やらおかしい。
アレックスは無言で立ち上がると、有無を言わさずマルコスの毛布を引き剥がそうとした。
それに気付いたマルコスは、慌てて強く毛布を掴もうとしたが、ごろごろ転がっていたため警戒が薄かった――アレックス相手に警戒も何もあったものではないが――ようだ。
「あっ、ちょっ!」
そのマルコスの情けない声にアレックスは「ふはっ」と小さく笑い声をあげた。
あっけなく毛布を取り払われるや否や、アレックスに背を向けようと寝返りをうつマルコス。
何すんだよ、とか、返せよ、とか。そういう反応がないのは更に不自然だ。
「うわ、やめろ!」
アレックスは叫ぶマルコスの体を両腕で掴むと、無理矢理正面を向かせた。寝返りをうとうと丸くなっていたマルコスの体は、ころりと容易にアレックスの方を向いてしまった。
目ざとく、マルコスの「異変」に気付いたアレックスは、口端を歪めて小さく笑う。
「……ぷっ……」
「わーーー!くそっ、くそったれ!」
毛布を返せとは言わなかったが、マルコスは慌てて膝を抱えるように体を丸めた。だが、時既に遅く、アレックスは「見て」しまっていたのだ。抱えた毛布に隠されていた、マルコスの股間の隆起を。
「なんだ、おまえ、何1人でおっ勃てて……」
「うっせーな!」
マルコスは顔を真っ赤にして、アレックスの言葉を遮った。
さっきまであれほど「やろう」だとか直接的なお誘いをしてきたというのに、準備万端の様子を見られたのは恥ずかしいらしい。
アレックスはさっきまではお前の方がうるさかっただろ、なんて突っ込みを飲み込むと同時に、何かがことんと腑に落ちた。
「お前、もしかして」
「なんだよ」
不機嫌そうにむくれ声のマルコス。
「すっげ、疲れてるんじゃねえの」
「疲れてるに決まってんだろ!それがどーしたよ」
「それ、俗に言う疲れマ……」
「うっせーうっせーうっせー!!お前にはわかんねーだろーけどよ!俺、最近めっちゃ疲れてんの!疲れてんのに、おっ勃って寝れねぇの!」
「俺だって疲れてんだよ、毎日」
「じゃあ、なんでお前は勃たねぇの!俺、最近!もう!勃ちまくり!」
矢継ぎ早に自己主張ばかりするマルコスの様子に、「逆ギレ」という単語がアレックスの脳内で浮かぶ。なんで勃たねぇのと言われても、なんでも糞もない。
「抜きゃいいじゃねーか、勝手に」
「お前、もしかして」
「ざけんな。抜いてねーよ。お前と一緒にすんな。知ってるか、それ、EDの治療薬投与の状態と似ていてな……」
「どーでもいいわ、そんなこと!」
当分このネタでマルコスをからかうことが出来るな。
つい、にやけ顔になるのを懸命に抑え、アレックスはマルコスに背を向けるようにベッドの縁に座った。
今日はシーツ交換日だったはずだが、散々マルコスが転がったせいで既にシワだらけになっている。
「さすが、お若いですわね、マルコスさん。お疲れなのにお勃ちになられて」
「うっせー!」
馬鹿にされていることに気付かぬマルコスではない。叫びながら、アレックスの背中をどすどすと足で蹴ってくる。
あまりにそれが駄々っ子のようで、うはは、とアレックスが笑い声を上げた時だった。
「隙あり!!」
「うおおおああ!?」
マルコスが両足でアレックスの腰を後ろから挟み、無理矢理倒そうと仕掛けてきた。これっぽっちも予測していなかったため、あっさりと後ろに倒れてしまうアレックス。
どすん、と倒れれば、ちょうどマルコスの胸部が枕代わりになる。なんとも硬くて色気のない枕だ、とアレックスは眉根を寄せた。
「なんだよ」
「なんだよじゃねーだろ……なあ、やるの。やんねーの」
「……」
体重をマルコスの身体に乗せれば、ちょうどアレックスの腰近くに「お勃ちになられて」いるものが嫌になるほど密着する。
既にいつでも寝る準備が出来ている彼らの衣類は薄い。薄布数枚越しですら、その熱さが伝わるのだからたちが悪い。
それは、やりたいとかやりたくないとかより先に、確かにこれじゃあ可哀想だなんていう同情をしてしまうからだ。
「お前の、いつもより硬いんじゃね?使うあてもないくせに」
「……俺はいつだって使いてぇんだよ」
「100年、いや、20年?はえぇんだよ」
「ふっざけ……はっ……」
んな、と言おうとしたに違いないが、マルコスは身体を震わせてその先を続けられなかった。
身体を起こしたアレックスが、容赦なくマルコスの股間を手のひらで押したからだ。
自分が僅かに出した恥ずかしい声はさて置いて、とばかりに、にやりと笑うマルコス。
「触ったな?触ったな?責任とれよ、おい」
「ガキかよ、お前……」
「お若いですから」
「バッカ……変わんねぇだろ……」
アレックスは観念し、ついにありきたりの言葉を返して苦々しく笑う。
「おら、さっさと脱げよ。俺の気が変わらんうちにな」
「おー」
やりたいだのなんだの言うくせに、即物的にすぐ下半身を脱がせると、マルコスはいつも文句を言う。
まるで、手順を踏んで欲しい女みたいで面倒だとアレックスは思うが、自分が逆の立場だったら確かに「穴ならいいのかよ」と苛立つのかもしれない。
だというのに、脱げといえばさっさとTシャツを脱ぎ捨てるあたり、どっちが即物的だと呆れを通り越して笑うしかない。
仕方ねえな、と内心呟いて、ドアがロックされてることを確認すると、アレックスはマルコスに覆い被さった。


やる気があるとかないとかは関係なく、一度始めてしまえばどうにかなるものだ、とアレックスは思う。そんな自分に若干呆れもしているが。
自分から欲情してなくとも、少し上擦り始めるマルコスの声を聞けば、まるでパブロフの犬のように自分もまた屹立させてしまうからだ。
「おっ、前、ねちっこすぎんだ、ろ。やめろよ、そこぉ……」
「文句ばっかりだな、お前」
「だってよぉ……」
「言うことが、違うだろうが」
「言わねー」
はあっ、と荒い息をついて首をふるマルコス。
始まる前もしわくちゃだとアレックスが思っていたシーツは、マルコスが首を振れば更に頭の下でぐちゃぐちゃと布が寄る。こうやって体を重ねる時、数回に一度は「シーツ交換が自己管理でよかった」とアレックスは思う。人に交換されては、間違いなく深読み――深読みも何も、それが正解なのだが――されて、何をやっているかすぐバレてしまうだろうから。
「やだ、って、言って……ん……」
首から鎖骨にかけて何度も舌を這わせれば、物足りなさに腰を浮かせて押し付けてくる。口を開けばいつも通りの減らず口交じりだが、手近な快楽に流された声音はいつも通りではない。くすぐったいと気持ち良いの中間を行き来するごとに、少しずつ気持ち良いへと傾いていくマルコスを見るのは楽しいと思えた。
くすぐったいうちは、舌を感じている方の目を殊更に細めて嫌がるが、徐々に緩んでくると両目を閉じて眉根を寄せることが増える。その様子は、きっとアレックスしか知らないことだし、マルコス本人にそれを教える気はない。
こうやって身体を重ねる前から、首が弱いことは知っていた。
マルコスがよく着ているパーカーのフードが裏返っていたのを直そうと手を伸ばした時に、触れる前から妙に過敏に反応をしたことが多々あった。
ある日、それを思い出して、ちょっとしたいたずら心で首元を一度噛んでみたら、普段のマルコスからは想像もつかない、可愛らしい奇声をあげた。(誰かに言えば、奇声で可愛いとはどういうことか、と言われるに違いないが、アレックスにはうまく説明が出来ない)それが最初であり、彼らの「立場」を決めた決定打だ。
そのせいか、首から鎖骨を執拗になぞり、舌を這わせ、時に歯を立てるとマルコスは喘ぎながらも相当に苛立つ。
気持ちがよいことには素直な反面、負けん気が強い彼には相当な屈辱なのかもしれない。
それに耐える様子がおかしくて、アレックスは更に意地悪を繰り返してしまうのだが、マルコスは口でしか拒まない。
それがどうしようもなく可愛くて――若干、阿呆だな、と思うが――仕方がない。
「な?どうしたよ。本当に言いたいのは、そうじゃねぇだろ」
「この、陰険野郎が……そこ、やめろって……」
「やめろじゃねぇだろが」
そう言って、最近少し出てきた喉仏をなぞるように舐めると、ついに焦れたマルコスはアレックスの肩を掴んで引き剥がそうとする。
「さっさと下も触りやがれ、この粘着質!」
「まったく、下から触ればそっからかよとか文句言うくせによ」
「お前は限度ってもんを知らねーのかよ」
「お前も、ムードってもんを知らないのか」
「ムード?そんなもん……」
マルコスはまた唇を突き出すと――今度は自然な表情だ――と、四つんばいでのしかかっているアレックスの股間を右足で粗雑に押した。アレックスは声こそあげなかったが、明らかに一瞬呼吸を止め、ぴくりと眉を歪める。
「なくたって、硬くなんだろ」
下から覗くマルコスは「してやったり」と言わんばかりの表情だが、頬は上気しているし、息も若干荒い。その様に、またもアレックスは小さく笑った。
女にやろうやろうといわれて即物的に強請られるのは好きではないが、マルコスから強請られるのは悪くない、と思う。
「あっはは、そーだな、俺らにそんなもん、必要ねーな」
「そういうこと。お前、準備できてんじゃん……早く、下……」
「お前はたまには自分で準備してもいいんだぜ?」
「俺、ガキで、よくわかりませんから」
「うっせ」
どこまでも口数が減らないマルコスのハーフパンツごと、一気にトランクスを雑にひき下ろす。
「いでえっ」と小さい声が聞こえたが、それに構うことなくマルコスの腰を左腕で抱きかかえてうつぶせにすれば、素直にマルコスはそれに従った。
「おいおい、よく見たら、用意してあるんじゃねーか……」
ベッドのサイドボードに置いてあったローションに手を伸ばすアレックス。マルコスは小さく笑い声をあげて
「それに気付かないなんて、お前も疲れてんだろ」
「そう思うなら、あのまま寝かせてくれりゃよかったのに」
わざとらしい溜息をつきながら、アレックスはローションボトルの蓋を片手で開けた。
「明日はそうしてやってもいーぜ?」
「明後日は?」
「わかんね……んっ、ん……」
「力抜けよ?」
もうそんな言葉をかけなくてもわかっているだろうし自分から誘ったくせに、後ろにローションをとろりと零されてマルコスは反射的に身をすくめる。
「ん……」
後ろに指をあてがってゆっくりと円を描くようになぞれば、鼻にかかった声を小さく漏らす。
簡単にはほぐれない場所なのに、早く早くと急かされては、正直アレックスも困る。やろうやろうとうるさく言われても、毎回挿入をするわけでもないから、いつだってゆっくり時間をかける必要があるのだし。
マルコスの催促に惑わされては、どっちも後悔をするハメになる。入れれば痛いし、入れられれば痛い。動けば痛いし、動かなくても痛い。そんな思いはごめんだ、とアレックスはゆっくりローションで指を滑らせた。それへ、またマルコスが急かす。
「早く、しろよ……」
「だったら、お前こそ早く出来上がれよ」
「無茶言うな……」
「無茶はどっちだ」
とはいえ、確かにマルコスは限界が近いようだ。後ろを指でなぞって少しだけあてがうだけで、逆に身体が強張る。それが間近の射精を我慢しているからだとアレックスは知っている。
「しゃーねぇ、お前一度、いっちまえよ」
「やだってば」
「嫌じゃねーだろ……別に一度イッてもいいだろ」
アレックスが手をマルコスの前に回そうとするが、それをぱしりと払うマルコス。
「やだ……かっこわりーだろうが」
「バッカ……」
何がかっこ良くて何がかっこ悪いのか。
わけがわからない、とアレックスは笑ったが、マルコスは首を横に振って、勢いが落ちた声音で告げた。
「いいから、早くいれてくれよ……欲しいつってんだろ……」
「……はいよ」
ローションに触れていない手で軽くマルコスの頭をなでてから、アレックスは再びマルコスの腰を抱きかかえて腰の高さを合わせようとした。
ぐい、と少しばかり粗雑に下半身を持ち上げた、その瞬間。
「あ、あっ!?」
「ん?」
アレックスの腕から逃れようと、マルコスが妙な抵抗をする。ベッドから落ちるのではないかと驚いて、逆にアレックスが腕に力を入れると、マルコスの喉から引き攣れた声が放たれる。
「やっ、やだ……!」
「ど……」
どうした、と言おうとしたアレックスは、息を呑んで言葉を止めた。マルコスの腰を抱えた腕に、熱い液体が飛び散る感触で全てを悟ったからだ。
「はっ……!あ、あ」
ぱたぱたとシーツに零れる液体と広がっていく滲み。
マルコスが身体を大きく何度か振るわせるのが、持ち上げようと腰に回した腕にまで感じられる。
「……あーあーあー……」
予測もしていなかったタイミングで達したマルコスに、アレックスは呆然とする。が、アレックスを非難する声で、何が起きたのかは大体予想がついた。
「ばかぁ……おま……どこ、押すんだよおおお……」
「……わっり……」
なるほど、綺麗にくびれた腰を抱きかかえたつもりだったが、思ったよりも下腹部付近を圧迫してしまったらしい。
達したマルコスの余韻に酔った声は、普段からは想像もつかないほど鼻にかかって甘ったるい。女性的というより、ただの子供だ。
まいった。
今度はこっちが我慢出来ない。
はあっ、と息を吐いたマルコスの腰を持ち上げて、もう一度アレックスはローションを後ろに無造作に垂らした。入れる場所が緩んでいるわけではないが、体の力が抜けているのは大助かりだ。
「悪いついでに……」
「お、おい、アレックス、ちょっと、待て……出したばかりは、やだつってんだ……ろっ……!!!!!」
先ほどより相当乱雑に指を押し入れようとすると、マルコスの体はすぐさま強張る。だが、それで諦められるほどアレックスも大人ではない。
「もうひとつ、許しとけ」
「あ、お前、まさか、やっ……」
「早く入れろつったのはお前だろ」
「お前、それ、屁理屈……んっん!」
まだほぐれていないそこに、アレックスは脈打つ自分のものをあてがった。
いつもならば、ゆっくりとほぐして、押し当ててまたゆっくりと埋めていくけれど、今日はもう無理だと思う。
元来、何かをねじこまれる場所ではないそこは未だ閉じているが、それを無理矢理両手で左右に開く。
「!」
性急に無理にいれることは初めてではない。広げるせいで粘膜が新しい空気に触れる瞬間、いつもマルコスは身体をすくめる。確認をしたことはないが、それは嫌な感触に違いないとアレックスは思う。
だから、いつもはそんなことを感じさせないように、常に自分の指やペニスを隙間なく丁寧に埋めていくのだが、もうアレックスにもそんな余裕はない。
悪いのはマルコスだ。
先に一度出せばと言ったのは自分だが、こんな不意打ちで可愛らしく達するなんて、どういう魂胆だ……なんて、マルコスが聞いたら怒りそうなことを思いつつ、自分のペニスにもローションを垂らして今にも入れようと擦り付ける。
「む、無理、無理……あ、あっ、あ」
「無理じゃねぇよ……いつも、咥えてんだろ」
「そ、だけど……」
否定しないのか、と意地悪を言いたくなったが我慢して、アレックスはゆっくりとマルコスの中に入ろうとする。
無理だ嫌だといいながらも、マルコスはシーツに顔を押し付けて腰を持ち上げ、抵抗はしない。
「息吐いて」
「んっ……ん……やだ、ひろげんの、嫌い……」
「わかってるって……だから、悪い、つってんだろ……悪い」
もう一度謝って、まだ強張っているそこを無理に押し広げて進入するアレックス。
「は、はあッ……」
「息を止めるなよ」
「はっ……はっ……」
「うん……」
「早くしろよ……」
「ったく……お前は、どこまで」
わがままばっかり言いやがる。
言葉を続けず、マルコスの後ろを無理に手で広げようとするアレックス。
その行為が気持ちが良いはずがないのに、ふと見ればマルコスのペニスは再び硬さを取り戻している。
(パブロフの犬は、どっちもだ)
アレックスは苦笑いをして腰を進め、痛みに更に顔を歪めた。


数日経過したが、あれ以来マルコスはやろうやろうとアレックスにせっついていない。
おかげでアレックスは平和な夜を手に入れたが、マルコスは「やりたがらない理由」があり、それに悩まされていた。
「腹いっぱいすぎて……うううう……」
「自業自得だ」
ベッドで仰向けになって腹をさするマルコス。
腹十分目まで物を食べるなんてまったく久しぶりだし、そこまで腹一杯になっている彼を見るのは心底珍しく、アレックスはついつい吹きだしてしまう。
「だってよう……」
「やるたびに小腹減らして食堂いってたんだって?真夜中に?」
「ハイ……」
U-NASAの職員は24時間体制で働いている。食堂もほぼ24時間体制だ。彼らは職員ではなかったが、関係者用IDプレートを提示することによって、いつでも食堂を使うことが出来るのだ。
勿論、食事管理されている彼らにとって、それは本来あるべき姿ではないのだが、能天気にもマルコスは「はー、やることやったら小腹が減るんだよなあ」と食堂に足を運んでいたらしい。
そのことが食堂側から報告されて、ついにマルコスの食事には満腹感を得るメニューが一つ、アレックスより多くつけられるようになった。
カリキュラム外の運動を隔日ほどの頻度で行っていたわけだから、少しばかりカロリー摂取を増やすのは理にかなっている。だが、そんな一品加算されるほどの熱量をセックスで使い切っているかというとアレックスには疑問だ。
食べ盛り育ち盛りのマルコスにも、若干難儀な量を苦労しながら胃袋にしまっている。
「腹一杯だからやりたくねぇよう……でも、やらないと、俺どんどん太っちまう?これ?」
「いいんじゃね?お前が太ったら、もっとトレーニングがハードになるか、食事管理してる人が気付くだろ」
「お前、他人ごとだね」
「おう」
アレックスはにやにや笑いながら、ベッドの前に立った。
「……ゴフッ!!」
仰向けになっているマルコスの股間に片足を乗せて、容赦なく刺激をする。マルコスは本気で嫌がって抵抗をしようとするが、寝転がっている上に満腹で、動きがやたらと緩慢だ。それをいいことに、器用に更に追い討ちをかけようとするアレックス。
「やめろおおお!満腹なのに、やる気にさせたいのかうおおお!」
「疲れてるっつってんのにせっつかれた俺の苦しみを思い知れ」
「それとこれとは、やめ、あっあっ、アレックスさん、お願いしますやめてくださいお願いやめて!」
「仕方ねーな。じゃ、止めてやるか」
「アレックスさん素敵!男前!優しい!覚えてろ!」
「この山猿め」
一言余計だ、と最後にもう一擦りすると「ウゴッ!?」と聞いたことが無い声をマルコスは上げ、ベッドの上で丸くなった。
さて、明日のスケジュールでも確認するか、とアレックスが机に向かおうとすると、ぐいとTシャツが後ろに引かれる。あ、これはいかん。よろしくない話だ、振り向きたくない。そう思って無視しようとすると、今度は喉が締まるほどに強く引っ張られた。
「……なー、アレックスぅ……」
「んだよ」
嫌な予感しかしなかったが、ゆっくりと振り向く。
「勃っちまったぞ、責任とれよなー!」
「おっまえ、本当にお手軽だな」
満腹がどうの、とさっきまで言ってただろうが。
いつも通りの我がままに、心底呆れたようにアレックスは溜息をついた。


おしまい。


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