ジャレ慶モダモダ小説


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<注意事項>
・慶次はジャレッドさんの名前を一度も呼びません。公式待ちしてます。
・地球でエイヤってくっつけたかったんですけど、地球に帰ったら恋人作ろうとしていた鬼塚さんの意思を尊重しました。
・本当は告白されて驚かないホモって書きたくないんですけど、この人たち驚かない気がするので己のイメージ押し付けました。ハイ。




 今まで、自分のことをよく知らない人物から、交際を申し込まれたことは何度かあった。
 そういう場合はお約束通り、慶次自身も相手をよく知らないわけだし、もともと彼は「とりあえず付き合ってみる」ということが出来ない性格だ。
 男性中心の世界であっても興味を持つ女性はいる。更にその中で慶次に接触してくる女性はある意味猛者と言えたが、現役時代の慶次にとっては、女性と交際をする余裕なぞまったくなかった。
 とはいえ、現役を退いてからは母親のことで手一杯になり、母親が逝去してからは生きるための最低限のこと以外に興味が向かなかった。
 ミッシェルにスカウトされてU-NASAに来てからは、余計に「そんなことをしている場合ではない」――そんなこと、とは異性との交際だ――と彼は思っていたし、とんとそういう話題も縁遠い生活をしていた。
 いや、彼以外の若い男女はそれなりに「そんなこと」にも興味があったけれど、もともと慶次は人とのコミュニケーションに深入りをする立場ではないし、あまりわかっていないだけだったのだが。
 ともかく、慶次自身はそれまで通り、異性同性関わらず「なんとなく」仲良く誰とも接しつつ日々を送っていた。
 ただ、同じ班員であり、日本のことに興味があるらしいジャレッドとは気がつけばよく話をして、お互いの部屋を頻繁に行き来し合う仲にはなっていた。
 近しい間柄になった、という自覚を欠いていたわけではない。
 けれど。
 まさか、何の前振りもなく「お前と恋人同士になりたいんだが」という直球を投げられるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
 それは、地球を立つ一ヶ月前のこと。
 驚きはしたが、何よりも「なんでそんなことを、こんな時期に」という呆れの方が慶次には大きかったものだ。
 班員お互いの信頼関係は必要だ。少なくとも、自分達は今までうまくやってきた。
 なのに、その関係を、さあ今から火星に行きますよという時期に揺るがすなんて、一体何を考えているんだろう。
 変わることに恐れを抱いた慶次は、返事を先延ばししようとした。
 ジャレッドは少し悲しそうな顔をしたが
「それは、可能性がゼロじゃないってことか。そう思えば、まあ、待てるか」
 と慶次の提案を尊重した。
 本当は、それは「変わらない」ではない。
 もう、ジャレッドの方は「変わっている」のだ。
 いくら恋愛経験が少なくとも、少し考えればそれぐらいはわかる。
 それでも、慶次はその時、自分達の関係が変わることを選べなかったのだ。



 一班での最初の死者はシーラだった。
 激情に飲まれたマルコスや静かな怒りに震えていた艦長は、彼女の死を現実のものとして受け入れたのだろうが、慶次はどうにもそうはいかなかった。
 目の前で起きたことが理解出来ないわけではない。
 どう見ても、彼女は死んだ。
 彼から見ても明るく可愛らしい女の子だった。マルコスや二班のアレックスを何かとたしなめることが多かったけれど、口うるさいという印象はない。
 彼女は非戦闘員だった。戦う必要はないはずだった。
 それでも、その彼女が、網を持ってテラフォーマーを捕獲して、「戦って」最初に死んだ。
 それの現実味が伴う前に、脅威と戦うことになったせいなのか、何故そんなにも受け入れることに時間がかかったのか、慶次にはよくわからなかった。
 覚悟はしてきたつもりだ。
 地球でボクシングをしていた時とはわけが違う。
 敵はルールなぞ無用な野生生物で、人の命なぞこれっぽっちも価値を感じない相手だ。ひとつ間違えば命を奪われる戦場に自分達は赴くのだと、何度も何度も言い聞かせてきた。
 シーラが。開紀が。
 ほんの少し前まで、一緒に訓練を受け、一緒に地球から飛び立った仲間が一人また一人と命のともし火を消されていく。
 ああ、そうか。
 皮肉なものだ、と慶次は突然気付いた。
 今までの人生、自分以外の誰かの死しか知らないというのに――それは、あまりにも当然のことだ――オレは、自分以外の誰かの死を覚悟してはこなかったのだろう。
 戦闘員はともかく、非戦闘員達は、マーズランキング上位の自分達が守ろうと思っていたのに、それが出来なかった時のことを繰り返し思い描けなかったのは、恐怖から目を逸らしたかったからだろうか?
 それに思い当たった時は、既に限られた人数しか、一班の人間は残っていなかった。
 覚悟は足りなかったが、だからといって覚悟したくない。そのジレンマはきっと、慶次だけではなく他の誰もが抱えているものに違いない。



 加奈子の助けを借りて、地底からようやく帰還した慶次は、なんとか立って歩ける程度に回復をしていた。
 地表で彼を待っていた小吉やミッシェル達――既に加奈子からミッシェルと燈が合流した経緯を慶次は聞いていた――は、慶次の回復を確認し、一班の高速脱出機へと移動を開始した。
 穴に潜る前より広範囲にあがっている火の手と、あちらこちら爆風で剥がれ飛んだ表土を慶次はぐるりと眺め、予想以上の状況にぞっとした。
 自分と小吉は穴の中にいたが、中で感じ取った「爆発」と加奈子の説明から、地表にいた班員達がどれほど恐怖の中で戦ったのかと眉根を寄せる。
「艦長、ちょっといいですか」
 歩きながら加奈子が小吉に死傷者の報告をする。一度この場を離れたとはいえ、何が起きたのか全貌を彼女が最も把握していたからだ。
 慶次にはすべてが聞こえたわけではなかった。だが、小吉が一瞬見せた険しい表情から、一班のメンバーがほとんど死んだのだと推測をした。
「そうか」という呟きの後、小吉は「少しでも遺体を回収してやりたい」とミッシェルに声をかけた。
 誰も口に出さなかったが、遺体の多くは火に飲まれているに違いない。火の勢いは衰えているけれど、それでも鎮火にはまだまだ時間がかかりそうに見える。これでは簡単に回収が出来るはずもない。
 仕方ない、と小吉とミッシェルが「お互いの報告が終わってから」と話を決めた。その会話ですら、慶次にはまるで他人事のように思えた。
(まだ、一日目なのに、こんなことに)
 火星に到着する前のパニックから、あっという間に時間が過ぎたように感じ、何もかも実感が沸かない。
 だが、負傷による痛みは慶次を苛み、夢ではない、嘘ではない、今生きているけれど、一歩間違えば痛みなど感じない世界に旅立つことになったのだ、と何度も彼の体に言い聞かせようとしている。
 と、その時、小吉とミッシェルの会話に慶次はびくりと反応をした。
「生存者の中では、ジャレッドの負傷が最も……」
 そういえば。
 加奈子が、言っていた。
 ジャレッドとエリカしか残っていないの、と。
 だが、その二人がどういう状況なのかを問う暇なく、地底からの脱出を彼らは優先したのだ。
「ああ、出血は止まっている。だが、あれでは戦うどころではない……よく頑張ってくれたよ」
 ミッシェルのその言葉に驚き、一体ジャレッドは如何ほどの負傷をしたのか、と慶次が問おうとした時、傍に戻ってきた加奈子が――彼女は彼女で、オフィサー同士の会話をどこまで聞いて良いのか判断しあぐねて、小吉達の側を離れたのだ――慶次に教えた。
「あのね。左足、切断されたらしいの。あと、手の指。どういう状況だったのかは、わたしもわからない……わたしが戻ってきた時には、もう地表に倒れていて……」
「そう……そうか」
 それ以上慶次は言葉が出ない。
 マルコスも離れた場所にいたから、状況がわかるのは本人達だけだと思う、と加奈子は続けた。
「ねえ、マルコス……ちょっとピリピリしてる」
 慶次にぽそりとそう言って眉根を寄せる加奈子。それを聞いた慶次もまた、口を引き結んで険しい表情を見せる。
 ほんの少し前には、お互いの生還を喜び、二班との合流を喜んだ彼らは、今度はここで起きた殺戮の無残な結果と向き合わなければいけない。
 今、二班がこちらに向かっている。であれば、マルコスの神経が尖っているのはシーラのことだろう。
「とにかく、集合してからだな……」
「そうね」
 慶次はそんなありきたりの言葉を口にした。意外にも、その「どうでもいい提案」に加奈子が賛同したのは、きっと彼女もまた現況に戸惑い、気持ちの整理がついていないからだろう。だが、勿論慶次はそこまで気づくことはなかった。彼は彼で、ざわついて仕方がない自分の気持ちを抑えることで、精一杯だったのだ。



 二号機の合流間近、という頃に、ようやく彼らは一号機付近で各々の状態を確認し合うことが出来た。
 慶次の推測通り一班の被害は甚大で、なんとか生き残ったジャレッドの負傷は予想以上のものだった。
 一号機に戻ると、エリカが中から顔を出した。だが、ジャレッドは続いて来ない。
 一同は、一旦中に入ろうと小吉に続いて一号機に戻った。
「ジャレッド。よく、エリカを守ってくれた」
 一号機のシートから離れた場所で、ジャレッドは床に座り込んでいた。壁に背を持たれかけて、痛みのせいか息が荒く、頬は若干紅潮している。
 戻った小吉はまっすぐジャレッドの元に向かい、声をかけた。マルコスは既にジャレッドと会話をしていたようで、沈痛な面持ちでシートに一人腰をかける。
「……なんてこと……」
 加奈子の唇から声が漏れる。それは、慶次が飲み込んだ言葉と同じだ。
 足をやられたと状況を聞いていたというのに、ジャレッドを見た瞬間、慶次は息を飲んだ。
 わかっていたはずだ。左足を切断。左手の指も切断されたと、はっきりと聞いていた。聞いた時点で想像は既にしてあった。
 それでも、己の目で見れば、ぼんやりとした予想は突然生々しい色になり、抗えない現実が突きつけられる。
 ここが、アネックスならば。
 それなら、まだ切られた足と接合出来るのではないかと一縷の望みを託すこともあろう。
 だが、彼らがいるのはアネックスではなかったし、目の前にいるジャレッドの左足の切断面――そのものは既に包帯等で覆われてはっきりとは見えなかったが――を予測するに、彼は明らかに「左足を失った」のだろうと慶次は思う。もう、戻らないのだろう。
 会話を終えて小吉が去ると、慶次と加奈子はジャレッドに近付いた。
 その様子に気付いたジャレッドは
「おう、無事でよかった……本当に」
 と、まるで自分は五体満足で負傷なぞしていないように、いかにもいつも通りに声をかけてくる。それが余計に痛々しいと慶次は思う。
「足……指も、やられたって聞いたわ」
 言葉が出ないまま困っている慶次をよそに、加奈子ははっきりとジャレッドに状態を尋ねた。
「ああ、今は応急処置してもらったし、鎮痛剤がそれなりに利いてる。切れた後に変態したら、不思議なもんだが、痛みが和らいでな」
「そういうものなの」
「よくわからんけど」
 そう言ってジャレッドは小さく微笑む。いや、微笑もうと、したのだろうと加奈子も慶次も思った。
 彼はその「いつも通り」の仮面をかぶることをすぐにやめ、うな垂れた。
「……みんなを守れなかった。すまねぇ……」
 そんなこと、と言おうとして、慶次はまたも踏み留まった。そんなこと、なんて言葉で片付けてはいけないのだ。人の生き死にの話なのだから。
 だが、自身の手指や足を失ったことに触れない彼の様子を見れば、そんなことよりお前だって、と言わずにはいられない。
 その気持ちを一旦抑えてしまえば、もはや何も言葉が見つからず。慶次はただ首を横に振るしかなかった。
 仲間の死に感情がついていかない。でも、ジャレッドの負傷は感情が先だってしまう。
「それは、こっちも同じことよ」
 加奈子がそう言って軽く首を横に振った。
「何かあったら、声をかけてくれ」
 慰めの言葉も何も、慶次には思い浮かばない。ようやくかけた言葉がそれかと思えば、胸の辺りの奥まった場所が掴まれたように痛む。
 だが、ジャレッドは
「ああ。遠慮せずに言うよ。その時は頼んだ」
 と、素直に答えるだけだった。



 寝なければいけないことは承知していた。
 さすがに体は疲れていて一気に深い眠りに陥ったが、ふと目を覚ませばたったの二時間のことだ。
 起きた瞬間、そこがアネックスではないことに驚き、一瞬何が起きているのかわからなくなった。が、すぐに悲しい現実に引き戻される。
 脱出機の中。けれど、足りない人数。
(ああ……そうか……)
 もう一度目を閉じれば、すぐにでも眠れるのではないかと思ったが、体のけだるさに反して意識はやたらとしっかりしている。
 慶次もそれなりに負傷をしていたが、適切な処置と鎮痛剤のおかげで、今は怪我よりも全身を襲う疲れをとりたい。
 だというのに、脳は彼を眠りに誘わず、その代わりに「考えずにはいられないこと」で彼を苛んだ。
(寝るときに、考えたくないと思っていたんだ……)
 薄情だと思われようと、睡眠を妨げるような思考は遠ざけなければいけない。そうでなければ明日の自分の身すら危ういと思ったからだ。
 慶次は、戦いを終えてからあまり多くジャレッドと会話をしていない。
 ジャレッドの怪我の応急処置はエリカがやってくれたものの、それはやはり不十分で、ミッシェルと小吉が二人がかりで何やらやっていた。
 その間に慶次は慶次で自分の処置を行っていたし、みなが交代で見張りを行い、眠るまでの間も落ち着かず。言い訳でもなんでもなく、どうしようもないことだ。
 それでも、シートに座ろうとしているところを手助けした。
 ジャレッドは「ありがとよ」と軽く言ったが、慶次はやはりうまい言葉を返せなかった。
 理由はわかっている。その理由が、今慶次の心の中でざわめいて、眠ろうとする己を煽って焦燥感をかきたてる。

(こんなことなら)

不謹慎だといわれようと、なんだろうと。

(こんなことなら、もっと素直に)

 走り出したい気持ちに駆られ、慶次は「泣きそうだ」と思う。
 そうだ。こんなことなら、地球に戻ってからなんて言わずに、素直になればよかったのに。



 胸の奥のざわめきを抑えられず、慶次は起き上がった。隣で寝ているマルコスを起こさぬように、ゆっくりと機内を歩き出す。
「起きたのか。まだ寝ていていいぞ」
 抑えた声の主は、コックピット付近で起きていた小吉だ。
「あ、はい……」
 足元にある小さな灯りを頼りに、慶次は小吉に近付く。距離が離れての会話は、人々を起こすのではないかという懸念からだ。
「……眠れないって顔だな」
「そうっすね……結構深く寝たんで」
「じゃあ、悪いんだがちょっと頼まれごとをしてくれるか」
「はい」
 頼まれごと、という言い方がひっかかったが、慶次は素直に返事をした。
「ついさっき、ジャレッドが気分転換に外に出たんだけど……今のあいつは一人にしておけないからさ。いくらオレ達が周囲見張ってるつっても何があるかわからないから、付き添ってくれないか」
 それへの返事は、素直に出来なかった。慶次はしばし、小吉の顔を見る。
 知っているのだろうか、自分とジャレッドが。
(知るわけないな……)
「わかりました」
「すまんな」
「いいえ」
「人の手を借りないと歩けないから、遠慮してたんだろうが……確かに、息が詰まるよな。それでなくても、ナーバスになっているだろうから」
「そうですね……一人になりたいんじゃないですかね。大丈夫かな」
「慶次なら大丈夫だと思うから、頼むんだ」
 それはどういう意味だろう、と思ったけれど、小声で「わかりました」と告げて、慶次は何も追求はしなかった。



 外は暗かったが、少しすればそれなりに目が慣れて、真っ暗ではなく薄闇程度に感じられる。
 たった一日だというのに、なんだか「見慣れた」とその光景を思う。
 火は鎮火し、あちこちの土が高温によって変色をしていたが、暗闇の中では元々の色がどうだったのかの判断すらつかない。
 ぐるりと機体周囲を歩くと、ジャレッドの姿がすぐに見つかった。
 本当は何かにもたれかかっていたいだろうに、機体から少し離れた場所に座っている。彼が「機体近くに寄り過ぎると何かあった時に巻き込まれて危険だ」とわかっていてそうしていることを慶次は知らない。ただ、変な位置にいるな、としか思わず、慶次はゆっくりと近付いていった。
 慶次が声をかける前に、先にジャレッドはこちらを気付く。
「なんだ、寝てたんじゃないのか」
「起きちゃったよ」
「そうか」
「少しは寝たの?」
「うーん。あんまり。寝れない時は無理矢理体動かして疲れさせるもんだけど、そもそも疲れてるのに眠れないし、体も動かせない」
 そう言って、はは、と小さくジャレッドは苦笑いを見せた。
 慶次は、ジャレッドの傍にすとんと座ると、ううん、と伸びをする。
「オレも、体は疲れているんだけど、すぐに眠れそうもなくて。艦長に言われて来たんだ」
「そうか。すぐに戻るから、ってお願いして出てきたんだけど、慶次が来てくれたってことは、すぐに戻らなくてもいいのかな」
「……そういうことかもな」
 ジャレッドが一人でいるのは危険すぎるが、誰かと一緒なら。そういう配慮なのだろうと二人は結論付けた。
「一日目で、これのザマだ」
 ぽつりとジャレッドが呟く。
「……そうだな」
 ジャレッドが言う「このザマ」が、彼が左足を失ったことと指を失ったことだとは思ったが、慶次もまた自分で「このザマだ」と思っていたため、同意をした。
「少しでも、明日以降オレに出来ることがありゃいいんだがな……もう、目の前で誰かが死ぬのは嫌だ」
 ジャレッドの声音は重かった。
 そうだ、と慶次は思う。
 確かに開紀が倒された様子を慶次は見ていた。だが、ジャレッドのそれとは違う。
 きっと、彼は非戦闘員達を庇って「自分が守らなければ」と思いつつ、それが叶わぬ苦しみもをもまた背負ったに違いない。
「……本当は、オレ達が、もっとみんなを守らなきゃいけなかったんだ」
 慶次は低く、本当は言いたくない言葉を搾り出した。
 自分や小吉はクロカタゾウムシベースのテラフォーマーやカイコガベースのテラフォーマーと戦っていた。それらが予想を超える強さだったのは確かだ。戦闘員でもマーズランキング 上位者でなければ倒せないだろうと思う。
 実際、21位の開紀が、不意打ちのような形かつ相性が悪かった――彼もまた小吉のように、戦うにはクロカタゾウムシの甲皮を攻略することが厳しかったのだ――とはいえ、抵抗することがほとんどできずに倒されてしまったのだから。
 だから、自分達の力足りずといっても、自分達は自分達でやるべきことは全力でやったと思うしかない。
 加奈子とジャレッドが地表で皆を守れるだろうという信頼があったし、後にマルコスが加わったのだし。
 自分がジャレッド達をも守らなければいけなかった、と断言するのは、ジャレッド達の力を疑っていることになる。それは慶次にとって本意ではない。そんな形で彼を傷つけたくはないのだ。
 だから、言いたくない。
 けれど、ジャレッドの肩にのしかかっていた重圧を考えれば、少しでもそれをやわらげたいとも思う。
 様々な思いがないまぜになって、慶次はどうにもうまく言葉が選べず、何を言っても中途半端で、うまく立ち回れない自分自身に苛立った。
 それに。
 それに、オレは、言わなくちゃいけないことが他にあって。でも、それは、どう伝えても誤解されるかもしれなくて。
 はあー、と溜息をつく慶次に、ジャレッドは
「やめようぜ。誰が誰をどうするとか、守る守らないとか。みんな、最善を尽くした結果だ。そんな話したら、マルコスだって傷つく」
「……うん……」
 力なくそう答える慶次。
 やがて、二人の間に沈黙が訪れる。
 地球でも何度もお互いの部屋を行き来し、会話がない時間など数え切れぬぐらい経てきた。
 それでも気まずいと思ったことがなかったのに、どうにも居心地が悪い、と慶次は思う。
(……そうか。黙っていても居心地が今までは悪くなかったんだ)
 そうではない。
 悪くなかったのではない。
 良かったのだ。
 それを、ジャレッドに伝えたことはなかったけれど。
「あのさ……」
「おう?」
「その……本当は、今言うと、誤解されそうだと思うんだけど……でも、どうしても言いたくて」
「なんだ?」
 そのように慶次が何かを「切り出す」ことは珍しい。ジャレッドもそれをわかっているようで、一瞬で空気が張り詰めた。
 そんな大層な話じゃない、と言おうとしたが、いや、大層といえば大層か、と慶次はまた口をつぐむ。
「なんだよ」
「同情で言ってるんじゃないって、それだけは信じて欲しいんだけど」
「おう」
「……オレは、地球に戻ったら、返事をしようって本当に思ってたし、返事も、とっくに決めていたんだ」
 慶次は、そこで口を引き結んだ。
 何の話を突然始めたのか気付いたジャレッドは、明らかに驚きの表情で慶次を見つめる。
 同情で言っているわけではない。
 ジャレッドは、慶次のその前置きで、どんな結果が待っているのかをわからないほど鈍くはない。
「おい、それって」
「さっさと、言わなかったことを、後悔してる」
「慶次」
「オレは、関係が変わるのが怖かったんだ。だけど、傷つけたらどうしようとか、疎遠になったらどうしよう、って考えはしなかった。だから、それはさ……多分……いや、多分じゃなくって……」
「慶次、オレのこと、好きか」
 もごもごとどうにもならぬことを繰り返す慶次に痺れを切らせたように、ジャレッドはずばりと切り出した。
 そんなはっきりと、だとか、恥ずかしい、だとか。
 たくさんの言葉が慶次の頭に浮かび上がったが、そんな自分本位の返事をするのはジャレッドに失礼に思える。
 好きだ、と音にすることは慶次にはまだためらわれたが、頷くことならばどうにかできた。
「うん」
「……そういうことは、もっと早く言えって!」
 珍しく声を荒げるジャレッドに、慶次は困ったように、これまたああでもないこうでもないという言い訳を始めた。
「なんだろう。日本人根性っていうのかな……今から火星での任務を遂行するって時に、そういうのを……受け入れるのが……ちょっと、不謹慎というか」
「あー」
 間抜けな声をあげるジャレッド。
 それに、少しだけ気が緩んだのか、慶次は苦笑いを浮かべて見せる。
(不思議だ。人にこんな風に好意を伝えるなんて、照れくさくて、怖いと思っていたのに)
 なんだか、心がすとんと落ち着いている、と慶次は思う。
 きっと本当はこうあるべきだったのだ。
 ジャレッドは慶次に告白をしてくれたけれど、彼がしてもしなくてもきっと慶次の気持ちは変わることはなかったのだろう。
 そう思えば、地球に帰ってからなんて言った自分は本当に阿呆だったし、何も言わなくともジャレッドだって返事を待つことを耐えなくてよかったのに。 
「帰ってきてから考える、なんてひどいことを言って甘えて悪かった。ごめん。こんなことになるんだったら、もっと早く言えばよかった」
「なあ、早く言ったら、どうなったんだ?」
「わからない。わからないけど、もっと早く言えばよかったって、そう思ったんだ」
「そうか」
「ごめん。うまく言えない」
「そうか」
 ジャレッドは二度同じ相槌を口にすると、突然慶次の体を右腕で強引に引き寄せた。
 バランスを崩した慶次は、それでもジャレッドの左指や左足といった怪我部分が大丈夫かと気を回し、結果、ジャレッドの胸元に体を預ける形になる。
 広い胸板は硬く、それに押し付けられた慶次は、少しばかり痛い、と声をあげようとした。
「ちょっ……」
 だが、ジャレッドはお構いなしに両腕で強く抱きしめる。ほんの数秒それに耐えると、抱擁は緩み、慶次はほっと息をつく。
 おずおずと、太い腕の中で顔をあげれば、穏やかな表情を浮かべたジャレッドが静かに言葉を紡ぎだした。
「両腕が残っててよかった。本当に。両腕さえ残ってりゃ、こうやって慶次を抱きしめられる」
「……」
 そう言いながら、ジャレッドは右手で慶次の短い髪と髪の間に指を軽く入れ、ぐしゃぐしゃ、とかき混ぜる。
 こうやって抱きしめられることは初めてだったが、頭を撫でたり叩いたりするコミュニケーションは、慶次のみならずマルコスにも誰にもジャレッドがしていたものだ。
 そうだ、いつもこんな風に大きな手が。
(右手が、残っていなかったら)
 こんな風にされることはもう二度となかったのだ。
 そう思ったら、慶次の両眼に涙が溢れてきた。
 なんてオレは阿呆なんだ。こんなのは感傷だ。つらいのはジャレッド本人なのに。
 自分にそう言い聞かせようとしても、一度溢れてきた涙は止まらず、それはやがて頬を濡らしていく。
「おう、どうした」
 ジャレッドはそう問いかけたが、その声音には驚きが含まれていなかった。
 ばれているのか、オレがなんで泣いているのか。
 慶次は軽く首を振ろうとしたが、ジャレッドの右手がそれを邪魔する。
 いつもならば、くしゃくしゃ、と軽くかき混ぜて離れていく手が、何度も何度も飽きぬように動きを繰り返し、それから慶次の頭の形を確認するかのようにゆっくりと手のひらで撫で付ける。
 もう片方の、指を二本失ってしまった左手は慶次を抱きしめたままだだ。
 体を動かしたら、傷口に刺激を与えてしまうのではないか。そう思い当たって、慶次は体を強張らせる。
「……指、痛む?」
「うん。痛いな。ずっと痛い。手の負傷はどうしようもないよな。神経が集中してんだろうから。足よりずっとずっと痛い」
「そうか……」
「うとうと寝てたら、どっかから落ちそうになる夢を見てさ。一瞬足をぴんと伸ばしたんだ。夢の中で。夢の中じゃ、まだ、両足あるんだよなあ……」
 どんな言葉を返せばいいのか、思いつかなくて慶次は途方に暮れた。
 その様子をジャレッドは気付いたようで
「悪いな。こんな話」
「いや」
「オレも、まだ、ちょっと混乱してんだ」
「そりゃあ……そうだよ」
 慶次はジャレッドの右腕にもたれかかるように、頭を軽く彼の二の腕付近にずらした。
 こうやって体を近づけて、お互いの体温がわかるほどの抱擁は初めてだ。
 自分の腕よりも余程太くて男らしいジャレッドの腕が好きだった。もともと体格差があったけれど、慶次の方が鍛えているはずだ。それでも、ジャレッドのその腕の形や太さが好きだと思っていた。
(ああ、こんな固さだったのか。俺の腕の固さとはまた違うんだな……)
 きっと、足もそうなのだろう。
 胸元の固さに先ほど驚いたし、同じ男で鍛えている同士でも、似ているようで違う。
 それにようやく触れられたことは嬉しかったが、反面、もうすでに触れられない箇所があるのだということは、慶次を悲しくさせた。
(馬鹿だな。悲しいのは、オレじゃない。本人が一番せつないだろうに、なんでオレは)
 なんで、また、涙が出てくるんだろう。
「慶次は、案外泣き虫なんだなあ」
「……悪い。俺が泣いちゃったら……」
「オレはもう、泣いた。お前らが戻ってくるまでに二度三度泣いて、そんで、お前らが脱出機の点検してる間にもまたちょっと泣いて、そんで、みんなが寝て静まり返った頃に、もう一回泣いた。だから、今は泣いてない。それだけだ」
 その言葉に慶次は呆然とジャレッドを見上げた。
「だから、お前が泣いてるからオレが泣けないわけじゃないんだ。安心して泣いていい」
「なんだ、それ」
 はは、と慶次の口から薄く笑い声が漏れる。だが、次の瞬間、耐え切れなくなったように涙が溢れ出し、それは頬をあごを濡らし、ジャレッドのスーツにまで浸食してゆく。
「生きててくれて……ありがとう……」
「大げさだなあ」
 呑気な声音でジャレッドはそう言ったが、それが本当はまったく大げさではないことを彼が一番よく知っているのだ。
 両腕が残っていてよかった。
 そんなことを言いながらジャレッドはもう一度慶次を強く抱いて。
「お前も、生きててくれて、ありがとよ」
 その穏やかな声に慶次は頷くと、もっと強くなりたい、と願いながら拳を握り締めた。


















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