ジャレ慶携帯小説


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火星に向かう以前に、既に各班毎に40日間を拘束され、往路の生活を擬似的に体験するカリキュラムもこなしていた。
それでも、いざもう一度それを、しかも今度は100人でとなると、日々ストレスが蓄積するのも致し方がない。
100人全員仲良しこよしというわけにもいかず、気がつけば気安い相手数人と共にいる時間――基本的に一人で過ごすことはマニュアル上推奨されていないからだ――が増える。
慶次も漏れなくその一人で、気付けばマルコスやジャレッドなど、一班の男性陣と共に過ごす時間がほとんどだった。
とはいえ、マルコスはシーラや二班のアレックス、燈などともともと仲が良い。
そのため、彼はそちらでやいのやいのと騒ぎ立てることが多かったし、慶次はその中に自分から入っていく性質ではない。
最近、アネックスのラウンジで慶次がよく話をするのはジャレッドが多かった。
慶次より年上の彼はおおらかかつ穏やかで、小吉がいない時は一班の陰のまとめ役だ。
自分が自分が、と前に出るタイプではないため大きな体躯の割りに目立たないが、さまざまな境遇の人間が集まる場では、そういった人間が必要なのだと慶次ですら理解出来る貴重な人物である。
約束をしていたわけではなかったが、その日もラウンジに慶次が足を運ぶと訓練メニューを終えて休憩をしている彼の姿があった。
小さな紙コップにいれた白湯を飲みながら、いつものようにほんの二言三言交わすと、ジャレッドが思いもよらぬ話題を慶次にふってきた。
「そういえばさ。日本食、食べたくなってさ」
「は?日本食!?」
突然どうした、と慶次は驚いて、若干声が裏返り気味になる。
「あれだ。艦長とみんなで食ったやつ」
「ああ……鍋か」
一班の親睦を深めようということで、大人数で鍋パーティを一度やったことを慶次は思い出し、くすりと笑う。
なるほど、ジャレッドからすればあれが「日本食」なのだろう。
土鍋四つ分の鍋作りはさすがに小吉一人に任せておけるわけはなく、日本人だからわかってるだろうと加奈子と慶次、バイトで厨房に立った経験があるというマルコス、それからシーラが大量の野菜を切ったものだ。
どうも艦長であり班長である小吉の頭には、親睦を深める=みんなで鍋を囲むという公式があるようだ。マルコスとシーラは二度目だったようで「また?」と嬉しそうに笑っていたことを覚えている。
「あれもう一度食いたいなぁ。慶次、作れるんだろう?」
「うん。簡単だからね」
「じゃ、帰ったら作ってくれよ」
「はは」
慶次は肩を揺らして笑い声をあげた。
「なんだ?」
ジャレッドはきょとんと慶次を見る。彼の予想では、簡単に「いいよ」と慶次が返してくれると思っていたからだ。
「いや、だってさ」
「おう」
「そういうのは、女の人に言うもんじゃないのかなって」
「加奈子に?バッカ。そんなの口説いてるみたいだろ。勘違いされたら恥ずかしいじゃないか」
「そうか。そういうものか」
なるほど、と呟いて慶次は笑う。
と、その時ラウンジの扉からマルコスが入ってきた。
「慶次、艦長が呼んでる」
「ああ、今いくよ」
慶次がそう答えると、マルコスは慶次を待たずにさっさと出て行った。きっと、彼もまた小吉に呼ばれているのだろう。
上位ランカーの彼らはそういうことがよくある。そのことを知っているジャレッドは
「大変だな」
といたわりの声をかけた。
「大したことじゃないと思うけど。じゃ、また」
「あ、おい、返事」
手に持った紙コップを捨てて立ち去ろうとした慶次に、慌ててジャレッドは声をかけた。
何のことかわからず、慶次は無言でジャレッドを見る。
「鍋。帰ったら、俺に作ってくれってば」
「……あ、ああ、うん。いいけど……本当だ。そんなの、三条さんに言ったら」
口説いているように聞こえるな。
その言葉は続けず、ははっ、と慶次は
「だろうが。慶次に誤解される分はいいんだよ」
「そりゃそうだ。じゃあ」
「おう」
軽く手を振り合って、慶次はラウンジを出た。そこにはマルコスが立っており、彼が待っていたことが予想外だった慶次は「あれっ」と声をあげる。
「先に行ったのかと」
「バッカ、邪魔したくなかったんだよ」
「?」
「ジャレッドに同情するわ」
「?」
「慶次ってバカだよな」
「えー……うん……頭いい方ではないな、きっと」
「……うわあ」
救いようがない。マルコスはもう一度「バカだなー」と呟いて苦笑いを見せる。
それは、慶次に向けられた言葉ではなかった。



おしまい


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